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No.3690の一覧
[0] リリカル in wonder 無印五話 挿絵追加[角煮(挿絵:由家)](2009/04/14 12:06)
[1] 一話[角煮](2008/08/02 22:00)
[2] 二話[角煮](2008/08/02 22:03)
[3] 三話[角煮](2008/08/02 22:06)
[4] 四話[角煮](2008/08/02 22:11)
[5] 五話[角煮](2009/04/14 12:05)
[6] 六話[角煮](2008/08/05 19:55)
[7] 七話[角煮](2008/08/21 04:16)
[8] 八話[角煮](2008/08/21 04:26)
[9] 九話[角煮](2008/09/03 12:19)
[10] 十話[角煮](2008/09/03 12:20)
[11] 十一話[角煮](2008/09/03 20:26)
[12] 十二話[角煮](2008/09/04 21:56)
[13] 十三話[角煮](2008/09/04 23:29)
[14] 十四話[角煮](2008/09/08 17:15)
[15] 十五話[角煮](2008/09/08 19:26)
[16] 十六話[角煮](2008/09/13 00:34)
[17] 十七話[角煮](2008/09/14 00:01)
[18] 閑話1[角煮](2008/09/18 22:30)
[19] 閑話2[角煮](2008/09/18 22:31)
[20] 閑話3[角煮](2008/09/19 01:56)
[21] 閑話4[角煮](2008/10/10 01:25)
[22] 閑話からA,sへ[角煮](2008/09/19 00:17)
[23] 一話[角煮](2008/09/23 13:49)
[24] 二話[角煮](2008/09/21 21:15)
[25] 三話[角煮](2008/09/25 00:20)
[26] 四話[角煮](2008/09/25 00:19)
[27] 五話[角煮](2008/09/25 00:21)
[28] 六話[角煮](2008/09/25 00:44)
[29] 七話[角煮](2008/10/03 02:55)
[30] 八話[角煮](2008/10/03 03:07)
[31] 九話[角煮](2008/10/07 01:02)
[32] 十話[角煮](2008/10/03 03:15)
[33] 十一話[角煮](2008/10/10 01:29)
[34] 十二話[角煮](2008/10/07 01:03)
[35] 十三話[角煮](2008/10/10 01:24)
[36] 十四話[角煮](2008/10/21 20:12)
[37] 十五話[角煮](2008/10/21 20:11)
[38] 十六話[角煮](2008/10/21 22:06)
[39] 十七話[角煮](2008/10/25 05:57)
[40] 十八話[角煮](2008/11/01 19:50)
[41] 十九話[角煮](2008/11/01 19:47)
[42] 後日談1[角煮](2008/12/17 13:11)
[43] 後日談2 挿絵有り[角煮](2009/03/30 21:58)
[44] 閑話5[角煮](2008/11/09 18:55)
[45] 閑話6[角煮](2008/11/09 18:58)
[46] 閑話7[角煮](2008/11/12 02:02)
[47] 空白期 一話[角煮](2008/11/16 23:48)
[48] 空白期 二話[角煮](2008/11/22 12:06)
[49] 空白期 三話[角煮](2008/11/26 04:43)
[50] 空白期 四話[角煮](2008/12/06 03:29)
[51] 空白期 五話[角煮](2008/12/06 04:37)
[52] 空白期 六話[角煮](2008/12/17 13:14)
[53] 空白期 七話[角煮](2008/12/29 22:12)
[54] 空白期 八話[角煮](2008/12/29 22:14)
[55] 空白期 九話[角煮](2009/01/26 03:59)
[56] 空白期 十話[角煮](2009/02/07 23:54)
[57] 空白期 後日談[角煮](2009/02/04 15:25)
[58] クリスマスな話 はやて編[角煮](2009/02/04 15:35)
[59] 正月な話    なのは編[角煮](2009/02/07 23:52)
[60] 閑話8[角煮](2009/02/04 15:26)
[61] IFな終わり その一[角煮](2009/02/11 02:24)
[62] IFな終わり その二[角煮](2009/02/11 02:55)
[63] IFな終わり その三[角煮](2009/02/16 22:09)
[64] バレンタインな話 フェイト編[角煮](2009/03/07 02:27)
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[3690] 空白期 十話
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/02/07 23:54
負傷者の搬送と被害報告。尚も終わらぬ警戒。

怒号や様々な機材の音が木霊し、証明に照らされた仮設の対策本部。

その中にある一台の指揮車から、一人の男が急ぎ足で出てきた。

顔にはまだ若さが残っているが、濃くこびりついた疲労によって平時よりも老けているように見える彼――ゲンヤ・ナカジマは、仮設本部の一角で言い争いをしている者たちへと近付いてゆく。

薄ぼんやりと浮かんでいるシルエットは、見慣れた陸の制服を着た局員。

その彼らと対峙するように、一つの影があった。

目を凝らせば、それが子供の姿なのだと分かる。黒で統一された服を着ているせいで、モニターを見続けて疲労の溜まった目では良く見えなかったのだ。

「失礼するぜ」

「……ナカジマさん」

ゲンヤが声をかけると、溜息混じりで安堵の声が上がる。それには苛立ちも含まれているように思えて、ゲンヤは内心で溜息を吐きながら少年――海の執務官だという彼に目を向けた。

テロリストを確保した、とエスティマから連絡があって間を置かず、彼はここへと訪れていた。

手が離せないので部下に対応を頼んだのだが、どうやら大人しく帰ってくれるつもりはないようだ。

……一体なんなんだ、と溜息を吐きたいのをぐっと堪え、ゲンヤは作り笑顔を浮かべる。

「執務官。申し訳ないのですが、流石に管轄の違う者を現場に入れるわけにもいかないんですよ」

「僕もそれは分かっている。ただ、状況の分かる場所に置いてくれと……」

心底申し訳なさそうな声を上げる少年、クロノ・ハラオウンは、頼む、と一言口にして頭を下げた。

……なんで海の執務官がこんな場所にわざわざ。

『ナカジマさん』

不意に、同僚から念話が届く。ただ、ゲンヤに魔力資質はないので向こう側からの一方通行だが。

『調べてみたのですが、どうやら彼はスクライア執務官の元上司らしいんです。
 だから、気になったってこともあるんじゃないでしょうか。
 ……どうやらスクライア執務官は、病院からここへ直行したらしいですから。様子の一つでも見に来たっておかしくはないかと』

