砂塵が舞い、空から降り注ぐ陽光によって焦げ付くような熱気が上がっている。
辺境世界。
魔獣の住み処となっている惑星に、魔力光が飛び交っていた。
統一設定をなされた、管理局の水色。それと敵対するラベンダー。
計、十発の砲撃が一斉にシグナムへと叩き込まれるが、彼女はそれらの全てを防ぐ。
パンツァーガイスト。身に纏われる魔力光が色を濃くして、飛沫のように光が爆ぜる。
爆音、それと同時に砂塵。
「どんな装甲してやがる……!」
局員の一人は、確実に当てたというのに無傷で立っているシグナムに悪態を吐く。
ヴォルケンリッター討伐に派遣された、海・本局の局員。
構成されている武装局員の全員がAランクオーバーという豪勢なものだが、こうして相対してみると、それですらも生温い、と思ってしまう。
強固な守り。少しでも近付けば一撃で叩き落とされる打撃力。
それが空を飛んで、速いと言える速度で接近してくるのだからたまったものではない。
『散開だ!』
隊長――AA+魔導師の号令で、一斉に魔導師たちは空に身を踊らせる。
――それを薙ぎ払うように放たれた連結刃。
回避が間に合わず一人の局員が叩き落とされる。
バリアジャケットを突き破り、鮮血を散らす。その光景に奥歯を噛み締めながら、彼は魔法を構築する。
構築するのはラピッドファイア。ポピュラーな砲撃魔法。威力は期待できないが、脚を止めるだけならば。
デバイスの矛先をヴォルケンリッターへと向け、次いで、ミッド式の魔法陣が展開する。
魔力が集束し、マズルフラッシュに次いで十発の砲撃。
次々と放たれる砲撃音に、鼓膜が震える。
その内三発は連結刃に弾かれ、二発は外れるが、残りの五発は命中し、
『隊長!』
『よし……砲撃準備! バリア出力に余裕のある者は壁になってくれ!』
『了解!』
男は後ろに下がり、再び砲撃魔法の準備を。
三名の魔導師が前へと出て、バリアが展開され――
『限界まで溜めろ。半端な威力じゃ――!?』
『Sturmfalken』
チャージなどさせるものか、とばかりに、壁を撃ち抜いて一撃が飛来する。
それは矢。
目視の不可能な速度でバリアを展開していた局員を貫き、その背後にいた隊長の肩を貫く。
次いで、衝撃波が暴れて局員たちは隊列を崩す。
男は右腕で顔を庇いつつ隊長へと視線を向け――
「あ……!」
「……ドジを踏んだな」
それだけ言って、隊長は肩口へと治癒魔法をかける。
そう、肩口だ。
蛇口から血が溢れるように、隊長の腕があった場所からは滾々と血が流れ落ちる。
否、流れ落ちるなど生易しいものではない。魔法で止血をしても、際限なく噴き出している勢いは止まる様子がない。
「ぐ……馬鹿野郎! 脚を止めるな、散開しろ!
フルバック! 貫かれた局員の手当を急げ!」
唾を飛ばし、目を血走らせながら、隊長は檄を飛ばす。
それで正気に戻った局員の反応は様々だった。
この部隊へ新たに編入された者は見るからに戦意を失い、元から彼に付いてきていた部下たちは目に殺意を浮かばせてデバイスを構える。
そして、男は後者。
彼は雄叫びを上げながらデバイスを構え、突撃姿勢でヴォルケンリッターへと一気に距離を詰める。
再び形状を変えた相手のデバイス。連結刃の壁を擦り抜け、加速し、戦術機動を駆使しながら接近する。
『お前は注意を引け。砲撃で貫けないなら近接だ!
