――天正十二年、小牧山にて。
将几に座る徳川家康の前に、一人の兵が勢いよく駆け込んできた。
「物見より報告を! 加藤清正・福島正則ら奇襲部隊が空より接近中、ほどなくこの本陣に突入してくるとのこと!」
そんな馬鹿な……と、数年前までならばそのように思っていただろう。
しかし今となっては人が空から襲ってくるという事態もそう珍しい出来事ではなくなってしまった。
≪ぽけもん≫の力が封じられているという石が全国各地で発見されるようになってから、戦は一変したのである。
「……忠次を向かわせろ。≪ぽっぽ≫の力を得た奴ならば対抗出来るはず」
「酒井殿は今朝早く、ミミズを求めて西の空へ飛び立って行きました!」
「ええい、使えん奴め……!」
……まあ仕方ない。奴のミミズ好きは今に始まったことではないのだ。
どうも≪ぽけもん≫の力を取り込んだ人間は、その特性も一部受け継いでしまうらしい。
上手く使えば大きな力を発揮するものの、利点ばかりではないのが悩みどころだった。
「ならば直政はどうだ? 奴が持つ≪とらんせる≫の力があれば囮くらいにはなるだろう」
「井伊殿なら本日昼頃、無事に羽化して西の空へ飛び立って行きました!」
「そうか、それはめでたいな。奴の自宅に火を放っておけ」
「はっ! そのように!」
羽柴軍が間近に迫っているという時に、我が重臣たちは何をしているのだろうか。
というか西の空の向こうにいったい何があるというのだ。ミミズか。ミミズなのか。
そんな苛立ちを押し隠して、家康は再び兵に問いかける。
「……他に誰かおらんのか」
「≪べとべとん≫の榊原康政殿ならおりますが」
「駄目だ、あいつは臭い。厠にでも放り込んでおけ」
「はっ! 直ちに!」
本格的に頭を抱えたくなってきた。
なんなのだ我が軍は。役立たずしかいないではないか。
(石の選択を間違えたか……?)
だが小指の爪ほどの大きさのそれは、飲み込むまでどんな力が封じられているかわからないという代物。
そして飲み込んだが最後、取り出すことも不可能なのである。
「家康様、もう時間がありません。ご決断を……!」
「……こうなれば仕方ない、私自ら迎え撃とう」
「……っ!? しかし、危険です!」
「ふん、そんなことは百も承知よ。半蔵を連れて来い、すぐに出るぞ」
「…………っ、はい……! どうかご無事で……!」
いよいよ決断を下した家康は立ち上がり、黙々と甲冑を身に着ける。
やがて頭部に手綱を装着した服部半蔵が家康の前に到着。≪ぽにぃた≫の力の影響で四足歩行となった彼は、家康の愛馬として活躍しているのであった。
何かもう根本から間違っている気もしたが気のせいだろう。気のせいに違いない。
「半蔵、少し熱い。その耳から出てる炎をどうにかしてくれないか」
「……自分の意思では止められぬので」
「…………そうか」
最近は心なしか半蔵との仲もぎこちなくなっているような気がしてならない。
……いや、考えすぎだろうか。俸禄の代わりに彼の好きな人参を毎日与えているしきっと問題ないはずだ。
「半蔵、炎が先ほどより強くなっていないか」
「……いえ、自分の意思では変えられぬので」
「…………そうか」
問題ないはずだ。
「……そのようなことより、敵は目の前に迫っております。ご用意を」
半蔵の言葉に顔を上げると、空に見えるは二人分の人影。
あの二人こそが羽柴軍に名高き勇将、加藤清正と福島正則である。
それぞれ≪だぐとりお≫≪どぉどりお≫の力を宿した彼らは「穴を掘る」「空を飛ぶ」という技を巧みに使って、いかなる場所であろうとも奇襲を仕掛けてくる厄介な武将だった。
だが、彼らの真の恐ろしさはそのようなところではない。
「「「見つけたぞ家康――!」」」
「「「その首、我らが叩き切ってくれる――!」」」
――そう、≪ぽけもん≫の力の影響で頭部が三つに増殖しているのである。
何はともあれ、気持ち悪い。
こちらの精神を崩壊させる作戦かと邪推してしまうほどに気持ち悪い。
正直もう家に帰り全てを忘れて眠りたかったが、立場上そうも言っていられないのが辛いところだ。
渋々ながら構えると、敵は何が楽しいのか嬉々として襲い掛かって来た。
「「「どりるくちばし!」」」
正則がくちばしを中心に体を回転させ、こちらに向かって猛烈な突進を繰り出す。
だがよく考えてみれば奴にくちばしなんて存在しないので、正確に言えばどりるくちびるなのではないだろうか。
何かもう語感からして最高に気持ち悪い。いったいどれだけ気持ち悪くなれば気が済むのか。
家康が込み上げる吐き気を抑えていると、気付けば正則の姿はもはや目前に。
