第三十二回聖杯問答 in 衛宮邸
という名の酒盛りが始まって数時間。勝手に二人で呑めばいいものを、わざわざ嫌がるセイバーを巻き込んで毎度行われる王道談義。
酒が入れば入るほど議論は白熱し、いつもいつも同じ結論に着地するのに、酒を呑むという名目のもと繰り広げられる王の酒宴。
そして加熱する議論の矛先はちびちびと酒を舐めるセイバーへと向かう。いつもの如く暴君二人で結託し、セイバーの王道をディスり始める。
やれ暗君だの、やれ聖者は救うばかりでうんぬんと、いい加減セイバーも聞き飽きた。言いたければ言えば良い。当時の国の窮状を知らぬ輩にあれやこれやと言われたところで所詮酒の入った輩の戯言。
既に飽きるほど繰り返された言葉の羅列。最初こそ言葉を変え切り口を変え、二人に認めさせようと躍起になったセイバーだったが、途中で気が付いた。
ようは、こいつらが気持ちよく酒を呑む為にセイバーを肴にしているというだけの話である、という事に。
そう気付いたら余計に腹が立ってくるというもの。
呆れて何も言わなければ攻め立てられ、言葉を返せばいつもの通り。
ならば──と。今回セイバーは秘策を用意していた。
「私の王としての手腕に文句があるのであれば、おまえ達の手腕も見せて貰おうか」
「ん……?」
「ほう……?」
取り出したるは一台の据え置きゲーム機とソフト。
「おう、なんだセイバー。貴様もゲームを嗜んどるとは初耳だ」
「いいえ、これは今回の為に特別に用意した代物。協力者は征服王、貴方のマスターであるウェイバー・ベルベットだ」
「ぬ、あの坊主。近頃余に内緒で出掛ける機会が多々あったが、そうか、貴様と密会をしておったのか」
「人聞きの悪い言い方をしないで欲しい。私は私の求める教材を彼に見繕って貰っただけなのだからな」
「ふん……? タイトルは──Legend of King Arthur……? くはっ、御大層なタイトリングではないか!」
アーサー王の伝説と銘打たれたこのゲームソフトはいわゆるシミュレーションゲームに分類される。
今や伝説として語られる、中世ヨーロッパのブリテン国の王となったアーサーの物語、その誕生から終わりまでを追体験する本格歴史シミュレーション。
「これにはエディットモードなるものが搭載されているらしく、国の状況から臣下や民衆の数、周辺国の状況などをカスタマイズ出来るようなのです」
「ほお。つまりセイバー、お主はうちの坊主の手を借り、当時のブリテンの状況を再現したと。そして我らにこれをクリアしてみせろと」
「ええ。貴方達暴君の手腕で我が祖国ブリテンを導いてみせるがいい。救うばかりで導かなかったと私を謗るのなら、このゲームを見事クリアしてみせるがいい」
「ぬはは、良いぞ、その挑戦受けようではないか! おう金ぴか、悪いが先にプレイさせて貰うぞ。この手のゲームを前にして、背中を見せるわけにはいかん!」
「好きにするがいいさ。クク、酒の肴にでもなれば良いがな」
配線を終え、スイッチオン。ライダーがコントローラーを握りテレビの前へ。その左右にセイバーとアーチャーが。画面は幾つものロゴを経て、スタート画面へ。
「お、おう。なんだこのスタート画面。妙に凝っておるではないか」
背景に映し出されているのは黎明の空。見渡すばかりの草原。大地を駆け抜ける風が草木を揺らし、その中心に立つのは黄金の剣を地に突き立てたセイバーの姿。
眩いばかりの黄金の髪と青のドレスが風に靡き、遠く空の彼方を見つめるセイバーの瞳がその凛々しさを強調している。
「ええ。エディットモードではこのような事も出来るらしいです。雰囲気も出るでしょう。ちなみに、作成協力者は間桐慎二(8)です」
なんか余のプレイしてる大戦略より凄くね? 時代先取りしすぎじゃね? と思う征服王であったが口には出さない。
「まあ良い。ふむ、エディットモードでプレイ……これか」
テレビゲームに対する造詣がこの中では一番あるライダーは初めてのゲームであっても手際良く進めて行く。
そして始まるオープニング。
『時は中世。国乱れ、民草の涙が止め処なく流された戦乱の時代。物語の始まりは、一人の王が岩の剣を引き抜いた時より始まった』
「エディットモードなのにナレーション入り……だと?」
「エディットモードはこんな事も出来るのです。ちなみにナレーションは言峰綺礼に頼みました」
「エディットモードすげぇな……!」
「教会に言峰の姿が見えぬと近頃思っていたが……なるほど、アテレコをしていたか」
『国土は痩せ細り、国力は疲弊し、民草は海の彼方から襲い来る異民族の恐怖に脅える毎日。そんな危機に瀕したブリテンに、颯爽と現われた彼の王の名こそアーサー。
ああ、麗しき王。年を取らない永遠の少年王。性別を偽り、少女の身で一つの国を背負う偉大なる王よ!
