※実験的に女キャラクターを一人称でやってみます。何かしら違和感があったら教えていただけるとありがたいです。
「えと……お邪魔します」
「いらっしゃい、フェイトちゃん!」
靴を脱いで玄関から家の中へと。こうやって友達の家に遊びにくるのは慣れていないから、どうにも妙な気分になってしまう。
それでもあまり気後れしないのは、きっとなのはのお陰だ。
ちら、と顔を覗き見れば、なのははいつものように満面の笑みを浮かべていた。何もかもを包み込んでくれるような。
肩のトートバッグを担ぎ直すと、なのはがリビングへと通してくれた。
きちんと掃除された部屋。雑誌なんかがテーブルに置かれっぱなしだけれど、気になるのはそれぐらい。
兄さんやユーノの部屋とは大違いだ。……いや、注意していなければすぐに散らかすあの二人と比べてしまうこと自体が失礼かもしれない。
「フェイトちゃん、どれを作るか決めてきた?」
「うん。迷ったけど、上手くできるか分からなかったから、簡単なのに」
「そっか。けど、良かったー。あんまり難しいのだと私も作れないから、少し心配だったんだ」
そう言って、おどけた風になのはは笑う。
今日、なのはの家に遊びに来たのは一つの目的があったから。
それは、チョコを作ること。この世界には二月十四日に異性へチョコレートを渡す風習があるらしい。
変なの、とも思うけれど、細かいことを気にするよりは楽しんだ方が良いと兄さんも言っていたし、深く考えない方が良いのかもしれない。
取り敢えず……今日作るのは、三つとたくさん。兄さんとユーノと、クロノ。それとスクライアの皆の分。
料理やお菓子作りはアルフに任せっきりだったから、上手くできるか自信がないけれど……。
「よーし、頑張ろうフェイトちゃん!」
「うん。頑張ろう、なのは」
二人が頑張ればなんとかなる……気がする。
湯煎でブロックチョコを溶かして、型に入れて。そんな簡単な作業を、お喋りしながら進める。
換気扇が回っていても、甘い匂いがキッチンに充満して、少し酔いそうだ。
甘い食べ物は嫌いじゃないけど、ここまで濃い匂いを嗅ぐのは初めてだから慣れない。
「ねー、フェイトちゃん。そのさ……」
「ん?」
「本命チョコとか、あげる人はいるの?」
「本命?」
聞き返すと、なのはは少しだけ顔を赤くした。うー、と口ごもってから、
「えっと……好きな人にあげるチョコなんだけど」
「好きな人……男の人だったら、兄さんとユーノかな?」
少しだけ考えてから、そう口にした。
好きな人。大事な人。思い浮かんでくるのはその二人ぐらいだ。
「そうじゃなくて、えっと、お付き合いしたい人とか……」
「うーん。あまり考えたことないから、なんとも言えないけど……なのはは?」
「え、私?」
「うん。好きな人」
「うーん」
私と同じように、なのはも口をへの字に曲げて考え込む。
そしてまた、私と同じように答が出なかったみたい。ぶつぶつと口の中で言葉を転がす。
「クロノくん……は違うし。ユーノくん……はお友達だし。エスティマくんは……なんだかなぁ」
兄さんの名前が出た瞬間、少しだけ息が止まった。
兄さんとなのは。考えたこともなかった組み合わせだ。
この二人が彼氏さんと彼女さんになったら……駄目だ、仲良くしている様子が想像できない。
浮かんできた場面は、意地悪な顔した兄さんがなのはをからかっている所。そのまま模擬戦を始めてしまいそう。色々と駄目な気がする。
「……えと、なのは」
「何?」
「なのはって、もしかして兄さんのことが苦手?」
「え、そんなこと全然ないよ!……むしろ、私が苦手に思われているかも。
……うん。色々あったし」
「色々?」
「な、なんでもないの!」
表情に影が出来たような気がして声をかけてみたけれど、すぐに笑顔に戻ってしまった。
……何かあったのなら教えて欲しいのに、明かしてくれない。
それがなのはの良いところでもあるんだけど、無理をしているんじゃないかって心配してしまう。
けど、余計なお世話なんじゃないかって思って、これ以上は踏み込めない。
こんなとき兄さんはどうするんだろう。そんなことを考えて、
「ただいま帰りましたー!」
家中に木霊するぐらいの元気の良い声が耳に届く。それを聞いた瞬間、自然と眉間に力がこもった。
どたどたと慌ただしい足音と共に、リビングの扉が開かれる。
