「兄さん、話ってなんなの?」
不思議そうな顔をしながら問いかけてくるフェイト。
彼女に苦笑を返しつつ、とうとうだなぁ、と思ったり。
休日なのでフェイトを学校の外に連れ出して、一緒に昼食を食べてからスクライアへと。
学生生活は悪いものではないのか、日常であったことを話してくるフェイトはご機嫌な様子だった。
それが最後まで保てば良いなぁ、などと思いながら、ユーノに視線を送る。
ユーノは俺とフェイトの様子を見ながら紅茶を飲んでいたり。
いやに平静なのはいつもと変わらないけど、表情には笑みが少ない。
……俺が面倒ごとを持ち込もうとしているのを、なんとなく察しているのかもしれない。
「ちょっと二人に聞いてもらいたいことがあってさ」
「うん」
素直に頷くフェイト。それと同時にツーテールが踊る。
「事情持ちの子を預かることになったんだけど……」
「それ、執務官補佐のお仕事?」
「んー、半分はそうかな」
「エスティ、それで?」
「ああ。……少し話は逸れるんだけど二人はシグナムって覚えてるか? ヴォルケンリッターの」
その名を出した瞬間、当たり前だが二人の浮かべる表情が変わった。
ユーノは無表情へ。フェイトは嫌悪感の滲んだ怒りを。
非常に居心地が悪いです。それでも、あまり刺激しないように言葉を選びながら、なんとか言葉を吐き出す。
「あいつがどうなったか知ってるかな」
「うん。何もかも忘れて、今はただの子供になっているって」
「うん。それで、なんだけどさ」
ど、どうしよう。
いや、伝えなきゃいけないのは絶対なんだけど、どう伝えるかが問題。
下手に刺激したら爆発は必死。しかも俺の方まで誘爆する可能性が大。
なるべく、そう、なるべく逆鱗に触れないように。
「そのシグナムなんだけど、俺が保護観察をすることになってさ」
いや、もう始まっているんだけどね。
「それは――」
「ああ、保護観察っていうのはだね。簡単にまとめると、悪事を働かないように監視、更正をきちんとできるように導くっていう立派な仕事であって……」
異論が飛び出しそうになっていたのを咄嗟に封殺して、一気にたたみかける。
身を乗り出したフェイトは勢いに押されて再び椅子に座るが、冷静なユーノは目を細めて俺に視線を向けてくる。
うぐぅ。こういう場合、冷静な方がタチ悪いなぁ。
「で? エスティが保護観察を担当するのは分かったよ。今はこうして普通に生活しているけど一度は殺されたんだし、その君が保護観察を行うのは妥当だとも思う。
……それだけのことを伝えるために僕たちを呼んだわけじゃないんだよね?」
あはははは……お見通しで御座いますか。
……よし。
さらっと。
さらっと、なんでもない風に話せばきっと大丈夫。
変に大仰に考えるから駄目なんだ。
「うん、で……さ。俺、来年から地上勤務を希望するつもりなんだけど――」
「え、ほんと――」
「シグナムと同居するこ――」
「なんで!?」
バン、とフェイトがテーブルを思いっきり叩く。
思わずビクリと震えてしまって、ゆっくりとフェイトの方を見てみる。
完全に目を据わらせ、眉根を寄せながら、俺を睨むフェイト。何かを言おうとして、しかし何も言えないのか、口は開いたままだ。
そして、
「……なんで、そんな」
ようやく絞り出された声には、どこか失望したような響きが混じっていた。
「……さっき言った事情持ちの子って、シグナムなの? 兄さん」
「……ああ、うん」
「なんで? なんで兄さんがそんなことをしなきゃならないの?」
言われ、つい口をついて出そうになった言葉を飲み込む。
仕事だから。いや、違う。それは正しくない。
それに、そんな言葉をフェイトが望んでいるわけじゃないことは分かっている。
フェイトが望んでいる言葉。それは――
「ねぇ、兄さん。地上でお仕事をするんだったら、私と暮らせるよね。
なのに、なんで一緒にいるのは私じゃなくてシグナムなのかな。
ねぇ、兄さん、なんで?」
「ん……それは」
どう言ったものか。
ここではやての名前を出したら大炎上するのは間違いなしだし、怒りの矛先を逸らすようで大変よろしくない。
が、かと言って上手い台詞も浮かんでこないし……。
どうしたもんか。
「……あのさ、フェイト」
「何?」
「もうシグナムは以前の記憶を失っていて、俺が襲われるようなことはないって断言できる。
だから、そんな神経質にならなくても大丈――」
「……そう。そうなんだ」
ぽつり、とフェイトはそれだけ漏らして、顔を俯けた。
どうしたのだろう、と思わず首を傾げてしまう俺。
助けを求めるようにユーノへと視線を向ければ、野郎は悠々と一人気楽に紅茶を飲んでいた。
ずるい。
「……兄さんのばか」
「……え?」
「謝ったって許さないから!」
不意に勢い良くフェイトは席を立って、そのまま部屋の出口へ。
あとを追おうとするが、俺が立ち上がると同時に全力で逃げてしまった。
未練がましく腕を伸ばすが、もうそれが届く場所にフェイトはいない。
……やっちまった。
盛大に溜息を吐き、椅子に座る。
「……何やってるのさ」
「いや、まぁ、大人しく話を聞いてくれるとは思ってなかったけど」
「そうじゃないよ。エスティはもう少し感情の機微を察するってことが上手くなった方が良いんじゃないかな」
「どういうことだよ」
「言葉のままだってば。……さて、じゃあ次は僕の番かな」
ふぅ、と息を吐いてユーノはカップをソーサーへと戻す。
「保護観察を請け負うのと同居するのは分かった。
……それで?
