クロノにヴォルケンズ――話を聞く限り戦っていたのはシグナムさんとシャマルさんだけらしいが――とアースラの武装隊がぶつかった戦闘の話を聞き、ぶっ殺された日の事情聴衆を追えると、俺は荷物搬入用の転送ポートへと足を向けた。
忙しなく動き回っている局員や業者の人を横目に区画を進み、目的の場所へ。
係員に挨拶をしつつサインを行うと、荷物を受け取った。
中身は俺の着替えと――
『ご主人様、その頬はどうなされたのですか?』
「……まぁ、色々」
Larkだ。
ちなみにLarkが指摘したほっぺた、両方とも腫れています。
片方はなのはのビンタ。
もう片方はアルフによるもの。グーでした。マジ痛いです。
フェイトの側にいてやれない、と言ったら、本当に身体は大丈夫なんだねと念を押されてから殴られるという。
……まぁ、殴られるだけで許してもらえるなら、安いものか。
『治療を行いますか?』
「ん、いや、これは――」
このままで良い、といいかけ、首を振る。
「頼めるか、Lark。みっともない面じゃ、ここから先の行動によろしくない」
『分かりました』
リィン、と涼しげな音の後、治癒魔法が展開する。
あんまり治癒魔法は得意じゃないから、時間が――
『……ご主人様、何があったのですか?』
「どうしたの?」
『治療、完了しました』
は? どうして!?
魔力の制御が上手くいかないって状態で治癒魔法なんて使ったから、結果は期待してなかったのに。
「原因は何? 上手くいっといて原因って言うのもなんか変だけど」
『はい。私自身のスペックアップ……一月前に中破し、その修復の際に処理速度の向上を行ったので以前よりも治療が早いのは当然なのですが……。
傷が浅いということもありますが、治癒魔法が一瞬で怪我を治した理由は、魔力の増大です』
「……俺の?」
『はい。魔力量が以前よりも増えています。通常時でも、なのはさんやフェイトさんを超えているでしょう』
……どうなっているんだ?
シャマルにリンカーコアを引っこ抜かれて、何か突然変異でも起こったのか?
もしくは、死んで巫力が上がった?
いや、俄かには信じられないんだけど。
……ううむ。
「魔力量が上がったせいで、制御のコツが変わったのか……なるほど」
タンクの中の水量が変わったから、蛇口をどの程度捻って良いのか分からないようなもんだ。
まだ成長期だから魔力量が上がる、ってのはクロノにも言われたことがあるけど、急に三十万以上も増えるもんなのかねぇ。
「まぁ良い、Lark。これから――」
『ところでご主人様』
「なんでしょう」
『……浮気をしましたね?』
……はい?
何を言っているのですか、この人、もといデバイスは。
『なんですか、この隣にいるデバイスは。
聞いてませんよ、このような存在は』
「……いや、あのね? 断るに断れなくて、試作品のモニターになってくれって頼まれて――」
『黙り込んでないで何か言いなさい、黒いデバイス。
私はLark。ご主人様のデバイスです』
今にも爆発しそうな勢いでチカチカと点滅するLark。
それに対して、いやに機械的な反応がある。
『はい。私の名前は"Seven Stars"。
先日より、マスターのデバイスとして配備されました』
『……どうやら、生まれて間もないようですね。
良いでしょう。しっかりとご主人様のデバイスに相応しいよう、教育してあげます。
私のことはお姉さまと。ご主人様のことは旦那様とお呼びなさい』
『了解しました、お姉さま。
では、改めて。よろしくお願いします、旦那様』
『よろしい』
「……あー、うん」
妙にヒートアップしたLark、いやにシュールな光景である。
うん。Seven Stars――略してセッター、一回起動させて見たカラーリングで、簡単に決めたんだよね。
まぁ、試作品ってことだから、ある程度データが出揃ったら回収されるだろうし。
だからそれまでの付き合いだろうけど――
『ご主人様』
「なんでしょうか」
『彼女の出番はありません。これからも末永く、私をお使いください』
