目を覚ましたはやてが最初に行ったことは、クッキー缶に寝ているエスティマの顔を見ることだった。
寝ぼけ眼を擦りながら、彼女は車椅子に座ると、机へと近付く。
寝床には、いつものように金色のフェレットが眠っていた。
その様子に微笑みを浮かべ、彼女は小さく頷く。
「さー、今日も一日楽しく過ごそうかー」
言いつつ、彼女は自室を後にして、台所へと向かった。
一人と一匹分の朝食を用意して、彼女はテレビの電源を付ける。
画面に映し出されたニュースは、今日もいつもと代わり映えのしない内容を放送していた。
それをぼーっと眺めながら、彼女は時計を見て首を傾げる。
もうそろっと、エスティマくんも起きるころなんやけどなー。
「なんや、今日は寝ぼすけさんやね」
起こしてあげよう、と車椅子を動かし、ドアから入ってきた影を見て、彼女は頬を綻ばせる。
ああ、やっと起きてきてくれた。
「もー、寝ぼすけさんやで、エスティマくん」
それにぺこりを頭を下げ、フェレットは餌皿に向かっていった。
はやてが、いただきます、と言うと同時に、二人は朝食を食べ始める。
その後、家事を行うはやて。
いつものようにフェレットを膝に乗せて行うのだが――
……今日はエスティマくん、元気ないなぁ。
いつもだったら、はやての鼻歌に合わせて頭を動かすぐらいはするのだが、今日はずっと丸くなったままだ。
どういうことだろうか。
もしや食あたり? やっぱりフェレットに人間の食べ物を与えるのは駄目だったのだろうか。
いや、前にフェレット用の餌をあげたら異様に嫌がっていたし……。
本当、どうしたのだろう。
などと考えていたら、だ。
「……ちょお、エスティマくん?!」
不意にインターフォンが鳴り、それと同時にフェレットは頭を上げて、玄関へと駆け出した。
慌ててその後を追い、はやては首を傾げる。
かりかりと前足でドアを引っ掻き続けるフェレット。外に出たいのだろうか?
今開けますー、とはやては玄関のドアを開き――
「……初めまして」
そこにいた少年の姿を見て、再び首を傾げた。
そして、あ、と目を見開いて、
「外人さん?! わ、わたし英語しゃべれませーん!」
「いや、変なイントネーションで言っても駄目だから。しかも日本語喋ってるよ俺」
突っ込まれた。
リリカル IN WORLD
「……またなー、エスティマくん」
どこか寂しそうに、しかし、それでも笑みを浮かべ、はやては俺たちを見送ってくれる。
頭を下げて八神家を後にすると、そのまま人気のない通りへと向かう。
そうして腕に抱いたフェレットを開放し――
光に包まれ、フェレットは青年の姿となった。
一瞬の内にもう一回変身魔法使ったのかこの使い魔。
流石に高スペックだ。
青年は調子を確かめるように手を開け閉めすると、俺の方を向く。
「……これで良いんだな」
「はい。それともう一つ、俺からの手紙はちゃんと彼女に届けて下さいね。その逆も、お願いします」
「……中身は確認させてもらうからな」
「どうぞご自由に」
言いつつ、俺は苦笑した。
夜天の書の存在を黙っている条件。
それは、こうやって『飼い主の俺』が『エスティマ』を迎えに行く芝居に付き合ってくれること。
そして、はやてと手紙のやりとりを許してもらうこと。これは中身の確認を許す、という条件付き。
この二つだ。
このぐらいしか、あの状況で思い付く手はなかった。
相手の要求を呑みつつ、こちらの要求を突き付ける。
後ろ暗いことをやり、かつ、誰にも知られたくないならば呑むだろうと思ったのだ。
こちらの要求も、はやてに罪悪感を抱いていれば通してくれそうなもの。
はやてとエスティマの繋がりを完全に絶たず、寂しさを少しでも紛らわす手段しか俺には考えつかなかった。
もしかしたら八神家に居座り続ける方法が、あったのかもしれないが――
まあ、しょうがない。俺にはこれが精一杯だ。
「私は約束は果たした。次は君の番だ」