「高速移動だ、半蔵」
「……承知」
だが正則の突進程度、半蔵の足ならば例え目を閉じていても避けるのは容易なこと。
この距離でも十分に逃げ――
「「「その動き、読んでいたぞ……! 地震!」」」
轟音。そして同時に激しい揺れ。
清正が起こした地震は半蔵の速度を殺し、更に体勢をも大きく崩す。
地面に放り出された家康はどうにか立て直そうとするも、重い甲冑姿では到底間に合わず。
「ぐあああアアアァァッ――!?」
破砕音が戦場に響く。
正則の突進は狙いあやまたず家康に直撃し、その甲冑を打ち砕いた。
痛みと涙で歪んだ視界の端に、半蔵がグッと拳を握る姿が見えたような気がするがきっと勘違いだ。
「「「見たか、我らの連携攻撃を。さあ潔く死ぬがよい」」」
回転を止めた正則が余裕の笑みを漏らす。
……確かに強い。半蔵の足をして逃れられぬほどの連携、対抗できる人物など全国でも五指に満たぬであろう。
しかし――それでも自分には及ばない。
「――竜の怒り」
瞬間。
家康の手の平から放たれた衝撃波が正則を吹き飛ばし。
それはまるで牛にでも衝突されたかの如く。凄まじい勢いで地面へと転がった正則は、立ち上がることも出来ずただ呻くのみ。
「「「正則殿……!? き、貴様っ、いったい何を……!」」」
清正が目をむいて驚愕の声をあげる。
彼が驚くのも無理はない。家康がこの≪ぎゃらどす≫の力を得たのはつい先日のことなのだ。
それまでは≪こいきんぐ≫としてただひたすら跳ねることしか出来なかったこの力。何度死のうと思ったことか。そして何度≪ぽっぽ≫の酒井忠次に捕食されかけたことか。
そんな過酷な試練を経て、今や家康は肉体的にも精神的にも戦国最強と呼べるほどに成長していた。
「死にたくなければ避けろ。……破壊光線」
言葉と同時、家康の口内に光が溢れ。
続けて発射された光線は空を一直線に切り裂き、着弾点の周囲一帯を焦土と化す。
清正は間一髪で避けることに成功するが、光線の余波に焼かれ目も開かぬような有様だった。
……我ながら、この力は少々持て余す。
「「「……っ、バケモノめ……!」」」
そしてこの清正の台詞である。
決してこいつらだけには言われたくない。鏡で自分の姿を確認してみろと言いたかった。
「……まあいい。帰るぞ、半蔵」
「…………」
動けぬ敵二人を放置し、家康は再び半蔵に跨った。
主力部隊の奇襲は失敗、これで今回の戦は勝ったも同然だろう。後は配下の将たちに任せておけばじきに片が付く。
勝利を確信した家康が場を去ろうとした――その時。
「そう急ぐなよ! お楽しみはこれからじゃねえか――!」
歳は五十に近く、老境に差し掛かろうというのにいまだ若々しく張りのある声。
長年の間、同じ人を殿と仰いだ仲だ。その声を聞き間違えるはずもなく。
「っ、秀吉殿……!?」
「よう家康、強くなったみたいだな」
敵方の総大将、羽柴秀吉。
最大の敵の登場に、緩みかけていた戦場の空気が一気に張り詰めた。
そして主君の前で無様な格好は見せられぬとでも言うように。ふらつきながらも正則と清正が立ち上がり、進言する。
「「「秀吉様、ご用心を! こやつ……相当なバケモノですぞ!」」」
「ああ、わかっているさ。人間を超越した力を持つ俺たちの中でも、こいつは頭一つ抜けてやがる……!」
…………。
言いたくはなかった。決して言いたくはなかったのだが。
≪まんきぃ≫の影響を受けた秀吉は、頭部から直接手足が生えた奇妙な一頭身姿となっており。
コイツこそ完全にバケモノじゃないかと思わざるを得ない。いくら長年の仲とはいえ、限度という物がある。
もし殿が生きていたら今の秀吉を見て猿と呼ぶのだろうか。少なくとも自分にはもっと闇属性的な何かに見えるのだが。
「……どうしても戦わねばならぬのですか」
「すまねえな。殿が夢見た天下統一、俺が成し遂げると決めたんだ」
「秀吉殿……」
「さあ、構えろ。お前が相手でも手加減は出来ねぇぜ」
一頭身が何かカッコいいことを言っていた。
いや、決して悪い男ではない。それはわかっているが……果たしてコレに天下を取らせていいのかという疑問がどうしても拭えない。
いかんせん見た目がアレすぎる。気持ち悪いというか、なんかもうグロい。
「――行くぞ、家康!」
出来れば近づかないで欲しいという家康の切実な思いもむなしく、秀吉は飛び跳ねるような動きで迫り来る。
その姿はまるで野生動物。
素早い上に不規則な動作は目で追うことすら難しい。
更にその後方から正則と清正の二人が、秀吉の援護をすべく回り込もうとする動き。
(っ……!)
