※ 進撃11巻までのネタバレを含みます。
※ むろみさん原作の鳥キャラ多数でます。
「ここは……確か俺は食われて!?」
巨人面魚に食われたエレンは見知らぬ場所で目を覚ました。
真っ先に手足の状態を確認してみるが切断していたり折れたりしている気配はない。腕に軽い擦り傷はあるが、それ以外にはぶつけた場所も無いようで体はすこぶる好調であった。
次に周囲を見回してみる。その場所は暗く湿っていて、巨人面魚の体内のせいかとても生暖かい。生きた巨人面魚の体温は普通の巨人の持つ灼熱の体温と違い四十度前後と聞き及んでいるが、それにしても随分と過ごしやすいような気がした。
「ちくしょう。何なんだこの場所は。本当に巨人面魚の腹の中か?」
愚痴りながらじっと闇に目を凝らすと、段々と目が慣れてくる。巨人面魚の胃袋はとても広く、屈めば何とか立ち上がることが出来た。誰かが既に食われていたのかと思ったが、自分以外に人間は居ないようだった。手に当たる肉壁はぶよぶよと柔らかい。しかし非常に肉厚で、いかに超硬質ブレードでも内側から切り刻んで外へ出ることは難しそうだ。
「内側から出られそうにねぇな……くそっ」
舌打ちをして巨人面魚の内臓を殴りつけるが、エレンの力では肉がぶるんと揺れる程度だ。どうにもならず、その場でずるずると座り込んで闇の中を見つめているとどうした事だろう。巨人面魚の胃袋のトンネルの、ほんの少し先の方。カーブがかかったあたりで何かが光っているのが見えた。
「光……? 誰か居るのか?」
一縷の望みをかけて柔らかな内臓を進んだその先には、なんと煌々と光輝く遊園地が広がっていた。
明るくアップテンポな音楽が流れる中、装飾に彩られたコーヒーカップにメリーゴーランドがくるくると回っている。
空中でうねるレールの上を弾丸のように高速で走り回るのはジェットコースター。
燭台のような形をした巨大なブランコに、中央に設えられた広場には何故か噴水までが備え付けてある。
そして極めつけは遊園地の一番奥に存在する、赤や青や緑や色とりどりに光り輝く大きな観覧車。
ただし、全てミニチュアサイズだが。
実は一番大きな観覧車でさえ、高さはエレンの首程までだ。
しかし、驚くべきはここだけではない。なんと、遊園地では沢山の小さな人間がアトラクションに乗って楽しそうに遊んでいるのだ。
「これは、一体……?」
ここが巨人面魚の胃の中というのも忘れて、見たことも無いような光景に呆然と見入っていると観覧車の中に居た小人の一人がエレンに向かって手を振った。
「あ、にんげんさんだー」「やっほー」
極めてノーテンキな声に毒を抜かれ、思わずエレンが「お、おう」と手を振りかえしてしまうと、途端に足元へわちゃわちゃと十数人の小人たちが集まって来た。
「にんげんさんだー」「めずらしー」「こんなとこにもいたのね」「ぼくらよりあちこちいけます」「にんげんさんおかしもってますか?」「おかし?」「そうだにんげんさんはおかしだ」「おかしあります?」
「お菓子?」
突然ながら口々に問いかけられたエレンは、ふと思い出した。
「そういえば、ファンから貰った飴玉があったような……」
ズボンのポケットをゴソゴソやると、一粒だけ紙に包まれたキャンディーが外に零れ落ちる。足元に落ちたキャンディーを、一人の小人が頭上高く持ち上げれば周囲から「おおー!!」と感嘆の声が上がった。
「それしか無いけど、良かったらやるよ」
エレンが言うと、小人たちはぷるぷると打ち震え、ついでわぁぁぁ!! と歓声を上げた。
「ありがとです!」「ありがたやです!!」「にんげんさんはかみさま?」「やったやった!!」「みなでわけるです!!」「ちゅうぼうにもっていくです」「ひゃっほいです」
バケツリレーのようにミニチュアの建物に吸い込まれていく飴玉を見送って、何だか気の抜けたエレンはとりあええずその場に腰を下ろす事にした。