連結刃からモードチェンジさせるなよ!』
『任せろ!』
同僚の指示に応えを返し、男は動き回りながらラピッドファイアを構築。
それに対して蠅を落とすかのように迫る刃を回避しつ続け、
『Flash Move』
『Flash Move』
二つの高速移動魔法。
水色の尾を引いて接近する影が二つ。
彼らはそれぞれ、一人が足、一人が頭を狙っての斬撃を繰り出して――
無駄だとでも言うように、攻撃は擦り抜けた。
幻影。
こんな技能を持っているなんて、聞いていなかったが――
『上だ!』
フルバックからの念話が届き、三人は同時に顔を上げる。
上空には、連結刃を片腕で操っているヴォルケンリッターの姿があり、もう片方の手には――
「闇の書よ。烈火の将、シグナムが命じる」
『散れ!』
「アルタス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神よ、今導きのもと撃ちかかれ」
『フォトンランサー!? そんなもので!』
『止せ、突っ込むな!』
シグナムに斬撃を叩き込もうとした局員二人が、距離を詰めるべく急上昇を開始する。
それを目にしながらも、ヴォルケンリッターは焦った様子も見せずに口を動かす。
「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフト――」
りん、と涼しげな音と共にヴォルケンリッターの足元にミッド式の魔法陣が展開される。
色はサンライトイエロー。
……待て、今、あの騎士はファランクスシフトと言ったか?
「――ッ!」
同僚を止めるのを諦め、男はその場から離脱する。
次いで、
「打ち砕け、轟炎!」
トリガーワードが紡がれた。
焦りながら、ちら、と背後に視線を送れば天から降り注ぐ魔力弾の雪崩に襲われている同僚の姿があった。
一発一発は弱い射撃魔法だとしても、それを斉射されればどうなるか。
しかも、アレには炎熱が付加されている。
フォトンランサーなんて冗談じゃない。あれは違う何かだ。
断末魔を上げながら、二つの影が撃墜される。
くそ、と呟きながら、男は流れ弾をバリアで防ぎ――
一発、二発、三発、四発――
そして間を置かずに叩き付けられた五発目で障壁を突き破られ、魔力弾の雨に曝された。
あの二人よりも少ない数だというのに、こうしている今も意識が刈り取られそう。
……くそが。
そう悪態を吐き、眼前に迫ったフォトンランサーを睨み付け――
轟音と共に現れた人影に、目を見開いた。
「……ギリギリセーフ。なんとか、間に合ったの」
妙に幼い声。
何事だと目を向ければ、そこには白いバリアジャケットを身に纏った少女の姿があった。
「後は任せてください。撤退までの時間は稼ぎます!」
顔を合わせず、背中越しにそれだけ言って、少女はヴォルケンリッターを睨む。
そしてデバイスの矛先を向けると、
「レイジングハート! 逃がさないよ、今日こそ捕まえてみせる!」
『Yes my master』
「アヴァランチ……ドライブ!」
少女――高町なのはが声高に宣言する。
その主の声を聞き、レイジングハートは新規に追加された機能を始動させた。
デバイスコアの真下にある、本来ならば弾倉が刺さっている部分。
今そこには、唸りを上げる似たような形の、しかし、別種のパーツが突き刺さっていた。
マガジンよりも短く、太い。それは外気を取り込み、その中に含まれている魔力の残りカスを集め、これから発動されようとしている魔法に魔力を上乗せする機構。
マギリング・コンバーター。それがレイジングハートに追加されたパーツ。
平時は以前と変わらぬ性能だが、激戦になればなるほど、長期戦になればなるほど力を増す。
カートリッジのような身体を痛めつける機構ではなく、主の不屈の心を助けるための機能。
集束系の技能が優れていなければ使いこなすことのできない代物だが――
『It is possible to do. If it is my master』
そっと、誰にも気付かれないような音量で呟く。主人ならば出来ると、デバイスは信じている。
――レイジングハート・アヴァランチ。それが、強化された魔杖の名。
局員たちが放ち、不発に終わった砲撃魔法。
派手にばらまかれたフォトンランサー。
彼らの無念が、シグナムの執念が、彼女に集う。
それらの魔力が集まり、なのはのバリアジャケットが薄い桜色を纏う。
「時空管理局嘱託、高町なのは。行きます!」
リリカル in wonder
「また貴様か、高町!」
「何度だって戦うよ! あなたが、みんなに謝るまで!」
迫るくる連結刃をシールドで防ぎ、アクセルシューターで牽制。
相手の足が止まったら集束したクロスファイア。
それらを回避し、防ぎ、時に切り払いながら、シグナムは眼前の少女を睨み付ける。
これで戦場で会うのは四度目。
最初の一回は戦いにもならなかったというのに、今の彼女は顔を合わす度に強くなっている印象を受ける。
……厄介だ。
内心でそう呟きながら、シグナムは連結刃を戻し、剣を両手で構えながら突撃する。
直撃する誘導弾など豆鉄砲。この程度で抜けるほど、彼女の甲冑は柔ではない。
『Flash Move』
だが、近付いての一撃は果たされない。否、果たせない。
相手が近付くことを許さず、ただ距離を取って削ってくる。
地味だが、魔力量に自信があるならば有効な手だ。
バリア出力も高い。一撃で仕留めるのが理想だというのに、それを許してくれない相手。
「謝るなど……今更だ!」
相手の注意を別の方向に向けるべく、シグナムは声を放つ。
だが、なのはの戦意が削がれることも、会話に気を取られることもなく、戦闘は継続される。
「分かってる。けど、謝っているのと謝ってないのじゃ、別物だよ!
