エピローグ
ウォールマリア内のとある小道。ハンジとリヴァイはそれぞれの馬に乗ってのんびりと歩いていた。
二人の腰には一対の立体機動装置がぶら下がっているが、周囲に危険性が無い事は彼らの表情が物語っている。
「暇だねぇ……」
「シャッキリしやがれ。そんなんで何かが起きてすぐ対応出来るのか?」
「うーん。そりゃそうだけど、その起きる可能性のある何かが想像もつかないからねぇ」
ハンジがそうぼやいた途端、胸元のポケットからロック調の音楽が流れ出す。ハンジが慌てて通信機の端末を取り出し、指で画面を操作をするとヴンと虫の羽音のような音を立てて板状の画面の上に立体映像が映し出される。
『そちらの状態はどうだ?』
『団長。現在の所異常はありません」
『解った。では引き続き見回りを頼む』
持っていた板状の端末からエルヴィンのミニホログラムが消え去ると、端末を再びしまったハンジはふぅっと息をついた。
「いやー。いつまで経っても慣れないね。コイツを使うのは」
「そうか? 俺には十分慣れているように見えるが」
「いや。そりゃ通信機嫌いのリヴァイから見ればそうかもしれないけどさー。っていうか、リヴァイも少しは使い方覚えたら? 持てばそれなりに便利だよ」
「チマチマチマチマしてんのが面倒くせぇんだよ。近くの誰かが持ってりゃそれで十分だ」
詰まらなさそうに言うリヴァイに、ハンジはにやにや笑いながら指を指す。
「そんな事言って。リヴァイの場合、単に操作が覚えられないだけでしょ」
「削ぐぞ」
☆ ☆ ☆
人類が、あの人魚の住む海の世界から戻って早三年が経とうとしていた。
巨人面魚に破壊されたウォールローゼやトロスト区はすっかり復興し、かつてのような魚市場こそ無いがそれなりに活気のある町へと成長している。
ウォールマリアの奪還も早いうちに成功し、人類の壁外への進出も少しずつではあるが進んでいて、こちらの世界の海も近いうちに発見されるであろう。壁内の塩も備蓄がまだ残っており、このまま順調に海の発見にまでこぎ着ければ極端な値上がりはどうにか避けられそうだ。
妖精社の食糧は相変わらず出回っているが、マリアの土地の奪還と共に人類側での食糧供給も徐々に増えてきて、現在は味の良い人類産の食糧に人気が傾きつつある状況だ。なるべくなら出所が解らない謎の食糧より、人類が作った食べ物の方が良いという気持ちの表れらしい。
人類は今、着実に壁外への一歩を踏み出していた。
「まぁ、それにしてもこんなにのんびりした気持ちでウォールマリアを歩ける日が来るとは思わなかったね」
ふあぁ、と欠伸をするハンジを見て、リヴァイは舌打ちする。
「おいクソメガネ。一応仕事中だぞ」
へいへーいと言うハンジだが、やる気は殆どゼロである。
「でも、仕事って言ったってねぇ……」
ウォールマリアの奪還。
人類は確かにウォールマリアの領土を奪還した。それは良いのだが、そのウォールマリアの奪還は当初の予定とはかなり違う奪還方法であり、正直言って今も世界に何が起こったのかよく解っていない人類は未だに多いのだ。
そもそも、巨人に対抗する人類の当初の目論みは共に壁内へついてきたワイズマンに武器を提供してもらい、マリア内を闊歩する巨人を順次駆逐していくという予定であった。のだが、ワイズマンが武器を作る前にちょっとばかり予想外の事が起きたのだ。
「にんげんさーん」
「あ、妖精さん。こんにちは」
花の上にちょこんと座った妖精さんがハンジに向かって手を振った。馬を止めたハンジは地面へ降りると、その小さな妖精さんの目線に合わせて屈みこむ。
「にんげんさん、ごきげんいかがですか?」
「いやぁボチボチだね。妖精さん、良かったらキャラメルでも食べるかい?」