切り分けた飴玉を別けてもらおうと、大半の小人は建物へ行ってしまったが、まだ半分の小人はエレンの周りを取り囲んでいる。
「にんげんさんは、どうしてここにいるです?」
好奇心が強いらしき小人の一人がエレンの膝に登り、首を傾げた。
「そりゃ、巨人面魚に食われたからだろうな。そういうお前らこそ、どうしてこんな場所に居るんだ?」
素直に答え、お返しとばかりに同じことを尋ねると、小人たちは皆一様にくいと首を傾げるのだった。
「さぁー」「忘れましたな」「なしてここにいたっけ?」「たしか、たべられたのでは?」「あー、そういえば」「たべられましたなー」
一人が思い出したように言うと、そのほかの小人も思い出したようだった。あまりにも暢気な様子に、エレンはつい笑ってしまう。
「でも、食われた割にはメチャクチャ快適に過ごしてるんだな……お前ら」
ネオンの光る遊園地に目を向けると、全てのアトラクションの根元からは黒いコードが伸びていて巨人面魚の肉壁に刺さっていた。エレンには知る由も無いのだが、彼らは巨人面魚の熱エネルギーを電気に変換してこのアトラクションを動かしているらしい。そして過ごしやすい気温と酸素濃度から察するに、おそらく空調設備もどこかにあるのだろう。
「せっかくですのでつくってみました」「たべられきねん?」「きねんにゆうえんちつくってみました」「ぴのきおみたい」「たべられるってしんせん」「とてもしげきてきでした」「ぼくらにだいりゅうこうです」「にんげんさんにもはやってます?」
不穏な言葉にエレンは全力で首を振る。
「いやいやいや、食われるのは別に流行ってねぇよ? 俺がここに居るのはマジで不本意なんだよ。ていうかそう言えば早く出ないと、本当に人間が全員が食われちまうんだった!!」
小人たちのメルヘンな容姿と空間とデタラメ具合に飲まれかけていたが、思えばここは巨人面魚の腹の中なのだ。
ウォールローゼではまだまだ大量の巨人面魚がわんさか海から這いあがってきて、仲間たちを食らっているに違いない。自分は何故かワケの解らん空間に到達したが、全ての巨人面魚の腹の中がこうなっているとは限らないのだ。
こんなところで遊んでいるわけにはいかない。とエレンが慌てて立ち上がりかけた時、膝からぴょこんと飛び降りた小人が今度は逆方向に首を傾げる。
「にんげんさん、そとにでたいですか?」
「そりゃ、もちろんだ。外ではまだ仲間が戦ってるんだ。それに、俺は奴らを駆逐するって誓ったんだ。こんな所でボヤボヤしてらんないよ」
すると、小人たちは円陣を組んでひそひそと話をし始めた。
ひそひそ話は徐々に加速を増していき、最後にはきゅるきゅると早回しのような音になり、それが最高潮に達すると円陣がぱっとほどかれる。そして、小人の一人がエレンの手のひらに乗るくらいの小さなスイッチを差し出した。赤い土台に、白い押しボタンがついたおもちゃのようなシンプルなスイッチだ。
「きゃんでぃのおれいです」「ここ、ばしょがわるいのでー」「これしかできませんが」「にんげんさんならたぶんおーけーかと?」
「これは……? これを押すと外に出られるのか?」
エレンがスイッチを受け取ると、小人たちはそれぞれに頷いた。
「でられますが」「いろいろ、かいしゅうされます」「かいしゅうするよね」「ひろわれます」「かいしゅうできないぶぶんとか」「そゆのはなかったことになりますがー」「あんけーと、わるかったときみたい?」「つづきがないかんじ」「うちきりです」「むりしてかんけつ」「ばっどもありかも?」「おれたちのたたかいはこれからだ」「できるとこだけかいしゅうされー」「よくかんがえてー」
「何だか解んねぇけど、これで出られるんだな? ありがとう!」
小人たちの忠告を聞くのもそこそこに、エレンは勢いよく赤い土台から飛び出た突起を押した。
ぴこ。とスイッチがオンになり、エレンが小人の方を向く。
