相馬戎次がキャスターから受けたダメージは自然治癒であれば一か月以上は完治しないものだった。魔力の殆どを治癒に回しても一週間は治らないだろう。
だというのに相馬戎次の体に刻まれた深々とした傷は一日も経つと殆ど完治していた。体にはまだ傷痕そのものは残っているが戦闘にはまったく支障がない。
これには戎次のサーヴァントであるライダーも驚きを通り越して呆れ顔だった。
「戎次。まさかとは思うけど貴方……ゾンビとかなんかなんじゃないの?」
「失礼なこというな。俺は人間だ。あンな怪我なんざ銀シャリ食って寝りゃ治る」
「そんな風邪じゃないんだからさ」
「風邪も怪我も同じようなもんだ」
「全然違うよ」
体の調子を確かめるため戎次は木刀を一閃する。軽く時速100㎞は超える速度の一振りは、風を両断し、鼓膜を切り裂くような音を鳴らした。
魔術回路の質と量において遠坂冥馬に一歩劣るものの、相馬戎次は戦士としてではなく魔術師としても優秀だ。その魔術回路の全てを回復に使ったのだから常人より体の治りが早いのは当然といえよう。
だがそれにしても一日で完治というのは異常だった。相馬戎次の肉体には優れた魔術回路以外に回復を促進させるような機能はどこにもない。人外の血が混ざっているというわけでもなければ、肉体を人ならざるものへ改造しているわけもない。魔術回路を除けば純粋な人間だ。
だから精神論を嫌う現実主義者が聞けば実に苦々しく思うだろうが、戎次の回復の異常な速さは『単純に生命力が凄いから』としか説明ができないのである。
「理由はもういいよ。体が治ったってことは聖杯戦争を続行するにも問題ないわけでしょう。どこ狙うの? 遠坂冥馬にリベンジでもするのか、それとも監督役のいる教会に聖杯を取りに行く?」
そう言いつつもライダーはその可能性は低いだろうと考えていた。
監督役からの通達は戎次たち帝国陸軍が一時の拠点としている冬木市外れの地までも届いている。元々帝国陸軍の前線指揮官たる木嶋少佐は好戦的な人物ではない。少なくともこんな序盤に、他の参加者全員を敵に回すリスクを犯してまで『聖杯の器』の奪取という賭けに出たりはしないだろう。
戎次とライダーの主従であれば奪取に成功する可能性は低くはないが、その後が大変だ。戎次が幾ら強いといってもサーヴァント一体と互角に戦うのが精々。サーヴァントが二人以上相手ともなれば敗北の未来しかないのだから。
遠坂冥馬を狙うのは五分五分といったところか。戦闘力で戎次に及ばないとはいえ、遠坂冥馬は優れたマスターである。またそのサーヴァントもアーサー王というEXランクに迫るほどの英霊。そして遠坂冥馬たちがいるのは自分の家たる遠坂邸である。
戎次が特殊なだけで魔術師は攻勢よりも守勢に強い。魔術師の工房というのは城主にとっては鉄壁の城壁であり、侵入者にとっては地獄の試練そのものだ。遠坂冥馬も聖杯戦争に挑むにあたり自らの邸宅に何重にも渡る罠を仕掛けているだろう。
帝国陸軍の力を使い邸宅を爆撃する――――という方法もあるにはある。だが冥馬のサーヴァントは魔術師の英霊たるキャスター。遠坂邸の防備はキャスターの手が加わってより極悪なものとなっているはずだ。ましてや冥馬は実際に戦闘機の爆撃に襲われたこともあるのだし、それに対しての警戒は万全だろう。
手の内を知っている相手から消す、というのがセオリーであることには違いないが、遠坂冥馬を相手するとなればこちらも大量出血は間違いない。それだけの危険を冒して序盤に勝負に出るのもまた微妙なところだ。
「どっちでもねぇ。俺達が行くのはアインツベルンだ」
「へぇ」
意外といえば意外な名前が出てきたことにライダーは少しだけ驚いた。
アインツベルンが拠点を構えるは郊外にある森。まるでお伽噺のようなことだが、アインツベルンはその森に自分達の国にある城をそのまま持ってきたという。
