もしエスティマが最大の分岐点で空気を読まなかったら。
そんなIF。
stsまで続けなかったら、多分こっちになってました。
※バレンタイン過ぎたけれど時間が取れずにバレンタインSSが難航してて今回はこれだけに。
申し訳ありません。
『だが、それでも――』
届く念話の返答は、いつまで経っても煮え切らないものだ。
こっちとしては苛立ちが増すことこの上ないが、それも仕方がないだろう。
今回の生は騎士としてではなく、一人の人間として、八神はやての家族として過ごせるかもしれないと思っていたところへ俺が来訪したのだ。
寝耳に水どころの話じゃない。今すぐ答えをもらえるはずもないだろう。
……しかし、今じゃないと駄目なんだ。
八神家への監視が解けたのはクライドさんの命日という、一年に一度っきりのチャンスがあったから。
この機会を逃せば、きっと原作と同じような展開が待っている。
……それが悪いってわけじゃない。あれはあれでハッピーエンドと言って良い代物だ。
けれど、それじゃあリインフォースが救われない。ようやく手に入れた家族との別離を、味わうことになってしまう。
だったら――
「ところでさ、はやて」
「ん、なぁに?」
「魔法って、知ってる?」
「……え?」
生憎、シグナムは外に出ている。念話でコンタクトを取っていたのだから、今の発言は聞かれていないだろう。
……まぁ、残っている三人のヴォルケンズからは鋭い視線が送られてくるが。
それを無視して頭を下げると、再び俺は口を開いた。
「ごめん。ちょっと事情があって騙してたんだ」
そして足元にミッド式の魔法陣を展開すると、変身魔法を発動する。
一瞬のうちにフェレットへと姿を変えた俺に、はやては目を白黒させる。
「……え、エスティマくん?」
「イエス」
「……え、エスティマくんはエスティマくんやったんか」
まったくその通りなのだが、おかしな日本語を口にして、ほえー、と驚いたような声を上げるはやて。
その一方で、
『おいテメー、なんのつもりだ?』
ぶち抜くぞ、と今にも言いそうな気配の念話が届いた。
しかし無視。今の俺ははやてと会話しているんだ。
「俺がフェレットとしてはやてに拾われたとき……仕事でちょっとしたトラブルがあって仲間とはぐれちゃってさ。
君が治療してくれなかったらどうなっていたか分からない。もう一度お礼を言わせてよ、はやて」
「あ、うん。どういたしまして。
……それはええけど、なんで今そんなことを?」
「いや、隠しているのも悪いからさ。
基本的に管理外世界に魔法の存在を明かしちゃ駄目なんだけど、はやては知っているみたいだったから。
ほら、ヴォルケンリッターの皆がいるしね」
「なるほどなー。そか、そういうことなら話は早いわ。
……うん、私も隠していてごめんな、エスティマくん。ヴィータたちは親戚じゃなくて――」
「待てよ!」
ほのぼのとした空気を引き裂いて、ヴィータの怒号が響き渡る。
彼女は立ち上がると、真っ直ぐに俺を睨みつけてきた。
手はポケットに突っ込まれている。おそらくはグラーフアイゼンを握っているのだろう。
「オメー、なんでアタシたちがヴォルケンリッターだって知ってる?
いや……ってことは、闇の書のことも知ってやがんな。
帰れると思うなよ。ウチで一生フェレットとして飼ってやる!」
叩きつけられた怒りは純粋であり、身がすくむ思いがする――が、最後のでなんか脱力した。
そして、
「ちょ、あかんよヴィータ! エスティマくんは人間やって!」
「え……けど、ザフィーラだって犬扱いされてるし……」
「あー、それもそうやね」
と、これまた脱力しそうな雰囲気を醸し出しながら、はやては顎に手を当てて考え込んでしまう。
思わずザフィーラに目を向けると、視線を逸らされた。
ザフィーラ……お前、苦労してるんだな。
「むー、エスティマくんも一時的にウチの子やったしなぁ」
「ストップ。論点がずれてます」
「ずれてねーよ!」
ぐだぐだぐだぐだ。
結局話が元の路線に戻るのは、俺からの念話が途切れて怪しんだシグナムが戻ってくるまで続けられた。
リリカル IF wonder
その後の話だが。
闇の書がどういう物なのか。起動しているだけでどれだけの負荷がマスターにかかるのかを説明すると、はやては管理局に保護を願った。
説得の最中に念話で、黙れ貴様、帰れ馬鹿、口を封じたほうが良いかしら、など聞こえたけれど忘れることにする。
今のままでは近い内に命が底を着く、と教えたときには別に良いとも口にしたが、ヴォルケンズの猛烈な反対に彼女は折れた。
おそらく、ここではやてが由としてもヴォルケンズは諦めずに自分たちの意思で蒐集を始めてしまっただろう。
そういう意味では、ここでそれぞれの考えを吐き出したこと自体は良かったと思う。
家族と平穏に過ごせるならばどうなったって良いというはやてと、彼女を死なせはしないというヴォルケンリッターたち。
人によって見方は違うだろうが、俺にはその様子が本当の家族のそれに見えた。
……家族、か。
そして、肝心な部分。管理局の元に下った場合、魔力の蒐集をどうするか。
これには一つの考えがあった。
以前、アルザスの害竜駆除をやったときのことだ。あれと似たような害獣駆除の仕事は他にもあるのかと探してみると、規模はこの間の任務ほどじゃあないが確かにあった。