「分かっています。今後はやてに近付かず、闇の書の存在や、それに関する発言をしない」
「ああ。……これを」
言い、青年は手を差し出してくる。
掌に乗っているのは一つの指輪。
銀の、なんの装飾も施されていない、質素な代物だ。
「これは?」
「呪いの付加された指輪だ。約束を破った場合、手が吹き飛ぶと思え」
「……物騒な物を」
慎重というか必死というか。
質量兵器……じゃあないんだろうなぁ。禁止ワードか行動を取った場合、殺傷設定の炸裂効果付加魔法が発動とかかね。
半ば呆れつつ、俺は指輪を右の中指に通す。
若干サイズが大きかったのだが――根本まではめた瞬間、ピッタリフィット。
どうやって外すんだよこれ。
まあ、外せないように出来てるんだろうけどさー。
「……アースラがここへ向かっている。だが、彼らには私のことを伝えるな」
「それもこの指輪の誓約に入っているんですか?」
「勿論だ」
わーい。うっかり口を滑らせたら大変なことになるぞー。
「……ま、長い人生を片手で過ごしたくないんで黙ってますよ」
「そうしておけ。私も、これ以上誰かを苦しめたいとは思っていない」
……どの口が。
思わず嘲笑しそうになるのを必死に堪え、あははー、と笑い声を上げる。
「まあ、なんにせよ助かりました。ミッドの銀行から金も引き出してもらって、しかも換金まで。
これでしばらく過ごしていけます」
「気にするな。……では」
それだけ言って、青年は解けるように姿を消した。
完全に気配が消えたのを見計らい、俺は思いっきり溜息を吐く。
あー、もう。俺は交渉ごととかには向いてないねーまったく。
佐山の真似事なんて金輪際しないぞ。
いや、佐山なら譲歩せずにより良い状況に持って行くだろうけどさ。
「……さて、これからどうしよう」
取り敢えず街を出歩くか。
服も新調したし、ぶらぶらしても問題ないっしょー。
いやいや、猫姉妹に用意してもらったんですよ。センスも……多分、悪くない。
半袖のカットシャツに黒のネクタイ。青のジーンズにジャケット。
……若干ませた子供みたいな格好だなこれ。
外見も手伝ってマジそんな感じだろう……。
『お似合いですよ』
黙らっしゃい。
まあ良い。
さーて、手始めにコンビニで立ち読みでもしますかー。
と思って出発し、一時間後。
補導されました。
ふっざけんなファック! 俺はミッドの学校卒業してるっつーの!! 日本の高校も!!
しかしそんな理屈が通じるわけもなく、しかも身分証を持っていない俺は公僕様の前では酷く無力でした。
いや、持っているには持っているけど、ミッドチルダで発行したやつだから無意味なんですよ。
結局、人目を盗んでフェレットモードへ移行。なんとか脱出。
現在、人気のない公園のベンチで黄昏れています。
ユーノがフェレットのまんまで生活していた理由が分かった気がする。
多分あっちの方が過ごし易いよ、畜生。
あー、これからどうしよう。
時刻はお昼のちょっと過ぎ。
どっかの店に入ると、また捕まりそうだしなぁ。
財布を取り出し、中身を見てみる。
五万円弱。アースラが来るまでビジネスホテルにでも泊まろうと思っていたけど、そもそも子供一人じゃ泊めてくれないっつーの。
金はあるが身分はない。
どうしろっちゅーねん。
『泊まるところがなければ野宿ですね』
「ダンボールハウスは嫌だー!」
思わず叫ぶ。
しかし救いの手が差し伸べられるわけもなく、二回ほど舌打ちした。
こうなったらフェレットモードになって動物病院で寝泊まりしてやろうか。
などと、尊厳を捨て去るような思考すら湧いてくる。
『ユーノさんのところに行けば良いではありませんか』
「いや、あの馬鹿はフェレットライフを満喫しているだろうから、邪魔は悪いだろう」
いや、正直なところ邪魔したくてしょうがないんだけど。
むしろご相伴に……いやいやいや。俺に幼女趣味はねーっすよ!
