「……つまり君たちは、なんの後悔もしていない、と?」
「当たり前だろクロノ! あたしもアリアも、父様のためにやったんだ!
それに、アンタだって、あのロストロギアを――!」
「分かった。もう良い」
手枷を嵌められた二人の使い魔――師匠たちに軽く頭を下げると、聞こえてくる罵詈雑言を無視して、クロノは部屋を出た。
溜息を吐く。
使い魔という存在のせいだろうか、やはり。
グレアムの使い魔である二人は、彼が逮捕されたのだというのに、自らの非を認めようとしなかった。
まず前提からして違うだけに、何を言っても話にならない。
何故こんなことをしたのか――クロノは父様のしたことが間違っていると言うのか。
主人の行動に違和感を抱かなかったのか――クライドくんの仇を取る意味だってあったのに、なんでこんな真似をするんだ。
封印の手段だって、完璧なものでは――邪魔さえ入らなければ。
盲目的とも言える絆があるからだろうか。
グレアムが捕まったと分かってから、二人の態度はより頑ななものとなってしまっている。
既に間違っていたと断じられているのに、その判断が間違っていると食ってかかる二人。
……それを、馬鹿だ、などとは言わない。
ただ憎悪する。
恩人たちをここまで追い詰めたロストロギア。闇の書を、ただ憎む。
ただ、それはグレアムや師匠たちとは違い、一人の執務官として、だ。
私情の一切を挟まず、クロノは被害を撒き散らすロストロギアをなんとしてでも止めたいと、そして、止めなければ、と絶え間なく――
「クロノくん?」
不意に背後から声がかかる。
振り向くと、そこにはエイミィがいた。眉尻を下げ、そこか心配そうな表情をして。
「どうしたエイミィ。ヴォルケンリッターのサーチは……」
「他の人に引き継いだよ。今は休憩」
「そうか。なら、ゆっくり休むと良い」
それじゃあ、と踵を返す。
だが、それを止めるように、服の袖を引っ張られた。
再び振り返り、溜息を吐く。
「なんだエイミ――」
何か用事があるのだろうか。
そんな疑問は、急に押し付けられた柔らかな感触で吹き飛んだ。
人肌の温もり。
布越しではあるが、それがなんだというのだ。
唐突なできごとに、クロノは目を白黒させる。
「な、なんだエイミィ! 遊んでいるほど僕は暇じゃ――」
「うん。ちょっと休憩。クロノくんも、ね?」
「だからってこれはなんだ!?」
「まぁまぁ」
ぎゅー。
より強く押し付けられ、クロノは思わず黙り込む。
顔が急激に熱くなるのを感じて、彼は思わず顔を俯けた。俯けた先には柔らかな感触があったりして、更に顔が熱くなる。
……なんだってこんな。
「大丈夫。クロノくんは頑張ってるよ」
再び抗議の声を上げようとしたクロノに、エイミィは柔らかな声色で語り掛けてきた。
すぐ近くにいるせいで、表情が分からない。
彼女はどんな顔で、今の言葉を紡いだのだろうか。
腕で頭を抱き込まれ、胸を貸してもらっているような状態になる。
こんな場所、誰かに見られたら――そう思い暴れようとするが、何故か行動に起こす気は起きなかった。
「もう少しだけ頑張ろう。そうしたら、気晴らしに遊びに行かない?」
「……考えておこう」
「駄目。絶対だよ。絶対だからね?」
リリカル in wonder
ドアを開ける。
照明の点いていない部屋の中には、機器のライトぐらいしか光源がない。
廊下の電灯に照らされ、薄ぼんやりと浮かび上がる中に、アルフは電気を点けないまま足を踏み入れる。
ベッドには彼女の主が眠っていた。エスティマの着ていたワイシャツ一枚の服装に、自分の身長ほどもあるイルカのぬいぐるみを抱いて。
静かな寝息を上げるフェイトからは、起きている時の鬼気迫る様子を一切感じない。
今ばかりは、少し前――エスティマやユーノと一緒に暮らしていた時と同じ、穏やかな顔をしている。
……唯一の慰めは、フェイトの寝顔だねぇ。
内心でそう呟き、暗い部屋の中、アルフは椅子に腰掛ける。
今日、アルフは闇の書事件の黒幕が逮捕されたこと、そして、闇の書の主が保護されたことを耳にした。
ほんの偶然。もしそれがなかったのならば、もうしばらくは知らないままだっただろう。