そして姿を現したのは、厚手のコートを着た金髪の女の子。
「おかえり、シャマル」
「はい、なのはちゃん。わ、チョコを作ってるんですね」
にこにことした、邪気のない笑み。
ヴォルケンリッターの――いや、今は高町シャマルとなっているその子を目にして、私は笑顔を作った。
「いらっしゃい、フェイトさん」
「お邪魔してます」
「フェイトさんもチョコを作ってるんですか?」
「うん」
「わー、だれかにプレゼントするんですか? やっぱり好きな人ですか?」
「こら、シャマル」
「えへー」
怒った風な顔でシャマルを諫めるなのは。けれど、その言葉尻は柔らかい。本気で怒ってはいないのだろう。
シャマルもそれを分かっているのか、悪戯をした子供の顔そのもののを浮かべている。
「あんまりそういうことは聞かないの。言いたくない人だっているんだから」
「ごめんなさい、なのはちゃん。……ところで、なのはちゃんはいないんですか?」
「いません」
「あらー。……知ってます。そういうのは、行き遅れって言うんですよ!」
「意味も知らないのに難しい言葉を使わないの!」
「ごめんなさい」
今度は少しだけ言葉に力が込められていた。それでもシャマルには反省した様子が見えないけれど。
……記憶を消されて、すべてを一からやり直している存在。だからこそ年相応といった風に笑っていられるんだろうけど。
けど、何故だろう。同じシグナムと比べて、シャマルを見ていてもあまり腹立たしくは思わない。
むしろ、なのはと一緒に過ごしているのを見ていると、これもありなんじゃないかとすら思える。
「そうだ、フェイトさん」
「何?」
「これ、あげます!」
そう言って、シャマルはポケットからセロファンに包まれた一口サイズのチョコレートを取り出した。
包み方が少し雑だし、チョコが変形している。
「私がつくったんです」
「……そう。ありがとう」
手作りだったんだ。それなら、形がちょっと歪なのも納得できるかな。
なんだか期待した目で見られているので、この場で食べてみることに。
包みに張り付いたチョコを剥がしながら口に入れると、甘みがじわっと広がった。
味は悪くない。……けど、食感が怖ろしく粉っぽい。どうやったらこうなるんだ、ってぐらい。たくさん食べたら喉が渇きそうだ。
けど、
「お、美味しいよ」
「でしょー! おともだちも、おいしいって言ってくれたんです!」
うん。ここまで無邪気に笑う子の笑顔を曇らすこともない。
そう思うと、心に引っ掛かっていたしこりのようなものが少しだけ和らいだ気がした。
「すごいね、シャマル。私はあまりお菓子とか作ったことないから、あなたより上手くできないかも」
「かんたんですよ、これぐらい。桃子お母さんに教えてもらったらすぐにできましたから」
お母さん。シグナムは兄さんのことを父上と言っているけれど、この子は違うみたいだ。
「けど、これはまだ入り口なんです」
「入り口?」
「はい。高町シャマルは将来、お菓子屋さんになるのが夢ですから!」
リリカル in wonder
眼下に広がる緑の海。見ているだけで草木の匂いが届いてきそうなものだが、生憎と遙か上空まで届くことはない。
Seven Starsを肩に担ぎながら、最近伸びてきた前髪を指先で弄る。目に入りそうだし、もうそろそろ切らないとなぁ。
『スクライア執務官。突入準備が完了しました』
「了解。では、始めましょう。タイミングは打ち合わせ通りにお願いします」
『はい』
小さく頷き、Seven Starsを両手で握り締める。
「Seven Stars、限定解除」
『魔力リミッター解除……魔力反応に防衛兵器が反応しました』
隠密行動用に設定していたリミッターを解除すると、案の定機械兵器が起動し始めたようだ。
下の陸士部隊と行っているデータリンクにより、地上の様子をSeven Starsが報告する。
数は……二十か。
「タイプは?」
『AMF搭載型は確認できません。すべて、報告にあったものです』
「ハズレか。まあ良い」
舌打ちしたい気分になるが、仕方がないか。ガジェットが簡単に出張ってきたら困るのはこっちだしな。
『――Phase Shift』
稀少技能を発動。それと同時に、視界に収まるすべてのものが速さを失う。
その中で動けるのは俺だけだ。