「いや、Larkさん? デバイスのモニターを頼まれたのですが、僕」
『お好きなように、旦那様。私はただの道具なので』
『……Seven Stars。自己主張が控え目なのですね』
『必要がありませんから』
おいおい、それで良いのかよ。性能を試してもらうために俺のことろにきたのだろうに。
……まぁ、良い。
これから始まる戦いは、そもそもLarkたちの出番がないわけだし。
……いや、あるか。俺の動きを気に入らない猫が二匹ほど。
あの二匹を相手にするなら、性能を把握していないセッターより、使い慣れているLarkを使ったほうが良いだろう。
性能を試すような時間がないのだ。仕方がない。
「んじゃ、まぁ……」
荷物の納まっている鞄の中に、クロノに調べてもらった事柄の書いてあるプリントを入れる。
さて、始めようか。
高ランク魔導師ではなく、一人の人間として。
リリカル in wonder
「こんなもので良いかな」
ふう、と息を吐きながら、ユーノは額の汗を手の甲で拭う。
荒廃とした大地の中、彼は一人で立っていた。
鮮烈なほどに青い空が広がり、その下には赤褐色の渓谷。
グランドキャニオンに良く似た場所に、彼はいる。
目の前には、山と形容しても良いサイズの岩石。
それを目にして何度も頷きながら、彼は術式を組み始める。
一歩一歩確かめるように岩石の周りを歩き、杭を打ち込んでゆく。
「サイズはこれで……術式始動までは……どれだけ世界が離れているか、次第だなぁ。
それよりも重要なのは魔力か。ギリギリ足りるか足りないか……」
ぶつぶつと呟きながら、ユーノは淡々と杭を打ち込んでゆく。
それと同時に織り込んでいるのは、転送魔法の術式だ。
地面を焦がす熱気の中、機械的に手足を動かし、作業を進める。
そんなことをやり始めて三時間。
ようやく作業が終わると、ユーノは腰に手を当てて、パン、と岩石を叩いた。
「まったく、結界魔導師ってのも不便だ。
……けど、これで切り札になりうる物は手に入った」
早く次の作業に移らなきゃ、と呟き、ユーノは転移魔法を発動する。
目指す先はスクライア。
仕事の合間を縫って作業をするのも、楽ではない。
明日はなのはの世界に行かないと、と呟き、翠の光を残して、彼の姿は掻き消えた。
エスティマが単独行動を始めて、二日目。
その頃、グレアムはディスプレイに映る知人の顔を前にして、額に汗を浮かべていた。
「……どういうことかね?」
視線の先には、目を細め、静かな怒りを漂わせた中年の男がいる。
唐突に繋がった通信。その第一声に対して彼は、どういうことだと、そのままの台詞を言うことしかできなかった。
『グレアム提督。あなたは、私を騙していたのですか?』
「なんのことを言っているのか。騙していたなどと――」
『闇の書の主。それが十歳にも満たない少女などとは、聞いていない。
どういうことです。魔法も何も関係ない世界で――被害者みたいなものじゃないか、その子は!』
何故それを、とグレアムは苦い顔をする。
しかし、彼はすぐに柔和な笑みを浮かべると、自分の焦りを抑えるように、口を開いた。
「誰がそんなことを言っていたのかな? 確かにそれは事実かもしれないが、闇の書の封印は……」
『誰がそんなことを? 今、保身に走ったな、アンタ。
……そうか。ならば、良いだろう。こっちにも考えがある』
「待って欲しい! 闇の書の封印は、君の悲願でもあったはずだ!
亡くされた奥さんの仇を討ちたいと、力を貸してくれたのに、何故!」
引き留めるようにグレアムは口調を荒げる。
……ディスプレイに映る男は、前回の闇の書事件で妻を失っていた。
それ故に、自分の計画に力を貸してくれていたのに――
男の考えていることが分からず、手が届くならば縋りそうになりながら、グレアムは視線を向ける。
だが、それに対するものは冷たい視線であり、
『あなたは私を馬鹿にしているのか。確かに妻の仇を討ちたいとは思っていた。
だがそれ以上に――娘と同じ、親を失って悲しむ子供を救いたいと言ったはずだ!