ハンジが腰の立体機動と一緒にぶら下げた巾着袋から常備しているミルクキャラメルを差し出すと、両手で受け取った妖精さんは嬉しそうにキャーと笑う。
「ありがとです」
「どういたしまして。巨人に食べられないように気を付けてね」
「はーい」
笑顔で手を振って妖精さんと別れるハンジ。それを眺めていたリヴァイは馬に跨ったまま憮然とした態度を崩さなかった。
「何が食べられないでねだと。本当は食われてくれた方が人類にとっては都合が良いだろうが」
「まぁそう言わずに。これも社交辞令という奴だよ。それに私たちと違って妖精さんは巨人に食われたところで死なないじゃん。言葉の重みが全然違うよ」
「……まぁな。本当にデタラメ過ぎて気色悪ぃ」
この世界で起きた予想外の出来事――それは、巨人は人類よりも新人類たる妖精さんを好んで食すという事だった。最初にそれを発見したのは、確か調査兵団の誰かだったはず。
共に居る人間の生存確率をほぼ絶対生存まで跳ねあげさせる脅威のデタラメ。妖精さん。
彼らの力を確かめるべく、妖精さんと仲良くなった数人の有志が彼らを連れて壁外調査を行ったのだ。
壁から出た途端、巨人はすぐにやって来た。人数の少なかった調査兵は足の速い巨人どもに食われそうになったのだが、遭遇した巨人は人間よりもまず先に、びっくりして丸まった妖精さんを拾って食ったのだ。
巨人としても旧人類より新人類の方が美味しそうに見えたのかどうかは定かでは無いが、とにかく妖精を食べた巨人には劇的な変化が起こったのだった。
それは――。
しばらく小道を歩いていたハンジとリヴァイの目の前に、リュックサックを背負った七メートル級の巨人がのっそりと現れた。
ずんぐりとした体に笑顔を張り付けたようなその巨人は二人の前に立つと、襲い掛かることも無く一枚の地図を差し出した。そして、地図の目的地を指で示し、首を傾げるジェスチャーをする。
どうやら、道に迷っているらしい。
「あー、漫画祭りの会場ですね? この道をまっすぐ行った所で合ってますよ」
地図を見たハンジが道の先を指差すと、青いリュックサックを背負った七メートル級の巨人は丁寧にお辞儀をしてそのまま通り過ぎて行った。
ハンジが巨人の相手をしている間、リヴァイは遠い目をしてぼんやりと呟いた。
「……まさか、一度妖精を食った巨人は人を襲わなくなるとは思わなかったな……」
しかも人を襲わなくなった巨人は随分と理性的で、尚且つそこらの人間より遥かに丁寧だったりするからリヴァイにとってはタチが悪い。
ちなみに食われた妖精さんは後日ひょっこりと姿を現したりするので心配はご無用だ。
妖精類は人類の壁外進出と共にその数を増やし、現在では巨人の数のおよそ七倍から八倍に増えているのではないかと言われている。
妖精さんが増えるに従いそれを食べて人を襲う巨人が減り、そしてウォールマリア内に居る巨人の殆どは現在、温厚な巨人ばかりとなっていた。
向こうから襲い掛かってこないならば、わざわざこちらから圧倒的に強い巨人に喧嘩を売る必要も無い。
巨人に植え付けられた人類のトラウマは計り知れず、人類の中には未だに巨人を殲滅すべきと主張する者も多いのだが、色々と議論を交わした末、結局人類は温厚化した巨人と共存する道を選んだのだった。
しかし、三つの種族が入り混じる世界には常にトラブルが山積みで、それを解決する為に白羽の矢が立てられたのが調査兵団。
巨人同士の喧嘩を仲裁出来る程の実力を持つリヴァイ兵士長に、妖精さんと仲の良いクリスタ・レンズが調査兵団に加わったのが大きな要因だ。
色々と紆余曲折はあったのだが、現在の調査兵団は妖精類、巨人類、そして人類の間を取り持つ『調停兵団』と名を変えてウォールマリアや壁外の小村等、あちこちで活躍しているのだった。