魔力の蒐集はそれらの任務に出張って行えば良いだろう、と。
――そして、管理局へ。
クライドさんの命日に闇の書が発見されたなんて運命的な知らせを聞いたクロノは速攻で海鳴へと飛んできて、すぐさまはやての保護を行った。
ヴォルケンズの扱いだが、過去のこともありこの段階では保護観察に。はやての制御下に置かれているのが確認されると、彼女たちへの対応は先延ばしへとなった。
その後に始まったのは、ヴォルケンズ、なのは、フェイト&アルフ、俺、クロノを動員した魔力蒐集。クロノは俺の意見を汲んでくれたのだ。いい顔はしなかったが。
後のリインフォースとの戦闘があるので魔導師からの蒐集は許されなかったが、それでもこの人数で最低一人一日一頁のペースで集めれば三ヶ月で溜まる。
ユーノは俺の提案したプランが正しいのか裏付けを取るために無限書庫での調べ物を行っていた。裏方だが、あいつが頑張ってくれなければ最終段階のゴーサインは出ないだろう。
各々が出来ることをやり、時間が経ち。
そして、四ヶ月目。
遂に防御プログラムを破壊する作戦の日となった。
「エスティマくん」
「ん、なのはか」
本局に用意してもらった自室でLarkを弄っていると、不意になのはが顔を出した。
振り向かずに手を動かし続ける俺に構わず、彼女は部屋へ上がると、ベッドに腰掛ける。
慣れたものだ。まぁ、この四ヶ月で彼女と組んで魔力蒐集を行うことが多かったからなんだが。
俺は片手でタイピングを続けながら、もう片方の手でカップにティーパックを入れるとお湯を注いで、なのはに差し出した。
「ありがとう。ね、何やってるの?」
「Larkの整備。これから最終決戦だし――」
「……エスティマくん。たしか、クロノくんに出撃禁止って言われてなかったっけ?」
「ははは、気のせいですよ」
「駄目だよー! もう、この四ヶ月で何回リンディさんに怒られたと思ってるの!?
私だってフルドライブは禁止って言い付けを守ってるのに!」
「冗談、冗談だから怒らないで……」
「怒りもするの!」
まったくもー、と結んだ髪を踊らせながら頬を膨らませるなのは。
御立腹の彼女は苛立ちを紛らわせるようにカップを口に付けるが、あつ、と短い悲鳴を上げた。
「……ねぇ、エスティマくん」
「何?」
「はやてちゃんに声かけてあげないの?
今会わなかったら、しばらく顔を合わせられないよ」
「そうだな。けど、今は家族水入らずで過ごさせてあげたいじゃないか」
……家族。家族か。
なんとなく口にしたことだが、きっとそれは、ここ最近考えていることもあるからかな。
そこまで話すと、邪魔になるとでも思ったのか、彼女はベッドの上に転がっていたデバイス雑誌を捲り始めた。
そしてしばらく経つと、雑誌を指差しながら顔を上げる。
「ねぇ、エスティマくん。このマギリング・コンバーターっていうのなんだけど……」
「うん」
「欲しいなー、って」
「予算のほどは?」
「ふ、奮発して七千円!」
「桁一つ増やしてから出直してきなさい」
「そんなの無理だよー!? っていうか、パーツの値段より高くなってる!」
「インテリジェントデバイスはパーツとのマッチング調整やら何やらで整備に手間も金もかかるの。
俺だって自分でLarkを整備することで金を浮かしてるんだし」
「うぅー、フェイトちゃんやエスティマくんはデバイスを改造しているのに、私だけそのまんまだ……」
「いや、そのままでも充分高性能だからレイジングハート。
……え、魔改造して良いの? レイジングハート・ウーンドウォートという改造プランがだね……」
『No!』
「だそうです」
「むぅ……」
レイジングハートにも拒否されてふくれっ面になるなのは。というか、本気で嫌がったねレイジングハート。
そうしている内に時間が経ち、アースラの出航時間となった。
なのはは雑誌をベッドの横にある本棚に差し込むと、よいしょ、と勢いを付けて立ち上がる。
「時間だよ。行こう」
「んー、先に行ってて。もう少しで終わるから」
「戦わないんだから別に良いんじゃ……」
「いやぁ、なのはがヘマしたら助けに入るぐらいはしないとだしなぁ」
「ひっどーい! 心配される側の人にそんなこと言われたくないの!」
「同じ穴のムジナの癖に……」
「そんなことないの!……もう、先に行くからね。遅れちゃ駄目だよ?」
「はいはい」
分かってるんだか、と肩を竦めて出て行くなのは。面倒見の良い子だ、本当。
「……さて、と」
なのはがいなくなったのを確認すると、机の引き出しを引っ張り出す。
そこにはびっしりとカートリッジが詰まっている。この四ヶ月、こつこつと溜めたものだ。五十発近いかな。
持てるだけカートリッジをバリアジャケットのポケットに流し込むと、トイボックスからLarkを切り離し、首に掛けた。
なのはが言っていたように、闇の書事件のクライマックスに俺の出番はない。日頃の行いが良いのになんだこの仕打ち。
少しばかり無茶をして、少しばかりカートリッジを使っているだけだっていうのに。
まぁ良いさ。これはこれで都合が良い。最初から最終決戦に参加するつもりはないんだ。
なのは、フェイト、クロノに加えてヴォルケンズ。これだけの面子が揃ってリインフォースに負けるなんてこと、有り得ないだろう。