現状拠点が分かっているのはこの土地に元々の居城をもつアインツベルン、遠坂、間桐の御三家だが、ライダーは慎重な木嶋少佐のことだから、より狙いやすい間桐を狙うだろうと思っていた。なにせアインツベルンを攻めるには広大な森を踏破しその上で城を攻撃しなければならない。深山町にある間桐と比べ数段その防御は固いとみていいだろう。
「理由を聞いていいかい? 私は戎次みたく上官様の命令があれば、どうしてそういう命令がされたかも分からずに火の海に飛び込める類じゃないんだ」
「〝聖杯の器〟だ」
「ん? 器なら遠坂立ち合いのもと帝都で監督役に引き渡されたんだろう。今更アインツベルンを襲撃しても意味なんてないんじゃないかい?」
「木嶋少佐の受け売りだがな。聖杯の器を監督役に事前に引き渡すってのは聖杯戦争前に御三家とか教会とかが定めたルールらしい。けど少佐が言うにゃアインツベルンがそう簡単に聖杯を監督役に渡すのは怪しいらしいんだと」
「千年、だったかい。アインツベルンってのが聖杯を求めた年月って」
「うちの大体倍くらいだ」
千年に渡る悲願はもはや妄執と呼んで差し支えない。それだけの年月をかけたということは、アインツベルンの聖杯に対しての執着は並外れていると考えていい。アインツベルンからしたら『聖杯』を他の参加者と同じく求め争うということですら許せないに違いない。むしろ聖杯は自分達の物であるという認識を抱いていても不思議ではないだろう。
だから確かに、
「監督役に渡した〝聖杯の器〟は真っ赤な偽物で、本物の聖杯はアインツベルンが隠し持ってる可能性はあるって戎次の上官は言うわけだね」
「たぶん、そうじゃねえかと思う。つってもあくまで可能性だ」
可能性、そう可能性でしかない。アインツベルンが本物の聖杯を隠し持っているかもしれないという可能性。証拠もなければ根拠もない。あるのは推理という根も葉もない枝木のみだ。
しかしことが聖杯となれば探るだけの価値はある。もしも空振りに終わればそれはそれ。ビンゴであれば聖杯戦争の趨勢を握ることができる。リスクとリターンとを比べれば中々悪い案でもないだろう。
(なんだか気になるね)
これが例えば遠坂冥馬のような若く情熱に溢れた人物が下した指示というのであれば、ライダーはなんの疑いも抱かなかっただろう。迷いなく気合いを入れて作戦に参加したはずだ。
だがこの命令を下したのは聖杯戦争という戦いに対してイマイチ熱意のない木嶋少佐。これがどうにも引っ掛かるのだ。
(私は戎次が戦うってなら、一緒に行って敵を凍えさせるだけだけど)
なにかの間違いのような偶然でこの現世にサーヴァントという体で現界したライダーだが、相馬戎次という男の我武者羅なまでの闘志は個人的に気に入っているし、力を貸しても良いと思う。
勿論折角得た自由な体だ。こんな機会は二度とないので自分の好きなこともさせて貰うが、サーヴァントとして犯してはいけない禁忌を犯すまいとは決めていた。
だからマスターの更にマスターともいえる木嶋という人物についてもライダーは思考を巡らすのだった。
「アインツベルンの召喚したサーヴァントについては何か分かってるの?」
「知らん」
戎次の返答は簡潔だった。ここまでキッパリと言い切るということはサーヴァント以外のこと――――アインツベルンの城に張り巡らせられている結界や、マスターの強さなどについてもさっぱりと分からないのだろう。
嘆息しつつ一応は戎次の忠実なるサーヴァントとして忠言をすることにした。
「あのさ戎次。彼を知り己を知れば百戦危うからず……って知らない」
「馬鹿にすんじゃねえ。親父から教わったぞ。ソンコとかいう奴が書いた兵法書だろ」
「ソンコじゃなくて孫子だよ。……要するに戦うなら相手の戦力を把握しておいた方が良いってこと。何にも知らないで攻め込むのは無謀なんじゃないの?」
「危なくなりゃ逃げる」
「そりゃ私と戎次に、兵隊たちの援護もあれば大抵の相手からは逃げられるだろうけどさ」
