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No.3690の一覧
[0] リリカル in wonder 無印五話 挿絵追加[角煮(挿絵:由家)](2009/04/14 12:06)
[1] 一話[角煮](2008/08/02 22:00)
[2] 二話[角煮](2008/08/02 22:03)
[3] 三話[角煮](2008/08/02 22:06)
[4] 四話[角煮](2008/08/02 22:11)
[5] 五話[角煮](2009/04/14 12:05)
[6] 六話[角煮](2008/08/05 19:55)
[7] 七話[角煮](2008/08/21 04:16)
[8] 八話[角煮](2008/08/21 04:26)
[9] 九話[角煮](2008/09/03 12:19)
[10] 十話[角煮](2008/09/03 12:20)
[11] 十一話[角煮](2008/09/03 20:26)
[12] 十二話[角煮](2008/09/04 21:56)
[13] 十三話[角煮](2008/09/04 23:29)
[14] 十四話[角煮](2008/09/08 17:15)
[15] 十五話[角煮](2008/09/08 19:26)
[16] 十六話[角煮](2008/09/13 00:34)
[17] 十七話[角煮](2008/09/14 00:01)
[18] 閑話1[角煮](2008/09/18 22:30)
[19] 閑話2[角煮](2008/09/18 22:31)
[20] 閑話3[角煮](2008/09/19 01:56)
[21] 閑話4[角煮](2008/10/10 01:25)
[22] 閑話からA,sへ[角煮](2008/09/19 00:17)
[23] 一話[角煮](2008/09/23 13:49)
[24] 二話[角煮](2008/09/21 21:15)
[25] 三話[角煮](2008/09/25 00:20)
[26] 四話[角煮](2008/09/25 00:19)
[27] 五話[角煮](2008/09/25 00:21)
[28] 六話[角煮](2008/09/25 00:44)
[29] 七話[角煮](2008/10/03 02:55)
[30] 八話[角煮](2008/10/03 03:07)
[31] 九話[角煮](2008/10/07 01:02)
[32] 十話[角煮](2008/10/03 03:15)
[33] 十一話[角煮](2008/10/10 01:29)
[34] 十二話[角煮](2008/10/07 01:03)
[35] 十三話[角煮](2008/10/10 01:24)
[36] 十四話[角煮](2008/10/21 20:12)
[37] 十五話[角煮](2008/10/21 20:11)
[38] 十六話[角煮](2008/10/21 22:06)
[39] 十七話[角煮](2008/10/25 05:57)
[40] 十八話[角煮](2008/11/01 19:50)
[41] 十九話[角煮](2008/11/01 19:47)
[42] 後日談1[角煮](2008/12/17 13:11)
[43] 後日談2 挿絵有り[角煮](2009/03/30 21:58)
[44] 閑話5[角煮](2008/11/09 18:55)
[45] 閑話6[角煮](2008/11/09 18:58)
[46] 閑話7[角煮](2008/11/12 02:02)
[47] 空白期 一話[角煮](2008/11/16 23:48)
[48] 空白期 二話[角煮](2008/11/22 12:06)
[49] 空白期 三話[角煮](2008/11/26 04:43)
[50] 空白期 四話[角煮](2008/12/06 03:29)
[51] 空白期 五話[角煮](2008/12/06 04:37)
[52] 空白期 六話[角煮](2008/12/17 13:14)
[53] 空白期 七話[角煮](2008/12/29 22:12)
[54] 空白期 八話[角煮](2008/12/29 22:14)
[55] 空白期 九話[角煮](2009/01/26 03:59)
[56] 空白期 十話[角煮](2009/02/07 23:54)
[57] 空白期 後日談[角煮](2009/02/04 15:25)
[58] クリスマスな話 はやて編[角煮](2009/02/04 15:35)
[59] 正月な話    なのは編[角煮](2009/02/07 23:52)
[60] 閑話8[角煮](2009/02/04 15:26)
[61] IFな終わり その一[角煮](2009/02/11 02:24)
[62] IFな終わり その二[角煮](2009/02/11 02:55)
[63] IFな終わり その三[角煮](2009/02/16 22:09)
[64] バレンタインな話 フェイト編[角煮](2009/03/07 02:27)
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[3690] 空白期 八話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/12/29 22:14
『うっふふの、ふー』

「……アリア、どうしたの?」

『あ、ごめん。気にしないで』

念話で届いたアリアの声に、ロッテは首を傾げた。

まただ。些細な違和感。以前の毅然としたアリアでは口にしないような、意味もない独り言。

どちらかと言えば自分の方が言っていたような類のものを、最近、良く口にする。

顔を合わせない間に何かあったのだろうか、と疑問が浮かんでくるが、今は余計なことを考えてはいけない。

ゆっくりと深呼吸し、足音を消すように注意しながら、通路を進む。

ポケットに手を当てて、カートリッジを確認。二十発。これだけあれば動き続けることはできるだろう。

視界の端には、以前は見えなかったはずのデータが浮かび上がっている。気を張り詰めると身体の節々から歯車の噛み合うような感触が返ってきて、『戦闘機人モード』に移行する。