それに加えて魔導師からの蒐集を行っていないんだ。リインフォースが使える魔法なんて、きっとブラストフレアとかそこら辺なんじゃないだろうか。
……いや、リインフォースのブラストフレアは割と凶悪なんじゃ。
まあ良いや、と思考を打ち切ると、リンディさんへ電話を繋ぐ。
体調が悪いので本局で大人しくしてます、と。
まぁ、俺が大人しくしているわけもないのだが。
アースラが出航するのを待つと、俺は転送ポートへと向かう。
スタッフの人に適当な嘘を吐いて防御プログラムを破壊する舞台となる惑星へと飛ばしてもらうと、すぐさまフェレットモードに変わり周囲の警戒を始めた。
無人惑星。その中でも一際荒廃した場所。
見渡す限りに荒れ果てた大地が広がり、空には曇天が広がっている。
数々のクレーターが確認できることから、元々なんらかの文明があったのではないかと想像することができた。
その一角。鋸状に突き立つ岩石の集合する場所。
姿を隠すとしたら、ここぐらいしかないのだが――
「やあ、どうも」
いた。
岩石の上に立ちながら、岩陰に身を潜ませる二人の青年に声をかける。
彼ら――いや、彼女たちはビクリと身を震わせるが、声の主が俺だと気付くと、警戒しながら鋭い視線を向けてきた。
そう。
俺が最終決戦に参加しようとしなかったのは、この二人の動きがどうしても心配だったからだ。
グレアムの計画を根底から破壊する行動を取ったせいだろう。姿を一切現さず、魔力の蒐集を行っている俺たちを、彼女たちは邪魔しなかった。
いや、それが正しいのかもしれない。彼女――リーゼ姉妹の目的は、闇の書の凍結封印なのだから。
すべての頁が埋まる瞬間を待ち、凍結封印が可能となる瞬間を狙う。そんなところか。
妨害行動を取ったならば捕らえる大義名分を得ることはできただろうが、彼女たちは傍観に徹していた。
それ故に、今この瞬間まで、顔を合わすことができなかったのだ。
「すみません。この世界は関係者以外立ち入り禁止となっています。
お引き取りを――」
「エスティマ・スクライア。姿が見えないと思ったら、ここにいるとは」
「これ以上の邪魔は、許さない」
やっぱり話は聞いてくれないか。
舌打ちしたい気分になりながら、変身魔法を解除する。
その瞬間だ。青年の片方――おそらくはアリアか――は半透明のウィンドウを呼び出すと、ボタンを押す。
「ジャミングですか?」
「……良く分かってる。相変わらず小賢しい」
「それが取り柄の一つなんで。
……あのですね、出来れば、大人しくこの作戦を見届けて欲しいのですが」
「それはできない。成功するかも分からない賭に乗るつもりはない」
……まぁ、そうか。
今まで逃し続けてきた闇の書。それの解決方法としてようやく凍結封印という答に辿り着いた彼女たちからすれば、現在進められている手段なんて分の悪い賭にしか見えないだろう。
そもそも知識の出所が原作なんていう、誰も信じてくれないような類の代物だ。
神様面した傲慢な振る舞いにしか思えないんじゃないだろうか。
……だが、それでも。
胸元に下がったLarkを握り締め、俺は二人を見据える。
「確かに、成功するかどうかなんて蓋を開けてみなければ分からないでしょう。
けれど、俺は友達を見捨てたくはない。氷の牢獄に閉じ込めることを許さない。
拾ってもらった恩を返したいし、物事は笑顔で終わるのが一番だ」
「……何様のつもりだ、貴様」
「はやての友達のつもりですよ。だからこそ、彼女を助けたい。
……Lark、セットアップ!」
『ドライブ・イグニッション。
フルドライブ、スタート』
黄のデバイスコアが宙に浮かぶ、真紅のハルバードへ。そしてすぐに姿を変え、ガン・ランスへ。
――設けられたリミッターの類は、すべて外してある。なのはに整備と言っていたが、実際のところ、行っていたのはプロテクトの解除だ。
ソフト方面はへっぽこなので、随分と時間がかかってしまった。
真紅のガン・ランスを握ると、日本UCATの装甲服型バリアジャケットが装着される。
一瞬の内にセットアップを終えると、変形に使用したカートリッジを装填しつつ、リーゼ姉妹を見る。
「舞台は整っているんだ。邪魔はさせない」
「機は熟した。邪魔はさせない」
お互いに宣言すると、タイミングを見計らったかのように、彼方で黒い光柱が上がった。
……始まったか。
「お前を倒し、私たちは父様の願いを叶える」
「あそこには行かせない。一つの区切りを、笑顔で迎える」
『カートリッジロード。
――Zero Shift』
瞬間、世界が音を失う。
目に映るすべてが遅い、
空を泳ぐ分厚い雲も、砂塵を大量に含む風も。
その中で動けるのは俺と、Larkだけだ。
――そのはずだった。
「ツインブースト、アクセラレイション、イントゥイーション」
おそらくはアリアか。
彼女の発動した補助魔法によって、もう片方の青年――ロッテの動きに命が吹き込まれた。
元となった素体が動物ということもあるだろう。
至近距離では目視すら不可能な速度での移動を行う俺を、目で追っている。
そして、
「高速機動戦闘を行う敵など、今まで何度も相手にしてきている……!」
爆発的な加速を得て、ロッテの身が跳ね上がる。
真っ直ぐにこちらへと向かってくる彼女へ砲口向け、ラピッドファイアを放つ。音速超過で放たれるサンライトイエローの砲弾は、しかし、身を捩るだけで回避された。
