虚空を突き破る黒の魔力光。
その中心いるのははやてであり――彼女は、徐々にその姿を変えていた。
それをただ見上げながら、俺は全身から力が抜けるような錯覚を覚える。
……このタイミングで、覚醒するなんて。
鉄壁の防御を貫ける者はこの場に揃っている。揃ってはいるが、俺とフェイトは満身創痍。
健在なのは、なのはだけ。彼女一人でリインフォースに勝利するのは可能なのだろうか。
原作では辛勝だったが、今のレイジングハートにはエクセリオンモードが搭載されてはいない。もし接近戦に持ち込まれたら、それだけで負けが見えてくる。
どうやって勝てば良い。一撃入れれば良いわけじゃない。少なくとも、なのはの全力全開二発分の魔力ダメージを叩き込まなければならないのに。
増援だって期待できない。運良く駆け付けてくれたとしても、半端な戦力が合流したところで、広域攻撃魔法を放たれればそれだけで終わりだ。
どうすれば良い。
そんな言葉が脳裏を占め、気が遠くなり――
「……兄さん」
ぎゅっと手を握られ、我に返った。
視線を向ければ、フェイトは疲れを隠そうとしながらバルディッシュを握り締めている。
……ここで俺が弱気になったら駄目だ。妹を怖がらせてどうする。
フェイトに気付かれないようにそっと溜息を吐くと、俺は彼女の頭を撫でた。
「ここは俺となのはに任せて、フェイトは退いてくれるか? それで、クロノに現状を伝えてくれ。
俺から連絡する余裕はないと思うから」
「兄さん、私もっ……!」
「馬鹿。ソニックフォームの反動、残ってるんだろ? ここはお兄ちゃんに任せとけ。
その代わり、連絡をしっかり頼むな」
「……分かった。けど、絶対に無茶はしないでね? またいなくなったら、嫌だからね?」
「努力するよ」
言いつつ、Larkをセットアップ。最後に笑いかけると、フェイトに背を向けた。
……さて。
す、と息を吸い込み、念話を飛ばす。
『アルフ。フェイトとシグナムを回収してアースラへ。ここの直上にきているはずだ。
頼めるな?』
『……なんでアタシがあんな奴を』
『シグナムが死んだら、勝手に連れ出したお前らの立場が今以上に悪くなるんだっつーの。
管理局は殺人を許容したりはしてないよ』
納得していないようだったが、分かったよ、と悪態混じりの返答が届く。
それに頷くと、今度はなのはへ。
『なのは』
『うん』
『これから、覚醒した闇の書を止める。正直言って相手にしたくない類の化け物だけど、止めないとはやてがヤバイ。
辛い戦いになると思うけど――付き合ってくれるか?』
『当たり前だよ。一緒に頑張るって、約束したじゃない』
シグナムに、ないよりマシといったレベルの下手くそな治癒魔法をかけながら、なのはは頷いてくれる。
……やっぱりそう言ってくれるか。心強い反面、申し訳ない。
『サンキュ。そんな良い子には、事件が終わったあとにご褒美をあげよう』
『何言ってるの、もう。……期待しちゃうからね?』
フライヤーフィンを発動し、なのはは飛行魔法を開始する。
それに倣って、俺もアクセルフィンを発動。
Larkを握った右手の裂傷から鋭い痛みが返ってくるが、無視だ。
「バリアジャケット追加構成。鉢巻き」
『はい、ご主人様』
構成された鉢巻きでグルグルと右手を固定し、準備完了。
……左腕はただのデッドウェイトにしかならない、か。
おまけにフルドライブはLarkへの負荷が高すぎるので封印安定。リミットブレイクは自滅必須。
セッターを使うには、俺の状態が悪すぎる。振り回されるだけじゃ済まないだろう。
こんなコンディションでどこまでやれるか分からないが、
「打てる手は全て打つ」
呟き、飛翔する。
リリカル in wonder
『俺が動きを止めるから、なのはは射程ギリギリから最大出力で砲撃を撃ってくれ』
『うん、分かった!』
指示通りになのはは移動を開始して、俺はリインへ、彼女は正反対の方向へと。
ちら、と視線を地面に向ければ、アルフはフェイトとシグナムを連れて転移を始めようとしていた。
あとは、目の前の障害をなんとかするだけだ。
ユニゾンはまだ途中。掟破りで悪いが、
「クロスファイア!」
『集束』
「シュート!」
片手でLarkを突き出して、六つの誘導弾を集束したクロスファイアを撃ち込む。
サンライトイエローの射撃魔法が真っ直ぐに伸び、炸裂。魔力光の残滓を残して、爆煙が上がる。
だが、少し遅かったのか。
その煙を引き裂いて現れる姿。
黒い騎士甲冑に、背中に生えた一対の翼。長い銀髪に紅い瞳。四肢に巻き付いた拘束具。
記憶に残っている強敵が、降臨した。
「リインフォース!」
名を叫び、一気に加速して斧の魔力刃を叩き付ける。
しかし、掌に張られたシールドバリアに防がれ、キチキチと耳障りな音が上がった。
……やっぱ、硬いか。一応バリア貫通能力だってそれなりなんだが。
ならば、と身を翻して、ピックの部分に鎌の魔力刃を形成。
後ろ回し蹴りの要領で加速し、叩き付ける。
が、これも防がれた。案の定と言ったところだが、やはり片手では力が伝わりきらないって理由もあるか。
次は――
「……ごめんな、エスティマくん」
「……何!?」
リインフォースの唇から紡がれた声。
それを聞いて一瞬動きを止めてしまう。
