外は夕暮れを過ぎ、夜の帷が降りていた。それはジオフロント内でも例外ではなく、僅かな灯りだけが灯っていた。「また君に借りが出来たな…」暗い司令室の中で、碇ゲンドウは何者かと電話をしている。『返すつもりはないんでしょ? 彼らが情報公開を盾に迫っていた資料ですが、ダミーを混ぜてあしらっておきました。で、どうです?例の計画の方もこっちで手を打ちましょうか?』「いや、君の資料を見る限り、問題は無かろう」その資料には、人型のロボットが印刷されている。ゲンドウはそれを見て、ニヤリと唇を歪め、笑みを浮かべる。『ではシナリオ通りに』「は~い、それでは頂きましょう~」『頂きます』その掛け声と共に、朝食大戦争が始まる。本日の目玉はスクランブル・エッグ、ミニウィンナー入り。9人分とあって、大皿3枚分はあろうソレは、見事にカラになる。とりあえず僕は、毎朝の事である為、近所の早朝からやっているパン屋さんの今朝焼きたてのフランスパンのガーリックトーストを食べる。これは綾波の好物の一つで、何かと食欲の減退しやすい朝食にピッタリだという事で、四日に一度は出てくる。…まぁ、全員分買うと、フランスパン五本分にはなるんだが。「そう言えば、今日でしたわね、シンジの進路相談」秋葉さんがナプキンで口を拭きながら訊いてくる。「えぇ、最も、琥珀さんが担任なのでどうにでもなります」「そうですわね…、そう言えばシンジは高校、進学するのよね?」「もちろんそのつもりですけど、今はとりあえず全部終わらせるのが先ですし、ね」そう言いながら、コーヒーでパンを流し込む。「なぁ…、お前、大学出てるんだから、いいんじゃないのか? 進学しなくて」「それはそうなんですけどね、青春、したいじゃないですか」「……かなり不純な動機だな」僕の答えに、志貴さんは呆れ顔でスクランブル・エッグを口に運んだ。ピンポ~ン。キュゥイーン呼び鈴に、メカ翡翠ちゃんが動く。『…………』『……………………』キュゥイーンメカ翡翠ちゃんが、リビングに戻ってきた。「オキャクサマガ、オマチデス」「…はぁ、あの二人、また来たのか」家を出るにはまだ早い時間に、ジャージ&メガネは最近よく来る。「それでは、学校へ向かいましょうか?」「はい、秋葉様」「まぁ、ちょっと待て待て」秋葉さんと翡翠さんの言葉を、志貴さんが遮る。「…シンジ、今日こそはアレだ」「…分かりました」僕と志貴さんは立ち上がり、リビングを出て行った。ブシュー、と、ドアが開く。「「おはよう! 碇く…」」そこには、七夜モード寸前の志貴さんと、僕が立っていた。「…お前等、朝早く来過ぎなんだよ」「…俺の高校でも、この時間じゃ定時の30分前には着いちまうんだよ」…志貴さん、かなりおかんむりだ。「………じゃ、じゃぁ、僕達先に行ってますから、お兄さん、お気をつけて」「…せ、せや、センセ、遅刻せんようにな」「……お前等」「……今度同じ事したら」「「―――殺す」」「「………はい」」涙を流し、二人は帰って行った。「…志貴さん、大人気ないですね」「…どうせ、秋葉達目当てなんだろ、彼ら」「ま、そうなんですけどね」「じゃぁ、問題はないだろう」……………それもそうだなぁ。本当、セミって夏は元気いいよなぁ~。…夏しかないんだけどさ、今の時代。「そういや、レンってどこで寝てるんですかね?」ずずぅ~、と紅茶を飲みながら僕は聞いてみる。「それはもちろん、志貴さんのお部屋ですよ」琥珀さんは、目の前でおいしそうにケーキをパクついていた。「…そのケーキ、どしたんですか?」「あぁ~、食べたいですかぁ~?」琥珀さんはそう言って、フォークにケーキを刺して『あ~ん』と差し出す。……いただきます。パクッ「やっぱりケーキはショートケーキですよね~」「…僕はレアチーズケーキなんか好きですね、…じゃなくてですね」「ふぇ、なんでしょうかぁ~?」………また、キャラ違うぞ。「このケーキ、どうしたんですか? って聞いたんですけど」「…あぁ~、先ほど、父兄の方に頂いたんですよ、『息子をよろしくお願いします』って」「………賄賂って言うんですかね?」「まぁ、問題はないと思いますよ? 証拠がありませんから」………そりゃ、全部食べちゃったもんなぁ、証拠なんかないよ。琥珀さんはケーキを食べ終え、まったりと紅茶を飲んでいる。「…ふぅ~、でわでわ、次の父兄さんのお時間ですので、呼んで来てくださいね~」「……じゃぁ、失礼しました」「あっ、今夜の夕食は鶏肉のステーキにしようと思うんですが」「…綾波には、聞いておきますね」「よろしくお願いしますね~」僕はその声を背に受けて、教室のドアを開けた。…………進路の相談、したっけ?