アクセルフィンに魔力を送り、そのまま一気に急降下。
射程距離内に入ると防衛用の機械兵器が弾幕を張るが、遅い。
それらのすべてを蛇行しながら回避して、地表に激突する寸前に軌道を変える。
機械兵器は反応できていない。近い場所にいた物を斧で破砕し、滑るように横移動しつつ、ピックをもう一体に叩き付ける。
そしてその場で回転し、並んでいた二体の機械兵器へとぶん投げた。
稀少技能が切れると同時に破壊した機械兵器が火花を散らし、爆散する。
「ガンハウザー」
『モードBへ移行』
呟きと同時に外装が虚空へと消え、金色の戦斧が槍へと変形。
重厚なカウリングが装着されると、Seven Starsはその姿を砲撃戦形態へと変えた。
以前はフルドライブ時でなければモードA以外への変形はできなかったのだが、システムを弄って通常状態でも使用できるようにしたのだ。
残るは十四体。研究施設の入り口に密集して、守りを固めている。
サイドステップを踏んで照準をずらし、砲口をそちらへと向けると、物理破壊設定で術式を構築。
「ディバイン――」
ガンガンガン、と三発の大口径カートリッジが炸裂し、
『バスター』
サンライトイエローの光が機械兵器を飲み込んで、研究所の扉を吹き飛ばす。
そして、砲撃を吐き続けているSeven Starsを横薙ぎして機械兵器を一掃した。
撃ち漏らしがないことを確認すると、カートリッジを補充しつつ陸士部隊へと念話を送る。
『突破口を開きました。突入、どうぞ』
『了解』
どたどたと慌ただしい足音を立てて、木陰から飛び出た局員たちが研究施設へと向かってゆく。
Seven Starsを肩に担ぎながらそれを見送る俺。
……縄張り、ねぇ。
本来ならそのまま俺が突入してスピード制圧、って感じなのだろうが。
ままならない。この施設の調査を担当していた者が既にいるのだから、俺がくちばしを突っ込むなって話か。
応援を要請してきたのはそっちなのになぁ。
「おや、冴えない顔だねぇ」
「ん?……って、ヴェロッサ?」
振り向いてみれば、そこにいたのは意外な人物。
ヴェロッサ・アコース。白いスーツをバリアジャケットに設定している変わり者。海に所属しているはずの査察官だ。
「お前、なんでこんなところに」
「カリムにおつかいを頼まれてね。いやー、しかしすごいもんだ。厳重な防御システムも砲撃魔法で一発。
君がいなかったら捜査もままならなかったんじゃないのかい? この現場は。
エースアタッカーの面目躍如ってところかな」
「その名を出すなよ、恥ずかしいんだから。
それに、このぐらい珍しことでもないだろう。はやてだったら地表ごと吹っ飛ばせるだろうし」
「……いや、そんなことされたら査察も何もできないんだがね」
「査察、ねぇ。聖王教会の仕事?」
「そう、身内の尻ぬぐいさ。君こそこんなところでどうしたんだい? 花形の首都防衛隊第三課が、こんな僻地に」
「ま、個人的に気になることがあってね」
そう言ってはぐらかす。
この施設が行っているのは、プロジェクトFに関係する遺伝子操作技術云々。もしかしたらスカリエッティとの繋がりがあるんじゃないかと思ってきたのだが、ハズレらしい。
……肩透かしだ、本当。あの人だっているかもしれないと、少しだけ期待したのだけれど。
まぁ、戦闘機人やプロジェクトFにスカリエッティが必ず噛んでいるわけでもない。
スバルやエリオ、ヴィヴィオも奴の知らないところで――
そこまで考え、おや、と首を傾げる。
遺伝子操作。聖王教会。
身内の尻ぬぐいと言っていたし、ヴェロッサがここにいるのは盗み出された聖王の遺伝子情報に関係するのかもしれないな。
深く聞こうとは思わないが。
「そうそう、エスティマ。今日は早めに帰ってくるように、とはやてが言っていたよ」
「なんで?」
「いや、僕に聞かれても分からないって」
「ま、そうか。しっかし――」
『執務官! 至急応援に――!』
「ぐお……!」
唐突に殴り付けるような念話が届いた。
顔をしかめつつ溜息。
Seven StarsをモードCへと変形。左腕に沿うようにしてSeven Starsのフレームを構成している金属と同じ材質で作られた、スライド式の実体剣内蔵の盾が装着される。金色の槍は片手剣用の柄へと。
変形の終了と共に高出力の魔力刃が発生し、隣接する大気がチリチリと焼ける。
