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No.3690の一覧
[0] リリカル in wonder 無印五話 挿絵追加[角煮(挿絵:由家)](2009/04/14 12:06)
[1] 一話[角煮](2008/08/02 22:00)
[2] 二話[角煮](2008/08/02 22:03)
[3] 三話[角煮](2008/08/02 22:06)
[4] 四話[角煮](2008/08/02 22:11)
[5] 五話[角煮](2009/04/14 12:05)
[6] 六話[角煮](2008/08/05 19:55)
[7] 七話[角煮](2008/08/21 04:16)
[8] 八話[角煮](2008/08/21 04:26)
[9] 九話[角煮](2008/09/03 12:19)
[10] 十話[角煮](2008/09/03 12:20)
[11] 十一話[角煮](2008/09/03 20:26)
[12] 十二話[角煮](2008/09/04 21:56)
[13] 十三話[角煮](2008/09/04 23:29)
[14] 十四話[角煮](2008/09/08 17:15)
[15] 十五話[角煮](2008/09/08 19:26)
[16] 十六話[角煮](2008/09/13 00:34)
[17] 十七話[角煮](2008/09/14 00:01)
[18] 閑話1[角煮](2008/09/18 22:30)
[19] 閑話2[角煮](2008/09/18 22:31)
[20] 閑話3[角煮](2008/09/19 01:56)
[21] 閑話4[角煮](2008/10/10 01:25)
[22] 閑話からA,sへ[角煮](2008/09/19 00:17)
[23] 一話[角煮](2008/09/23 13:49)
[24] 二話[角煮](2008/09/21 21:15)
[25] 三話[角煮](2008/09/25 00:20)
[26] 四話[角煮](2008/09/25 00:19)
[27] 五話[角煮](2008/09/25 00:21)
[28] 六話[角煮](2008/09/25 00:44)
[29] 七話[角煮](2008/10/03 02:55)
[30] 八話[角煮](2008/10/03 03:07)
[31] 九話[角煮](2008/10/07 01:02)
[32] 十話[角煮](2008/10/03 03:15)
[33] 十一話[角煮](2008/10/10 01:29)
[34] 十二話[角煮](2008/10/07 01:03)
[35] 十三話[角煮](2008/10/10 01:24)
[36] 十四話[角煮](2008/10/21 20:12)
[37] 十五話[角煮](2008/10/21 20:11)
[38] 十六話[角煮](2008/10/21 22:06)
[39] 十七話[角煮](2008/10/25 05:57)
[40] 十八話[角煮](2008/11/01 19:50)
[41] 十九話[角煮](2008/11/01 19:47)
[42] 後日談1[角煮](2008/12/17 13:11)
[43] 後日談2 挿絵有り[角煮](2009/03/30 21:58)
[44] 閑話5[角煮](2008/11/09 18:55)
[45] 閑話6[角煮](2008/11/09 18:58)
[46] 閑話7[角煮](2008/11/12 02:02)
[47] 空白期 一話[角煮](2008/11/16 23:48)
[48] 空白期 二話[角煮](2008/11/22 12:06)
[49] 空白期 三話[角煮](2008/11/26 04:43)
[50] 空白期 四話[角煮](2008/12/06 03:29)
[51] 空白期 五話[角煮](2008/12/06 04:37)
[52] 空白期 六話[角煮](2008/12/17 13:14)
[53] 空白期 七話[角煮](2008/12/29 22:12)
[54] 空白期 八話[角煮](2008/12/29 22:14)
[55] 空白期 九話[角煮](2009/01/26 03:59)
[56] 空白期 十話[角煮](2009/02/07 23:54)
[57] 空白期 後日談[角煮](2009/02/04 15:25)
[58] クリスマスな話 はやて編[角煮](2009/02/04 15:35)
[59] 正月な話    なのは編[角煮](2009/02/07 23:52)
[60] 閑話8[角煮](2009/02/04 15:26)
[61] IFな終わり その一[角煮](2009/02/11 02:24)
[62] IFな終わり その二[角煮](2009/02/11 02:55)
[63] IFな終わり その三[角煮](2009/02/16 22:09)
[64] バレンタインな話 フェイト編[角煮](2009/03/07 02:27)
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[3690] 正月な話    なのは編
Name: 角煮◆904d8c10 ID:63584101 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/02/07 23:52
※このSSは空白期の終わりから半年後の話になります。
 先の展開が微妙に明かされるので、知りたくない方は空白期の十話に目を通してください。
 去年の内に空白期を終わらせることができず、本当に申し訳ありません。




































「お疲れ様。次の任務は、君の世界で年が明けたらになるな。三が日、だったか」

「うん。休暇ありがとう、クロノくん」

「気にしなくて良い。それよりも、休みに入る前に健康診断は受けておくように」

クロノの言葉に、にゃはは、となのはは苦笑した。

彼女をジト目で見ながら、サボるなよ、と念を押してクロノは溜息を吐く。

休みと言っても、魔法の訓練を彼女が止めることはないだろう。

たまの休みぐらいはゆっくり休んで欲しい。

それはクロノの上司――リンディも同じなのか、それともまた違うのか。

今でこそエスティマも元気にしているが、彼の撃墜で考えるところがあったのだろう。申請があれば必ず休みを与えるように、と指示を受けている。

それ以外にも月一度の健康診断を義務付けたりなど。過保護だ、と思わなくもなかったが、何かあってからでは遅いのだから仕方がないだろう。

どうしたものか、と微かな頭痛を感じながら、クロノは開いていたシフト表を閉じる。そこにはクロノからずっと線が引かれていた。彼も彼で休みらしい休みがない。それでも、こまめに取ってはいるが。

……まとまった休みが恋しい。

ふと、なのはの視線がクロノではなく、彼の机の上へと注がれていることに気付いた。

そこには資料に混じって、地上本部の広報が挟んである。

「ん、どうかしたのか?」

「あ、えと……それ、本部の広報でしょ? クロノくん、そういうの読んでたっけ」

「ん、ああ……普段は本局の方にしか目を通さないんだが……ほら、今回は」

言いながら、クロノは資料の海から冊子を引き抜いてなのはに手渡した。

埋もれていて見えなかった表紙には、二人の共通の友人であるエスティマのバストアップが映っている。

手渡したとき、やっぱり、と小さな呟きがクロノの耳に届いた。

それに首を傾げ、なのはを見る。

彼女は複雑な表情をしながら手に持った冊子の表紙に視線を注いでいる。

俯き加減の顔は、どこか気落ちしているような――いつもと変わらないような、なんとも形容しがたいものとなっていた。

どうしたのだろうか。彼女がこんな表情をするなんて珍しい。

が、敢えて追求せず、クロノは会話を続ける。

「あの馬鹿が表紙だから、と、母さんが渡してくれてね。……しかし、異様に写真映えするなアイツは」

「うん。エスティマくん、フェイトちゃんとそっくりだから」

「ああ。……褒め言葉なのに、本人が聞いたら顔を顰めるだろうな」

くく、とクロノは笑い声を上げる――が、てっきりなのはもそうすると思っていたが、未だに彼女ははっきりしない顔のまま冊子に目を落としていた。

「……どうした?」

「え、何が?」

「いや……気になることでもあるのか? そんなにじっとそれを見て」

「そういうわけじゃないけど……」

「……そうか」

どうしたのだろうか。

何か思うところがあるならば教えて欲しい、と思うも、それは簡単に触れて良いことなのだろうか、とクロノは思い留まる。

暗い表情をしているわけではない。落ち込んでいるというわけではないのだろうが――なんだろう。

もし同性ならば少しだけ躊躇いながらも話を聞こうとするのだが、と、クロノは苦々しい心地となる。

それは以前、顔色の悪いエイミィの体調を気遣ったときに、察しろ馬鹿、と怒鳴られたことに起因するのだが割愛。

「……ねぇ、クロノくん」

「ん?」

「ツインズ・ムーン・メダルって、どんな価値があるのかな」

ツインズ・ムーン。双子月勲章。なのはが口にしたそれは、エスティマが受勲した勲章のことだ。

ミッドチルダにおける月は、魔力――魔導師の象徴。それを象った双子月勲章は、多大な功績を挙げた魔導師に贈られる代物だ。

地上本部を襲撃した機械兵器を殲滅し、テロリスト――ロッテを捕まえた功績でエスティマはその勲章を授与されていた。

史上最年少でのツインズ・ムーンということで話題となり、なのはが手に持っている広報以外にもエスティマは顔を出している。

それを目にする度に、クロノはなんとも言えない気分になっていた。

友人の成功を素直に喜んで良いのか、祭り上げられていることを苦々しく思うべきなのか――と。

それを顔に出さず、クロノはなのはの問いに答える。

「価値、か。……勲章は名誉だからな。価値らしい価値はないよ」

「いまいちピンとこないの。……すごいこと、なんだよね?」

「ああ。海はともかく、地上では大事件らしい大事件はあまり起きないからね。
 それをほぼ一人で終わらせたんだ。賞賛されて然るべき、さ」

「……私だって」

「ん? すまない。聞こえなかった」

「な、なんでもないよ! それじゃあクロノくん、良いお年を!」

慌てた様子で、なのははクロノの部屋を後にする。

彼女の後ろ姿を呆然と見送りながら、クロノは眉を潜めつつ首を傾げていた。

「……なんなんだ?」

























リリカル in wonder























テレビから流れてくる紅白歌合戦をBGMに、なのははコタツに入りながら手元の冊子を眺めていた。

ちなみにシャマルはコタツに脚を突っ込んだまま眠っている。布団を被っているので風邪は引かないだろう。

誌面には、戦闘中に撮影されたのであろうバリアジャケット姿のエスティマが映っている。

その横に書き綴られている、やや誇張気味のプロフィールを読みながら、蜜柑を一切れ口に放り込んだ。

民間協力者としてPT事件を、嘱託魔導師として闇の書事件の解決に多大な貢献をし、所属した部隊の壊滅にもめげずに戦場へと舞い戻ったAAAクラス魔導師、と記されており、その下に派手なフォントで"ストライカー"とある。