気怠さや違和感が一気に吹き飛び、身体が軽くなる。

人気のない通路を、走る。アリアの指定した監視のない場所を選び、ひたすらに脚を動かす。

今日、ギル・グレアムは収容されている施設から地上へと移送される。

アリアが見付けたその情報。まるで天が味方に付いたかのような好機。

それを無駄にしないために、ロッテとアリアは行動を起こすことにした。

研究施設から脱走し、その脚でグレアムを奪取し、逃亡。

戦力はロッテ自身と、アリアが掌握した機械兵器。やはりアリアは身体の調子が良くないようなので、彼女は裏方に回る。

……私は囮。アリアが父様を助け出すまでの時間稼ぎ。

下手をしたら捕まるかもしれない。そんな不安がどこかにある。

けれど、今の自分にできることはそれぐらいだ。

私は父様の使い魔だから。ラインが切れた今でも、それだけは変わらない。

その想いだけを胸に、ロッテはひたすらに走る。カートリッジを手首に挿入し、炸裂。

慣れない体内からの衝撃に顔を顰めながらも、動きを止めずに出口を目指す。

……さあ、復讐を始めよう。
























リリカル in wonder
























車の行き交っている道路を背後に、はやてはシグナムと手を握りながら先端技術医療センターを見上げていた。

正面玄関から出てくる人たちが怪訝な視線を向けてくるが、それを気にした風もなく、彼女は深呼吸すると一歩踏み出した。

ふと、右手に重みが返ってくる。

見れば、手を繋いでいるシグナムが顔を俯かせたまま、駄々をこねるように脚を止めていた。

しゃあないなぁ、と胸中で呟きながら、はやてはにっこりと笑顔を浮かべる。

「シグナム、どうしたん?」

答えは無言。

黙りこくったまま、シグナムは手を握り替えしてくる。

分かってる。シグナムはまだ、どうして良いのか分からないのだろう。

ヴィータに諭されても、たったそれだけで吹っ切れるほど、エスティマが――彼女の父が倒れたことは軽いことではない。

それははやても分かっている。

しかし、だからと言って逃げ続けるわけにもいかないだろう。

ここは、叱ってでも――

「おいシグナム。何やってんだよ」

と、横からヴィータが強い声をかけてくる。

びくり、と身体を震わせると、シグナムはおずおずと一歩踏み出した。

『ごめんな、ヴィータ。悪者やらせてしもて』

『いいよ』

念話で礼を言って、一向はようやく玄関をくぐる。

その際にザフィーラは狼形態から人間形態へ。丁寧に尻尾はズボンの中に仕舞われている。

流石に病院で動物の毛を落とすわけにもいかないだろうと、予めはやてが言い付けておいたのだ。

エスティマの病室の番号を思い出しながら、はやては脚を進める。

一階のロビーにある大きめの液晶画面には、ニュースが映っていた。特番らしく、ライブ映像の横で興奮した様子のキャスターが説明を続けている。

地上本部がテロリストに――そんなテロップが流れていた。

一大事なのだろうが、今のはやてには関係のないことだ。すぐに目を逸らすと、興味をなくした。

先端技術医療センターに足を運んだのは、今日で五度目。その内四回は、エスティマの顔を見ることができなかった。

面会謝絶。別にエスティマの身体に異常があるわけではない。

今のエスティマを人目に晒したくないというユーノとフェイトの意向でそうなっている。

故に、はやてが最後に見たエスティマの姿は、包帯とギプスに固められた痛々しいものだった。

その怪我も既に治っているとユーノから聞いてはいるが、しかし、安心できる訳ではない。

面会謝絶の理由。心が壊れてしまった、という、想像しても上手く思い浮かべることのできないような状態の彼。

エスティマを助けることができなかったあの夜から何日も経っているというのに、未だに回復の見込みがないという。

はやては、なんでそんなことに、と、最初は悔やむだけだった。

助けを求めてくれたのに、自分の力が及ばずこんな目に遭わせて、今も彼に何もしてやれない。

手遅れになってしまって、大事な友達を傷付けることを許してしまって。

合わせる顔がない。

そんなことをずっと考え――しかし、それで良いわけがないと、彼女は嘆くことを止めた。

空いている左手で、首元に下がった剣十字のデバイスを握り締める。

手遅れなんかじゃない。手は、まだある。

半ば賭のようなものだが、自分にもできることは残っていた。

それを行うために、今日、はやてはこの場所に足を運んだのだ。

まだどこかに残っている不安を、一歩一歩脚を進めることで追い払う。

罪悪感などで脚を止めている場合じゃない。

怯えなどで諦めて良いことじゃない。

そう。

今度は――今度こそはエスティマを助けようと、それだけを胸に、はやてはエスティマの病室を目指していた。

そうして、ようやく彼のいる場所に辿り着く。

玄関からここまで随分と長い道のりだった気がする、と、いつの間にか強張っていた肩を下ろす。

深呼吸をし、嗅ぎ慣れた病院特有の匂いを胸一杯に吸い込んで吐き出し、ノックをするために左手を挙げた。

ミッドチルダ語で書かれた面会謝絶の文字に躊躇わず、二度、強すぎない力でドアを叩く。

はい、と聞こえた少女の声に身を強張らせながらも、はやては唇を湿らせた。

「どなたです……か」

ゆっくりとスライド式のドアを開いて顔を見せたのは、エスティマと瓜二つの女の子。フェイト・T・スクライア。

彼女は目を据わらせると、病室から出て後ろ手に扉を閉める。

「……何か用?」

「エスティマくんのお見舞いに」

「ふぅん。……面会謝絶の文字、見えなかったのかな、八神さん」

「うん、ごめんなさい。けど、どうしても伝えなあかんことがあって」

「伝えたいって……兄さんが今どんな状態なのか、分かってて言ってるの?」

射抜くような視線を向けられ、はやては後退りたい心地となる。

しかし、それになんとか耐えながら、ひくつく喉に鞭打って声を出す。

「つ、伝えたいことは、フェイトさんにもあるんよ。……ユーノさんも交えて、話がしたいんやけど」

「……分かった」

一切警戒を解こうとしないフェイトの態度に冷や汗を掻きながらも、承諾してくれたことに安堵する。

そして場所を休憩所へと移すことになり、全員無言のまま、移動を開始する。

先頭を歩くフェイトの後ろ姿を見ながら、やっぱりエスティマくんとそっくりや、と小さく頷く。

こうして顔を合わせて会話したのは、闇の書事件以降初めてだった。

だからだろう。ユーノと違って仲直り以前の問題として、フェイトとはやては初対面のようなものだった。

双子と聞いているが、それでも随分と違う。

髪型や性別など明らかに違う部分があるが、それでも目つきや身に纏った雰囲気などは別物だ。

どこか刃物を連想させる様子は――今の状況と、相対しているのが自分だからなのか、どうなのか。

やっぱ嫌われてるかなぁ、と考る。

何かと怪我ばかりするエスティマだが、その中の二つ――死ぬほどの大怪我と左腕を切断しかけたのは、どちらも自分が原因のようなものなのだから。

そうじゃなくても、スクライアの兄妹には随分と迷惑をかけていると思う。

……エスティマくんと一緒にいるなら、やっぱり、いつかは仲直りせな。

そんなことを考えていると、ようやく休憩所に到着した。

そこにはユーノだけではなく、なのはとクロノもいた。三人はソファーに座っており、はやてが来たのに気付くとテレビに向けていた視線をこちらへと移す。

ユーノとは、ある程度の仲直りはできたと、はやては思っている。フェイトと比べたら、苦手意識はないようなものだ。

そして、クロノには闇の書事件のときに、なのはにはミッドチルダに移ってからも良くしてもらっている。

クロノとは面識がある程度でどんな人かは詳しく知らないが、悪い人ではないのだろう。執務官になれたのは彼のお陰だった、と嫌そうにしながらもエスティマが感謝していたことをはやては知っている。