……そうか。

元上司、と聞いて、ゲンヤは忙しい中に問題を運んできた海の執務官に抱く苛立ちを和らげた。

今朝の時点でエスティマは未だ意識混迷状態だったはずだ。そのことをゲンヤも知っている。そんな彼が目を覚まして現場にきたというのだから、タチの悪い冗談だろう。

たとえ怪我が完治していたのだとしても、数時間前までベッドで横になっていた人間が飛び出せば誰だって心配する。

ただ、分別はあって然るべきだと思うが。

……いや、俺も人のことは言えねぇな。

エスティマとの通信で謝ろうとした自分を思い出し、そう、苦笑する。

「……ハラオウン執務官。邪魔にならないよう、隅の方で良いのなら許可しましょう。我慢してもらえますか?」

「勿論だ。すまない」

喜ぶクロノに反して、陸の局員からは非難するような視線が突き刺さる。それを受け流すと、ゲンヤは再び指揮車に戻ろうとし――

微かなざわめきを耳にして、空を見上げた。

照明の焚かれた夜空に浮かぶのは、サンライトイエローの翼を肩に持つ見慣れた顔だ。

エスティマ・スクライア。彼は肩にぐったりとした女を担ぎながら、ゆっくりと高度を下げてきている。

そして、小さな音を上げて地面に降り立つと、駆け寄ってきた局員に担いでいた人物を預ける。

「酷く衰弱しているので――」

口を開いて出てきたのは、確保したテロリストの簡単な様態と、カートリッジの口径。

前者はともかく後者はなんだ、と思いながらも、ゲンヤは一歩を踏み出した。

少しずつエスティマに歩み寄り、そうして気付いたことがある。

エスティマに数々の視線が向けられていたのだ。それは二種類に分けることができるだろうか。

片方は単純な驚き。そういった目を向ける者は、微笑みを浮かべながら彼に労いの言葉をかけている。

しかしもう片方――主に二十歳前後の、バリアジャケットを纏う局員から向けられているのは、あまり好意的ではないように感じられた。

なぜだろう、と考え、そうか、とすぐに思い至る。

エスティマはどうやら怪我の一つも負っていないようだ。それは素直に喜べる。

しかし、ゲンヤとは違う、魔導師として戦っていた局員からすれば思うところがあるのだろう。

自分たちが束になっても止めることができなかった機械兵器とテロリストを、たった一人で殲滅し、捕縛した執務官。

ただでさえ若い、否、若すぎる執務官というせいで注目を集める存在だというのに、陸の魔導師からすれば考えられない戦果を上げたのだ。

嫉妬や戸惑いの目を向けられても仕方がないか、とどこかで諦めにも似た感情が浮かんでくる。

年配の局員はそうでもないようだが、やはり若い者は違うようだ。

……素直に賞賛できないのは、俺も同じだけどよ。

「エステ――」

「エスティマ!」

声をかけようとした瞬間だ。

用意されたパイプ椅子に腰を下ろしていたクロノが跳ね上がり、大股でエスティマへと近付いてゆく。

「……あ? なんでクロノがここにいるんだよ」

白金のハルバードを肩に担ぎながら、エスティマは首を傾げる。

「あ、いや、それは……そう、ロッテの様子をだな……」

「……ん。まぁ、気持ちは分かるけど、あんまりしゃしゃり出るといい顔されないよ?」

「分かっているさ」

憮然とした顔で言い返し、クロノは、それで、と言葉を続ける。

「……体の方はどうだ。平気なのか?」

「怪我はないよ。ただ、フルドライブを使ったから疲れた」

「お前は撃墜されたことから何も学んでなかったのか!? 今回のことでどれだけ周りに迷惑をかけたのか分かって――!」

「ちょっと待てよ! 戦場に出ろって人の夢の中にまで出てきたのはどこのどいつだ!」

「ぐ……それは、だな……」

「あー、すいませんね、執務官。エスティマ」

「あ、はい」

二人の間に割って入り、ゲンヤはエスティマへと声をかける。

本当に怪我はないのだろう。バリアジャケットは裾が千切れ飛んでいるが、それだけだ。とても戦闘を終えた者の姿とは思えない。

ただ、疲れているというのは本当なのだろう。額に汗が浮かび、前髪や後れ毛が濡れている。

「報告を頼む」

「はい。廃棄都市区画中央部での戦闘で残存していたガジェ――ええと、機械兵器を全機破壊。目標の戦闘機人を確保しました。
 犯人を支援していたと思われる戦闘機人三体は逃走。追跡は後続の部隊に頼みました。……おそらく、逃げ切られるとは思いますが。
 交戦した三体の戦闘機人のデータは――」

「……おい待て。するってぇと何か。お前は、合計四体の戦闘機人と、この戦域の機械兵器をすべて始末したってぇわけか」

「いえ、戦闘機人四体の内、撃破したのは一体です」

……高ランク魔導師ってのは、こういうもんなのか?

