「うわぁ……すっごいの……」
絶句、といった風に口を開けたままそんなことを言うなのは。
そりゃそうだ。
あんなフルボッコ、原作でだってなかったからな。
「エスティマくん、傷の具合はどない?」
「ん、ああ。もう大丈夫だって」
「せやけど……」
暴走体フルボッコの最中、ずっと俺に治癒魔法をかけてくれていた、はやて。
彼女は何を言っても心配そうな表情を消さない。
……っていうか、この治癒魔法、シャマルのじゃないの?
いないと思ったら、いつの間に蒐集されてたんだ。
「左肩のは外科治療じゃないと無理だと思うし。
それ以外の怪我らしい怪我はもう治ったからさ」
「ん……ごめん。ありがとな?」
「良いって」
などと言い合っていると、背後に視線を感じたり。
振り返ってみると、そこにははやてに修復されたヴィータとザフィーラの姿が。
なんぞ。
「なんでしょうかお二人とも」
「べ、別になんでもねーよ!」
「おいヴィータ。……すまんなエスティマ。
何か言いたいことがあるらしかったのだが。
それはともかく……。
今回の事件、お前には多大な迷惑をかけた。
謝罪も感謝も、してもしきれないだろう。
本当にすまない」
「……まだ全部終わったわけじゃないから。それに、感謝されるようなことを、俺は何一つやっちゃいない」
む、とザフィーラとヴィータは首を傾げる。
そりゃそうか。遺族の皆様に頭を下げた俺しか、多分実感していないことだし。
ついさっきまでやっていた戦闘。暴走体のフルボッコ。
それに参加してくれた人たちは、ある意味はやての味方と見ても良いだろう。
自分たちと同じ、被害者側の人間。はやてに対して、そういった認識を持ってくれているはずだ。
……まぁ、防御プログラムが発動する前のはやての駄々を見ていたらしいから、そうなるわな。
しかし、だ。
この場にきてくれなかった人たち。
彼らはまだ、夜天の書のマスターであるはやてに悪感情を持っているだろう。
それに、今回の事件でシグナムに家族を殺された人たちは冷静に物事を考えることができるレベルまで落ち着いていない。
……そして。
今回俺がやったことは、別に良いことでもなんでもない。
はやては悪くない、ということは、全ての責任を闇の書に被せるということ。
シグナムやシャマルは勿論のこと、今回の事件で犯罪を犯していないヴィータやザフィーラの立場も危うくなっている。
俺は、はやて一人を救うために、ヴォルケンリッターを切り捨てたようなものなのだ。
だから、ヴィータとザフィーラに感謝されるとなんと言って良いのか分からなくなる。
……ある意味、ここからが正念場。
厄介な事後処理が残っているのである。
「……ったく、とっとと眠りたいんだけどね、俺は。
なぁ、Lark」
口に出して、あれ、と思ってから気付く。
彼女からの返答はない。そんな当たり前のことを忘れ、つい声をかけてしまった。
右手に握ったロッド。その先端に在るべきデバイスコアは、もう存在していないのに。
リリカル in wonder
暴走体を太陽に叩き落としてからのこと。
リインとの戦闘を見ていることしかできなかったフェイトに泣き付かれたりとか、クロノに睨まれたりとかしたが、そこら辺は割愛。
まずは、あの場に集まった魔導師の皆様方。
彼らは軒並み二ヶ月の減棒処分。中には職場放棄して駆け付けた人もいたようだ。なんつーか、申し訳ない。
それでも、この程度は想定の範囲内、と、彼らは笑っていた。
少しは鬱憤が晴れてくれたのなら、俺としては嬉しいのだが。
……ちなみに俺の処分は嘱託任務二回の無料ご奉仕。フェイトは嘱託資格の剥奪及び、二年間の再取得不可。
まぁ、妥当か。俺は事件が丸く収まったからこの程度で済んだのだろうし、フェイトも、もしシグナムを殺していたら、と考えると背筋が凍る思いだ。
あ、ちなみになのはは、また表彰されてました。これで二回目。協力したのがどちらも大事件だったからなのか、表彰式には雑誌の記者まできていた。
今回のは略式ではなく、本局でしっかりとやったのである。
まぁ、表彰式は、ある意味前座。
その日の内にもう一つ行われたのは、闇の書事件の遺族が集まって開かれた追悼式。