それに、

……エスティマくんに関わる人で、悪い人はおらんからなぁ。

心底からそう思う。

フェイトからの風当たりは強いなんてものではないが、それも彼女がエスティマを想ってのことだ。散々エスティマに気苦労を負わせたのだから、毛嫌いされても仕方がない。

「はやてちゃん」

「こんにちは、なのはちゃん。……なんや、勢揃いやね」

「そう……だね」

どこか苦笑気味に応えたなのはに、失言だった、と頬を引き攣らす。

勢揃い。しかし、この場にはエスティマがいないのだ。言って良いことじゃなかった。

「ユーノ。八神さんが、伝えたいことがあるんだって」

「そうなんですか?」

「あ、はい」

言いながら、じっとりと汗の浮かんだ手を握り締める。力を込めてしまったせいで、手を繋いでいるシグナムがはやてを見上げた。

ごめんな、とシグナムに言ってから、ゆっくりと息を吸い、

「……エスティマくんの目を覚ます方法を、見付けました」


































ふと、目を開く。

真っ先に感じたのは陽光で、カーテンを透かして抜けるような青空が、窓の外に広がっていた。

目元を擦りながら身を起こし、思わず欠伸を。

ええっと……なんだっけ。今日は何日の何曜日だ。

仕事に出なければいけないのにそんなことすら覚えてないなんて社会人としてどうなのよ、と思いつつ枕元の目覚まし時計に目をやって――

マジすか!? 遅刻――! って今日休日じゃねぇか!

焦りで一気に眠気が吹き飛ぶも、勘違いと分かって落胆。

何これ。新手のイジメか。いや、完全に寝ぼけてた俺が悪いんだけどさぁ。

布団を抜け出して大きく背伸び。

寝癖を気にしながらリビングに行くと、しん、と静まりかえった空間に寂しさを覚える。

ええっと――

――ああ、そう。そうだ。シグナムははやてのところに泊まりに行ってるんだった。

ボケボケだな自分。疲れてるのかもしれない。

台所に行ってヤカンを火にかけると、リモコンでテレビを点けて椅子に座る。

しっかし休日か。何をしたもんかな。

いつもならシグナムに家族サービスしたりフェイトのご機嫌取りに向かったり、空いた時間でデバイスを作って、って感じなんだが、さて。

定期検診もこの間終わらせたし――

――

さて、休日だ。特にすることもない。

……しっかし、なんでだろう。何もする気が起きないのは。

テレビを意味もなく眺めながら、お湯の沸く単調な音に聞き入る。

そして注ぎ口からの笛の音を合図に腰を浮かせて、コーヒーを入れる。残ったお湯は魔法瓶に入れて、再びリビングへと戻った。

「……なんか違和感あるな」

コーヒーを口に運びながら、呟く。

いや、味が悪いわけじゃない。インスタントコーヒーに味の善し悪しは……あるな。

いや、違うって。そうじゃなくて。

目が覚めてから、何かが腑に落ちない。

その何かが分からないのだからしょうがないのだが。

……ううん。何かやり残した仕事とかあったかなぁ。

こういうときは、

『Lark。今日の予定って、何かあったっけ』

『いいえ。何もありませんよ、ご主人様。たまにはゆっくり過ごしましょう』

『む……なら、良いか』

と、念話を打ち切り――

――猛烈な怒りが湧いてきた。

「……誰だ、こんな、ふざけた真似をしてるのは」

呟き、ごとり、と音を立ててマグカップをテーブルに置く。

ゆっくりと腰を上げて、虚空を睨みながら足元にミッド式の魔法陣を展開。

Seven Starsは……ない。どういうことだか分からないが。

まぁ良い。別になくたって変わらない。

アルタス、クルタス、エイギアス、と呪文を紡ぎながら周囲に視線を向ける。

それに呼応して俺の周りに浮かぶ、十五個のフォトンスフィア。デバイスの補助なしじゃこんなもんか。

……変わらない。

この部屋は俺が借りている場所。

テレビに映っているニュースも、マグカップから立ち上る湯気も、匂いも、いつもと同じ。

さっきから続いている違和感の正体は分からないし、何かを忘れている気もする。

しかし。しかし、だ。だが、そう。ただ一つ。いるはずのない、いちゃいけない彼女が、返事をした。

手の込んだ幻覚魔法か何かだろうか、これは。

……知ったことじゃない。

バウエル、ザウエル、ブラウゼル、と呟いて、ギリ、と歯を噛み締める。

「……これはただの悪い夢だ。Larkは、俺がこの手で葬った……!
 フォトンランサー・オールレンジ・ファランクスシフト!」

トリガーワードを叫び、フォトンスフィアから盛大にサンライトイエローの光が吐き出される。

一発一発が着弾する度に家具が吹き飛び、壁が爆ぜ、ガラス細工のように風景が欠損してゆく。

爆音が鼓膜を震わせ、もうもうと煙が立ち込める。

そして俺の立っている場所だけを残し、ようやくセットしたフォトンランサーを全弾撃ち尽くし――

「……これは」

足元のフローリングを残して吹き飛んだ部屋。飾りの一切を破壊されたあとに顔を覗かせたのは、ゆっくりと流動している純白の世界だった。

果てが見えない。手を伸ばしたすぐそこが終わりなのか、延々と続いているのか。

見覚えがある。これは確か、闇の書の夢。

「……なんでそんなものが」

闇の書は確かに破壊したはず。元の夜天の書に戻し、今は欠片となっているはず。

……まさか、俺はずっと夢を見ていたのか?