正しくないことをしている自覚があるなら、傷付けた人に謝って!
私でも分かる、当たり前のことだよ!」
「謝ったところでどうなる!」
「どうにもならない!
けど、だからって謝らない理由にはならないよ!」
「子供が偉そうなことを――!」
「全部分かったつもりで諦めてるあなたの方が、よっぽど偉そうだってば!
レイジングハート!」
『Divine Buster Extension』
マギリング・コンバーターが唸りを上げ、桜色の魔力光が膨れあがる。
その光景に舌打ち。
あれは防御の上からでも削るような砲撃だ。凡百の局員とは、比較にならない威力の。
射線上から離れようとするが、背後からの衝撃で動きを止める。
防御を貫くような砲撃を準備しているのに余裕が……?
視線を周囲に向ければ、そこには三つで一組となっている誘導弾。
……小賢しい!
「レヴァンテイン!」
『Explosion』
カートリッジロード。
次いでレヴァンテインが変形を行い、ボーゲンフォルムと姿を変える。
照準をなのはへと向け、
「翔けよ隼」
『Sturmfalken』
「シュート!」
桜色とラベンダーが交差する。矢を放とうとした瞬間、周囲から砲撃が降り注いで手元が狂う。
狙うのは頭。次々と襲い来る衝撃でぶれる照準を必死で修正しつつ、シュツルムファルケンを射る。
同時に放たれたとしても、速度はシグナムの方が上。
しかし、なのはの放った砲撃の勢いで矢の軌道はズレ、直撃はせず。彼女の髪を留めているリボンを削っただけだ。
対するなのはは、微かに身を捩らせるだけで手元に狂いはなかった。
どんな度胸だ、と再びシグナムは悪態を吐き、桜色の砲撃から逃れるために身を躍らせ――
背中を焦がす魔力の奔流に、冷や汗を流した。
余波だけで騎士甲冑は削れ、機動が乱される。
墜落はしないだろうが、これは――
「逃がさないって言った!」
「くっ……!」
レーザーカッターのように、なのはは砲撃を吐き出し続けているレイジングハートをシグナムへと向ける。
撫で切られるような一撃。それを、剣に戻し、パンツァーガイストを纏わせたレヴァンテインで防ぐ。
だが、防御の甲斐なく、その上から騎士甲冑が悲鳴を上げて剥がれ始めた。
「こんなところで……負けるわけには!」
声と共に魔力を注ぎ込み、耐えきる覚悟を決める。
幸運だったのは、直撃と言っても最初から受けていなかったことだろうか。
照射時間が短かったため、撃墜だけは免れることが出来た。
砲撃が止むと共に軋みを上げるレヴァンテインを一閃し、カートリッジロード。
踊る連結刃が墜とし損ねたことに悔しげな少女へと肉薄し、防がれる。
……だが、それで良い。
連結刃を操る手を止めず、シグナムは長距離転送の準備を始めた。
焦ったように誘導弾が迫るが、間に合わない。
数発の直撃を受けながらもシグナムは転移し、標的を失った誘導弾が虚しく空を切る。
……また、逃がした。
唇を噛み、なのははレイジングハートを握り締める。
だが、彼女はすぐに表情を明るいものに変え、この場に残っている局員へと身体を向けた。
援護は無理でも、治療魔法を使える人は残してくれたのか。
なのははゆっくりと高度を下げながら、彼らの元へと近付いた。
『エスティマくん、転移反応があった』
……来たか。
壁により掛かっていた身を離し、Larkを起動させる。
真紅のハルバード。
それを握り締め、俺は周囲を見渡した。