後に伝説と謳われる王の物語が今、この時より始まろうとしていた──!!』
「……一応聞いておくが、この台本を書いたのは?」
「無論、私です」
「うむ……そうであろうな」
ドヤ顔で胸を張るセイバーと笑いを堪え腹を抱えるアーチャーを横目に、ライダーはようやく終わったオープニングを経て、ゲーム画面へと進行した。
「ふむ……」
説明書を読んでいないのでライダーはどのタイプのシミュレーションゲームなのかをまず確認する。
「内政、徴兵、登用……国力、民衆、臣下……ふむ。大雑把に言えば、某野望系のシミュレーションか」
内政や徴兵で国力や軍拡を行い、敵国に攻め入る、いわゆる国獲りゲーム。自分自身が王となって国を動かし、最終目的を達成する類のゲームだ。
「ちなみにセイバー、このゲームの最終目的はなんだ?」
「ゲーム本編ではアーサー王の最期を看取る、ですが、今回のエディットモードでは『十年後に国を維持していること』です」
セイバーが叶わなかった国の安寧。二つに裂かれた国を、十年……セイバーの治世の終わりの時まで維持すること。それがクリア条件だ。
「なんだ、その程度で良いのか」
「ええ。私の王道では叶わなかった事を貴方達の王道でやって貰う、が今回の目的ですから」
「ふふん、まあよい。では始めようではないか。聖者の理では守りきれなかった国だが、余の暴君の覇道で導いてやろうぞ!」
王は人の臨界を極めたもの、と言って憚らないライダーは、まず最初に民からの徴収を行った。
「まずは金だ。金を集めて国力を上げる。それから徴兵を行い軍を拡大し、後は敵国へと攻め入り征服、国力を更に上げての繰り返しよ」
『ライダーは、徴税を行った!』
『民衆から不満の声が上がっています!』
「良い良い、一時の赤貧には甘んじねばな。いずれ数倍にして民草に返せば問題などあるまい」
『臣下から不満の声が上がっています!』
『臣下の数が1000から800に減少しました!』
「……おい」
「はい」
「何故民から金を集めただけで臣下の数が減るのだ?」
「当時の国はまさに貧困のどん底です。強制的な徴税を行うという事は何処かの村を一つ潰すという事。
騎士達は私が行う徴税を嫌っていましたから。そんな事をしなくても勝てると。なので徴税を行うと不信を抱いている臣下は城を去って行きます」
「…………」
「何か?」
「いや……うむ。とりあえず金は集まったのだ、失った分以上の兵の補充を行えば良い」
『ライダーは、徴兵を行った!』
『臣下の数が800から850に増えた!』
「……おい」
「はい」
「何故徴税した金を全て注ぎ込んでもこれだけしか増えんのだ!?」
「この頃の私は王に即位したばかりです。岩の剣を引き抜いただけのお飾りの王。実績も武勲もない王に命を預けたがる者などそう多く居る筈もない。
ましてやそれが年端のいかぬ小娘──性別は魔術で偽装していましたが──となれば尚の事。増えただけでも上出来でしょう」
「…………」
「まだ何か?」
「ぬ……いや、いい。うむ、ならば攻めよう。武将……このゲームで言えば名のある騎士達のステータスはどれも優秀だ。
多少兵の数で劣っていてもこれだけ優秀な騎士が揃っておるのならば早々負ける事などあるまいよ。
うむ、戦果を上げて民衆の支持率を上げ、国を取り国力を増加させる。余は何も間違っておらん」
『ライダーは、隣国へと攻め込んだ!』
画面いっぱいに広がる戦場。南北に分かれた自軍と敵軍。風にはためく赤き竜のエンブレム。
「中々凝った戦争画面ではないか。それにネームドキャラの顔も中々似ておるように思うぞ」
「ええ。ドット打ちはキャスターに頼みました。気持ち悪いですが。彼のドット打ちは芸術だ。気持ち悪いですが」
戦場にはアーサー王を筆頭にガウェイン、ランスロットなどの名立たる騎士がその早々たる顔ぶれを並べている。
「ぬはは! 世に祀られし英霊達がこうも並んでおるのはやはり爽快。なあセイバー、何故貴様はこやつらを従えながらしくじったのだ? これだけの戦力があればアジアにまでも攻め込めたであろうに」
そこでふと、ライダーは視線を画面の左上に向けた。そこに記されていたのは戦力比。自軍と敵軍の兵の数だ。
『550vs4500』
「……おい」
「はい」
「なんだこの戦力差は! 序盤も序盤の隣国が有する戦力ではないぞ!?」
