「はい終わり、っと」
日報の作成と引き継ぎを終わらせると、同僚の皆さんに挨拶をして部屋を後にした。
今日は午後休。そして明日は有給。まぁ、たまの休みというやつだ。
地上本部の玄関を通ってバスに乗ると、そのままレールウェイの駅へ行き、ベルカ自治領行きのリニアを目指す。
まだ昼過ぎの時間帯なので、乗客はお年寄りか学生。スーツ姿の人もちらほらと目にするが、人自体があまり多くない。
それもそうだ。平日の昼なんてこんなものだろう。
さてと、と肩を落として長椅子に腰を下ろす。柔らかな感触がじわりと疲れを取ってくれるようで、微かな睡魔が沸き上がってきた。
いかんいかん。寝ちゃ駄目だって。
……いや、今の内に寝ておこうかなー。どうせ今日は夜遅くまで騒いでいるんだろうし。
ヴィータとかシグナムとか異様にはしゃいでいたしなぁ。きっと久し振りに会うシャマルとかもそんな感じなんじゃないだろうか。
世のお子様にとってはやっぱり大きなイベント。クリスマス。
ミッドチルダ在住な俺にはまったく関係のない話なのだけれど、困ったことにシャマルがシグナムにクリスマスの存在を教えてしまって急遽パーティーを行うことになったのだ。
……まぁ、はやても随分と楽しそうだったから良いんだけどね。
ううむ……騒げるのならばなんでも良いってのは、本当、日本人の気質なんだろうなぁ。
無宗教国家、恐るべし。楽しければそれで良いとは。
しっかし……。
「この歳でサンタ役をやる羽目になるとは」
お父さんですからね俺。
いや、ミッドチルダにサンタはいないよ、とシグナムに言ったら物凄くションボリされたから仕方なくね?
お陰で、黒須三太さんは次元の壁を突破できて、光速の二倍で移動しながらプレゼントを配るオーバーSランク魔導師なんだ、とか嘘吐いちゃったよ。
はやてに指差されてあっはっはーと笑われましたが。
嘘が下手ですみませんね。
『旦那様』
『なんだ』
ちなみに電車内だから念話です。
『質問です。サンタとは良い子にプレゼントを配る存在なのですね?』
『ああ、そうだ』
『では、私にもプレゼントが配られるのですね』
『……なんでだよ』
『私はロールアウトしてから二年しか経っていません。これは、人間でいうところの二歳児に相当すると思われます。
つまり、私もプレゼントを配られる対象かと』
『……じゃあ何が欲しいのかちょっと言ってみろよ』
『特にありません』
「うおおおおおおい!」
思わず叫び声を上げると、乗客の皆様から非常に痛い視線を向けられた。
この野郎、と指先でデバイスコアを弾く。何をやらせるんだ。
『欲しい物がないなら別に良いだろう』
『いえ。不公平は良くないと判断します』
なんだこのデバイス。最近マシになってきたと思ったら、変な方向に成長し始めやがったのか。
この野郎。
『残念なことに、眠っている良い子にしかプレゼントは配られないんだよ。
お前、眠る必要なんかないだろ』
『では今晩はシャットダウンしていましょう』
『……そこまでしてプレゼントが欲しいかお前は。
っていうかお前、サンタが俺だって分かってて言ってるよな?
あれか? 最近のデバイスはマスターに散財させるのがフェイバリットなのか?』
『いいえ。はい。旦那様の懐を寒くする意図はありません』
『じゃあ我慢してろよ』
『……世知辛い世の中ですね』
……同情を引こうとしたって無駄だからな。
無駄だからな……!