自分が知れば自然とフェイトが知ってしまうと思われているのだろうか。それはあながち間違いではないのだが。
事実が隠されていたのは二日。管理局の提督が逮捕されるという一大ニュースを隠すことなど無理な話だ。
それでも公表されるまでの僅かな時間を稼ぐ意味――フェイトが無謀な行動に出ないようにする必要があったのか。
自分たちの知らないところで何があるのか正直興味はないのだが、それがフェイトの害になるのならば、どうか。
……決まっている。
捕まった提督とやらにはあまり興味がない。フェイトを苦しめた直接的な原因はヴォルケンリッターであり、その主である闇の書の所有者だ。
とりあえず頭は下げさせるとして……。
「どうしてやろうかね、ソイツ」
フェイトは闇の書の主を殺そうとはしないだろう。
精神的な繋がりがあるため、アルフはそのことを知っていた。
エスティマを殺したのはヴォルケンリッターの剣士だ。殺すとしたらそれ。
闇の書の主には、もっと違う苦しみを。
兄を自分から奪うように指示を出した愚か者には制裁を。
……その思考を変には思わなくなってきた。
毒されちゃってるのかねぇ、とアルフは呟く。
きっとこの事件が始まる前ならば、もしくは、始まった直後の精神状態ならば、仇を取ってスクライアに戻ろうと思えただろう。
しかし今は。
今となっては、もう無理だ。
熟成された憎悪の捌け口は一つだけではとても足りない。止まることなど考えられない。
「……これじゃああの鬼婆のことを悪く言えない、か」
ふと、思い出す。
妄執に取り付かれ、最後はジュエルシードの暴走に巻き込まれたプレシアは何を思って死んだのだろう。
あの女の悲願は達成されたのか。もしそうならば、執念の辿り着いた先に何があったというのか。
この事件が終わったあとの自分がどうにも想像できなくて、アルフは目を閉じた。
まぶたの裏にはフェイトの笑い顔がある。
この表情を取り戻すことが、自分にはできるのだろうか。
……いや、するんだ。
そのためならば、どんな手段だって――
ようやくノルマの半分――最低限の目標は達成できた。
なんとか時間が取れたので、休憩もそこそこに俺は本局へときている。
グレアムと双子猫が捕まって二日。
その間、シグナムとシャマルに動きらしい動き――といっても魔力の蒐集と局員との小競り合いは続けているが――はなかった。
なのははそちらに付きっ切り。時間が空いたらはやての側にいると聞いているが、今頃どうしているのだろう。
もし本局にいるのなら、話を聞きたいんだけども。
主に夜天の書のページがどれぐらい埋まっているのかとか。
詳細な情報はハナっから諦めている。シグナムたちの言葉から、それっぽいセリフを聞いてるか否かってところ。
直接戦場に出向いて、とも思うが、そんなことをしたら半日近くを無駄にするだろう。
正直、そんな時間はない。今でさえカツカツのスケジュールで動いているっつーのに、半日も無駄にできないよ。
……さて。
最低限の準備はできた。あとは、どれだけ暴走開始までの時間を――
「……っと」
真横を猛烈なスピードで駆け抜ける影。
思わず声を上げて避ける。
危ないなぁ、と思い後姿を見てみれば、
「あれ、なのは?」
「……エスティマくん?」
彼女は振り返りながら急ブレーキという器用な真似をすると、こちらに近付いてくる。
「そんなに急いでどうしたのさ。何か急用?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど……エスティマくんも、はやてちゃんのところに行くの?」
『も』ときたか。
間違っちゃあいないんだけど。
「そうだよ」
「そっか……うん。きっとエスティマくんの顔を見れば、はやてちゃんも元気になるかな。
怪我してたなんて考えられないぐらい元気だもんね、エスティマくん」
失敬な。
そしれにしても……そうか。
はやての元気がないってのは考えなくても分かることだけど……それに加えて、やっぱり自分を責めているのか。
俺をやったのはシグナムだが、その主であるはやてが責任を感じないはずがない。
そういう子だ、彼女は。
「それにしてもエスティマくん。ちょっとくるのが遅すぎなの!
はやてちゃんが本局にきてから、二日も経ってるんだよ!