モードC。近接突撃戦闘形態。砲撃能力はカットされ、可能なのは射撃魔法と補助系統の魔法のみ。屋内戦ならこれが一番戦いやすい。もっとも、エクセリオンを発動していないからバリアジャケットの厚さに変わりはないのだが。しかし、盾があるだけでも随分と違うだろう。
シスター・シャッハにしごかれて続けて、ようやく剣の使用許可が下りたのだ。基本的に長物しか使ってこなかったから、慣れるのに随分と時間がかかった。
ブリッツアクションを発動し、砲撃で吹き飛ばされた入り口へと急ぐ。
『仕事熱心だねぇ』
『お前はサボるな。働け』
『いや、僕みたいな木っ端がいたら邪魔だろうからねぇ。執務官様が仕事を終えた後にゆっくり査察をさせてもらうよ。ははは』
この野郎。
あとでシスターにチクる、と決意して、ぎゅっとSeven Starsを握り締めた。
――結局、この研究施設からスカリエッティの手がかりらしい手がかりは得られなかった。
それはヴェロッサも同じだったらしく、とんだ無駄足、と気怠そうに言っていたのが印象深い。
……そう、スカリエッティに関する情報は手に入らなかった。
だが、無駄足ではなかったかもしれない。そう思えるだけの成果はあっただろう。
この研究施設が行っていたことは、人造魔導師を生み出す、今となってはさして珍しくもない事柄。
ただ、無駄に金を使い込むばかりで研究は進んでいなかったようだ。だからなのか、プロジェクトFの成功例を確保しようという誘拐まがいの計画が準備されていた。
……なんつーか、バタフライ効果が起きる瞬間を目にした気分だ。
ヴェロッサが言っていたように、俺がいなければこの研究施設への踏み込みは行われなかっただろう。おそらく正史ではしばらくの間、放置されていたのではないだろうか。
……優秀な魔導師は、確保しておいた方が良いよな。
頭の中でスケジュールを組み替えつつ、思わず額を押さえる。
やるべきことが積み重なってばかりだ、本当。
その日のうちに中将へちょっとしたお願いをしたあと、ヴェロッサの伝言に従って帰ることに。
しっかし、はやてのお願いねぇ。一体なんだろうか。
色々と考えてみるも、仕事関係のことしか浮かんでこない自分の頭に苦笑する。
普通に友達なんだから、そんな乾いたことじゃあないだろうに。
……ええと、そうだなぁ。リインフォースのユニゾンをもう一度試すとか……いや、駄目だ。それだけは駄目だ。
まさかの女体化なんて果たしたくないよ。レリック砕ける覚悟で自分に砲撃魔法を向けるぐらいには。
などと考えているとリニアがベルカへと到着。そこからはいつものように自宅へと。
『はやて。今、ベルカに着いたよ』
『あ、お帰りなさい。ちょー待ってな。十分ぐらいは外で時間潰しててー』
なんぞ。
何かやっているんだろうか。しかも俺の家で。
そんなことを考えながらも、言いつけどおりに時間を潰すことに。
近くの本屋に入ってデバイス雑誌を立ち読み。月間デバイスマイスター。表紙には、『俺は、俺が、俺たちが、デバイスだ!』とか意味の分からないフレーズがでかでかと書かれている。
適当にページをめくっていると、ふと、見知った項目を目にして手を止める。
……陸の次世代機の選定が難航、ねぇ。
今日、帰路に着く前に中将がぼやいていたことだ。あの人はアインヘリアル計画を発動させる前の予算の工面に本気で頭を悩ませているわけだが、もう一つの頭痛の種としてこれがある。
安く、高性能で魔力ランクの低い魔導師でも扱えるデバイス。そんな夢のような代物を要求されたところで実現できるマイスターなんているもんかねぇ。
少し前まで俺が所属している部署で持ちきりだったのはこの話題。
試作デバイスのモニターとして色々な物を使ったのだが、しっくりくるものはなかった。
……本当、要求がシビアなんだよなぁ。魔力ランクの低い魔導師の為にカートリッジシステムの搭載は半ば必須で、戦闘機人事件でガジェットに平の局員が手も足も出なかったことを問題視されてフィールド貫通機能も充実させろとか。
そんな無茶な要求をされるものだから、割とゲテモノデバイスが考え出されては試作を繰り返し。ジオン軍か。予算がなくなるぞその内。
……まー、そのゲテモノデバイスの中には俺の考えたのもあったんだけどさ。