ストライカー。聞いたことがある。その人がいればなんとかなる、と同じ戦場にいる人が思うような存在感を持つ魔導師のことだ。

……確かにそうかもしれないけど。

エスティマと戦った今までの事件を思い出しながら、なのははページを捲った。

次に現れたのは勲章を受け取っているエスティマの写真だ。

……私だって、表彰されたことあるもん。それに、魔導師ランクは私の方が上。

そう考えるも、胸の内には言いようのない重みが徐々にのし掛かっていた。

ごろん、と床に寝転がり、溜息を吐きながら天井に視線を向ける。

……なんだか、気付いたら先に行かれちゃった感じなの。

写真に写るエスティマは正装をしていて、顔を合わせたときに感じる親近感というものを抱かない。

だからだろうか。彼がいないところだと、どうしても妙な気分になる。もどかしいというか、なんというか。

エースと呼ばれてはいるが、しかし、まだ一人の武装隊員でしかない自分。一方エスティマは執務官となり、ストライカーとまで呼ばれている。

「……エスティマくんがすごいのは知っていたけど」

階級も上。きっと彼を信頼している人だってたくさんいる。

けれど、自分は――と。

なぜかそう考えてしまう。

……嫌な子だ、私。

どれだけの苦労をエスティマが味わって今の立場にいるのかを知っているのに、どうしても、もやもやとしたものが胸に溜まる。

最初からこうだったわけではなかった。

事件が解決したときは素直に喜んだし、彼が立ち直ったことをフェイトやはやてたちと喜びもした。

しかし、時間が経っていつしか彼と自分を比べてしまう自分が生まれてしまい、エスティマの名を見る度に考えてしまう。

私だって、と。

管理局員としてスタートした時期は一緒なのに、どうしてこうも差が出てしまうのか。

自分よりも強い人がたくさんいることは知っている。が、エスティマは自分と同い年で――と。

「ん、なのはー?」

「えと、何? お姉ちゃん」

ゆっくりと身を起こすと、対面に座っている美由希と目があった。

美由希はコタツに乗せておいた眼鏡をかけると、微かに首を傾げながら口を開く。

「何かあった?」

「何かって?」

「なんだか珍しい顔してる。嫌なことでもあったのかなって」

「特にないよ」

「まーたそういうこと言って。隠そうとしたって表情でバレバレだよ?
 ほら、言ってみなさい。大丈夫、お父さんやお母さん、恭ちゃんにだって秘密にしてあげるから」

人差し指を立てて、秘密にするよ、と言う姉の様子に苦笑するなのは。

どうしようか、と迷いつつ、急に言われたのでまとまっていない思考のまま、なのはは口を開く。

「えっと……エスティマくんっていうお友達がいてね」

「うんうん。前に言っていた無茶する男の子だね――男の子?」

カッ、と目を見開いた美由希の様子に気付かず、なのはは先を続ける。

「その子のことなんだけど……」

「恋!? 恋なの、なのは!?」

「変だよ!? いきなり何言うの!? お姉ちゃん!」

「ご、ごめん。なのはが男の子の話をするなんて珍しかったから……」

むっとした表情をするなのはに謝りながら、美由希は先を促す。

もー、と頬を膨らませながらも、なのは話を再開した。

「えっと……エスティマくん、私と同じぐらいの時期に管理局に入ったんだけど、私よりも偉くなって、すごいこともして」

ほら、となのはは美由希にさっきまで読んでいた冊子を手渡す。

ミッドチルダ語で記されているために字面を読むことはできないが、映っている写真で彼が賞賛されていることは分かったのだろう。

それで、と美由希が話を飲み込んでくれたのを確認して、なのはも冊子へと視線を向ける。

「なんだか、遠くに行っちゃったなって……良く分からないんだ」

「良く分からない?」

「うん。エスティマくんだけじゃない。周りのみんなも、エスティマくんに合わせて動き始めて。
 ……けど、私は何も変わってないから」

「……んー」

籠に入っていた蜜柑を手に取り、美由希は皮を剥く。

それを一切れ口に放り込むと、嚥下すると共に口を開いた。

「ちょっと酷いことを聞くかもしれないけど、さ」

「うん」

「なのは、エスティマくんのことが羨ましいの?」

「……良く、分からない」

そんなことはない、と思う。

あれだけ傷付いて、苦労したのだから、彼が褒められるのは当然だとは思っている。

自分だって表彰されたことがある。何か大きなことをやり遂げたのなら、報われるべきだと思う。

けど。

けれど。

……うん。

「羨ましい……のかも、しれない」

「そっか」

「だって、だって、ずるいよ。私だって……頑張ってるのに」

そうだ。

闇の書事件が終わってからも、自分はずっと頑張ってきた。

魔法の勉強だってしているし、いくつもの事件だって解決に導いた自信がある。

それなのに、フェイトもクロノもはやても、他の皆が口にするのはエスティマの名前だ。

誰かに褒めてもらいたくて管理局に入ったわけじゃない。

しかし、だとしても、割り切れるわけじゃない。

自分のことを見て欲しいと、どうしても思ってしまう。

彼ばかりが頑張っているわけじゃないのに、と。

「あのさ、なのは」

「うん」

「なのはが頑張っているのは分かるよ。学校に行きながらお仕事して、夜遅く帰ってくることだって珍しくないし。
 それは、私たちも分かってる。アリサちゃんやすずかちゃんだって、知っているよね?」

「……うん」

「それに、管理局のお仕事でなのはに助けてもらった人はたくさんいるでしょう?
 声は聞こえないかもしれないけど、みんななのはに感謝してるよ。
 今回のエスティマくんのは、きっと、それが目に見える形になっただけ。
 なのはだって、エスティマくんと同じぐらい皆から褒められてるんじゃないかな」

「けど……本当にそうか、分からないよ」

「そんなことないって。フェイトちゃんやはやてちゃんを助けたのだって、なのはがいなかったら無理だったらしいじゃない。
 だったら、二人が友達なのは、きっと形に残ったなのはの頑張りだよ」

「そう……なのかな」

「そうなの。んー、まあ、難しいかもしれないけどね。
 ……おや」

テレビのスピーカーと、窓ガラス越しに除夜の鐘が鳴り響く。

幾分かすっきりしながらも、それでも、もやもやとした何かを胸に残して、なのはは新年を迎えた。




































「……ち、父上」

「なんだ」

「寒いです……恐ろしく」

ガチガチと歯の根を打ち鳴らすシグナム。はやてのお下がりである振り袖を震わせながら、握った手にぎゅっと力を込める。

そうか。寒いか。予想通りだ。

空は日本晴れ。空を見上げれば陽光が眩しくて、思わず目を細めてしまう。

ちなみに俺、いつもの格好。シャツにネクタイ、フェイトとお揃いの黒ジャケットである。

その正体はバリアジャケットですが。

防寒対策はバッチリです。魔導師を嘗めるなよ。

などと考えていると、恨めしそうな視線が突き刺さってきた。

「どうしたシグナム」

「ずるい……父上ばかり温かいのはずるいです!」

「いや、そんな……」

「おなじ寒さをわかち合ってください!」

「無理。バリアジャケット解除したら普段着なんだから。ここで戻ったら凍死するってば。
 ああほら、むくれるな。暖かい物でも買ってやるから」

「……なら、がまんします」

つーん、とそっぽを向きながらも食べ物に釣られるシグナム。

そんな様子に苦笑しながら、いざ出発。

目指すは八束神社。最寄りのバス停からバスに乗り、参拝客でごった返している目的地へとたどり着く。

バスを降りて真っ先に感じたのは、鼻を突くソースの匂い。

顔を向ければたこ焼き屋が出ていて、やや長い列ができている。

……なんだか、繋いだ右手が引っ張られるのですが。

視線を落とせば、そこには目をキラキラさせている我が娘の姿が。

……ええはい。約束ですからね。

「たこ焼き、食べようか」

「はい! 父上、私が買ってきます!」

「だーめ。はぐれると面倒だしね」

あと、財布渡したら大量に買ってきそうだ。

お昼も近いし、あんまり食べさせちゃ駄目かな。

おつかいを拒否られてぶーたれるシグナムの手を引きながら屋台の列に並び、念話を飛ばす。

なのはとは神社の前で集合となっているんだけど、屋台に並んでいたら気付いてもらえないかもしれないし。

『なのは、なのは』

『ん……エスティマくん?』

『ただ今到着しましたよ、っと。たこ焼きの屋台に並んでるから、悪いけどそっちにきてくれるかな』

『あ、そうなの? 私も今並んでるから、エスティマくんの分も買うね』

『ありがと。一つで良いから』

『はーい』

見れば、既になのはは屋台の側にいた。

隣にいるのはシャマルか。金髪だからやっぱり映えるなぁ。

そわそわしているシグナムを宥めつつ、なのはが買い終わるのを待つ。

そうして三分もしない内に彼女は屋台から離れると、周りを見回したあとに俺の方へと歩いてきた。

二人ともシグナムと同じように振り袖姿。なんだろう。普段着の俺だけ非常に浮いている気がする。

だからと言って振り袖なんて着ないがな! 絶対に!