エスティマとの間にある認識のズレに、驚きを通り越して呆れてしまう。

不思議そうに首を傾げるエスティマが、どうにも浮世離れしているように見えてしまう。

「……ああ、そうだ。報告で妙なのがあったんだが」

「はい、なんでしょう」

「なんでも、戦闘のあった区画の地図を書き換えなきゃいけないぐらいに破壊されたらしくてよ。
 こう、半円形にビルが薙ぎ倒されて。心当たりは――」

「え、ええと……取り逃がした戦闘機人の攻撃で、そんなことが起こったような……」

目を逸らしながら、そう言うエスティマ。

その様子に、やりやがったコイツ、と思いながらも、そうか、とゲンヤは頷く。

「取り敢えずは、交戦データの提出を頼むぜ。取ってるだろ?」

「……はい。後ほど」

「あいよ」

などとやっていると、不意にエスティマが目を細めて駆け出した。

何事だ、と目で追ってみれば、その先には拘束され、簡易ベッドに寝かされた戦闘機人の姿がある。

彼は医療スタッフと一言二言言葉を交わすと、寝かされた戦闘機人へと視線を向ける。

会話はない。念話を交わしているのだろうか。二人の表情は剣呑なもので、特に戦闘機人から向けられている視線は人を殺せそうなほどだ。

そして、やりとりを終えたのだろう。

エスティマは戦闘機人の側を離れると、再びゲンヤの元へ帰ってきた。

「すみません、ゲンヤさん。行かなきゃならない場所が出来ました。
 ……この事件に噛んだ執務官として、どうしても無視できないことがあるんです」

「急ぎの用事なのか?」

「はい」

そう断言したエスティマの表情は固い。

許可を求めてはいるが、止めてもきっと行ってしまうだろう。

やれやれ、と頭に手を当てると、ゲンヤは苦笑を浮かべる。

「なら、行ってこい。報告やらなんやらは、きっちり頼む」

「ありがとうございます」

頭を下げると、エスティマは両肩にアクセルフィンを形成する。

そして地面から浮き上がると、顔を夜空に向けた。

今にも飛び立とうとしているエスティマを眺めながら、ゲンヤは口を開く。

「……エスティマ!」

「はい?」

「――っ、すまなかった!」

大声を上げるゲンヤに、エスティマは唖然とする。

しかし、すぐに頭を横に振ると、

「気にしないでください」

そう言い、去り際にクロノへと手を振って、今度こそ飛び立った。

































地上本部といえども、流石に夜となれば昼間よりも詰めている人の数が少ない。

控え目な照明に照らされた廊下を急ぎ足で進みながら、どうするかな、と考える。

応急手当をされている最中に目を覚ましたロッテ。彼女から聞いた情報を脳裏で整理し、パズルのように組み合わせて今回の事件を浮き彫りにしてみる。

それでもやはり分かることは少ない。利用されていただけの存在であるロッテ。彼女から得られた情報は断片的すぎて全体を知ることができないし、嘘もいくつかは混じっているだろう。

――アンタを信用するわけじゃないから。

そんな、去り際に向けられた言葉が耳に蘇る。

闇の書事件での暗躍を、俺によって邪魔された彼女たち。恨むな、というのが無理な話だろう。こっちからすれば迷惑なことこの上ないが。

怨恨が消えるわけはない。しかし、ただ利用されるだけというのは我慢がならなかったのか。敵の敵は味方、とでも思ったのか。

流石にそれは分からないが……。

俺を使うつもりだったら、俺もお前を使わせてもらおう。

口の端を吊り上げながら、淡々と脚を動かす。

そうして辿り着いたのは、地上本部の最上階近くに位置する執務室だ。

――レジアス・ゲイズ。この先には、彼がいる。

受付で俺の来訪を一方的に告げたから、来たことを知ってはいるだろう。どんな対応をされるかは分からないが。

扉の前で立ち止まり、深呼吸を一つ。小さく頷くと、マイクに向けて来訪を告げた。

自動ドアが開くと共に目に入ったのは、両側を書架に囲まれた部屋だ。

その奥。巨大な執務机で腕を組んでいる人物を目にして、手を握り締める。

隣に立つオーリスさんは無表情そのもので、感情を読むことができない。

その中をゆっくりと進んで、俺は三メートルほどの離れたところで脚を止めると、レジアス中将と対峙した。

「失礼します。バリアジャケット姿で申し訳ありません。病院から直行したので、制服を着ていないんです」

「別に気にしていない。それで、何をしにきた、執務官」

じろり、と酷く悪い目つきで視線を向けられる。

それに怯まず、胸元のSeven Starsに念話で、録音開始、と告げると、ゆっくりと口を開く。

「さきほど鎮圧したテロ。それと、先の戦闘機人事件の関連性。
 そして、その黒幕であるジェイル・スカリエッティ。
 ……いえ。黒幕は最高評議会でしょうか」

その言葉に、二つの視線が突き刺さる。

怯まず、俺は彼らの反応を待った。

「それらのことについての報告を。
 そして、あなたの真意を確かめに」

「……いきなり押し掛けてきて何を口にするかと思えば。
 執務官。そんなことを問うより、先にすることがあるのではないか?」

「いいえ。この事件を。そして、戦闘機人事件に関わった、首都防衛隊第三課の執務官として、はっきりさせなければいけません。これは。
 答えてください。あなたは、今回の事件が発生することを知っていたのではないですか?」

「そんなはずがないだろう。何を根拠にそんなことを」

「ええ、根拠はありません。全ては憶測です」

当たり前の指摘をされて、どうしたものか、と溜息を吐きたい気分になる。

憶測だけの組み立てでボロを出すような相手じゃないか。

見えない部分は予想するしかない。空白の部分にはめ込むピースを考え出すだけの知恵はないんだ。

探偵には向いてないね、俺は。

……だからこそ、この目で見て、聞いたことを武器に対峙しよう。

「……使い魔の戦闘機人。元は海に所属していた管理局員のリーゼ・ロッテ。彼女からの証言で、次元犯罪者のスカリエッティが機械兵器と戦闘機人の開発を行っていたことが分かりました。
 絶対に間違いはない、とは言い切れませんが。
 しかし、今日交戦した戦闘機人は、第三課が壊滅した任務で対峙した戦闘機人と同一人物です。
 リーゼ・ロッテの証言に間違いがないのならば、あの戦闘機人プラントの持ち主はスカリエッティだということになります」

「証言が正しかったのならば、な」

「ええ。嘘を吐いている可能性もありますし、彼女自身が騙されている可能性もあります。
 ……まず、一つ。憶測でしかありませんが」

そう言い終え、次の話に移る。

「そして、もう一つ。以前から個人的に調べていたことですが――
 レジアス中将。時空管理局地上本部には、不自然な資材の流れがありますね。
 医療研究部門の、クローニング開発。これの……」