その隙を狙って、フォトンランサーが俺を囲むように出現し、
「ジェノサイドシフト」
殺到する。
舌打ちしつつ回避し、切り払うが、それでも二発もらった。何故か非殺傷設定だったので怪我を負うことはなかったが。
なんとか体勢を立て直して次に警戒。
しかし、追撃はやってこない。
呆気にとられると同時に、さきほど聞いた声に眉根を寄せる。
「はやて……意識が、あるのか?」
「うん。……そんなにおかしなことなんかなぁ? ん、リイン? そか。なら、不思議がられてもしゃあないわ」
一人ぶつぶつと呟き、納得するはやて。
……ちょっと待て。
一体、何が起こっている。
『なのは。ちょっと待ってくれ』
『え? うん』
念話で待ったをかけつつ、警戒を続けながらリイン――否、はやてへと視線を向ける。
……どこからどう見ても彼女の姿はリインフォースだが。
「はやて。意識があるなら話は早い。今すぐユニゾンを解除するか、防御プログラムの切り離しを――」
「嫌や」
紡がれたのは拒絶の声。
彼女らしからぬ怒りの滲んだ声色に、思わず眉根を寄せる。
「……どうしてだ?」
「もう、嫌なんや。誰かに裏切られるのも、悲しい気分になって、誰かを恨むのも。
もう私は傷付けられる側になんかいたくない。
私を嫌って、傷付けようとするものを、みんななくしてやる。
……だからエスティマくん、どいて?
みんな大嫌いやけど、それでも私、エスティマくんやなのはちゃんを傷付けたくない。
こんな私の友達でいてくれた二人とは、戦いたくないから」
「何言ってるんだ! そもそもはやてが戦う必要なんて、どこにもないだろう!?」
「あるよ」
思わず怒声を上げた俺に、はやては胸に手を当てて応える。
「ここに、ある」
そして何かを思い出すように目を瞑ると、吐息と共に言葉を吐き出した。
「今まで何をされても怒らないように、辛いことがあっても我慢しようって思ってきた。
やって、私みたいなのが生きていくには、そうするのが一番だから。
……せやけどな。たくさんのことを諦めてきたけど、手元にあるものだけで満足できてた。
高望みしなければ、幸せでいれた。
けど、これはなんや?
私の知らないところで面倒なことが起きて、その責任を負えって言われて。
なんで私ばっかりがそんな目に遭わないかんの?
おかしいやん」
「……だから壊そうと思ったのか」
「せや。怖いもの、嫌なもの、ぜーんぶ」
それだけの力があるから、と、彼女はにっこりと微笑んだ。
……そうか。
「そうかよ……!」
ギリ、と奥歯を噛み締める。
「悪いけどな、はやて。そんな理由を聞いた以上、黙って道を開けるなんてこと、できやしない」
「……エスティマくんは、私の友達やないの?」
「そうだ。だからこそ、お前を止める。
なぁ、分かっているのか? 破壊を撒き散らせば、はやてと同じ思いをする人が生まれるんだぞ?
それでも、そんなことを言うのか?」
「それが私になんの関係があるん? そんな綺麗事で止まれる人がいたのなら、私はここにおらへんよ。
みんなと同じように、私は私のやりたいようにやる。
私は自分のしたいことをする」
「できるものなら――!」
「今の私なら、できるもん――!」
『――Phase Shift』
カートリッジの炸裂に続いて、稀少技能を部分開放する。
カートリッジの炸裂に気付いたはやての動きが遅い。
巻き上がる烈風や砂塵。雲の動きやなのはの叫び。
その何もかもが。
そんな中で動けるのは――
「――遅い」
「――エスティマくんが遅いよ」
背後へと回り込もうとした瞬間、脇腹に拳が掠った。
バリアジャケットのおかげで骨は折れないが、直撃こそしないものの音速超過で移動していた最中の被弾。
衝撃が身体を突き抜け、息が止まる。視界が明滅し、意識の手綱を手放しそうになった。
暗転しかけた視界の隅。
そこにははやての姿が映っており、
「羽ばたいて、スレイプニール」
背中に黒翼を生やし、
「凍て付く荒野を飛び立つ翼を我に、アクセルフィン」
両肩にサンライトイエローの、俺から蒐集した加速翼を装着して、
「金色の衣、リアクターフィン」
手首、足首にフェイトのリアクターフィンを。
……あんな一度に加速補助の魔法を使うなんて、どんな演算能力だ。制動をかける部位が多くなればなるだけ、移動中の姿勢制御や出力調整が難しいのに。
そもそも魔力が保つわけが――
いや、そうか。そういえばこの相手は、そういう輩だ。
くそ、固定砲台っていう先入観が、脚を引っ張った……!
体勢を立て直そうとするが、猛烈な勢いで込み上げてくる吐き気によって叶わない。
そんな俺に向けて、はやては掌をかざす。
闇色の魔法陣が足元に展開して、
『エスティマくん!』
だが、それが発射されるよりも速く、桜色の砲撃がはやてに直撃した。
ディバインバスター・エクステンション。常人では手の届かない域の威力を秘めた砲撃魔法。
防いだとしても防御の上から敵を削る反則技。
だが、しかし。
受け止めることをせず、まるでステップを踏むように、はやてはそれを回避する。
そして俺へと向けていた掌をなのはへと。
手の平に現れるのはサンライトイエローのミッド式魔法陣。
……この距離だと、ラピッドファイアか?