それなのにアンタのやったことはなんだ!? 子供を見殺しにするなど、大人のすることか!』
彼の言葉が突き刺さる。
守るべき対象の未来を奪う。殺しはしないだけで、永久に封印することに大差はない。
……だが、そんな葛藤は、とうの昔に終わらせた。
だというのに、この男は――
「……今更じゃあないか。子供でなくとも、君だって、誰か一人が永久凍結されることを知って、手を貸してくれたはずだ」
『そうだ。誰か一人の犠牲で大勢が救われると、酔っていた。
だが、目が覚めましたよ。子供を踏み台にしてまで、夢を見ようとは思わない。
尽くせる手が残っている状態で、ね』
「……どういうことかな?」
尽くせる手。
闇の書の永久凍結封印が、最も被害を抑えることのできる方法だ。
それ以外の手が残っているはずがない。
ベストと言える手は、自分の考えついた手のはずだ。
「被害を最小限に抑えるためには――」
『今も誰かが傷付き、死んでいるかもしれない状況で、最小限?
笑わせないでください、グレアム提督。
……今、ようやく気付きました。あなたは傍観者に過ぎないのですね』
「言葉が過ぎるぞ、君。
傍観者? 私がどれだけ――」
『足元の見えていない人が何を言っても説得力がありません。
では、これで。『アレ』は違う人間に託しましょう。
相応しい人間が、いるらしい』
「待ちたまえ!」
叫びも虚しく、通信は切れる。
震える手でこちらからコールするも、着信が拒否されているようだった。
なんてことだ、と机を叩き、グレアムは整った髪の毛を掻きむしる。
どうするか、と思考が動き、明後日の方向へと傾いて――
「誰が余計なことを……!」
怒りが噴き出した。
長い年月をかけて積み重ねてきた計画の要が、手を離れようとしている。
それを許すわけにはいかない。全てが整っても、男に頼んだ物がなければ、計画自体が頓挫する。
許してはいけない。これ以上、闇の書による犠牲を増やさないためにも。
「アリア! ロッテ!」
「……はい、父様」
グレアムの怒声に反応し、二つの人影が現れる。
管理局の制服を身に纏い、猫耳と尻尾を生やした双子の少女。
「話は聞いていたか?」
「はい」
「面倒なことになった。何者かが私たちの邪魔をしているらしい。
……計画の要を失うわけにはいかない。今すぐ彼の元へ行き、デュランダルを回収するのだ」
そう。
先程の男にグレアムが協力を頼んでいたのは、氷結補助に特化したデバイスの作成。
彼の執念とも言える傑作。最高の性能と言っても過言ではない、ストレージデバイス。それの完成は間近だったというのに――
「分かりました、父様。
……一つ、よろしいでしょうか」
「なんだ、アリア」
「闇の書の主の身の上……それを吹聴している者に、心当たりがあります。
如何致しますか?」
「……何?」
「以前報告した少年です。父様が仕事でここを空けている最中、今と似たような通信がきていました。
偶然で闇の書の主が誰なのかを知ることはできないでしょう。原因はおそらく、彼です」
「そうか」
言いつつ、グレアムは椅子に身を沈ませる。
ヴォルケンリッターに襲われ、瀕死の重傷と聞いていたが……。
「アリア、ロッテ。その少年を捕らえろ。
このままでは計画が破綻する。それだけは、絶対に許してはならない」
「はい、父様」
「任せて!」
「頼んだぞ」
アリアが転移魔法を発動し、二人の姿が消える。
アリアの魔力光の残滓を見ながら、グレアムは表情に疲労の色を濃くした。
あの少年――アリアの報告に聞いた、スクライアの子供は何を考えているのか。
彼と闇の書の主が友人だということは知っている。自分に送られてきた手紙にも、そういうことが書いてあった。
……友人を助けたい、か。
純粋な願いだ。薄汚れた自分には、眩しく思えてしまうほど。
しかし――
「子供だよ、エスティマ・スクライアくん。君は友人一人のために、大勢の人を切り捨てるのかね?」
それは正しくない。
長い間管理局に勤めてきたグレアムだからこそ、断言できる。
平穏とは、少数の不穏分子を隔離することでもたらされる。
それを理解せず、目先の犠牲に囚われて無謀を冒すなど、愚かとしか言いようがない。
もう二度と悲劇を繰り返さないためにも、自分は――