本日も晴天、壁上。
ラジカセのスピーカーから軽快な音楽が鳴り響く。
ジャジャン、ジャジャン、ジャジャン♪
「き、貴様らは何者だ!?」
悪逆の限りを尽くしていた極悪巨人が振り向くと、そこに立っていたのは五色の戦士だった。
両手に超硬質ブレードを持ち、腰には立体起動を装着した正義の味方は極悪巨人の前に立ちはだかる。
「壁内の平和を守るため、人々の生活を守るため」
「幾多の困難を希望に変える」
「愛と正義と自由の使者」
「その名も、」
「壁内戦隊! ケン、ペイ、ダン!!」
ドドーン☆
「で、この辺りで色つきの煙玉を背後で爆発させればかなり良いんじゃねーかな?」
「なるほど。参考になるよ」
ケンペイダングリーンのフルヘルメットを小脇に抱えてメモを取るマルコに、壁内戦隊ケンペイダンの台本を広げたジャンはマルコのセリフの横にペンで『感情を込めて、勢いよく』と書き加えた。
「やっぱりジャンに聞いて正解だったよ。ねぇむろみさん」
「うんうん。やっぱしジャンってこーいうのが向いてるっちゃね。流石シガン☆しなの敏腕マネージャー」
「おいおい二人とも、褒めても何も出ねぇぜ」
えれえれのようにキラリとカッコよく歯を光らせるジャン。
マルコとジャンとむろみさんの三人は、いつもの壁の上で壁内戦隊ケンペイダンの劇の練習をしているのであった。
「でもごめんね。今はアイドル部隊も忙しい時期なのに、僕の手伝いなんかさせちゃって」
「良いんだよ。どうせあいつらはもうほぼ完ぺきで俺の出る幕ねぇしさ」
「でも、本当にありがとう。むろみさんも付き合ってくれて本当に助かったよ。他の皆は用事があるって言って集まってくれなかったからさ……。セリフ覚えも僕だけ悪いし、困ってたんだ」
申し訳なさそうに頬を掻くマルコに、むろみさんは元気に両手を広げた。
「気にせんとー! どうせアタシは暇だったけん!」
「俺もだよ。気にすんな。販売用のグッズも殆ど完成してるから裏方は皆で暇してんだよ。それにケンペイダンは客層が違うから手伝っても文句は言われねぇよ」
「そういえば、シガン☆しなライブまであと三日やねー。この間尋ねたら三人ともすっかりアイドルが板についててすごかと」
むろみさんがサインも貰っちった☆ とウィンクすると、ジャンは珍しくも感慨深げに頷いた。
「あぁ。本当すげーよな。あんなに嫌がってたエレンの奴も今やきっちりアイドル業こなしてやがるし。えれえれファンも増えてきてグッズ、ブロマイドの売り上げも上々よ。まぁそれでもうさみん人気が断トツなんだけどさ」
「それは仕方ないよ。だってアルミン、何か知らないけど訓練兵時代よりも色気? みたいなのが凄いもん」
「うさみんはあざとい萌えがあるっちゃからねー」
「あー。うさみんはなぁー。俺も時々男ってことを忘れるくらいだ」
今やシガン☆しなの人気は壁内中を圧巻していた。
彼らが変装も無しに街に出れば数分もせぬうちに人垣ができ上がり、彼らの行った店はすぐに口コミで広がり誰しもが一度は行きたがる。幼少時にウォールマリアから避難場所として暮らした開拓村は『元祖シガン☆しなの村』として観光地化され、彼らの幼い頃を知る年寄り連中が入場料と引き換えに三人の昔話を語る催し物が開かれるようになった。
ちょっと前に大規模ライブの予行演習代わりに開催した上流階級限定の地下街秘密ライブでは中央貴族や豪商や政治家がそろってサイリウムを両手に軍隊のように揃った動きでシガン☆しなを応援する姿はある種の宗教じみた気迫があったことをジャンは思い出す。
「まぁ、しかし本当にすげぇよな……兵士とは程遠いけどさ、ほんとすげぇと思う」