ミッドチルダ南部、アルセイム地方。緑が多く残るここは、月光に照らされてなんとも幻想的な風景となっていた。
家庭の灯りは深夜と言うことを差し引いても少なくて、街中ならば目立たない月光が豊かな光源となっている。
その中にある一軒家。住居と研究施設が併設された、心持ち大きな家の前に、俺は立っている。
……さて、案の定釣られたわけだが。
これからここへと来るお客さん、猫二匹のことを考えつつ、魔力をLarkへと送った。
目覚めたその日から俺がやっていること。その中の一つに、デュランダルの確保があった。
原作とは既に違う流れ。今の状況で氷結の杖が正しくクロノの手に渡るかは分からない。
故に、俺はそれを手に入れるためにここへと足を運んでいた。
デュランダルをグレアムが所持したままでは、ロクでもない事態が起こりそうで怖い。
クロノが持つ保証がない以上、俺がアイツに渡すしかないだろう。
……まぁ、それは目的の一つでしかないのだけれど。
そんなことを考えていると、地面を踏み締める音が耳に届いた。
バリアジャケットを装着し、ハルバードの切っ先を地面につける。
視線を向ければ、そこにいたのはいつぞやの青年が一人。仮面は被っていない。
どっちか――補助要員だから、多分アリアか?――の姿が見えないのは不安だが、手は打ってある。
デュランダルのマイスターに指示を送りつつ、俺はにこやかな笑みを浮かべて、猫を出迎える。
「こんばんは。こんな夜更けに、どうしたんですか?」
「……お前は」
俺の顔を見た瞬間、青年は眉尻を持ち上げた。
瞳には怒りが燻っている。隠しているつもりだろうが、嫌悪感が表情にバッチリ表れているから意味がない。
「お客さんが来るとは聞いてないのですが」
「ここの住人に話があるだけだ。退け」
「ああ、そうなんですか。じゃあどうぞ」
言いつつ、バリアジャケットのポケットからカードを取り出し、
「俺は用事があるので。それじゃあ」
もう一度にこやかな笑みを浮かべて、カードを見せ付けながら、飛行魔法を始動させようとした。
瞬間、
「返せ、ガキ!」
青年が飛び掛かってくる。
用意をしていたシールドを展開し、猫――さっきの口調から、多分ロッテ――のシールドブレイクに悲鳴が上がる。
それを潤沢な魔力で押し止めつつ。
「返すって何を?」
「そのデバイスだ! それは、父様に必要な物なんだぞ! 分かっているのか!?」
「はて、父様? 誰のことでしょう。それに、大事な物ですか? これ」
「当たり前だ!」
「じゃあ、はい」
バキ、と。
軽い音と共に、手に持ったカードを握りつぶした。
「脆いなぁ」
「あ……あぁ……」
目の前で砕かれたデュランダル。それを目にして、ロッテはその場に崩れ落ちた。
うむ、と小さく頷き、パラパラと破片を地面に落とす。
それを掻き集めようとしているロッテを尻目に、はて、と首を傾げてみせる。
「何、そんなにショックを受けてるんです?
ただのカードなのに」
「お前、自分が何をやったのか分かって――!」
「はい」
言いつつ、再びポケットからカードを取り出す。
ははは、嫌だなぁ。デバイスがあんな簡単に砕けるわけないのに。
「欲しければあげますけど。ただのカード」
「お前――!」
『――Phase Shift』
跳ね上がるように放たれた蹴りを、フェイズシフトで回避する。
距離を置いて彼女の背後に立つと、デュランダルのマイスターに念話。
……ふむ。アリアは監視に徹するつもりかな?
