「なあ榛名、次ISの実習だから一緒に着替えようぜ」
「あ、ああ」
「……」
不穏な視線を背後に感じて、肌が粟立つ。
視線の主は恐らく、篠ノ之箒とセシリア・オルコットだろう。おれの手を取って教室をあとにする織斑一夏に好意を懐いているから、いつも一緒にいるおれに嫉妬しているのだろうが、声を大にして言いたい。
おれは悪くない。
「榛名ってさ、華奢だけど引き締まった良い身体してるよな」
「そ、そうか?」
「ああ。意外と鍛えてるんだな」
おれの肢体を上から下まで眺めながら、気持ちの良い笑顔で一夏が言う。
クラス担任の織斑千冬女史譲りの美形なだけあり、その微笑は爽やかでクラスの女子を虜にするのも納得であったが……なぜ着替え中の男子の裸をジロジロと見つめながら、そうも爽やかに笑えるのだろうか。
「ISスーツって機能性を重視してるらしいけど、着心地も良くして欲しいよなー。俺いつも股間が引っかかってさー」
「ピチピチしてるからな。スパッツを何倍もきつくして耐久性上げた感じだな」
「体のラインが丸分かりで少し恥ずかしいんだよなー。デザイン変えてくれないかな」
取り留めのない話で談笑する。
笑い話になっているが、実はこのスーツ、割と洒落にならない。
特注の男子のスーツですら肩と胸部、そして腰から膝までを覆う程度の布地しかないので、お臍丸出しの羞恥心を煽るデザインをしており、女子用となると競泳水着と大差なかったりする。
元々、女子高で異性の目を気にする必要がない環境だったので極端な機能性重視のデザインも納得いくが、男子が入学してしまった以上、一考の余地があるのではないだろうか。
カットも際どく、仕様上ノーブラ、ノーパンで着用しなければならないISスーツは、思春期のおれには目の毒である。
ISスーツは股間にもタイトに密着しているため、もし仮に勃起してしまえば周囲に判然と形状を晒してしまう。だから女子には極力目を遣らないように気を使っているのだ。特に篠ノ之箒とセシリア・オルコット、そして地味にのほほんさんがヤバイ。とても十五歳とは思えない扇情的な肉体をしている。
しかし、何故ウチの女子は才色兼備な連中ばかりなのか。世界中から選りすぐりのエリートを集めているのだから、優秀な人材が多いのは理解できるが、容姿まで優れているのはなぜだ。
そして、その女の園に放り込まれても平然としているコイツは何者だ?
美少女に囲まれ、幼馴染二人や英国お嬢様に明らかな好意を向けられているにも関わらず、一夏は一切眼中にないように見える。乙女の柔肌を目にしても全く動じない様は、若干十五歳にして既に悟りを開いているかのようですらあった。
入学してからの付き合いでしかないが、一夏が悪いヤツでないのはわかる。女性陣の理不尽な扱いに文句も言わず大人な対応で接することができるし、家事全般も一通りこなせる上に、普段は温厚だが、相手が間違いを起こした時には本気で怒れる熱い一面もある男だ。
だが、そんな一夏との付き合いでおれの中にひとつの疑問が浮かび上がった。
一夏はもしかして――ホモなのではないか?