「ライダー……これはゲームですが、私の記憶にある限りの当時の状況を再現したものです。ゲームならばクリアを前提に造られているのですから、徐々に敵は強くなっていくでしょう。
ですがこれは現実を再現したもの。アリアハンの横にゾーマの城があるくらい普通の事です」
「…………」
「まだ何か?」
「いや、良い……うむ、戦場でものをいうのは物量だ。だがこちらには多くの聖剣使い達がいるのだ。このスペシャルスキルなるコマンドにあるカリバーンを使えば……」
『アーサー王は、カリバーンを使用した!』
『敵軍に700の損害を与えた!』
「ぬはは! やはりな! 劣る国力差を覆すだけの力が英雄達にはあるようだ! うむ、理解した。余はこのゲームを理解したぞ!」
「言い忘れていましたが、スペシャルスキル持ちのネームドキャラは最初は私しかいません」
「なん……だと……?」
「まあ私は魔術炉心持ちなので、毎ターンのカリバーンの使用は可能ですが……」
ライダーの操るブリテン軍は、アーサー王の奮闘もありかなりの敵戦力を削ったが、最後はその戦力差を覆す事が出来ず敗北した。
『Game Over』
「なにっ!? 一度負けただけでゲームオーバーだと!?」
「当然でしょう。弱小国のブリテンが戦にて敗北するという事は即ち国の陥落。国力を立て直す前に物量で押し切られて征服されてしまいますので。
それに当時の私は全ての会戦を無敗で勝利しました。私以上の王道だと謳う貴方達に、私程度がこなせるものをこなせない、なんて事はありえないでしょう?」
「ぐぬ……」
「クク、どうする征服王? 貴様の覇道とやらは既に敗北したようだが? 負け犬らしく我と代わるか?」
「ええい抜かせ! システムを理解するのにちょいと時間が掛かっただけだ! 次は上手くやってやるわい!」
「本来歴史に二度目はないのですが……まあ今回は目を瞑りましょう。ライダー、次失敗すれば敗北を認めると誓うがいい」
「良いだろう。エンディングに辿り着けないのであれば土下座でも何でもしてやるわい! 本当の余の覇道の刮目せよっ!」
そうして始まる二度目のプレイ。
一度目の失態を反省し、無理な徴税は行わない。限りある資金で兵を増強し、襲い来る敵を迎撃する事でターンを回し資金を確保する。
「おいセイバー。ちなみに他の円卓連中が聖剣を使えるようにするにはどうすれば良いのだ?」
「そうですね、大抵は年代経過による強制イベントによるものですが、一部は忠誠値を上げる事での個別イベントで使用可能になるキャラもいます」
「それはどいつだ?」
「征服王? 攻略本を見ながら遊ぶゲームは楽しいですか?」
「ぐっ……」
「それに私とて初回プレイであり、手探りでのプレイだったのです。基本的な知識は教えたのですから、後は自分の力で何とかして下さい」
「おいライダー。セイバーに正論を言われているぞ?」
「黙れ金ぴか。ええい、ならばこやつとまずは会話してみるか」
とあるネームドキャラを選択し会話を行う。大抵のゲームの場合、これで忠誠値が上昇するのだが。
「……おい」
「はい」
「忠誠値があがっとらんぞ」
「そうですね。私……アーサー王は望まれぬまま王になった身。岩の剣を抜いた事で王となった身です。剣を抜けなかった騎士達、馬上試合にて王を決めようとしていた騎士達にとってそれは面白くなかった筈です。
戦果を挙げる事で渋々ながら認めてはいたものの、心から忠誠を誓った者は極少数。なので、大抵のキャラの忠誠値は変化しません」
「…………」
「何か?」
「コイツ、忠誠値20しかないんだが……?」
「放っておけば近い内に城を去るでしょうね。どの道忠誠値を上げられないのでいずれ城を去るのは確定的ですが」
「なんだこのクソゲーはあああああああああああ……!」
「ですから私はそのクソゲーをプレイしていたのです。ほら、早く貴方の王道を見せて下さい。王の背に憧れる()騎士達の姿を見せて下さい」
「ぐぬぬぬぬ……」
それでもライダーはプレイし続けた。覆せない戦力差。一人、また一人と城を去って行く騎士。
強制イベントによるランスロットと王の后との不貞。割れる円卓。城を去る多くの騎士。
そして────
「最終年。モードレッドの叛逆により二つに裂かれた国。カムランの丘での死闘。あ、ここまで来たらもうシナリオは自動進行みたいなものですので諦めてください」
ライダー操るアーサー王が辿り着いたのはカムランの丘の上。死屍累々の、血染めの丘の上だった。