そんな風に考えた俺の予想は、裏切られる。
「蒼穹、貫いて。遙か、空の彼方まで。――ワームスマッシャー」
旅の鏡と同種のゲートが出現し、そこへはやては射撃魔法を連射する。
ワームスマッシャー。結界魔導師に射撃技能を求めるという、ミッド式の馬鹿な異端魔法。
俺では発動までに時間がかかりすぎて、戦闘に使えない。
だが、彼女が使えば――!
俺とはやてがいる場所から遠く離れた空中で、連続して爆音が上がる。
遠すぎて悲鳴は聞こえないが、間違いなくなのはは戸惑っているだろう。
長距離跳躍射撃。距離や障害物の一切を無視して敵に不意打ちを叩き込むチート技。
なのはが見たことのある魔法で近いのはプレシアの次元跳躍砲撃だが、こんなもの俺だって想定の範囲外だ。
くっそ……!
奥歯を噛み締めて気持ち悪さをやりすごし、Larkを握り締める。
そしてカートリッジロード。
『――Phase Shift』
瞬時に接近して鎌の魔力刃で斬り掛かる。
はやては俺の行動に気付くと、ワームスマッシャーを中断して翼を羽ばたかせた。
接近し、斬りつけ、シールドで弾かれ、距離を取られる。
全てが一瞬の攻防だ。傷一つ負わせることもできず、俺は歯噛みする。
だが、やはり本来の特性とまったく別の戦い方をしているからだろうか。
高速機動戦闘を行っているはやての息は荒い。
……はやてが表に出ているってことは、彼女主導で戦闘を行っているということ。
リインフォースのフォローはあるだろうが、そうか。
唯一の勝機は、彼女の戦闘経験のなさ。
自分に何ができるかも把握していないのならば、俺に合わせて高速機動戦闘をしかけてきたのも分かる。
『なのは……大丈夫、か?』
『う、うん。なんとか』
『俺は、このまま、接近戦を続ける。なんとかして脚を止める、から、引き続き……狙撃を、頼む』
『……大丈夫なの? 声、辛そうだよ?』
『お互い様だろ。……何があっても、絶対に前に出るなよ』
念を押して、ちら、とLarkの弾倉に目を向ける。
……フルドライブでの応酬なら、一撃を入れることは可能か?
今のままで持久戦をやらかしたら、情けない話だが、先に俺がダウンする自信がある。
だったら、一気にケリをつけて――いや、駄目だ。
それでもし失敗したら後がない。今のままずるずると戦うのも良くないが。
増援待ちか。くそ。
「エスティマくん、強いなぁ。リインも驚いとる」
「余裕たっぷりに言われても嬉しくないね」
射撃魔法の応酬をしながらそんな会話を交わす。
俺は紙一重での回避を行い、はやてはすべての攻撃を防いでいる。
なのはの砲撃が突き刺さった隙を狙って責めても、力の乗らない斬撃ではシールドを破れない。
無尽蔵の魔力と高いバリア出力にものを言わせた戦法。どうにもやりづらい。
接近しようにもはやては戦闘に慣れ始めたのか、俺の左側に回り込むようにして移動を続けている。
左腕が動かない今、それに合わせるだけで精一杯だ。
『ご主人様。撤退を推奨します』
『駄目だ、Lark。ここで退いたら、はやてを止めることができなくなる。
ここでなんとか抑えないと、はやてに罪を負わせてしまう。
それだけは避けないと』
『ならば、フルドライブを。私にかまわず』
『んなことできるか!』
接近してきたはやてを切り払い、距離を取りながらLarkに怒鳴る。
……そうだ。今の体調が最悪ってのもあるが、Larkのスペックが俺の魔力出力に追い付いていない今、フルドライブを使うわけにはいかない。
デュランダルのマイスターに気休め程度の強化をしてもらい、一応、フルドライブに耐えることはできるようになっている。
だが、それだけだ。
戦闘はできるが、戦闘継続時間が著しく短くなるし、フレームに負荷が馬鹿みたいな勢いで溜まる。
そんな状態でリインとぶつかればどうなるかだなんて、少し考えれば分かることだ。
……かと言って、セッターを使うわけにもいかない。
以前の調子を考えると、こっちは俺の身体が保たない可能性がある。
そんな状態で、どうしろって……!
「しまっ……!」
「捕まえた」
意識を逸らしたせいか。
投げ出していた左手がリングバインドに捕まり、動きを止めてしまう。
はやてはにんまりと笑みを浮かべ、手を翳す。
攻撃を邪魔するように桜色の誘導弾が殺到するが、無駄だ。闇色のフィールドに阻まれて、ダメージらしいダメージが入らない。
バインドブレイクが間に合わない。抵抗する今も、はやての手に魔力光が集う。
『エスティマくん、逃げて!』
悲鳴じみたなのはの声が聞こえるが、駄目だ。
とてもじゃないが間に合わない。
「フォトンランサー・ジェノサイドシフト」
……こんなところで、か。
「ファイア」
ゆったりと、訛りのあるトリガーワードが紡がれる。
防ぐ術はない。俺の紙装甲なんて、意味をなさない。
桜色の砲撃がいくつかのフォトンランサーを撃ち落とすが、それでも駄目だ。
殺到する魔力弾を前にして、諦めるときだ、と脳裏で誰かが囁き、
『Sonic drive』
目視できるか否か、といった速度で、何かが射線に割り込んだ。
着弾と同時に悲鳴が上がり、煙の中から黒いデバイス、バルディッシュが地面へと落下する。
それでも、彼女は身を挺しながら俺の前に立ち塞がり、フォトンランサーをその身に受けている。
「フェイト!? 馬鹿、よせ!」
なんでここに――アルフと一緒にアースラへ戻ったんじゃなかったのか!?