赤や黄色や白の花の咲き乱れる小道を馬でのんびりと歩きながら、このリヴァイは怖いくらい唐突に平和になった壁内を見回した。
今日も雲一つない良い天気だ。
必要の殆ど無くなった立体機動を片手で撫で、リヴァイは隣に歩くハンジにこの三年間、ずっと聞けなかった疑問を口に出してみた。
「なぁハンジ。俺達はこれで良かったと思うか?」
ハンジが振り向いた。
「どうしたんだい? 突然」
「ここに来るまで、沢山の仲間が死んでいった。俺達はそいつらの意思を継ぎ、巨人どもを殲滅することを誓って生きてきた。なのに、巨人の謎も世界の秘密も解き明かせぬまま唐突に平穏が訪れただろう。時々俺は思うんだよ。俺達はこれで本当に良かったのか? とな。今のこの状態は、死んだあいつらに胸を張れる状況なのか?」
久しぶりのリヴァイの長いセリフを聞いたハンジは、一瞬目を見開き、そしてすぐに笑顔を浮かべた。
「なんだ。リヴァイは幸福恐怖症なのかい?」
「は?」
「良いんだよこれで。世界の謎なんてゆっくり解いていけば良いんだ。あとさー、死んだ奴らが世界で一番望んだのは何だと思う?」
きょとんとしたリヴァイに、ハンジは大きな声で高らかに笑う。
「確かに巨人の殲滅は出来なかったよ。でも、こーんなに人類がのんびり生きられる世界が来たのなら、誰も文句は言わねーさ!!」
「そうか?」
「そうだよ」
あまりにも当たり前のように言われ、リヴァイは暫し考えてからやがて静かに笑った。
「そうか……そうだな」
見慣れた人で無いと解らないようなその笑みだが、ハンジにはすぐ解る。あのいつも険しい顔をしていた兵士長がこんな風に穏やかに笑う時が来るとは思わなかった。
「ところでリヴァイ、今度映画でも見に行かないかい?」
唐突にハンジが提案すると、リヴァイはぽかんと口を開いた。
「あ?」
「映画だよ。ローゼのシアターに新作が来てるんだ。どう? 休日にでも」
ハンジの誘いにリヴァイはすぐに尋ねる。
「主演は誰だ?」
「もちろん、アルミン・アルレルト!」
途端、聞いたリヴァイの口の端が釣り上がる。
「悪くない」
☆ ☆ ☆
元調査兵団兵舎の裏で、エレン・イェーガーは本日集まる仲間たちを待っていた。
元の世界に帰ってきてから三年。壁内外が平和になりつつある今でも、104期生は連絡を取り合っている。兵士を続けている者も、兵士を辞めてしまった者も居るが、それでも友達は友達なのだ。
「皆、おっせーなぁ……」
「でもエレン、集合時間にはもう少しあるからさ」
苛立つエレンに、アルミンは腕時計を確認する。
「今、クリスタからメールが来た。もうすぐ着くって」
壁に寄り掛かったミカサが通信端末の画面を指でスライドさせてメールを確認していた。クリスタからメールが来たという事は、ユミルも一緒に来るという事だろう。
「そういえばエレン。お父さんは元気?」
暇を持て余したアルミンに聞かれ、紙パックのお茶をストローで吸っていたエレンは顔を上げた。
「おう。まだ記憶は戻ってねぇけど、元気だよ。なぁミカサ?」
「うん。この前も皆で映画を見に行ったの。おじさん、笑ってた」
「そうか……早く記憶が戻ると良いね」
ずっと行方不明だったエレンの父、グリシャ・イェーガーは壁が元の世界に戻った直後に帰って来た。
上空がやたらと光り輝く夜の事。エレンが慌てて外へ見に行くと空に沢山の円盤が浮かんでいて、その真下にグリシャは呆然とした表情で佇んでいたのだ。
もちろん、エレンは今まで何をしたのか問い質したのだが、グリシャは何も覚えていなかった。エレンの母が巨人に食われた事までは覚えていたのだが、その後どこで何をしていたのか、今まで何の研究をしていたか、そしてあの日エレンに注射した事等は全く覚えていないらしい。
「まぁ、良いけどな。別に思い出さなくても」
飲み終えた紙パックを潰しながらエレンはぼやくように言う。