そう言い、データパネルを中将の眼前に浮かばせ、

「十カ所ある研究施設の内、三カ所。これは、地図に存在はしていますが実際はただの廃墟だ。足を運んでみましたが、やはり何も存在しない。
 これはどういうことでしょうか。そして、その研究施設に運び込まれている機械部品ですが、三カ所の元を合わせると、一つの機械兵器が完成します。
 それが何かは、分かりますか?」

「……さあな」

「そうですか。まぁ、これも憶測です。機械兵器には明るくないので、専門知識のある者が実際にやってみなければ分からないでしょう。
 ……さて。更に一つ。今上げた研究施設に関係する話ですが――」

そう言い、俺は自分自身の胸に手を当てる。

「――レリックウェポン計画というものを、ご存じですか?」

その単語を口にした瞬間、僅かにだが、レジアス中将の顔が変化した。

目を凝らせば、額には僅かに汗が浮かんでいる。脂汗の類。

「まだ俺が海で嘱託魔導師として働いていた頃ですが、その時、俺は一度、通り魔によって殺されたことがあります。
 診断書も探せば出てくるでしょう。こうして動いている以上、書き換わっているのかも知れませんが」

「それが、お前の口にしたレリックウェポンとどう関係がある」

「詳しいことは、分かりません。これも憶測です。
 レリックと呼ばれるロストロギア。高エネルギー結晶体。それをリンカーコアと融合させることにより、死者の蘇生すらも可能とする。
 そうしてレリックを移植された高い魔力資質を持つ者をレリックウェポンと呼ぶ。
 ……そんなことは、無限書庫で調べでもしなければ誰も知らない、否、覚えていないことだと思います。
 その計画を推し進めている者がジェイル・スカリエッティだということは、戦闘機人事件で交戦した者との会話で明らかになっています。
 ただ、その際の交戦データは抹消されていますが」

そう言い、胸元のSeven Starsに視線を移す。

俺が眠っている間に、あの夜の出来事はSeven Starsの中から消されていた。

全てを消されたわけではなく、俺がフィアットさんと交わした会話の内容などが、だ。

知られたら面倒な情報だけが、すっぽりと抜け落ちていた。

自分自身で口にしたように、これも証拠のない憶測だ。

しかし。

しかし、だ。

「……管理局の資材の流れを隠すことができ、潤沢な資金を準備できる者に、機械兵器やレリックウェポンを生み出せる人物――ジェイル・スカリエッティは匿われている。
 俺は今まで見聞きした情報から、そう推察します。消去法で、それが誰だかを考えれば最高評議会に辿り着くのは難しくないでしょう」

「……成る程。では、お前の憶測が正しいと仮定しよう。
 それを俺に突き付けて何を望む、執務官」

認めはしないが話は聞いてやる。

まだ向こうの態度は硬いが、それでも、対話をできる舞台には引きずり下ろせたか。

……ならば。

「何も。ただ僕は、聞きたいことがあってここにきただけですから。
 レジアス中将。ミッドチルダの防衛長官であるあなたは、この事件に対してどう考えていますか?
 違法と定められていることに管理局が手を染め、見えないところで、誰も気付けない犠牲が増えてゆく現状を。
 それ次第で、僕は今後の身の振り方を決めるつもりです。
 今日限りで管理局を辞めることになっていますからね」

そう言い、苦笑する。

現場からここへと向かう最中に目を通した、眠っている最中の出来事。

それに目を通したら、俺の辞職が決まっているという。

……まったく、ユーノの過保護め。

くすぐったい気持ちになりながらも、すぐにそれを打ち消して、俺はレジアス中将を見据える。

もし中将が戦闘機人事件の生き残りである俺を放置するようならば、俺は俺でやりたいようにやらせてもらう。

海で再び執務官となり、レリックの収集を片っ端から邪魔しても良い。

はやてやシスター・シャッハに頼んで聖王教会に所属し、聖遺物――レリック関係の回収を行い、ヴィヴィオや聖王のゆりかごの線からスカリエッティに食らい付いたって良い。

どこか歪んだ管理局の制度を正すことなんて正直なところ関心がないのだ。

そんなものに構って時間と取られ、組織を再編による混乱状態に陥れば、どこぞのマッドサイエンティストを野放しにすることになる。

奴を喜ばせることだけは、御免被りたい。

俺は俺が生きてゆくのに邪魔な存在を排除したい。それだけだ。

だから、この目の前にいる人物が俺をどうするつもりなのか、味方となるか敵となるのか。

それだけをはっきりさせたくて、ここに足を運んだのだ。

「答えてください、中将。それを聞いたら、俺はここから出て行きましょう」

誤魔化しは聞き入れない。

そう言外に言い、俺は返答を待つ。

そうして一分ほどが経った頃だろうか。

錆び付いたようにゆっくりと、レジアス中将は息を吸い、

「俺を裁きたいというのならば、かまわない。それだけのことをしてきたつもりだ。
 そして、今お前が目の前にくるような事態を未然に防いでもいた。
 ……罪を問うのならば、それに応えよう」

そんな、俺にとって予想外の言葉を口にした。

……こんな人だったのか。

油断させておいて、といったつもりだろうか。

しかし、彼の様子からは微塵も剣呑な雰囲気を感じ取ることはできない。

隣に立つオーリスさんも、心配そうな視線を中将に向けるだけだ。

「……レジアス中将。あなたは、何がしたかったのですか?」

「俺はただ、地上の平和を守りたかっただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

根の部分は相変わらず。

……ならば、何故、そうも簡単に自分の非を認めるのだろうか。

望む望まないはとにかく、違法行為に手を染めたのは確かだ。

そこまでしたのに、こうも簡単に認めてしまうのか?