「ソニックフォームで何やってるんだ、やめろ!」
叫びを上げるも、フェイトは背中越しに顔を向けて微笑みを浮かべるだけだった。
痛いだろうに、それでもどこか嬉しそうに。
それを目にして、思考が沸騰した。
純粋に魔力を叩き付けて力ずくでバインドを破壊すると、瞬時にフェイズシフトを発動。
弾幕をかいくぐり、フェイトへと着弾しようとしていたフォトンランサーを全て切り払う。
そして加速終了と同時にフェイトを抱き寄せると、ほぼ反射的にはやてを睨み付けてしまった。
「……これで、満足か」
「あ……」
「傷付ける側に立って、満足なのかよはやて!」
「……ッ、当たり前……や」
まるで駄々をこねるように、はやては応える。
納得できないような、しかし、否定はしないと、そんな表情で。
『Flash Move』
「エスティマくん、フェイトちゃんを、早く!」
はやてと俺の間になのはが割り込み、バスターモードのレイジングハートをはやてへと突き付ける。
それに、すまない、と返して、俺は地上へと一気に降下した。
……クソ。
畜生……!
エスティマとフェイトが去ってゆくのを背中越しに感じながら、なのははレイジングハートを握る手に力を込めた。
目の前にいるはやては見覚えのある飛行補助の翼を生やした状態で、地上へと降りるエスティマをただ見ている。
浮かべた眼差しには確かに後悔が浮かんでおり、まだ間に合う、となのはは頷いた。
「はやてちゃん、もう止めようよ。まだ戦うつもりなの?」
「……ここまでやって、退けるわけない」
「ううん、止められるよ。こんなことになったけど、はやてちゃんは何も悪くない。
エスティマくんだって、きっと謝れば許してくれる。フェイトちゃんも――」
「だから、もう止まれるわけがないっていうとるやん!」
叫び声と同時に、はやての足元と手の平に魔法陣が現れた。
それに応じて誘導弾を十個生み出し、なのははレイジングハートを構える。
デバイスコアの下部にあるマギリングコンバーターが唸りを上げ、ついさっきまで吐き出されていた戦闘の残滓を取り込み始める。
集束された魔力はそのまま誘導弾に上乗せされ、クロスファイアは一ランク上の魔法、アクセルファイアへと変化。
いつでも集束砲撃に変えられるように準備をし――
「私の邪魔をするなら、なのはちゃんだって――!」
「……っ!」
闇色の魔力光が弾けると同時に、なのははラウンドシールドを発動させた。
はやてが放ったのはラピッドファイア。瞬きの間に放たれる十発の――
「え、なんで……!?」
ガン、ガン、ガン、とシールドを削る砲撃。
十発を過ぎても、途切れる様子を見せずにひたすらに連射される。
重い。エスティマのラピッドファイアとは比べものにならない。
苦悶に顔を歪めながら、なのははアクセルファイアを二つで一組に集束して砲撃を放つ。
交差する光条。お互いの砲撃はシールドに阻まれて爆発。
煙を引き裂いて二人は体勢を整えると、手の平を向け、レイジングハートを構え、再び魔法を放つ。
「はやてちゃん、もう止めてよ! こんなことしたって、なんにもならないってば!」
「だから何!? だから黙っていろって言うの!? そんなのはもう、たくさんや!」
「違う、違うよ! リインフォースさんもヴィータちゃんもザフィーラさんも、はやてちゃんの家族はこんなこと望んでない!
シグナムさんやシャマルさんだって、きっと……!」
「知った風な口を利くな!」
誘導弾をかいくぐり、はやては間合いを詰めて拳を叩き付ける。
レイジングイハートが咄嗟にオートガードを発動するが、彼女の拳にはバリアブレイクが付加されていた。
ガラスが砕けるような音と共に殴り付けられ、なのはは吹き飛ばされる。
しかし彼女はすぐに体勢を整えると誘導弾を操作し、牽制。
はやてとの距離を再び開けて、意志を挫かず、戦闘を続ける。
「他の誰かが望んでいるから、私にそれをするななんて……押しつけがましい! 誰がそんなことを望んだんや!
それに、みんなが望むように、私だって、みんなに戦って欲しくなかった。
それなのにそれを無視して、自分勝手に!
だったら私が好きなことして、何が悪いの!?」
「悪い悪くないの問題じゃない! このままじゃ、はやてちゃんが味わった悲しさを、みんなが感じることになるんだよ!?