確かに、父親が一体何者なのか、今まで何をしていたのかは気になるが、本当に覚えていないのならばしょうがない。父親が嘘をついている可能性もあるにはあるが、その可能性が限りなく低いことは何となく解る。
何故かと言うと、この間エレン達はシガンシナの生家に戻ってみたのだ。父親から渡された鍵が何だったのか、地下に何が隠されているのか、これで解ると思った。ところが、家に戻ってみると地下室は跡形も無く消えていた。何者かに潰されたのではなく、最初から何も無かったかのように消えていたのだ。
帰って来た父と共にシガンシナの生家の前に立ち尽くしていた時、エレンはふと妖精から貰ったスイッチに事を思い出した。
巨人面魚の腹の中で出会った妖精さん。彼らから貰った赤いスイッチ。『よく考えて』の忠告も半分聞き流してエレンはスイッチを押してしまった。おそらく、あれが全てのターニングポイントだったのだろう。
「回収できるところだけ回収され、出来ない所は無かったことに……って所なのか?」
無かった事にされた父の記憶が戻ることは二度と無く、今まで疑問に思い続けてきた世界の秘密も二度と知ることは出来ないのかもしれない。しかし、その代償が壁外への進出と人類の平穏ならばそれはそれで良いのかもしれなかった。
☆ ☆ ☆
「やっほー!! 三人とも待ちましたー!?」
「おーい。来てやったぞー」
「サシャ、コニー!! 久しぶり!!」
まず先にやってきたのはサシャとコニーだった。
「いやぁ、注文品をお店に届けていたら時間が掛かってしまいましたよ!! もしかして私たちが最後ですか?」
「ううん。皆まだ来てないよ」
「マジかよ。そんならもっとゆっくり来りゃ良かったな」
「コニー。お前それでいっつも遅れるだろ? この前リヴァイ兵長に怒られた事思い出せよ!」
「ンだよ。どうせ妖精絡みなんだから焦んなくても問題ねぇだろうが」
悪びれも無く笑うコニーは、現在調停兵団にて妖精さんの起こしたトラブルを担当しているのだった。バカ呼ばわりされることが多いコニーだが、それでもその明るい性格は妖精さんと仲良くなるのに適しているのだ。
コニー達が喋っている間、サシャは肩から下げた大きなアルミ製の鞄をよっこいしょと地面に置く。と、ミカサがその箱を見て尋ねた。
「サシャ、何を持ってきたの?」
「これ? これですか?」
サシャはよくぞ聞いてくれました! とばかりににんまり笑うと、皆の前でじゃーんと言いながら箱を開く。途端に溢れ出すひんやりとしたドライアイスの白い煙。
「アイスクリームです!! 皆と一緒に食べようと思ってお店のを持ってきました!!」
「バターポテト味だ!! 俺このフレーバー好きなんだよな」
「こら! ダメですよエレン。あっちに行って、皆が揃ってから食べるんです」
振り返ったエレンが手を伸ばすと、すかさずサシャが蓋を閉める。エレンはちぇーと口を尖らせたが、そんなものは無視だ。
「サシャ、溶けちゃわないの?」
「そのためのクーラーボックスですから!」
胸を張るサシャは、こちらの世界に戻ってきてからしばらくの間は兵士を務め、ついこの前辞任した。そして、ウォールローゼの片隅で壁内初のアイスクリームショップを開いたのだった。
「でも何でアイスだったの? 兵士を辞めなくても、クリスタみたいにお菓子作りの講師をやれば良かったのに」
アルミンの意見にサシャは考え込むようにむー……と唸り、そしてにぃっと笑った。
「おいしい物を食べると、皆笑顔になるじゃないですか。今時の壁内には料理屋は沢山ありますが、アイス屋さんはありませんでした。そして私もクリスタも妖精さんもアイスが好きでした。だからアイスを極めたくなりました。理由はそれだけです!」
☆ ☆ ☆