一度も顔を見せてないでしょ!?」
「ぐ……すみません。
けど、俺も俺でやることが……」
「その間、ずっとはやてちゃんはエスティマくんのこと心配してたんだけどなー」
「すみませんでした……!」
「にゃ!? エスティマくん、何やってるの!?」
思わずジャンピング土下座。
いきなりそんなことをされたものだから、なのはは目を白黒させて慌てる。
「こ、こんなところでそんなことしないでよー! ああああ、すみませんすみません」
周りからの視線が痛い。それに向かってなのはは頭を下げたり。
そんな彼女を尻目に立ち上がると、ふぅ、と溜息。
さて、はやてのところに行くとするかね。
「……エスティマくん」
「なんでしょうか」
「割と平然とした顔してるってことは、さっきの土下座、わざと?」
「今の俺は簡単に土下座するよー。下げる頭も安い安い」
「……えっと?」
まぁ、なのはに言ったって分かるわけもないか。
ここ四日ぐらいで俺の尊厳とかプライドは暴落しているのです。
『不憫ですね』
黙らっしゃい。
指先でLarkを小突きつつ、足を進める。
「なぁ、なのは。今日もシグナムと戦ってたのか?」
「うん。……けど、また捕まえることができなくて」
「そか」
気に病んだ風に俯く彼女に短く返し、ううむ、と唸る。
ヴィータとザフィーラが本局にいるってことは、むこうはシグナムとシャマルのタッグ。
あの二人が組むと厄介だからなぁ。シャマルは姿の見えない距離からフォローに徹しているのだろうし。
捕まえることができなくたって、落ち込む必要はない……んだけど、そんなことを言ったってこの子には慰めにならないだろう。
ポンポン、と髪の毛を軽く叩く。
なのははそれに不思議そうに首を傾げるが、すぐに笑みを浮かべた。
よしよし。
「ところでさ。闇の書、完成しそう? それっぽいことをシグナムたちは言ってなかった?」
「うーん。分からない、かな。ごめんね」
「いや、良いんだ。ありがと」
などと会話しつつ、武装局員が両脇を重ねたドア。そこへ行き、そのまま進――もうとして止められた。
なんぞ。
「あ、あの、エスティマくん、はやてちゃんの友達なんです。入れてもらえませんか?」
「はい。良いですよ」
にっくりと笑みを浮かべて、武装局員は警戒を解く。
……おい。これで良いのか管理局。
『なのは。どうなってんのこれ』
『えっと……あの人たち、クロノくんに指示されてはやてちゃんを襲おうとする人がこないように守ってくれてるの』
『それは良い。聞いてるのは、なんでなのはが顔パスなんだ、ってこと』
『えっと……お友達だから?』
そうですか。難しい話は分からないのですね。
ドアのロックを解除して部屋にはいると、はやては車いすに座りながら本を読んでいた。
ふむ。なんとも居心地の良さそうな場所だ。いや、一周して居心地が悪いかも。
八畳ほどの広さの中に、ベッドとテーブル。テレビにソファー。隅っこに狭いがちゃんとしたキッチン。
浴室もあるのか、それっぽい扉が奥に見える。調度品もどこか高級そうなのが揃っているし。
などと部屋の中を見回していると、
「あ、なのはちゃん。それ、に――」
はやてがこちらを向いて、手に持っていた本を床に落とした。
「……え、エスティマ、くん?」
彼女は、あ、と短く声を上げ、手で口元を隠す。
そして後ろに後退ると――車いすに座っているせいで仰け反ったようにしか見えないが――顔を小さく横に振った。
「はやてちゃん?」
彼女の様子を不思議に思ったのか、なのはは一歩踏み出す。
それに反応して、ビクリとはやては身を震わせた。
「あ、あの、その、わたし……」
指の隙間から見える口は、何かを言おうとしているが震えているだけだ。
……はは、そっか。そりゃ、そうだよな。
どの面下げて会いにきた、ってところか。
はやての家族をバラバラにした原因は、まぁ、俺だし。
おまけに魔導師って身分を隠していたんだから、怖がられたりしても不思議じゃない、か。
『悪い、なのは。はやてのことを頼むわ』
「……エスティマくん?」
「それじゃ」
今の彼女を変に刺激することはないだろう。毒にはなっても薬にはならない。
ただでさえシグナムたちのことでショックを受けて――
『待って』
不意に服の裾を掴まれる。同時に、なのはから念話が飛んできた。
振り向けば、彼女は真摯な表情で真っ直ぐに俺を見詰めている。