クラナガンのセレモニーホールを貸し切って、今回、過去の遺族たちが集まったのだ。
俺とはやて、なのははそれに参加。ユーノとフェイト、アルフは不参加。
三人は俺が参加することにもいい顔をしなかったのだが……ま、当然か。この埋め合わせはいずれ。
ちなみにこの追悼式では、ヴィータとザフィーラ、リインフォースによる謝罪が行われた。
シグナムと再構成されたシャマルは本局に収監されているため、ここにはいなかった。
……最初、この謝罪は予定にはなかったのだ。
せっかく防御プログラムの破壊で落ち着きを取り戻した遺族たちを刺激するなと、クロノにもリンディさんにも止められた。
確かにそうだろう。頭に血の上った遺族に怨嗟を吐かれても無理はないし、最悪その場で殺されたっておかしくない。
はやての身を案じるならばそんなことをするのは間違っている。
しかし。
この追悼式は、区切りを付けるには必要なこと。そこで誠意を見せることは、決して間違ってはいないはず。
今は恨み言を吐かれたとしても、いずれ、時が経ったときに許してもらうために。
そして、その結果。
世の中上手くいくことばかりじゃない。が、悪いことばかりでもない。そんなところだった。
この追悼式が始まる前、いや、防御プログラムの破壊が終わった後に、俺は集まってくれた魔導師たちに懇願したのだ。
できるだけ多くの人に、今日あったことを伝えて欲しい、と。
その成果が出たのだろうか。ヴォルケンズを睨み付ける人たちは随分といたが、それでも、声を上げて糾弾する人はいなかった。
……その分、シグナムたちに恨みは集中するんだろうけどね。
こればっかりは仕方がない。止められなかった俺の力不足でもあるし、彼女らの因果応報。
ここまでで五日が経った。
その間に問題となったのが、はやての今後の生活。
彼女の生活を支援していたグレアムは犯罪者として裁かれることとなり、ユーノ辺りが先頭に立って、合計すると馬鹿げた額になる賠償請求を今回の事件の遺族たちに渡すよう、裁判の準備をしている。
管理局も流石に庇いきれないのか懲戒免職処分とし、その上魔力リミッターもかけるという徹底ぶり。
豚箱から出てきたらどうやって生活するんだろう。そんなことをふと考えて、止めた。
俺には関係のない話だ。
話が逸れた。
結論から言うと、はやての身柄は聖王教会が保護、保証することとなった。
失われたベルカの遺産である夜天の書。そのマスターである彼女を放っておくことは、教会からしたら言語道断なのだそうだ。
無論、管理局側も黙ってそれを受け入れたわけではない。
育てれば貴重な戦力となる稀少な人材を、しかも生活を保障するという恩を売れる存在を、更にはユニゾンデバイスという豪華特典付きを、みすみす手放すつもりもなかったのだろう。
彼女は自分たちが最初に保護したのだと主張したが、
「私たちが彼女を保護します。最初に見付けたのはウチですよ?」
「ああそうですか。まだ九歳の女の子から未来を奪おうとしていた非人道的な組織らしい傲慢な物言いですね」
「ぐぐぐ……! いいよ渡すよ! 貸し一つだからな!」
と。要約するとこんな流れに。
これで聖王教会と管理局の間に面倒なしこりが生まれた気がしないでもないが、気にしない。俺は悪くない。彼らがこの事件に介入する理由を作った張本人な気がしないでもないけど。
で、ようやく闇の書事件も終了と言える段階になった。
……そして今日。ここまでずっと先延ばしにしていた問題。それを解決する。
ミッドチルダ北部、ベルカ自治領。
そこにある一つの教会に、俺となのは、はやては訪れていた。
それだけじゃない。
シグナムとシャマルを含めたヴォルケンリッターに、遺族の皆様方も、だ。
今日行うのは別れの儀式。原作どおりの、夜天の書の破壊。
その内容には、いくつか違った事柄が混じっている。
その一つは、シグナムとシャマルを構成する術式をはやての中へと移さないこと。
彼女たちは夜天の書と共に、消滅することとなる。
これに対しては様々な意見が出た。
遺族からは当然だ、と。管理局と俺からはそこまでする必要はない、と。
しかし、夜天の書のマスターであるはやての一存により、夜天の書の破壊は決行されることとなる。
「罪は償わなあかん」と。