発想だけは悪くない、と言われたが、いかんせん練りこみが足りないとか。
個人的には悪くないと思ったんだがなぁ。着眼点が日本人らしくて。
「……っと、もうそろそろか」
雑誌をレジで購入すると、今度こそ自宅へGO。
自宅なのにインターフォンを鳴らすと、はやての声が。なんか妙な気分だ。
「ただいま。もう良いかな?」
『ごめんなー。もう大丈夫やから』
大丈夫らしい。
ドアを開けて真っ先に感じたのは、濃密な甘い匂い。チョコレートの。
なんだろうか。というか、まーたあのお嬢さんは勝手に人の家のキッチンを使って。まぁ鍵を渡したのは俺だから文句は言えないっつーか、言うつもりもないんだけど。
そんなことを考えながらリビングに進むと、
「おかえりエスティマくん。今日もお仕事お疲れ様です」
「お疲れ様。しっかし、はやて。ロッサに伝言するんじゃなくて、メールか何かで連絡してくれれば良かったのに」
「んー……絶対早く帰ってきて、ってわけじゃなかったんよ。上手いことロッサが伝えてくれたら、上手くいくっていうか、うん。
願掛けやね」
そんな良くわからないことを口にした瞬間だ。
彼女は後ろ手に隠していた箱を差し出した。赤い包装紙で包まれ、緑色のリボンで彩ってある。
あー、よく見れば、着けたエプロンには所々に跳ねたのであろうチョコレートがくっついている。難航したのだろうか。
「えっと……これは?」
「ん、まずそこから説明せんといかんね。ええっと、私のいた世界にはバレンタインって風習があって――」
「あ、知ってます」
同じ世界の出身だからね。中の人は。
バレンタインチョコか。なんか、もらったのは酷く久しぶりな気がするなぁ。
最後に本命チョコをもらったのはいつのことだろう。遥か昔だよ本当……。
「そっか。なら、話は早いなー。これ、あげる」
……あっはっは。照れも何もない感じだからきっと義理なんだろうなぁ。
いえ、いーんですよ別に。外見はともかく中の人は二十歳アッパーというか、中の年齢は順調にカウントされててもう三十路だしね!
……畜生。
「ありがと。悪いね、なんだか」
「いいえー。エスティマくんには日頃から面倒見てもらっているから、これぐらいはせんと。
……えとな、それと……」
「うん」
俺が頷くと、はやては急に顔を赤らめる。
何かあるのだろうか。もじもじとしながら彼女はポケットからリボンを取り出すと、それを自分の首に巻きつけた。
そして、少し手こずりながらだがリボン結びが完成する。
「あ、あんな? 渡したいものはもう一つあって――」
と、そこまで彼女が口にした瞬間だ。
唐突にインターフォンが鳴り、なんとも微妙な空気が流れる。
「……つ、続きをどうぞ」
「……ええよ。ええねんよ」
どうやら間が悪かったらしい。
何を言おうとしていたんだろう、と首を傾げつつモニターを見る。外にいるのはフェイトとなのは。
もしかしたら、はやてと同じようにチョコを渡しにきてくれたとか。いやー、どうなんだろう。
フェイトはともかく、なのはには苦手意識を持たれている気がするしなぁ。正月近辺で色々あったし。
「いらっしゃい。どうしたの?」
『あ、兄さん。今大丈夫?』
……大丈夫、なのだろうか。はやてと顔を合わせても。
『はやて、はやて』
『なんやのー?』
……なんか酷く落ち込んだ感じの念話が返ってきた。
『フェイトがきたんだけど、大丈夫?』
『フェイトさんが? えと……うん。私は大丈夫』
私は、ときたか。
……ううむ。
避けていたらいつまでも仲直りもできないわけで。しかし、そう簡単に溝が埋まるとも思えず。
俺がやらかしたことが原因だから、空気が悪くなったら身を張ってでもなんとかしようとは思うのだけれど。
「フェイト、今お客さんがきてるんだけど、それでも良いかな?」
『そうなの? じゃあ、お邪魔かな』
『お邪魔ってわけじゃないさ。ただ……』
なんとも言えない押し問答が続く。そうしていると痺れを切らしたのか、横からなのはが割り込んできた。
『エスティマくん、そのね。フェイトちゃんと私、チョコを作ってきたんだ』
「バレンタインの?」
『うん。あ、知ってたんだ、バレンタイン』
「うん、まぁ」
言いながら、横目ではやてを覗き見る。彼女はどこか居心地の悪そうな顔をしながら、所在なさげに指を絡めていた。
……くっそ、なんだこの構図。昼ドラか。