しかし、人気の裏には数々の血の滲むような努力や練習があったことをジャンは知っていた。確かに、三人がアイドルになったのは偶然の産物に過ぎないのだが、ここまで至った過程には訓練兵時代と同じ苦境が沢山あったのだ。
そして、そのことはもちろんマルコも察している。
「うん。だから、あの三人に負けないよう今度は僕も頑張らないと」
そしてマルコはケンペイダングリーンのヘルメットを両手で抱え、にこりと笑った。
「にしても、意外っちゃね。まさかマルコとアニちゃんが戦隊モノをやるなんて思いもよらんかったけん。でも、なんでアニちゃんがイエローなん?」
むろみさんに聞かれ、マルコはあぁと思い出したように言う。
「あれはね、憲兵団の上官からアイドル部隊に負けない何かをやれって無茶振りをされた時、最初はプリティーウィッチ、ヒッチ&アニーっていうのやろうって話になったんだ」
「ほうほう」
「でも、魔女っ娘モノで『可愛い』を売った場合、シガン☆しなのアイドル路線とぶつかって確実に負けちゃうって話からやっぱり戦隊モノにしたんだよね」
「そりゃまぁ、妥当だわな」
ジャンが現在のシガン☆しな人気を鑑みて相槌を打った。
「そこで問題が発生したんだ。レッドがマルロ、グリーンが僕、ブルーがジャックって所までは決まったんだけど、ヒッチがどうしてもピンクじゃなきゃ嫌だって物凄くゴネて……」
「それでアニちゃんがイエローに……」
「まぁ、イエローもレモンっぽくすれば女の子色にもなるし、清楚系を狙えば有りだろうな」
ホロリとするむろみさんにジャンが冷静に分析すると、マルコが大きく頷いた。
「本当はアニもピンクをやりたかったみたいだけど、可愛い系レモンイエローにすることで同意を得たってわけ。で、壁内戦隊ケンペイダンが誕生したって所かな」
「ははぁー。駐屯兵団の広報部隊もおるし、今や壁内はアイドル戦国時代ってところやね。皆、色々考えるのも大変じゃなかと?」
むろみさんに尋ねられ、ジャンとマルコは楽しさ半分苦労半分といった苦笑いを浮かべる。
「大変だけど、それなりに楽しいぜ」
「僕もだよ。でも、こんな事を考えられるのも今が平和な証拠だよ。昔は皆がそんなこと考える余裕さえなかったから」
「だよなぁ。偶に平和すぎて欠伸が出ちまうけど、壁外が陸だった時とは大違いだもんな」
「最初は壁外が海になって物凄くビックリしたけど、外が海にならなかったら僕たち巨人に食われて死んでいた可能性もあるもんね」
遠くを見つめて呟いたマルコに、ジャンが「ああ」と頷いた。
「ただ、そう簡単に死ぬ気も無かったけどな」
ニヤリと笑うジャンと優しげに笑うマルコを、むろみさんは何処か微笑ましげに見ていた。
「もちろん、壁内がこんなに充実したのはむろみさんのおかげでもあるけどね」
「え!? アタシ!?」
「そうだ。あの時むろみさんが釣れてなかったら人類は海のド真ん中で右往左往するしかなかったんだぜ」
「いやー、釣られたのはアタシも災難だったったっちゃけど、そう言われると照れるとね」
三人がふと前を向けば、そこは一面の世界を覆う大海原。
太陽の光が反射する波の遥か遠くの方で、ぴちりと足の生えた巨人面魚が飛び跳ねた。
「そういえばあの足付き巨人面魚、最近よく見るけど何なんだろうね?」
「さぁ? 壁外調査で最初に発見した後から急激に増えてきたらしいが……でも陸地に上げると死ぬのは変わらないらしいぞ。現状、様子見だってさ」
「もしかしたら進化の最中だったりして」
むろみさんが笑いながら言うと、二人は同時に『まっさかー』と笑った。
☆ ☆ ☆
「そういえばさ、ジャン」
「なんだ?」