こんなことがあった。
「榛名、どこ行くんだよ」
休憩時間に席を立ったおれに一夏が声をかけてきた。
「ちょっとトイレに」
「そうか。じゃあ俺も」
そして二人仲良く連れションに。きっとクラスに一人だけ取り残されるのが嫌だったのだろう。そうおれは納得していた。
しかしだ。また、こんなこともあった。
「あー、また負けた。榛名はゲーム強いな」
「まあ、得意なゲームだったからな」
おれが持ち込んだ家庭用ゲームで息抜きしている時だった。学年で二人しかいない男子であるおれと一夏は、必然的に同室になり、この年頃の男子が部屋でやることといったら専らゲームや猥談になる。
一夏はそういう方面に関心が薄かったので、おれたちはゲームで盛り上がるようになっていた。――が、ゲームを終え、ふと我にかえると、おれは疑問に思うのだ。
距離が近い。というか、常に肩が触れている。もたれかかった一夏の体温が生々しい。
気になり、少し距離をおくと、一夏は神妙な面持ちで迫ってきた。
「何で俺から離れるんだよ」
「え? い、いや……その、近かったから」
「俺のこと、嫌いなのか?」
「そんなワケないだろ。ただ、男同士で密着するのも、なんか気持ち悪くないか?」
「そうか? 俺が弾の部屋にいる時とか、いつもこんな感じだけど」
……結局、根負けして、部屋でゲームをする時はだいたい、一夏の言うこんな感じで収まっている。
もしかしたらおれがおかしくて、同年代の男子の友人関係は一夏の言うようなものなのかと思っていたのだが、やはりおかしいらしい。
「前から思っていたんですけれど――あなた、一夏さんと仲が良すぎじゃありませんの!?」
「そうよ! 幾ら男同士って言っても限度があるわ!」
一夏曰く、セカンド幼馴染の鳳鈴音と英国代表候補生のセシリア・オルコットが問い詰めてきた。
場所は食堂。時刻は夕方。一夏は篠ノ之箒と剣道の特訓とかで遅くなっている。おれは「やっぱりか」と相槌をうち、箸を置いた。
「おれも薄々そう思ってたんだ」
「自慢ですの!?」
「ていうか、ハルナって名前が女の子みたいで一夏が他の女に呼びかけてるみたいに聞こえてすっごいヤキモキすんのよ! どうかしてよ!」
「セシリアさん、違う、そうじゃない。おれも変だと思ってたんだ。
鈴音さん、名前は変えられないからどうしようもない。あと、その気持ちは素直に一夏にぶつけた方がいいと思う」
「金剛さんもそう思っているなら、どうにかならないんですか?」
「だ、だって一夏は唐変木で鈍感だから、アピールしても勘違いしたり突発性難聴になったりするんだもん……」
「セシリアさん、おれがどうにかできる問題じゃないんだ。普段のおれたちを見ればわかるだろ? 一夏がああなんだよ。
鈴音さん、もう少し直球で攻めなきゃダメだよ。酢豚じゃあいつには難問すぎる。いっそ、『毎日わたしの手料理食べて』とか言っちゃえばいいんだ」
「そ、それじゃあ一夏さんが、ゲ……ど、同性愛者か何かみたいじゃありませんか! 認めません、そんなの認めませんわ」
「ええ!? む、無理だよ! それじゃ告白じゃない!」
「ゴメン、二人交互に話してくれないかな。もうめんどくさいよ」
何でクレーム対処と恋愛相談まで受けなきゃいけないんだ。
でも、一夏はモテるなぁ。クラスでも学校でも、男の操縦者は二人いるのに話題の中心は織斑千冬先生の弟で美形の一夏だし。
まぁ、一夏は恋愛方面はある意味で鉄壁で、女子は女子で空回りしたり抜けたりしてるから進展が見られないんだが。
「えっと。一夏が同性愛者かどうかはともかくとして、一夏は男同士の友情はああいうものだと思ってるみたいなんだ。それにおれたちは女だらけの環境でお互いが唯一の男子だろ? 本当は友達と馬鹿やってたい年頃なんだ、見逃してやってくれないか。
もちろん、傍から見て度が過ぎてたら注意してくれ。おれも怖い」
「あなたは同性愛者じゃないんですか?」
「おれは普通に女の子が好きだよ」
「あ、そうなんですか。良かったですわ~。もしあなたが同性愛者だったら去勢しなくてはいけないところでした」
さらっと恐ろしいこと言うなよ。
「でも、普通のこと言ってるだけなのに『女が好き』って言うとなぜか卑猥に聞こえるわね」
「男の辛いところだな」
何とか話を穏便に済ませ、二人の昂ぶりも落ち着いたところで話を切る。
ちょうどそこに特訓を終えた一夏が現れ、自然におれの隣に座った。
「あ、一夏さん」
「一夏!」
「お、ここ空いてるか榛名」
「ん、お疲れ。今日は大変だったみたいだな」