「逃げても死ななけりゃ負けじゃない。負けるのは死ぬことだ。心が死ぬのは心が折れた時だ。生きて心が折れてなけりゃ負けじゃない」
国を守る、生まれた国を守りたい。たったそれだけの純粋な想いだけでマスターと参加した男は、淡々と自分の生きる指標を飾りもせず吐き出す。
「聖杯がなくても、アインツベルンを倒せなくても。攻めれば相手のことの一つや二つは分かる。それでも全然分からなけりゃ何度も挑む。そうやって挑んでればいつか相手の全部が分かる。そうすりゃ負けない」
「単純なことでいいね。けどいいよ。戎次が戦うっていうなら、私はそれに従うだけ」
そろそろ日が暮れ始めている。完全に日が落ちた時が、聖杯戦争が動く時間だ。
冬木市郊外にある森、その奥深くにこの日本には場違いな西洋造りの古城はある。常冬の地にあるアインツベルンの城をそのまま移してきただけあり、身を凍らせるほどの冷たさにも耐えうるだけの頑強さがあった。
遠坂や間桐と違い冬木市に確固たる拠点をもたなかったアインツベルンが用意した城は、常日頃は人気のない幽霊城であるが六十年周期の聖杯戦争期間中のみ、ここは冬の乙女を城主に仰ぎ、サーヴァントという騎士を頂く城塞と化す。
そして聖杯戦争三日目の今日。アインツベルンの城と郊外に施された全ての魔術結界が発動した。
「森に敷いた結界の起動、確認しました」
主に魔術に特化させた機能をもたされたホムンクルスが、城の窓から森を睥睨しつつ言った。
アインツベルンが満を持して送り出したマスター、アルラスフィールは隠しても隠し切れぬ憂鬱な面持ちで頷く。
「ご苦労様。貴女はもう休みなさい。活動時間もそろそろ限界でしょう」
「はい」
一礼してホムンクルスのメイドが去っていく。
頑強な城に万全ともいえるほどの魔術結界。今やこのアインツベルンの城は不埒な考えをもつ外敵にとっては命が百あっても足らぬ魔境と化した。半端な覚悟でこの城に踏み込んだマスターは、この城に辿り着く前に命を落とすことだろう。
これらの魔術結界を構築させたアルラスフィールにはサーヴァントという存在さえいなければ、何人たりともこの森に入った魔術師を生かして返さないという自信があった。
「はぁ」
だがこれほどの守りの固い場所に身を置きながらもアルラスフィールの顔色は優れない。
主に魔術のサポートを担当するホムンクルスがいなくなって、ここに残ったのはアインツベルン現当主にしてある意味アルラスフィールの悩みの根源ともいえるアハト翁の手で鋳造された、戦闘用ホムンクルスたちだ。
アハト翁という当代最高峰の錬金術師によって生み出された彼女等は比喩ぬきでサーヴァントに匹敵するだけの身体能力をもっている。彼女等が装備しているのは錬金術で生み出したオスミウム製のハルバートであり、戦いに秀でた魔術師でも彼女等一人にすら及びはしない。
流石にサーヴァント相手にするのは無理だが、それも単体であればの話。単体しかいないサーヴァントと違い彼女等には数がある。数の暴威をもって一斉に襲い掛かればサーヴァントを足止めすることもできるし、低級のサーヴァントなら撃破も可能だろう。
本当に万全なのだ。肝心なあるものさえ除けば、アルラスフィールは必勝の誓いをもって今頃夜の街にマスターたちを倒しに赴いていただろう。少なくともここで穴熊を決め込むことはなかったはずだ。
「――――ふーん、あんまり気分がすぐれないようね。アルラスフィール」
人を小馬鹿にしたような高飛車な声がした。声の発生源はアルラスフィールの背後。
「何の用です、アヴェンジャー。用がない限り実体化するなと申しつけたはずです。アナタの実体化するにも魔力が必要なのですよ」
アルラスフィールは振り返ることもなく、万全の布陣における最大の穴――――自分の召喚したサーヴァントに言った。
聖杯戦争における基本七クラスどれにも該当しないイレギュラークラス、復讐者のサーヴァントはなにが面白いのかくつくつと笑う。
その笑が自分のことを貶されているように感じてしまいアルラスフィールは不機嫌そうに眉をひそめた。
