※ 今話はむろみさん要素薄めです。
ポケットにしまったままのカラフルな球は結局持ち主が見つからず、今もクリスタが持ち歩いていた。
本当は捨ててしまっても良かったのだが、他人の物を勝手に捨てる気にはどうしてもなれず、そうして幾日も持ち主が見つからぬままずるずると持ち続けているのだった。
「ほんと、誰の物なんだろう」
パステルカラーの小さな球を天井にかざしてみるも、球は球のまま何の変化も無い。
そんなカラフルな球を拾ってからしばらく経った頃のある晩、クリスタは不思議な夢を見た。
小さな帽子を被った、手のひらに乗せられる程小さな人のような生き物がクリスタの枕元に立っていたのだ。
「にんげんさん、にんげんさん。おかしつくれますか?」
クリスタはすぐにこれは夢だと思った。この世には巨人や人魚が居ても、存在そのものがこんなにファンシーな小人は今まで見たことが無かったからだ。
変な夢を見るなぁと思っていると、小人は首をかしげて見せる。
「ぼくら、おかしたべたし?」
「んー……クッキーくらいなら作れるかなぁ」
半分眠りの中。夢うつつの状態で答えると、小人はパァッと表情を輝かせた。
「でも、今は無理かな……」
すると解りやすい事に、小人の顔はすぐに残念そうに曇った。
「どうしてですか?」
「だって、材料が無いもん。塩と魚は増えたけど、お砂糖はまだまだ貴重品なの。小麦もバターもミルクも、壁内じゃ限られてるから……」
「ざいりょうあれば、できるですか?」
寝ぼけ眼に答えると、小人はまた首をかしげた。
「うん。出来るよ」
「そですかー」
最後に聞こえたのは、小人の楽しそうな声だった。そのあたりでクリスタは眠りの本流に飲まれ、小人の夢は途切れてしまった。
朝、クリスタが目覚めてみると枕元に小人の姿はどこにもなく、かわりに卵、紙に包まれたバター、ミルクの瓶、それから小麦と砂糖の入った袋がまとめて置かれていた。
☆ ☆ ☆
「クッキーの材料だよね……? 多分」
半信半疑ながら調理場の使用許可を取ったクリスタは台所に並べた材料を見回して、まず唸った。
昨日の夢が本当にあったことかは未だに解らないが、それでもこうして材料が目の前に並べられているのだからそうなのだろう。
「うーん、問題は出所だよね」
とりあえず今の所は兵舎の食材が盗まれたという話を聞かないので、それ以外の場所から持ってこられたのだろう。あの小人が実在したとして、果たしてどこからこんな豪華な食材を持ってきたのか。
もし、盗まれた物なら大変だと思う反面、重要な事がある。
「でも、放っておいても腐っちゃうんだよね……」
クリスタはしばしの間食材の前で逡巡していたが、やがて覚悟を決めた。
「多分、良いんだよね……?」
食材の出所は気になるが、このままではバターが溶け出してしまうし牛乳も放っておけば痛んでしまう。それはとても勿体ない。このまま腐らせるくらいなら、後からお咎めを受けたとしてもクッキーに化かしたそれを返したほうがまだマシだ。それに、お菓子を作ること自体が久しぶりでちょっぴり楽しみだったりする。
「昔作ったレシピ、まだ覚えてるかな……」
ずっとずっと前の事。まだ生家に居た頃の事を思い出しかけたクリスタはすぐに首を振る。あまり良い思い出では無いから、脳裏に浮上した過去の記憶をすぐに沈める。
「ううん、昔の事はどうでもいいよね。えぇと、まずはバターを潰して……」
何度洗っても染みの取れない、使い込んだエプロンを着たクリスタは道具入れの中からボウルやめん棒、木べらを引っ張り出しながら頭の中でレシピを組み立てていると、ドアの方から誰かが入って来た。
「お前、何してんの?」
「あ、ユミル」