そんな思いをさせて、はやてちゃんは楽しいの!?」
「……………………当然や」
逡巡の末に、はやてはそう言った。
迷いをたっぷりと含んだ言葉。駄々をこねている彼女は同時に何を考えているのか。
今の行動は自棄になったから。もしエスティマがここにいたら、言葉尻からそう判断しただろう。
だが――
「……そう」
はやてに聞こえないぐらいに小さく、なのはは呟く。
顔を俯かせ、ぎゅっとレイジングハートを握り締めて。
「前にさ」
「……なのはちゃん?」
「フェイトちゃんと戦ったとき、甘ったれたガキって言われたことがあったんだ」
ガキン、とレイジングハートが音を上げる。
パーツがスライドし、スリットから桜色の光翼を吐き出し、四枚翼に。
「平穏な暮らしをしていたアンタなんかに、フェイトちゃんの苦しみが分かるわけがないって。
……そうだね。確かに私は、フェイトちゃんの苦しみを分かってあげることができなかったよ」
けど、となのはは言葉を続ける。
レイジングハートは音叉状となっていたヘッドに更なる追加を行い、円を描くように二本の柱が追加、丸みを帯びた三叉矛のようになる。
「……ねぇ、はやてちゃん。もしかして――自分だけが辛い想いをしているなんて、思ってる?
自分だけが、分かって貰えないなんて、思ってる?」
そして最後にマギリング・コンバーターがスライドし、延長。
キィィ……と甲高い音を立て、内部のフィンが今まで以上の高速で回転を始めた。
『avalanche mode.set up.
Full drive.Ignition』
「自分のことを理解してもらえるなんて、そうそうあるはずがないじゃない。
それでも分かってもらうために、言葉があるんじゃないの?
思い通りにいかないから暴れるだなんて、それじゃあただの駄々っ子だよ。
……自分が独りぼっちだなんて、思い込んでさぁ!」
「だ、だって、私を助けてくれる人なんて……!」
「いるよ! ボロボロのエスティマくんがさっきまで、なんのために戦っていたのか分からないの!?
クロノくんがアルカンシェルの発射を止めている理由をなんだと思っているの!?
ヴィータちゃんやザフィーラさんが、ただ守ってくれるだけの存在じゃないって知ってるでしょ!?
はやてちゃんが感じる怖さと同じだけの優しさを向けてくれている人が、こんなにいるのに!」
「けど、それでも……!」
『Avalanche Buster』
返答の代わりに集束した魔力光が爆ぜる。
はやては咄嗟に射線上から逃れようとするが、
「そんな……!」
予想していなかった砲撃を受け、苦痛を顔に浮かべた。
なのはの放った魔法はアヴァランチバスター。発射と共に爆ぜる、拡散タイプの砲撃。
蒐集したなのはの使う魔法を把握していたはやてにとって、それは完全に不意打ちだった。
自分の知らない魔法。それを使ってくるなんて、と。
回避は間に合わず、右半身に被弾。形成していた加速翼は消滅し、それを再び生み出そうとするが、遅い。
目を見開く。
レイジングハートの上げる耳障りな機械音の響く空には、夥しい量の誘導弾が浮かんでいた。
二十や三十じゃきかない。こんな数の誘導弾を、操れるわけがない。自分ならばともかく、並の人間ならば魔力が保つわけがない。
だが、
『Starlight fall』
「シュート!」
その常識を打ち砕かんと、桜色の流星群が降り注ぐ。
制御は甘い。中には自分を素通りして地面に向かう弾もある。
だが、逃げ道を塞ぐ、否、逃げることを許さない物量を前にしてそんなことは関係ない。一発二発が逸れたところで、なんの意味もない。
幾重にもバリアを張り巡らせ、はやてはなんとか光の雨に耐える。
その間、なのはは誘導弾を制御しながらゆっくりと上昇していた。
元より全弾を命中させるつもりはない。半分も当たれば儲けもの。足が止まればそれで良いのだから。
額に汗を浮かばせ、歯を食いしばりながら、なのははレイジングハートの矛先をはやてへと向ける。
『Divine Buster Extension』
「シュート!」
放たれるのは強化されたディバインバスター。動きを止めたはやてに向けて、それは突き刺さる。
シールドにかかる負荷に、はやては目を見開いた。
……さっきまでは、簡単に受け止められたのに!?