次に来たのはクリスタとユミル、そして山奥組ことライナー、ベルトルト、そしてアニだ。
「おお!! お前ら来てくれたのか!! 久しぶりだな。故郷の方はもう良いのか?」
ライナーとベルトルト、アニの三人は壁が元の場所に戻ってきてからしばらく故郷の村に戻っていた。何か色々面倒な事情があったようなのだが、つい先日ローゼへ戻ってきたとメールを貰ったのだ。
「まだごたごたしてるんでしょ? 来てくれたのは嬉しいけど……もしかして無理させちゃった?」
エレンとアルミンが心配そうに話しかけると、ライナーは難しい顔で腕を組み、ベルトルトは困った顔で頬を掻いた。
「うん、何か色々あったんだけどさ……」
「まぁ、何だ。確かにまだ色々あるっちゃあるんだが、大体の問題は知らないうちに解決していたんだ」
何だそりゃ。と思ったエレン達だったが、苛立ったようなアニの言葉で全てに納得がいった。
「妖精達のせいだよ。絶望的にこんがらがった状況だったのが、妙にご都合主義的な事が連鎖的に起こっていつの間にか問題が無かったことになってたんだよ。まったくなんてこったい……おかげで今までしてきた私たちの苦労も苦悩も全部揃って水の泡さ」
「ホントだよ……こんなデタラメが起こるなら、もっと早く起こってくれれば良かったのに……」
両手を上げて首を振るアニに、苦しそうな表情を浮かべたベルトルト。何だか泣き出しそうなその背中を、エレンが音を立ててバシッと叩いた。
「何か知らないけど、大変だったんだな。まぁ、元気出せよ! 過ぎたことはもう仕方がねぇんだからさ!!」
爽やかな笑顔を浮かべたエレンの横ではアルミンも頷いている。
「そうだよ。過ぎたことはもう覆せないでしょ。なら、どうあがいても前を向いて行くしかないんだよ」
「でも……」
「でももだってもねぇんだよ!! 俺だって母さんの仇の巨人を駆逐してやるって思ってたのが、まさかの共存だぜ!? ありえねぇだろ!? ……でも、調停兵団に入ったからにはそんな事は言ってられないんだよなぁ……」
「しかも妖精化した巨人ってそこらの人間より親切なんだもんね……本当に今までが今までだった分、余計にタチが悪いよ……」
がっくりと肩を落としながらも彼らを慰めるように言う二人に、俯いていたベルトルトがようやく顔を上げた。
「二人とも、巨人の事を受け入れられるのかい?」
「まさか。あいつらなんか大嫌いだぜ。今までどれだけの人間が食われたと思ってるんだ」
「今でも憎いには憎いよ。けど、向こうからこちらに襲い掛かってこない以上、こちらから戦闘を仕掛けるのも得策じゃないでしょ」
巨人は憎い、けれど時代が変わったのならそれを飲み込む努力も必要なのかもしれないと言う二人に、ライナーは腕組みをしたまま何かを考えていた。
「なぁ、エレン」
「何だライナー?」
「いつか……いつかさ、俺達の故郷の問題を言える日が来たら、その時は話を聞いてくれないか?」
「何だそりゃ。今言えば良いだろ?」
「今は言えん。だが、いつか必ず言う。お前には絶対に言わなきゃならんと思うからな。その時は何発だって構わんから俺を殴れ。その代り、俺だけを殴れよ」
「? おう、解った」
ライナーの意味不明の言葉にエレンが戸惑っていた時、隅っこの方でミカサやユミル、サシャ、コニーときゃっきゃしていたクリスタが皆を呼ぶ声が聞こえた。
「ねぇねぇ皆見て!! ハンナとフランツの二人目の赤ちゃんの写真が送られてきたんだよ!!」
「手紙もあるぜ。今は三人目がお腹に居ますだってよ」
「あの二人、何人作る気なんだろうなぁ。まったくいつまでたってもバカ夫婦のままだよな」
「うん。でも、とても幸せそう」
「ウチのアイスに使う蜂蜜もフランツの所のなんですよ。今度行ったら何かお祝いあげないといけませんね!」