まぁ良い、と断じて、苦笑してみる。
「どうしたんですか、そんなにムキになって」
「……ふざけるな。デュランダルを、返せ!」
「デュランダル? はて、あれはここの人がグレアム提督に製作を依頼されたデバイスのはずですが。
もしかして、あなたは強盗か何かですか?」
「あれは父様の物だ!」
「父様……グレアム提督をそう呼ぶのは、使い魔だけのはずですよね?
ああ、もしかしてグレアム提督の使い魔ですか?
けど、残念。デュランダルは僕が譲り受けたので、僕の物です」
「スクライアァァァァ!」
雄叫びを上げて突っ込んでくるロッテ。
真っ直ぐにLarkを突き出し、相手の進行方向を埋める。
彼女は身を沈ませると、猫そのものの動きで低姿勢から飛び掛かろうとしてくる。
速い。もし相手が冷静ならば反応できない。
だが、こうも冷静さを欠いた状況なら、動きを読むのは難しくない。
Larkを反転させ、ピックの部分を真下に。鎌の魔力刃を生み出して、彼女を地面に縫いつける。
自分が突撃する慣性で胸から腹へと切り裂かれ――といって非殺傷だから傷は付かない――ロッテは鋭い悲鳴を上げる。
「……ところで、あたなの顔をどこかで見たことがあるのですが。
もしかして、以前、俺を脅迫した人ですか?」
「白々しい! 全て分かった上で動いていたのか、お前!」
「はて、なんのことだか。あの時、俺は友人の家に泊まっていただけなのに。
……脅迫と言い、デュランダルを力づくで回収しようとしていることと言い、なんのつもりです?
使い魔が主人に迷惑をかけちゃいけませんよ」
「黙れ! 闇の書の封印は父様の悲願なんだ! 願いを叶えようとして何が悪い!
それをお前なんかに――あの時、殺しておけば良かったよ!」
「……はいオッケー。Lark、録音できた?」
『完璧です』
「あ……」
ブレードバースト。それでロッテの意識を刈り取り、バインドを発動させてLarkを肩に担ぐ。
視線を下げてみれば、ロッテは月下でも分かるぐらいに青い顔をして気絶していた。
釣りは成功。残るは、もう一人の邪魔者だが――
『エスティマくん、もう一人の方に動きがあったぞ』
『分かりました。ありがとうございます』
デュランダルのマイスターからの念話で、警戒を強める。
彼にはワイドエリアサーチでの監視を頼んである。
双子トリックのネタは割れているのだ。みすみす不意打ちを喰らってやるギリはない。
魔力を練りつつ、アリアを警戒していると不意に地面からバインドが伸びてきた。
カートリッジロード。
『――Phase Shift』
それで一気に離脱し、アクセルフィンを形成して上空へ。
見下ろしてみれば、木陰にミッド式の魔法陣が展開しているのが見えた。
そこへと一気に身を躍らせる。
Larkを眼前に構えてアリアの真上で静止。矛先を地面に向けたところで時間切れ。
急に目標が消えたせいだろう。
アリアは驚いたように声を上げ、頭上を見上げる。
だが、遅い。
バインドを発動してアリアの動きを止め、魔力の集束を開始。
魔法のエキスパートである彼女に俺の弱小バインドが破られるのは目に見えているが、動きを止めるだけで良い。
Larkの穂先にサンライトイエローが集う。
それを放つべく、トリガーワードを――
「ディバイン――!」
『Error』
「は?」
いつもの声ではなく、どのデバイスも初期に内蔵されている機械音声。
異常を告げられると共にLarkがシャットダウン。再起動を開始して、彼女の補助を受けていたバリアジャケット、飛行魔法、砲撃魔法が軒並み不安定となる。
ちょ、待てよ! 何があった!