確かに砲撃は防いでいる。
だが、突き出した手の平を覆う騎士甲冑は千切れ、いや、背中のスレイプニールも羽を飛ばし、全身の防護服が少しずつ弾け飛び、じくじくとダメージが蓄積してゆく。
悲鳴を上げる闇色のシールド。冷や汗を流しながら、はやては砲撃が止むことをただ祈る。
だが、ディバインバスターが止まることはない。
十秒、二十秒と経っても、止む気配がない。
なんでや、とはやてがなのはに視線を送れば、彼女は弾かれた砲撃の魔力をすぐに掻き集めて再び攻撃に注ぎ込んでいる。
集束技能。それも半端ではない次元の。それをリインフォースから聞き、なんてインチキ、と悪態を吐く。
なんとかして耐えようと、シールドに更なる魔力を注ぎ込んで削ぎ落とされた部分を補修するが――
削り取ったその魔力すら集束して、ディバインバスターは威力を増し、遂になのはの砲撃ははやての防御を喰らい尽くす。
桜色の光に包まれたはやては、その勢いに押し負けて地上へと逆落としに。
だが、尚も砲撃は止まない。
地上へ到達し、地面に押し付けられながら、まだ攻撃は続く。
避けることも防ぐこともできない。全身に走る痺れに意識を失いそうになり、激痛で覚醒。それを繰り返しながら、ただ絶叫する。
そして遂に砲撃が止んだ。
ようやくはやてはまともに息をすると、なんとか立ち上がろうとする。
見下ろしてみれば、騎士甲冑は完全に吹き飛ばされて全裸に近い状態になっていた――が、すぐさまそれは修復された。
……どういうことだろうか、と首を傾げつつも、まあ良い、と溜息を吐く。
「……痛いなぁ」
『……大丈夫ですか、主はやて』
「うん。……なあ、リイン。私、どうすれば良いんかなぁ」
『……それは』
リインフォースははやての問いに応える言葉を持ってない。
どう続けて良いのかと考えている内に、主人が苦笑していることに気付いて、非常に申し訳なくなった。
「優しくしてくれる人がいる。それは分かってるんや。
それでも嫌なものは嫌。……分かってる。こんなん、ただのワガママだってことぐらい。
嫌な気分にならないで生きている人がいないぐらい、私でも知ってる。
けど、怖いんや。繋いだ手が嘘だったなんて、そんな気分、もう味わいたくない。
……どうすればええのん?」
「そのままで良いと思うよ」
ざり、と砂を踏む音で、はやてはいつの間にか俯いていた顔を上げた。
そこには汗をびっしょりとかいたなのはがいる。彼女は額に髪の毛を張り付かせ、肩で息をしながらも、微笑みを浮かべていた。
「それが普通だよ、はやてちゃん。痛いことや苦しいことを我慢する必要なんてない。
言ったよね? 優しさを向けてくれる人がいるって」
ほら、となのはは空を指さす。
その先には転移魔法陣が展開されており、
「……ヴィータ、ザフィーラ?」
「はやてぇ!」
二人ははやてを見付けると、真っ直ぐに近付いてきた。
外見が変わったことも気にせず、ヴィータははやての胸に飛び込む。
それを驚きながら抱き留め、少し遅れて降り立ったザフィーラに視線を送る。
……どうしてここに?
そう、視線で語る。
「二人とも、はやてちゃんが心配だったんだよ?
……苦しかったら、誰かを頼っても良いの。嫌なことがあったら、それを誰かに言っても良いの。
それを望んでいる人がいるの。
ねぇ、はやてちゃん。それでも、まだ駄々をこねるの?」
しがみついてくるヴィータの頭を撫でながら、良いのかな、とはやては自問する。
自分一人で抱え込まなくて良いのかな。誰かに迷惑をかけても、本当に良いのかな。
……辛いことや苦しいことを一緒に背負ってくれるという言葉は、嘘じゃないのかな。
「ヴィータ。まだ、私の家族でいてくれる?
ザフィーラ。こんな駄目なご主人様を、見捨てない?」
「当たり前だろ!? なんでそんなこと言うんだよ、はやてぇ……!」
「見捨てるも何も、そもそも俺は主を駄目だなどと、一度も思ったことがない」
ヴィータはしゃくりあげながら、ザフィーラはぶっきらぼうに応えてくれた。
そか、と頷き、おずおずと、今度はなのはへと。
「……ねぇ、なのはちゃん。ワガママ言ってばかりの私を、許してくれる?
エスティマくんは、許してくれると思う?」
「それは――」
「許すも何も、そもそもそこまで怒っちゃいないって」
不意に現れたエスティマに、なのはは純粋に驚き、はやては息を呑む。
彼は左肩を右手で押さえながら、痛みに顔を顰めていたが、口調は柔らかだった。
「ちょっと早い反抗期だっただけだろ、これは。
なぁ、なのは」
「えっと、そう……なの?」
「そうなの。……で、どうよ。お前は許してあげるのか?」
「当たり前だよ!」
少しムッとした様子で声を上げるなのはに、はやては軽く吹き出す。
笑顔――いや、目尻に涙を浮かばせた泣き笑い。
そんな表情だが、確かに彼女は笑顔となっている。
……ようやく見れた。
はやての笑顔にそんな感想を抱きながら、なのはは肩の力を抜いた。
クロノにフェイトを頼んで戻ってみれば、どうやら一件落着といったご様子。
……なんだこれ。
良いところは全部持って行かれたんじゃない?
わーい、あんだけ死にそうな気分で相手をしていたのに、どうしてこんなことになってるの?
いやまぁ、良いんだけどさぁ。
なんつーか、脱力だ。
「じゃあ、帰ろうか」
言いつつ、ヴィータの抱き付かれたままのユニゾンはやてに手を差し伸べる。
彼女はぱちくりと目を瞬かせてそれを見ると、おずおずと手を握り締めた。
はやてを引き起こして……って、なんか違和感あるな。
俺よりも背が高いんですけど。
「……エスティマくん」
「何?」
「ありがとうな」
言いつつ、はやては俺の頭を撫でてきたり。
「……上から目線で何をするか」
「いやぁ、考えてみたらエスティマくんよりも高い目線になるのは初めてやから。
こう、つい、な?」
なんだろう。すごい苛つく。
中身が二十歳オーバーな我様。九歳のお子様にこうされるのは、非常に遺憾。
あ、この野郎。笑うななのは。
「ザフィーラ。この屈辱、分かってくれるよな?」
「ふむ。頭を撫でられるのは至福だが?」
「ああそうか。ごめん、聞いた俺が馬鹿だった」
犬だもんねお前。え、狼? 犬だろ。
ファック!