「なにが可笑しいのですか?」
「あはははははははは。だって可笑しいじゃない。神霊クラスのサーヴァントを使役できるほど特別性の魔術回路を与えられたアルラスフィールが、たかがこの私如きを実体化させるのに惜しむような魔力なんて消費しないでしょう。というより私の実体化に消費する魔力は、貴女が現在進行形で自然回復する魔力量を下回ってるはずよ」
天真爛漫に穢れを知らない少女のように穢れの塊であるはずの〝ソレ〟は指摘する。
アルラスフィールは黙り込んでしまう。それの……アヴェンジャーの指摘は真実だった。最強の反英雄を御するために生み出されたアルラスフィールは、アヴェンジャーのような五流未満の雑魚サーヴァントを実体化させたところで全く消耗なんてしはしない。
初めてアルラスフィールは振り返る。
アヴェンジャーとして召喚されたソレは明るい部屋にいるにも拘らず、アルラスフィールの目には輪郭のはっきりしない影にしか見えなかった。ただどうにかそれが人の形をしていて、大体自分と同じくらいの身長であることだけが分かる。
「貴女が私を実体化させたくないのは、私のことが嫌いだからでしょう」
「……っ」
これもまた事実だ。召喚されたこのサーヴァントのせいでアルラスフィールが聖杯戦争を制するという未来が絶望的になった――――というのもある。だがそれに対しての不満はどちらかといえばアハト翁に向いており、召喚されたアヴェンジャーそのものには向いていない。
アルラスフィールがアヴェンジャーを嫌うのは…………実のところ理由などない。単純にアヴェンジャーの存在そのものが気に入らないから嫌うしかない、というのがアルラスフィールの感情だった。
上手く言葉にできないが、アヴェンジャーを見ていると自分の醜い部分を見せつけられている気がするのだ。
「だけど貴女も頑固よねぇ。私のようなサーヴァントを召喚しておいてまだ勝負を投げてないんだから。まともな神経の奴ならとっくに令呪捨てて逃げ出してるわよ。というより私なら今直ぐこんな私を招くようにした奴をぶち殺してるわ」
「黙りなさいアヴェンジャー。私はアインツベルンのマスターとして『天の杯』を成就させるという義務があるのです。それがアインツベルンと我が鋳造主ユーブスタクハイトの意志なのですから」
「ご立派なことね。お馬鹿さん。それじゃどうせ負けるんだしさっさと行って死んできましょう。それとも最後の晩餐に地下にある酒蔵のものを全部呑む?」
「――――黙りなさいと言ったはずです。いい加減に黙らないと私にも考えがあるんですよ」
「令呪? ふふふふ、使えばいいじゃない。命じるのは自害? それとも心中? 自棄になって無差別殺人っていうのも私は構わないわよ。寧ろ本領ね。夜の街を徘徊して、罪のない人々を一人ずつ殺して回りましょうか?」
「アンリ・マユ。黙りなさい」
ソレの真名を告げて凄む。するとアヴェンジャーは漸く口を閉ざした。
暴虐であるが故に英霊となった者もいるが、大抵の英霊は高潔な人物だ。少なくとも好き好んで無差別殺人などをやろうとはしない。
だがこのアヴェンジャーは違う。このアヴェンジャーの真名は『この世全ての悪』。ゾロアスター教における悪神。英雄に倒されるべき反英雄の極致だ。
英雄に拘わらず人間は時に同じ人間を殺すことがある。その中には大量殺人を行ったものもいるだろう。けれど大量殺人者は多くの人間を殺しただけでは化物になることはない。
金品が欲しい、愛情が欲しい、憎かった、腹立たしい、気に食わない。どれほど下らない理由があろうと、人間は理由がない限り人を殺すことはないのだ。
だが化物は別。化物が人を殺すのに理由はない。〝殺す〟という行為そのものが目的となる者、それこそが殺人鬼であり怪物だ。
故にアヴェンジャーはどれほど脆弱であろうと真正の怪物である。理由などなくとも、この反英雄は息を吸うように人を殺す。だが、