「ところで、何が回収されるんだ?」
それまでバラバラに喋っていた小人たちが同時に答えた。
「「「ふくせん」」」
☆ ☆ ☆
エレンを飲んだ口だけがやたらと大きな巨人面魚がその場で立ち止まり、ビクリと痙攣する。
次いで魚の鱗に覆われたその体が、内側からブクリと膨らむとその口から巨大な腕が飛び出した。
☆ ☆ ☆
恐慌状態のトロスト区、及びウォールローゼ南部では、今も兵士たちが己の命を削りながら戦っていた。
人類最強と呼ばれるリヴァイ兵士長を含めた調査兵団も数刻前に到着し、人類側の戦力は増したかに見えた。が、巨人面魚の侵攻の勢いは衰えることが無く、次々に壁を登り壁内へ入り込んでくる中で、特に人の臭いが強いらしきトロスト区への侵攻は目に余るものがあった。
「畜生! 倒しても倒してもキリがねぇぜ!!」
民間人のほとんどは避難を済ませたかあるいは食われ、動いている人間は大体が背中に薔薇か翼の紋章を背負った兵士だけとなっていた。しかし、それでもなお巨人面魚が壁を登る能力を持つ限り兵士たちはこの場に背を向けることが出来ないでいた。
家と家の隙間を立体起動を駆使して駆け抜け、七メートル級を屠ったばかりのとある兵士は舌打ちする。
「畜生、もうガスが切れかかってやがる」
崩れかけた家の屋根の上で立体起動を確認した若い兵士はどこかにガスの補給部隊が来ていないかと振り向くと、すぐ後ろに十五メートルはあろうかという最大級の巨人面魚が目の前でのっそりと悲しげな顔を覗かせていた。
「あっ」
あまりの恐怖に、兵士の動きが一瞬止まる。もしもこれがカエル種だったならば、すぐにねばつく舌で絡め取られてこの兵士は終わっていただろう。しかし、この巨人面魚は普通種だったらしい。のそりと身を乗り出し、今にも兵士の頭を食らいつこう口を開けたその瞬間、巨人面魚が横に吹っ飛んだ。
「え?」
兵士が目を瞬かせると、目の前には人類の天敵たるあの『鎧の巨人』が佇んでいたのだ。
「きょ、巨人だと!?」
懐かしい人型の巨人を見て、反射的にブレードを構え迎撃態勢に入る兵士。だが、鎧の巨人はフシュウと息を吐くと、目の前の兵士には目もくれず、倒れこんだ巨人面魚のうなじを踏み潰して殺す。そして巨人面魚が消えるのを待たず、再び次の巨人面魚へ向かって行ったのだ。
「一体、何なんだ?」
兵士が目の前の状況を理解できずにいると、再び誰かが叫んだ。
「きょ、巨人だー!! 超大型巨人が出たー!!」
どこからともなく兵士たちの声がして、壁を見上げると、そこにはなんとあの五十メートル級の超大型巨人が何故か『壁の内側』に佇んでいるのだ。
「畜生、今日はなんて日なんだよ!!」
駐屯兵も調査兵も関係無い。その場にいた全ての兵士が泣きたい気持ちでいっぱいだった。
海からは何百匹もの巨人面魚が這い上がり、ただでさえ一杯一杯なのに今度は超大型巨人に鎧の巨人が立て続けに出現したのだ。超大型巨人に戦力を向けた場合、巨人面魚がシーナへ向けて出て行ってしまうし、巨人面魚に戦力を向ければ超大型巨人が壁を壊してしまうかもしれない。どちらでも構わない。どの場合でも人類は終わる。
「もはや、諦めるしかないのか」
絶望感が周囲を支配し始めた。しかし、その日の超大型巨人は様子が違う事が、人類にはすぐ解った。
のっそりした動きではあるが壁を壊す気配は無く、信じられないことに海から這いあがり地を這う巨人面魚をその場で踏み潰したのだ。腹に響くような凄まじい轟音がトロスト区中を駆け抜け、倒壊しかかっていた家屋がいくつか潰れた。
凍りついたように、人類は山のように高い超大型巨人を呆然と見上げている。
巨人面魚を踏み潰した超大型巨人は「うおぉぉぉぉ!!」と低い声を上げると、体から超高温の蒸気を発して壁を這い上がろうとしてた巨人面魚の一群を吹き飛ばし、そしていつかと同じく、まるで霞のように消えてしまった。