再起動中、と文字の浮かんだデバイスコアに視線を送りつつ自前の技術で飛行魔法を持ち直す。
ディバインバスターに込めていた魔力は霧散した。バリアジャケットはいつも以上の紙装甲。
待て待て! このタイミングでこれかよ!
などと慌てていると、ぱりん、と軽い音。
見てみれば、バインドを破壊して鬼のような形相となっているアリアがおり、
「貴様――!」
雄叫びと同時にこちらへと両手を向けた。
彼女の足元に展開する魔法陣。
舌打ちしつつ、俺はその場から離脱する。
Larkの補助がなくとも、速度は平均以上。なんとか逃げることはできたが――
弾幕よろしく次々と射撃魔法が打ち込まれる。連射の利く直射か。それらを勘で避け、かすり判定を受けながらも辛うじて回避し続ける。
威力そのものは大したことがない。大したことはないが、今の俺には充分すぎる驚異だ。
上へ上へと逃げ、しかし、逃げ道を防ぐように遠隔発生の範囲攻撃魔法が眼前に展開される。
同時に背後からのは止んだが、これは――!
全力でシールドを発動し、光の球に押しのけられる。
……って、なんだ? シールドが破られない?
ありったけの魔力を注ぎ込んでいるから保つのは当たり前だと思いたいけど、それにしたって固いぞこれ。
どうなってる? Larkの突然のシステムダウンと言い、何かがおかしい。
が、そんなことは後回しだ。
今は目の前の敵をなんとかしなければならない。
コイツらを倒して、クロノに引き渡す。それで明かされる真相で、ユーノだって少しは大人しくなってくれるはずだ。
……だから絶対に負けるわけにはいかない。
この一戦は絶対に負けてはならない戦い。
例えLarkが使えなくとも、俺は勝たなければならない。
故に、
「セッター!」
『はい、旦那様』
再び開始された弾幕を避けつつ、俺は首元に下げられた黒い宝玉を握り締める。
それを合図と取ったのか、黒い宝玉はサンライトイエローの光を放ちながら形を変えた。
まず最初に現れたのはハルバード型の金色のフレーム。Larkと同じ部分にコアが収まると、次のパーツが呼び出される。
白の外装。それがグリップ、刃の補強、石突きとなって金色のフレームを覆う。
それらが合致し、接合面に黒いラインが走ると、放熱器から煙が吹き出した。
カートリッジシステムは未搭載。故に、純粋な武器の形となっている白金色のハルバード。
どんな素材なのか、白い装甲の下からは発光した金色のフレームが薄く自己主張をしている。
完成したSeven Starsを一閃。それと同時に装甲の隙間から、サンライトイエローの光が飛沫を上げる。
違いを表すつもりなのか、バリアジャケットの胸元を繋げるように、金色の金具が緩い弧を描いて現れた。
はめている手袋も形状が変わり、形状だけはゲオルギウスのような感じに。
再起動中のLarkをデバイスモードに戻すことはできないので、両手にハルバードを持ちながら眼下を見据える。
さて、第二ラウンドだ。
「Seven Stars!」
『ラピッドファイア』
Larkよりも速く術式を完成させ、瞬時の内にサンライトイエローの砲撃が地面を穿つ。
両手で保持していないために狙いが甘く、直撃はなかった。しかし、着弾する毎に余波で木々がざわめき、直撃していないというのにアリアは両手で顔を覆う。
……確か弱小砲撃のはずなんだけどなぁ。セッターのおかげか?
首を傾げつつもアクセルフィンに魔力を送り、大きく羽ばたく。
「――ッ!?」
が、急停止。
なんだこれは。
速度も上がっている。デバイスが高性能だって言っても、有り得ない。全能力が二割り増し、といった感じ。
大きな違いではないだろうが、いつも限界まで能力を行使している俺からすれば、この強化具合は違和感しかない。
『旦那様。フルドライブの使用を提案します』
「駄目だ」
『何故ですか』
「こんなの、手加減できない。非殺傷だからって不味いぞこれ」
『理解できません。何故ですか』
「押し問答している場合じゃないんだよ、黙ってて!」
『分かりました』
くそ……!