「エヴァンゲリオン…か」いつも通りシンクロテストを終えた後、先日の戦闘を思い出し、一人呟く。「…なに、何か考え事?」片手に持つコーヒーを差し出しながら、リツコさんが訊いてくる。「いや、ちょっと…。 …何故、エヴァンゲリオン、なんて名前なんですかね?」「それは知らないわ…。 元々、人工進化研究所、ゲヒルン時代から決まっていたから」「Evangelion…、ギリシャ語のeuangelion、ラテン語のevangeliumとも違う、でも限りなく『福音』に近い名前。 略称がエヴァ、アダム、リリス、そしてエヴァ……。 僕達はアダムとエヴァの子供なのか、それともリリスの子供なのか…」「…エヴァ、イブね。 まるで言葉遊び、こんな事でいいのかしらね?」「そんな事言ったら、ネルフもゼーレも、ゲヒルンも、全て言葉遊びによって生まれたものですよ」「神経、魂、脳…、ドイツ語で統一されている所が、ある意味マヌケね」「…自分達はドイツに居るって教えているようなもんですね」赤木さんは、無言で煙草を一本差し出す。僕はそれを受け取って、灯された火で煙草をつけた。「知ってる? Nervのロゴマーク。 イチジクの葉に、NERVの刻印、その下には『God is in his heaven, all right with the world』の文章」「…その文章の意味は?」「『神は天に有り、世は全て事も無し』、19世紀の詩人の詩句よ」「…自分の周り、自分で考える事柄に他人の、ましてや神なんて曖昧なモノが介入する余地なんてない。 ………前に、僕達の師匠がそう言ってました」「…何故、そんな事を言ったの?」「昔…、志貴さんが幼い時、僕が幼い時、言ったんです。 『神様は、余分な力を分け与えない。 きっと、君の力は何か意味があるから与えられたのよ』 って。 ……師匠は、それ、後悔してたらしいんです」「…それで、さっきの言葉を?」「あの言葉には続きがあるんです。 『君達にはきっと今後、人並みな幸せは訪れない。 きっと、その力の所為で、今より苦しくなるかもしれない。 …君達は、普通の…君達に相応しい所に居ても良かったんだなって、後悔してる。 君達の目は、厄災を引きつける。 …だから、君達は少しぐらい曲がって育ったほうが楽だった。 でも、君達はまっすぐに育ってくれた。 けれどそれは、とても辛い事よ。 誰よりも卓越した殺人鬼が、他の誰より、殺人を嫌っているなんて…。 君達はその目を否定して、普通に暮らすか、心まで逸脱してしまえば、楽だったのよ。 今までも、これからも、そんなに苦しむ事はないの』」僕はここまで言って、コーヒーを一口飲む。「…師匠の言う事は最もかもしれない。 でも、違うんですよね。 それは楽かもしれないけど、幸せじゃない。 僕達は師匠にそう言った後、改めてお礼を言ったんです。 『まっすぐ育ったのは師匠のお陰です、ありがとう』って。 ……そしたら、師匠泣いちゃって…、鬼の目にも涙ってやつですね」僕はそう言って、吸いかけの煙草を口に咥えた。「…その師匠さんの言う事も最もね。 現に、今こんな厄介な事に関わってる。 …神、魂、そんな言葉が飛び交う異常とも思える状況よ」「…ここに来る前も、そんな言葉は一杯聞かされましたよ。 ただ、今回は今までとは勝手が違いますけどね。 本当に、世界を、地球を巻き込んだ事に首突っ込んじゃって、大変ですねぇ」「本当、大変ね…」なんとなく、コーヒーを啜る。「…次は、『奇跡』が起きるそうよ」「『奇跡』…、ですか?」「えぇ、この間、『奇跡』の『下準備』をさせられたわ」「…本当、神、魂、奇跡。 不確かなものに頼りすぎです」「それは、直接言って頂戴」「後々、ですね」そうしてゆっくりした後、僕達はNERV本部内にある居住区画の一室を出た。ドアが開き一人の男が入ってくる。「失礼、便乗ついでにここ、よろしいですか?」男は返事を待たずに隣に座った。「サンプル回収の修正予算、あっさり通りましたね」「委員会も自分が生き残ることを最優先に考えている。 その為の金は惜しむまい」「使徒はもう現れないというのが彼らの論拠でしたからね。 ああ、もう一つ報告です。 米国を除く、全ての理事国がエヴァ六号機の予算を承認しました。 まっ、米国も時間の問題でしょう。 あの国は失業者アレルギーですからね」「君の国は?」「八号機から建造に参加します。 第二次整備計画はまだ生きてますから。 ただパイロットが見つかっていないという問題はありますが」「使徒は再び現れた。 我々の道は彼らを倒すしかあるまい」「私も、セカンドインパクトの二の舞はごめんですからね」空を飛ぶシャトルの中で、男とゲンドウは密談を交わす。