『エスティマくんは、はやてちゃんの友達じゃないの?』
『どうだろう。友達って言えるのかな、俺は』
思わずそんな言葉が口から出る。
しかし、なのははそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、裾を掴む力を強くする。
『はやてちゃんと同じことを言うんだね。……うん。
だったら二人はまだ友達だよ。ちゃんとお話しすれば、また仲良くなれる。
何もしない内から諦めるなんて――らしくないよ?』
きゅ、と、再度裾を引かれる。
……らしくない、か。
俺らしいってのはなんなのかね、いったい。
本人が一番知りたいんだが。
なのはがどれだけ俺のことを知って――
『ご主人様。それを口に出してはいけませんよ?』
『……分かってるさ』
危ない方向に流れそうになった思考を、なんとかLarkが押し留めてくれる。
……が、どうにも。ああくそ、胃が痛い。ついでに頭も。
『分かったよ。少し、話してみる』
『うん。それが良いよ』
再びはやての方を向くと、彼女はさっきと変わらぬ状態のまま俺のことを見詰めていた。
そんな彼女に向けて歩き出す。
瞳には怯えの色が宿り、肩は小刻みに震え出す。
言葉はない。
何を言って良いのか分からないのか。それとも、言うつもりもないのか。
……良いさ。俺が言うことは一つしかないし。
「あのさ、はやて」
「あ……う……」
「ごめん。しばらく手紙、返すことができなかったね」
「そ、そんな……そないなこと……!」
やっと絞り出された声は、妙にくぐもっていた。
はやては鼻を啜ると、手の甲で目を擦りながら謝罪の言葉を上げ始めた。
ごめんなさい、と。
ただその一言だけを何度も何度も。
……謝るのは俺の方だってのに。
シグナムを焚き付けて、結果暴走させ、それを止めることができなかった。
それはすべて俺の責任だ。
戦うことしかできないというのに負けて、全てが裏目に出始めた。
その切っ掛けを作ったのは、俺なのだから。
「ごめん……ごめんな、エスティマくん。
馬鹿でごめん。これ以外、どう言って良いのか分からへん……本当に、ごめんなさい」
「……謝ることは、何もないよ。はやては悪くないから。
許す許さない以前に、何もしてないだろう?」
「せやけど、シグナムは私の家族で、それなのにエスティマくんを酷い目に遭わせて……!
私のワガママが、全部悪い――」
「悪くない。はやては何も、悪くないから」
言いつつ、腰を落としてはやての手を握り締めようと手を伸ばす。
……伸ばして、俺は彼女の手を取って良いのか迷ってしまった。
俺なんかが、この子に何をしてやれるというのだ。
力があるだけのガキな俺に、どれだけのことができる。
そう考えてしまうと、どうしても手を握り締めることができなかった。
しかし、
「ごめん……なさい」
はやては伸ばしかけた俺の手を取ると、両手で包んで抱き締めた。
随分と小さな手。歳は同じだっていうのに、いやに細くて、痩せている。
それなのに、包み込む手には精一杯の力がこもっていて、まるで離さないようにしているようで……!
ギリ、と奥歯を噛み締め、それを隠すために、俺は精一杯の笑みを浮かべる。
「大丈夫。絶対なんとかしてやるから。だから、待ってて」
そう言って、空いている左手ではやての頭を一撫ですると、やんわりと手を解き、立ち上がった。
「用事があるからもう行くよ。……また、今度。
手紙じゃなくて、顔を合わせて話そう。これからの時間は、たくさんあるからさ」
あとは頼んだ、となのはに念話を送って、部屋を出る。
扉の外にいた局員に軽く会釈をすると、早足で廊下を歩く。
そして曲がり角まできて誰の姿もないことを確認し、全力で拳を壁に叩き付けた。
固い合成金属とぶつかり合った骨が軋みを上げ、伝わってきた痛みで限界ギリギリだった頭が沸騰する。
「俺は……!」
ぐつぐつと煮え出す思考が上手く言葉にならない。
何を言って良いのか分からない。
握り締めた手に爪が食い込み、血が流れ落ちる。
「全部俺が悪いってのに、まだ善人面しようってのか……!」
ガツ、と再び鈍い音。指が馬鹿になってしまいそうな勢いで叩き付けたせいで、肘まで痺れが走る。
痛い。が、こんなのがなんだというのだ。
罰せられるのはシグナムじゃない。俺なのに。
それなのに、なんで俺は誰にも罰せられない……!