舌打ちしつつLarkを横に振るが、ばらまかれた弾幕をかいくぐって、距離を詰めるロッテ。
舌打ちしつつ形成した魔力刃で切り払おうとするも、掌に集められた魔力によって斬撃が受け止められる。
ぶつかり合う魔力光が爆ぜ、力が拮抗し――
刃を受け流したロッテの繰り出した回し蹴りが、腹へと突き刺さった。
刹那の内にバックして勢いを殺そうとするも無駄だ。
Larkの展開したオートバリアを粉砕し、バリアジャケットを破壊して、鋭い蹴りが叩き込まれる。
勢いを可能な限り殺したが、そもそも俺のバリア出力など大したものじゃない。
リアクターパージが発動し、衝撃で密着していた俺とロッテは吹き飛ばされた。
だがそれで終わりじゃない。
『ご主人様!』
Larkの叫びで遠退いた意識が呼び戻される。
両肩のアクセルフィンに魔力を送って姿勢制御を行い、一気に上昇。
一瞬前まで俺のいた空間に突き刺さったロッテの拳に冷や汗をかきながら、まずい、と胸中で呟いた。
あっちはクロノすらあしらう歴戦の猛者だ。最初から勝とうだなんて思ってもいなかった。
足止めが精一杯だろうし、それが一番綺麗に終わると思っていたが、まさかここまでやるだなんて。
視界の隅で瞬いた魔力光に気付き、回避行動を取る。
アリアの援護射撃か。ゼロシフトを使っている今は避けることなど難しくもないが、ばらまかれれば逃げ道が減る。
そうすると、
「はああぁぁぁぁっ!」
しつこいぐらいに食らい付いてくるロッテから逃れる手段が減ってしまう。
バリアジャケットの破片を撒き散らしながら逃げ惑う俺と、アリアの張った弾幕に俺を追い詰めようとするロッテ。
その両者の間を縫うようにして駆け抜け、なんとかして時間を稼ごうとするのだが――
「Lark!」
『カートリッジロード。
ディバインバスターA.C.S.』
ガン、ガン、ガン、と三度の炸裂音。
不可視の翼が大きく羽ばたき、ストライカーフレームが形成され、サンライトイエローの光が砲口に集う。
こうなったら、アリアを無力化してロッテの強化を解くしかない。
ゼロシフトを使いながらのA.C.S.。それによってロッテを大きく引き離し、上空から逆落としにアリアへと迫る。
ロッテはともかく、アリアは俺の動きに着いてこれない。
これなら――!
「させるか……!」
加速し、視界が前方一点に狭まる中、アリアを庇うようにロッテが立ちはだかる。
擦れ違い様に一撃を叩き込むつもりか。だったら、
「ディバイン――!」
『バスター』
アリアへと撃ち込む予定だった砲撃魔法をロッテへと。
グリップがビリビリと震える感触と共に吐き出されたサンライトイエローの光。
しかしそれがロッテの体を貫くことはなかった。
彼女は身を捩るだけの最小限の動きで砲撃を避けると、突撃する俺へと接近してくる。
まずい……!
歯を食いしばって制動をかけるも、間に合わない。
Larkを持ち替え、ついさっきまで進んでいた方向とは逆へと噴射を行うが駄目だ。
慣性を殺しきれず、ロッテの振るう腕が目前に迫り、
「――っ、あぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
空中に静止した瞬間、ロッテの手刀が右目を抉った。
ぐちり、と生々しい感触と共に眼窩で指が蠢く。痛みと気持ち悪さが一気に押し寄せ、意識が明滅する。
少しでも痛みを軽減しようとするかのように、勝手に喉が大声を上げるも意味はない。
吐き気が込み上げてくる感覚を最後に、ぷつぷつと意識が断裂を始め――
『ご主人様、蹴って!』
念話で届いたLarkの声に、体が反応した。
突き込まれた腕を空いている手で握り、ロッテの体を蹴り付けて固定する。
そして砲口を向け、
『離れなさい……!』
「くそ!」
Lark自らがカートリッジロードを行い、自動詠唱でのラピッドファイアが炸裂した。
今度こそ直撃したゼロシフトでの砲撃魔法。
その反動でこちらも吹き飛ばされるが、ロッテだってただじゃ済まないだろう。
『ご主人様、離脱を。早く!』
「わか……った」
返答し、飛行魔法を行使しながら、抉られた右目を手で覆おうとして、止めた。
どんな風になっているのか確かめるのが怖い。無事な左目からは堰を切ったように涙が溢れ続けている。
きっと右目からは、中身と血と涙が流れ落ちているんじゃないか。そう考えるだけで、急速に戦意が萎えるのを自覚した。
岩陰に身を隠すとフルドライブを中断し、可能な限り魔力反応を消す。
そしてその場に両手を突くと、吐瀉物を撒き散らした。
痛い、苦しい、気持ち悪い。
ガクガクと体が震え、今にもこの場に崩れ落ちてしまいそうだ。
ゼロシフトを行使しての砲撃魔法を使ったせいもある。あまりの痛みに、胸の奥――リンカーコアが握りつぶされるような錯覚を抱いた。
『しっかりしてください、ご主人様。
今、止血と痛み止めを実行します』
足元にミッド式の魔法陣が展開し、治療魔法が発動。それで徐々に楽にはなってくるが、目を抉られた、という事実はあまりにも重い。
空戦魔導師にとって視覚が失われることは致命的だし、それ以外にも、目という特別な部位が失われたことに対する恐怖だってある。
岩に背中を預けて座り込むと、ここまでか、なんて言葉が脳裏に浮かんできた。
ここまで……ここまでなのか?
