全身に走る痛みに、どこまでも落ちてゆくような浮遊感。
一瞬前までの高揚感はディバインバスターの発射と共に消え去り、今は何も残っていない。
……飛行魔法すら発動させる余力だって残っちゃいない。
音速超過の追突で響いた衝撃と、その後の爆発。バリアジャケットはすべてがリアクターパージされ、俺の身を守るものは何一つ残っていない。
……このままじゃ墜落死だなぁ。
そんな言葉が浮かび上がってくるが、無意識下で受け入れているかのように、一切の抵抗をする気が起きない。
まずいと思ったって、どうしようもない。
「……Lark」
呟くも、返答はない。
いつもだったら叱咤激励が飛んでくるかな。いや、呆れ声かもしれない。
だが、耳朶を振るわせるのは身が風を切る音だけだ。
……彼女は壊れた。それを望まれ、俺が実行したのだから。声が聞こえるわけがない。
……別にもう、俺が頑張る必要なんてないだろう。
もう眠ったって良いはずだ。
瞼を閉じる。重力に任せて、身を投げ出す。
このまま――
意識が解けそうになった瞬間だ。
唐突に浮遊感がなくなって、誰かに抱きかかえられた感触。
目を開けてみれば、そこには困り顔のユーノがいた。
「また無茶して」
「……いつものことだろ」
「いつも死にそうになられちゃ、目を離せないじゃないか。まったく、もうそろそろ君は落ち着くことを覚えたほうが良いよね」
溜息一つ。
やれやれ、と頭を振って、ユーノは俺の右手へと視線を向けた。
その先にあるのはLarkだった物。その残骸。
長い亀裂の走ったロッドの部分だけだ。
「エスティ、Larkは?」
「……死んだ。もう完全に修復不可能だよ」
会話を拒絶するような口調が飛び出してしまう。
だが、上手いこと気を使うことができない。
……そうだ。修復不可能なまでにLarkはぶっ壊れた。曲がりなりにもデバイスマイスターである俺には、それが良く分かる。
フレームは全損。脳とも心臓とも言えるデバイスコアは爆散し、LarkをLarkと呼ぶための名残と言ったら、石突にある赤いペイントぐらい。
残ったものなんて、何もない。
「……エスティ」
「なんだ?」
「まだ闇の書事件は終わってない。君が用意した最後の舞台が、残っているだろう?
Larkが繋いだ舞台から、君は降りるの?」
「……まさか」
一瞬、このまま眠ってしまいたいと思った。
だが、そうだ。
防御プログラムを止めることができたのも、こうやって俺がまだ生きているのも、
「ぐうう……」
ロッドを握ったままの手を左肩に持ち上げ、傷口に指を這わせる。
ぐち、と生々しい感触。
そこに俺は指を立てると、なんの躊躇いもなく爪を立てた。
「え、エスティ!?」
ユーノが止めるように声をかけてくるが、かまわず力を込める。
駆け上がってくる激痛に、倦怠感と睡魔が吹き飛ばされた。
同時に、色々な諦めも。
血が染み渡る服に気持ち悪さを感じながらも、なんとか飛行魔法を発動させる。
そして頭を振って意識をはっきりさせると、頭上を見上げた。
視線の先には転移魔法が発動し続けていることを表す、数多もの魔法陣がある。
そこへ向けて上昇すると、俺はロッドをぎゅっと握り締めた。
リリカル in wonder
どうなっている、とクロノは今の状況に頭を抱えていた。
時間は少し遡る。
フェイトが八神はやてを連れ出して無人の惑星へと飛び出し、それを追うためにエスティマとなのはを派遣。
その間、クロノははやてもろともアルカンシェルで闇の書を吹き飛ばそうとする上層部の強行派をなんとか押さえていた。
だが、それもあまり長い時間はかからない。強攻策を声高に叫ぶ連中の足を止めるだけで、体面を気にする――いくら闇の書を止めるためと言っても、地上へのアルカンシェルの発射は拙すぎる。それはある意味、事件解決のためならば無人だとしても惑星一つを犠牲にするという管理局の悪評を生み出すことになるのだから――一派によってうやむやにできた。
それだけならば良い。滅多にはないが、珍しいことでもないのだから。
しかし、その後のことが、クロノに余計な苛立ちと心労を与えた。