「シャマル!」

「シグナム!」

お互いの姿を見ると、わー、と声を上げそうな勢いで駆け出すお子様二人。

その二人を横目に、なのはにたこ焼きの代金を手渡すと、ソースの匂いが立ち上るビニール袋を受け取った。

数は二つ。なのはも考えることは一緒か。

「明けましておめでとう。今年もよろしく」

「うん。よろしくお願いします」

ぺこり、と頭を下げ合う俺となのは。

その様子を、シグナムは不思議そうに見ていた。

「えっとね、シグナム。年が明けたあいさつなんだよ」

「む、そうなのか」

えへー、と自慢げなシャマル。お子様二人もお互いに頭を下げ合う。

そして道路の端によると、買ったばかりのたこ焼きを食べることに。

立ち食いになるけどしょうがない。

封を開けると漂っていたソースの匂いが一層濃くなり、自然と涎が口に溜まる。

ジャンクフードは単純な味を想像させてくれる匂いが良いよなぁ。

「ほら、シグナム。四つだけな。残りは俺の」

「はい、父上」

爪楊枝を手に取り、シグナムはどこか真剣な面持ちでたこ焼きに突き刺した。

そう言えばたこ焼きを食べるのは初めてだったか。一回リセットされているから。

たるんだ皮に悪戦苦闘しながらも、シグナムは恐る恐る顔を近付ける。

手を近付けるんじゃなくて顔を近付けているのはどういうことだろうか。口を開きながら、あと少しで――

「……あ」

「あぁ……!?」

ぼとり、とたこ焼きは地面に墜落しました。

地味に難易度高いからなぁ、爪楊枝で屋台のたこ焼き。

などと思いながら俺は俺で、ひょいひょいと口にたこ焼きを放り込む。んー、懐かしい味わい。

「ち、父上……」

「ん……ああもう、泣きそうになるな。俺のを一つあげるから」

「うう……ありがとうございます」

今度は落とさないようにプラスチックの受け皿ごと渡す。

落として駄目になったたこ焼きを拾い上げて袋に入れると、舌で唇に着いたソースを舐め取った。

「そういえば、なのは。初詣に俺たちときて良かったのか?
 他の人は?」

「実はここにくるの、今日で二度目なの。お父さんたちとは朝にきたから。
 アリサちゃんやすずかちゃんは、お家のことで忙しいみたいだから明日なんだ」

「そか。なら良いかな」

ちなみにフェイトやユーノは遺跡発掘が佳境とかで来られなかった。

はやてもリインフォースⅡの開発をいい加減終わらせようと躍起になっていて、ただ今引き籠もり中。最後に見た様子は徹夜続きのナチュラルハイ状態だったので、心配なことこの上ない。

たこ焼きを食べ終わると境内へと。参拝客が列を成している階段をゆっくりと登り、鳥居をくぐって少し驚く。

流石は元旦。人の数が半端ない。

人の密度が高いせいか、心持ち気温が上がったような錯覚すら抱く。

皆とはぐれないように右手をシグナムと、左手をなのはと繋いで、ぎゅうぎゅう詰めの列へと並んだ。

……っていうか酷いなこれは。身長が低いせいで、まるで先が見えない。なんだこれ。

見れば、なのはも顔を顰めている。シャマルも同じく。シグナムはなぜか楽しそうだが。

「父上」

「なんだ」

「お願い事はどんなのですか?」

「それ七夕。願い事とはまた違うって。……ええっと、まぁ、安全第一とか?」

「エスティマくん、それ違うよ。ヘルメットに書いてある取り敢えずの目標だよ」

「ああもう、じゃあお前らは何をお願いするのさ」

「もう私はお願いしたから」

「私もですー」

と、明かしてくれないなのはとシャマル。シグナムの方を見ると、聞いて聞いて、と言わんばかりに俺を見ていた。

「……えっと、シグナムは?」

「はい! ええっと……今年はもっと剣の腕が上達するようにと……それから……」

「あんまりお願いすると効果が分散するから一つに絞った方が良いよ、シグナム」

「そ、そうなのですか!?」

「エスティマくん、変な嘘は止めた方が……」

「嘘なのですか父上!?」

「嘘じゃないよ。本当でもないけど」

「どっちなのですか!」

ぷっくーと頬を膨らますシグナム。表情豊かで大変よろしいですね。

そうやって適当にあしらっていると、ようやく自分たちの番が回ってきた。

俺はあらかじめ用意しておいた十円を取り出して賽銭箱へ。なのはとシャマルも同じく。

……隣にいるシグナムは、清水の舞台から飛び降りるような顔をして硬貨――ミッドチルダでいうところの五百円玉――を握り締めているが。

「頼むぞ……」

あのー、確か今朝、お年玉あげたよな?

そんなに財政難なのかシグナム。

浪費癖が身に付いてしまっているのでは、と父親として嫌な予感を抱きながらもお賽銭をシュート。

ガラガラと鈴を鳴らしながら、さて、と内心で首を傾げる。

ううむ。

……今年も――いや、今年は。今年こそは何もありませんように。

死ぬような目に遭うとか。機械化されるとか。知らぬ間に超人になっているとか。人間関係がこじれるとか。

そんな風に頼んで目を開けると、早々に列から離れた。

「父上、父上は何をお願いしたのですか?」

「俺?……まぁ、家内安全とか、そんなところ。
 去年はロクでもないことばかりか起こったからね。流石に今年は勘弁。
 なのはは?」

「えっと……私は」

そこで一度区切り、なのはは俺に視線を向けてきた。

そしてじっと目を向けながらも、

「……秘密」

と、苦笑した。

なんだろう。色々と含むところがあるような感じだったけれど。

そうして歩いていると、社務所の前を通りかかった。お守りなどが目についたらしく、心持ちシグナムの握る手に力がこもる。

思わず溜息を吐きつつ、どうした、と声をかける。

「……おみくじがしたいです」

「はいよ。百円だったかな……ほら」

「なのはちゃん、私も!」

「はいはい」

俺となのはが浮かべるのは共に苦笑。

この程度のことで喜んでくれるのは嬉しいけれど、それでも地味な浪費が響く。

自分が子供だった頃のことを思い出して、心底からの苦笑が出てくるよ本当。

子供に金がかかるってのは嘘じゃないんだなぁ。

お小遣いを追加であげると、シグナムとシャマルは勢い良く社務所へと突っ込んでいった。

その後をゆっくりと追う。

しかし破魔矢とか買ってミッドチルダに持ち込んでも御利益とかあるのかね。気休めだって言われたらそれまでなんだけど。

……いやー、どうなんだろう。アースラのリンディ艦長ルームには神棚があったような気がしたぞ。

もうあれか。御利益とかじゃなくてファッションなのか。分からない。

「ねぇ、エスティマくん」

「……ん?」

どうしょうもないことを考えていると、不意になのはから声をかけられた。

声の質にどこか引っかかりを覚えるが、些細なことだ。

深く考えずに反応する。

「エスティマくんって、今、どんなお仕事しているの?」

「ん、今? 今は開発部に押し込められてるよ。撃墜なんてことがあったばかりだからね。医者のお墨付きが出て、保護団体が大人しくなるまで現場復帰は無理かな」

「……現場、出てないんだ」

「そうなんだよ。デバイスのテストに引っ張り出されることがほとんとで、闘うことはそうないかな。
 いやまぁ、シスター辺りに『身体が鈍ってはいけません』とか言われて、模擬戦に付き合わされてるけどさぁ」

健全な精神はうんたらかんたら。適度な運動は身体の調子を上向きにするとかなんとか理由をこじつけて、絶対あの人は俺との手合わせを楽しんでいる。

お陰で武器の扱いは随分とマシになったけれど、青痣が絶えない。いや、魔法ですぐに消えるんですけどね。

誰か俺の代わりをしてくれないかなぁ。なんで飽きないんだあの人は。

「……なんで、現場に出てないの? エスティマくん、ストライカーなんだよね」

「……それは、まぁ、そうだけど」

ストライカー。

そう、なんの因果か、俺はストライカーと呼ばれる魔導師にカテゴライズされてしまった。

たった一人で戦況を変える、もしくは、その人物がいればどうにかなると思わせる魔導師、ストライカー。

ゼスト隊長が抜けた今、地上にオーバーSと言える魔導師は存在しなくなってしまった。

故に、残った俺や他の高ランク魔導師――といってもAAAクラスは俺だけなのだが――はエースやストライカーと呼ばれるようになった。なってしまった。

正直、俺なんかがストライカーと呼ばれて良いのか甚だ疑問なのだが、さて。

どうやらなのはは、そこら辺に何か言いたいことがあるようだ。

「ストライカーって呼ばれて、それなのに、現場に出てないなんておかしいよ。
 実力が評価されたんだから、ちゃんとそれに応えなきゃ」

「そのつもりではあるよ。ただ、さっきも言ったように今は療養中。
 病み上がりの中途半端な状態で現場に出ても迷惑なだけだし。調子が絶好調に戻ったら復帰するさ」

「……もう、エスティマくんは戦えるよね?」

「戦うことはできるよ、そりゃあ。けど、簡単に動けるような立場じゃなくなったからなぁ」

そう。

勲章を与え、ストライカーと呼ばせ、二つ名を与えて。

そこまで担ぎ上げて偶像化した魔導師が撃墜されるなんてこと、二度とあってはならないだろう。

だからこそ俺の現場復帰はデリケートな問題扱いされているんだろうが、どうやらなのはの考えは違うらしい。

もしくは、そこまで考えていないのか。

……まぁ、『本来の』なのはのことを考えれば、分からなくても無理はないのかもしれない。

この子もこの子でエースと呼ばれる魔導師なのだから、気付いても良いような気がするが、流石にそこまで求めるのは酷か。

おそらくはクロノがそこまで考えなくても良いようにしているんだろうが――それは良いことなのか悪いことなのか。

四六時中この子の様子を見ている訳じゃないから、ちょっと俺には分からないな。

「期待されているなら、その期待に応えないといけない……そう、思うんだ、私は。
 エスティマくんはどう考えてるの?」

「俺は……まぁ、そういう考えがあっても良いとは思ってる。
 ただ、結局は周りが言っているだけじゃないか。期待を裏切らない範囲でやれば良いだろう。
 押し潰されてまた撃墜――それで前回の二の舞を演じるのは御免かな」