そもそも、なんでそうする必要があるのかな?
さっきから肝心なことは言ってないよね。八神はやてにでも頼まれたの?」
「それもある」
「ふーん。で、理由の本命は?」
「記憶を失って子供になったシグナムのマスターになってさ、俺。けっこう前から」
「うん」
「それで……ああうん。なんて言ったら良いか」
無言のプレッシャーに当てられて、上手く言葉が頭の中でまとまらない。
それでも辛抱強く待ってくれるのは、ちゃんと情報が全部出揃ってから俺を責めようとしているからか。
……被害妄想だな、それは。
「それで、シグナムを復活させたわけなんだけど、どういうことか、シグナムは俺を父親と見ているんだ。
それは守護騎士システムを完全に再現できない弊害だって聞いてる」
「だから君はその『娘』の面倒を見るために地上勤務を選び、目が離せないから血の繋がった妹じゃなくて『娘』を優先する、と。
……それは人として酷く間違ってないかなぁ。
そもそも、それは負わなくて良い責任じゃないか。それなのに面倒事を背負い込んだばかりか自分の人生を振り回したりして。
……承諾した君の自業自得って面もあるけど、頼んだ方もどれだけ面の皮が厚いんだよ」
やっぱり好きになれないよ僕は、と言葉を閉じて再びユーノは呆れたような溜息を吐く。
ユーノのはやて嫌いはとんでもない次元に突入してるんじゃないだろうか。
「でもまぁ、決まったものはしょうがないよね」
「……え?」
「だから、君がシグナムのマスターであることは変えようがないし、保護観察を行うんだから一緒に生活することだってもう決めちゃったんだろ?
だから、僕は文句も何も言わないよ」
「……悪い」
「良いさ。エスティが全部悪いってわけじゃないのは話を聞けば分かるからね。
……ただ、僕もちょっと許せないかな」
そう言ってユーノは口元を歪ませる。
普段温厚な分だけ、こいつのこういう顔はいやに記憶に残るのだ。勘弁して欲しい。
「君が何をしようと気にしないし、新生活のフォローはしてあげる。フェイトを宥めるのも手伝ってあげるよ。
けど、それには条件を出そう、エスティ」
「……ああ。どんな?」
「いつか必ず、君の口から、シグナムには殺されたことがあると伝えること」
それだけは絶対だと、ユーノは言う。
それに対して何も言うことができない。
以前のシグナムが犯した罪は、いつか必ず伝えなければならない。
どれだけの人を傷付けたのかを知って、管理局の魔導師として罪を購わなければならない。
それは確実だし、隠すつもりもないが……俺自身が殺されたことも、言わなければならないのか。
「まさかとは思うけどさ、エスティ」
「なんだよ」
「情でも移った?」
リリカル in wonder
目を開ける。
枕元で鳴り響く目覚まし時計を黙らせて、布団を退けようとし――
ふと、胸元を掴まれている感触に視線を落とす。
見れば、そこには俺のパジャマを掴んだまま眠っているシグナムの姿が。
……またか。
同居を始めてからというもの、週に一、二度のペースでシグナムがベッドの中に潜り込んでくることがある。
どうやら、今日はその日だったらしい。
静かな寝息を立てるシグナムに苦笑しつつ、そっと手を解くと着替えを開始。
脱いだパジャマを放り投げ――ようとして、駄目な見本になったらまずいと思い直してきちんと畳む。
そうして次に身に付けるのは陸の制服。
以前着ていた黒の執務官制服ではなく、茶色がメインになっているものだ。
カットシャツとスラックスを身に付けると部屋を出る。
時刻は五時四十分。早朝の空気に冷やされたリビングに鳥肌が立つ。
エプロンを着けてキッチンへ向かうと、炊飯器のスイッチを入れていざ料理。
ポケットから取り出したメディアプレイヤーから伸びるインナーホンを耳に押し込んで、水を張った鍋を火にかける。
聞いている曲は九十七管理外世界――なのはの世界のものだ。