「くそが……!」
『ご主人様。あなたは何も間違ったことをしていません』
「そんなわけがあるか! 彼女をあそこまで追い込んだのは俺なんだぞ!?
それが悪じゃなくてなんだ! あの子から笑顔を奪ったのは俺だ! 幸せになれたはずの可能性を奪ったのも!
それのどこが間違ってないっていうんだよ!」
『落ち着いてください。だからこそご主人様は、目覚めてからずっと手を打ち続けているのではありませんか』
「それでも、二度と最良の結果には手が届かない。
それを手放した責任なんて、取って当然じゃないか!」
『いいえ、ご主人様。誰もあなたにそれを強要してはいません。償いは、あなたが望んだことなのですよ?
逃げることも、全部放り投げることだってできたのに、それを選ばなかった。それだけで充分ではありませんか』
「Lark。全部知っているお前がそれを言うのか。こんなはずじゃない結末を、話しただろう?
……笑えよ。救うとか言っておいてこの様だ。イレギュラーはイレギュラーにしかなり得ない。
そんな当たり前のことに、ようやく気付いた馬鹿だ、俺は」
その一言で、Larkからの返答が止まる。
……かける言葉もないってか。
我ながら、なんとも惨めだ。
償いと称して、最終的にははやてを悲しませるような手段を取ろうとしている俺にはお似合いかもしれないな。
「まるで呪いだな。……この世界に呼び出された時点で、俺に未来なんかなかった。
誰かの可能性を食い潰すぐらいなら、いっそいなくなった方がマシだ。
時の庭園で、素直に戻っていればこんなことにはならなかったんだ」
『……そんなことはありません』
「どうだか」
思わず口の端を吊り上げてしまう。
だが、そんな表情をしてしまう俺にかまわず、Larkは言葉を続けた。
『いいえ、ご主人様。
フェイトさんを助けたのはあなたです。ジュエルシードを全て集めることができたのも。
それが無駄だったのだと……あなたは、そう切り捨ててしまうのですか?
私はそう思いません。皆さんと笑い合っていた時が無駄だったなどと、思えません』
「だったら、そんな俺に不幸にされたはやてはどうなる。
幸せになるべきだったんだ、あの子は」
『そうですね』
「だから、あの子の邪魔にしかならない俺は――」
『しかし、それはあなたもです、ご主人様。
すべての人が平等に幸せになる権利を持っているのならば、それはあなたにもあります。
ご主人様も、幸せになるべきなのです』
……一瞬、Larkが何を言っているのか分からなくなった。
幸せになって良い? 俺が?
そんなわけがない。
俺なんかが――
『ご主人様の立場を知り、責める人がいたとしても、私はあなたを肯定します。
私だけは最後まであなたの味方でいます。
だから、ご主人様。
どうか、いなくなった方がマシだなんて、冗談でも口にしないで下さい』
「……分かったよ」
そう応え、苦笑する。
今の話は完全な平行線。答えがこの場で出ることはないだろう。
しかし。
しかし、だ。
それでも、俺の存在を許してくれる奴が一人でもいるならば。
「……もう少しだけ、頑張ってみるか」
『はい。それでこそ、です』
「ぬかせ。お前が俺の何を知っているってんだ」
『全てを。伊達に長年ご主人様のデバイスをやっていません』
彼女の返答にポカンと口を開けてしまい、次いで、はは、と笑い声を上げる。
そっか。そりゃそうだ。
……コイツにだけは敵わないなぁ。
指先でLarkを小突き、足を動かす。
もう少し。
もう少しだけ、頑張ってみよう。
最後の武装局員を切り伏せて、シグナムはレヴァンテインを鞘に収めた。
夜天の書の頁を確認する。
数は六百六十。残りは五頁。
ようやくここまで――と、シグナムは長い息を吐く。
自分たちの計画もやっと最終段階へと移行できる。
主を危険に晒してまで始めた長い道のりが、ようやく終わる。
シグナムは足元の局員を爪先で小突く。小さな呻き声が上がったのを確認すると、ゆっくりと口を開いた。
「伝えろ。残り五頁で闇の書は完成する。暴走に巻き込まれて余計な犠牲を出したくなければ、もう我々にかまうな、と」
続けて、シャマル、と名を呼ぶ。
それに応じて、局員の身体をライトグリーンの光が包み込んだ。
これで死ぬことはない。
次は、舞台を無人の惑星に移せば――