過激派を抑えて次に彼がやったことは増援を要求することだったのだが、許可が下りなかった。
それも、拒否された内容は人員がいないためだという。
高ランク魔導師がヴォルケンリッターに殺されたことは確かに影響しているのだろうが、それだけではない。
休暇を取っている者までもが音信不通となっているという異常事態。
こうなったら、とプライドを捨てて知人に助力を乞おうとしたが、何故かそれも連絡がつかない。
そこまでやって時間がなくなり、半ば自棄になってアースラに乗り込み現場へと向かってみれば――
リインフォースとの戦闘が終わると同時に、この世界へ何人もの魔導師が転移してきたのだ。
その中にはクロノの知人も混じっているし、顔だけならば見たことのある武装隊のエースの姿も。
それだけならばまだしも、聖王教会の騎士までいるのはどういうことだ。
オーバーSランクが一人。エースと呼ばれる存在が六人。AA以下だが、それでもそれなりの実力を持った魔導師が十二人。
武装隊の平凡な装備をした者は三十人近く。飛行技能を持たないものは、シールドを足場にして空中に立っている。
年齢は様々で、なのはたちと同じ年頃の者もいれば中年に達している者もいる。
何故この辺境世界に、しかも一斉に彼らがやってきたのか、クロノには分からない。
……いや、あまり考えたくない上に当たって欲しくない予想が一つあるが。
この場にいるクロノの知り合い。それは、嫌な共通点が一つあるのだ。
もしかしたら、それと同じものが――
「クロノ。エスティを連れてきたよ」
ユーノの声が聞こえ、クロノは考えごとで俯いていた顔を上げた。
そして溜まっていた鬱憤を晴らすように、
「おいエスティマ、これはどういうことだ!? 理由を聞いても、彼らは君に聞け、と……」
勢い良く捲くし立てたのだが、それもすぐに勢いを失った。
それもそうだろう。
視線の先にいるエスティマは、満身創痍を通り越して悲惨な状態となっていた。
バリアジャケットをまとっておらず、頬には細かな傷がいくつもできている。
割れた額からは滾々と血が流れており、左目は閉じられている。
左腕はだらりと下がっていて、服の袖からは血が滴っていた。元は黒であった私服のジャケットは、血を吸ったせいで嫌な光沢を放っている。
ユーノが治癒魔法を使っているから死ぬことはないだろうが、重傷には違いない。
すぐに手当てを、とクロノは声を上げるが、エスティマはそれを手で遮る。
そして口を開くと、しっかりと意志のこもった声を出した。
「大丈夫。この程度なら死にはしないし。
で、彼らだけど……なんとなく察してるだろ、クロノ」
「……嫌な予感しかしないが、言ってみろ」
「あの人たちは闇の書事件の遺族だよ。今回だけじゃない、過去のを含めて闇の書に家族を奪われた人たちだ。
その中で戦う力を持った人たちに、きてもらった」
「……それで? 何か言い訳はあるのか? これは立派な情報漏洩だが」
「あとで如何様にも罰してくれよ。……そんなのはもう、どうだって良い」
自棄になったような口調で吐き捨てると、エスティマは弱々しく長い息を吐いた。
そしてゆっくりと上昇すると、遺族たちの元へと辿り着く。
彼の姿を目にすると、不意に、一人の男が目配せをした。
それに応えるように、四人の男女がエスティマに治癒魔法をかける。
ありがとうございます、と頭をさげると、彼はその場にいる全員を見渡して、小さく頷いた。
「……このタイミングできたってことは、戦闘を見ていたんですね」
「ああ、そうだ。八神はやてが君の言っていたとおりの子かどうかを、見極めさせてもらった」
「そうですか。……それで、どうでしょう?」
おずおずと、エスティマは男に問う。
……彼が目覚めてからずっと行っていたこと。
それは、闇の書事件の遺族に、彼の知るはやての人柄を伝えることだった。
デュランダルのマイスターに行き着いたのはほんの偶然。エスティマはただ、闇の書を憎んでいる人々に、グレアムの作り出したフィルターを取り去った事実を伝えていたのだ。
悪いのは闇の書のマスターではなく、闇の書そのもの。一連の事件は、壊れたプログラムの行ったこと。