「真正面から責められたら、俺にはもう、言い逃れすることができない。
 それだけのことはした。
 ……地上の平和を守りたいと願いながら、自分でその平和を乱していたんだ。
 こうしてお前のような犠牲者が私の目の前に出てきた時点で、潮時なのだろう」

「平和を守るつもりは、あったんですね?」

「当たり前だ」

そこだけは、怒りさえ籠もっている声で断言する。

ああ、この人は筋金入りの局員なのか。

悪人ではない。善人でもないが。

……それさえ分かれば、充分かもしれない。

「ならば、レジアス中将。あなたにまだ平和を守りたいと願う心が残っているというのなら。
 俺と、共闘しませんか?」

「……共闘だと?」

何を馬鹿な、といった風の声が上がる。

まったくだ、と思いながらも、俺は言葉を続ける。

「レジアス中将。さきほど、俺は身の振り方を決めると言いましたが――
 あれは、手段は違っても目的は同じなんです。
 ただ一つ。ジェイル・スカリエッティと、それに与する者たちを捕らえ、ただ平穏に過ごしたい。
 それを可能にする権力をくれるのならば、俺は、地上の戦力として戦い続けましょう。
 あなたは俺を戦力として使い、地上の平和を守れば良い。
 ただそれだけの、対等な共闘を行いませんか?」

「何を馬鹿な……そんなことをしたところで、何も変わらない」

「かもしれません。しかし、俺が調べ上げたこと――まぁ、あくまで仮定ですが、これを公表してあなたが防衛長官を降ろされるとする。
 しかし、あなたの代わりとしてその椅子に座る者は、果たして地上の平和を守ってくれるでしょうか。
 最高評議会の傀儡になりはしませんか?
 もしくは、あなたの行ってきたことを告発して、海の介入によって膿を吐き出し組織を再編するとしても、混乱状態に陥った組織では今の治安を維持することはできないでしょう。
 ……選ぶのはあなたです、レジアス中将。
 他人任せにまだ見ぬ明日を盲信して罪を償うか、自分で明日を切り開いて罪を償い続けるか。
 選んでください」

再び沈黙。

しかし、今度は俺に射抜くような視線を向けるわけではなく、ただ俯いている。

「……ゼスト。お前の目は、正しかったよ」

そして、疲れを吐き出すような溜息を吐くと、中将は顔を上げた。

「戦力となる……ただの戦力ではないぞ。お前には、最低でもゼストの代わりぐらいはこなしてもらう」

「……え?」

「それができなければ、権力など与えない。そう、言っている」

思わず呆気にとられてしまったが、言葉の意味が脳味噌に染み込んでようやく理解する。

「ありがとう……いえ、よろしくお願いします」

「よろしく頼む」

いつの間にか強張っていた顔を緩めると、俺は脚を進めて執務机に近寄る。

レジアス中将は椅子から立ち上がると机から回り込み、俺の前へと出てきた。

そうして、手を差し出してくる。

身長差が酷い。まだまだお子様だ、俺は。

俺からも手を差し出す。そのまま握りつぶされそうなほどの違いがある手を、俺と中将は握り合った。
























リリカル in wonder





























『ロッテ。聞こえるか、ロッテ。僕の声が』

パイプ椅子に座りながら両手を組んで、じっと地面に視線を注ぎながら、クロノはロッテへと念話を送り続けている。

エスティマが去ってからずっと呼びかけ続けているが、返答は一切ない。

ロッテに行われている応急処置はもうすぐ終わるだろう。そうしたら医療施設に搬送され、その後は陸の隔離施設へと送られるだろう。クロノが彼女と言葉を交わすチャンスは、今を逃せばしばらくない。

だからせめて今、一言だけでも。

そう思い、クロノは念話を送り続ける。

そうしてどれほど経った頃だろうか。

『……うるさいよ』

苛立ちの混じった念話がようやく返ってきたことで、クロノはビクリと体を震わせた。

彼女の声を聞いて、言おうと思っていた言葉が頭から吹き飛ぶ。

しかし、ここで黙り込んだら折角掴んだチャンスを不意にしてしまうかもしれない。

まとまりのない思考になんとか方向性を持たせると、クロノは取り繕うように念話を送る。

『ロッテ。体は、大丈夫か』

『大丈夫だったら応急手当なんてされない。見ればわかるでしょ。
 もう駄目だ、とか声が聞こえるし、長くはないのかもね。
 ……こんな最後を迎えるなんて、考えてもいなかった』

声には絶望が濃く滲んでいる。どんな言葉を向けたら良いのか分からず、クロノは考え込んでしまう。

大して親しくもない者だったならば、適当な気休めを言い聞かせて前向きな思考に誘導すれば良いだろう。

しかし、彼女は違う。気心の知れた、自分を魔導師として完成させる手伝いをしてくれた人なのだ。

そんなロッテに向けて、名前も知らない人間に向けるような愛想を振りまきたくはなかった。

『ねぇ、クロノ』

『ああ』

『なんでアンタ、ここにいるの』

『偶然だ。入院していたエスティマの見舞いにきたら、君が地上本部を襲撃したと耳にして、ね』

『……そう。お前も、あのガキか』

『ロッテ?』

『助けられた形になるのかな、これは。
 まあいいや。アイツには呪いを残してやった。せいぜい生き足掻いて、失意に沈めば良い。
 ……それにしても、見殺しにした奴に命を助けられる。
 ……は、なんて不様。
 ……私は、自分が望む結末を、何一つ手に入れることができなかったんだね』