俺が元いた世界とは微妙に違うわけだが、それでも似ている。どこか懐かしくなる曲を聴きながら、淡々と手を動かす。
リンディさんに朝食ぐらいは作れるようになりさないと鍛えられたわけだが、どんなもんなんだろうね俺の技量。
いや、はやて以下であるのは確かなんだけどさ。
ソーセージを茹でて昨夜の内に準備しておいたキャベツスライスを各種野菜とポテトサラダで彩りサラダ完成。
先にフライパンに置いておいたバターが溶けているのを確認すると、解いた卵をぶち込んでかき混ぜる。
きつね色になったバターと卵を菜箸でひたすらに混ぜつつ、固まってきたら端から中央に寄せて、経験任せに余熱で仕上げ。
完全に固まる前に皿へと移し上手いこと焼けたスクランブルエッグ、その横にソーセージとベーコンを並べて完成。
ファミレスのプレートセットを参考にした朝食完成。見栄えだけは良いんだからよくできてる。
……ふぅ。弁当を作らなくて良いね。給食万歳。保護者にもありがたいもんだ、あれ。
湯気を立てる二人分の料理をテーブルに並べると、テレビを点けたらシグナムを起こしに行く。
俺のベッドの中には眠り続けている我が娘。
……俺は目覚ましできっちり目を覚ますのに、なんで眠り続けているんだか。
「ほら、シグナム。朝だよ」
「む……はい。おきます、父上」
むくっと身体を起こし、目を閉じたまま固まるシグナム。どうやら起動中らしい。
そして、スンスン、と匂いを嗅ぎ、
「……今日はスクランブルエッグですか」
「うん。ほら、冷めない内においで」
「はい。行きます」
夢遊病患者じみた足取りでふらふらと歩き出した。
なんだろうこれ。匂いで釣るハーメルンとかそこら辺か。
席についてもまだ完全に目を開かないシグナムの前に、コップに入れた牛乳を置いてやる。
シグナムはそれを一気飲みすると、今度は自分でおかわりを注いでもう一杯。
牛乳好きだなぁ。
「おいしいです。朝の一杯はかくべつです」
「そうか。……んじゃ、いただきます」
シグナムがなんとか起動したようなので朝食を。
ニュースを二人で眺めつつもりもりと食べる。
特に大きな事件があるわけでもなく、今日もミッドチルダは平和なようだ。
小競り合いはそこら中で起こっているわけだが……まぁ、それは職業柄知っているだけで、一般人には関係のない話だろう。
飯を食べ終えコーヒーを飲んでいると、不意に視線を感じた。
見れば、シグナムが物欲しそうな目で俺を見ている。
なんぞ。
「どうした、シグナム」
「コーヒーはおいしいのですか?」
「……飲んでみるか?」
こくこくと頷くシグナム。
……ちょっと悪戯心が。
飲みかけのコーヒーを目の前に置いてやると、おそるおそるといった感じでシグナムは口に運ぶ。
そして一舐めすると案の定、眉を潜めた。
「……苦いです」
「当たり前だろ? ブラックなんだから」
「おいしくないではありませんか、父上」
「美味しいよ。まぁ、お子様のシグナムには分からないんだろうね」
「……むぅ」
納得いかない、といった様子のシグナムからコーヒーを奪い取って、若干温くなっていたので一気に流し込む。
そしてテレビの時計を見ると、出勤時間となっていたので席を立つ。
食器を水につけると、洗面所に行って歯磨き顔洗い髪の毛セット。
自室で制服の上着を着て鞄を持つと、ネクタイを締めながら玄関へと向かう。
「それじゃあシグナム、戸締まりよろしくな」
「はい。いってらっしゃい、父上」
片手を上げて最後にシグナムの顔を見ると、家を出る。
時刻はまだ六時半。通勤に一時間半ちょっとかかると言っても、些か早い出発だ。
いや、新人だから早く出勤しろとクロノには耳タコになるほど言われたけどさ。
第三課のゼスト隊所属になってからもう一月ほど経つ。気が抜けて五月病にかかってもおかしくない時期だが、それでも調べ物があるためにこの時間に出ないといけないのだ。