などとやっているとレールウェイが目的の駅に到着した。
電車を降りると改札口を通り、今度はリニアに乗ってベルカへと。
相変わらず出勤も帰宅もダルい。転送ポートとか置けばいいのに。
あ、そうすると電鉄会社が倒産するのか。難しいものだ。
ぬーん。だとすると、あまり客を取らずに頑張る隙間産業とかにできないだろうかこれ。
こう、タクシーみたいに転送魔法でクラナガンまですっ飛びますよーみたいな。
あー、でも管理局の許可を取るのが面倒そうだなぁ。なん往復もすると魔力を消耗して辛そうだし。
などとどうでも良いことを考えていると、不意に携帯電話が震えた。
開いてみれば、はやてからのメール。
『いつ頃こっちに着くんー?』だそうだ。
あと二十分ぐらい、と打ち込んだあとに、シグナムの様子はどう、と聞いてみる。
そうすると、
『なんや、えらい楽しみにしてるわ』
とのこと。
うわぁ、プレッシャー。
いや、パーティーの準備とかははやてに丸投げしているから良いんだけど、楽しみにしているのの内にはプレゼントも入っているだろうし。
喜んでくれるか……は微妙。
困ったものである。
っと、今度は電話か。フェイトからだ。
周りの席を見回すと、乗客は俺一人みたい。
マナーが悪いけど、まぁ良いか。
「もしもし」
『あ、兄さん? 今大丈夫?』
「ああうん、一応。どうしたの?」
『なのは、ミッドチルダにくるのに時間かかるって』
む、そうなのか。
こういうときはヴィータに次元転送で連れてきてもらえば……とか思うけど、ほいほい使って良いもんじゃないしなぁ。
組織人は大変である。
『だから、ユーノとアルフ、クロノとエイミィさん、なのはと私はパーティが始まるぐらいに着くと思う。
大丈夫?』
「平気だと思うよ。伝えとく」
『あ……うん』
少しだけフェイトの声が沈む。
誰に伝えるか、ってところで引っ掛かったのか。それでも食ってかかってくるわけじゃないから随分とマシになったな。
そう、今日は八神家とフェイト、ユーノが顔を合わせるのである。提案者はなのは。いや、彼女のことだから微妙な形容できない仲の悪さをなんとかしたいと思ってのことなんだろうけども。
どうなることやら。
『それじゃあ、また後で』
「ん、それじゃあな」
ベルカに到着して自宅に直帰すると、普段はあまり飾り気のない我が家は煌びやかに装飾されていた。
折り紙を使った飾り付けな辺りが非常に小学生テイスト。ああ……そうだよね。小学生だったよね、はやて。
なんかもう、気を抜くと忘れそうになるよ。
「んん? あ、お帰りなさい、エスティマくん」
「ただいまー。シグナムは?」
台所で料理を作っていたのか、手を僅かに濡らしたはやてが玄関へと出てきてくれる。
「シグナムはまだ学校。お昼過ぎじゃあまだ帰ってきてへんよ?」
「あー、そういえばそうか」
「ちなみにヴィータとザフィーラは買い出し。エクスはまだお仕事や」
「そっか」
早く学校を卒業したいと言っていたシグナム。あの子は割と授業を詰め込んでいるんだった。
一人前になりたい、という心意気には感心するけど、少し心配かな。
早熟な魔導師が現場に出ると危ないし。
リビングへと行きソファーの背もたれに上着をかける。が、はやてが横からそれをかっさらい、俺の部屋へと持って行ってしまった。
ハンガーにでもかけてくれたのか。
「もう、皺になってまうよ?」
「すみません」
「まったく。男の人――と言うか、男の子の暮らしってどんなもんかなーって思ってたけど、やっぱり雑なんやね。
パッと見綺麗かなーって思っても、細かいところは掃除されてへんかったし」
「うう……」
呻きながら部屋の隅に目をやると、あら不思議。掃除されていますよ?