見れば、まだLarkは再起動中。取り敢えずは、この違和感ありまくりの状態で戦わないといけないか。
ピックの部分に鎌の魔力刃を形成し――困ったことにフェイトのハーケン並のサイズ――それを振りかぶりつつ肉薄する。
一閃。
だが、避けられる。
両手でデバイスを持っているからだろう。上手く力が込められず、斬撃が遅い。
材質が材質だから軽いといてっても、そもそもハルバードは超重武器。片手で扱うなって話だ。
「……ごめん、Lark」
くるりと手の中でグリップを反転させると、そのままLarkを地面に突き立てる。
そしてようやくSeven Starsを両手で保持すると、
『ソニックムーヴ』
高速移動を展開。
……だが、これも速度が上がっているために姿勢制御が上手く出来ず、低空飛行が不可能。
地面を削って移動の軌跡を残して接近。
無論、そんなことをすれば速度も落ちる。
舌打ちしつつ、一閃。
アリアの展開したシールドを紙のように引き裂くが、どうにも。
……慣れないデバイスがこうも扱いづらいなんて!
「一気に決める!」
『フルスキル・コンビネーション』
LarkからSeven Starsにデータコンバートをした際に入力された、魔法のコンビネーション。
Larkだったらカートリッジを使用しなければならないが、今なら。
地面を蹴って上昇すると、その場でアクセルフィンを大きく開いて姿勢制御。
そしてSeven Starsを左手に、右手を虚空に突き出して、
『フォトンランサー』
五連射。
アリアはそれを避けようとするが、弾速の速い直射を回避することは出来なかった。
シールドを展開して脚を止め、その隙にSeven Starsの石突きを脇の下に挟みつつ左手で保持。
穂先をアリアに向け、
『ディバインバスター』
サンライトイエローの砲撃が放たれる。
以前とは比べものにならない、カートリッジなしで、なのは並の砲撃。射程は落ちているが威力は彼女と同等か。
それがアリアのシールドを押し潰し、破壊。魔力攻撃の直撃を受けて彼女は脚を止める。
よし、と小さく頷いてSeven Starsを両手で持つと、穂先に魔力刃を形成。サンライトイエローの長剣が現れ、それを構えたまま突撃する。
反撃はない。ディバインバスターの直撃から復活していないのだろう。
遠慮せずに、勢いを殺さず魔力刃で刺し貫く。ギ、という悲鳴が上がるも気にしない。
『ブレードバースト』
Seven Starsの呟きと同時に、高密度で圧縮されていた魔力刃が破裂する。
そして、Seven Starsを引いて入れ替わりに魔力を纏わせた右掌を叩き付け、
『パルマフィオキーナ』
轟音と共に電気変換した魔力がアリアを直撃し、完全に意識を刈り取った。
バインドを使う必要もない。
白目を剥いているぬこに申し訳ないと思いつつ、俺はSeven Starsを待機状態に戻した。
……駄目だこれ。慣れるまでは使う気が起きない。
溜息を吐く。
強力なのは良いが、それに振り回されているんじゃ世話ないよ。
自分一人ならば良いけど、もし誰かと共闘している時に今みたいな戦い方をしたら、邪魔以外の何ものでもない。
……防御プログラムの破壊は俺一人でやるわけじゃないんだ。
少なくとも、この事件が終わるまではSeven Starsの出番はないだろう。
このデバイスを使い慣れる暇なんて、今の俺にはないんだから。
『……失礼しました! ご主人様、どこですか!』
お、復活したっぽい。
やたら慌てた声を上げているLarkへと歩み寄り、地面から引き抜く。
チカチカとコアを点滅させる様子は、必死そのものである。
『ああ、ご無事でしたか。本当に良かった。
申し訳ありません。とんだ醜態を』
「いや、気にしないで。それより、どうしたの? 不具合でもあった?」
『いえ。単純に、ご主人様から供給された魔力を私が処理しきれず、オーバーフローを起こしたのです。
……私は、ご主人様のためのデバイスなのに』
「気にしなくて良いってば。魔力が増えたのに設定だけ変えて満足してた俺が悪いし。
帰ったらパーツ交換しようか」
『はい、よろしくお願いします。
……ところでご主人様。敵の捕獲には成功したのですか?』
「うん。セッターに頑張ってもら――」
『……なんですって?』
……おおう。
なんか、一気に声が凍り付いたのですがLarkさん。
『私を使ってくれと、あれほど――いえ、落ちた私が悪いのですが、しかし……!』
うわぁ、デバイスコアが光りっぱなしだよ。
どんだけ思考してるんですか。
『ああもう、ご主人様! 魔改造でもなんでも好きなようにしてください!