シグナムに腹を射抜かれて、そこからずっと。

――

――――

ずき、と頭に鋭い痛みが走る。

……違う。あれは夢なんかじゃない。

俺がやってきたことは、そう、夢なんかじゃなかった。

……そうだ。優しい夢なんかじゃない。

Larkを壊したことも、シグナムとシャマルが何も知らない子供になったのも、隊長たちをみすみす殺してしまったことも。

防げたはずだった。そんなIFのことを言ってもしょうがないぐらい分かっているが、それでも、考えずにはいられない。

そう思ってしまうほどのグチャグチャになった未来に、俺は身を投じていた。

「……はは」

手で顔を覆いながら、その場にへたり込んでしまう。思わず上げてしまった笑い声は、自分自身へと向けたものだ。

忘れていた――誰かが忘れさせてくれていた記憶が、次々と浮かび上がってくる。

夢の中だからだろうか。いつも聞こえていた俺を責める声や、人の姿は見えない。

だが、そのせいでより一層の虚しさが込み上げてくる。

そのまま床に仰向けに倒れ込み、右腕を目の上に乗せながら、笑い声を上げた。

騙し、騙され、力及ばず……そんな俺なんかに価値はない。

結論は変わらない。俺がいたって事態は悪い方にしか転がらないんだ。

だったら何もしない方が良い。もう背伸びをするのも嫌だ。

……もう、疲れた。

ここが夢の中だっていうのなら、打って付けだ。このまま眠りに落ちるのも良いだろう。

このまま――

「……兄さん」

ふと、呼び声が聞こえた。

腕を少しだけずらして視線を向けると、そこにいたのはフェイト。

彼女は俺の側まで歩み寄ってくると、その場に膝を着く。

これも夢の一種なのだろうか。そんな考えが浮かんできたが、どうでも良いと切って捨てた。

「……なんだよ」

「何が、あったの?」

問い掛けの意味はなんだろうか。

何が、に含まれるものが多すぎて分からない。

だから、

「色々と」

「……そっか」

話すつもりはない、といったニュアンスを込めて、いい加減なぼかし方をした。

しかし、フェイトはそれで納得しなかったのか、機嫌を伺うような調子で声を上げる。

「あ、あのね、兄さん」

「ああ」

「兄さんに何があったのか知らないし、話してくれないならそれで良い。
 けどね……その、私、決めたんだ。兄さんを守るって」

「それで?」

「それで……って」

酷く戸惑った声。フェイトがどんな顔をしているのかなんて、腕で目を覆っているせいで分からない。

それに、あまり考えたくもないことだ。

気を遣うのだって面倒なのだから。

「……兄さん。私は……兄さんを、守りたくて……」

「必要ない」

「え……?」

「もう俺にかまうな。ロクな目に遭わないぞ」

その一言を口にした瞬間、ヒ、と引き攣った息を呑む音が聞こえた。

しばらくして、かちかち、と何かが打ち合う小さな音。

もう受け答えは終わったのか。そう思い、眠りに落ちようとした瞬間、しっとりとした手が俺の腕に触れた。

小刻みに震え、汗ばんでいる。それは弱々しい力で俺の腕を退けると、今度は両手で俺の肩を掴んできた。

微かな苛立ちを抱きながら目を開いて見えたのは、唇を引き結んで真っ直ぐに視線を向けてくるフェイトの顔。

寝たままの体勢のせいで、垂れたツーテールの髪の毛が頬に当たってくすぐったい。

「なんだよ」

「……なんで、そんなことを言うの?
 だって兄さん、あんなにいっぱい傷付いて……だから、壊れちゃって。
 もう二度とそんなことがないように、今度は私が頑張るから。
 だから、ね? 戻ってきて」

「……だからさ、必要ないんだって。
 俺はここで眠る。起きるつもりもない。
 だから、かまうな」

「嫌だよ。兄さん、私をもう一人にしないって約束してくれたじゃない。
 あれは……」

そこで一度言葉を句切り、躊躇いながら、

「嘘じゃない……よね?」

そう、フェイトは紡いだ。

赤い瞳の目尻には玉のように涙が溜まる。

それでも頬に流れ落ちないのは、きっと、嘘じゃないと信じているから。信じたいからか。

今にも泣き出しそうなフェイトの顔を見ていると、胸が詰まるような気分になる。

だが……ここで色良い返事なんかをすれば、今までと一緒だ。なし崩しに夢から覚めて、目を逸らしたいような現実と対峙する羽目になる。

俺が進むレールは敷かれたようなものだ。いくらフェイトが守ると言ったって、どうせスカリエッティの手に落ちるだろう。

要は、それが遅いか早いかなだけの話。

だったら、

「嘘だったことになるかな。悪いね」

ここで断ち切ってしまえ。

一拍の間を置いて、肩を掴んでいた手から力が抜ける。

だが、それも一瞬だった。

縮んだバネが跳ねるように、再び肩を掴まれた。今度は爪を立てられ、鋭い痛みが走る。

フェイトはなんとか留めていた涙を決壊させ、頬に涙を伝わせながらも泣き笑いとなっている。

取り繕った、頬の引き攣った類の笑みを浮かべ、声を上擦らせた。

「あ、あはは……冗談、だよね?」

「本当だよ。……何度も言うけど、もう、俺にかまうな。
 どうせ良いことなんかない。
 ……お前にはユーノやアルフ、なのはがいるだろう?
 俺がいなくたって、きっと楽しく過ごせる。
 寂しいって言ってくれるのはありがたいけど――」