ありがたや。頭が上がらない。
二人してソファーに座る。どうやら料理は一段落したらしく、ちょっと休憩だとか。
「エスティマくん、今日のお仕事はどないやった?」
「いつも通りさ。現場に出ないから、前よりは疲れないかな。
早く復帰したいんだけどなぁ」
「またそんな……無茶はお仕事の内に入らへんよ?」
「……あのー、はやてさん? 俺が現場に出ると無茶をする、という妙な公式でもあるのでしょうか」
「あはは、冗談冗談。もう無茶しない宣言はきちんと聞いたからなぁ。信じてるよー」
言いつつ、隣に座っていたはやてが頭を俺の肩に預けてくる。
体重がかかるが、軽い。見てみれば、はやては心地良さそうに目を細めていた。
直ぐそこにある髪の毛からはシャンプーの良い匂い。
「ちょっと休憩ー」
「何やってんの」
「エスティマくんに寄り掛かってるんよー……重い? え、嘘?」
「いや、重くないから」
「ならええやんかー」
はふー、と満足げな吐息をつくはやて。なんだか今にも眠りそうな表情だ。
「はやて、お疲れ?」
「ん、ちょっとだけなー。今日は朝早かったから、ちょびっと疲れたかなぁ」
「そっか」
それっきり、言葉がなくなる。
カチカチと壁掛け時計の秒針が進む音が部屋に響き、お互いの息づかいが妙に大きく聞こえる。
……そんなことを五分ほど。
つ、辛い。なんだこの沈黙は。
悪い気分はしないんだけど、なんだろう。こう、頭の中で良く分からない警鐘が鳴っている気がする。
数多ものバッドエンドフラグを乗り越えてきた俺の直感が告げている。
何かが起きる、と。
「は、はやて」
「……なんやのー?」
「もうそろそろ準備を再開しない? そ、そうだ。俺、シグナムを迎えに行ってくるよ」
「もうちょっとだけええやん。シグナムの授業が終わるまで、もう少しあるよ?」
言いつつ、はやては俺の腕を取って抱き締めるように両腕で抱え込む。上目遣いでこちらを見る彼女は、どこかおねだりをする子供を連想させた。実際子供だけど。
む……焦りでドキドキしてきた。多分。
「……ん。エスティマくんって、けっこう筋肉があるんやね。やっぱ鍛えてる人は違うなぁ」
「まぁ、デバイス振り回してれば自然とね」
きゅっと抱き締められる腕がなんともむず痒い。
それを知って知らずか、はやてはくすくすと悪戯めいた笑い顔となる。
「エスティマくん、面白い顔してる。なんか可愛いなぁ。どうしたん?」
「人を困らせて遊ぶなよ……ああもうほら、離れなさい」
「嫌ですー」
立ち上がろうとするも、はやてはひっついたままで離れてくれない。ずるる、とソファーを滑って二人して床に落ちる。
どうしたものか、と溜息を吐くと、今度は首に腕を回された。
何をするか。
「あんまくっつくなー」
「ええやないかええやないか」
「面白いもんでもないだろうに」
「そんなことあらへん。エスティマくんの微妙に困った顔が面白いよー」
「くそ、こいつ趣味が悪い……!」
どうするか、と考えていると、
「ただいま、はやてー!」
ガチャ、とドアが開いた音に続いて、ドタドタと慌ただしい足音。
げぇー!? ヴィータが帰ってきた!
猛烈に嫌な予感がする!
離れなさい、と足掻くも、ええやないかええやないか、とくっついたまま離れないはやて。
無理に立とうとしたら床に座ったままのはやてに引っ張られてスッ転んだ。
後頭部を床に打ち付けて……目の前に火花が散ったぞ!?
