「ふんふんふーん♪」
壁の国とは離れたとある岩礁。そこにコンパクトを片手に髪の手入れをしている人魚が一人。何かよほど大事な用でもあるのか、髪だけでなくお肌の隅々まで丹念に鏡に映して身繕いをしている。
「鼻歌まで歌って、何か機嫌が良さそうっちゃね隅田さん」
そこにむろみさんがざぶんと岩礁に身を乗り上げると、呼ばれた隅田さんは嬉しそうに髪の毛を掻き上げる。舞い散る水の飛沫が太陽の光に反射して、まるで隅田さんが輝いているように見えた。
「あら、むろみじゃない。ふふーんやっぱり解るー?」
「その輝き方……、まさか新しい恋!?」
「あったりー♪ 実はこのまえ運命の出会いを果たしちゃったのよ!!」
頬に手を当てて興奮気味に語る隅田さんに、むろみさんは不思議そうに首を傾げた。
「えー、でも最近は海にも陸にも人間さんあんまおらんごとなっとるやん。どこでそげな出会いあったと?」
「ふっふっふー。実は最近壁の国まで遊びに行ったんだけどー、交流が増えても私たちって人間にとってはまだまだ珍しい存在じゃない? そんで街角で人魚狙いの暴漢に襲われちゃってー、危うく攫われるー!! って時に兵士のお兄さんに助けられちゃったのよー!! 『大丈夫ですかお嬢さん!?』って!! その時みた彼がチョーかっこよくて!! これってマジ運命!? みたいな!?」
きゃーと顔を赤くして頬に手を当てて身悶える隅田さんに、むろみさんは呆れた顔をした。
「それって兵士として当たり前な気もするっちゃけど……まぁでも、そんなに身綺麗にしてるってことは会う約束でもしたん?」
「そういうわけじゃないけどー。やっぱり恋は押すモンでしょ? お礼も兼ねて最近は毎日兵舎にも通ってるし、今日こそ彼をデートに誘っちゃおうと思ってバッチリ気合い入れてんのよ!!」
「ほほー。確かに兵士なら今までの漁師とは違うタイプっちゃね。まぁ、アタシも応援してるけん。ところで相手って誰?」
「むろみー! ありがとう! えっとねー彼は調査兵団でー凛々しいお顔と自由の翼のマントが似合う……」
☆ ☆ ☆
「グンタ、最近隅田さんと付き合ってるってホントですか?」
みかりん猫耳カチューシャを付けたペトラが尋ねると、グンタは飲んでいたお茶を床に噴き出した。
「あぁ、確かこの前暴漢に襲われてたのを助けた子だったな。そういえば最近ってか、毎日来るよな」
げっほげっほと咳こんでいるグンタに、犬耳を付けたえれえれのデフォルメイラストがプリントされた団扇で顔を仰ぎつつエルドが言った。
「グンタ、テメェも隅におけねぇガフッ」
お決まりのように舌を噛むオルオの手には、うさみん手掘りキーホルダーが握られている。
現在、調査兵団はライブで販売するシガン☆しなグッズの作成を総員で行っており、リヴァイ班(リヴァイ除く)は現在分担された商品の検品と梱包作業の真っ最中だったりする。
「いやいや、確かに隅田さんは最近会いに来てくれるけど、それは絶対無いだろ」
ようやく酷い咳込みから復活したグンタが手を振ると、木箱に山盛りに積まれた黒い猫耳を紙袋に押し込むペトラが不思議そうな顔をした。
「え? 何でですか?」
「異種族だろ。普通に考えて」
「えー。愛さえあれば種族なんて関係ねぇじゃん」
「会ってからまだ一週間も経ってねぇっつぅの。大体人魚だぞ? 足が無いんだぞ」
「良いじゃねぇか。可愛いんだし。足なんて無くても時間がありゃ愛は育めると思うぞ?」
「いや、エルド。足があるか無いかはかなり関係あると思うぞ」
「もしかしてオルオもグンタも足フェチですか?」
「断じて違う」
「ふっ、俺は女の生足は大好きだぜペトラ」
「おいオルオ。かっこよく言ってもそのセリフはかなりかっこ悪いぞ」
そんな掛け合いをしながらも、四人は暫く黙々と作業を続けていた。
作業の工程は至極簡単で、木箱に大量に積まれたシガン☆しなグッズを一個一個、商品名の書かれた紙袋に入れて口を折り、別の木箱に丁寧に並べていくという作業だ。普段は外で厳しい訓練をしている身としては、何故このような内職作業に身を置かねばならぬのかというやるせなさに心が折れそうになる所だが、全ては上からの命令だ。上官の命令ならば悲しいかな、兵士としてどのような内容でもきっちりこなさねばならぬのだ。
まるで家計の為に細々と内職する主婦のように黙々と作業をしていると、ふとペトラが思い出したように呟いた。
「ねぇ、ちょっと気になったんだけど良いですか?」
「何だ?」
「おう、言ってみろ」