八神はやては自分と同じただの子供であり――決して責められるような立場にいない、と。
そんな当たり前のことを、彼はただ、時間の許す限り闇の書事件に関係する者たちに伝えていたのだ。
頭を下げ、怒鳴られ、邪推されるのを繰り返しながら、それでも諦めずに。
無論、これはクロノの言うように立派な情報漏洩。褒められたことではない。
それに、全ての人がエスティマの言葉に耳を傾けたわけでもない。この場に集まった倍以上の人に真実を伝えたが、それでも全員が集まったわけではないのだから。
だが、それでも、それは決して無駄なことではないはずだ。
もし闇の書事件を管理局の元で解決して事件の内容を公表したら、それを曲解する者は必ず出てくる。
管理局に所属する以上、自分たちの所属する組織が真っ直ぐなものではないと――それが『組織』である以上、綺麗なものなど存在しないのだが――分かっているのだから。
それ故に、はやての友人という立場にいるエスティマの懇願は必要なものだった。
闇の書の主に向けられる憎しみを軽減するには、彼女の境遇を正確に理解できて、色眼鏡をとおして見ない人が、どうしても必要不可欠だったから。
視線を向けられた男は、苦笑するとおもむろにエスティマの頭を荒々しく撫でた。
それが治療中の傷に当たってエスティマは顔を顰めるが、男に気にした様子はない。
「ガキが友達を助けてくれと言ってきた時は怪しんだが、あんなものを見せられちゃあな。
相棒まで失って……良くやったよ、お前は」
『It was splendid. You and Lark』
男の胸ポケットに収まったデバイスが続いて声を上げた。
彼もエスティマと同じようにインテリジェントデバイスを持っているからだろう。デバイスを失うということがどれほどの重みを持っているのか理解している。そういう口調だった。
「あとは俺たちに任せておけ。……そうだな!?」
振り返り、声を張り上げる。
同意するように、この場に集まった全員が頷きを返した。
それを呆然とした表情で見て、エスティマは微笑みを浮かべる。ありがとうございます、と再び頭を下げると、クロノに視線を向けた。
「クロノ」
「なんだ」
「防御プログラムは闇の書――いや、夜天の書と分離した。
残った作業は、化け物をとっちめるだけなんだが、どうする?」
「……どうせまたロクでもないことを考えているんだろう。
言ってみろ。戦力は充分すぎるほどに集まっているんだ。
ここまできたら、君のプランに乗ってやるさ」
「……サンキュ。その前に一つだけ。アルカンシェル搭載艦は、あとどれぐらいで到着するんだ?」
「三十分、といったところだ。地表が闇の書に取り込まれることを考慮して四隻回してもらうことになっている。
もう八神はやてを助け出すことはできたのだし、危険を冒す必要はないだろう」
「いや、ある」
「……何故だ?」
「理屈じゃないからクロノは許してくれないだろうけど」
そこまで言って、エスティマは困ったように笑みを浮かべた。
「憂さ晴らしって、必要だろう? 禍根があったままじゃ、何事も円滑に進まない」
「後半にだけは同意してやる」
だよな、と笑みを深くすると、エスティマは集まった遺族たちの方を向いた。
そして息を吸い込み、声を張り上げる。
「みなさん、聞いてください。
闇の書と呼ばれていたロストロギアは、元の夜天の書に戻りました。
しかし、事件の元凶である防御プログラムは健在。これから、それを破壊しなければなりません。
……いえ、しなければならない、というのは違いますね。
放っておいてもアルカンシェル搭載艦がいずれこの惑星に到着し、引き金一つで、なんの苦労もなく防御プログラムを消し去るでしょう。
この星にあるあらゆるものを道連れにして。
……みなさんは、それで納得できますか?
今までと同じように、ただ結末を見ているだけ、ということを、我慢できますか?」
否、と返答が上がる。
一斉に。
それに頷き、エスティマは更に声を張り上げる。
「ならば、力を貸してください!
僕の友人を不幸に突き落とした元凶を――
みなさんを、"こんなはずじゃなかった"運命に引きずり込んだ存在を破壊するために!