「なんかすごい音したけど、はやてだいじょ……うぶ……」
「大丈夫や。お帰り、ヴィータ」
うう……。
こちらを見るヴィータの目が驚きに見開かれて、速攻で白い目に変わる。主に俺を対象にして。
なんてこったい、と頭を抱える俺を、馬乗りになったはやては面白そうに笑った。
別に良いけどさー、と言いつつも白い目を向けることを止めないヴィータの対応は辛かったです。
少し遅れて帰ってきたザフィーラには鼻で笑われた。酷い。
閑話休題。
それはともかくとして、ようやく面子が揃ったのでパーティーを開始します。
「メリークリスマス!」
なのはとはやての号令で、苦笑にも似た笑いが漏れる。
まぁ、外の世界から見たらクリスマスを祝う日本人はなんとも分からない存在だろうからなぁ。
さて……と。
パーティーが始まったわけですが、どうしようか。
→ ・はやてとヴィータ、エクスがシグナム、シャマルとはしゃいでいる。
・なのはとエイミィさん、フェイトが楽しそうに話している。
・チキンの取り分を威嚇し合っているアルフとザッフィーを止めなければ!
・男たちの挽歌。
「おいエスティマ」
あ、時間が切れた。
目を向ければ、そこにはクロノとユーノが。ユーノは、はい、と料理を積み上げた皿を手渡してくれる。
サンキュ、と取り皿を受け取り、唐揚げを一つ口に含む。ん、やっぱりはやては料理が上手いなぁ。にわかの俺とは雲泥の差だ。
鶏肉にちゃんと味が染み込んでる。大根おろしが欲しい。
「いや、しかし忙しいところきてもらって悪いな二人とも。ザフィーラと男二人だけでこの中にいるのは正直辛かったのだよ」
「まぁ、女の子に囲まれるのは割と困るからね」
「まったくだ」
などと言う二人。ユーノはともかくとして青少年のクロノさん。てめー様はそれで良いのですか。
それともアレだろうか。エイミィさんを確保している男の余裕というやつだろうか。
あ、なんだろう。そう考えるとイラっとした。
「ユーノ」
「何? エスティ」
「ちょっと新宿を清しこの夜歌いながら走り回りたくなってきた」
「いきなり何言い出すんだよ!? っていうかシンジュクってどこさ!」
あら。まぁ、海鳴以外の場所を知らないからなぁ。
いないのかなぁ、今日、二十三区を爆走している猛者。
なんてことを考えていると、やれやれ、とクロノが頭を振っているのが目に留まる。
「君は何を言っているんだ。脳障害でも残っているのか」
「ついさっき後頭部を強打したけど、頑丈なんで大丈夫です」
「そうか。……しかし、クリスマスとは良く分からないイベントだな」
「なんで?」
「ああ、なのは以外にも第九十七管理外世界出身の魔導師が、クリスマスだー! と少し前から駆け回っていたんだが、今日は意気消沈していてね。
なんでも、一人で過ごす聖夜なんていらねぇよ、だとか。
……恋人と過ごすイベントなのか? 今日は。宗教関係の祭日なのは知っているが」
「一応、日本では。まぁカオスだから色々と気にせず楽しむのが吉」
「不思議だよね、本当」
「まったくだ」
首を傾げながら三人でもりもりと料理を食べる。
チキン美味しいです。
……しっかしなぁ。
「……乾いてるなぁ」
「何が?」
「いや、折角女の子とクリスマスを祝うっていうのに、なんで野郎が三人集まってクリスマスの存在についての話なんてしているんだ、と」
「楽しければそれで良いだろう。それに、僕はあまり女の子と話すのが得意じゃないしな」
などとぬかすクロノ。
思わずユーノと一緒にジト目を向ける。
「な、なんだ?」
「ユーノ、こいつをバインドで簀巻きにしてエイミィさんに献上しようぜ。
クリスマスプレゼントだ。メリー苦しめます」
「ああうん、それが良いかもね」
「君たちは何か僕に恨みでもあるのか!?」
「べっつにー」
「別にないよ」
ちなみにクロノは照れてるだけ、というのが俺とユーノとの共通見解。早くくっつけよ。
くっついたらくっついたで、今度は冷やかしてやるがな!
「くっ……さっきから聞いていれば言いたい放題……!