「そんなわけない! 私は兄さんじゃなきゃ嫌なんだよ!?
 なんでそれを分かってくれないの!」

肩に食い込む指に、更に力がこもる。引き寄せるつもりなのか、そのまま抱き起こされた。

腕を持ち上げてフェイトとの間に挟み、押しのけようとするが、叶わない。驚くほど強い力で、そのまま抱き締められた。

びくともしない。背中に回された手が、離さないとでも言うように、再び爪を立てた。

「痛っ……離せって」

「やだ」

「もう帰ってくれ」

「嫌……!」

いつかと同じように、フェイトが俺の首筋へと噛み付いた。違うのは、甘噛みではなく本気で歯を立てていることか。

……困ったもんだ。

皮膚を突き破やれた痛みに顔を顰めながら、術式を構築する。

そして、りん、と涼しげな音と共にミッド式の魔法陣が足元に展開。

そして誘導弾を一発だけ生成し、溜息を吐く。

「離せ、フェイト」

応えは、俺を抱き締める腕により力が込められたこと。

……なら、仕方ない。

「ファイア」

トリガーワードを紡ぐと共に、誘導弾が発射される。

そして、俺の頭へ。

決して離れようとしないフェイトになら、こっちの方が効果があるだろう。

そんな軽い考えで自分自身にクロスファイアを放ったのだが、着弾した瞬間、脳を揺さぶられる衝撃と痛みに、思わず呻き声を上げてしまった。

「え……に、兄さん?!」

「ぐ……次は殺傷設定で撃つ。ここで死んだらどうなるかなんて知らないが……まぁ、平気じゃないよな」

だから離れろ、と呆然として力の抜けたフェイトを突き飛ばす。

そして左手で噛まれた右肩を押さえると、立ち上がった。

……眩暈がする。地味に辛い。延髄に撃ち込んで気絶した方が良かったな。

尻餅を着いたフェイトは、目を見開いたまま俺を見上げている。

右腕が引き起こしてくれるのを――いや、求めてくれるのを訴えるように持ち上がるが、それを取る気は起きない。

彼女を拒絶する度に言葉にできない胸の重みが増すが、それも仕方がないだろう。

「兄さん……兄さんは、私を捨てるの?」

「いいや。俺のことを捨ててくれって言ってるんだ。
 ……詭弁だな。まぁ、良いさ。
 ……もう俺に固執するな、フェイト」

「だから、嫌なの!」

伸ばされた手は握り締められ、そのまま地面を叩く。

「……どうしてそう聞き分けが悪いんだ」

「当たり前だよ……兄さんは、たった一人の血の繋がった、私の兄さんで――
 母さんが死んじゃってからはずっと守ってくれて、外の世界を見せてくれた!
 そんなあなたを捨てられるわけがないって、どうして分かってくれないの……!」

目を瞑りながら、喉を枯らさんばかりの叫び声をフェイトは上げる。

そして遂に耐えきれなくなったのか、歯を食いしばり、手で口元を隠しながら嗚咽を漏らし始めた。

しゃくり上げる声が純白に包まれた空間に響き、罪悪感でじりじりと背中が焦げる。

……これで良いんだ。

泣き崩れるフェイトから視線を逸らして、口に出さずに呟く。

本当に良いのか、と脳裏で疑問が浮かび上がってくるが、黙殺する。

……俺はこの、憑依なんていう信じられない現象で引っ張られてきた世界が好きだった。

帰れるものなら帰りたいと思ってもいたが、それも昔の話だ。

この世界で生きていこうと決めて、日々を過ごしてゆきながら、こんなはずじゃない未来をなくそうと自分なりに動いてきたが――

しかし、やり方を間違ったらしい。

好転させることのできた事柄なんて一つもない。

本来は存在しないはずの俺は誰かの可能性を食い潰さなければ生きてゆけない。

何かを行えば必ず代償を払わねばならず、その代償はLarkであり、シグナムであり、シャマルであり、第三課のみんなであり。

……おまけに、道化のように踊らされて。

もうこれ以上何かを失いたいとは思わない。残った人たちが俺に近い分、その思いは強いんだ。

……だからもう、何もしたくない。

そう、思っているのに。それだけは間違いないのに、何故フェイトが泣いている姿を見ると、こうも罪悪感が湧いてくるのか。

……分かってる。謝って、この夢から覚めて、いつも通りの生活に戻れば彼女は泣き止んでくれる。

けど、今度の代償はなんだ? 俺がしたことで、今度は誰が傷付く?

そんなのはもう、真っ平御免だ。

だからもう、諦めて――

「いい加減にしろ、エスティマ」

不意に届いた叱咤の声に、いつの間にか俯いていた顔を上げる。

そこにいたのは、なぜかバリアジャケット姿のクロノと普段着のなのは。

なのははしゃがみ込み、泣き続けているフェイトに声をかけている。

クロノは彼女たちを一瞥すると、俺の方へと歩いてきて、怒りも何も浮かんでいない、無表情そのもののを向けてきた。

「……なんだよ」

「いつまでこんな所で燻っているつもりだ。フェイトも泣かせて……少し見ない内に随分と落ちぶれたな」

「ああ、そうだな。……そう思うのなら放っておいてくれよ、頼むから」

「ああ、良いとも」

「クロノくん!?」

クロノの言葉に、思わず眉根を寄せる。

なのはがフェイトを宥めたまま視線を向けてくるがクロノはそれを手で制すると、先を続けた。

「ただ、その前に一仕事してもらいたい」

「仕事?」

「ああ。仕事だ、エスティマ。
 今、クラナガンでテロが起きている。
 ロッ……いや、戦闘機人と飛行能力を持った機械兵器群。
 それらは本部を襲撃。首都防衛隊が廃棄都市区画に誘導したが、こうしている今もいたずらに損害を増やしている。
 ……戦闘機人は推定オーバーSランク。その上、機械兵器はAFM搭載型。
 猫の手も借りたい状況だ。腑抜けた君でも少しは役には立つだろう」

「お断りだ」

「そうする義務が君にはあるのを忘れたのか? 時空管理局、首都防衛隊第三課の執務官」

「知ったことか」

そう、投げやりに言った瞬間、胸倉を掴み上げられた。

無表情のままでも、瞳には微かな怒りが宿っている。

だが――それに混じっているものは、なんだ?