閑話休題。
そういえば、コンビニで立ち読みしていて、いくつか気付いたことがある。
やはりここは俺がもといた世界ではなく、多分平行――いや、並列世界かなんからしい、ということだ。
打ち切りだったはずの漫画が連載していたり、連載されていた漫画が打ち切りだったり、妙な雑誌が置いてあったり。
コンビニの商品に見慣れない物があったり、携帯電話雑誌に見慣れない機種があったり、など。
新聞を見てみたら、年号は平成ではあったのだが。
パラレルワールド、と言いたいところだが、いくつも世界があるってのが前提だからなぁ……。
難しいぜ、と首を傾げつつ、立ち上がる。SFは苦手だ。
時刻は一時半。小学校なら、もうそろそろ一年生が遊び始める時間か。
これなら出歩いても大丈夫でしょう。
「Lark、これから何しようか」
『ジュエルシードを探せば良いではありませんか』
「次のは夕方――夜近くまで活動を始めないよ。多分、だけどね」
『曖昧ですね』
まあ、ねぇ。
……いや、待て待て。昨日はジュエルシードの発動時間が変わっていたのだから、今度も一緒ってわけじゃないっしょ。
などと考えていたら――
『結界の発動を確認しました。同時に、ジュエルシードも』
「げぇ?! マジかよ!」
こんな真っ昼間に空飛ぶわけにもいかないんだぞ?!
徹夜で若干疲れた身体に鞭打って、駆け出す。
くそう、マズイ。なんとかクロノが現れる場面に居合わせないと、厄介だ。
民間協力者としてユーノとなのはが協力するだろうが、そこに『スクライア』として噛まないと、まずい。
あのお人好しだったら事件を収拾してくれる管理局に感謝だけして、ジュエルシードを無条件で渡しそうだ。
せめて俺の持っている分でも売却せねば、長老様に顔向け出来ない。
『ユーノ! 聞こえるか、ユーノ!!』
『あ、うん。どうしたのエスティ』
『ジュエルシードだよ! なのはは学校か?!』
『うん。エスティ、今回のはお願い出来る?』
『お前人に仕事を放り投げるなよこちとら徹夜で疲れてるんだぞ畜生ー!』
一息に念話をぶっ飛ばし、駆ける足に力を込める。
『……頭がぐらぐらする。叫ばないでよ、もう』
『なんでお前様はそんなに落ち着いていますか?!』
『いやだって……信頼してるし?』
『何故疑問系?! そして、この状況で言われても嬉しくない……!』
『素直に喜ぶべきです、ご主人様』
『そうだよねぇ。まぁ、エスティは照れ屋だから』
『ほのぼのしてんなー!』
ぜーはー、と息を吐き、ようやく目的の公園へと到着。
結界が張ってあるために、中で何が起こっているのかは分からない。
さて。
「行くぞ、Lark」
『はい、ご主人様』
『頑張って、エスティ。僕もなのはと合流してすぐ向かうから』
『頼んだ』
そう念話で呟き、胸元のLarkを握り締める。
そして息を整え、
「顕現せよ。
紅き雲雀の杖。
構築せよ。
我が求める装甲を。
降臨せよ。
――我が力!