『お客さん、いつまでいるの?』
「んと、あんまり長くはいないと思う」
『そっか。それじゃあ用事が済んだら連絡して? そうしたらお邪魔させてもらうから』
「分かった。悪いね」
『良いよ。また後でね』
ぷっつりと通話が切れる。ため息を吐きたい気分になるが、それを我慢して両手を合わせると、はやてに顔を向けた。
「ごめん」
「そんな、ええよ。気苦労かけて、私の方もごめんな?」
苦笑するはやて。彼女は口を動かしながら帰り支度を始めてしまう。
引き止めたいとは思うのだが、なのはの出した提案に乗ったのは俺だ。どの口がそんなことを言えるだろう。
「その、はやて」
「んー?」
「ありがとう。チョコ、嬉しかった。お返しはちゃんとするよ」
「ん、期待しとるわ。三倍返しや」
おどけた風に言ってくれたお陰で、少しだけ救われた。
……俺は何がしたいんだろう、本当。
なのはと一緒に散歩をしていると兄さんから、もう大丈夫だよ、と念話が届いた。
お客さんか。誰だったんだろう。ユーノとかだったら気にせず上げてくれただろうし、きっと私やなのはの知らない人なんじゃないかな。
兄さんはたくさんの人と知り合ってる。スクライアの皆に、それと、管理局のお仕事で。……八神さん繋がりで聖王教会の人たちとも。
ここはベルカだし、もしかしたら聖王教会の人だったのかもしれない。
別に、ええと……そう。坊主が憎けりゃ、ってわけじゃないんだし、私だって聖王教会の人たちが嫌いなわけじゃないんだから気にしなくても良かったのに。
……でも、やっぱりお客さんがいなかった方が良いのかもしれないな。
こうやってチョコを作った今でもイマイチぴんとこないけれど、やっぱり好きな人――それが実の兄でも――に渡すのだから、緊張してしまう。
受け取ってくれるかな。喜んでくれるかな。そう考えるだけで、胸がどきどきと高鳴ってくる。
うん、きっと大丈夫。兄さんは甘いものが嫌いってわけじゃなかったはずだし。
初めて作ったお菓子だからあまり上手くはできなかったけど、きっと大丈夫。
……大丈夫、かなぁ。
「うう、やっぱりもっと早くから練習しておくべきだった」
「うん、そうだね。私もあんまり上手くできなかったし。理想を高くしすぎるとロクなことがないって身に染みたよー」
「来年はちゃんと作らないと」
「フェイトちゃん、気が早いってば」
そんなことを言い合いながら、兄さんの家に通してもらう。
まず真っ先に感じたのは、なのはの家と同じチョコの匂い。なんだろう。誰か兄さんにチョコをあげるような人がいたのだろうか。
そう考えて、真っ先に八神さんの顔が浮かんできた。
……そうだね。なのはと同じ世界の人だから、今日、チョコをあげたって不思議じゃない。
兄さんにチョコをあげる八神さん。そのフレーズが何故か胸に重く圧し掛かって、少しだけ唇を噛んでしまった。
「ういーす、二人とも。ようこそ我が家へ」
兄さんの顔を見たらその瞬間、駆け寄りたくなってしまった。けど、我慢する。
ユーノを見ていて分かったけれど、兄さんは大人びた人との方が一緒にいて楽そうだから。だから、子供っぽいことはなるべくしないように我慢。
「お邪魔します。うわー、ちゃんとお掃除してたんだね。合格なの!」
「……あー、まぁねぇ。割と世話を焼いてもらってるから、それが八割だけど」
「……自分でお掃除したりはしないの?」
「するよ、休日は。パパを嘗めるな」
「貫禄が微塵もないじゃない」
「無茶言うなよ。ヒゲでも生やせというのか、サリーちゃんのパパレベルの」
「……ごめん、分からないよ」
兄さんとなのはのやり取りを見ていると、どっちも苦手なんかじゃないって思えてくる。
お正月に色々あった、って言っていたけれど、特にわだかまりがあるようには見えない。
心配するようなことなんて何もないみたいだ。良かった。
「二人とも、紅茶で良い?」
「あ、うん」
小さく頷くと、兄さんはキッチンへ行ってしまう。
私はなのはと一緒にソファーに座ると、部屋の中を流し見る。
兄さんが任務で倒れたときに一度入ったことがあるけれど、あの時はこうやってゆっくりする暇もなかったから、兄さんのお家を見るのはなんだか新鮮だ。
さっきなのはに言っていた、世話を焼いてもらっているっていうのは……ヘルパーさんか何かなのかな?