先ほどの破壊光線の反動によって家康はまだ動けず。
これを狙ったタイミングでの登場……やはり一筋縄ではいかぬ男。
「くッ……半蔵、鳴き声だ!」
「承知」
指示を下された半蔵がいななきを周囲一帯に響かせる。
自分を乗せた半蔵では秀吉から逃げることは不可能……とっさに判断した家康の苦肉の策が功を奏した。
「っ、畜生……可愛いじゃねえか……!」
そう――鳴き声とは、その可愛さによって相手の油断を誘う技。
家康の顎を砕くはずだった秀吉の一撃は、僅かに軌道が逸れて右肩をかすめるのみ。
危なかったがどうにか、
「「「そこだ! 砂かけ!」」」
「ッ!」
ピンチを凌いだと思った直後、一瞬の隙を突いて清正の口から吐き出された砂が半蔵の顔をモロに直撃した。
しまったと後悔する暇もなく秀吉の追撃が家康を襲う。
「うおおおオオオォォッ! 地球投げッ!」
渾身の一撃。
背骨が折れたかと錯覚するほどの衝撃が家康の体力と気力を根こそぎ奪ってゆく。
激しく地面へと叩きつけられた家康に、秀吉が再度飛びかかった。
「まだまだ行くぜ……! 乱れ引っ掻き!」
鋭い爪が家康の体を切り裂く――寸前。
間一髪、砂を振り払った半蔵が家康を突き飛ばす。同時に半蔵も反対側へ跳躍、秀吉の爪は空を切る。
「チッ……やるな!」
秀吉が舌打ちをするが、不利なのは明らかにこちら側だった。
攻撃をする暇も与えられず防戦一方になるばかり。
もし無理に技を出そうとすれば、一人は倒せても他の者が自分を攻撃するだろう。それに耐えられる体力は……もはや残っていない。
「……我が主。さすがにこの三人相手では」
半蔵の言葉にふと改めて気付く。
襲い来る敵は一頭身と三ツ首が二匹。まさに地獄のような光景が目の前に広がっていた。
(なんということだ……)
不安と焦燥。
誰でもいい、とにかく助けてくれ……そんな家康の切なる祈りが通じたか。
彼方より一筋の雷光が飛来し、秀吉の足元を焦がす。
「…………」
「お前かよ……! こいつはちょっとばかしキツイな……!」
無言で現われし長身巨躯の大丈夫。
愛槍の蜻蛉切に雷を纏わせ仁王立ちするその姿は、秀吉でさえも冷や汗を流すほどの威圧感を放ち。
味方としてこれ以上に頼もしい存在は他にない、と断言できよう。
「来てくれたか、忠勝……!」
真の戦国最強にして徳川家随一の忠臣。
屠った敵は数知れず、天下無双と謳われる凄まじき猛将。本多忠勝その人であった。
「早速だが……やってくれるか?」
「…………」
彼は黙したままこくりと頷き、突撃の体勢に入る。
敵を真っすぐに見据えたその目は気迫に満ち溢れ、絶対に逃さぬとでも言うように。
「いいだろう! 来てみやがれえええぇぇッ――!」
秀吉の大音声。
負けてはならぬと家康も声の限りに叫ぶ。
「忠勝! 見せてやれ……お前の力を――!」
その突進は、ただ速く。
電光石火の速度は己の身をも焦がし。
衝突の寸前、猛り狂った獣のごとき咆哮が戦場を揺るがす――!
「ピッ、ピカチュウ! ピカー!!」
――これでまともに言葉さえ喋られたら、と思うと本当に残念でならなかった。
≪次回予告≫
対峙する家康と秀吉。いよいよ両者が最後の一撃を交わす寸前、戦場に新たな人影が現れる。
「……と、殿!? いったいどうして……!?」
男の名前は織田信長。本能寺で死んだはずの二人の元主君であった。
「……ふん、知れたこと。わしも≪ぽけもん≫の力を得たまでよ」
不敵な笑みを浮かべた信長は、突如服を脱ぎ捨てた。
何事かと驚きに固まる家康と秀吉。
一方の信長は腰を落とし、力を入れ、鬼のような形相で。苦渋と歓喜が入り混じった雄叫びをあげる。
「ぐッ……おおおオオオッ――!」
やがて信長の臀部より産み出されしモノ――それは、白銀に輝く小さな卵だった。
「これが≪らっきぃ≫より得られし力……卵産みだ」
※続きません