その一言に従い、シグナムとシャマルは自らの死を受け入れることにしたようだった。
……もっとも、彼女たちは最初からそれを考えていたような気もするが。
こればっかりははやての意志を尊重するべきであり、俺にはどうにもできない。
夜天の書のマスターは、彼女なのだから。
そして、もう一つの違い。
リインフォースの完全消滅はなんとか防げそうだ、ということだ。
これは、これから自分の面倒を見てくれる聖王教会へ礼の前払いといったところか。
はやてがどう思っているのか知らないが、そうなる。
ロストロギア扱いされている夜天の書を完全再現することはできないが、古代ベルカの技術を日夜再現しようとしている彼らならば、一時しのぎ程度の器は用意できるのだ。
ユニゾンデバイスとして真価は発揮できなくなるが、リインフォースに蓄積された記憶を移すことならば可能。
人格があると言っても機械であることに変わりはない。これで死ぬことだけは避けられるだろう。
リンフォースの価値は、何もユニゾンデバイスの管制人格というだけではない。
世界ごと崩壊したために三百年前の記録でさえまともに残っていない古代ベルカ。その生き証人を消してしまうのは、聖王教会にとって大きな損失だ。
当時の文化を知ることは、教会の人々にとって必要不可欠なことだろうから。
……しかし、リインフォースの代わりに消えるシグナムとシャマル。
足し算引き算ではないが、結局俺のしたことは……。
……止めよう。今考えることじゃない。
なのはと俺は、レイジングハートとSeven Starsを起動させて、別れの魔法を開始する。
左腕はまともな治療を受けていないので、まだ動かない。腕を吊った状態で生活するのも楽じゃないね。
Seven Starsを右手で持ち上げ、魔法陣を展開し、消えゆくリインフォースとシグナム、シャマルに視線を向ける。
そして、きっと最後となる会話を始めた。
「悪かったな。……俺には、お前たちをどうにかするだけの力がなかったよ」
「良いのだ。むしろ、ここまでしてくれて感謝している。
……私は、お前をこの手にかけたというのに」
「謝っても許してくれないと思うけど、本当にごめんなさい」
「もう良いって。それは聞き飽きた」
少し茶化した口調で言うと、二人は苦笑する。
まぁ、冗談にしちゃあ黒いわな。それに、言ってることが辛辣になるのも許して欲しい。
殺された手前どうにも苦手なのだ、この二人は。
「……リインフォースさん、シグナムさん、シャマルさん」
「どうした、高町」
「やっぱり、こんなこと間違ってるよ。
死んで罪を償うだなんて……そんなの、逃げるようなものじゃない」
「……そうだな」
と、シグナムは苦笑したままなのはに顔を向ける。
「確かに、逃げだろう。今の私は――いや、私たちは、罪を押し付けて消える」
「……え?」
「頼みがある、高町。エスティマ・スクライア。そして、主はやて。
我々は消えて、小さく無力な欠片へと変わるだろう。
……それが、ちゃんと罪を償うように、同じ過ちを繰り返さないように、見てやってくれないか?」
「……なんだって?」
思わず声を上げる。
驚いたのははやても同じだったらしく、俺となのは、はやては顔を見合わせた。
「全ての記憶と経験を失った我々を、導いてやってもらえないか?」
「……分かったよ」
「……任せとき」
そう、なのはとはやては頷く。
一人返事をしなかった俺へと視線が注がれるが、さて、なんと言ったものか。
俺なんかが誰かを導くだなんて、できるわけがない。
たとえ形だけなのだとしても、口にすることすらできない。
ちら、と足元に置いてある細長い布包みに視線を送る。
……俺は。
「……気が向いたらな」
「そうか。……それだけで、充分だ。感謝を」
それっきり。
この場にいる全員が口を噤むと、俺となのははデバイスを握る手に力を込める。
『術式、完了まで残り僅かです』
『Take a good journey』
魔法陣が強い光を放ち、それと同時にリインフォースたちの身体が光の粒へと。
はやてに視線を向ければ、彼女はそれをじっと見詰めていた。
そして彼女たちの姿が完全に消えると共に、宙から、三つの遺産が舞い降りてくる。