「もしも人魚と人間の間に子供が出来たとして、その子はどんな姿になるんですかね?」
そこで、全員の手が一瞬止まった。ふと想像してしまったのだ。
「……下半身が鱗の人間?」
エルドが難しい顔をした。
「尾ひれが二股に別れた人間っぽい人魚とか?」
困惑気味にオルオ。
「ってか、どうやって生まれるんだよ」
「人魚は年に一回卵を産むと聞きました。けど実際どうなんでしょうかね? 人魚ってメスしか居ない上に、今まで繁殖した例が無いってむろみさんは言ってましたけど」
「繁殖しないで今までどうやって種族を保ってきたんだ?」
「だから、ずーーーーーーーーっと生きてたそうです。それこそ何億年も」
「すげぇな人魚」
「人間も見習いてぇ所だな」
まるで信じていないように軽く受け流す面々に、ペトラは猫耳カチューシャを手首にぶら下げて指を立てた。
「だから、私思ったんですよ。もしも人魚と人間のハーフが生まれたら、その子孫は人類の血を受け継ぎながらも巨人や巨人面魚に狙われなくなるんじゃないかと……」
ペトラの意見に、その場にいた全員に衝撃が走る。
「そうか……俺らがダメな場合、そういう手があったな」
「そういう手ってどんな手だよ!?」
顎に手を当てて真剣な顔で考え込むエルドにグンタが突っ込みを入れる。
「つまり、グンタには未来の新人類の礎となってもらうというわけだな。ハハ、流石ペトラ。考えることが違うぜ」
「おいオルオ、テメェちょっと黙ってろよ」
「でも実際、隅田さん可愛いだろ? いっつもお土産にウマい魚持ってきてくれるし、すげぇ健気じゃねぇか。ちょっと付き合うくらいバチは当たんねぇんじゃねぇの?」
「無理だ。というか人魚つったって魚だろ!? 魚は無理。絶対無理!」
「えぇ、グンタそれちょっと酷くない!? そういうこと絶対に言ったらダメですからね!?」
そうして手を動かしながら他愛の無い話をしていると、ドアをノックする音が聞こえた。「失礼します」と体でドアをこじ開けるように入って来たのは、調査兵団に入ったばかりの新兵の一人だ。
新兵はリボンが結わえられた、両手にやっと抱える程大きなミナミマグロを抱えている。鮮度は大変抜群で、今にもピチピチと跳ねだしそうに瞳の綺麗なマグロであった。きっと今日の夕食にはマグロの刺身と焼き物が出るに違いない。
マグロを抱えた新兵は、グンタに目を向けると全員が予想していた通りの一言を発した。
「あの、グンタさん。今日も隅田さんが来ました」
☆ ☆ ☆
兵舎の入口には目一杯におめかしをした隅田さんが、器用に尾びれで立っている。
いつもと違う新品の胸当てに、普段はしないウォータープルーフのお化粧は薄く自然な感じに仕上げていた。髪の毛もしっかり手入れを入れてゆるふわ系に決めている。あまりにもあからさまな様子の隅田さんを前に、グンタはちょっと困った顔をした。
「ごめんなさい。急に押しかけちゃって……」
「いや、良いですよ。こっちこそいつもいつも魚貰ってて……ありがとう」
瞬間、隅田さんがキャっと照れたように笑う。
「良いんですよーこれくらい!! 魚なんて海に一杯いますから!!」
「そ、そうなんだ。で、何か用なのかな……?」
冷や汗たらたらで要件を聞くと、隅田さんは恋する乙女丸出しの瞳をグンタに向けてにじり、と詰め寄った。
いかん。隅田さんは、ここで決める気だ。
「実は、あの時暴漢から助けられて以来、グンタさんの事が忘れられないんです。是非、私とおつき」
「ごめんなさい!!」
隅田さんが言い切る前に物凄い勢いでグンタが体を九十度の直角に曲げて頭を下げた。
「自分、親から代々人外とは付き合ってはいけないと言い伝えられているんです!! 隅田さんはとても魅力的ですが、ほんとーにほんとーに申し訳ないけど、付き合えません! ごめんさい!!」
そうして、また隅田さんの恋の花が一つ散ったのであった。
「ひっどーい!! そういうのって普通にフられるよりよっぽどタチ悪いですよ!!」
「見損なったぞグンタ!! お前そういう言い方って無いだろう!?」
「なんて野郎だ。あんまりだな」
「げっ!! お前ら何でここに居るんだよ!?」
ふと振り返ると、兵舎の陰からずっと見ていたらしき三人がぞろぞろ出てきてグンタを詰っているのであった。
「早く隅田さんに謝ってくださいよ!!」
「何でだよ!?」
「そうだそうだ!! 早く謝れ!」
「いや、その。でもやっぱり下半身魚はちょっとだなぁ……はっ」