Lark、セットアップ!」
頭上に掲げたコアに、紅と銀のパーツが組み合わさってゆく。
斧、矛、ピックを形成。二つの回転式弾倉が現れ、合致する。
それを頭上で振り回し、横一文字に一閃。
真紅のハルバードを構え、斧の部分に魔力刃を形成すると、俺は結界へと叩き付けた。
確かな手応えと共に結界が割れ、その隙間から入り込む。
公園の中央では怪樹と化した木立と戦う、フェイトの姿があった。
俺の方を一瞥し、彼女はすぐに怪樹へと視線を戻す。
今度こそは、と思っているのか。
さて、俺も――
「させないよ!」
『プロテクション』
不意の方向から拳。
咄嗟にLarkの張ってくれたバリアの向こうには、拳を叩き付けてくるアルフの姿が。
……また一対二の状況か。
舌打ちしつつバックステップ。そこから飛行へと繋ぎ、Larkの穂先をアルフへと向ける。
彼女の瞳には怒りがありありと浮かんでいた。
剥き出しにされた犬歯は、俺を噛み殺そうとしているかのよう。
いや、事実、そうしたいのだろう。
なんせ――
「……アンタのせいで――アンタのせいで、フェイトがどんな目に遭ったか――!」
咆吼。
まあ、俺がフェイト本来の取り分を二つ奪っているんだからプレシアの怒りもその分増しているだろう。
分かってはいる。同情だってするし、出来ることなら助けたいとも思っている。
しかし、それとこれとは別だ。俺には俺の事情がある。はいそうですか、とジュエルシードを見逃すつもりはない。
彼女は再び拳を構え、突撃してくる。
怒りを露わにした突撃。俺との距離は刹那の内に埋まり、再び拳がバリアへと突き刺さる。
バリアブレイクを実行しているのか、ミキミキとプロテクションが悲鳴を上げる。
Larkのコアが絶え間なく明滅し、アルフの術式介入を押し留めているのが分かった。
ちら、とフェイトの方に視線をやれば、彼女は魔力刃で襲い掛かる根や枝を切り裂いている。
……まだ回収まで時間があるか。
なら――
「Lark!」
――速攻だ。
『カートリッジロード、プロテクションパワード。続いて――』
Larkが俺の意志を酌む。カートリッジの炸裂音に続き、障壁に魔力が注ぎ込まれる。
アルフはそれに目を見開くが、叩き付けた拳を引く様子はない。
しかし、バリアブレイクの術式介入を行っていたために気付いたのだろう。
咄嗟に彼女は身を引こうとして――
『――バリアバースト』
破裂した魔力の奔流に呑まれ、アルフは地面へと叩き付けられる。
その彼女を視線に収めつつ、斧の魔力刃を維持したままで、もう一つの魔力刃――ピックの部分に、サンライトイエローの鎌を生み出す。
それを振り被り、
「引き裂け……!」
『アークセイバー』
刃を飛ばした。
次いで、クロスファイアを発動。
四つの魔力弾を生み出し、それを集束。
アークセイバーの着弾と同時に、クロスファイアを撃ち込んだ。
倒れ込んだままの状態でアルフは障壁を展開するが、無駄だ。
魔力刃は基本的にバリア貫通能力を付加されている。そうでなければ容易に防御されてしまうのだかから当たり前だが。
アークセイバーが命中し、アルフの障壁に罅が入る。駄目押しで集束したクロスファイアが命中し、障壁を完全粉砕し、貫通する。
爆発と共に煙が舞い上がり、俺は小さく頷いた。
あれで倒したとは思えない。だが、時間稼ぎにはなるはず。
アクセルフィンを発動し、Larkを振り被って怪樹へと向かう。
根が殺到するが、遅い。
防御や射撃、砲撃とフェイトに劣る俺だが――フェイズシフトを使わずとも、速度だけなら、ソニックフォームを使われない限り彼女の上を行っている自信はある。
何度も経験してきたように、擦れ違い様に障害物を切り裂いて肉薄する。
手始めに丸ハゲにしてやるぜ、などと思っていると、真横に影が生まれた。
ちら、と視線を送ってみれば、フェイトも俺と同じようにサイズフォームのバルディッシュを構えて併走している。
……しゃーあんめぇ。
「せいの、でやるぞ」
「……うん」
頷き、フェイトはバルディッシュを一閃。
襲い掛かる根を一掃し、残るは本体のみとなった。
俺は上。フェイトは根本へと向かい、
「……せーのっ!」
「……っ!」
『アックスブレイク』
『Scythe Slash』
サンライトイエローと金色の二閃により、怪樹は三分割にされた。
耳障りな断末魔が轟き、悪足掻きとばかりに怪樹が暴れる。
って、あー! こっちに倒れてくるなー!!