ああもう、とっとと帰ろう。肩の傷が真剣に拙い気がするし。
応急処置しただけで高速戦闘なんかしたから、調子が悪くて――
『ご主人様!』
「え?」
胸元からLarkの叫び。
それと同時に、魔力が吹き荒れる。
おいおい、一体何が――
『闇の書の主の戦意喪失を確認。自己防衛のため、防御プログラムの単独起動を開始』
風の唸りに混ざって、そんな音声が聞こえた。
腕で顔を庇いながらはやてを見れば、信じられない、といった表情で夜天の書に目を向けている。
……待て。つまりは。
「リイン、一体何が起こってるん!?」
『申し訳ありません、主はやて』
「そないなことはええから、早くなんとかせな!」
『無理なのですよ、主』
つつ、とはやて――いや、リインフォースの頬を涙が伝う。
はやてが浮かべた涙とは別種の、諦めからくる類のもの。
「全員、散れ!」
「え、エスティマくん!?」
「アルタス・クルタス・エイギアス。迷い子よ、虚空に潰えよ。テトラクテュス・グラマトン」
リインフォースが紡いだ呪文を耳にして、全身が総毛立った。
戸惑っているなのはの腕を引き、Larkのセットアップも行わずにアクセルフィンを発動。
ヴィータとザフィーラにも念話を送り、なんとか離脱しようと試みる。
「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。回れ、無限の試験管」
間に合うか否か。
防御なんて考えず、全力で魔力を飛行魔法に注ぎ込み――
「――――放て、無限光」
視界がサンライトイエローの光に包まれた。
直撃だけは免れたが、衝撃波で体制の維持が不可能となり地面に叩き付けられ、いや、違う。
直撃ではないと思ったが、それは間違い。上下から降り注ぎ始めた魔力が、足枷になったに過ぎない。
なんとか離脱しようと試みるも、アクセルフィンを形成する端から削られる。
駄目なのか? くそ、蒐集された魔法でやられたら世話ないぞ!
「フィールドバリアを全力展開しろ! なのは、我慢してくれよ!」
「え!?」
疑問の声を無視してLarkをセットアップ。
そして間を置かずにカートリッジロード。
『――Phase Shift』
「――――アイン・ソフ・オウル」
発動はどちらが速かったのだろうか。
それを確かめる術はないが、俺となのははなんとか逃れることができた。
バリア出力が高いだけあって、音速移動の道連れにしてもなのはは無事だったようだ。
次いで、閃光が爆ぜる。
地面と空中に描かれたミッド式魔法陣から際限なく光が降り注ぎ、轟音が大地を揺るがす。
「ヴィータちゃん!」
「ザフィーラ!」
あの二人は逃れることができたのだろうか。
サンライトイエローの光が濃すぎて、姿を確認することができない。
十秒ほど経ち、ようやく光が止む。
それと同時に、三つの影が虚空へと舞い上がった。
黒。それを追うように、紅とライトブルー。
なんとか無事だったみたいだが……さて。
空には急速に暗雲が立ち込み、火柱が空へと噴き上がる。
地震と共に地面を貫き、防御プログラムの触手が俺たちに殺到する。
それを回避し、切り払う。
「なのは……まだ戦えるか?」
「うん。……って言いたいところだけど、少しキツイかも」
……この子が弱音を吐くぐらいだからよっぽどだな。
けど、
「一発だけで良い。スターライトブレイカー、頼めないか?」
「それだけなら大丈夫。戦闘は無理だけど、砲撃を撃つだけなら」
激戦区だから集束が楽なんだ、と笑いながら怖いことを言ってくれる。
頼もしい。
「ありがとう。……一分かけてチャージしてくれ。
それまでに、必ずリインの動きを止める」
「うん」
悪いな、と言いつつ、どうするか、とLarkに視線を落とす。
……クライマックス。ここを乗り切ればどうにかなる。
だが、向こうの防御を貫く手段はあってもそれを当てるための手段が、ね。
ヴィータは純粋物理攻撃に特化した騎士だ。無限に再生する防御プログラムとの相性は悪すぎる。
それでも動きを止めることはできるだろうが、はやてを相手にギガントをぶち込むなんてこと、あの子にはできないだろう。
ザフィーラにはなのはのガードをやってもらなければならないし。
そうなると俺がリインの足止めとダメージの追加を行わなければならないのだが。
……さて、どうする。
頼みの綱である速度は、さっきの戦闘であまり有効ではないことを思い知らされた。
だが、音速超過の砲撃ならばリインの防御を貫く自信はあるし、避けられまい。
しかし、フルドライブ中の最大攻撃力を今のLarkで叩き出すことは出来るのか?