「ああ、何か箒が『今日こそはお前の腐った性根を鍛え直してやる!』って息巻いててさぁ。立てなくなるまで扱かれたんだ。ホント参ったよ」
「なんていうか……ご愁傷様」
「教えてくれるのはありがたいけど、もう少し優しくしてくれないかな。このままじゃ俺の身が持たないっての」
「厳しいのは期待の裏返しだから、仕方ないと割り切らなきゃな。篠ノ之さんは、小さい頃の幼馴染だからっていうのもあると思うよ」
「そうなのかなー」
「ちょっと!!」
一夏の愚痴に付き合っていると、置物と化していた鈴音さんがテーブルを叩き、身を乗り出した。
「なに私を無視してんのよ! この私が挨拶してんのよ!」
一夏は視線をご飯から二人に移すと、爽やかに微笑む。
「おう、二人とも、いたのか。奇遇だな。あはは」
「さっきから! ずっと! この席にいましたわ!」
「そうなのか。ごめん、気づかなかったよ」
セシリアさんも乗り出した。……敢えて無視してると思ってたけど、本当に気づいてなかったのか。
想い人からのこの仕打ちがよほど堪えたのか、二人はわなわなと体を震わせ、そして爆発した。
「あったまきた! 一夏、アンタふざけてんの!? 二人で声かけたのに聞こえなくて金剛くんと話し込むってどういうことよ!?」
「そうですわ! 今日という今日は我慢なりませんわ! 一夏さん、まさか噂は本当でしたの!?」
「ふ、二人ともどうしたんだよ? それに噂って何だよ?」
「そ、それは……」
お嬢様の口から同性愛の話を語るのは憚れたのか、セシリアさんは口ごもってしまった。
そこに聞き耳をたてていた野次馬が、好奇とばかりになだれ込んでくる。
「はいはい、私もききたーい!」
「実のところ、二人はどこまで進んでるの!? もう人には言えない関係になってたりするの!?」
「女だらけの園で二人しかいない男子だもん! 閉塞した空間でお互いの間にイケない感情が芽生えて、禁断の仲に発展したりするのもしょうがないよね!」
「どちらが受けか攻めか……妄想が捗る……」
「織斑くんは誘い受けだよ! 金剛くんはヘタレだから、消極的でなかなか切り出せないでいるのを同性相手だとグイグイ引っ張る織斑くんがリードするの!」
「なに言ってるの!? 織斑くんが攻めに決まってるじゃない! 織斑くんは、嫌がる金剛くんを無理やり手篭めにして言葉責めするのが絵的に映えるよ!」
「ちょ、何なのよアンタたちはーっ!?」
「な、なに言ってるか全然分かりませんわー!」
「……何なんだ?」
「ごちそうさま」
聞きたくないので、揉めに揉める姦しいことこの上ない食堂をそそくさと後にする。
先に食事を取っていて良かった。一夏は内容を理解できていないようだが、おれにははっきりとわかる。できれば想像もしたくない。
「たいへんだねえ、金剛くんも」
食堂を出ようとしたところで、ちょうど食べ終えたらしいのほほんさんに声をかけられた。
「のほほんさん、言っとくけどおれはノーマルだからね」
「わかってるよぉ。でも、ちょっとおりむーと距離が近すぎるよね。だからみんな歪んだフィルターで見ちゃうんだよ」
見てるだけで和む、あだ名に恥じない笑顔に滅入っていた気持ちが穏やかになった。
何も考えてないようでいて、意外と考えているんだな。
「おれが近いんじゃないんだけどね……」
「そうだね、積極的なのはおりむーだよね~」
からからと笑う。そうだ、おれは普通なんだ。この環境――多感な時期に女子だけという環境の中においては、周りに気を遣って、辛抱強く生きているんだ。
美少女に囲まれてなお、その好意を悉くスルーしている一夏が異常なんだ。
「おい、榛名ー! 待ってくれよ!」
「あ、噂をすれば何とやらだね」
女子に揉みくちゃにされていた一夏が、夕食の乗ったお盆片手に抜け出し、駆け寄ってきた。
「一夏、夕食は食べなくていいのか?」
「あんな状況じゃ落ち着いて食えないっての。部屋で食うよ。その後ゲームしようぜ」
相も変わらず爽やか、嫌味の欠片も感じない微笑み。
恐る恐る振り向くと、セシリアさんと鈴音さん、そしてお盆を持った篠ノ之さんがおれを睨んでた。
どう見ても、おれは悪くないよね?
「なにしてんだよ。ほら、早く行こうぜ」
「あ、ああ……」
お盆から片手を離し、空いた腕でおれの肩に手を回す一夏。
のほほんさんが良い笑顔で手を振っていた。例の三人の、憎しみで人を殺せんばかりの視線が背中に刺さる。
ああ、今日も――いつも通り、一夏がついてくる。
あとがき
あの環境に男がもう一人いたら、こうなるんじゃないかと思って書いた。
たぶん続きません