「な……何故なんだ?」
巨人が、あの人類の天敵たる巨人が、人間の味方をしている。
「何故、巨人が巨人面魚を殺しているのだ!?」
目の前の事実が、信じられなかった。
「テメェら!! 何をぼやぼやしてやがる!? もう何が起きても気にするな!! このチャンスを絶対に無駄にするんじゃねぇ!!」
鳥のように奔り、一度に三頭の巨人面魚を次々屠った人類最強、リヴァイ兵士長の怒声に、それまで呆然としていた兵士ははっと己を取り戻し喊声を上げながら次々に巨人面魚へと向かって行った。
☆ ☆ ☆
巨人化を解いたベルトルトは人の居ない小路を一人、足早に進んでいた。
危惧していた巨人面魚との遭遇は超大型巨人が吹き飛ばしたおかげで無かったが、とにかく人目が気になった。
息せきながらも立体起動は使わず、とにかく人の居ない道を選んで遠くへ向かって走って走って走り続ける。
「ライナー、君は、本当にこれでよかったのかい?」
走りながらもベルトルトは、今もきっと巨人の姿で暴れているだろうライナーへ泣き出しそうな声で尋ねる。
こんな事をしたことに、何の意味があったのかは解らない。
こんな事をしたって一時しのぎでしかないのだ。壁から吹き飛ばしただけの巨人面魚は必ず再び上がって来るだろう。
走り続けたベルトルトは人気の無い崩れた家屋の陰でようやく立ち止まった。早鐘を打つ鼓動を沈めるように、大きな体を縮こませて己のしでかした矛盾を後悔するように頭を抱える。
「僕たちは、人類の敵なのに」
五年前のあの日、壁を壊した人類のもっとも憎むべき仇敵が今更人類を守るなんてこと、絶対あってはならないはずのに……。
「それなのに……」
ライナーは言った。
これは、故郷に帰るためなんだ。と。
本当にライナーがそう思っているのかは解らない。
ベルトルトにはライナーの真意を知る術は無いのだから。
けれど、確かに今ここで人類が滅んでしまったら、彼らはこの海のど真ん中に取り残されることになってしまうだろう。
このままどこへ帰る事も出来ずに、ただ海の藻屑になるのだけは死んでもごめんだった。
だから、ベルトルトはぐっと袖で目を擦って壁を睨む。
その為にいつかは滅ぼすべき人類を、今日は生かすことになろうとも。
「絶対に帰るんだ。僕らの故郷へ……!!」
☆ ☆ ☆
その頃、ウォールローゼ南部ではミカサが一人、林の中を猛スピードで駆け抜けていた。
「エレン、エレン、エレン、エレン……」
瞳孔は開き切り、ガスの残量さえも確認せずに立体起動で駆け抜けるミカサの頭の中はエレンの事でいっぱいだった。
『エレンが、巨人面魚に飲まれました!!』
その報告を受けたのはいつだったか。そう前の事ではない。
エレンと同じく民間人の避難誘導を行っていたミカサはウォールシーナへ向かう最後の馬車を見送った後、すぐにエレンが飲まれたという村へ急いだ。
後方から聞こえる「戻って来いアッカーマン!!」という仲間の声は、既に彼女の耳には届かない。
エレンは『食われた』のではなく『飲まれた』らしい。それならば、体温の低い巨人面魚の事。すぐにそいつを殺せば、もしかしたらまだ助かるかもしれないという可能性に賭けてミカサは村へ向かってひたすら走る。
エレンが復活キノコを食べていた事実を知らないミカサは「エレン、待ってて、必ず助けるから」とその三つの言葉ばかりを唱えながらひたすら狭い木々の間を縫うように駆け抜けていく、が、林の中腹まで来た所でとうとうガスが切れてしまった。
「キャア!!」
墜落する直前に何とか木にアンカーを放って体勢を立て直すも強かに体を打ち付けてしまう。痛む体に顔をしかめながら、地べたからどうにか立ち上がる。
がさり、と木の陰から数匹の巨人面魚が現れ、ミカサを見下ろしていた。
「……もうこんなところにまで……」
予定では、巨人面魚はまだここまで到達していないはずだったのだが、思ったよりも侵攻が早いようだ。