お願いします……!!」
応、と返答が上がる。
一斉に。
それに満足すると、エスティマははやてへと念話を送った。
彼女は、なのはのスターライトブレイカーを受けた場所で白の魔力光で編まれた繭の中にいる。
『はやて、聞こえる?』
『……ん、エスティマくん? 聞こえるよ』
『これから俺たちは暴走体をぶっ壊すための戦いを始める。
……悪いけど、はやては手を出さないでくれるか?』
『……え?』
心底不思議そうな声が、はやてから上がる。
それもそうだろう。原作に沿うならば、彼女は後始末を自分でつける気になっているはずなのだから。
しかし、エスティマはそれを止めろと言うのだ。
『この戦いは、彼らだけで決着をつけるべきだから』
そこに他の要素が混じってはいけない。
次元世界の平和や善意。そういったものは、混じってはいけない。
これは、ただの憂さ晴らしであるべきだから。
『……うん、分かった。ほんま、エスティマくんには世話になりっぱなしやな』
『気にしないで。それじゃあ、俺もそっちに向かうから』
念話を打ち切ると、エスティマは指揮をクロノに渡す。
クロノは先程よりも幾分マシな顔色ではやての元に向かうエスティマから視線を外すと、深々と溜息を吐いた。
……まったく、あの馬鹿は面倒事を押し付けて。
「……コキ使ってやる。絶対にコキ使ってやるぞ」
高ランク魔導師。その中でも珍しい稀少技能持ちが、どれだけの重責を負うのかこの事件が終わったらたっぷりと思い知らせてやる。
そんな文句を脳裏に描きながら、仏頂面になるクロノ。
それを笑う声が、背後から聞こえる。
そこにいるのは彼の母、リンディ・ハラオウンだ。この場にいる唯一のオーバーSランク魔導師。
彼女はクロノの頭に手を乗せると、柔らかな笑みを浮かべた。
「クロノ、そんなに怒らなくてもいいでしょう? まぁ、これはちょっと問題のある事態だけどね」
「ちょっとじゃない! 大体、なんで母さんまでここにいるんだ!」
「あら。戦力は多いに越したことはないでしょう?」
「くそ、どうして僕の周りにはこうも規律を大事にしない奴が多いんだ……!!」
それを破って痛い目を見るのは自分だというのに。それでも構わないから、なんて自己犠牲は馬鹿みたいだ。
背負わなくて良い重荷で潰れれば、自分も周りの人間も不幸になるだけだというのに。
……まぁ良い。取り敢えずは、目の前の問題を解決してからだ。
見れば、暴走体の覚醒は間近に迫っている。
早く体勢を整えなければまずいだろう。
「クロノ。エスティから攻撃のタイミングは教えてもらっているから」
隣に飛んできたユーノの言葉に頷き、クロノは待機状態となっているデュランダルを取り出してセットアップを開始する。
氷結の魔杖。それをしっかりと掴むと、クロノは息を吸い込んだ。
「僕は、今回の闇の書事件担当をしている執務官、クロノ・ハラオウンだ」
そして、声高に全員へと。
「この場の指揮は僕が執らせてもらう。
階級が僕よりも上の者もいるようだが、勝手に押し掛けてきたんだ。我慢して欲しい。
……さて、これより行うのは、病巣とも言える防御プログラムの破壊。
まったくもって馬鹿げた話だが、通常ならばアルカンシェルで吹き飛ばすところを、僕らは自力で叩き壊すことを選択した。
……それに間違いはないな?」
この場にいる全員を見渡し、それぞれが違った、しかし、似ている決意を浮かべているのを見て、クロノは口の端が吊り上がるのを我慢した。
「……後悔がないのなら、良い」
そして、そうか、と気付く。
間違っていると思いつつも、自分もこの中の一人だと、どこかで思っているのだと。
……ならばもう遠慮はすまい。
「――――諸君!
終わった過去は取り戻すことができない。
死んだ者に何かを伝えることはできない。
これはただの憂さ晴らしであり、前に進むための儀式でもなんでもない。
……それでも、だ。
――――いいか、諸君!
決着をつけてやれ。自分と同じ境遇の者を、二度と出すな。
泣き寝入りは今日で止めだ。無力な自分を責める必要もない。
闇の書なんて大仰な名前をつけた馬鹿に思い知らせろ!