前回どころか、前々回もだが。

それで俺の考えは言ったつもりだったのだが、

「……そうかな」

どうやらなのははまだ言い足りないらしい。

「……どうしたの? 今日はやたらと食らい付くね」

「あ……えと、そう……かな」

「何かあったの? 悩みごとぐらいなら聞くけれど」

「……ないよ。何もない」

「そっか」

それっきり。

俺となのはは、シャマルとシグナムが戻ってくるまで黙り込んでいた。




























『エース・アタッカー』

それが、ツインズムーンの受勲と同時に授けられた俺の二つ名である。

言外に、奴に攻撃以外をさせるな、というのが伝わってくる気がするのは俺の被害妄想だろうか。

……いや。そりゃー平均以上の砲撃が直撃すれば撃墜必至なのだからそう言われても仕方がない。

実際この二つ名は、年配の局員からは苦笑され――しかし、新米の局員は皮肉に気付かず純粋な憧れを向けてくるのだから始末に負えない。

恨みますオーリスさん。妙な二つ名を吹聴したあなたを。

「で、クロノ」

「なんだ」

「嫌みったらしく二つ名で俺のことを呼び出した君は、なんのつもりなのかな?」

「僕としては大した用事はない。母さんが個人的な用事があるとかで、君を呼び出して欲しいと言ってきてね」

「なんだよそりゃあ」

と言いつつ、テーブルに上半身を投げ出す。

本局の大食堂。昼食の時間を過ぎ、夕食までまだ時間があるからか人影はまばらだ。

それでも数少ない視線が俺たちの方へと向いてきて、少し居心地が悪い。

それは俺が陸の制服を着ていることもあるんだろうけど、やっぱり少しだけ名が知られたからなのか。

「……行儀が悪いぞ、エース・アタッカー」

「その笑いを堪えた顔で二つ名を呼ぶのは止めろ」

「くく……悪いな。この二つ名を考えた人のセンスが輝きすぎてて、ここ最近のツボなんだよ」

「はた迷惑な話だなぁ……」

身を起こし、紙コップに注がれたコーヒーを一口。

それで喉を潤すと、頬杖を突いてクロノの視線を向ける。

「で、クロノ。俺、艦長に呼ばれるようなことは何もしてないと思うんだけど、何か心当たりはある?」

「ん……どうだろうな。世間話ていどならば通信でも良いと思うんだが……いや」

と、そこでクロノは首を横に振った。

「思い当たる節はある」

「どんな?」

「君を海に連れ戻そうとしているのかもしれない、母さんは」

「……それまた、なんで」

陸に行けるよう手を回してくれたのはあの人なのに、それはまた。

クロノはどこか躊躇うように口元を手で隠していたが、小さく頷くと口を開いた。

「君を手元に置いておきたくなったのだろう。母さんも、君の撃墜に考えるところがあったのだと思う。
 ……重荷を背負わせたとは、思っているんだ。
 だからこそ、もう二度と同じことを起こすまいと思っているのかもしれない。
 自分の部下として管理して、とな。
 ……まぁ、僕の想像でしかないが」

「ふぅん……」

と、特に意識しなかったせいで興味のなさそうな声が漏れた。

しまった、と思うが、クロノは気にしなかったようなので一安心。

「……流石にリンディさんでも、もう俺を引き抜くのは無理だろう。
 それに、俺も俺で地上でやりたいことができたしね」

「やりたいこと?」

「うん。ちょっと気に入らない犯罪者が一匹いてなー」

「そいつを捕まえる、か。……まぁ、ほどほどにな。
 助力が欲しいならばいつでも言えば良い。誘いを断ったとしても、僕や母さんは力を貸すよ」

「悪いね」

「良いさ」

俺の言う犯罪者が、先の本部襲撃――ロッテに関わりがあるんだと、クロノは薄々気付いているのかもしれない。

それでも踏み込んでこないのは、俺を信頼しているからなのかどうなのか。

……こいつもこいつで、変な因縁ができちゃったな。

などとやっていると、

「あ、クロノくん。……それに、エスティマくん」

声のした方に顔を向ければ、そこには局の制服に身を包んだ、なのはがいた。

髪の毛が若干湿っているのは、シャワーでも浴びてきたからなのか。

制服もボタンが外されているし。飲み物でも取りにきたのだろうか。

いや、別に自販機で良いか。どうしたのだろう。

「クロノくん、訓練の報告を……」

「ああ、お疲れ様」

『おいエスティマ』

『なんだよ』

急にクロノから念話が届いた。

呆れたような声色なのはどういうことだろうか。

『君からもなんとか言ってやってくれ』

『だからなんだってば』

『……これを』

と、目の前に半透明のディスプレイが浮かび上がた。

目を通してそれが訓練メニューなのだとすぐに気付き、げ、と思わず声を上げる。

……いや、まぁ、あんまり人のことは言えないわけだけど。俺もさ。

「……これ、なのはの?」

「うん、そうだよ」

どこか誇らしげ――というか、自慢するように胸を張る彼女。

いや、実際この内容の訓練をこなしているのならば誇っても良いのだろう。

けれど。

……嫌な感じだ、これは。

てっきり回避できると思っていたなのは撃墜が現実味を帯びてきてしまったというか。

主な内容は模擬戦で、あとは彼女の苦手とする戦闘機動などがメイン。

それらを毎日、空いた時間のすべてを注ぎ込んで行っているようだ。

いや、スケジュールを遡ってみれば以前よりは控え目になっている。クロノ辺りが流石に見てられなくなったのかもしれない。

……しかしまた、なんでこんなことになったのかねぇ。

「密度が濃いね。危ないぐらいに。ちゃんと休んでる?」

「休んでるよ」

と、どこか拗ねたような反応が。

きっと俺以外の奴にも言われているんだろうな。

こういうとこに説教しても諭しても無駄な気がするし……どうしたもんか。

「……別にここまで訓練に熱を上げなくても良いんじゃない?」

半ば呆れてそんなことを口にした。

そう、ほんの軽い気持ちで。

きっと受け流されると思ったんだけど――

「……あるよ。訓練する意味は、ある」

じっとした視線を向けられ――そう、初詣の日に感じた、含まれた感情が良く分からない目だ。

……どうしたんだろう、なのはは。

不意に、レイジングハートがチカチカと光を灯した。

同時に、セッターも。

交信してる? 一体何を。

などと考えていると、セッターから念話が届いた。

『旦那様』

『なんだ』

『レイジングハートから模擬戦の申し込みがありました。承諾しますか?』

『急な話だな』

『はい。そして、必要ないことだと思います。如何致しますか?』

……どうするかねぇ。

なのはからじゃなくてレイジングハートから、って辺りがミソなんだろうが。

『模擬戦の申し込み以外、レイジングハートから何か言われたか?』

『いいえ、はい。何も言われていません』

『そうか』

向こうの思惑はさっぱり分からない、ね。

……必要ないな。

何を焦っているのか知らないが――そう、焦りだ。この訓練スケジュールと食ってかかるような態度からは、焦りが感じられる。

しかし、どうしてそうなっているのかが分からないんだから、無闇に刺激することもないだろう。

悪いね、と一言だけレイジングハートに念話を飛ばし、席を立つ。

「……どこに行くの?」

「リンディ艦長のところ。本局にきたのはあの人に呼ばれたからなんだ。
 それじゃあ、またね」

なのはとクロノの視線を振り切って、そのまま脚を進める。

背中に視線がビシビシ当たるが、意図的にそれを無視した。





























「どうしたんだ、なのは」

「……何が?」

その反応に、最近その答え方が多いな、とクロノは胸中で呟く。

自分が平静を装えていないのを助長しているような言動なのだが、おそらく本人は気付いていないのだろう。

本当にどうしたんだか、と溜息を尽きたくなるのを必至に堪え、彼は口を開いた。

「少し喧嘩腰だったじゃないか。らしくもない」

「そんなことないよ。私は、別に……」

「いい加減にしないか」

言い逃れ、というつもりではないのだろう。

ただ、似たようなやりとりを何度も繰り返しているクロノからしてみれば、なのはの言葉の裏に何かがあると思うには充分だった。

まあ座れ、と勧められ、なのはは腰を下ろす。

目を逸らし、肩を落とした様子からは、エスティマがこの場からいなくなったことを残念がっているように見えた。

……何か言いたいことがあったからなんだろう。

知らぬ間に妙な確執でも生まれたのか。

「どうしたんだ、最近。おかしいぞ」

「……いきなり酷いこと言ってない?」

「酷くない。言葉の通りなんだからしょうがないだろう。
 言いたいことがあるなら言えば良い」

と言ってから、言うべき相手であるエスティマが早々に逃げてしまったことに思い至って肩を落とすクロノ。

……アイツ。

テーブルの下で拳を握りながらも顔に出さず、会話を続ける。

「不満でもあるのか? 些細なことでも良いんだ。聞かせて欲しい。
 誰にも言わないと約束するから」

そう言うと、なのはは俯き加減となり口を噤んだ。

そうして数分が経つと、彼女は顔を上げる。

「……あのね」

「ああ」

「エスティマくん、大勢の人に評価されてるよね」

「まぁ、そうだな」

その分やっかみも多いのだが、今は口に出さない方が良いだろう。

そう判断して、クロノは話を聞く側に徹する。

「それなのに、エスティマくんは現場に出ないで……怪我をした、ってのは分かるけど、それでも、もう大丈夫だと思うし。
 やっぱり戦って評価されたのなら、それに報いるべきだって思う。
 それなのに、最近のエスティマくんは……どうかと思う」