しばらく三人は次回のケンペイダンの劇を練習をしていた。適役と仲間役をジャンとむろみさんが代役し、マルコがうまくセリフを言えるようになった頃、座って休憩をしていたマルコが思い出したようにジャンに尋ねた。
「いや、僕らの使う小型拡声器とかもそうだけどさ、こういう機械ってどうやって手に入れたんだろうね?」
マルコが指を差したのは今まで散々使っていたラジカセだ。
「考えてみればお店で売ってる写真も僕らが陸地に居た時の技術じゃ不可能なくらい鮮明だと思うんだけど……」
思い出す様に聞くマルコに、ジャンは遠い目をして宙を見る。
「あぁ、何かしらねーけどある日突然ウチの団長が持ってきたんだよ。あと他にも調査兵団の隊舎にはキーボードとかエレキギターとかベースとか何かよく解らん原理で動く楽器が沢山あるぞ。ライブで売るサイリウムも何か団長が持ってきたしな。写真は……なんつーんだろうな。撮影部屋みたいな場所があってだな、限られた人間しか入れねーんだよな……」
「そっか。実はウチもなんだよね。ある日突然ナイル団長が拡声器とか、こういう細部が動く変身セットとか持ってきて……ねぇ、団長達って何者だろう?」
「そういや、他にもシガン☆しなが流行り始めたくらいから壁内中の酒場にジュークボックスが置かれ始めたよな。各兵団に拡声器が広まったのもあの辺だ。少し考えれば武器に転用できそうなモノも大量にある。なのに使われている武器や防具はそのままだ。妙なところで偏った技術革新が起きてるのは何でだ?」
マルコが首を傾げ、ジャンが真剣に考え始めると、むろみさんはあー……とちょっと困った顔をした。
「アタシ、そのカラクリ知ってるかも」
「ホント!?」
「え、マジ!?」
同時に聞かれ、むろみさんは言い難そうに頷く。
「うん。それ、ワイズマンの仕業っちゃないかな……多分……。あんまり人間さんに干渉すると怒られるけん。やけん、武器防具への転用はしない代わりに沢山の盛り上げグッズを提供するって各団長さんと密約してるっちゃないかと……」
あの日あの時、うさみんを壁内一のアイドルにすると言っていたワイズマン。
「冗談だと思ってたけん。まさかガチだったとは……。そして奴が目論むのは、おそらく本当の壁内アイドルマスター争奪戦……」
「なんだそりゃ?」
「多分、うさみんばナンバーワンアイドルにするだけじゃ詰まらんかったんやない? んで、資金集めだのシガン☆しな打倒だのと各兵団のお偉方を焚きつけて色々面白か事やらせとると……」
「一体、何のために?」
「趣味っちゃろね。おーむね」
ワイズマンの事はジャンとマルコも噂に聞き及んでいたが、まさかそんなことを企んでいたとは……。
一瞬、シリアスになる三人だが同時に「まぁ良いか」という結論に及んだ。
「お祭り騒ぎみたいで面白いしな」
「平和だし」
「まぁ、何かあっても怒られるのは奴とね」
「それじゃあ、練習を再開するか」
「うん。次はどこからだっけ?」
「ほれ、悪の巨人に圧されたレッドばグリーンが救出する場面たい」
ぱらぱらと台本を捲ったジャンが「ぐあぁ!! おのれ凶悪巨人め!!」と迫真の演技で悶絶すると、グリーンのマルコが走る。
「レッド!! 今助けるぞ!!」
「ぐはは!! やれるもんならやってみろ!!」
ぴょんと悪役面のむろみさんが飛び跳ねた。
☆ ☆ ☆
赤い夕陽が水平線の彼方に沈みゆく。
家々には明かりが灯り、酒場では駐屯兵団広報隊の歌が響き、人々は笑顔で魚や妖精印の食糧をお腹一杯食べていた。
恋人は語り、家族は集まり、そして仲間は手を取り合って、人魚は跳ねる。
壁の向こうが海になった世界で、それぞれの希望を手に、未来を胸に。
壁内は、今日も平和。