やっぱり子供が二人で暮らすのは大変だろうし。スクライアや学校で暮らしてみて分かったけれど、誰かに助けてもらわなければ私たちが普通の暮らしをするのはとても難しいんだって思う。
そんなことを考えていると、視線がある一点で止まった。
テーブルの中央に置かれている、赤い包装紙で包まれた箱。ぱっと見ただけでは分からないけれど、目を凝らせば、それが手作りだって分かった。
包み方がお店のものよりも雑というか……慣れてない。なんだろう、これ。
「なのは。なんだろう、これ」
「えっと……」
「お待たせー」
箱を手に取ろうとした瞬間、狙い済ましたかのように兄さんが紅茶を持ってきた。
そして箱を持ち上げると、私の手の届かない場所に置いてしまう。
なんだろう。少しだけ、むっとしてしまった。
……けど、何も嫌な子になるつもりはない。今日は兄さんにチョコを渡しにきたんだ。嫌な気分になって欲しくないし、なりたくない。
湯気を上げる紅茶の水面に視線を落とす。兄さんのはやっぱりブラックコーヒーだ。
「さあチョコをおくれ。ギブミーチョコレート。本命なら尚良し」
「あはは、残念だけど義理ですー。はい、どうぞ」
困った風に笑ったなのはが兄さんにチョコを渡す。本命なら、なんて言っているけど本気じゃないのかな。がっかりした様子じゃなくて、苦笑している。
……今度は私の番だ。ひっくり返ってないか少しどきどきしながら鞄を開ける。良かった、無事だ。
そっと取り出すと、声が上擦りそうになるのに気をつけながら手渡す。
「はい、兄さん。私のは本命だから」
「ありがとう、二人とも」
あ、普通に受け取られちゃった。
うう……一番好きな人に送るのは本命だって聞いたから、兄さんに渡すものは頑張って作ったのに。
兄さんは早速受け取ったチョコの包みを開けると、なのはの作った方を口に入れた。
うん。味見をさせてもらったから分かる。なのはのは美味しくできていると思う。
問題は……。
「流石はパティシエの娘さん。美味くできてるなー」
「うん。お母さんに作り方を教えてもらったから」
「道理で。……で、なのは。本命はユーノにでもあげるの?」
「え? なんでユーノくん?」
「……なんでもないです、はい」
世知辛い世の中だ、と呟きながら、兄さんは私のチョコに手を伸ばす。辛かったのかな、なのはのチョコ。
それはとにかく、私のチョコ。
固めるときに少し失敗してしまったから、形が少しだけ歪んでいる。けど、兄さんは気にした風もなく口に運ぶ。
トリュフチョコ。前にアルフが買ってきてくれたのが美味しかったから真似てみたんだけど、どうだろう。
兄さんは口の中でチョコを転がすと、最後にコーヒーを飲んで小さく頷いた。もしかして、甘すぎたのかな。
「フェイト、初めて作ったにしては美味しいじゃんか。上出来上出来。来年が楽しみだ」
「……え?」
「え、来年はくれないの?」
「そ、そんなことないよ! 来年も頑張るから!」
かっと顔が熱くなる。うん。なんでこんなに、と思ったけれど、少し考えれば簡単なことだ。
最近、兄さんに褒めてもらうようなことがなかったから、くすぐったいような気分になったのだ。
「に、兄さん、来年はどんなのが良い? なんでも作るよ。ケーキとかでも練習して――!」
「フェイトちゃん落ち着いて――!」
……少し熱くなってしまった。
うう、大人っぽく大人っぽく。
「そ、そういえばさ、フェイト。アルフは?」
兄さんが思い出したように話を振ってくる。
ええと、
「アルフ、なんだかユーノに用事があるって言って。今日は別行動なんだ」
「へー珍しい。……ん、珍しいのか?」
「そうでもないかな。本の貸し借りとか、結構やってるみたい。ああ見えてアルフは本が好きなんだ」
「ん、そっか。……まぁ、そうだろうなぁ」
何か思い当たる節でもあるのかな。俯き加減でコーヒーカップを口に運ぶ兄さんの顔は良く見えない。
「案外、アルフもユーノにチョコをあげてたりしてなー」
「え、そうなの?」
「なんとなくね。あの二人が一緒にいることって割と多いから、そうなってもおかしくないって思っただけ」
「……ふーん」
兄さんの話を聞いて相槌を打つなのは。なんだか、複雑な表情をしている気がする。
「まー、あの馬鹿兄貴のことは良いや。二人とも、最近どうしてた? 特になのは。お前、無茶してないだろうな」
「してませんー。そういうエスティマくんはどうなの?」
「してませんー」
「真似しないでよ、もー!」
……どっちもどっちだと思うけど。
そして何故かチカチカと光り始めるレイジングハートとSeven Stars。そして、バルディッシュも。デバイスたちも仲が良いなぁ。
良いようにあしらわれてるなのはの様子はちょっと珍しい。弄られてるっていうか、なんていうか。
うーん。やっぱり、苦手ってことはないと思うな。
猫と鼠の関係っていうか、刑事と大泥棒の関係っていうか。不良警官とその部長さんの関係っていうか。
見ていて微笑ましい。お似合いの二人だと思うのに。
……お似合い。うん、そうかも。
なのはの家ではしっくりこなかったけど、こうやって見てみると、似合ってる。
認めた瞬間、なんとも言えない苦さが胸に広がった。なんでだろう、と首を傾げるけれど、原因は分からない。
「もー、フェイトちゃん!」
「は、はいっ!」
「エスティマくんが意地悪ばっかり言うよもう! なんとかしてー!」
「えっと……兄さん、意地悪は駄目だよ?」
「そんな。愛でてるだけです」
「だってさ、なのは」
「嘘だよー!」
本気で怒ってはいないんだろうけど……これは少し危険な予感がするよ。
それは兄さんも分かっているのか、ごめんごめん、と苦笑して、キッチンに紅茶のおかわりを入れに行った。というか、逃げた。
『なのは』
『ん、何?』
『やっぱり苦手ってことはないんじゃないかな』
『えー……だって、意地悪ばっかり言うよエスティマくん。今日のことじゃないけど、真っ向からお話しようとしたらはぐらかすこともあるし。
適当に扱われているような気がする』
『でも、兄さんもなのはも楽しそうだよ?』
『そう見えるだけ! 弄られてる方はたまったもんじゃないの!』
『うう、ごめんなさい』
なんだか怒られてしまった。
……やっぱり兄さんのこと、苦手なのかな。二人のことは好きだから、仲が悪くなって欲しくないんだけど。
あ、そうだ!