何かを悟ったような口ぶりの彼女。

それに、嫌な予感を覚える。

『……自分の最後ぐらいは、自分で決めたい』

なんのことはない。執務官として働き続け、こうしたことを口にする者が行うことを経験から知っているだけだ。

まさか、と心のどこかで叫ぶ自分がいるが、嫌な予感は拭えない。

その証拠とでも言うように、鋭い悲鳴を上げてロッテを救急車へと運び込もうとしていたスタッフが急いで逃げ出した。

「どうした!?」

「その、戦闘機人が――!」

ゲンヤの怒号に応える局員。

しかし、彼らの声はクロノの耳に届かない。

椅子から立ち上がり、呆然と目を見開いて、ロッテを見る。

止めろ、と口が動くも、喉は震えてくれない。

そして最後に、

『じゃあね、クロノ。
 ……ああ、憎い。すべてが憎い。
 こんははずじゃ、なかったのに――』

そう、立ち眩みするほどの感情に染まった念話が届く。

そして、視界が閃光に染まった。

刹那だけ遅れ爆音が響き渡り、空気が振動する。反射的に待機状態のデュランダルを握り締めて、クロノは周りにいた者たちを覆うフィールドバリアを展開する。

数秒経ってアイスブルーの障壁を解除すると、目に入ってきたのは炎上する救急車だ。

ロッテが乗せられていた担架を中心にして、アスファルトの地面が抉れている。彼女がいた痕跡など、何一つ残ってはいない。

破片によって負傷した者たちが路上に転って悲鳴を上げる中、クロノは口を開けたまま燃え上がる車両を見詰める。

そして、ギリ、と音を上げて歯を噛み締め、

「こんなはずじゃ……なかったのに……!」

叫び出したいのを必至に堪えながら、両膝を付いて、地面に拳を叩き付けた。


































「ありがとうございました」

運転手に礼を言い、代金を支払うとタクシーを降りる。

そうして降り立ったのは、先端技術医療センターの前だ。再びここにとんぼ返り。

病院とは赤い糸で結ばれているのかもしれない、俺は。

まだバリアジャケットは解除しない。薄着に夜風は応えるだろうし。

ゆっくりと正面玄関に脚を向けながら、レジアス中将と交わしたこれからの方針を思い出す。

これから。俺が行う戦いについて。

地上の看板とも言える部隊を失ったせいで、陸の士気は若干の低下が見られるという。

それを持ち直すため、俺には今回の事件を集束させた功績を称えるという名目で勲章が贈られるらしい。

それとなくメディアを誘導して、若いストライカー級魔導師の誕生という触れ込みで。

勲章の名はツインズムーン・メダル、というものだ。

ミッドチルダの夜空に浮かぶ二つの月を模しており、多大な戦果を上げた魔導師に贈られるのだという。

ミッドチルダにおける月は魔力――そして、魔導師の象徴。それを受勲するのは魔導師にとって最高の名誉なのだとレジアス中将が言っていた。

JS事件を解決した六課の皆はもらってなかったな、と思ったが、そういえば機動六課は海の部隊だった。おそらくは、海と陸では違いがあるのだろう。

……まぁ、これにはあまり興味がない。実際に受け取ってみなければ、実感は湧かないだろう。

興味があるのは、レジアス中将が俺を祭り上げる代わりに行うことだ。

やはり大きいのは、昇進試験のボーダーを下げてくれることだろうか。もっとも、それで中身のない上司になんてなったら元も子もないので勉強はするが。

そしてもう一つ。

解体された首都防衛隊第三課を残すこと。

そこには俺が所属し、たった一人で魔導師ランクの制限を全て使って、フルスペックでの遊撃魔導師として違法研究組織に乗り出す部隊のサポートを行う。

架空の人物を配備して定員は誤魔化すらしい。偉い人を味方に付けると信じられないことをやらかしてくれるな。

もっとも、これは半年後の話だ。

それまでの俺は、技術開発部門に送られて体を休めるとのこと。

今回の撃墜は陸でも海でも問題視されたらしく、保護団体がうるさいとか。

気を遣って貰えることを有り難がるべきなのか、余計なお世話を拗ねるべきなのか分からないな。

……しかし、やれることがないわけではない。

地に足を着いて、確実に進もう。今は足場を固めるべきなのだ。

「やることがたくさんあるな。……その一つ一つを、確実に捌いていこうか。
 なぁ、Seven Stars」

『はい、旦那様』

良い返事だ。

人差し指でSeven Starsをつつくと、先端技術医療センターの自動ドアをくぐる。

そうして見えたのは――

見えたのは、仁王立ちしている医師の皆様でした。

「あ、あの……」

「確保ぉー!」

「ちょ、待っ……!」

二重、三重、四重、とバインドが飛んでくる。そして俺、為す術もなく雁字搦め。

何事!?

「馬鹿捕獲。繰り返します、馬鹿捕獲。
 これより処置部屋へ向かいます」

「馬鹿は酷くないですか!?」

「我々の許可もなしに飛び出した患者が何を。
 治療を受けるのはただの患者。脱走するのは良く訓練された患者っ……!
 若いエース級魔導師は本当に無茶が好きですね!」

フゥハハハー! と今にも笑い出しそうな医師に担ぎ上げられ、簀巻きの状態で連行される我。

……おかしいなぁ。この人海兵隊じゃないし、ここはベトナム戦線でもないよなぁ。

逆らったら酷い目に遭いそうなので大人しくします、はい。

為されるがままの俺。そうして運び込まれている途中、見知った顔と擦れ違った。

体を捻って後ろを見れば、彼女――はやては控え目に苦笑しながら手を振っていた。

『おかえり、エスティマくん』

『ただいま、はやて』

『うん。無事に帰ってきてくれて何よりや』

『あはは……』

それは言外に、出撃する度に俺が怪我をすると思われているのか。

こう見ても被弾率は低いんだけどなぁ。被弾すると冗談で済まないレベルの怪我をするけれど。

……そうだ。

『……なぁ、はやて』

『んー?』

『ありがとう。君のお陰で、間一髪で事件を終わらせることができたよ。本当に助かった。
 きっと君がいなかったら、取り返しの付かないことになっていたと思う。
 感謝してもしきれない』

そう言うと、はやてはくすぐられたように身を縮めた。

遠目なのでどんな表情をしているのかさっぱり分からないが。

『そ、そんな……ええんよ。エスティマくん、放っておけないから。
 誰かが面倒を見てあげなきゃ、あかんし』

『はは……世話焼きだな』

それじゃあ、と念話を打ち切ると同時に、俺は処置室へと押し込められる。

そして丁寧かつ乱暴にベッドに押し付けられると、側に立つ医師に視線を向けた。

……逆光で表情を見ることができないのが、なんか怖いんですけど。

「さて、スクライアさん。何からするかね? 胃カメラが良いかな?
 ん? 胃カメラが良いのかね?」

「なんでそんなピンポイントなんですか。好きなんですか胃カメラ。
 あれ地味に苦しいんですよ?」

「ははは、だからこそだよ――もとい、君は胃潰瘍を患っていたじゃないか。それの様子をだね……。
 経過は良好だったわけだが、無理に外に出たのだから影響がないのか調べないと」

