地面に倒れそうになった体を玉野さんが支えてくれた。
彼女はそのまま、私のことを抱きしめる。
「黒木さん、よく無事で。そして、本当にありがとう」
抱き返すなりすればよかったんだろうが、今は手を動かすのも億劫だった。
とりあえず、頭をがくがくと縦に動かして返事をする。
もうひとり、パチパチと拍手をして歩み寄ってくる人がいる。
春日恭二さん。
「黒木智子君。君はやはり、素晴らしい人材だ」
眼には戦意が残っているかのように光っている。
春日さんは禍々しい獣化した腕を私に向けて差し出した。
「今回のこの事件は君と我々、お互いにとって不幸な出会いとなってしまった。
だからこそ、君にはいろんなものを見て、世界の真実を知ってほしいと思う。
ぜひ、私と共に来てくれないだろうか」
玉野さんが私を抱きとめる力が強くなる
「黒木さん」
「黒木君」
私は、首を横に振った。
「わ、私はファルスハーツには、い、いきません」
「……UGNに下るのかね?」
「……」
ここで沈黙をするのが肯定であると取られても仕方がない、そう思っていた。
「……いずれ、また迎えに来るとしよう。君はまだ10代だ。欲望を自覚した時にもう一度会おう。
なに、一人にならんよ。我々FHはいつでも君が来るのを待っている」
春日さんは背を向けて壊れた病院の床を歩いてゆく。
崩れおちそうになる膝を、玉野さんが抱きとめてくれた。
「侵蝕率124%……急ぎましょう、黒木さん。私もあなたもまだ、人に戻れるわ」
私に体温計のようなものを当て、玉野さんはつぶやいた。
「ねえ、黒木さん。私達は確かに人間でも怪物でもない半端な存在。
裏切り者〈ダブルクロス〉といわれることもある。でも、それでも ね」
私達にだって大切なきずなはちゃんとあるんだよ。だから、大丈夫。
鋼の軍勢に囁かれた時とは違う、安堵のゆりかごの中で。
日常に帰れるんだ。
そうしんじて私は意識を手放す。
眼が覚めたなら、太陽が高く昇ったら。
きっと、また一日が始まるはずだ。