「あ、俺達にも見せてくれよ!」
楽しそうにはしゃいでいる皆の声にエレン達は振り返ると写真を見に走ったのだった。
☆ ☆ ☆
「おーい。皆揃ってるかー?」
「ごめんごめん! シーナの電車が遅れちゃって!!」
最後に駆け付けたのは、ジャンとマルコだ。マルコは走っているが、ジャンは余裕そうにのんびりと歩いての登場。その態度に、エレンがさっそく噛みついた。
「おっせぇぞジャン、テメー!!」
「ああぁ!? 折角来たってのに何だよその言い草は!? マルコだって遅れただろうがよ!?」
「マルコは良いんだよ! 普段は時間守るから!! だがジャン、テメェはダメだ!」
「何でだよ!? 俺だって時間は守る方だろ!?」
さっそく昔と変わらぬ喧嘩を始めるジャンとエレンに、周囲はまた始まったかーと横目で見守っている。しかし、誰一人として仲裁に入ろうとしない。なぜならこういう時、誰が二人の喧嘩を止めるのかよく知っているからだ。
「エレン、喧嘩いくない」
ひょい、とミカサがエレンを抱え、それを見て「やーい女に抱えられてんの」と馬鹿にしたジャンを蹴り転がした。
「どうやら、僕らが最後だったみたいだね」
喧嘩が終息し、マルコが皆を見回すとそこには三年前と変わらぬメンバーが揃っている。
「そういや、ミーナとかはどうしたんだ?」
「ミーナは締切の修羅場を終えて死んでる最中。トーマスは実家の手伝い。ダズは誘ったけど恐いから来ないってさ。他の人も誘ってみたけど、今日来れる人数はこれで全員だね」
ジャンの問いかけにアルミンが答える。と、エレンが全員に向かって「よーっし! 人数は全員揃ったな!!」と気合いを入れた。
「皆、水着は持ってきたかー!?」
「「「イエーイ!!」」」
エレンの掛け声と共に、それぞれが持ってきていた水着を抱え上げる。ビキニもあればワンピースタイプもあり海パンオンリーも居れば海パーカーまで様々だ。
全員が水着を持ってきたことを確認したエレンは、この調査兵団の兵舎裏に設置されているあのゴミ箱の蓋を勢いよく開けた。
ゴミ箱はあの時と同じく不思議な光が満たされており、再び活躍するのを待ち構えていた。
「それじゃあ、着替えて海水浴へ出発だー!!」
☆ ☆ ☆
とある海原にて、人魚達は波間にぷかぷかと浮いてその時を待ちわびていた。
今日も今日とて良い天気。絶好の海水浴日和だ。
「エレン君たちまだ来んのー?」
「時間的にもうちょいって所じゃないかな?」
仰向けで波間に浮かぶむろみさんに、隅田さんが携帯電話で時間を確認しながら教えてくれた。
「それにしても、あっちとこっちが妙な所で繋がるとは……こんな適当でええんかいな。リヴァイアさん」
淡路さんにジト目で見られながらもリヴァイアさんは缶ビール片手に笑って「ええっちゃないのー?」とアバウトだ。
「まさかウチもこがん特異点が出来ると思わなかったっちゃけど、まぁ小さいから多分大丈夫だっちゃ」
「ほんまにアバウトやなぁ……」
元の世界へ帰ってしまった壁の国。だが、流石妖精さんの起こしたデタラメと言うべきか、面白いことが起こってしまったのだ。
壁の国にある調査兵団兵舎裏にあるゴミ箱。
死者が次々と復活したあのゴミ箱が特異点と化し、何故かこの世界と向こうの世界を繋ぐワープ装置になってしまったのだ。
それを発見したのはワイズマン。
無論、混乱を避けるために一般人には知られていない。だがそのワープ装置の発見以来、度々その小さな特異点を通ってお客様が遊びに来るようになっていた。
「んでも、エレン君達は本当に久しぶりとねー。前はペトちゃんたちやったっけ?」
「そうそう! イルカさんたちと遊んでくれたっちゃもんね!」
ひいちゃんが楽しげに言うと、傍を泳いでいたイルカたちがキュー! と元気よく鳴いた。彼らは、元調査兵団に雇われていたイルカたちだ。