失望とかではなく、何か、見慣れた――決してクロノが見せなかった何かが、あるような気がする。

それが何かを考えようとし、しかし、どうでも良い、と思考停止。

「別に俺が出張らなくたって、どこかの誰かが事件を解決するだろうさ。
 なんなら、お前が行けばいい。なのはだっている。
 ……そうだ。勝手に殺し合えばいい。俺の知らないところで、好きなようにやり合ってろよ」

「……お前は」

「もう、うんざりなんだ。何もかもが重い。
 自分で背負い込んだ重荷だってことは分かっているさ。
 けれど、だからって我慢できるものにも限界はある。
 ……これ以上は、もう耐えられない」

「……そうか」

一瞬だけ表情に影を作り、再び無表情に戻りながら、クロノは手を離す。

何かを言おうとしているのか口を開くが、言葉が出ることもなく。

きゅっと手を握り締めると、クロノは肩を下ろした。

「……君は、もう失いたくないから執務官になると言っていたな。
 デバイス――Larkを失うようなことは二度と、と。
 ……君のことだ。その失いたくないものに、第三課の者たちが入っていたのだろう。
 ……戦場に出る魔導師にとって当たり前のことだ、と言っても納得できるようなことじゃないことも分かっている。
 だが、ここで何もしなければ良いというわけでもない。
 それを分かっているのか?」

分かっている。

そう、口にしようとしたが、なぜか唇が動かなかった。

……分かっているさ。

目を瞑り、耳を塞いだところで理不尽はやってくる。

俺がすべてを諦めたところで、それらがなくなるわけじゃない。

そんなことは分かっている。

けど。

けれど。

「……もう誰かがいなくなるのも、裏切られるのも嫌なんだ」

ぽつり、とそんな言葉が漏れた。

考えて口にしたわけじゃない。

それが、意味もなくこぼれ落ちた。

俺の言葉に反応する者が一人。なのはだ。

彼女は未だ泣き続けているフェイトの背中をさすりながら、視線を向けてくる。

真摯な――同時に、責めているような視線を。

「だから、諦めるの?」

「……ああ」

「全部投げ出して、みんなとの繋がりも切りたくなっちゃったの?」

「…………ああ」

「そっか。
 ……ねぇ、エスティマくん」

「なんだ」

「なんでフェイトちゃんやクロノくん、私がここにきたのか分かる?」

「俺を元通りにするため、か?」

「うん。じゃあ、なんでそうしてるのか、分かる?
 はやてちゃんやユーノくんが外でこの空間を維持して、こうやって私たちがお話しできるようにしてくれたのは、なんでだと思う?」

「それは……」

「エスティマくんに、目を覚まして欲しいから。けど、エスティマくんは目を覚ましたくないって言ってる。
 ……きっと、私にはエスティマくんの気持ちが分からない。
 いろんなことがあったけど、大切な人がいなくなっちゃうなんてことはなかったから。
 けど、それでも、言わせて。
 エスティマくんがいなくなったら、それと同じ気持ちを、みんなが味わって――
 闇の書事件のとき、エスティマくんがはやてちゃんに似たことを言ったじゃない。
 エスティマくんが嫌だって思うことを、みんなに擦り付けるの?」

……何も応えられない。

分かってる。分かってるさ。

ここに居続けることが、結局はみんなを苦しめることに繋がるだなんて。

傷付けたくないとか、失いたくないとか――そんなものは全部言い訳だ。

……そうさ。

もう俺は何も感じたくない。消えてなくなりたい。

罪悪感とか、そういったものを感じないぐらい完膚無きまでに。

……だったら死ねば良い。それだけの話。

そうすれば皆だって諦めるしかなくなるし、無責任にすべてを他人任せにできる。

諦めることも、罪を感じることもない状態になりたい。

確かに、俺はそう思っている。

ただ……それと同じぐらいに……。

……幸せになりたい。なりたかった。

「……俺はさぁ」

「うん」

「辛いことや苦しいことがあっても、それと同じぐらい楽しいことがあれば良かったんだ。
 第三課があって、家族がいて、友達がいて。
 それだけで良かったんだよ、本当。
 けど……好きな人が増えれば増えるだけ、嫌なことも同じぐらいに増えて。
 そして結局、俺の腕だけじゃ守れなくなった」

視線を落とす。その先にあるのは、デバイスを握り続けてタコだらけになった、歳不相応の手がある。

細くて、小さい。この身体に入る前の自分から見れば、酷く弱々しい手。

それでも精一杯足掻こうとした痕跡が、刻まれている。

「分かってるんだ。すべてが思い通りに行く訳なんかないって。
 けど、それでも俺は耐えられなくなった。
 分かってる。倒れても立ち上がって、また進めば良いって。
 けど、それでも俺は諦めそうになる。
 ……分かってるんだ」

幸せになりたいのなら、こんな場所にいるべきじゃないって。

分かっているのに、どうしても歩き出す気が起きない。

いや、分かっているつもりになっているだけか。

……俺は、何がしたいんだろう。

自分自身のことだというのに、そんな根幹を揺るがすような問いが浮かび上がってきた。

ああ、そうだ。きっとこれだ。

誰も教えてくれない、俺自身が気付かなければいけないこと。

簡単なことなら、いくらでも思い付く。

けど、分からない。

指針とすべきものを失ってしまった今の俺じゃあ、きっと同じ過ちを繰り返す。そしてまた失うだろう。

そして倒れる。同じことの繰り返しだ。

……誰か――いや、誰かじゃない。彼女がいたら、今の俺にどんな言葉をかけてくれるだろう。

罵詈雑言だろうか。慰めだろうか。激励だろうか。

最後まで俺の味方で居続けると言ってくれた彼女は、一体、どんな言葉を。

……情けない。逝った奴に頼るなんて、本当に情けない。

そんなことを考えていると。たん、と軽い音が聞こえた。

顔を向ける気力は残っていない。

ただじっと、掌に視線を注いだまま。

そうしていると、

「ち……、父上!」

子供特有の甲高い声。しかし、耳障りではない音色。

守護騎士シグナム。

彼女は駆け足で俺の元に向かってくると、息を弾ませながら腕を差し出した。

手の中には何かが握られている。そっと開かれて見えたのは、黒いデバイスコア。

……こんな物を持ってきたって、今の俺には使えない。使う気がない。

しかしそんな俺の都合にかまわず、シグナムはSeven Starsを俺の手に握らせると、一歩後退る。

どうしたのだろう、と見ると、彼女は視線を彷徨わせながらも、最後には俺を真っ直ぐに見据えた。

「父上」

「なんだ」

「Seven Starsが、父上に話があるといっています。
 聞いてあげてください」

「……分かった」

今更何を言いにきたのだろうか、このデバイスは。

「なんだ」

『はい、旦那様。いくつか聞きたいことがあります。どうしても分からないのです。
 私はただの武器です。しかし、ただの武器である自分に芽生えたこの人格は、なんのために存在しているのでしょうか。
 必要があるのでしょうか。分かりません』