要は働け、と。

別にエスティマも遊んでいるわけではないのだが、なのはにはそう見えてしまうのか。

いや、それもしょうがないのかもしれない。

局員になって日が浅く、そして、武装隊として戦場に立つことが多い――否、局員として働いている彼女の職場は戦場か訓練室のどちらかか。

管理外世界出身で、まだ幼い。そんな彼女にとって、管理局の行っていることが多岐に渡っていることを理解するのは難しいのだろう。

局員として最低限の教育を受けていたとしても、やはり自分の周りの環境しか見えてないのは仕方がない。

むしろ、局員となってから一年経たずで海から陸に行き、と、所属する部署を次々に変えるエスティマがおかしいのだから。

彼が今所属しているのは技術開発部門。そこで試作デバイスのテストを行っている。

海と違って陸でも独自の技術を生み出しているのだから、その環境でデバイスのテストを、陸では稀少な高ランク魔導師が行うのは意義のあることだろう。

……ただ、なのはの言っていることも分からないでもない。

戦うことによって評価されたのだから、戦え、というのは間違っていない。

おそらく、陸でも言われていることだろう。

ただ、それは……エスティマのことを知らない局員が言っている内容と同じだということに、彼女は気付いているだろうか。

だからこそ、エスティマの事情を知っている自分たちぐらいは、彼が再び撃墜されないよう気を遣ってやるべき――そんな、暗黙の了解がどこかにある。

なのはもそれを分かっているのだと思っていたのだが、どうやら違うようだ。

いや、エスティマが目を覚ましていた当時は、同じことを考えていたはずだ。

……いつから自分たちとなのはの間にズレが生じ始めたのだろうか。

「……クロノくん?」

「ん……ああ、すまない」

深く考え込んでいたせいで、彼女に言葉を返すのが遅れた。

小さく咳払いをすると、クロノは取り繕うように唇を舌で湿らす。

「ああ……だが、エスティマだっていつまでも今の部署にいるわけでもない。
 現場に戻るつもりだとは聞いているし、目くじらを立てるほどじゃないだろう。
 それでも気になるのか?」

「それは、分かってるけど……」

『悪い、クロノ』

唐突に、なのはとクロノの間に割り込む形で半透明の通信ウィンドウが開いた。

そこにはエスティマが映っており、目には久々に見た真剣な色が浮かんでいた。

「どうした、エスティマ」

『アースラの管轄でなんだけど……ちょっと気になるロストロギアが発見されたみたいでさ。
 現場に飛びたいんだ。許可をくれないか?』

「君は陸の局員だろう」

『分かってるって。そこをなんとかして欲しいから頼んでるんじゃないか』

「威張って言うことか。……すぐそっちに行く。少し待ってるんだ」

やれやれ、と頭を振りながらクロノは席を立つ。

ふと、なのはの方に目をやると、彼女はどこか嬉しそうな顔をウィンドウに視線を向けていた。
































リンディさんからの話というのは、クロノの予想通り海に戻ってこないか、というものだった。

どうやら負い目を感じているらしく、話を切り出される前に行われたのは謝罪。

シグナムの世話などの重荷を背負わせて申し訳なかったと――そんなことを。

……別に俺が選んで行ったことだ。今となっては。

だから責任を感じることもない、と言ったのだが、そうもいかないもんだろう、やっぱり。

その後、本部襲撃の話題となり、適当な世間話となって――それとなく、レリックのことを聞いてみた。

とは言っても、特徴らしい特徴を上げることができなかったため、聖王教会の探している、という枕詞を点けてそれっぽい物を聞いてみただけなのだが。

超高エネルギー結晶体。王の印。原作では深く触れられていなかったので、どういうものなのか説明することができないのが口惜しい。

そしてどうやら、それらしい物がある、という。

調査中の世界で行われている、極めて高度なエネルギー研究施設。現段階ではグレーだが、おそらくは違法。

そこで扱われているのがレリックなのかもしれない、という。

レリック。その先には俺の敵がいて……そして、彼女がいる。

やはりこれに関わるのならば海の方が良いか。しかし、決戦の舞台となるミッドチルダを空けるわけにもいかず。

……道草になるが、少し様子を見させてもらおう。

そう思い、調査に出向きたい、とリンディさんに無茶なお願いをすると、クロノの許可を取ったら、ということに。

そして――

「執務官二人が調査……まったく、規模が大きいのだか小さいのだか」

「無理言って悪かったよ。
 で、査察じゃなくて潜入なのはなんでだ?」

「査察は既に入れてある。結果は白だが――どうにもな」

そうか、とクロノの肩にしがみつきながら頷く。

クロノの出した条件は、フェレットの姿ならば調査に同行しても良い、ということ。

問題がないのならばこのまま。戦闘になるようならば人間に戻っても良い、と。

まぁ、この姿なら映像が残っても誤魔化しようはあるか。

「姿を消す。以降は、念話で」

「了解」

『Optic Hide』

デュランダルのデバイスコアに光が灯り、俺たちの姿が消える。

そして魔力消費を抑えながら、ゆっくりと研究施設へ。

山間に位置する場所に建てられた研究施設。

監視らしい監視は――いや。

門番の犬よろしく、研究施設の周囲には見たことのある外見の機械兵器が散見される。

Ⅰ型じゃない。けど、細部は違うが、あれはガジェットか。AMFは……どうだろう。この距離からだと分からないな。

『クロノ』

『なんだ』

『警備用の機械兵器。あれ、地上本部を襲撃した飛行型と似ている。
 同系列の機体かもしれない』

『……なんだと?』

思うところがあるのだろう。クロノの念話に、力がこもった。

『グレーじゃなくて黒だろう、これは。
 どうする?』

『……駄目だ。憶測の域を出ない。幻影魔法のリミットも迫ってる。
 一旦引こう』

『了解』

舌打ちしたい心地となりながらも、機械兵器を一瞥して研究施設に背を向けた。

その時だ。

「しま……!」

何かが焦げる音に似た音を立てて、クロノの幻影魔法が解除される。

……いや、された、か。

俺とクロノ、二人で同時に息を呑むが、クロノはすぐにAMFに対応したオプティクハインドを発動させて再び姿を消す。

だがどうやら、発見はされてしまったようだ。

置物のようになっていたガジェットはライトに光を灯すと、軽い駆動音を立てながら周囲を徘徊し始める。

さて……。

『どうする? まぁ、引くのが無難だけど』

『僕もそうするつもりだ。……だが、君はそれで良いのか?』

『いや、俺は一人でも大丈夫だから。通気ダクトから中に潜入して様子を見てくるよ。
 補足されるだろうけど、この姿でソニックムーヴを使えばまず捕まらない』

『駄目だ。引くぞ。お前を一人で行かせたら、ロクなことにならない』

『……了解』

信頼されてないなぁ。

……くそ。

心底惜しいが、仕方がないか。そもそも管轄が違うのだから、ここに来られただけでも運が良いんだ。

この研究施設は、クロノ……否、海任せ、だな。

機械兵器繋がりでクロノにこの施設を疑わせることはできただろう。

クロノがどれだけ優秀かは良く知っている。そして、些細な悪事でも見逃すはずがない。もしレリックがここにないのだとしても、機械兵器云々を気付かせたのは意味があるはずだ。

……それに顔には出さないが、コイツはロッテのことでスカリエッティに執着している。

黒幕にスカリエッティがいること自体には気付いていないが、真相を暴こうとは思っているのだ。

俺にも何度か知っていることはないかと聞いてきたし。悪いとは思いつつも、その度にはぐらかせてもらったが。

研究施設を一瞥すると、俺たちは背中を向ける。

そして低速で離脱すると、アースラへと帰還した。

帰還した、わけだが……。

出迎えてくれたのは労いの言葉でもなんでもなく。

――セットアップを完了したレイジングハートを両手で握る、なのはの姿だった。

転送ポートから出てきたばかりの俺とクロノは完全に固まってしまう。

視線は鋭く、クロノの肩に乗った俺を射抜くように向けられている。

彼女の背後にいるリンディ艦長は困り顔。

……一体何があったんだ。

『ええっと、クロノ?』

『聞くな。僕にもさっぱりだ。……ん、いや、そうか――』

「……エスティマくん」

クロノが念話で何かを言おうとするのを遮るように、なのはは口を開く。

それでクロノも念話を止めてしまい、続きを聞くことができなかった。

俺はクロノの肩から降りると、その場で人間形態へ。

顔を逸らしたい気分になりながらも、俺はなのはの視線を真っ向から受けた。

「なんだよ。ブリッジでデバイスを起動させるなんて、穏やかじゃないけど」

「……大事な、そう、大事なお話があるの。ちょっと来てくれないかな」

何をいきなり。

何もしていないとはいえ、一応これから報告なりなんなりをしなきゃいけないわけなんだが。

『僕に任せておけ。君はなのはを頼む』

『あ、クロノお前、逃げるつもりか!?』

『これは君の問題なんだ。……身に覚えはないだろうがな』

何それ。

理不尽だ、と叫びだしたい気分になりながら肩を落とすと、なのはがつかつかと歩み寄ってきて俺の手を取った。

そして意思の確認なんかせずに、そのまま歩き出す。

「ちょ、なのは。どこへ――」

「訓練室」

「……話をするならそんな場所に行かなくても良いと思うけど」

「話をするだけだったらね。……確かめたいことがあるの。付き合って」

問答無用、とばかりに、なのははそれっきり黙り込んでしまう。

俺は俺で諦めムード。

……様子がおかしいとは思っていたけど、一体何がどうなってこんなことになってるんだよ。

そうして手を引かれて辿り着いたのは、彼女の言うように訓練室だった。

訓練室の中央まで俺を引いて進み、ようやく彼女は手を離してくれた。

そして、顔を合わせる。

……彼女の瞳に浮かんでいるのは怒り。らしくない、と言って良いほどに目つきは鋭く、唇は引き結ばれている。

なのはは、ガシャ、と音を立ててレイジングハートを俺に向けた。

「セットアップして、エスティマくん」

「だから、なんなんだってば。何がなんだか……」

「……嘘、吐いたから」

「え?」

「エスティマくんは、私に嘘を吐いた。頑張るって約束したのに、全然、頑張ってないよ。
 ストライカーって呼ばれて、たくさんの人から信頼されているのに、それを裏切ってる。
 みんなの気持ちに応えてない」