「ところで、隅田さんはエルドとどうなん?」
「んふふ~。気になる?」
イルカたちを華麗に無視したむろみさんが聞くと、にやぁっと笑った隅田さんはおもむろにケータイの画像をむろみさんへ向けた。
そこには、無事卵割の始まった卵が一粒だけ入った小さな水槽と、その前で両手でブイサインをするエルドの姿が映っていた。
「受精大成功!」
「うっそぉぉぉ!!?」
「一粒だけだけどねー! 苦節三年!! 長かったわー!」
目が飛び出るほどびっくりしているむろみさんと、ほろりと涙を流す隅田さん。卵からは何が生まれるのかは生まれてみないと解らないが、とにかくエルドとは上手くいっているらしい。
ええなーええなー! と羨ましがるむろみさんだが、その時、淡路さんがむろみさんの肩を叩いて空の上を指差した。
「おいむろみ。あれなんやと思う?」
「何?」
全員が上を向くと、天空遥か高みから落ちてくる何かが見えた。
☆ ☆ ☆
「エレェェェェェェン!!! テメェ解ってたのか!?」
「知らねぇに決まってんだろぉぉぉぉ!!」
「ジャン! エレンは悪くない!」
「バッカやろう!! 騒いでる暇があったらこの状況なんとかすること考えろ!!」
「おぉぉぉぉぉ!!!」
ゴミ箱の特異点を通ってみれば、そこは天空遥か高い地上五百メートル地点だった。
白い雲を突き抜けて、エレン達は現在ノーパラシュートスカイダイビングの真っ最中である。
真下は一面に広がる大海原。
落ちていく水着姿の104期生は赤いビキニを着たミカサ以外が全員涙目になって絶叫を上げている。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!! 死ぬうぅぅぅぅぅ!!」
「ひゃああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「アイスぅぅぅぅぅ!!」
「サシャ!! アイスなんか構ってる場合じゃねぇだろうが!!」
「クリスタ!! 私に捕まれえぇぇぇ!!」
「ゆみるぅぅぅぅぅ!!」
ひゅごぉぉぉ!! と空を切る音に徐々に目の前へ迫り来る海。立体機動装置は着けておらず、持っていたとしても周りには引っ掻ける場所も何もない。
天を仰いで見れば、落ちてくるエレン達の姿を見つけてむろみさん達は本気で驚いた。
「あれ、エレン君たちっちゃないの!?」
「おお、マジだ!? 今回はあんなところから来やがったぜ!」
「おねいたん! このままじゃ海にぶつかっちゃうとよー!」
「よっしゃ、ウチに任せるっちゃ!」
真下で慌てる人魚達に、見ていたリヴァイアさんが海竜へ姿を変化させた。伸び上がりその巨体の頭でもってエレン達を受け止めようとしたのだが、あと少しという所でうっかり取りこぼしてしまった。
「あら?」
「「「ノォォォォォォ!!!」」」
104期生の目の前に迫り来る海の世界。
しかし、上空から人魚の姿を見つけたエレンは落下しながら両腕を広げ、大声でむろみさん達に呼びかけた。
「ただいまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
人類は今、壁の外。
人類は壁の向こうに衰退しましたが、人魚はよく釣れます。 完結
あとがき
こんな蛇足部分までお読みいただき有難うございました!
ラストは物凄くご都合主義なので、もしかしたらお気に召さない方も居るかもしれませんが、これでようやく進撃世界の全員を幸せに出来たかなーと思います。
思えば、最初はただ単にエレン達に海を見せてあげたいという動機から書き始めたのですが、どうしてこうなった。
ご意見、ご感想、ご質問等ありましたら是非お聞かせください。
今後の創作活動の糧とさせて頂きたく存じます。