……これはまた随分と。

デカルトだったかな。いや、違うか。自分は必要とされているか、だから少し違う。

しかし、どうしてそんなことを。

「必要はあるさ」

『何故ですか』

「そりゃあ……」

口にしようとして、口ごもる。

人格が必要か否か。Larkを使っていた俺ならば、必要だ、と断言できる。

ただ、上手い説明が浮かんでこない。

茫洋としていて抽象的な、おそらくはSeven Starsが納得できないような答えしか。

「……人それぞれ、かな」

『人それぞれ、ですか。理解できません。それはどういった意味でしょうか』

「知るか。自分で考えろ」

『了解しました』

無責任な突き放しにもかかわらず、Seven Starsはそれだけ言って黙り込む。

それにしたって、こいつは何をしにきたのだか。

変なことを聞きに、わざわざこんなところまで。

……いや、似たようなことで悩んでいるんだ、俺も。

人のことは言えないな。

俺は何がしたいのか。エスティマ・スクライアという人間は、何を成したいのか。

Seven Starsという人格は、なぜ必要とされているのか。

向いているベクトルはまったく違うが、近いものがある気がする。

インテリジェントデバイスの人格。

人に作られた機械。人に仕えるために生み出された機械。

彼らを必要とする魔導師には、さきほど言ったように、様々な理由があってインテリジェントデバイスを必要とする。

例えば、子供にデバイスを送る場合。目が届かないとき、助けてやって欲しいという願いが込められているだろう。長老様がユーノにレイジングハートを預けたように。

寂しさを紛らわすため、という人もいるかもしれない。『アリシア』が必要とされたように。

何かを遺したい、と思い、願いを託される存在であるのかもしれない。リニスの作ったバルディッシュのように。

使い手の心が折れぬよう、どんな時でも主人の力となるように作られたのかもしれない。ヴォルケンリッターのアームドデバイスたちのように。

様々な理由があるが、共通しているのは――

ふと、思い出す。

俺はLarkを必要としていた。その彼女は、何を考えていたのだろうか。

「……Seven Stars」

『はい』

「Larkの遺言、あっただろ? それ、出してくれるか」

『はい』

ピ、という軽い音に続いて、半透明のウィンドウが展開する。

そして、一通り目を通し、

「……あ」

何かが、すとん、と胸に落ちた。

挟まっていた何かが、腑に落ちたというか。

顔を上げ、この空間にいる皆を見回す。

ようやく泣き止み、目元を真っ赤にして俯いているフェイト。

彼女の背中をゆっくりと撫でながら、レイジングハートを握り締めているなのは。

同じように待機状態のデュランダルを手に持ったクロノ。二人とも、外に出るつもりなのか。テロが起きているらしいし。

本局所属の二人が地上に首を突っ込んだら、ロクなことにならないと思うけど。

そして、シグナム。

おそらく外にいるであろう、ユーノとはやて、アルフ。

……これだけの人が、俺を必要としてくれている。

それはきっと幸いで――

……そうか。お前にはお見通しだったんだな、Lark。

いつの間にか、俺は幸せになっていたんだ。

そんな思考が、驚くぐらい素直に出てきた。

複雑に絡まり合ったわだかまりはいくつもあったが、それでも、確かなことじゃないか。

それなのに俺は諦めるのか?

これ以上失いたくないと……そんな後ろ向きで保守的な考えで、こんな俺の手元に残ってくれている幸福を捨てるのか?

「……嫌だ」

暗闇なんかじゃなかった。すぐ側に、大切なものはいくつも残っていた。

それを、これ以上失ってたまるものか。

……そうとも。

ならば、やるべきことは決まっている。

戦闘機人。AMF搭載型の機械兵器。それらが出張ってきているというのならば。

「……Seven Stars」

『旦那様?』

「さっきの問いに、俺なりの答えを教えてやるよ」

『はい』

「なぜお前に人格が存在しているのか。それは分からない。開発者に聞かなければ、なぜインテリジェントデバイスなんてものが生まれたか、なんて知る由もない。
 だが。
 お前は……お前たちは、必要とされたから生み出されたんだ。
 そこに宿る理由は人それぞれ。
 だから、マスターである俺が、お前に理由をやろう」