もし俺がここで諦めたら、不意打ちでの凍結魔法ではやては封印され、おそらくは誰の手も及ばない世界に転移させられるのではないか。
そんなことは許さない。
しかし、もう俺はまともな戦闘など行えない。
クロノに警告をしようにも、ジャミングがかかっていて念話が通じない。
……どうしろっていうんだよ。
諦めたくはない。しかし、脳を揺さぶるほどに響く頭痛が、徐々に思考能力を奪ってゆく。
失血のせいだろうか。猛烈な睡魔も迫ってきた。
こんなところで、終わるなんて……。
長い息を吐いて、左目を閉じようとする。
『ご主人様』
その時だ。
優しげな声色ではなく、叱咤する類の、張りのある声が響いた。
『何をしているのですか、ご主人様』
「……Lark」
『あなたは八神はやてに恩を返すのでしょう?
なのに今、何をしようとしていました?』
「けど、もう俺は……」
『諦めるのですか?』
「……諦めたくはないさ。けど、どうしろってんだ」
『諦めなければ良いだけです。そのための力は、まだ残っています。
目が抉られたのなら、私がご主人様の目になります。
……ご主人様。
あなたは、八神はやてを幸せにするのでしょう?
この世界で生きてゆくと決め、行うことの一つにそれを据えたのでしょう?
ならば、諦めないでください。ここで折れてしまったら、ご主人様は、私はなんのために戦ってきたのですか?
今までの積み重ねを無駄にしないために。そして、幸せを勝ち取るために、立ち上がってください』
「……簡単に言うよ」
『ご主人様がその気になれば、この程度の逆境は乗り越えられますから。
ずっと側であなたを見てきました。だからこそ言えます。
私のご主人様は、この程度では負けないと』
「過大評価だと思うけれど……」
そう口にし、岩に預けていた背を離す。
そして、頬を伝っていた涙を拭うと、
「……分かった。もう少しだけ、頑張ろうか」
ぎゅっとLarkを握り締めた。
「……流石にもう諦めたか」
そうロッテは呟いて、左手に視線を落とした。
白いグローブは、中指を中心にして赤黒い血が広がっている。エスティマの血だ。その中にはゼリー状の肉片も混じっていた。
……ここまでするつもりはなかったんだけど。
酷い言い方だが、つい手が出た、というのが最もしっくりくるだろう。
アリアが行った強化魔法は速度の水増しと感覚の強化。
それでエスティマと互角の戦闘を行ったわけだが、実際のところは違う。
反応だけならばできる。だがそれは、猫の使い魔の特性である高い反射能力の恩恵をフルに使った、いわば獣じみた戦いだ。
体に染みついた戦闘経験から、半ば条件反射に近い形で繰り出される攻撃。エスティマの目を抉った手刀もその一つだった。
抵抗しなければ適当に気絶させたのだが、中途半端に手こずらせるからこうなる。
悪い、と思いながらも、いい気味だ、と心のどこかでは思ってしまう。
「ロッテ。もうそろそろだと思うわ」
「うん、アリア」
もう警戒を解いても良いだろう。
そう思い、戦闘の行われている場所へと姿を消して向かうべく脚を向けるが――
パキ、と小石の落ちる音が耳に届き、二人は同時に振り返った。
見れば、岩の影からエスティマが姿を現して真っ直ぐにこちらへと近付いてくる。
デバイスを見る限り、フルドライブは解いているようだ。
諦めの悪い、と溜息を吐きたい心地になりながら、二人は射撃魔法を雨のように降らせる。
しかし、
『直撃コース。軸線を合わせて――』
「避けてみせるさ!」
アクセルフィンを羽ばたかせ、身を捩りながら、エスティマは射撃魔法の弾幕をくぐり抜けた。
その光景に、馬鹿な、と漏らす。
確実にエスティマの目を抉った。その証拠は左手にこびり付いている。
それなのに何故、あの子供は機械的なまでに精確な回避行動を取れるのだ。
「ロッテ。もう容赦はしないわよ」
「分かった」
冷たささえ感じるアリアに頷き、ロッテはツインブーストをかけられた体をエスティマへと向ける。
通常飛行でもかなりの速度だ。姿を霞ませるエスティマに、惜しいな、と思いながら右拳を叩き付けようとして、
「……え?!」
死角を攻めた左フック。しかしその一撃は、燦然とコアを輝かせるデバイスを叩き付けられたことによって精確に防がれた。
迷う間もなく、右脚が跳ね上がる。
だがエスティマはそれを踏み台にしてロッテを跳び越え、擦れ違い様に斧の魔力刃でロッテの背中を切りつけた。
……まぐれじゃない。一体何が……?