そういう君たちはどうなんだ!? 僕なんかよりよっぽど恵まれた環境だろう!?」
あら珍しい。クロノがこんな話題を振ってくるなんて。
「僕だってなぁ……母さんの監視下で色々と大変なんだぞ! そこら辺分かっているのか!?」
「あー……そういえばそうだったね」
「ごめんクロノ。でもやっぱり苦しめば良いと思うよ」
「ふ、ふふふ……おい君たち。ちょっと念話に切り替えるぞ」
「はいよ」
「なんだよもう」
と言いつつ大人しく念話に切り替える俺とユーノ。マルチタスク使ってご飯食べながら話せます。
『もうそろそろ聞いておこうか……』
『そんなことより、エイミィさんとどこまで進んでるんだよクロノ』
『そこら辺をはっきりとしてくれたら場が盛り上がると思うよ』
ちなみにユーノと念話で、聞いたらエイミィさんにチクろう、とか画策しています。
さあ嘘を吐くが良い……! そっちの方が楽しめる……!
『いや、僕のことはもう良いだろう。君たちはどうなんだ?』
『あ、話を反らしやがった』
『チキンはチキンでも食べてれば良いよ』
『とことん失礼だな君たちは! ああもう、白状しろ!
君たちは! 好きな人が! いるのか! いないのか!
僕だけを責めるんじゃない!』
ぎゃー! 頭が割れる!
念話で怒鳴るなよ……!
顔を顰めつつユーノとアイコンタクト。
好きな人いる?
良く分からない。エスティは?
どうだろう。
結論が出ませんでした。
そんな不可侵条約を結んでいる我らが兄弟であった。
『いません』
『ステレオで同じ答えとはどういうことだ!?
じゃあ質問を変えよう。気になる子は?』
再びアイコンタクト。
いるにはいるなぁ。そっちはどうよ?
いるにはいるけど。
同時に、うむ、と頷き、
『フェイトが気になるかな。放っておけないし』
『右に同じ』
『君たちは! 僕を! おちょくっているのか!』
すみません真面目に答えます。
『ええっと……そうだなぁ。気になる異性だと、シスター・シャッハとか? 美人さんだし』
『僕はアルフだなぁ』
『君たちはどっちも下半身でものを考えているのか!? そうなんだな!?』
『下半身だなんて……そんな』
『それはクロノの方じゃないか』
『僕がいつ下半身でものを考えた! いい加減にしないか!』
うお、執務官殿が怒り狂っていらっしゃる。
やけくそ気味にクロノはコップを一気に呷った。あー、コーラを一気飲みはまずいよ。
そして案の定、クロノは苦虫を噛み潰したような顔になり胸元を押さえる。
そうしていると、
「えー!?」
不意に、素っ頓狂な声が上がった。
見てみれば、いつの間にかなのはがフェイトたちから離れてはやてと会話しており、彼女はコミカルな表情をしながら俺たちを見ていた。
あれ、なんか俺が指差されてるんですけど。
「何?」
「う、ううん、なんでもないよエスティマくん」
「そうやー。なんもあらへんよ?」
ふふ、と笑い声を上げるはやて。
その笑みがどこか印象的で、思わず首を傾げてみたり。
なんなんだ一体。
わけが分からない、と思いつつ再びクロノたちの方に顔を向けると、なんだろう。
今度は俺がジト目で見られてる。いや、クロノはどこか愉しげだ。
「なんだよう」
「別に」
「ああ、別に何もないさ」
む……。
今ので何か分かったのかお前ら。
察することはできるけど、誤解だろうよ普通に。
『邪推すんなよ』
『へぇ。エスティ、邪推されるような何かがあるの?』
『まぁ言ってやるなユーノ。ここは温かく、見守ってやろうじゃないか』
『お前ら先走りしすぎだろ!? 勘違いとか普通に虚しいだろうが!』
『いや、人生の先輩から一つ助言をしてやろう。ああいうのは――』
『当てにならないから別にいらない』
『君という奴は……!』
などと、結局最後まで男同士で会話してました。
なんだこの聖夜。
『あーテステス。こちらフェレット1。HQ応答せよ』
『こちらHQ。感度は良好――念話に感度もへったくれもないような気もするなぁ』
『いや、あるから』
念話をはやてに送りながら、そっと開いたドアからシグナムの部屋を覗き込む。
時刻は深夜の二時。お子様はようやく寝てくれまして、サンタな俺はスニーキングミッションを開始した次第。
……っていうか寝るの遅いよ。シグナム。そしてシャマル。
目を凝らすと、ベッドには二つの膨らみ。今日はシャマル、お泊まりです。
包装されたプレゼントを抱えつつそっと部屋に――
『……これは』
『どうしたん?』
思わず念話をはやてに送る。
いや、どうしたもこうしたも。
……目をこらせば、そこには縦横無尽に走っているライトグリーンのワイヤーが張り巡らされていますよ。
クラールヴィントのセンサーからは逃れられない!