「……それは違う。俺は別に――」

「だったらさっきのはなんなの!? エスティマくんとクロノくんなら、あんな機械兵器ぐらいどうにも出来たはずだよ!
 頑張っているんだって……ずっと信じてたのに!」

「……ずっと、そんなことを考えていたのか? 俺が約束を破ったって。
 だからここ最近、様子がおかしかったのか?」

それの返答は、レイジングハートのグリップをきつく握り締める音。

……そう。そうか。俺は努力も何もしていない風に見えていたのか。

首元に下がったSeven Starsを握り締める。

そして、

「Seven Stars、セットアップ」

『スタンバイ・レディ』

Seven Starsの起動を経て、バリアジャケットが、白金のハルバードが顕現する。

「訓練室に誘ったのは、あれか。訓練をサボっている俺を倒して、力の差を見せ付けようと思ったりしたからなのか?」

「……そう、だよ。私との約束を破ったエスティマくんなんて、私より弱い。
 ストライカーなんて呼ばれる資格、ないよ」

「そうか」

そう応えて、俺はSeven Starsを構えた。

両膝を曲げ、半身で、切っ先をなのはへと向ける。

……頑張ってない、ね。

模擬戦をするとして、もしなのはが勝ってそれを証明したところで、なんの意味があるのだろうか。

……いや、別にそこまで深く考えているわけじゃないんだろうな。

ただ我慢が限界に達しただけなのだろう。

闇の書事件のときに彼女と交わした約束。

諦めず、頑張ることを止めず。

現場を離れた俺は、なのはから見たら頑張ることを止めたように映ったのだろう。だからこそ、こんな状況になっているんだし。

……それだけの理由で激怒するのもおかしな話だが、まぁ、それは後で聞くとしようか。

『avalanche mode.set up.
Full drive.Ignition』

「私は全力全開で戦う。だからエスティマくんも……」

「……なのはの全力全開は、随分と安いんだな」

そう言い放つと、なのはは目を見開いた。

挑発を兼ねた憂さ晴らしだったのだが、存外、彼女には利いたようだ。

なのはは顔を真っ赤にして歯を食いしばると、足元にミッド式の魔法陣を展開。

三叉矛の形状となったレイジングハートの矛先をこちらへと向け、集束を始める。

バチバチと爆ぜる音を上げて集う桜色の魔力光。あんなものの直撃を受けたら、一撃で意識を刈り取られる自信がある。

……本気だな。

「……戦技披露会じゃ互角だったな。俺が頑張っていないって言うのなら、勝ちをもぎ取ってみろよ、なのは」

「……言われなくても、そうするよ。エスティマくんがそんなんじゃ、はやてちゃんが可哀想だもん。
 性根を叩き直してあげる」

なんで、はやての名前が出てくるんだ。

……まあ良いさ。

なのはの言葉を聞きながら、俺も足元にミッド式の魔法陣を展開。

そして、桜色の魔力光が爆ぜると同時に、稀少技能を発動させた。





























模擬戦を始めてから何分経っただろうか。

二十分、三十分。もっと経ったかもしれない。

『いいえ、はい。たった今、十分になりました』

そんなもんか。存外短いな。

稀少技能で体感時間が延びているから、そのせいかもしれないが。

誘導弾を数発受け止めた左腕が微かに痺れている。バリアジャケットの上着は吹き飛び、アンダーウェアもボロボロ。

息を上げながら、下方にいるなのはを睨む。

俺も俺で悲惨な状態だが、彼女も彼女で悲惨だ。

バリアジャケットの上着を失い、右手でレイジングハートを握った左腕を押さえている。

色鮮やかな魔杖は、Seven Starsの斬撃を受け止めたせいで罅が走っている。小破、といったところだろう。

息は荒い。それでも瞳に宿った闘志が微塵も薄れていないのは流石か。いや、より燃え上がっているかもしれない。

ダメージで言えば俺の方がかなり少ないだろうが、それでも一発もらえば落ちる。

もっとも、それはなのはもだろうが。

「……まだ、本気は出さないんだね」

「充分に本気だよ、俺は。フルドライブは身体に堪えるんだ。……それは、使ってるなのはが良く分かってるだろ」

「使うだけの意味があるもん。……全力を出してくれないのなら、それでも良い。
 決着をつけるよ」

そう言い、なのはは再びレイジングハートを両手で握り締める。

そして、彼女の周囲に無数の誘導弾が現れた。数は……二十、三十。四十近くか。

「……アヴァランチ、ドライブ」

『Divine Buster Extension』

撒き散らされた魔力を掻き集め、冗談みたいに巨大な砲撃魔法が形成される。

牽制の誘導弾。おそらくはあれで動きを止めるつもりなのだろう。

単純だが悪くない。ならばこちらも――

「デュアル――」

眼前にサンライトイエローの魔法陣を展開し、左腕を掲げる。

そして、深呼吸を一度して、

「――バスター!」

サンダースマッシャーを。続いて、ディバインバスターを放った。

俺の放った砲撃魔法に飲み込まれ、なのはの誘導弾は数を減らす。

だが、それでも全てを消せたわけじゃない。

残った二十近くの誘導弾は二つで一組となり集束。簡易の砲撃魔法となり、俺を撃墜すべく次々と放たれる。

光の網が張られた空間を踊り、紙一重でそれらを回避し、Seven Starsを引き摺るようにしてなのはへと肉薄する。

弧を描くように。

だが、そのうち一発が顔面へと殺到し、反射的に左腕を持ち上げて防御。

紫電と桜色の魔力光がぶつかり合い、視界が瞬く。

そうして動きを止めた俺に向け、集束されたクロスファイアが――

「……いっつもそうやって――」

そして、

「やれると、思うな――!」

『――Phase Shift』

稀少技能を、発動させる。

世界が静止し、俺の意識と身体が加速する。

俺を撃墜せんと張り巡らされる光の網も、不意打ち狙いで背後から迫る誘導弾も、すべてが遅い。

その中を、左腕を掲げて、一気に高度を下げ、疾駆する。

彼女に俺の姿は見えているのだろうか。否、きっと見えてはいないのだろう。

それでもディバインバスターは発射され、先程まで飛んでいた空間をゆっくりと砲撃魔法が蹂躙する。

それをかいくぐって、地面を這うようにただ左腕を伸ばす。

そして稀少技能が切れると同時、

「――っ!?」

なのはは俺の姿に気付いて、バスターを放ったままのレイジングハートを振り下ろした。

このままでは砲撃によって地面に押し潰されるだろう。

だが、それよりも早く、否、それと同時に、俺はなのはへと到達した。

トリガーワードを叫び、咆吼を上げながら、紫電を散らす左腕で振り下ろされるレイジングハートを押し上げる。

桜色の魔力光とサンライトイエローの雷がぶつかり合い、目に優しくないマーブル模様が描かれた。

バスターの余波でバリアジャケットが弾け飛び、左手の感覚がなくなるが、それにかまわずに右手の確かな手応え――振りかぶったSeven Starsを、袈裟に振り抜く。

鎌の魔力刃がなのはの体を切断し、その勢いで彼女は吹き飛ぶ。

間髪入れずにアクセルフィンに魔力を送り込み、吹き飛んだ先へと先回り。

そして再びSeven Starsを振って吹き飛ばし、再び先回りを行う。

まるでワルツでも踊るように、振り抜き、吹き飛ばし、先回りを繰り返す。

なのはの悲鳴と、俺の咆吼が訓練室に木霊する。

これでトドメ。

そんな言葉を脳裏に浮かべながら、Seven Starsの矛先に長剣型の魔力刃を形成して突撃し――

「何!?」

なのはの意識が半分飛んでいると踏んでの突撃だったのだが、悪手だった。

半壊したレイジングハートのデバイスコアに光が灯り、それと同時にフィールドバリアが展開される。

まずい、と思ったときにはもう遅い。

切っ先がバリアに触れた瞬間、発動するバリアバースト。

それに呼応し、一拍遅れてSeven Starsもブレードバーストを敢行する。

至近距離で起こった爆発を防ぐ手立てがあるはずもない。

爆煙に飲み込まれると同時に舌打ちをして、それを最後に意識を吹き飛ばされた。































「穏便に話し合いをしていると思えば、既にやり始めているんだから始末に負えない。
 あのな、エスティマ。君は良いかもしれないが、アースラの艦内で身動きが取れなくなるほどの模擬戦なんかやられたら、母さんの管理責任になるんだぞ?
 良いか? 君は陸の魔導師なんだからな? そこら辺を分かっているのか?」

「すみませんすみません」

「いいや、許さないぞ。なのはもそうだが、君たちは少しぐらい自分の立場というものを考えたらどうなんだ。
 なのはだって出撃の予定がないから良かったものの、そうじゃなかったら本来ならば必要のない労働をクルーに強いることになっていたんだからな?
 レイジングハートも中破させて……その修理費がどこから出ると思っているんだ君は!」

