「太郎~ご飯よ~」
「はいはい。」
極平凡な日本の家庭の一つ
中小企業に就職し、日夜家族のために汗水垂らし働き、満員電車に揺られながら頑張る父親。
働く夫を支え、家事などで家族のサポートをする母親。
そしてこの【山田】一家の一人息子【山田太郎】。
去年から高校に進学した彼は、そこのけに楽天家なことと、もう一つの【秘密】を覗けば極普通の高校生だ。
彼は山田太郎。もう一つの名は異世界の人外。ワイアルド。
奇妙奇天烈な事に、この家庭の山田太郎は本物の山田太郎ではない。
全くの別人の精神をしている。
何故こんな事になったのか。それは3年くらい前まで話は遡る。
【エンジョイ&エキサイティング楽しく刺激的に】
人外であるワイアルドのモットーである。
人間としての自分を捨て去り、望むままを行う使徒となった彼は気の向くままに、犯し、奪い、殺す。
そんな彼は、今まで出会ったことのない絶対的な未知に出会っていた。
「……ここどこだ。」
ワイアルドは、着の身着のまま気楽に国中をさまよい歩いていた。
辺境の村につけば女は犯し。男は殺し。遊ぶ。
そんな彼は、さっきまでは広い草原に居たはずだ。
見渡す限り草しかない広い草原をぶらぶらと歩いていたら、強烈なめまいを感じ、気がついたら…………
およそ彼の見たことのない物が置かれた謎の部屋の中にいた。
高価な本が所狭しと並べられたら棚(漫画の本棚)
高等貴族の屋敷くらいでしかみない非常に高価なガラスが貼り付けられたら箱と、何やら出っ張りが沢山ついている板。
(パソコンとキーボード)
その他の未知の品々が置かれた部屋に、流石のワイアルドもこの謎の状況に混乱する。しかし、残念ながらこの時の困惑など、この世界の体験からしたら実に小さな物だった。
「太郎。ご飯よー」
突然部屋の外から聞こえる女の声。その声をきき、ワイアルドは、暫しかたまり、太郎なる人物は誰かと思考する。が、流石に考えが纏まらない。
「太郎!!ご飯だっつってんでしょう!!」
しばらくどうするべきか考えていると、この部屋のドアが勢いよく開かれる。
部屋に入ってきたのは、若い黒髪の女。ワイアルドが憑依した太郎の母親である。
「太郎!ご飯だって呼ばれたらすぐ来なさいよ。片づけるの遅くなるから。」
急展開に進む状況にどうすればいいか固まるワイアルドこと山田太郎をせかしながら、部屋からだす母親。
ワイアルドが連れてこられたのは、夕食の食卓だった。
食卓の机の前に置かれた椅子に無理やり座らされた。
程よく焼かれた油で光る細長い魚。(さんまの塩焼き)
黒い何かが入っていて、四角い白い何かが入っている茶色いスープ(豆腐とワカメのスープ)
白い虫のようななにかが入っている食器(銀シャリ)
「お父さんは後から帰ってくるって。先食べといてってよ。」
ワイアルドは暖かい笑みを浮かべる女性を見て、この奇妙な料理?……を食べなくてはならないようだ。
ワイアルドは箸を使い、(素手で食べようとしたら怒られた。)不器用な手つきでさんまを食べる。
「上手い……。」
それから先は、ワイアルドは食事の手つきを止めなかった。
この料理を食べるごとに、ほんのりと胸に染みる暖かさ。
知らず知らずの内に、ワイアルドは涙を流していた。
彼の知らなかった。家庭の味を堪能しながら。
「なに泣いてるのよ。」
泣きながら夕食を食べるワイアルドに困惑している母親。
ワイアルドは、使徒になる事では得られなかった温かみを手に入れた。
それから先は、想像に任せる。
食料を長期間保存できる機械。冷蔵庫なる物に絶句するワイアルド。
始めてみるテレビに非常に驚き、すっかりテレビ好きになったワイアルド。
部屋にあった自分の死に様や未来の出来事が詳細にかかれた漫画を見たときの衝撃。
高校受験での勉強で知識を頭に叩き込み、知恵熱で寝込んでしまったり。
風俗に通っていたのがばれ、こってり油を絞られたり。
クラスメートの女子を放課後襲おうとして山田太郎のスペックの低い体で返り討ちにあったり(その女子は太郎に惚れていたので、現在太郎とつき合っている。)
生来持っていた順応力で、すっかり山田太郎の生活に慣れ親しんだワイアルドは、遅刻しそうな彼はパンを食べながら鞄をもって高校にむかう。
「母さん。いってきます。」
「いってらっしゃい。」
ワイアルド……いや、山田太郎は思う。
こんな人生も……悪くないな。
山田太郎の新しい一日が始まる。
人外は、手にいれた。人としての、幸せな人生を。
山田太郎は手に入れた。平凡な自分が憧れた人物の人生を。
何ら共通点のないこの二人の共通点は、今の人生に幸せを感じている事だ。
因果は与えたもう。二人に幸せを。
作者からの一言。……リハビリとノリを取り戻す為に書きました。主人公の名前は山田太郎です。
主人公の精神とワイアルドの精神は入れ代わった設定にしようと前々から考えていました。
あと、ベルセルク世界と太郎の世界は、時間の流れが違います。