人間の手足の生えた、巨大な人面魚。巨大な目玉を持つ奴や、ニタニタと笑っている奴、悲しそうな顔をしている者や怒った形相を張り付けた者。持っている顔は様々で、大きさも三メートルから十メートルまで色々いるが、どいつもこいつもバケモノであることには変わりない。
普通の人間ならば、きっとここで生きることを諦めていたであろう。しかしミカサは諦めるどころかギッ、と巨人面魚どもを睨みつけ、超硬質ブレードを両手に構え、叫んだ。
「どけ!! 私は、エレンの所に行くんだから!!」
しかしミカサとてバカではない。立体起動が使えない今、超硬質ブレードだけでこのバケモノどもに敵うはずが無いという事は痛い程解っている。
今も頭は割れそうなくらいズキズキ痛み、心のどこかで『もう諦めるしかない』ともう一人の自分が言っていたのだとしても、ミカサはそんな弱い自分を力尽くでねじ伏せて決して認めないし諦めない。
何故なら、ミカサは絶対にエレンのもとへ行かなくてはならないのだから。
十メートル級がじり、と歩を進めると、ミカサは空を裂くようなありったけの声で怒鳴った。
「そこを、どけぇぇぇぇぇぇ!!」
天を貫くような怒声に反応し、巨人面魚が一斉に獲物に向かって飛びかかる。哀れな人間の腕を裂き腹を割り頭を食らおうとしたその瞬間、「カァ!」とカラスの鳴き声がした。
鋭い稲光と共に落ちる雷、轟音と同時に落ちる炎の塊が巨人面魚を打ち、灰さえも残さぬほど燃やし尽くしていく。
「な、何? 何なの?」
固い鱗も人のような頭や手足、尾の先まで炎に舐められた巨人面魚が炭となり目の前で崩れ落ちた。
ミカサが突然の出来事に戸惑っていると、音に反応したのか崩れ落ちた巨人面魚の向こうからもぞろぞろと無数の巨人面魚が集まり出す。その数は先ほどの比ではなく、とてもミカサ一人で手におえるような数じゃない。例え調査兵団全員が居たとしても直接の相対は避けるだろう。しかし。
「バージリィィィィィスク!!」
上から落ちてきた少女がミカサの前に立ちはだかる。と、ミカサへ向かって集まって来た巨人面魚は何故かつぎつぎと白く変色して動きを止める。
何が起きたのかは解らない。しかし、集まった巨人面魚は全てが石になっていた。
「助かった……の?」
困惑しながら周囲を見渡すと、天から六人の少女がパサパサと羽をはためかせながら降りてくる。
「貴方たちは一体……?」
戸惑いながらミカサが尋ねると、中央に居た鳥幼女ことハーピーとその仲間たちはパッと手足を翼を広げて一斉に囀った。
「「「「「グローバリゼーション!!」」」」」
☆ ☆ ☆
「クリスタ、まずは何を用意すれば良いですか!?」
「まずはバターを潰して、それから小麦を振っておいて。あ、グラム数はメモに書いてあるから、ちゃんと図ってからやってね? 私は速く作れるものからどんどん作っていくから!」
ウォールシーナにて憲兵団の厨房を借りたクリスタは、サシャと共に白いエプロンをつけてお菓子作りの準備をしていた。レシピが書かれたメモを捲りながら棚から次々と食材を引っ張り出していく中で、厨房のドアを開ける音がする。
「ねぇ、本当にこんな物でどうにかなるの?」
食糧庫から大量の小麦を運びながら同期というだけで手伝っているマルコが尋ねると、小麦を秤にかけていたサシャが物凄い勢いで振り向いた。
「マルコ。信じられないかもしれないけど、今は本当にこれしか無いんですよ!」
「それは解ってるよ。サシャとクリスタが嘘を言うはずないのは知ってるけど、どうしてお菓子作りとライブが人類の救済になるんだ? 何が僕らを救うんだい?」
「それは解りません!!」
「解らないって……」
「でも、もうこれしかありません!! 全ては妖精さんのご機嫌次第です!!」
「そんな無茶苦茶な……」
「ねぇマルコ。砂糖は本当にこれしかないの!? 在庫は他に無い!?」