っていうか、そうか。そういうことか。
やけにシャマルが泊まりたがると言っていたと思ったら。
……高町家でサンタを捕獲できなくて悔しいとか言ってたしな、パーティーで。
危ない危ない、と胸中で呟きつつ、冷や汗を拭う。
だが甘い。
変身魔法を発動して、フェレットの姿へ。
ふふ……この程度のトラップ、エスティマ・スクライアにかかれば造作もないことです。
条件はすべてクリアされた。
などと思いながらセンサーを避けて進もうとしたら、
『……プレゼントが運べない』
『……ふぁ、ファイトやエスティマくん!』
前脚で頭を抱えてその場にしゃがみ込む。重いのだ、プレゼント。
ええいくそ、この程度で諦めてたまるか!
『あー、クラールヴィント? 応答せよ。日本語で頼む』
『なんでしょうか』
『ちょっとこのセンサー、解いてくれない?』
『主人から、何があっても解くなと言われております。
ところでエスティマ様。こんな夜更けに一体何を』
ドッキーン。
っていうか、俺がサンタだって気付いてないのかクラールヴィント。
『あ、あのなクラールヴィント。シャマルとシグナムには秘密にしておいて欲しいんだけど……』
『無理です』
融通が利かない。なんだこれは。
『私にはサンタクロースを発見するという役目があります。
主人の願いは私の願い。それを譲ることはできません』
格好良いこと言ってる気がするけど、サンタ一匹にムキになるこたぁないだろうに。
こうなったら部屋の入り口にでもプレゼントを放置して……。
などと考えていたら、ふと、カーテンから漏れる月明かりに照らされたベッドサイド。そこにある用途が一つしかない馬鹿デカい靴下が目に入った。
……あそこにダンクしろと。ディフェンスに定評のあるクラールヴィントが非常に邪魔なのですが。
こうなったら正体を明かすか? それも私だ、と。
いや、子供の夢を壊すのはどうよ。
『はやて』
『はい』
『クラールヴィントが倒せない。あのワイヤー避けれない』
『何回やっても?』
『いや、まだ一回だけ』
どうしよう。
などと考えていると、
『父君』
レヴァンテインが声をかけてきた。
『主人に用事でしょうか』
『いや、そういうわけじゃ』
『主人、起きて下さい、主人。父君がお呼びです』
って、ちょ!?
余計な気を遣わなくて良いよ! 律儀すぎるよ!
一人で慌てていると、ううん、とシグナムが声を上げる。
非常にまずい。このままだと発見される。
こうなったら最終手段……!
なるべく穏便に済ませようとしたのに!