「ごめんなさいごめんなさい」

フラットな声色で延々と文句を垂れるクロノに投げやりに応え、思わず溜息を吐く。

いや、うん。言われていることは間違ってないよ。

ただ、俺ばかり言われるのは理不尽を感じる。

「なのはには母さんが直々に説教だ。そっちの方が良かったか?」

「……いや、お前で良かったよ」

……怒り心頭なリンディさんは見たくないからなぁ。

まったく、と腕を組みながらクロノは溜息を吐く。

余計な気苦労をかけてしまった。

「……それで。なのはが苛立っている理由は分かったのか?」

「ん? なんだ、気付いていたのか」

「一応、彼女の上司だぞ僕は」

「知っているなら知っているで、それとなく教えてくれても良かっただろうに。
 じゃなかったら今やってる説教だって必要なかったかもしれないだろー」

「そう言うな。溜まった鬱憤をなのはが吐き出すことなんて滅多にないんだ。……慎重にガス抜きをするつもりだったんだ、僕も」

「……ガス爆発で吹っ飛ばされた俺の立場は?」

「苛立ちの原因ではあるんだ。諦めろ」

「理不尽だー!」

ファック、と舌打ち混じりに言ってベッドから降りる。

怪我らしい怪我はない。最後の一撃を失敗して吹き飛ばされしたが、Seven Starsが飛行魔法を操作してくれたおかげで、体を打ち付けることもなかった。

それでも魔力ダメージを何発かもらっているので、リンカーコア――胸に僅かな痛みは感じるけれど。

……聖王の鎧とかないし、もしディバインバスターの直撃を受けたらレリックが砕けていたんじゃないだろうか。

そしたらアースラが轟沈していたかもしれない。今後はもうちょっと考えて模擬戦に挑もう。

シスターと模擬戦やるときは生傷が絶えないけど、なのはとやる場合は大爆発の危機か。どっちにしろ酷い話だ。

「じゃあクロノ。用事らしい用事も済んだし、俺は帰るよ」

「ん……なのはと話をしていかないのか?」

「別に話すこともない。模擬戦は引き分けだったんだし、それが答えになっているだろうよ」

呆れたようなクロノの溜息が聞こえたが、それを無視して医務室を後にする。

そうして、転送ポートに向かおうとしたのだが――

「あ……」

「よう」

医務室を出て直ぐそばの壁に背を預け、なのはが立っていた。

彼女に片手を上げると、そのまま俺は横を通り過ぎようとする。

しかし、なのはは駆け足で俺に追い付くと、おずおずと口を開いた。

「あの……ミッドチルダまで送るよ」

「ん……ありがとう」

……まぁ、断ることもないだろうし。

無言のまま俺となのはは脚を進め、ブリッジから本局へと飛ぶ。

そして本局からミッドへ――と思ったが、どうやら帰宅時間とかち合ってしまったらしい。

列を成す転送ポートを目にして、あー、と声を上げる。

「……すごい人だね」

「まぁ、ミッドチルダじゃ今は夕方だから」

「そうだったね」

再び沈黙。

……本当、別に話すことがあるわけじゃない。

さっきの模擬戦。なのはの言っていた、俺の努力が見えないという部分。

それは引き分けという形でだが証明されただろう。もしされていないのだというのなら、それは、彼女が戦技披露会が終わってから積み上げてきた努力に意味がないことになる。

それはきっと、彼女自身が認めたくないのではないか。ならば、俺が訓練を積んでいたことを認めるしかない。

……んだけど、どうかな。

理屈じゃ説明できないこともあるし、なんとも難しい。

……どうなんだろうな。余計なお節介を焼くべきなのか、否か。

重荷を背負いたくないことに変わりはないのだが、それでも……問題を見て見ぬふりして、この娘が怪我を負うのを無視するつもりもない。

単純な話、方向性はどうあれ、ひたむきな姿勢を崩さない彼女を俺は気に入っているのだ。

……しょうがないなぁ。

自分自身に対して苦笑する。なのはにバレないよう、口の端を僅かに吊り上げるだけに留めて。

「なのは」

「何?」

「もう一度聞くけど、なんであんな無理矢理な形で模擬戦なんてやったんだよ。
 約束のことは別にしてさ。
 らしくなかったじゃないか」

「それは……」

彼女は言葉を句切ると下唇を噛み、視線を逸らす。

しかし、すぐに俺に目を向ける。それでも、真正面から視線を合わせているわけではないが。

「その前に一つだけ。ねぇ、エスティマくん」

「なんだ」

「私、間違ってないよね? 私も頑張ってる。
 時間の許す限り訓練してるし、任務だってこなしてる。
 ストライカーって呼ばれているエスティマくんと引き分けだから……」

……そうきたか。

成る程、と思うと同時に、彼女の態度に少しだけ苛立ちを感じた。

管理局での立場は別にして、俺と彼女は対等だと思っていたけれど、今の言い方はどうだ。

「あのさ」

「う、うん」

「別に背伸びをするのは悪いことじゃないと思う。
 けど、背伸びを続けてたらその内転ぶよ。俺はそれを、良く分かっているつもり。身に染みてね。
 手を抜けって言ってるわけじゃない。加減を知れって言ってるんだ。
 ……俺となのはが目指しているものは違うんだ。歩いて行く道が違うのだって当たり前だろ?
 俺だけじゃない。ユーノも、クロノだって。フェイトやはやても。
 それなのに、何を焦ってるんだ」

「……エスティマくんが言ってること、良く分からないよ。
 それに私は、焦ってなんかいない」

「嘘だな」

「嘘じゃない」

「だったらなんで、連れ去るような形で模擬戦なんてやったんだ。
 さっきも言ったように、執務官の俺と武装隊のなのはじゃ、目指すものが違うはずだ。
 それなのに、その違いを考えようともしないで」

「……私とエスティマくんに、違いなんてなかったじゃない」

ぽつり、と呟かれた言葉。

それがどうにも引っ掛かり、続きを待った。

「PT事件も、闇の書事件も一緒に解決した。はやてちゃんからシャマルたちを預かった。
 ……それなのに、なんで。
 皆離れて行っちゃう。別々の道に進んで。
 それなのに、私だけは何も変わっていない」

……そうか。

一人取り残されたことに、なのはは考えるところがあったのか。

永遠なんてない。ずっと一緒にいれるわけじゃないとは、分かっているのだろう。

けれど、別々の道にそれぞれ進んでいる中、自分だけが進歩らしい進歩をしていないと思ったのだろうか、この娘は。

……どうなのだろう。分からないな。

今の言葉だけならそう思えるけれど、そう思うに至った他の要素だってあるのかもしれない。

なんとも難しいね、本当。

疑問が僅かにだが氷解し、胸のつかえが少しだけ取れた。

それだけで良しとするべきか。いや、どうなんだろうな。

「……そうは言うけど、なのはだって変わってるじゃないか。
 魔法の技術だけじゃない。そんな風に考えるようになったってのも、ある意味成長だろうよ」

「……馬鹿にしてるの?」

本気で言っているわけではないのだろう。少しだけ拗ねた様子の彼女に苦笑して、先を続ける。

「いいや、そんなつもりはないよ。
 ……うん。そんな風に考えることができるのなら、あとは難しくもないだろう。
 なのは。お前は、こうなりたい、って思うものはある?
 そこに辿り着くためには何をすれば良いのか。自分は今、どこまで近付いているのか。
 ……それを考えれば、少しは焦ることもなくなるんじゃないかな」