振り切ったLarkを返そうとするが、果たしてあの質量をなんとか出来るか。
そんな不安が頭を過ぎった瞬間、
『エスティマくん!』
『Divine Buster』
桜色の砲撃が怪樹の残骸を貫き、爆砕した。
……その爆風で吹っ飛ばされるわけだが。
ごろごろと地面を転がり、すぐに顔を上げる。
頭上に浮かぶなのはさんは、にっこりと笑顔を浮かべていたり。
……は、ははは。
「危なかったね、エスティマくん」
「あ、うん。助かったよ」
砲撃の腕に自信があったのか、ついうっかり撃っちゃったのか。
怖くて聞けねぇ。
などと思いつつ、立ち上がる。
無惨なほどに粉微塵となった怪樹からは、ジュエルシードが吐き出された。
それを見詰める五つの視線。
いや、四つか。アルフからの突き刺さるような視線が痛い。
アルフが俺を止めようとしているのならば、さて。
『ユーノ、いるか?』
『うん』
『フェイトにバインド。頼めるか?』
『任せて』
ざり、と誰かの足裏が砂を噛んだ。
それを合図とするように、なのはとフェイトがそれぞれのデバイスを構える。
「ジュエルシード、シリアルⅦ」
「……封印」
二つのシーリングモードデバイスがジュエルシードの沈静化を行い、漂っていた濃密な魔力が霧散する。
さて、後は――
「そこまでだ」
と、全員が動き出そうとしたその時。
不意に現れた人物――いや、どう考えても一人しかいないんだけど――の声が、響き渡った。
視線を向ければ、そこには黒ずくめのバリアジャケットを身に纏った少年が一人。
三人目のAAAクラス。AA(仮)の俺じゃあ肩身が狭いぜ。
若干――本当に少しだけ登場が早かったのは、やはり猫姉妹に通報を頼んだからか。
「時空管理局執務官、クロノ=ハラオウンだ。
事情は聞いている。この場での戦闘は危険だ。双方武器を引いて――」
「フェイト!」
「分かってる」
時空管理局、という単語を聞いた瞬間、二人は動き始めた。
フェイトはジュエルシードへ。アルフは転送魔法陣を展開。
良いコンビネーションだ。
しかし――
時空管理局の執務官を、嘗めてはいけない。
クロノは振り下ろされるバルディッシュをS2Uで受け止めると、回し蹴りでフェイトを蹴り飛ばした。
そして空いている左手でジュエルシードを掴み、S2Uに格納。
フェイトとアルフが悔しげに表情を歪めるも、クロノは眉一つ動かさない。
しかも、その間に彼は更なる魔法を組み立てている。
S2Uをアルフに向け、
『Stinger Ray』
つい、とS2Uの先をフェイトに向け、
『Stinger Ray』
一瞬の内に両者を無力化した。
……冗談じゃねぇ。なんだこれは。管理局の執務官は化け物か。
そんな俺とは違い、きっとなのは単純に混乱して、ユーノは時空管理局の登場に、戸惑っているのだろう。
撃墜されたフェイトもアルフも、なんとか身を起こしてクロノを睨み付ける。
……俺としては、なんとかここで二人をプレシアから解放したいんだがなぁ。
まあ、プレシアの奴隷と管理局の犬、どっちが良い? と言われたら困るが。
「抵抗するなら容赦はしない。大人しくこちらの指示に従ってもらおうか」
恐らく脅しのつもりなのだろうが――クロノの足元に、アイスブルーの魔法陣が展開する。
あれは……。
『Lark?』
『あれは砲撃魔法、ブレイズキャノンです』
『ラーニングは出来る?』
『いえ、術式が偽装されているため、不可能です』
『なんてこったい。……まあ、執務官だしそんぐらいのプロテクトは施してるか』
などと術式をパクろうとしている俺を余所に、空気はピリピリとし始めていた。
アルフも姿を見せているから不意打ちは不可能だろう。
残るはプレシアだが――ファーストコンタクトだ。管理局の監視だって甘くはないはず。
無闇に跳躍砲撃なんぞ撃ったら、出所を探られるんじゃないだろうか。
さて、どう動く?