痛みに顔を顰めながらエスティマを追うべく魔力を飛行魔法へと。
稀少技能を発動していないエスティマが相手ならば、速度はこちらが上。
そのはずだ。
しかし、どういうことだろう。
こちらの動きを先読みしたかのように、エスティマは複雑な機動を描いて飛翔し、攻撃を捌く。避ける。
何が起こっている、と焦りの浮かんだ表情を浮かべ、ロッテは一つの予想をする。
……光り続けている。つまりは思考を続けているデバイスコア。
そして、さきほどのエスティマとデバイスの交わした会話。
思考――まさか、行動予測を?
脳裏に浮かんだ一つの可能性を、有り得ない、と切って捨てる。
そんなことは、人であるならば、出来はしない。
しかし――
「こいつ……!」
『見えてます』
鎌の魔力刃で拳を弾き、石突きで蹴りを防ぐ。
『ロッテ……!』
切羽詰まったアリアの念話に、ロッテはラウンドシールドを展開する。
次いで、アリアの放った飽和射撃が降り注いだ。ロッテごとエスティマを撃墜するつもりか。
しかし、背後から迫る射撃を、まるで背中に目があるとでも言うかのように、エスティマは離脱してアークセイバーをアリアへと飛ばす。
その一連の動きを見て、どうしてもロッテは声を上げずにはいられなかった。
「……お前、魔導師の癖にデバイスに操られて!」
「違うよ」
『誤解も良いところです』
右の頬に血の跡を残したエスティマが、笑みを浮かべる。
凄惨な笑みでも、不敵なものでもない。
苦笑だ。
「お前に対応するにはこれしかなかった。
ただでさえ優れた反射神経を、更に強化されたお前には。
……そう、感覚で俺に合わせるお前には、考えながら戦っちゃあ間に合わない。
だからこそ――」
『私の導き出す予測を、ご主人様にトレースしてもらっています』
エスティマの言葉に、やはりか、と思う一方で、嘘だ、と叫びたい衝動が沸き上がってくる。
インテリジェントデバイスは時として主人を操ることがある。
しかしそれは、主人の意にそぐわないものだ。最適な行動なのだとしても。
主人と道具の間にある意志の食い違いによって、致命的とも言えるミスを起こすことがままある。
だが。
もしインテリジェントデバイスの提示する行動をマスターが全面的に肯定した場合。
おそらく、今のエスティマのように正確無比な動きが可能となるだろう。
……だが。
だからこそ有り得ない、とロッテは断ずる。
インテリジェントデバイスの行動に従うこと。それは、自分の意志を一切廃することとイコールだ。
自分の主導権を他人に譲り、命を預けるその行為。自らの意志を持つ生物である以上、絶対に反発があって然るべきだ。
どんな事柄に対しても、疑念というものは付きものだ。それが命のかかった戦闘ならば尚のこと。
しかもそこに恐れや疑問、迷いを含まないなど、信頼の枠を越えている。
デバイスの指示を実行に移すまでのタイムラグ――その判断が本当に正しいのかという逡巡――が限りなくゼロに近いなど、あってはならない。
だというのに、
「有り得ないことだとは俺も思うさ。
けど、俺はコイツを信頼している。何があっても着いてきてくれたLarkに。
コイツになら、俺はすべてを預けたって良い。
……そうさ、だから見せてやる。
これが――」
なんの気負いもなく、むしろ安らいだような笑みさえ浮かべ、
「――インテリジェントデバイスと共に戦うマスターの、在るべき姿。その一つだ!」
『――Zero Shift.Ready』
カートリッジを炸裂させて、真紅のハルバードが再びガン・ランスへと姿を変える。
発動された稀少技能によって急速に魔力が放出されたからだろう。両肩のアクセルフィンが軋みすら上げそうなほどに翼を広げる。
放熱器が広がり、隣接する装甲板が赤熱化を始めた。キィィ……と甲高い音と共に展開される、陽炎の四枚翼。
サンライトイエローの粒子を撒き散らし、エスティマは音速超過での機動を開始。
槍の部分に形成された魔力刃で大気を引き裂きながら、ロッテへと肉薄する。
反射的に、ロッテは迫ってきた羽虫を払うように腕を跳ね上げた。
しかし、それを紙一重で回避し、擦れ違い様に魔力刃がロッテの腕を引き裂く。
血は噴き出ない。しかし、確かな痛みと大気の壁を突破するほどの速度を持った一撃が、ロッテから思考する余裕を奪う。
擦れ違い様。そのまま通り過ぎると思われたエスティマは急停止。慣性を無視した動き。その場で旋回し、振り向き様に振るった刃で、更にロッテの脚を切りつける。
それで終わらない。僅かに上昇してロッテの真上に出ると、エスティマは急降下を行ってロッテを蹴り飛ばした。
バリアジャケットを貫く衝撃に顔を歪めながら、ロッテは地上へと吹き飛ばされる。
なんとか姿勢を正そうと飛行魔法に魔力を送り、ようやく体勢を元に戻した。
だがその隙に、エスティマはアリアへと肉薄している。
近付けさせはしないと幾重にも設置型バインドとシールドが張られるが、バインドの発動速度を嘲笑い、安々とシールドを突き破り、エスティマはLarkを振りかぶる。