時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンがその権利の元に命ずる!
教えてやれ、そちらが理不尽を振りまくならば、それ以上の理不尽をもって答える連中が次元世界にはいることを!」
「はい……!」
「よろしい。
ならばぶつけてやれ。
溜まりに溜まった鬱憤を、他人から借り受けた力で悦に浸っているロストロギア風情に!
――――――返事はどうした!?」
「了解……!」
魔導師たちは一斉にデバイスを起動させる。
杖、剣、槍、斧、手甲。
まるで統一性がないが、それでも共通点はある。
フルドライブ。全てをぶつけるための形態。
『Standby ready.setup』
男性の、女性の、機械音声が一斉に上がる。
――そして、それに応えるように、暴走体を覆っていた黒い球体が弾けた。
蠱とも獣ともとれない外観。形容しがたい何か、という言い方が最もしっくりくる化け物。
それは甲高い声を空に響かせ、自らの降臨を誇示しているかのようだった。
……ぎちり、とデバイスを握る音が一斉に上がる。
「物理、魔法の四層構造でできたバリア……まずは僕が!」
声を発したのはユーノだ。
彼は懐から、待機状態のデュランダルと良く似たデザインのカードを取り出す。
……エスティマがデュランダルと共に譲り受けた、カード型カートリッジ。
彼はそれを五枚、空中に投げ飛ばすと、足元にミッド式の転移魔法陣を展開する。
「……異界より、きたれ」
一段階。二段階。三段階。
広がりきった先から、更に拡張し続ける魔法陣。
「……我が印を刻みし鉄槌。塵芥の集合。無力な飛礫」
ユーノは目を閉じながらそれを完璧に操作し続け、
「異界より、きたれ……!」
高速で印を結び、
「移山召還……!」
握り拳を、地面に向けて振り下ろした。
瞬間、暴走体の頭上に巨大な転送ゲートが現れる。
ぽっかりと虚空に空いた穴。
そこから、ずるり、と岩肌が顔を覗かして――
「この、ばっかやろおおおおおおお!」
叫びと共に、直径二キロにも及ぶ巨大な岩――否、山が、暴走体を押し潰した。
空気を振るわせる轟音に混じり、甲高い悲鳴が響き渡る。
砕け散った第一層目のバリア。破片というには大きすぎる岩に押し潰される触手の群れ。
それを見て、よし、とリンディは頷く。
「今度は私の番かしら――エイミィ!?」
『はいはいー、いつでもオッケーですよー!
照準用レーザー、進路、オールクリア!
マギリング・ウェーブ、4.5秒後に到達します!』
「よろしい!」
応え、リンディは背中に魔力制御を行うための四枚翼を形成し、砲撃モードに変形させたデバイスを構える。
それと同時に、ここの直上、アースラから照射された魔力波が到達。供給された力を自分のものとして――
「撃ち抜け……!」
余剰魔力を放出し、魔力光を蛍火のように煌めかせながら、極大の砲撃がバリアの第二層に到達。
抵抗すら感じさせずに、安々と障壁を突き破った。
「次っ……!」
『分かっている!』
声と共に、三つの影が飛び出した。
それぞれが近接戦闘用のデバイスをその手に持ち、足元に近代ベルカ式の魔法陣を展開している。
彼らは武器を振りかぶると、それを全力で叩き付け――
『烈風一迅』
苛烈な炸裂音を生み出しながら、何度も何度もデバイスを打ち付けて、バリアの第三層を粉砕する。
「退避急げ! 五秒後、次!」
『了解!』
ガシャ、とバレルの展開する音。
次は砲撃魔導師の出番。
一人一人で見れば、なのはよりも威力の低い魔法しか扱えないだろう。
それでも、持ちうる技術の全てを使い、魔力の集束を行って、
『ファントム――――ブレイザァァァァァアアアア!』
五つの光条が放たれ、交差し、絡み合って一つの砲撃となる。
それを押し返えさんと暴走体の障壁が色を濃くするが、足りない。
砲撃の突き刺さった爆音と共に、耳鳴りのような悲鳴。
張り巡らされていた最後の障壁は、粉微塵に砕け散る。
……これで裸だ。何もアレを守るものは存在しない。