剣十字のペンダントははやての元へ。宝石の埋め込まれた指輪はなのはへ。剣をあしらったネックレスが俺の元へ。
Seven Starsを待機モードへと移し、それを手の平に載せる。
……全ての記憶と経験を初期化された、シグナムの――いや、これはシグナムと呼んで良いのだろうか。
……いや、良いんだ。彼女はそれを望んでいた。全てを忘れて、これからの人生の全ての贖罪に当てて欲しいと、そう導いてやってくれと、言い残したのだから。
赤ん坊のような存在となりながらも、最初から過酷な運命を決めれた存在。
ああ、それは確かに最大級の罰だろうさ。
「……けどな」
こうならない――"こんなはずじゃない"結末だって、あっただろうに。
かちゃ、と音を立てながらネックレスを握り締めて、はやてへと視線を向ける。
彼女は剣十字のペンダントを両手で握り締め、頬に涙を伝わせていた。
馬鹿、と小さな呟きが、聖堂の中に響く。
それはなんに対しての言葉なのだろうか。
俺にはもう、彼女が何を考えているのか分からない。原作から剥離してしまった今、どんな声をかけて良いのか分からない。
……まぁ良いさ。
ネックレスをポケットに突っ込むと、俺は布包みを持ち上げる。
そして踵を返すと、出口へと向かった。
なのはが制止の声を上げようとした気配がしたが、結局、彼女は何も言わず俺を行かせた。
はやてにはヴィータやザフィーラ、なのはがいる。俺一人ぐらいなくなって、立ち上がることはできるだろう。
ここから先は、一人っきりにして欲しい。
転送ポートに向かい、ベルカ自治区からミッドチルダ西部へ。
ポートフォール・メモリアルガーデン。
数多もの墓地が並んでいる、その一角。
デバイス用の墓地となっている建物へと入ると、予約しておいた棚の中に、包みから取り出したLarkのロッドを収めた。
……あまり実感が湧かないな。
防御プログラムを破壊してから休みなく動き続けていたせいだろうか。
まだ彼女が首元に下がっているような気がして――時折、同意を求めるように声をかけてしまう。
そんなことが、ここ一週間に何度もあった。
……駄目だな。あいつは心配性だから、俺がこんなんじゃあ安心させられそうにない。
しっかりしないと。
「Lark。ようやく、闇の書事件は終わったよ。
やっぱりベストは無理だったが、それでも、無難なところに落ち着いたと思う。
はやての味方はなのはだけじゃなくて、きっと原作よりも多い。
……それに、知ってるか? はやての保護者、あの暴力シスターなんだぜ?
本当、なんの因果なんだか。
……流石に、ユーノやフェイト、アルフはあの子を嫌ったままだけどさ。
それに、シグナムやシャマルはいなくなったようなもんだし――
けど、この結果にたどり着けたのはお前のおかげだよ。
……ありがとう」
返答はない。当たり前だ。
しかし、いつも聞こえてきた彼女の言葉が届かないだけで、顔が俯きがちとなってしまう。
「……スタンバイ・レディ」
唐突に、そんな言葉が零れた。
分かっている。もうLarkが俺の元にいないことぐらい、理解している。
けど……。
唇を浅く噛むと、またくるよ、と声をかけて、背中を向ける。
人気のない建物の中に足音が反響して、コツコツと音が上がる。
不意に、その中へと声が混じった。
Seven Starsだ。
『旦那様』
「……なんだ?」
『先程、旦那様は棚に向かって声をかけていました。
あの行為に、なんの意味があったのですか?』
「ん……心の整理、かな」
『理解しかねます』
「そうか。……ああすれば、Larkが安心してくれるような気がしてね」
『有り得ません。お姉様は一週間前に破壊されています。
情報を伝えることは、不可能です』
「分かっているさ」
黙れ、と指先でセッターをつつく。
しかし、こいつは尚も言葉を続ける。Larkなら黙ってくれただろうに。
『旦那様』
「なんだよ」
『お姉様から、全てが終わったときに自分が破壊されていたら届けるように、という条件でテキストファイルを預かっております。
閲覧しますか?』
「ああ。……いや、やっぱり、いい」
『了解しました』
なんの反論もせず、セッターは会話を切り上げた。