食糧棚を漁っていたクリスタが一握りの砂糖を前に悲鳴に似た声を上げると、隣から覗き込んだマルコが申し訳なさそうに首を振った。
「そこである分が全部だよ。砂糖なんて高級品、憲兵団でもそう大量に置いてないんだ。あるとしても上官の食糧庫くらいで、こればっかりは僕ら一般兵が勝手に使う権限は無いんだよ」
「そんな……これじゃクッキーも焼けないじゃない。何か、何か代用品は無いかしら……」
他に代用が利く甘い物が無いかと棚の中を漁っていると背後から「あるよ」と少女の低い声がした。振り返るとそこには――。
「アニ!?」
憲兵団に行った104期生の少女、アニ・レオンハートが黄金色の液体が入った、一抱えもある大きな瓶を片手に携えて立っていた。
「ハチミツならあるよ。フランツとハンナから壁内戦隊ケンペイダンにってくれたんだ。これで間に合うかい? マルコもいいだろ?」
「マルコ、本当に使って良いの?」
クリスタとアニに視線で尋ねられ、マルコは大きく頷いた。
「もちろんだよ! これで人類が本当に助かるなら、全部使ってよ!」
「女神! これで何とかなりますね!!」
クリスタはサシャとマルコ、そしてアニに視線を向けると、満面の笑顔を作って肯いた。
「うん!! 皆、本当にありがとう!!」
☆ ☆ ☆
それはたったの一言だった。
『シガン☆しな』のゲリラライブをやるぞ。
たった、その一言だけで人々はウォールシーナの舞台に駆け付けてくれた。
大人も居れば子供も居る。男の人も居れば、女の人も居る。老人、壮年、中年、青年、ありとあらゆる年齢層の人間が、彼を一目だけでも見ようと、それだけの為に大勢の人間が詰めかけていた。
最初、エルヴィン団長からの書簡を読んだ憲兵団師団長ナイル・ドークは決していい顔をしなかった。しかし、それでも憲兵団は今までに無い人数の観客に目を剥きながらもゲリラライブの警護をすることに賛同してくれた。
「アルミン……いや、うさミン、準備は良いか?」
舞台裏でバニーの衣装に着替えたアルミンが、ここまで下準備をしてくれたマネージャーのジャンからマイクを受け取る。
「もちろんさ」
「よし、じゃあ、行ってこい!」
ジャンに送り出され、緊張した面持ちでゆっくりと舞台へ上がった瞬間、アルミンを迎えたのはまるで大波のような歓声と拍手だった。
いつもとは少し違う、誰にも頼ることが出来ない、一人ぼっちの大舞台。
(大丈夫。いつもと同じだ)
緊張に顔が引きつりそうになるのを何とか抑えたアルミンは心の中で大丈夫、大丈夫、と繰り返し唱えながらゆっくりと舞台の真ん中に立つ。
この壁内にいるすべての人間の命が、このライブにかかっているのだ。ここでヘマをするわけには絶対にいかない。
一つ深呼吸をしたアルミンは次いですっ、と息を大きく吸い、期待に満ちた眼差しを向ける観客に向かって大声で言い放った。
「みんなーーーーー!!! 今日は突然の告知にも関わらず、集まってくれてありがとーーーーーーー!!!!」
うおぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!
ステージ脇に設置された音響設備から独特のリズムと共に明るい音楽が溢れ出す。同時に、客席から訓練されたような掛け声がどこからともなくあふれ出し、やがて会場中に圧倒的なうさミンコールが響きわたるのだ。
う・さ・ミン!! う・さ・ミン!! う・さ・ミン!!
沢山の声援を受けたアルミンが客席に向かって大きく手を振れば、途端にうさミンコールの声量が倍以上にが跳ね上がる。それに負けじと、アルミンも大声でファンに叫び返した。
「今日は僕、うさミンしか居ないけど、みかりん、えれえれの分も歌うから皆楽しんで行ってね!! それじゃあ、一曲目! 『ミミミン☆うさミン』いきまーす!!」
うおぉぉぉぉ!! と再び獣のような喜びの雄叫びがウォールシーナ中に響き渡った。