「本音ー! 本音が漏れたぞ今ー!」

ジタバタと足掻くも逃げられない。

ガッチリと頭を固定されると、麻酔薬を喉にぶちこまれた。

あがー……。




























「はやて、エスティマは?」

「んー? 今、お医者様に観てもらってるわ」

「まぁ、いきなり飛び出すなんて予想もしてなかったからな」

そう言うヴィータだが、実際のところ、もしエスティマが立ち直ったらどうするのかは、ヴォルケンリッター以外の全員が分かっていた。

まさか、窓ガラスを突き破ってそのまま出て行くとは思っていなかったが。

「けど、良かったな、はやて。エスティマが目を覚まして」

「うん。それが一番嬉しいなぁ」

口にした通りのことを、はやては心底から思っていた。

今日という日を逃せば、おそらく、自分が彼と顔を会わせることはできなくなっていただろう。

スクライアで療養すると決まっていた以上、彼に何かをしてあげられるのはこれが最後だったのだ。

その最後にしてあげたことが成功して本当に良かったと、はやては頬を緩める。

そう思う彼女の頬は、心持ち赤い。

――感謝してもしきれない。

彼の言葉を思い出し、ようやく役に立てた。そう、実感する。

今まで魔法を学び続けてきて、その成果がようやく形になってくれた。そして、感謝を向けてくれた。

……なんや、胸がぽかぽかするなぁ。

悪い気分じゃない。むしろ心地良い。

なんだか妙な感じ、と思いながら、はやては俯き加減となる。

「どうしたの、はやて」

「な、なんもあらへんよ」

ヴィータへ声を返すも、顔を上げることができない。

……なんか、熱い。

エスティマの言葉がずっと脳裏でリフレインしている。

それを口にしたエスティマの状態は、簀巻きにされて担がれている、という酷く間抜けなものだったが、はやてからすれば些細な問題のようだ。

……何かをして、感謝してもらえるのは嬉しい。

それは前から分かっていたことだが――これはどういうことだろう。

そう考え、ああそうか、と思い至る。

ずっと、先を歩いていると思っていたエスティマが振り向いてくれたような気がしたから、こんなにも嬉しいのだ。

ずっと、手を伸ばし続けて、ようやく彼が手を取ってくれたような気がした。

ずっと、どこかで憧れていた人が目を向けてくれた。

だからこんなにも、顔が熱いんじゃないだろうか。

家族たちと過ごしているときの日溜まりのような暖かみとは違う、どこか強烈な、焦がされるほどの何かによって胸がドクドクと早鐘を打つ。

……こ、これはひょっとしてひょっとするのかなぁ?

「うわ、はやて! 顔がすげー赤いぞ!? 大丈夫――」

「あ、あははー。ちょっとこの病院、暖房がキツイ気がするわ。外に出てくるなー!」

「……え? あ、はやて!」

待って、と声を上げるヴィータを振り切って、はやてはパタパタと足早にその場から立ち去る。

どうにもじっとしていられない。体を動かしていないと煙でも出てきそうだ。

うー、と口元を引き結んで、彼女は目的も定めず廊下を進む。

そんなはやての様子を、擦れ違ったスタッフたちは怪訝な表情で見送った。



























「よ、ようやく……」

開放された……。

胃カメラやらスキャンやらのフルコースを喰らい、随分と時間を取られた。ついでに体力も。

それで診断結果だが、体に問題はないらしい。

ただ、フルドライブ状態でゼロシフトを使ったせいだろうか。リンカーコアが疲弊しているので魔法の使用は控えるように、と釘は刺された。

……損傷じゃなくて疲弊、か。PT事件のときならば損傷と言われるぐらいの無茶をしていたのに、今は違う。

これはやはり、レリックウェポンとなったことでリンカーコアも頑強になったということなのだろうか。

……分からないな。そっち方面には疎いからなんとも。

などと考えていると、俺の進む先に見知った顔を見付けた。

フェイトだ。珍しくアルフが一緒にいない。

彼女は壁に背を預けながら俯いてしまっている。おそらくは、俺を待っているのだろう。

深呼吸をすると、フェイトへと近付く。

彼女は、ちら、と視線を俺へと投げ掛けるが、再び俯き加減へと戻ってしまった。

「……ただいま、フェイト」

「……おかえり、なさい」

座ろうか、と促すと、フェイトは小さく頷いてくれた。

少し離れたところにあるソファーに腰掛けて、俺から少し間を取って座っている彼女を見る。

身長が少し高いせいだろうか。斜め上から見下ろす形になってしまい、フェイトの顔は前髪に隠れてしまって分からない。

……もっとも、見えたところで、彼女が何を考えているのかなんて分からないわけだが。

良いさ。約束通り、話をしよう。

思えば、フェイトとまともに会話をするのは久し振りな気がする。

夢の中で会う以前は、ずっと絶交状態だったんだ。それも当たり前か、と苦笑した。

「フェイト。話をしよう。……な?
 夢の中での話の続きだ。
 ……あの時のは正直、口が過ぎたと思っている。
 けどさ。言い方がキツかったとしても、俺がお前に伝えたいことは違わないんだ」

「……やっぱり兄さんは、私を捨てたいの?
 そんなに、迷惑かな。お荷物なのかな。
 もしそうなら、兄さんに迷惑をかけないようにする。わがままだってもう言わない。
 だから――」

「違うんだよフェイト」

俺に縋ろうとする彼女の姿勢は変わらないようだ。

しかし、そればかりじゃ、いけない。

今までは……まぁ、世間の目はどうあれ、それで良かった。

俺一人が苦労するならそれでも、なんてことを考えていたわけだが――もう、違う。

俺は俺の望むように生きる。やりたいことをする。

それは、夢の中で言ったこととベクトルが違うだけで変わらないだろう。

だから、

「なぁ、フェイト。今はそれで良いかもしれない。
 けど、いつかは、俺に頼りっきりじゃあ駄目になる時がくるはずだ。
 ……スクライアの皆がお前を学校に行かせたのも、いつか訪れる独り立ちの時に備えるためだよ。
 フェイト。俺はこれから、自分のやりたいことをするつもりだ。一足早く、独り立ちすることになるんだと思う。
 ……お前はどうする?」