シグナムの面倒を見ないとだから仕事を家に持ち込むわけにもいかないしね。
まだ人気の少ないリニアの駅にたどり着きつつ、今朝見た夢を思い出す。
……いつかは知らさなきゃいけない、か。
そのときの反動が怖いからあまり仲良くしようとは思っていなかったんだけどね。
一緒に生活し始めてから情が移ったみたいだ。
ほんの半年間までは、それほど思い入れがあったわけじゃないだが。
家族パワー、恐るべしってところかね。
まぁ、それは置いといて。
シグナムは自分が俺を殺したと知ったらショックを受けるだろうか。もし受けるとしたら、それはどの程度だろうか。
……どっちも分からないな。
シグナムとシャマルに以前の自分が犯した罪を伝えるのは、管理局に入った時と、大雑把にだが決めてある。
その時までシグナムと上手くやれているかどうかだなんて分からないんだから、ショックのほどだって予想することなんてできない。
今は可愛いもんだが、将来はどうなっているのかなんて分からないしね。
可愛い盛りって言葉があるぐらいだし、その内、クソ親父呼ばわりされるんじゃないだろうか俺。
……嫌だなぁ。
などと思っている内に電車が到達。
席に座って、ノートパソコン型デバイス『トイボックス』を起動させると、昨日作った報告書の仕上げに取りかかる。
情報を外に持ち出すなー、とか言われるだろうが、見付からなければ罰は受けないのである。
まぁ、勤務時間中に終わらせろよって話だが。
てちてちとキーボードをタイプしていると、稀に隣を通る一般人にぎょっとされたりする。
まぁ、なんかシュールな光景だからね。もういつものことだから慣れたけど。
そうしていると、いつの間にかクラナガンに。
『トイボックス』を待機状態に戻すと、今度はレールウェイに乗り継いで、次はバスに。
ああもう、毎日のことながら面倒くさい。空を飛べれば自宅から三十分ぐらいで隊舎につけるっつーのに。
隊舎に到着すると、他の部隊の夜番の人に挨拶しつつ第三課へ。
まだ誰もいないオフィスを横断して自分のデスクに座る。
情報端末を起動させると、『トイボックス』からデータを移しつついつもの作業にとりかかる。
それは、この作戦部第三課の行ってきた任務の履歴参照。
首都防衛隊の作戦部。この部署で行われていることは、部隊名のまんまだ。時折起こる首都でのテロ活動に対するカウンター。もしくは災害救助の補助なんかを主な仕事にしている。
……が、その第三課は、少しだけ毛色が違うのだ。
精鋭揃いと言っても過言ではないゼスト隊には、報告書を見る限り、首都の外まで出て何かしらの事件を追っていることがある。
主に拡大した戦線の火消しとして呼ばれることが多いようだが……ここ半年は違うようだ。
俺が配属されてから動いてはいないようだが、それは情報が出揃うのを待っているだけなのだろう。
……追っている事件。それは、戦闘機人に関する案件だ。
ギンガとスバルを保護したのもその一環。ゼスト隊はクラナガンを中心として、その近辺にある戦闘機人プラントを潰して回っているようだ。
潰した研究施設は一応すべてが違法な組織のものとなっているが……さて、この中のいくつが最高評議会から援助を受けていたのかね。
レジアス中将の計画が一向に進まなかったのって、実はゼスト隊長が片っ端からラボを叩き潰していたからじゃないのか。
だとしたら、なんて皮肉なマッチポンプ。
かと言って管理外世界で違法研究なんかすれば今度は海の皆さんに睨まれて計画続行云々以前に防衛長官としての立場が危うくなるんだろうなぁ。
……さて、と。
大体の事情は把握した。今度は、レジアス中将が抱え込んでいる戦闘機人プラントの把握かな。
それさえ知っておけば、ゼスト隊壊滅の憂き目を防げる確率だって上がる。
その為にはデータベースへの侵入が必須なわけだが、さて。
「……危ない橋は渡りたくないけど、これは仕方ないのかな?