「……悠久なる凍土。凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ」
デュランダルを構え、クロノは凍結魔法の詠唱へと移る。
今まで使ったこともないような、強大な魔法。あまり自分の趣味には合わない類の。
ごっそりと魔力を持って行かれながらも、クロノはデュランダルを握り締めて暴走体を睨み付ける。
そして、氷結の魔杖を振り下ろすと共に、
「凍て付け……!」
『Eternal Coffin』
トリガーワード、続いて、自動詠唱が紡がれる。
デュランダルのコアが光を放ち、対象となった大地へと、霜が。
パキパキと、クロノの宣言を忠実に守り、ユーノの叩き落とした岩石すらも凍て付かせ、極大の凍結魔法は暴走体の動きを止めた。
……だが、それで稼げる時間は数分。
一人の魔導師ができる限界。
いかに強力な魔法といえど、暴走体を完全に食い止めることなど不可能だ。
……しかし、されど数分。
その稼いだ時間の間に――
「魔力供給第二波、早く……!」
「終わりにしてやる……!」
「消え失せろ……!」
「これでぇ……決まりだああああああああ!」
様々な魔力光が集う。
それに込められる感情は様々。
終わりにする者。区切りをつけようとする者。長年振り上げていた拳の落としどころを、ようやく見付けた者。
それらが、一斉に、
『――――――――――――っ!!!!!』
トリガーワードの大合唱と共に、ぶちまけられた。
突き刺さる閃光の中、暴走体は熔け落ちるようにその身を削る。
ボロボロと磨り減り、上がる断末魔は爆音によって掻き消される。
地表ごと吹き飛ばす勢いで放たれる砲撃のシャワー。
「――っ、本体コア、露出確認!
みんな、いっくよー!」
その中でとうとう晒け出された暴走体のコア。
観測した結界魔導師の掛け声に従って、指定座標に存在する核に幾重にもクリスタルケージを発生させる。
次いで展開される、長距離転送用の魔法陣。
ユーノも手持ちのカードを全て使い、自分では操作しきれない分は結界魔導師に渡して、
「転送ぉぉぉぉおおおおおおっ!」
両腕を天高く上げると共に、本体コアを宇宙へと打ち上げた。
……いや、正確には、宇宙に、ではない。
もしアースラがアルカンシェルを搭載していたのならば、それで全ては終わっただろう。
だが、切り札たるアルカンシェルは未だ届かず。
完全に暴走体を消滅させるための手段は――
『本体コア、転送中にも修復を開始!
クリスタルケージ第一層、破られました!』
焦りの滲んだエイミィの声が、空を見上げる魔導師たちに届く。
自分たちにやれることはやった。
あとは、エスティマの用意したシナリオ通りに――
『第二層破損。第三層……破損!』
駄目なのか、とどこかから声が上がる。
諦めは徐々に、しかし、誰もが成功すると信じて、
『……第四層破損』
無情にも告げられるバインドの破壊。
無駄ではなかったはずだ。
自分たちが無力だなどと、もう二度と――
『……第五、第六、破損』
「くそ……!」
『ですが……っ!』
誰かが苛立たしげに上げた悪態に、エイミィが待ったをかける。
皆は一斉にエイミィの顔が映るウィンドウへと顔を移し、彼女はサムズアップを。
『暴走体、熔解を始めました!
表面温度、尚も上昇中!
これなら、恒星への到達と同時に、完全消滅しますよ!』
報告を聞いた途端、一斉に歓声が上がる。
ある者は隣にいる人に抱き付き、ある者は涙を流し、中には意味もなく空を飛び回るような者も。
プランの最終段階。それは、どこの世界にも存在する、太陽と呼ばれる惑星へ暴走体を叩き落とすこと。
無限に再生するならば、それ以上の速度で破壊してやれば良い。そんな、どこまでも力押しな作戦だ。
この惑星が地球よりも若干太陽に近い部分に位置したのが成功の理由か。
それでも宇宙に打ち上げた時点で、いつでもアルカンシェルを撃ち込める状態だったのだから、勝ちは決まったようなものだったが。
だが……。
この場にいる者だけでやりきったことには、大きな意味がある。
認めたくはないが、目の前で体面も気にせず喜び合う者たちを見て、クロノは確かにそう思った。