僕こと『アルミン・アルレルト』に憑依した中の人は『空を飛ぶ武装した巨人』に襲われ、逃げ出した。
重要なことなので繰り返す、『空飛ぶ武装した巨人』という理不尽な暴力に襲われ、無様に逃げた。
空を飛ぶ手段が無く、空からの敵に対抗する手段も無いこの世界にて『空飛ぶ武装した巨人』がどれ程絶望的な存在かご理解いただけるだろうか。理科室の人体模型を連想させる赤黒い皮膚を所々灰色の岩盤のようなものが覆っており、一見、何か分からなかったが、巨人サイズの弓矢で空から人類を狙撃する能力を備えていた。
何ソレ怖い。無理ゲーだろおい。
僕がいつ、『アルミン』になったのかは覚えていない。生まれた瞬間なのかもしれないし、幼い時に憑依して本来の『アルミン』を抹消してしまったのかもしれない。いずれにせよ、こうして自我を持って存在している以上、思うことはただ一つ、
『生き延びたい。あと、結婚したい』
魔界都市『新宿』とこの『進撃の巨人』どちらの方が死亡フラグが多いかと問われれば、恐らく前者なのだろうが、この世界も十分に危険極まりない。
特にアルミンという頭脳や発想を武器にしているキャラクターに頭の中が非常に残念な人が憑依したのだから、これはもう人生オワタとしか言いようがない。
だが、簡単には死なん!
当たり前だが、死にたくないのだ。生きたいのだ、可能ならば幸せになりたいのだ。できれば、天使と言われているクリスタと結婚したい。というか、結婚する。
結婚して平穏な家庭を築くために生きる。これが憑依した中の人の目標である。
そのためには、もちろん、原作主人公二人の好感度を高める必要がある。守ってもらうためにも二人に健気に尽くす。ええ、幼くして家族というか、はたから見ればツンデレカップルを支えましたよ、ええ、頑張りましたよ、コンチクショウ。
お互いが素直に成りやすいように。壁を殴りながら、リア充死ね、あと結婚したいと心の中で叫びながら。なんですかこの拷問、むず痒いって。早く結婚しろ、ついでに僕の死亡フラグも何とかしてください。基本的に自分の頭は残念なんです。
閑話休題
頭の中が残念な人の割には頑張って色んな対策を考えたんですよ。ええ、真剣に、真摯に、直向きに生き延びる手段を。その結果がコレですよ。いくらなんでもコレはないでしょう神様。
作戦その1:エレンの母親であるカルラさんを助ける。
これによって、エレンとミカサが僕に恩義を感じると同時に守ってもらえる可能性が高まる。加えて、死に急ぎと言われているエレンにある程度冷静に物事を判断する能力が加わるかもしれない。主に母親からの躾によって。
そこで、僕の考えた瓦礫撤去大作戦。実際にエレンの家にある柱の長さと太さと図り、同様の大きさの瓦礫を撤去するにはどうすればいいか、考えてみた。
結論:馬を使う。
巨人が迫っているという時間的制約や用意できる道具の条件を考えて、馬で引いて瓦礫をある程度動かし、瓦礫の下からカルラさんを引き釣り出すしかないという結論に至った。というか、頭が残念過ぎる僕にはこれしか思いつかなかった。馬小屋に非常食、水、マッチ、ナイフ、工具を常備し、祖父に頼み乗馬の訓練を積む。幸い、馬術を学ぶことができたのは運が良かったのだと思う。これが自分の限界だった。
そして、運命の845年。いつも通りにエレンとミカサと共に行動し、煙が、正確には蒸気による湯気らしきモノが見えた瞬間、馬小屋に向かって走り出した。後ろで超大型巨人が開閉扉を破壊する音が聞こえたが、
母親の身を案じるエレンとミカサは僕のことなんて視界に入って無かった。きっとうまく行くと信じていた。
「エレン!ミカサ!手伝って!」
「アルミン!?」
計画通り、馬に乗って瓦礫からカルラさんを引き釣り出そうと足掻いている二人の下にかけつけた。計画通り、ロープと工具でカルラさんを押し潰していた瓦礫を撤去するには至らなかったものの、若干持ち上げることができた。
「早く馬に乗せて!巨人が来るよ!」
「ああ、アルミン。ありがとう!」
「…アルミン。あなた一体」
「あ、ハンネスさん!こっち!手伝って!」
ミカサが大して役に立たたない中年オヤジを呼んでくれたおかげで、カルラさんを楽に馬に乗せることができたのは、想定外の幸運としか言いようがない。
よっしゃあ、これで勝てる!そう思っていた時期がありました。
空飛ぶ武装した巨人という究極の無理ゲーが来たことにより全てがぶち壊しになりましたよ。
いや、あんな化物一体どうしろと?
20M級が空飛んでます。弓矢装備してます。
あのね、それ反則だから。どこで買ったのソレ?作ったの?手作りなの?なんか厨二病染みた名前を武器につけているの?作中のバランス考えて!お願いだから!エレンが巨人に変身したといしても、空から狙撃されたら勝ち目無いから!
矢が放たれるたびに地面に巨大なクレータができる有様。しかも、飛べるから障害物も、壁も関係ない。人類終わってます。どう考えても。
ハンネスさん?駐屯兵?先程振ってきた矢でミンチになりましたがナニカ?
「避難用の船が!?」
「…え?」
大勢の人が乗っていた船を容赦なく矢が襲っていく。直接当てるのではなく、掠める様にして、船が大きく揺れ、人々が投げ出される。時折、転覆した船から人々が逃げ出し、岸に泳げば群がってきた巨人に捕食される。
なんだコレ?少なくとも自分の知識にはこんな地獄絵図はなかった。
どうしてこうなった?ドウシテコウナッタ?
エレンは足を負傷したカルラさんが落ちない様に必死で抑え、ミカサは真っ青になりながらもエレンを支えている。僕はこの唯一人間性を感じさせてくれる光景を必死で目に焼き付けながら、機械的に馬を操った。
悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴、泣き声、巨人の咆哮、途中で全部が混合して何の音か分からなくなった。気が付けば、自分の喉からも変な音が漏れていて心配そうなミカサの視線がやたらと印象深かった。
ソレを空飛ぶ武装した巨人が視て嗤っていた。ただ、嗤っていた。
弓矢で同族の巨人を巻き込んでもソレは嗤っていた。
僕を指差して、嗤った。
無力で頭が残念な僕を嗤った。
845年人類は再び巨人に敗北した。
被害はウォール・マリアの陥落に留まらず、空を飛ぶ巨人によって内地に迄及んだ。何故か、ウォール教の教会が集中的に狙われ、天罰だと言わんばかりの矢が降り注いだらしい。その結果、大半の信者は教団を離れたとか、そんなことを僕が知ったのは本当にずいぶん後のことだった。
これは僕がこの無理ゲーにも程がある世界で生き延びようと足掻いた話。
アルミン・アルレルトという原作キャラに憑依して、恐らく殺してしまった僕の話。
僕が死亡フラグだらけの地雷原で無様にタップダンスを踊った話だ。