『なのは、前にユーノが言ってたんだ』
『うん』
『男の子は、好きな女の子に意地悪するって』
『へー、そうなんだ。
……な、なんだってなのー!?』
なんだか色々と混じった驚き方をされた。
『だからそうだよ。きっと兄さんはなのはのことが好――』
『ストップ、フェイトちゃん! そんなこと有り得ないっていうかこちらから御免被るっていうか……!
……うん、それに、悪いし』
『悪いって?』
『んー……秘密』
はぐらかされた。ショックだ。
しかも有り得ないって……二重にショックだよ。
『あ、あの、フェイトちゃん? 別にエスティマくんが嫌いとかじゃなくて、そういう風に考えられないってだけだからね?』
『……うん』
……兄さん、良いと思うんだけどなぁ。
そりゃあクロノと比べたらあれだけど、同年代の中では出世頭だし。魔導師ランクも高い方だし、今は一つの部隊を預かってるし。きっとお給料も良いはずだし。優しいし。
学校の友達が言ってたいい男の条件をすべてを満たしている気がするんだけどなぁ。
……難しい。
「ふぅ……」
手元に煙草があったら深々と煙を吐き出すような溜息を吐いて、ソファーに身を沈ませた。
合計でチョコは三つか。三人娘フルコンプリート。全部、義理だがな。
現在時刻は夜の七時。シグナムはまだ帰ってこないが、きっとはやての所にいるのだろう。フェイトたちがいたから、向こうに行くよう連絡してくれたのかな。
有り難い。紙一重で空気が重くならずに済んだ。
……ん、そうだ。シグナムが帰ってくる前に飲んでおこうか。
制服の上着からタブレットケースを取り出し、その中から錠剤を二つ手に落とす。
精神安定剤。一時期よりもかなり量は減って、胃が荒れることもなくなった。このまま治ってくれたらありがたいんだけどね。
俺が安眠できるようになるのはいつのことになるやら。
口に錠剤を放り投げてそのまま嚥下する。水がなくても飲めるぐらいには慣れてしまった。
一時間もすれば気怠くなるし、その前に夕食にするとしよう。
キッチンに立ち、はやてが作ってくれたおかずを温めるべく冷蔵庫を開ける。肉じゃがに……これは唐揚げの下ごしらえか。他にも色々と、俺の好物が並んでいる。
はやてが栄養バランスを無視した料理を作るなんて珍しいな。なんかの記念日ってわけじゃないはずだけど。
なんだろうなぁ、と思いつつ淡々と唐揚げを油に放り込む。
うおお……この匂い。たまらん。
ようやく衣が付き始めたぐらいなのに、つまみ食いがしたくなる。
「ただいま帰りました!」
「お、お帰り」
ポニーテールを踊らせながら、シグナムがリビングに姿を現す。
玄関から直行ですか。
「あー、シグナム。鞄は自分の部屋で降ろしなさい」
「はい」
良い子だ。
素直に自室へ行って鞄を降ろしてくると、シグナムはキッチンへとやってきた。
匂いに釣られたのだろうか。尻尾のようにポニーテールを踊らせながら、シグナムは俺の手元を覗こうと背伸びをする。
「……からあげですか」
「そうだ、唐揚げだ」
「八神家じるしですか」
「八神家印だ」
「……たのしみです」
……存外、似たもの親子なのかもしれない。