振り返るとそこにはユミルの姿。
「朝からなーんかコソコソしてると思ったら、そういうことかよ」
台所の上の食材をざっと見回したユミルは口の端を吊り上げる。何が言いたいのかよく解らないクリスタが首をかしげると、ユミルは勢いよくクリスタの肩に腕を回した。
「兵舎全体の緊張が緩んでるうちに食材盗んで菓子作りたぁ、流石は女神様。やることが人と違うぜ」
「え、違うよ」
「何が違うんだよ。塩だの魚類だのは最近手に入りやすいから良いとして、砂糖やらバターやらどうやって手に入れたんだ?」
にやにや笑って問い詰めてくるユミル。
あぁ、と思ったクリスタはほんの少し話すかどうか迷ったが、結局話すことにした。
「うん。信じてくれるか解らないけど、実はね……」
ユミルを相手にした場合、黙っていた方が後々めんどくさいような気がしたからだ。
☆ ☆ ☆
「ふぅん。つまり、夢でみた小人が枕元に置いて行ったってか?」
「じゃないかなぁと思うんだけど……」
クリスタがクッキー生地を作っている間、ユミルは後ろで椅子に座っていた。手伝う気はサラサラ無いようだが、クリスタはさして気にしていない。手際よく小麦をふるいにかけて生地を混ぜる。
「そんなバカな話、信じると思うか?」
「うん。だから信じてなんて言わないよ。だって私だって信じられないもの」
あっさりと頷いたクリスタに、ユミルは声を詰まらせた。本当はもっと、「だから言いたくなかったのよバカバカ!」くらいを期待していたのだが、上手くいかなかったようだ。
「よし、後は生地を寝かせて型抜きをするだけね。あ、竈を温めておかなくちゃ」
丸めたクッキー生地をボウルに戻したクリスタが台所の中をパタパタと動き回っている。ちょこちょこと小動物のように台所を動き回るクリスタをしばらく黙って眺めていたユミルは、突然席を立った。
「あれ、ユミル行っちゃうの?」
「あぁ、居てもやることねぇしな」
「もう少ししたらクッキーの型抜きをするけどやらない?」
「そういうのはパス。まぁ、完成したら味見してやらんでもないから」
「じゃあ、完成したら呼ぶね。サシャと一緒にお茶にしましょう」
「アイツがいたら全部食われるじゃねぇか」
そうして台所から出て行こうとした時、ユミルは中を振り返る。
「そういえば、アタシは信じても良いよ」
竈で火の調節をしていたクリスタがユミルを振り返った。
「何を?」
「さっきのバカな話さ。人魚が居るんだから、小人だって居てもおかしくねぇだろ。じゃあな」
意地悪な猫みたいにユミルがニヤっと笑って、パタンと台所の扉が閉じられた。
☆ ☆ ☆
手ごろなコップで丸く型抜きしたクッキー生地を予熱した竈に入れてから、クリスタは椅子に座って一息ついた。
もう少し小麦粉があったのなら一緒にパンでも焼こうかと思ったのだが残念ながら材料は全てクッキーに消えてしまった。
「でも、サシャならきっと喜ぶだろうなぁ」
何せ甘味が少ないご時世なので、ウォールシーナの一部の富豪を除いたら一匙の蜂蜜さえもご馳走なのだ。
「上手く焼けてると良いなぁ」
自分で淹れたお茶を飲みながら竈の方を見る。まだ香ばしい匂いは漂ってこないが、ふとサシャがクッキーを頬張る姿を想像すると、自分も自然と頬がほころんでくる。いくら食糧難だって、食べ物をあんなに美味しそうに食べる人間もあまり居ない。
「にんげんさん、にんげんさん」
サシャ、喜んでくれるかなぁ等と考えていると、どこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。それは紛れも無く夢で見たあの声。
あたりを見回してみると、台の上に『彼』は居た。