「どうしてアンリ・マユたるサーヴァントが、これほどまでに弱いのだか」
思わずアルラスフィールは天井を仰ぎながら愚痴を零してしまった。
アルラスフィールの顔色が優れない原因、それこそがこのアヴェンジャーの想像を絶する弱さなのである。近くに控えている戦闘用ホムンクルスですら片手でこのアヴェンジャーを殺すことができるだろう。
「ごめんなさいね弱くって。まったく自慢にならないけど、全英霊を見渡してもこの私より弱いサーヴァントはいないわ。マスターは神霊を御せるほどの魔術師なのに、サーヴァントがこれじゃ勝ち目はゼロよゼロ」
「最弱にも限度があるでしょう。どんなサーヴァントにも弱いなら弱いなりに取り柄があるものです。基本ステータスが弱くとも宝具やスキルが優秀であったり、または癖のある能力をもっていたり。
なのにアナタはなんです。ステータスはどれも最低。碌なスキルもない。極め付きには英霊の切り札たる宝具すら持っていないなんて」
「ふふふふ。気休めにしかならないけど取り柄ならあるわよ。確かに私は最弱、だけど人間相手なら私は最強よ。英霊とか真祖を指先一つで爆発四散させるような魔人も、それが人間である限り私には勝てない。速さで『犬』と『蜘蛛』には負けるけど。
あ、けど純粋な人間じゃないホムンクルスは対象外だから私を襲わせたりしないでよ。負けるから」
怪物・英雄・人間には三竦みがある。人間は怪物に敵わないが、怪物は英雄に打倒される。そして英雄は普通の人間によって殺される。
多くの英雄譚や伝説においてもこれは同じ。人間を襲う怪物が現れ、それを英雄が駆逐し、人々は一時は英雄を賞賛するも、やがて人々は英雄を迫害するようになる。そして人々から忌み嫌われた英雄はそのまま殺されるか、嘗て自分が倒した怪物のように反転し、英雄に殺される宿命を背負う。
そんな怪物の極致であるアンリ・マユがもつ人間に対しての絶対殺害権はその三竦みを象徴するものといっていい。
だがこれは聖杯戦争。招かれたサーヴァントは誰もかれもが歴史に名を残す英雄だ。そして怪物は英雄により打倒されるのが宿命。
よってアンリ・マユの特性は対サーヴァント戦においては完全に役立たずなのだ。
故にアルラスフィールが勝つには戦闘用ホムンクルスの総力を結集し敵サーヴァントを足止めしているうちに、人間であるマスターを襲うしかない。
「〝人間を殺すことに特化したサーヴァント〟を召喚するという大御爺様のお考えはなったというわけですか。だけど人間殺しにしか特化してないサーヴァントなんて聖杯戦争じゃまったく使えない」
「手厳しいわね。事実だけど」
「こんなことなら大御爺様の御意志に従わず、自分で英霊の聖遺物を取り寄せていれば良かった。後悔など『魔法』をもたぬ私には無意味なことですが」
「だったら聖杯に私を召喚する前からやり直したいって願えばいいじゃない?」
「馬鹿なことを言わないで下さい。もしそんな願いを叶える機会があるとすれば、私は勝利したということですからアナタを召喚した選択が正しかったという証になるじゃないですか」
「それもそうね」
「大体さっきからアナタは―――――っ! この気配、侵入者……」
アルラスフィールの神経はこの森に張り巡らせた結界と繋がっている。だから森に敵意をもった者が侵入すれば、直ぐにアルラスフィールには分かるのだ。
突然の敵襲にアルラスフィールのみならず周囲の戦闘用ホムンクルスも無表情ながらに顔を引き締める。なにも変わらないのはアヴェンジャーだけだ。
「しかもこの気配は一人や二人じゃない。サーヴァントもいるけど」
数えるのが億劫になるほどの集団がこの森に入ってきている。となれば侵入者は軍隊を投入して参戦してきているナチスか帝国陸軍のどちらかだろう。
アルラスフィールはより神経を研ぎ澄まし侵入者が帝国陸軍の軍服を着ている東洋人ばかりな事を念視する。
そして集団の中枢にいるのは黒い装束のサムライと白い着物の女だった。