セッター、出番だ」
『はい』
「中将と繋がりの強い情報部の第二課の――っと」
「おはようございます」
人がきたので、咄嗟にウィンドウを閉じて報告書を画面に出す。
やってきたのはクイントさん。
おはようございます、と返すと、彼女は笑みを浮かべながらこちらへと近付いてきた。
「今日も早いのね、エスティマくん。そんな無理して早く出てこなくても良いのよ?」
「いえ。まだ新人ですから、これぐらいは」
「しっかりしてるわねぇ。ウチの娘もこれぐらい――と、そうそう、はいこれ」
そう言い、クイントさんは鞄の中から一枚の写真を取り出す。
それは家族写真。髪の長さから、カメラに向かってピースサインを向けているのがギンガかな。
スバルはクイントさんにしがみついてら。それに苦笑した感じのゲンヤさんとクイントさんが、姉妹の後ろに立っている。
「どう? 可愛いでしょう」
「ええ。二人ともクイントさん似ですねぇ」
「んー……まあ、ね」
どこか歯切れの悪い答え。やっぱりギンガとスバルはゲンヤさんとの子供じゃない、か。
この写真は、昨日家族の話題が出たときに、見せて欲しいと頼んだものだ。
ギンガやスバルがどういうキャラだったのかは覚えているが、外見はほとんど覚えていなくてね。
「ほら、次はエスティマくんの番だぞ。まさか忘れたとか?」
「ちゃんと持ってきましたって。……ほら」
セッターを情報端末に接続して、画像を展開。
それは、俺とフェイト、ユーノとアルフの映った集合写真だ。
クイントさんは感心したように、へえ、と声を漏らす。
「妹ちゃんとそっくりね。ええと……フェイトちゃん、だったかしら?」
「はい。俺の隣にいるのがユーノで、真ん中のが使い魔のアルフです」
「……この四人で一個小隊分の戦力って考えると、不思議な集合写真だわ」
「それには同意します」
まぁ、そんなこと言ったら全盛期八神家の集合写真なんて酷いもんだけどな。
「それにしても、フェイトちゃんとエスティマくんってそっくりね。可愛いー」
「……それは遠回しに女顔と言ってるのでしょうか」
「さて、どうでしょう……ね、次は守護騎士のシグナムちゃんの方を」
「はいはい」
言われたままに次はシグナムの写真を。
学校の正門をバックにして撮った写真だ。映っているシグナムは制服を着ている。
「わ、こっちも可愛いわねぇ……小さいのに凛々しい顔付きがまたなんとも」
そうですね。背伸びしたようにしか見えません。
年相応の天真爛漫さが少し足りないかな、ギンガたちと比べたら。
それが悪いってわけじゃないけど。
「……ねぇ、エスティマくん。余計なお世話かもしれないけど、ご飯とかちゃんと食べてる?」
「ええ。夕飯は知り合いに作ってもらってますし、朝食も欠かさず食べてますよ」
「んー、そっかー」
腕を組んで唸るクイントさん。
第三課にきてから俺がシグナムと二人っきりで暮らしていると聞いて、心底驚いていたこの人のことだ。
子供にはよろしくない環境だ、とか思っているのだろう。まったくもってその通りなんだけど。
「よし、決まった!」
「え、何がですか?」
「エスティマくん、今度のお休みの日、ウチに遊びにきなさい」
「え、ちょ……決めた、じゃなくて決まった、ですか?!」
「そう。決まりよ決まり。はい決定ー」
と言いつつ頷くクイントさん。
おいちょっと待てや。
「うん。シグナムちゃんとスバルも年が近いみたいだし、きっと仲良くなれると思うわ。
エスティマくんも、ギンガと仲良くしてくれたら嬉しいな」
「いや、話が急すぎてちょっと。第一、フロントとガードウィングが抜けたら動けないでしょうがこの部隊。
メガーヌさんだって育児休暇から復活してないんですよ!?」
「大丈夫大丈夫。エスティマくんがくる前も私が休んでたって回っていたんだから問題ないわよ」
諭すように、ポンポン、とクイントさんが頭を撫でてくる。
……なんだかなぁ。
いまいち納得いかなかったが、それでも無理矢理押し切られたり。
今度の休日はシグナムと一緒にナカジマ家へと行くことになりましたとさ。
「ここがエルセアですか!」
「うん。ほら、あんまりはしゃぐなって。迷子になるぞ」
「大丈夫です!」
などとまったく安心できない台詞を吐きつつ、シグナムは物珍しげに周りを見回している。
やってきましたエルセア地方。……まぁ、以前きたことあるんだけどね。
とことこと歩くシグナムの手を引いて人波に攫われないよう気を付ける。
白のブラウスに赤いキュロットスカートと、シンプルな服装のシグナム。お供のレヴァンテインは手首に巻き付けてあります。
ポニーテイルをくくっている髪留めにはノロイうさぎの生首がくっついている。……生首だよなぁ、アレ。見た感じ死んでるし。
ヴィータのセンスは良く分からない。パンクなゴスロリには似合うのだろうけど、これはどうよ。
「父上、部下の方はどこにいるのでしょうか」
「どこかねぇ。ロータリーで待っててくれって言われてるんだけど。
……ちなみにシグナム。クイントさんは部下だけど部下じゃないから」
「ええと……? 父上は上司なのでしょう?」
「上司ではあるな。うん」
それだけだけど。
「……むずかしいです」
「難しいな……っと、見付けた」
首を傾げるシグナムを横目で見つつ、ようやくクイントさんを見付ける。
四人乗りの車の後部座席から手を振っている。運転手はゲンヤさん……かな?