「……分かった、投降するよ」
アルフは両手を挙げて溜息を吐き、
「……なんて言うと思ったかい?!」
瞬間的にフォトンランサーを発動。狙いも付けず、無差別に掃射した。
俺はアクセルフィンに魔力を送って上昇し、ユーノはなのはを庇ってラウンドシールドを展開。
舌打ち一つし、クロノは迷いなくブレイズキャノンをぶっ放す。
しかし、それも遅い。既に逃げる気満々のアルフはフェイトを抱きかかえると、跳躍。去り際にもう一度フォトンランサーをばら撒いて、姿を消した。
……なんつーか、度胸あるなアルフ。軽くないダメージを負っていただろうに。
やれやれ、と頭を振りつつ、俺は地上へと降りた。
なのはは未だ目を白黒させたままで、ユーノはそんな彼女に声を掛けている。
ふむ、クロノの相手は俺か。
「あの、執務官の方」
「……ん、ああ。君は?」
アルフの去った方を見ていたクロノは、気が付いたように俺へと顔を向ける。
「初めまして。僕はエスティマ=スクライアと言います」
「スクライア……そうか、ジュエルシード――あ、いや、すまない。
僕は時空管理局執務官、クロノ=ハラオウンだ。今まで何があったのかを確認したい。同行してもらえるか?」
「勿論。ああ、あそこの二人も一緒に連れて行きます。関係者なので」
と、話を振ると、二人は慌てた様子で頭を下げた。
どうしたんだろう。
『ふえー、エスティマくん、なんだか雰囲気が違うの』
『猫被っているだけだよ、なのは』
『……おいお前ら。念話するなら聞こえないように喋れ』
こっちにチャンネル向けるなよ。
『ごめんごめん。……でも、なんで時空管理局が』
『昨日の戦闘で爆発起きただろ? あれ、次元震だったんじゃないかな』
『……うわぁ、そうだよね。うっかりしてた』
猫姉妹に通報を頼んだことをすっとぼけて返答する。
しかし、そのうっかりは命取りじゃないのかユーノ。
『ねえねえ、エスティマくん』
『なんぞ』
『じげんしん、って何?』
『んー、分かり易く言うと、世界規模の地震、ってとこかなぁ。昨日のは震度三ぐらい』
『じゃあ大したことないね』
いや、大したことありますよ。説明のし方ミスった。
などとやっていると、
「……会議は終わったか?」
どこか呆れた様子のクロノが溜息を吐いた。
場所を移してアースラへ。
なのはは初めて見る時空航行艦に興味津々なご様子で、声を上げながら周囲を見回している。
その横にいるユーノは人間形態で、なのはに色々と説明をしていたり。
んで、クロノの相手は俺。
「……それにしても流石は執務官ですね。技の出が早い」
「あれぐらいなら、訓練次第で誰でも出来る。自慢出来る程じゃないさ」
いや、無理っすから。
あれは努力が大部分を占めるけど、それでも才能がないと不可能な芸当ですから。
「しかし、君だって充分に有名だぞ?」
「……あれ、そうなんですか?」
「ああ。スクライアに若干九歳で、正式ではないがAAクラス相当の――」
あー話題になっていたのかー。
「――可愛い女の子がいるとか」
ピタリ、と脚を止める。
同時に、後ろの二人も止まった。そんな気がした。
……。
…………。
………………。
取り敢えず人差し指をクロノに向ける。
「だ、駄目だよエスティ! 押さえて押さえて!!」
「エスティマくん、駄目ー!」
『ご主人様。相手は執務官です』
「ええい離せ! 粛正だ!! 粛正が必要なのだ、世界には!!!」
しばらくして。
ぜーはーと息を吐きつつ、なのはとユーノに羽交い締めされた俺は止まった。
くそう。なんだこれ。噂とか大嫌い。
ふと、クロノの方を見てみれば、彼はドン引きしていた。
「ど、どうしたんだ」
「ハラオウン執務官」
「な、何かな」
「俺は男です。完膚無きまでに男です。誰がなんと言おうと、男です」
「そ、そうか。それは済まなかった」
分かればよろしい。
「ったくよー、なんなんだよ一体。噂の出所見つけたらディバインバスター撃ち込んでやるからなー」
思わず言葉遣いが荒っぽくなる。