『はい、旦那様』

「幸福を示す七。
 闇夜に輝く七ツ星。
 力続く限り白金に輝く斧槍。
 俺が望む形となり、力となれ。
 幸いを切り開く揺光。
 Seven Stars」

『……承諾しました。あなたの望む未来を指し示す七星、Seven Stars。それが私なのですね』

俺の意志を汲み取って、掌に乗っていた黒いデバイスコアが浮かび上がり、液体状の基礎フレームを虚空から呼び出す。

レリックと融合したリンカーコアから魔力を吸い上げて形成されるのは金色の戦斧。それが純白の装甲で彩られ、白金の斧槍へと姿を変える。

そして、バリアジャケットを構成。衣服が割れるように爆ぜ、その下から日本UCAT型の防護服が姿を現した。

Seven Starsを左手で掴むと、紫電が爆ぜる。

確かな力の感触。

これでどこまでのことが出来るかは、分からない。

分からないことだらけだが――何もしないつもりはない。

……そうとも。

消えていた何かが胸の内に灯る感覚に小さく頷いて、顔を上げる。

「ありがとう。もう大丈夫だ」

「エスティマくん?」

「なのは、ごめん。……フェイト」

声をかけると、フェイトはびくりと身体を震わせて顔を逸らした。

……ん。そんな反応をされるのも当たり前だ。

随分と酷いことを言ったのだから。

「許してくれ。……帰ってきたら、話をしよう。
 言いたいことがたくさんあるんだ。聞きたいことも。
 良いかな?」

答えは首肯。怯えの滲んだ様子だが、しっかりと頷いてくれた。

「シグナムも。心配かけて、すまなかったな」

「はい、父上。私も話したいことがたくさんあるんです。決めたことも。
 だから、ちゃんと帰ってきてくださいね」

「ああ」

グローブに包まれた手で頭を一撫で。くすぐったそうに目を細めるシグナムに苦笑すると、最後にクロノへ。

奴は不機嫌そうに口をへの字に曲げながら、腕を組んでいた。

「何を勝手に自己完結している、君は。
 散々心配をかけて最後はそれか。どこまでも自分勝手だな」

「悪いね。けど、自分勝手は今に始まったことじゃない。そうだろ?」

「まぁ、そうだな。……さっさと行って、片付けてこい」

「ああ――ここから出るぞ、Seven Stars!」

『はい、旦那様。
 A.C.S.スタンバイ』

両肩にアクセルフィンを形成。

Seven Starsは追加外装を呼び出し、ピックの真下と石突きに加速器が装着される。

そして最後に、薄く、輪郭だけがはっきりと浮かび上がったサンライトイエローの二枚翼を展開した。

息を深く吸い込み、

「行くぞ!」

『イグニッション』

飛翔する。

轟音を上げ、幻覚空間を内側から強引に突き破り――





























「……行ってしもた」

ずれた帽子を直しながら、はやては呆然と呟いた。

展開し続けていた捕縛空間は無理矢理破壊され、窓ガラスを突き破ってエスティマは出て行ってしまった。

……はやての行ったこと。それは、エクスの助言を元に闇の書の機能を劣化コピーした幻覚魔法。

今はただのストレージでしかない、それでも容量だけはある夜天の書にエスティマを取り込んで、夢を見せる。

嫌なことをすべて忘れられるような夢を。

その予定だったのだが、開始早々にエスティマに看破されてご破算になったのは、やはり自分一人でやろうとしたからか。

その後に行ったのは、捕縛空間にフェイトたちを送り込んで――半ば無理矢理送り込めと言われたのだが――の説得だったのだが、どうやら上手くいったようだ。

はふー、と息を吐きながら、その場に座り込んでしまう。

「はやて、大丈夫?」

「ん、平気やヴィータ。それより……」

ちら、と視線を地面に横たわっている二人に向ける。

そこに倒れているのはユーノとアルフ。エスティマ一人を取り込むだけで限界近かった状態で、フェイトたちを送り込めたのは二人のサポートがあったからだ。

ミッド式の使い手である二人に古代ベルカ式の補助をさせたのはかなりの負担だったのだろう。エスティマが飛び出したときのショックで、気絶していた。

はやてもはやてで今すぐに倒れてしまいたい疲労を感じてはいるが、なんとか耐えながら二人をエスティマが寝ていたベッドへと乗せる。

「なのはちゃんたちも早く出してあげんといかんし……この後、お医者様からの大目玉やな」

「うん。さっきからザフィーラが限界だって悲鳴上げてる」

ちなみにザフィーラは病室の前で押し寄せる医者を押し留めていた。ある意味、彼が一番の苦労人である。

非常にデリケートな状態だったエスティマに魔法を使うだなんて、どうあっても許されることではなかったのだから、こうなるのは当たり前か。

はやては、破砕された窓から流れてくる夜風でそよぐ髪の毛を抑え、それにしても、と苦笑する。

「一度、話をしてみたかったなぁ」

「何が?」

「ん、独り言」

不思議そうに首を傾げるヴィータを誤魔化しながら、慌てて手を振る。

幻覚を壊された原因。Larkという、エスティマのデバイス。

彼が闇の書事件でデバイスを失ったことは知っていたが、しかし、あんなにも強い思い入れがあったのか。

そして、Larkの声を聞いただけで安堵したエスティマの様子から――愛され、愛していたのだろうな、と簡単に理解することができた。

……うわ、めっちゃ恥ずかしい。

愛とか……!

口に出したわけでもないのに、頬が火照るのを感じる。

両手で頬を叩いて正気に戻ると、彼女はなのはたちを戻す作業を再会した。




























『お元気ですか、ご主人様。
 こうして誰かに文字を送ることは初めてなので、何を残せば良いのか分かりません。
 あなたの胸元に下がっている今、側を離れるという状態はどうしても想像できません。
 ですが、これを読んでいるということは、私はあなたの側にいないのでしょう。
 それを残念に思います。私は最後まであなたのデバイスとして働けたでしょうか。Seven Starsはあなたの力になれているでしょうか。
 心残りはたくさんあります。私は、どれだけの時間をご主人様と共に過ごしても飽き足らなかった。
 できることなら、こんなものを遺したくはありませんでした。
 
 ご主人様。
 あなたのことです。きっと、私がいなくなったら、私が壊れたことを無駄にしたくない、なんて理由で頑張るのでしょうね。
 しかし、それは違います。
 ご主人様が忘れない限り、私はあなたと共にあります。
 ……ええ、はい。どうか、私のことを忘れないでください。
 しかし、いつまでも引き摺らないでください。
 私ではない別の誰かが、ご主人様を支えてくれる時がきたら、私のことを思い出にしてください。
 ご主人様が幸せを手にした時、きっと私は必要なくなるでしょう。
 覚えていますか?
 以前、私はあなたに、幸せになるべきだ、と言いました。それを撤回するつもりはありません。どんな形であれ、あなたが幸せだと思う人生を歩んでください。
 ご主人様をこの世界に引き込んだ私が言えた義理ではないことは分かっています。しかし、だからこそ、私はご主人様の幸せを望みます。

 ご主人様。
 あなたが望む幸せとはなんですか?
 スクライアで家族に囲まれる生活でしょうか。
 友人たちと過ごす日々でしょうか。
 それとも、私の知らない何かでしょうか。
 あなたが手を伸ばした先には、何かがあるはずです。
 少なくとも、私はそう思います。
 今まであなたが積み上げてきたものは、幸せに繋がっているはずです。

 ご主人様。
 どうか、生き足掻いてください。
 そして、誰かのために、ではなく、自分のために生きてください。
 私は、それだけを望んでいます。あなたが自分のために幸せを望むとき、私はいつも共にあります。

 それでは、そろそろ筆を置きましょう。
 さよならは、ご主人様が告げてくれたときに返します。
 それでは』









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