ギンガとスバルはいないのだろうか。
「おはようございます。今日はお招きありがとう御座います」
「ん……君がエスティマくんか。初めまして。こいつの夫のゲンヤ・ナカジマだ」
「初めまして、ゲンヤさん」
ぺこり、と頭を下げる。
「こっちは……娘? のシグナムです。ほら、挨拶」
「はい。シグナムです。父上がいつもおせわになっています」
俺に続いて頭を下げるシグナム。
その様子を見るゲンヤさんの眼差しは柔らかい。
俺は助手席へと座り、シグナムはクイントさんの隣へ。
「初めましてシグナムちゃん」
「はじめまして。父上の部下の人ですね」
「うん、そうよ。よろしくね」
『エスティマくん、本当にお父さんって呼ばれてるのね』
『ええまあ。バグみたいなものらしいですが』
『んー、どう見てもお父さんって感じじゃないけどね。お兄さん?』
『妹は既にいますよ』
『だったら尚更、そっちの方が似合うじゃない』
などと念話で話しつつ、
「ゲンヤさん、ギンガちゃんとスバルちゃんは……」
「ああ、留守番だ。流石に俺一人で迎えに行っても見付けられない気がしてよ」
「それは確かに」
「まぁでも、こうやって見てみたら杞憂だった気がしなくもねぇ」
「と、言いますと?」
「人混みの中でも目を引くぜ、お前ら」
……そうなのだろうか。
まー、シグナムの髪の毛は普通に考えてずいぶんと長い部類に入るから、珍しくもあるか。
クイントさんはもっと長いけど。
などとやりとりをしている内にナカジマ家へと到着。
割と広いなぁ。共働きって言っても、この歳でどうやったんだ。
……いや、クイントさんはともかく、ゲンヤさんは何歳か分からない。謎である。
なので、そんな不思議でもないか?
クイントさんとゲンヤさんに先導されてナカジマ家へと。
扉が開くと、奥の方からドタドタと足音が聞こえてきた。
「おかえりなさい!」
姿を現した二人。……ああ、そういえばこんな顔だったな。
クイントさんを真似たような髪型のギンガに、大人しげな様子とは正反対のボーイッシュなスバル。
「ただいまー、ギンガ、スバル。
こちら、私の同僚のエスティマ・スクライアくんと妹のシグナムちゃん」
……まぁ、娘とか言ったら無用な混乱を招くしね。
隣の何か言いたそうなシグナムの頭に手を乗っけて宥めつつ、笑みを二人へと向ける。
「初めまして、ギンガちゃん、スバルちゃん」
「はじめまして、エスティマさん」
「はじめまして、おにーさん」
ギンガに続いてスバルが挨拶を。
礼儀正しいなぁ。
「ギンガ、スバル。ご飯ができるまでエスティマくんに遊んでもらってなさい」
「はーい」
「……あの、クイントさん? いきなり何を」
「ほら、遊んであげなさいお兄さん」
えぇー、といった気分になるも、不意に袖を引かれたのでそちらを見てみる。
そこにはギンガがいて、彼女は俺の顔を見上げると花が咲くように笑みを浮かべた。
「ね、こっち」
「あ、ああうん。……ほら、シグナム」
「はい、ち……兄上」
良い子良い子。ちゃんと誤魔化せたな。
ギンガに引っ張られて連れて行かれた先は庭。
何をするつもりなんだろうか。
嫌な予感がしなくもないけど。
「エスティマさん」
「なんだい?」
「お母さんから、エスティマさんはAAAランク魔導師だって聞いています」
「え、そうなの? お姉ちゃん」
「うん。エース級だってお母さんが言ってたよ」
あ、なんかスバルが尊敬混じりの視線を。んでもってシグナムが誇らしげに平らな胸を張ってる。
「まぁ、嘘じゃないけど。それで?」
「高ランク魔導師って、どうやったらなれるんですか?」
なんともアバウトな質問だ。
で、その答え。
稀少技能と恵まれた魔力保有量じゃないかなぁ。
なんて夢のないことは言わない。
間違っちゃいないけど、近代ベルカに適正があったら魔力保有量が少なくても高ランクは目指せるしね。
暴力シスターとかゼスト隊長とかが良い例だ。
ミッド式で一騎当千を目指すのは才能の要素が大きいけど、それでもセンターガードとしてならば努力次第でなんとか。
……まぁ、つまりは。
「努力と根性……かな?」
「努力と根性……ですか?」
まぁ、諦めないことと努力は大事。俺も長いこと訓練続けて、この一年でようやっとAAAランカーって名乗っても恥ずかしくなくなったし。
そういやぁ今の俺って魔導師ランクだとどれぐらいなんだろうか。
忙しくてランクを上げる暇がなかったから、AAA-のまんまだけど。