青い三角帽に、一つだけボタンのついた外套。小さな手袋とブーツ。多分巨人とは正反対の存在だ。
一度会っているせいかもしれないが、そのファンシーで人畜無害な姿と相まって不思議と恐怖感は無かった。
「おかしできましたか?」
小人が首をかしげた。やっぱりこのクッキー材料を持ってきたのは小人のようだ。
「うん。まだ焼いてる途中だけど、もうすぐ出来るよ。ねぇ、材料はどこから持ってきたの?」
「さー」
「さーって……もしかして、盗んだの?」
「つくりましたので」「げんしてきなもので?」「がんばてくみたてましたです」
「増えた……」
台の上の彼の他に、クリスタの足元と窓辺に一人ずつ。合計三人の小人がクリスタを見ていた。どれも似たような顔つきで、無邪気な笑顔を浮かべている。
「貴方たちって何者なの?」
「ぼくたち、だれだっけ?」「わすれましたなー」「たしか、あっちのほうからきました」
口々に首をかしげる小人たち。どうやら、あんまり考えるのは上手い方では無いようだ。何だかよく解らないけれど、折角の意思の疎通をするチャンスだ。深呼吸をしたクリスタは質問を変えることにした。
「じゃあ、どこから来ましたか?」
「そとうちゅう?」「じゅうにじげんさきむこうてきな」「あなをほりほりしました」
やっぱりよく解らなかった。
「うーん、じゃあ何をしにここに来たのかな?」
小さな子供に尋ねるように、勤めて優しい声を出すと小人たちも頑張って伝えようと身振り手振りで教えてくれる。
「ぼくらのほう、おかしなくなたです」「にんげんさん、なくなたです?」「でもおかしたべたし」「まきもどししすぎておこられましたゆえ」「ちかいとこさがしました?」「あっちこっちほりました」「おかしこいしやー」
「うーん、困ったなぁ」
小人たちの熱意は伝わってくるのだが、さらによく解らずに首をかしげる。しかし、とにかく彼らが「お菓子を食べたい!!」ということしか解らない。何故、別の場所ではなくクリスタの所に来たのだろうか。
中央の方が菓子類は多いと思うのだが。
「ここ、まんなかよりたのしいですので?」
とにかく、そういうことらしい。
小人たちが口々に語る断片的なものを繋ぎ合わせようとしても彼らがこことは違う場所から来て、お菓子が食べたいしか解らない。
「アルミン辺りに聞いてみたほうが良いのかな?」
それとも意外と物知りなユミルの方が良いのか。そもそも誰かに話しても大丈夫なのか。色々考えていたその時、クリスタのことを小人が呼んだ。
「にんげんさん。そろそろやけました?」
そういえば竈の方から少し焦げたような臭いが漂ってくる。
「あ、クッキー!!」
慌てて竈の蓋を開けると、クッキーは端の方が少し焦げているものもあるが、大体が程よい具合に焼けていた。
「良かった。まだ焦げてない」
クッキーの乗った鉄板をミトンの手袋で取り出して台の上に上げると、辺りにふわりと甘くて香ばしい匂いが漂い始める。小人たちが顔を輝かせて台の上のクッキーに寄ってきた瞬間、叩きつけるように扉が開く音があたりを包み込む。
「女神ぃぃぃぃぃ!! クッキー焼いてるってマジですかぁぁぁ!?」
そしてどこで嗅ぎつけてきたのか、サシャが勢いよく転がり込んできた。
「あ、サシャ」
「ふおぉぉぉ!! お願いします何でもしますからどうか私にもお恵み下さいいいぃぃ!!」
「うん。サシャにもちゃんとあげるから。もう少し冷えたら皆で食べよう」
「ありがとうございます女神ぃぃぃぃ!!」
泣いて縋りついてくるサシャをヨシヨシと撫でながら、クリスタは小人を目で探す。
先ほどまで居たクッキーのすぐそばに小人の姿は無く、代わりに鉄板の周りには三つのカラフルな球が落ちていた。