ですから、これからも私をっ!』
「ちょ、尊厳とかかなぐり捨てるのはどうかと思うよ!?」
その後、なんとかLarkを宥め賺してロッテとアリアを一カ所にまとめると、Larkの整備。
デュランダルのマイスターさんに助言をもらってLarkを弄ると、クロノへ連絡を取った。
同時に、ユーノにも。
ただ、アイツにはどうにも連絡がつかなかったためになのはへと伝言を頼んだ。
スクライアにもいないし、本局にもいない。クロノに転送ポートの履歴を調べて貰ったら、海鳴へと向かったとか。
……なんだか嫌な予感がひしひしと。
くそ、本当に時間がない。
俺のするべきことだって、まだノルマが半分は残っているっつーのに。
大型ディスプレイに映っていたエスティマの戦闘。
それに満足している者は、この場に集まっている中に一人。
たった一人だけ。
そして、この空間の主であるジェイル・スカリエッティは、不満を持っている側の人間だった。
「……なんだね、これは。用意したデバイスはリミッターがかけられてないというのに、何故フルドライブを使わない、エスティマ・スクライアくん。
例えかの有名なリーゼ姉妹であろうと、彼女たちを超越した力で圧倒できたというのに」
大仰な身振り手振りで手を開き、頭を抱え、失望した、といった風に溜息を吐く。
「博士。そう落胆なさらないでください。改造を終えてから初めての戦闘です。
通常稼働データが取れただけでも、充分かと」
「そうかもしれないがね、ウーノ。わたしとしては、彼の全力が見てみたかったのだよ。
老人たちにもたまには良い報告をしてやらないと五月蠅いし――ね」
はい、とウーノは頷く。
満たされない。やはりその感情が、さっきのような発言の原因だろうか。
スカリエッティはせびるように再び画面に視線を向けるが、既に戦闘は終了している。
もう戦うことはない。それは分かっているが、どうしても続きが見たいと渇きを覚える。
「ドクター。……私に、良い考えがありますわ」
「ん? なんだい、クアットロ」
「はい。彼の全力がお望みならば、お任せ下さい」
腕を組みながら佇んでいる眼鏡をかけた少女。
クアットロは楽しげに口元をほころばせながら、スカリエッティに笑みを送る。
「デバイスと言っても所詮は機械。私にかかれば、リミッターの一つや二つ……」
「おお、そうか。頼めるかね?」
「お任せ下さい。ドクターがお望みの光景、必ずや御覧に入れて見せます」
「期待しておこう」
熱っぽい視線を送るクアットロに背を向け、今回の戦闘で入手したデータが映っているディスプレイに視線を這わせる。
Lark――あのガラクタではレリックウェポンの真価を発揮することはできない。
ましてや、あのデバイスは余計なリミッターがあるせいで彼の性能を制限している。
まったくもって腹立たしい存在だ。
故に――そんな存在は、なくなってしまえば良い。
……第一の階段は未だ踏まれず。
ならば良いだろう。先に進むための代価をもらうとしよう。
「……次は楽しませてもらうからね? エスティマ・スクライアくん」
はは、と彼は笑い声を上げる。
それに応えるように、彼の周りにいるナンバーズも、頬を緩めた。
喝采はない。喝采はない。今はまだ。
あるとするならば、彼が全力を出したその時だ。
楽しみは次に。
この部屋にいる大半の者が、愉快げに笑うが――
部屋の片隅にいる銀髪の少女。
チンクは、ただ申し訳なさそうに、画面に映るエスティマを見詰めていた。