そして、辛うじて反応できただけのアリアへと――
「……ここまで、ですね」
刃を、振り下ろさなかった。
エスティマが急停止したことによって、髪や服がばさばさと音を立てる。
「……なんのつもりだ」
「戦う意味がなくなったから」
そう言い、エスティマは腕を持ち上げて人差し指を差し出す。
示された方向に目を向けると、そこには遠目からでも分かるほどに巨大な、桜色の砲撃魔法が炸裂した残滓が輝いていた。
……闇の書の魔力反応が、弱まっている。
調律された、とでも言えば良いのか。先程までの暴力的なものではなく、制御された魔力の流れ。
「どうやら俺の勝ちのようです」
「くそ……!」
拳を握り締め、アリアは奥歯を噛み締める。
……分かっている。悪いことではない。賭はエスティマの勝ち。分離された防御プログラムを破壊すれば、もう二度と闇の書が活動を始めることはない。
自分たちが行おうとしていた封印処置よりもずっと後味の良い結末だろう。
しかしそれでも、アリアは納得ができなかった。
何年も耐えてきて、ようやくグレアムの悲願が成されようとしていたのに、それを成し遂げたのは自分たちではなかった。
それじゃあ一体なんのために、自分たちは――そんな悔しさが、どうしても沸き上がってきてしまう。
きっと父様のことだ。この結末を受け入れるだろう。しかしそれでは、報われない。
あの日、エスティアを沈めた時から始まった戦いは、自分たちと関係のないところで終わってしまっただなんて。
「あの、リー……仮面の人」
「……なんだ」
「この結末は、納得できませんか?」
「当たり前だ!」
「でしょうね」
そう言い、右目を瞑ったままのエスティマは苦笑する。
そして、ズ、と音を立てて鼻を啜ると、
「あなたには関係のない話をして良いでしょうか」
「……ああ」
「この闇の書事件の被害者である八神はやて……彼女には、ずっと見守ってくれていた人がいました。
それは、ギル・グレアムという人で」
グレアムの名を出された瞬間、アリアは足元にミッド式の魔法陣を展開した。
しかし、エスティマはかまわずに話を続ける。
「その人が何を考えていたのかは、分かりません。敢えて忘れることにします。
ねぇ、仮面の人。俺はこう思うんですよ。
独りぼっちでも、はやてが資金面では恵まれた生活を続けることができたのはグレアムって人のお陰だって。
……そう、家族を手に入れる今にはやてがたどり着けたのは、彼女の生活を支え続けた人がいたからだ。
そう考えれば、彼もこの結末になくてはならない存在だったんじゃないかって」
「だからどうした」
「嘘はバレなきゃ嘘じゃない。皆幸せになれば良いじゃないですか。
過去を捨てろとは言わない。けれど、仄暗い怨恨よりも、ずっと心地の良い未来が待ってます。
……この事件、ハッピーエンドで終わらせましょうよ」
「断る、と言ったなら?」
「あなたたちを倒す。……倒します」
未だフルドライブを解かないエスティマは、そう宣言する。
本当なのだろう、と、苦笑したい気分になりながら、アリアはロッテへと目配せをする。
エスティマに受けた攻撃が利いているのだろう。体から力を抜いて、辛うじて、といった様子で空中に浮いているだけのロッテは頷きを返してきた。
「……最後に一つだけ教えてもらおう」
「はい」
「お前は、なんのために八神はやてに肩入れをした?
都合の悪いことに目を瞑るような終わらせ方を選んだお前が、何故」
「……単純ですよ、そんなの。
彼女を見捨てたら、後味が悪いし過ごしづらい。
俺が幸せに生きるためには、彼女が必要不可欠なんです」
「……行ったか」
魔力光の残滓を残して姿を消したアリアとロッテ。
彼女たちの気配が消えて、ようやく一息吐けるようになった。
喉の奥に溜めた鼻血を口から吐き出し、口元を手で押さえる。
……無茶な機動をしたツケだ。慣性制御の効果を上回るか否か、といった次元での動きをしたせいで、毛細血管が切れたのだろう。
『ご主人様』
「なんだ」
『なぜ、最後の攻撃を止めたのですか? 一刀両断、と指示を出したはずです』
「いや、必要なかったじゃないか」
そう返すと、Larkは不機嫌そうに黙り込んでしまった。
……あー、もしかして、
「右目のこと?」
『……一撃ぐらいは入れても罰は当たりませんでした』
「そう言うな。向こうに負い目ができてくれたら万々歳、と考えれば悪くない」
『……あなたって人は』
「ぐおあああああああ! 痛み止め再開して! 止めないで!」
……うう、涙が出てきた。痛みで。
『分かっているのですか? その目は、簡単に治療ができないのですよ?』
「……分かってるよ」
もし今の戦いが嘱託任務ならば違うのだろうが、今回のは私闘に分類される。
危険手当も何もでない自己責任。アースラに駆け込めば応急手当ぐらいはしてくれるだろうが、流石に再生治療までやってくれないだろう。
人体の中でもデリケートな部分だし……治療費のことを考えると頭が痛くなる。魔導師としても戦えないし、どうやって金を稼ごう。