それに対してユーノは苦笑い。なのはは首を傾げている。
「エスティマくん。お仕置きに魔法を使うのは良くないけど――ディバインバスター、そんなに強くないよ?」
「認識の齟齬があるようだね」
「本当にな」
再び首を傾げるなのは。
そんなこんなで、俺たちはアースラの艦長室へと向かっていた。
通された部屋は和風……というか、なんちゃって和風? な部屋。
盆山がところ狭しとならんでいる、なんつーか、形容しがたい何か、だ。
その中央で、正座しながら待っていた緑髪の女性が、ぱっと顔を輝かせる。
「お疲れ様。三人ともどうぞどうぞ、楽にして」
そんな感じに勧められ、正座。
こんなに和風なのに懐かしい感じがしないのはなんでだ。まあ、度を過ぎてSF和風になっているせいだろうけど。
あ、でも羊羹美味い。
そして、そこから事情説明。アースラがここへと辿り着いたのは、次元震と匿名の通報があったから、だとか。
そして、話のきも――俺にとっての、だが――に差し掛かる。
「これより、ロストロギア――ジュエルシードの回収については、時空管理局が全権を持ちます」
「君たちは今回のことは忘れて、それぞれの世界に戻って、元通りに暮らすと良い」
「……え、でもっ!」
「……それなのですが」
話に割り込み、リンディさんとクロノの視線が向けられる。若干クロノに向けられるのが痛い。
気にせず、俺は先を続けた。
「民間協力者として、ジュエルシードの回収を手伝わせて頂けませんでしょうか?
スクライアとしても、管理局の人だけにお手を煩わせるのも申し訳ないです」
「……そうねぇ」
スクライアの名を出した瞬間、クロノは忌々しそうに、リンディさんは面白げに表情を変えた。
『……ちょっとエスティ』
『何さ』
『失礼だよ。まるで管理局の手腕を疑うような言い方じゃないか、そんなの』
『あのな、ユーノ。どんな形であれ最後までジュエルシードの回収に関わっておかないと、最悪、持ち逃げに近い形でジュエルシードの所有権を持って行かれるぞ。
お前はそれで良いのか?』
『……そりゃ、僕だってそんなのは嫌だけど』
『だったら話を合わせなさい』
気分を仕切り直し、咳払いを一つ。
「どうでしょうか? 僕もユーノも、戦闘で脚を引っ張ることはないと思います。
戦闘経験はありますし、誰かの指示下で動くことも初めてではありません。
悪い話ではないと思いますが」
「それに、僕はジュエルシードについてそれなりの知識を持っています。
不測の事態が起こっても、アドバイスが出来るでしょう」
「駄目だ! ロストロギアは君たちが思っているほど――」
「クロノ。彼らは私たちと同じか、それ以上にロストロギアの危険性を知っているわよ。
……そうね。悪い話では、ないわね」
リンディさんから真っ直ぐに向けられる視線を直視し、思わず頬が引き攣った。
うわぁ……なんつーか、見透かすような視線、ってのはこれのことを言うんだろうなぁ。
たっぷり十秒ほど見詰め合うと、彼女は笑みを浮かべる。
「良いでしょう。エスティマ=スクライアくん、ユーノ=スクライアくん。
ジュエルシードの回収、手伝ってもらえるかしら?」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「あ、あの!」
不意に声を上げたなのはに、全員の視線が集中する。
なのはは居心地悪そうに身を捩らせるが、それでも胸の前で両手をきつく握り締める。
「私も、民間協力者としてお手伝いします!」
……おや、早い決断ですね。
一日のインターバルを置くと思っていたけど、そうじゃないのか。
まー、目の前でこんなやりとりをされたら、引くに引けないわな。
「あのな、君! だからロストロギアは――」
「あら、良いじゃない。強力な魔導師は多いに越したことはないわ」
「そんな……提督!」
「そういうわけだから――よろしくね、高町なのはさん」
にっこりと、リンディさんとなのはは微笑み合う。
うわぁ……絶対あの笑みには管理局に引き込みたいとかそういうのが含まれてるよ。