「だから、焦ってないんだってば!」

「はいはい、そうですね」

そんな風に言葉を重ねている内に、転送ポートが空いた。

装置の中に進むと、行き先を指定して片手を上げる。

流石にすっきりとした顔をしていないが、なのははそれに手を振りながら応えてくれた。

「それじゃあ、また」

「うん。またね」

転送魔法が発動し、視界が光で満ちる。

そうして刹那のフラッシュバックを経て、次に現れたのは地上本部の転送ルームだった。

転送ポートから出ると、そのまま出口へと向かう。

外に出て、茜色の染まり始めた空を一瞥してから雑踏に目を向けると、帰路へ着く。

……しっかし、日々成長するものだね、子供ってのは。

目に見えたものだけじゃない。内面も、だ。

彼女があんなことを考えるのも、当たり前っちゃあ当たり前なのかな。

どうなのだろう。

「みんな変わっていく。……ま、当然のことなんだけどさ」

『旦那様』

「なんだ、セッター」

『レイジングハートからメッセージが届いております』

「今頃メンテ中だろうに……いや、メンテ中だから退屈なのか」

なんだろうな、と思いながら、歩きつつメッセージを開く。

書いてあった内容は、今日の謝罪と、なのはをこれからもよろしく、といったもの。

……わざわざ気を回しちゃって。デバイス稼業も楽じゃないってか。

「セッター、メッセージに返信をしておいて。
 こちらも、挑まれたとはいえお前を壊してしまった悪かった、って。
 文面はお前に任せ……」

『はい』

「任せない。あとで俺が書こう」

『何故ですか』

不満げにデバイスコアがチカチカと光る。ゆったりとした点滅から、どこか頬を膨らませているような印象を受けた。

「無機質な挑発をしそうだからだよ。……ちなみになんて書くつもりだった」

『お気になさらず。返り討ちにできず申し訳なかった、と』

「……敵意が見え隠れする」

やっぱり駄目だ、とデバイスコアを指で弾くと、そのままリニアに乗ってベルカ自治領へ。

……なんだか疲れたな、今日は。

今日の晩飯はなんだろうか。何を作ったってはやての料理は美味しいわけだけど。

そんなことを考えながら、窓から見えるクラナガンの街並みを眺めた。

正月から続いた妙な確執は終わった。のか、終わってないのか。

……というか、なんだったんだろうな本当。

分からん。































空気の抜けるような音と共にドアが開く。

照明の付いていない自室に入ると、なのははそのままベッドに倒れ込んだ。

くつろぐのならば部屋着への着替えを勧めてくれるレイジングハートは修理中だ。

エスティマと模擬戦をやっている最中は気付かなかったが、こうやって冷静になると本当に悪いことをしてしまった、と自己嫌悪に苛まれる。

自分でも良く分からない理由で、中破させるまで酷使させて。

……私、何をやってるんだろう。

模擬戦が終わり、幾分かはすっきりした。

けれど、それでも胸の奥にいつしか芽生えていたしこりは消え去っていない。

別れ際に言われた、背伸びを続けるのは良くない、という言葉を思い出す。

別に無理はしていないと思うも、クロノやリンディといった周りの人たちが気に掛けてくれることことから、自分は背伸びをしているのだろうか、と自問自答する。

自分なりに一生懸命走り続けていた。そのつもりだったのに……。

「……引き分け。私、何も変わってない」

けれど、エスティマは自分が変わったと言う。それも良い方に。

それがどうしても分からない。彼の言うことは、稀に兄や父が口にする経験則に似た口ぶりだった。そのせいで、より距離感を感じてしまうのだ。

……大人っぽい。はやてちゃんが言ってたことだけど。

どうだろう。それはそれで、何を考えているのか分からない、とは違う気がする。

枕に顔を埋めて、ぐりぐりと顔を擦り付ける。深く溜息を吐くと、寝返りを打って真っ暗な天井を見上げた。

「……寂しい」

レイジングハートがいないせいだろう。普段よりも強く、それを感じる。

耐えきれなくなり、なのはは枕元にある携帯電話を手に取った。端末を操作して、アースラ経由でフェイトへと電話をかける。

が、スピーカーからはコール音が鳴るばかりで電話には出てくれない。

忙しいのかな、と肩を落とすと、眉尻を下げながら今度ははやてへと。

アリサやすずかといった親友の顔も浮かんできたが、魔法の関係する話になるとどうしても会話が説明的になってしまうだろう。

だったら、と思いながら、なのはは再びコール音に聞き入る。

そうして十回ほど電子音が聞こえたときだろうか。

『はーい。どうしたの、なのはちゃん』

ようやく聞こえたはやての声には、どこか疲れが滲んでいた。それでも明るさを失わないのは、性格故なのか。

クリスマスやその後に交わしたメールから、なのはは彼女がリインフォースⅡの開発に追われていることを知っていた。おそらく、未だに修羅場が続いているのだろう。

〆切りを自分で設定しないといつまでも作り続けそうで、と照れ笑いしていた彼女の顔を思い出しながら、なのはは苦笑する。

『む。なんやのー?』

「なんでもないよ。ごめんね、忙しいところに電話しちゃって。今大丈夫?」

『ん?……あー、大丈夫や。今休憩してたところなんよ』

「そっか。リインフォースⅡの製作はどう? 進んでる?」

『んー、ぼちぼちってところかなぁ。やっぱりロストロギア級の魔導書を完全再現するのは不可能で、かなりのアレンジが入ってしもうたけど。
 ……私、学校行ってなかったから図工にブランクあるしなぁ。時間掛かるのはしゃあないかも』

「図工は関係ないんじゃ……」

『あかんよなのはちゃん。そこはもっと、ガーッって突っ込まな』

「あはは……」

はやての言葉に苦笑するなのは。

なのはと会話するとき、はやての調子はエスティマに対するものと少し違う。遊び心があるというか。彼の姿がないと胸を揉んでくるし。

それを指摘する人は、誰もいないが。

「あのね、はやてちゃん。少し良いかな」

『どうしたの?』

「うん。ちょっと、ね。……エスティマくん、最近どうしてるの?」

『あれ? 今日、エスティマくん、アースラに行ったはずやけど。会わんかった?』

「ううん、会ったよ。けど、なんだか前と少し変わってて……」

『変わってた?』

「うん。なんていうか……余裕があるって言うか」

『あー、せやね。最近のエスティマくん、顔色も良くなったし。前よりものびのびとしとる。
 家に帰ってきても疲れた様子があまりないし、ご飯もちゃんと食べるようになったしなぁ。
 美味しい美味しいっておかわりもしてくれるし、うん。
 前は表情が暗くなることやぼーっと考えごとするのが良くあったけど、最近は元気やね。
 ……けど、最近シスター・シャッハと仲良くしてるのはいただけんなぁ。
 ひーひー言うとるけど、それでも前より模擬戦やってるし。この前なんか双剣の使い方とか教えてもらってたし。
 ……うー』

「あ、あはは……」

流石に良く見てる。そんなことを胸中で呟きながら苦笑するなのは。

『けど、それがどうしたの?』

「えっと……」

どう切り出そうか。そう考え、

「……ううん、特には。気になっただけだから」

そう、誤魔化した。

……そっか。前よりもシスターと訓練したりしてたのか。

自分には見えていなかっただけで、やっぱり彼も頑張っていたのか。はやてが少し拗ねるぐらいに。

確かに、今日行った模擬戦でエスティマも強くなっていたことは、なのはも分かっていた。それが分からないほど未熟というわけでもない。

接近戦を挑んでくるタイミングが絶妙だったし、紙一重で直撃を避けて突撃してくる最後の追い込みには気圧されすらした。

……それでもやっぱり。

『……あんな』

「え?」

マルチタスクも使わずに考え事をしていたら、不意にはやてがついさっきまでと違う質の声を出した。

どうしたのだろう、と思いながらも、なのはは聞き返す。

『シスター・シャッハから聞いたけど、エスティマくん、結構大変なんよ。
 管理局でも浮いてるー、って。ほら、歳が私たちと変わらんのに、勲章もらったりして。
 ……私も夜天の主として聖王教会で過ごしていたら似たようなことはあるんやけど、それでも、近くに皆がいてくれるから平気。
 けど、エスティマくんは陸で独りぼっち。早くなんとかせな、って思っても、まだしばらくは無理そうやし。
 だから、なのはちゃん。もしエスティマくんが困るようなことがあったら教えて。小さなことでもええから』

「……うん」

今日の模擬戦で随分と派手に戦った、とは言えず、おずおずと返答をする。

それに気付かず、ありがとな、と言われて、ごめんね、となのはは口に出さず謝った。

――誰かが助けてあげなあかん。私は、その誰かになる。

そんな言葉を、なのはは思い出す。

それは、クリスマスのときに念話ではやてが言っていたことだ。

念話で言った直後にはやては真っ赤になって、なんでそう思ったのかを聞き、思わずなのはは素っ頓狂な声を上げてしまったが。

……あのときは素直に応援できたが、今はそれが少しだけ羨ましい。はやてではなく、エスティマが。

『そうそう、聞いてーな、なのはちゃん』

「うん」

『酷いんよ。クリスマスになのはちゃんに言ったことをカリムにも話したら、それは駄目男好きってヤツね、とか言うてなー。
 エスティマくんはちょっと世話の焼き甲斐があるだけで、駄目男ってわけじゃないと思うのにー』

「そ、そうだよね。……それより!」

……惚気が始まった。

今までのも充分にそうだったのだが、度を過ぎた話が始まりそうだったので、なのはは無理矢理に話の方向を変える。

そうして始まったのは他愛もない世間話とクリスマスの後の近況報告。

話を終え、お互い頑張ろう、と通話を切ると、なのはは再びベッドに寝転んだ。

はやてから聞いたエスティマの話。

それを思い出しながら、深く息を吐く。

……エスティマくんだって頑張っている。自分が思っているほど、楽な状態じゃない。頑張っていないわけではない。

分かってはいても、やはり羨ましいという気持ちが消えることはない。

しかし、そのに至るだけの努力を彼がしていたことはなのはも知っている。

高ランク魔導師と言ってもただの武装隊として戦い続けている自分。同時期に管理局に入ったと言っても、クロノの隣で勉強を続け、執務官となって前に進んだエスティマ。

土台となっている部分が違うことは分かっている。あまり考えたくはないが。

精一杯と言えば聞こえは良いかもしれないが、自分がやってきたことを思い出して、方向性が分からないな、となのはは考える。

教導隊に入って、たくさんの人に魔法を教えたい。それに変わりはない。

しかし、

――こうなりたい、と思うものはある?

教導隊に入りたい。魔法を教えたい。しかしそれは、エスティマの言ったこととズレがある気がする。

こうなりたい――とは一体なんなのか。

……やっぱり難しいよ。

漠然としたイメージを掴み取ろうとしても、すぐに解けてしまう。

……私にそんなことを言うぐらいなんだから、きっとエスティマくんは分かっているはず。

それがなんなのか、聞いてみよう。少し、悔しいけれど。

「……頼りになる、のかな?」

口に出して、それはない、と頭を振る。

信用はできるけれど、信頼したらへし折れてしまいそうだ。誰かが支えてあげないと、というのは間違ってないのかもしれない。

だからきっと、自分と彼のの距離感は、違う道を歩くライバルのようなものなのだ。

「……そっか」

そう考え、ようやく思い至る。

自分は、エスティマに先に行かれたことに焦りを覚えていたのか。

都合の悪いことを見ようとせずに、理由を付けて足止めしようとして。

たくさんの人に気を回してもらっている。しかし、それは自分も一緒だ。体調を心配してくれるクロノやリンディ。仕事で出れない授業のノートを取ってくれる親友たちや、帰ったら必ず声をかけてくれる家族。

エスティマと同じぐらいの人に、自分だって囲まれている。それに気付きもせずに、一人で進んでいる気になって、先に行かれたことに焦って。

「……謝らなきゃ」

小さく呟き、なのはは再び携帯電話を手に取る。

そして僅かに躊躇いながらも、思い切ってエスティマの番号を押すと、彼の声が聞こえてくるのを待った。










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