セッターでのゼロシフトも選択肢の一つだが、この土壇場で博打をする趣味はない。やり直しは利かないんだ。
どうする、と考えた時だ。
ふと、視界の隅にあるものが映った。
……そうだ。その手があった。
『ヴィータ、ザフィーラ。作戦がある。聞いてくれるか?』
『んだよ! こっちは今忙しいんだ!』
『落ち着けヴィータ。
エスティマ、その作戦とは?』
『なのはの砲撃でリインフォースに魔力ダメージを与え、一時的に機能停止へと追い込む。
その間に、防御プログラムの切り離しができるはずだ。
……そのための段取りに、力を貸してくれるか?』
『それではやてが助かるのなら、なんだってやってやる!』
『……と、いうことだ。指示に従おう』
激突音や爆発を上げながら、上空で戦う守護騎士たち。
彼らに胸中で礼を言いながら、息を整える。
『ヴィータは今から二十秒、リインフォースを足止めしてくれ。
ザフィーラは砲撃体勢に入ったなのはのガードを。彼女はほとんど戦闘能力を失ってるから』
『二十秒だな!? 遅れんなよ!』
『承知』
ヴィータはそのまま防御プログラムとの戦闘を続行し、ザフィーラはこちらへと急行。
それに小さく頷いて、俺はLarkを握り締めた。
「悪い、Lark。かなり無茶させると思う」
『お気になさらず。ご主人様のやりたいように、私を使ってください』
「ああ」
アクセルフィンに魔力を送り、一気に加速する。
まだ防御プログラムの触手に埋もれていない一角。
そこに落ちているデバイス――フェイトのバルディッシュ目掛けて。
行く手を阻もうとする触手を切り捨て、回避し、ただ前へ。
そして引っ掛けるようにバルディッシュを拾い上げると、握力がロクに残っていない左手にLarkを持った。
バインドで左手を固定し、右手にバルディッシュを。
「力を貸してくれ、バルディッシュ」
『sir……いえ、了解です、エスティマ様』
律儀に日本語へと言語を変換するバルディッシュに苦笑。
さて……始めようか。
……ここまで、随分と色んなことがあった。
シグナムに殺され、フェイトがおかしくなり、やることなすこと全てが裏目に出て。
だが、それもここで終わりだ。終わらせてやる。
『――はやて。
聞こえているか?
八神はやて!』
『え、エスティマくん?』
『そうだ。俺の声が聞こえているな?
いいか、はやて。管理者権限を使って、防御プログラムの切り離しを行うんだ』
『うん今すぐ――あかん。
それでも、防御プログラムは止まらないって……』
『俺が止める。いや、俺だけじゃない。
ヴィータが、ザフィーラが、なのはが、全力で止めてやる。
だから言ってみろ。さっき君が辿り着いた答えを。
こんな時、どんな言葉を吐けばいい?』
『それは……』
はやては息を呑み、しかし、念話のチャンネルを全員へと向ける。
そしてどこか恥ずかしそうに、しかし、以前とは違う声色で。
『助けて――お願い、誰か私を助けて……!』
染み渡るように、そんな言葉が全員に届く。
それに対し、当たり前だ、といった返答が四つ。
……乞われたならば、全力で助ける。
たくさんのものを取りこぼしてきたが、せめて一つぐらいは、助けられるはずだ。
「そうだろう、Lark、バルディッシュ!」
『はい、ご主人様』
『勿論です』
よろしい、と頷き、それぞれのカートリッジを四連発。
次いで、Larkがガン・ランスに、バルディッシュがザンバーに。
「フルドライブ――!」
二つの石突きを地面に突き刺して、叫びを上げる。
『――Zero Shift』
稀少技能を、完全開放する。
フルドライブへと移行し、稀少技能が発動するまでの刹那の瞬間。
エスティマの首元に下げられたもう一つのデバイス、Seven Starsはデバイスコアを瞬かせていた。
『エスティマ・スクライアのレリックウェポンモードへの移行を確認。
フルドライブの発動を確認。
データ受信……クラッキング開始。
データクラック……フルドライブ、リミットブレイクモードへと移行。
強制シャットダウンの制限解除。
出力制限解除。
稀少技能の発動時間制限解除。
反映中……コンプリート』
一瞬の内にそれらの作業を終わらせ、Seven Starsは傍観者の立ち位置へと戻る。
いや、Seven Starsが作業をしたわけではない。
このデバイスは、最初から最後まで傍観者であり、ただの中継点。
この戦いに介入したのは――
「喝采せよ! 喝采せよ!
おお、おお、素晴らしきかな。
第一の階段を盲目の生け贄が昇るのだ!
我が娘よ、現在時刻を記録せよ!
あなた方の望んだ"その時"だ!
老人たちよ、震えるがよい!
第一の階段を、盲目の生け贄が昇るのだ!
遍く者は見るがよい、これこそ、我が欲望の始まりである!」
笑う、嗤う、哄笑を上げる。
両手を広げて喝采する男が一人。
それは創造者。それは科学者。それは狂人。
古代文明の落とし子。
碩学にしてプロジェクトFの元を考え出した者。
彼は笑う。
じっとモニターを見詰めながら。
乾かぬ欲望の癒しを求めて。
そして同じものを求める者は、共に笑うのだ。
「あはははははははははは!」
ジェイル・スカリエッティに寄り添う戦闘機人、クアットロ。
彼女は父親と同じものを見て、ただ笑う。
「あはははははは、とうとうやった!
あはははははは、あのお馬鹿さんが!」
Larkへのクラッキングを行った張本人。
彼女は可笑しくてたまらないと、身を折り曲げて笑い声を上げる。
「だぁいじなデバイスを無駄にして――くすくす」
忍び笑いへと移ろうとするが、どうしても我慢できないのか。
手で口元を隠しても、歪んだそれを隠しきることはできない。
そしてもう一人。
前の二人とは違う、ただ心配だけを瞳に浮かべながらモニターを見る少女が一人。
彼女、チンクは、ただモニターを見詰めるだけで――