-が取れるぐらいには強くなってるのかなぁ。
「ギンガちゃんは魔導師になるつもりなの?」
「はい。局員になるかはまだ決めてないですけど、魔法は学びたくて」
「ん。なら、努力は怠らないこと。ギンガちゃんならなれなくもないと思うよ、高ランク」
と言うと、分かったんだかそうでないんだか、といった様子でハテナマークを頭上に浮かべてそうな顔をされた。
まぁ、強くなるのは確実だろう。先天技能があるし、この子。
ふと視線を横に投げると、スバルはこっちをどこか眩しそうに眺めていた。
まだ魔導師云々なんて考えてない時期だからなのか。ギンガを見詰める視線はどこか羨ましそうだ。
「あの、エスティマさん」
「何かな?」
「その、高ランク魔導師の人ってどれだけ強いのかなって……」
……なんだか嫌な風向き。
「ええっと、つまり?」
「是非お手合わせを!」
「やっぱりー!」
またこれか、と叫びたくなる。いや、実際叫んでるけど。
頭を抱えたい心地となる俺を余所に、ギンガはどこかからグローブを取り出して装着。
やる気満々ですね。
んー、得物を使う戦闘しかやったことないし、徒手空拳だとちょっとなぁ。
俺は魔法オンリーで相手かな?
などと思っていたら、グローブを投げて寄越された。
「ああ、俺、使わないよ?」
「組み手をするんですから着けてください。危ないです」
「いや……俺、槍術がメインだから素手はちょっと……っていうか、専門は空中戦だし……」
「あれ?」
俺の言い訳もとい言い逃れに、ギンガは首を傾げる。長い髪がそれに釣られて、さらっと流れた。
そして合点がいった、といった感じに目を細めるお子様。
「……ああ、自信がないんですね」
「上等。どっからでもかかってこいよお子様!」
「はい!」
……あ、乗せられた。
にっこりと笑みを浮かべるギンガはしてやったりって感じの雰囲気だ。
……そうか。年上をからかいたい年頃かこの子。
それにしてもまずい。
そっと横目で庭の隅にいるシグナムとスバルを横目で見てみれば、純真無垢な瞳でこっちを見てますよ。
もはや退路はない。
しかし徒手空拳……学生のときに近代ベルカ式を学んだときっきりだ。
間合いの取り方とか忘れたし……まぁいいや。
ガチでやり合う必要もあるまい。
勝てるでしょう。
「……エスティマさん。その構えはなんですか」
「いやー、素手での戦い方とか忘れちゃって」
へっぴり腰ではないにしろ、我ながらダメダメ。ウルトラマン的な構えをしてみる。
「……往きます」
と、一言発して、ギンガは踏み込んできた。
正拳突き。それを身体を反らして避けて、次いで繰り出された手刀を左手で受ける。
……ううむ。至近距離に攻撃が入ると、自然と左手で受ける癖がついちゃってるなぁ。
折角頑丈なのだから、とクロノにしごかれて変な癖がっ。
まぁ、本来ならこうやって受け止めた時点で相手の動きを止めることが――
あら?
スカッと足元が払われて、青空が見えますよ?
瞬間、条件反射的に飛行魔法を発動し、落下速度を操作してバックステップ。
膝を曲げながらセッターを振りかぶって……って今は素手だっつーの。
「……手応えはあったのに。魔法を使うなんてずるいです」
「俺は騎士じゃなくて魔導師だからね。魔法を使って戦うのは当たり前」
と、言い訳がましく溢したり。
まぁ、牽制射撃か砲撃で体勢崩した相手を一方的にボコるのがスタイルだし、魔法がなくちゃならないってのは嘘じゃない。
基本ヒットアンドアェイを行う紙装甲魔導師の俺に、至近距離での殴り合いなんて求めるなって話だ。
さて、じゃあ今度はこっちの――
「あら、楽しそうなことをやってるのね」
「あ、お母さん!」
声の方に顔を向ければ、そこにはクイントさんが。
シグナムと一緒に観戦していたスバルは犬のようにクイントさんにじゃれ付き、クイントさんは苦笑しながら娘を抱っこする。
「こらギンガ。エスティマくんは空戦魔導師なんだから、組み手なんかさせちゃ可哀想でしょう?」
「……ええっと、何が言いたいのかなんとなく察することができますけど、つまりは?」
「トンボって羽をもがれたら何もできないわよねぇ」
「子供の前で残酷な例えをするのはどうかと思いますよ!?」
「お母さん、おにーさんはトンボなの?」
「そうよ。一発大きいのもらったら、もれなく撃墜コースな虫装甲よ」
「そして酷いこと吹き込まないでくださいよ!」
攻撃なんて当たらなければどうということはないんだぞ!?