『ヴィータ!』
『ん? ああ、失敗したのか』
なんか期待されてなかったような言われ方ですね、はい。
ガチャ、と音を立てて窓が外に開かれる。ちなみにシグナムには、サンタがくるから鍵は開けておきなさい、と言っておいたのだ。
が、窓が開いたらクラールヴィントがけたたましい警報を鳴らす。それで跳ね起きるお子様二人だが――
『Eisengeheul』
「な、何事だ!?」
「は、はわ!?」
偽装の施されたヴィータの魔法によって、警報を上回る轟音と、視界を塗り潰す閃光。
それによって俺も目を焼かれるわけだが。
『頼むSeven Stars』
『了解』
勝手に動け、とSeven Starsに丸投げ。
『――sonic Move』
そして、稀少技能が発動する。
視界はゼロ。その中を、Seven Starsに任せて疾駆する。
プレゼントを片手にその中を直進し、
『今です』
Seven Starsの指示に従い靴下へシュート。
そしてそのまま後ろをバック。
おそらくは部屋を抜けて廊下に出たと思うのだけれど。
「……目が、目がぁ」
しっかり目は瞑っていたが、瞼を通して閃光が目を焼いてくれた。
そして耳も轟音で潰れている。鼓膜は破れていないと思うけど。
治癒魔法で回復を早めて、ようやく復活。
そしてシグナムの部屋を覗き込むと、そこにあったのはフェイズシフトを使った衝撃波で荒れに荒れた部屋でした。
……御覧の有様だよ。
掃除するの、俺だぞ。
ちなみにシグナムとシャマルの二人は、スタングレネードよろしくでぶっ放されたアイゼンゲホイルによって気絶している。
……やったことはどうにも特殊部隊じみているのは気のせいだろうか。
『エスティマ様』
『父君』
「……なんでしょうか」
『今のは一体なんだったのでしょうか』
「あーうん。サンタじゃないかなぁ、サンタ。捕まえようと思ったけど吹っ飛ばされちゃったよ。はっはっは」
『……無念です』
そんな風に誤魔化した。
プレゼントの包装紙でバレたわけですが。
あの後、報告せねば、と勇むクラールヴィントを、
「違うな、間違っているぞ! すべてを明かすことが正しいわけではない!」
と、なんとか説得して朝に。
「……こ、これは」
待ちきれずにバリバリと包装紙を破って、箱を覗いたシグナムが発した第一声。
驚き半分、喜び半分といった様子。
「父上、見てください!」
プレゼントを手に、満面の笑みを浮かべながらこちらに振り返るシグナム。
胸元に抱き締められているのは、準備したプレゼント。
それは、管理局の売店で売っている勲章のレプリカセットである。
……いやー、どうかと思うけどね我ながら。
けど、
・何か欲しい物ある?→ありません
・好きな漫画とかあるの?→全部持ってます
・あ、遊びに行きたい場所とかある? チケットが必要そうな→父上と一緒ならどこにでも
・……ふ、服とか欲しくない?→あまり興味がありません
・あ、アクセサリーとかどうだ!?→大人はなんでアクセサリーを集めているのでしょう
と、それとなくプレゼントを探ろうとしたら全部かわされたのだ。
よって、こんな渋い……というか、マニアックな代物に。
いや、俺が勲章を授与されたときに、すっごい欲しそうな顔をされたからさ。
……我ながらどうかと思うよ、本当。
しかしシグナム的にはヒットしたのか、早速箱を開けて勲章を一つ、手に乗せる。
そして指でそれを服に押し付けると、どこか照れ臭そうに笑った。
「……父上とおそろいです」
「ん……そうだね」
シグナムが胸に押し付けてるのは、ツインズムーンと呼ばれる勲章。
俺が本部襲撃事件を解決した後にもらった物のレプリカだ。
流石に本物と比べれば若干の安っぽさが出るが……そうか。
こんな物でも喜んでくれるか。本当に良かった。
『ところで旦那様』
『なんだ』
『私のプレゼントはないのですか?』
『……外装のフルメンテをしてやる。不満か?』
『いいえ、はい。ありがとうございます』
この野郎。
どれだけ手間がかかるか分かってるのか!?
喜びながらパジャマに勲章を付けて遊んでいるシグナムの横で、一人歯軋りをする俺だった。
元旦、バレンタイン、ホワイトデー、エスティマの誕生日、と続きます。このシリーズ。毎回スポットの当たるヒロインが変わりそう。