今回のような戦い方を続けたら、治療するよりも先に他の部分が駄目になりそうだし、何よりLarkが壊れてしまう。
ううむ。ユーノに頼んで、完治するまで無限書庫で働かせてもらおうかなぁ。
『ご主人様。これからどうしますか?』
「ん……そうだな」
Larkの声で思考に没頭していた顔を上げる。
……そうだな。取り敢えずは、
「最終決戦、見に行きますか。
この上ないぐらいの怪我をしたんだから、もうどうなったって変わんねーや。
シャマルだっているから治療してもらえるし、一石二鳥」
『……まぁ、良いでしょう』
何やら言いたいことが溜まっている風なLarkに気付かないフリをして、アクセルフィンに魔力を送る。
そうして、暴走体を包む黒い繭へと進路を向けた。
……ちなみに、
「あ、兄さん――って、どうしたの!?」
「う、うわ、エスティー!?」
「め、目が潰れてるの!」
「シャマル! よー分からんけど治してあげてー!」
出向いたら最終決戦ムードをぶち壊してしまった。
反省。
その後の話だが、特に記すこともないだろう。
ただ、これからは良いことしか起きないんじゃないか、と思えるぐらいに皆が幸せそうな毎日を送っている。
なのはは、教導隊を目指す下積みとして嘱託任務を続けている。レイジングハートを強化してもらえないことだけは不満そうだが、おそらくはこれで撃墜も起きないんじゃないだろうか。
フェイトはアルフを連れてミッドチルダの学校へ。なのはやはやてと会う機会が少なくて寂しそうだが、気にするようなことはそれぐらいだ。何やら超次元アイドルの再来とか言われているそうで、背筋が凍る限り。文化祭には行かない。
はやては聖王教会の協力を経て、リインフォースの復元を行っている。それを手伝っているのはリインフォースEX。騎士たちと別れることもなく、彼女は日常の延長を過ごしている。少し前に会った時には、ようやく足長おじさんと会うことができたと喜んでいたが――そうか。
そして、ユーノと俺。
我らブラザーズは見事にクロノに捕まって、無限書庫へと押し込められている。
俺は俺で怪我が治るまでだが、ユーノはずっとここで過ごすつもり――ではないようだ。
無限書庫の運営が軌道に乗ったら、スクライアへ帰るつもりだと言っている。
その切っ掛けはおそらく、俺が管理局に所属するつもりがないと言ったことか。
あくまで俺はスクライアとして生きる。そう言った時の驚いたユーノの顔が忘れられない。どうやら奴は、俺がフェイトたちと一緒に管理局で働くと思っていたようだ。
閑話休題。
特に何があるわけでもなく日々が過ぎ、皆、少しずつ大人になってゆく。
……考えてみれば、その中に埋もれない一つの出来事が、あるにはあった。
「どうしたの、エスティ。せっかくの休日なのにこんな朝早く」
「んー、ちょっと話と頼み事があってさ」
そう言い、俺はユーノの部屋へと上がり込む。
未だに片眼が治っていないせいで、靴を脱ぐのにも一苦労だ。時間が経ってもあまり慣れない。
まだ寝癖のある頭を手櫛で整えながら、ユーノはカップにお湯を注ぐ。
差し出されたコーヒーを一口飲むと、早速話を切り出した。
「んで、話があるわけですが」
「うん」
「俺の出生に関わるものでね」
「ええっと……捨てられた、ってこと?」
「ああ。それなんだけど、なんで捨てられたのか、ってのは話してなかったよな?」
「うん」
「なら、今こそ話そう。この俺、エスティマ・スクライアの秘密を」
「……変に格好付けなくて良いから」
「すみません、つい」
それから始まるのは、俺がプロジェクトFの素体であり、アリシアの失敗作として生み出されたこと――だけではない。
憑依。次元漂流者、と言い方は変えたが、それでも中身に宿っているのが真っ当な代物ではないことを、ようやく教えた。
それに対する反応は、大したものじゃなかった。エスティはエスティだし、と。乾いているのか信頼されているのか。
「……で、それがどうしたの?」
「ああ。ようやく身の回りも落ち着いてきたし、一旦帰ろうと思ってね」
「……帰る?」
「ああ、そんな怖い顔をするなって」
怒りとは違う。しかし、確かに押し殺された感情を向けられ、少しだけ汗が噴き出た。
「一旦、って言ったろ?……うん。俺は、この世界で生きるつもりだ。この世界との縁は、簡単に断ち切れるようなものじゃないから。
けれど、だからって向こうの生活を放りっぱなしってわけにもいかないし、忘れることもできない。
……だから、区切りを付けたいんだ。
そのために、協力してくれないか? Lark」
『はい。ご主人様の意識――仮に、魂とでも呼びましょうか。
それを送還するための術式は存在します。ユーノさんには、送り返したご主人様の魂を喚び戻していただきたいのです』
「……帰ってくるんだよね?」
「というか、お前の手でもう一度ここに喚んで欲しい。皆とは離れたくないから」
「そっか……」
手を額に当て、ユーノはたっぷり一分ほど黙り込んでしまう。
そうしてユーノは顔を上げるといつものように、しょうがないなぁ、といった苦笑を浮かべた。