つい口から滑らせると、先ほどからずっと黙り込んでいる隅田さんの肩が僅かに震えた。
「……そうよね……やっぱり足のある女の方がずっと良いのよね。フフ……人間の男なんて……男なんて……」
「隅田さん?」
ふるふると震えていた隅田さんは、あふれ出しそうな涙をこらえるようにキッと顔を上げると大きく息を吸って叫んだ。
「そんなの解ってたわよバカーーーーーーーー!!」
隅田さんの大声は大気を震わせ、壁の向こうの海にまで響き渡る。雲は消し飛び波は荒ぶり無数の巨人面魚が海面を跳ね壁内の木々がざわめいた。そしてその大音響が消えた瞬間を、その場にいた全員が目撃した。
「おい、何かが空から降って来るぞ!?」
それは、大量のカジキマグロの群れであった。
鋭く鼻先の尖ったスズキ目マカジキ科マカジキの群れが、空からグンタめがけて降り注いできたのだ。
「マカジキキャノン!!」
「うぎゃあぁあぁぁぁ!!!」
大量のカジキマグロに空から雨霰のごとくピンポイントに襲われて、グンタは転げるように逃げ出した。
「ペトラさぁぁぁぁん、どっか飲みに連れてってぇぇぇ」
地面に突き刺さる大量のカジキマグロの墓場から、地獄より這い上がって来たかのような呻き声を出す隅田さん。ペトラは泣きながら抱きついてくる隅田さんの頭をヨシヨシと撫でて頷いた。
「よし、じゃあもう少ししたらウチの女性陣つれてどっかに飲みに行きましょうか。そんで嫌な事全部忘れちゃいましょう」
☆ ☆ ☆
ゲェフ、と酒臭い息を吐きながら隅田さんはふらふらと酒場の壁にもたれて座る。
「けっ、バーロー何が下半身魚はちょっとーだ!!」
むろみさんも呼んで、調査兵団の女性兵士たちと男の悪口をこれでもかと吐き散らし、ああでもないこうでもないと言って飲んで食っての大暴れを繰り広げた挙句、最後は度数の強い酒の飲み比べ。
むろみさんを始め、ペトラやナナバ、リーネ、その他数名は隅田さんのヤケ酒に付き合うも、現在はテーブルで酔いつぶれている。そんな中で、隅田さんは夜風に当たろうと一人外に出たのだった。
「ほんっと、男って奴はそんなに足のある女がえぇんかい! ひっく」
しゃっくりをしながら夜空に向かって悪態をついて目を瞑る、と、隣に人が現れた気配に隅田さんは気が付いた。
暴漢か!? と酔っぱらった頭でなんとか身構えるが、よく見ればそれはどこかで見た顔だ。
「隅田さーん、こんなところで寝たら風邪ひくぞ?」
髭の生えた顔に頭の後ろで結わえた茶色い髪。
「エルドじゃん……何。振られたばかりの傷心女を笑いに来たの?」
けっ、とアルコール臭い息で吐き捨てる。
「いや、そういう訳じゃないけどさ。近くでオルオとグンタと飲んでたから。女どもは何してんのかなーって帰り際に覗いてみたら隅田さんがこんなトコで寝てたからさ……」
「だったら何だっていうのよ!! ほっといてよ!! どーせアンタだって人間の女の方が良いんでしょ!? ひっく……うぇっぷ」
「飲みすぎだ。どんだけ飲んだんだよ」
口を抑えて気持ち悪そうにする隅田さんの背中をさすってやる。
「どーでも良いでしょ! っていうかね、慰め? 慰めなの!? 慰めるならアンタ、ちゃんと責任取りなさいよ!!」
「責任って何だよ」
エルドが酔っぱらいを相手に心底面倒くさそうな顔をすると、完全に目が据わった状態の隅田さんがニヤリと笑う。
「私を慰めるなら私と付き合いなさいよ! じゃないとうっかり好きになるわよ!! それでもいいの!?」
どうせダメって言うんでしょー。男ってのはすぐそれだーこの、この白子無しどもめー! と勝ち誇ったように虚しい泣き笑いをする隅田さんに、隣で聞いていたエルドは受け流すように真顔で答えた。
「え、いいよ」
「ほーら見なさい……は?」
「だって今好きな人居ないし。俺は足にこだわり無いし、人魚は嫌いじゃないし、海近いし、お互い解らないのはまぁ追々ってことで良いんなら。別にいいよ」
目をぱちくりさせた隅田さんは右を見て左を見てついでに星空を見上げてから最後にエルドを見た。
特に感慨も無い男の顔が自分を見ていた。
「え?」
あとがき
色恋沙汰メインの話は多分最初で最後です。
個人的リヴァイ班の恋愛観は
グンタ→真面目。異生物とか無い。人間の女性と真剣にお付き合いしたい。
エルド→割と異生物にも寛容。好きならそれで良いじゃない。
ペトラ→恋かは解らないが兵長が気になる。ただもしも兵長みたいな異生物がいるならそれもありかも。
オルオ→ペトラ一筋。
なんじゃないかなーと予想してます。