「……私は」

フェイトは結んだ両手をぎゅっと握り締めると、胸を押さえる。

「……私は、兄さんと一緒にいたい。皆と一緒にいたい。それ以外のことは、分からないよ」

「そうか」

……酷なことを言っているのだろう。

ずっと閉じた場所で過ごしてきて、そこから開放され、たくさんの人と出会って。

少ない人と濃密な時間を過ごしていたフェイトからすれば、きっと人と人の縁は切っても切れないものなのではないだろうか。

だからこそ、一人で歩き出そうとする人の脚を掴んで、一緒に歩くか、止まってもらうか。そのどちらかを懇願する。

頼られることで、きっと気分は良いだろう。……けれど、それは酷く重い。

一時は良いのだとしても、その内身動きが取れなくなってしまう。

だから、もう俺にはそれを選ぶことができない。違う道を選んでしまったのだから。

「……フェイト」

名を呼んで近付くと、俺は固く結ばれた彼女の手を取った。

ビクリ、とフェイトが身を震わせ、長い髪の毛が僅かに踊る。

彼女の手を上から包みながら、こっちを向いて、と声をかけた。

面を上げたフェイトの目尻には、泪が溜まっている。後一押しで決壊しそうなのを、必至に堪えているような。

……我慢しているのか。それだけでも、随分と成長した気がする。この子は。

「俺は、お前を時の庭園から連れ出したことを間違っているとは思っていない。
 兄として、側にいることも。
 ただ、それに縋るな。
 お前はもう自由なんだ。踏み出せばそれだけ広がる世界が目の前にある。
 自分で自分の居場所を探しなさい。
 それでも、今の考えが変わらないのなら……そうだな。
 うん。その時は、俺が面倒を見てやるよ」

……結局甘いな、俺は。

最後は、こっちが折れるようなことを口にして。

妹離れのできないお兄ちゃん、ってところなのかな。

……まぁ良いさ。俺は俺のやりたいようにやる。

それが良いことか悪いことかは別にしてな。

「私は……」

「うん」

「兄さんが大好き。アルフも、なのはも、ユーノも。みんなが好き。
 ずっと一緒にいたいから……だから……。
 けど、兄さんの重荷にもなりたくない……」

まだ考えがまとまっていないのだろう。

フェイトは唇を噛むと、再び俯いてしまう。

そんな彼女の頭に手を乗せて、良いさ、と髪を撫でた。

「ゆっくり考えれば良い。それだけの時間はあるから。
 だから、何がしたいのか見付かったら、その答えを聞かせてくれるか?
 待ってやるよ。絶対に見捨てないから」

「……うん」

フェイトは髪を撫でられるままに目を細め、そのまま俺の方に倒れ込んでくる。

そして、ようやく安らいだ笑みを浮かべると、弱々しい力で俺の服を掴んできた。

「……今は、こうさせて」

「ああ。満足するまでそうしていれば良い」

そうして、俺とフェイトは動かなくなる。

俺なんかに寄り掛かって飽きないものかと思うが、この子が満足しているのならそれでも良い。

結局、消灯時間が近付いて、医師の皆様に睨まれるまでそうしていた。




























「むー」

「どうしたシグナム」

「叔母上ばっかり、ずるいです」

「ふむ」

物陰からエスティマとフェイトを覗き見る二人。ザフィーラとシグナムだ。

シグナムはちらちらと曲がり角から頭を出しているが、それに釣られて動くポニーテイルが完全に物陰からはみ出している。

それでも気付かれないのは、完全に二人ができあがっているからか。

……兄妹でその表現はどうだ、と、ザフィーラは自分自身に突っ込みを入れる。

人間形態のザフィーラは腕を組んでまま壁に背をやる。

「そっとしておいてやれ。何やら複雑な事情がありそうな二人だ。
 その辺りを汲んでやるのも、守護騎士の務めだぞ」

「……私も、父上に言いたいことがあったのに」

むー、と再び声を上げ、シグナムはエスティマを覗き見る。

そんな姿に、ザフィーラは彼女の将来が少しだけ心配になる。

「シグナム。その言いたいこととはなんだ。俺で良かったら聞くが」

「ザフィーラに言っても意味がないです」

「……そうか」

これは手厳しい。

しかし、そうは言うもののフラストレーションは溜まっているのだろう。

再び唸り声を上げると、シグナムは拗ねたような表情をしながら踵を返した。

「どうした。もう良いのか?」

「女ったらしの父上なんて、もうしりません」

「いや、あれは妹なのだが……」

「私だって、父上の娘です!」

プンスカと不満を口にしながら、大股でシグナムはずんずんと歩き出す。

やれやれ、とザフィーラは頭を振ると、彼女のあとに着いていった。

……子守は疲れる。主、それにヴィータ。何をやっているのだ。

「……早く大人になりたい」

「……ん?」

「なんでもない!」

甲高い音を立てて、シグナムが駆け出す。

またか、と思いながらも彼女の後を追うザフィーラの顔には、いい加減疲れが見え始めていた。

……それにしても、と思う。

妙な出来事ばかりが起こったものだ。

エスティマの撃墜を切っ掛けとして始まった一連の悲劇。それによってバラバラになったと思われた各々が、こうして再び顔を合わせるとは思いもよらなかった。

そうして結局は、力を合わせてエスティマを立ち直らせ、何事もなかったかのように、きっと明日が始まるのだろう。

病室で眠っているアルフやユーノ。それを看病している、なのは。

彼女たちは今回の出来事で何を思ったのだろうか。

はやては。ヴィータは。シグナムは。クロノは。

大きな出来事。些細で、しかし、決定的な変化。

そういったものがあったのではないか。

……皆変わってゆく。その進む先は、一体どこなのだろうか。

まだ幼いと言っても良い子供たちは、どのように成長してゆくのだろうか。

命じられれば力を貸す、傍観者に近い立場のザフィーラには、それが少し楽しみだった。






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