基本的に掠り判定で、直撃はそうそう受けたことないんだぞ俺!
「ち……兄上。それは大変いただけません。ベルカの騎士は装甲が厚くないとつとまりませんよ?」
「俺はミッドの魔導師だってば!」
気付いたけど、ここにいる奴らって全員ベルカ使いじゃねぇかよ。
もしかして、俺が一番装甲が薄いんじゃない?
い、いいや、だとしたって関係ないぜ。
紙装甲でも殴られない距離から射撃なり砲撃なりを撃ってればいいのさ。
反応不可能な速度で斬り掛かれば問題ないのさ。
……それでゼスト隊長にはやられたけどね。
……畜生。
その後、しょんぼり状態となった俺はゲンヤさんに励まされたりとかしながらご飯を御馳走になったり。
うう、良い人や。女所帯って男の肩身が狭いですよね。
ちなみにシグナムとスバル。
年が近いせいもあってか、割と打ち解けていた気がする。
ただ、性格の違いがあるせいかまだ仲良しとは言えないかな。それでも友達をやっている感じはしたが。
ご飯を御馳走になり、適当に話をして――職場ではあまり話さない、スクライアとかの――時間になったので帰ることに。
駅までゲンヤさんに送って貰い、またこいよ、と声をかけられて、俺たちは帰路についた。
「父上。ナカジマさんは良い人ですね」
「うん。正直、色々と助かってるよ」
善良な人なんだろう。
ギンガやスバルを引き取る必要なんてなかったのに娘にして、ただの同僚でしかない俺を気遣ってくれて。
……うん。死なせたくないな。
それに、ギンガやスバルだって悲しませたくはない。
……重荷が増えたような、増えてないような、って感じか。
どの道やることに変わりはないんだから。
不意に肩に重みを感じた。
見てみれば、シグナムが俺に寄り掛かってうつらうつらとしている。
その様子に苦笑し、頭を肩に乗せてやって、髪の毛を撫でる。
珍しく遠出したから疲れたのかもな。
俺も俺で疲れてはいるが――まぁ、悪い休日じゃなかった。
また明日から頑張ろう。
蛍光色の薄明かりに照らされた部屋の中に、一人の男が立っている。
彼は宙に浮かんだキーボードを片手で叩きながら、どこか気怠げに溜息を吐いた。
ジェイル・スカリエッティ。碩学にして欲望を満たし続けることを生きる意味とするアルハザードの落とし子。
彼は眠たげな目でディスプレイに並ぶデータを眺め、欠伸をかみ殺す。
その様子は、実に彼らしくない。
ただ自らの目指すところに突き進むひたむきな姿勢。それをいつもの光景として見ている者には、とても今の様子を同一人物のものと考えることはできないだろう。
だが、それも当然のことか。
今の彼の研究は、丁度停滞期となっていた。
先のプランはいくつも考えてはあるが、それを実行するためには現在進めている計画の結果報告を待たなければいけない。
その間に済ませるべき作業は、すべて終わらせてしまった。
端的に言って、やることがないのだ。
なんの問題もなく計画が進行していることは素直に嬉しく思えるが、だからと言って退屈に耐えられるわけでもない。
どうしてくれよう、と前髪を弄りながら思案に暮れる大天才。
余計なことをすればスポンサーである最高評議会が黙ってはいないのだから、悪戯心で何かをするわけにも――
「……ん?」
余計なこと。
余計なことでなければ良いのだろうか。
そんなことを思い付いた瞬間、むくむくと萎えていた行動力が鎌首をもたげる。
「良いことを思い付いた」
言いつつ、彼は流れるような手つきでキーボードを叩く。
そうして表示されたのは、使い魔に関する項目。
それと実験素体に最適な、高性能なサンプル候補。
「うんうん。些細なデータでも、あればあるだけ良いからねぇ」