「クリアならず、ですね。ええ、征服王。良くここまで辿り付いたものです。私の想定では、五年目辺りでゲームオーバーを迎えると思っていたのですが」
システムを把握してからのライダーのプレイには無駄は見られなかった。セイバーが想定し実際に実行した道筋を辿るものだった。
「ですがクリア出来なかったのは事実だ。負けを認めて貰おう」
「……うむ。まあ、仕方あるまい」
「ククク、覇道が聞いて呆れるなライダー。どれ、コントローラーを寄越すが良い。我の法を見せてやろう」
これまで見守っていたアーチャーがライダーからコントローラーを奪い取る。
「だがなぁアーチャー。コイツは少々骨が折れるぞ。並のシミュレーションゲームの難易度ではない」
「ふん、だから貴様は所詮人の王なのだ。我だからこそ見える王道を見せてやろう」
そして始まるオープニング。言峰でジョージなナレーション付きオープニングをアーチャーはスキップし、始まるゲーム画面。
黄金の王がまず最初にした事は。
「……ぬ? 解雇だと?」
「ああ、まず初めに叛乱の芽を摘んでおくのだ。先のプレイを見る限り、強制イベントが発生してしまってはどう足掻いても流れを覆せぬように見えた。であればまず最初にその強制イベントを起こすキャラを解雇してしまえばいい」
アーチャーが選んだ解雇キャラはランスロット。王の后と不貞を働いた裏切りの騎士。円卓に亀裂を刻んだ騎士だ。彼の高ステータスを捨てるのは勿体ないが、強制イベントを排除するにはこうするしかない。
「あ、ネームドキャラの解雇は出来ませんので」
「…………」
「…………」
「当然ではないですか。歴史の先を見ているからこそ選択できる選択肢などあってはならない。それでは当時の状況を完全に再現したとはいえませんので」
「……では、ランスロットの不貞と離反は防げぬと?」
「はい」
「モードレッドの叛乱も?」
「はい」
「クソゲーではないかッ!」
アーチャーは激怒した。
「なんだそれは!? 歴史の流れを変えられぬというのに違う結末に辿り着けというのか!? そんなもの、神でさえも不可能だッ!」
「その不可能を可能にするのが貴方達の王道ではないのですか? 散々私の王道を皮肉ったのですからその程度の事やってのけて当然では?」
「ぐぬ……!」
やれやれ、とセイバーはアーチャーが投げつけたコントローラーを手に取る。
「私が見せてあげましょう。このゲームのクリア方法を」
そうしてセイバーが最初に選んだコマンドは。
「解雇……」
「……だと?」
「おいセイバー、貴様先程ネームドキャラは解雇出来んと言っておったではないか」
「解雇出来ないのに解雇コマンドがある……それをおかしいとは思いませんか? このゲームには唯一人解雇できるネームドキャラがいるのです」
「まさか────」
「ええ。私が解雇するのは、このキャラです」
そしてセイバーは──アーサー王を解雇した。
「王を解雇する、だと……?」
「ありえん……そんな馬鹿なゲームがあるか……!」
二人の驚愕をよそに、新しい王を迎えたブリテンの進撃は開始される。
『新しい王のお陰で彼女が出来ました! 匿名希望の庶民さん』
『新しい王のお陰で大金持ちになりました! 匿名希望の庶民さん』
『新しい王のお陰でロリと結婚出来ました! 匿名希望の騎士Gさん』
『新しい王のお陰でギネヴィアとラブラブになれました! でも前王の方が…… 匿名希望の騎士Lさん』
国力増大。
資金増加。
民衆の支持率アップ。
新王の治世は全ての物事が上手くいき、遂に────
『順風満帆の新しき王の治世。十年目を迎えてなおその国力は衰えを知らず、その勢力を大陸へと伸ばして行く。
ああ、栄光のブリテン。ああ、輝かしき円卓の騎士達。王の旗印の下、彼らの快進撃は何処までも続いて行く──』
『END』
「…………」
「…………」
「どうですか、これで分かったでしょう。私の祈りは正しかったのだとッ!」
胸を張りフンスと鼻息を荒くするセイバー。ライダーとアーチャーは流れるスタッフロールを呆然と見やり、
「ああ、よく分かった」
「つまり────」
二人は声を揃えて言った。
『おまえが全部悪い』
「えっ」
------------------------------------
zeroキャラでhollow時空なネタ短編。
キャラ崩壊はお許し下さい。
色々なツッコミどころは『hollow』だからで流してやって下さいませ。