テキストファイル。
……遺言、かな。
それを開く勇気が、今の俺にはない。
もし恨み言の一つでも書いてあったら――そう考えるだけで、息が詰まりそうになる。
……我ながら情けない。
Lark。こんな俺には、本当、お前は過ぎたデバイスだったよ。
建物を出ると、見知った顔を見付けて脚を止める。
どうして彼女がここにいるのか分からず、首を傾げてしまった。
彼女――フィアットさんは、俺を見ると俯いていた顔を上げる。
着ている服は喪服。彼女も墓参りにきていたのだろうか。
妙な偶然だ。
「……エスティマ」
「どうしたんです、こんなところで。墓参りですか?」
「いや、お前を迎えにきただけだよ。
家族に連絡を入れたら、ここにいると教えてもらえてな」
そうなのか。
確かにこのあと、先延ばしにしていた左腕の治療を行うためにフィアットさんのところへ行くつもりだったけど。
それにしても……わざわざ迎えにくるのに喪服を着る必要はないはず。
彼女も、Larkの死を悼んでくれているのだろうか。
入院中に交わした会話で、Larkのことは何度か話した。
家族のようなものだと――言った覚えがある。
ありがとうございます、と頭をさげると、隣り合って俺たちは歩き始める。
夕日はゆっくりと沈み始めており、地面に伸びる影は長い。
そんな中を、さくさくと草を踏み締めながら、ゆっくり進む。
「……なぁ、エスティマ」
「なんですか?」
「これからお前は、どうするつもりだ?」
「どう、って?」
「デバイスを失って……それでも、今までと同じように魔導師として戦うのか?」
「そのつもりですよ。自分がなんの力もないただのガキって、今回のことで痛感しましたから。
せめて一人前になって、Larkを犠牲にしたことは無駄じゃなかったんだって思えるまでは、戦い続けます」
「辛くはないのか?」
「……そりゃ、辛くないと言ったら嘘になりますが」
だが、それでも。
脚を止めてはいけない。
未来に設立される機動六課。JS事件。それに関わる人々は、今回のことで随分と事情が変わった。
俺は、その穴埋めをしなければならないだろう。
フェイトはきっと機動六課に入らないだろうし、ユーノは無限書庫と一切関わりがない。
そして、シグナムとシャマルは存在せず。
それをなんとかするまでは、いくら辛くたって足を止めるわけにはいかない。
Larkを壊すことで、俺は前へ進むことを選択したんだ。
それを間違いだったなどと思いたくはない。
「……エスティマ」
「はい」
「私の職場にこないか? お前が何をするつもりなのかは知らないが、助けにはなれると思う。
お前の指す力というのが実力でも権力でも、きっと満足のゆくものを手に入れられる」
それはなんとも甘美な誘惑だ。
彼女の瞳に浮かんでいる色は真剣で、きっとそれは本当なのだろう。
けど、
「お誘いはありがたいんですけど、俺に足りないのは経験ですから。
それを、地道に積み上げてゆくつもりです」
もう俺の進路は決まっている。
怪我の治療が終わると共に、クロノの執務官補佐に。
そこでしっかり勉強して、フェイトの代わりに執務官にならなければならない。
フィアットさんは、そうか、とどこか残念そうに溜息を吐くと、苦笑する。
そして歩く速度を上げると、俺の二歩前を歩き出した。
「それがお前の選択ならば、良いさ。
ほら、急ぐぞ」
そして、ずんずんと進み始める。歩幅が小さいために、妙に大股だ。
そんな姿に思わず吹き出すと、睨まれた。
ごめんなさい。
墓地の出口に辿り着くと、俺は脚を止めて、最後に一度だけ振り返った。
Larkにはああ言ったが、次にここへくるのはいつになるんだろう。
なんとなくだが、しばらくは足を運ばないような気がする。
いけないと分かってはいるが。
「エスティマ、どうした?」
「ん、いや。なんでもないですよ」
声をかけられたので、フィアットさんの元に。
彼女の顔を見てみれば、心配そうな表情。
……駄目だな。きっとスクライアに戻ったら、ユーノやフェイトも似たような顔をするだろう。
「ちょっとだけ。もう少しだけ、頑張りますか」
深呼吸をして気分を入れ替えると、笑顔を作る。
今は作るだけが精一杯だが、充分だ。
もう、俺は――