アインツベルンは錬金の大家である。そしてアルラスフィールはアインツベルンの錬金の粋を込めて生み出されたホムンクルスであり、その魔術回路の質と量は、並みの魔術師の百倍以上はあるだろう。
だが元来魔術師とは戦うものではない。あくまでも魔術はあらゆるものの因果たる最初の原因――――『』へ到達するための手段でしかなく、魔術師は無意味なものを目指して過去を疾走する求道者である。
遠坂冥馬のように優れた魔術師でありながら、高い戦闘力を誇る男もいるが魔術師全体がそういうわけではない。優れた魔術師と強い魔術師は決してイコールではないのだ。
特にアインツベルンはそれが顕著だろう。どれほど錬金に秀でていてもアインツベルンの魔術は戦闘には滅法向かない。過去の聖杯戦争においてもマスターの脆弱さからアインツベルンは遠坂や間桐、または外来の参加者たちに遅れをとってきた。
故に第三次の準備の際、アインツベルンは最強無敵のサーヴァントを呼ぶことに固執した。マスターの弱さを補って余りある、敵対するサーヴァントを圧倒できるほどの駒を。
だがその目論見は失敗した。
〝この世全ての悪〟という神霊を招こうとしたルール違反のツケは、〝この世全ての悪〟を背負わされただけの存在の召喚をもって返された。
戦闘力が皆無に等しいマスターに最弱のサーヴァント。もはや敗北以外の未来しか見えぬ状況。だが幸か不幸か『聖杯戦争に勝利する』という存在理由を生まれながらに魂に刻まれたアルラスフィールは諦めなかった。諦めが悪いのではなく、そもそもアルラスフィールは〝諦める〟ことを知らなかったのである。
アルラスフィールは最弱のサーヴァントでも勝てる可能性を探った。それ以外に出来なかったといってもいいだろう。
自分を鍛え上げるというのは論外だった。幾ら優れた魔術回路をもっていようとアルラスフィールには戦闘力などない。何もない真っ新な状態から聖杯戦争に挑むような魔術師と互角に戦えるまで仕上げるのには致命的に時間が足らなかった。精々が気休めになる程度だろう。
だがここでアルラスフィールは発想を転換する。
なにもマスター本人が強くある必要はない。自分が強くなれないのなら、強いものを用意してやればいい。
その成果がアルラスフィールとアヴェンジャーの周囲を守るように一糸乱れぬ行進をする戦闘用ホムンクルスたちだ。
アルラスフィールが『聖杯戦争に勝つ』ことを目的として生まれたように、彼女達は『戦う』ことを目標として誕生した生粋の戦闘者。戦闘用ホムンクルスの中の傑作たちを投入することにアハト翁は良い顔をしなかったが、これも聖杯戦争に勝つ為だと説き伏せた。
事実彼女達をこうして引き連れてきたことで、アルラスフィールが聖杯戦争に勝利する確率はゼロでなくなったといっていいだろう。
もっともゼロでないだけで確率が高い訳ではないのだが。
「あはははは。血腥い香りが近付いて来たわね」
「ええ。そうですね。あと減らず口は閉じておきなさい」
下手すればこの中で一番弱いアヴェンジャーは余裕綽々といった風に笑う。
だがアヴェンジャーの言ったことは本当だ。アルラスフィールの鼻にも木々が焼ける臭いと、無数の軍靴の音が届いていた。主たるアルラスフィールの緊張はそのまま戦闘用ホムンクルスたちに伝播する。ホムンクルスが一斉にアルラスフィールの向いている方へハルバートを構えた。
行軍を止めて十数秒。それらは森の中から現れた。
先頭にいるのは黒衣の男。曲者揃いの第三次聖杯戦争のマスターの中でもとびっきりのイレギュラー相馬戎次。隣りには灼熱の戦場を進んできたというのに、白い着物に汚れ一つとしてないライダーのサーヴァント。背後には相馬戎次と共に森に侵入した無数の兵士達がいた。
相馬戎次とライダーにはダメージはないようだが、背後の兵士達はそうではないようで、血を流している者ばかりだった。彼等のうちの何割かはここへ到着する前に死んだのだろう。初めて聖杯戦争に連れてきたホムンクルスが死んだ時のアルラスフィール自身と同じ目をしていた。
抜刀し相馬戎次がアルラスフィールに刃を向ける。その双眸は獰猛な獣染みているようでいて、理性的な人間のものでもあった。
「お前ぇらがアインツベルンか? うじゃうじゃいるけど誰がそこの良く分からねぇ影みてぇな奴のマスターだ?」
「他家の領地に侵入して非礼な言い草ですね軍人。この国の者は礼儀を弁えないのですか?」
「千年間引きこもってた魔術師ってのは古い挨拶が必要だったのか」
「さぁ。私、魔術師じゃないし」
戎次の純粋な疑問にライダーは興味なさそうにしていた。サーヴァントであるライダーの注意はアルラスフィールの側にいるアヴェンジャーに注がれている。
能力値において最低のアヴェンジャーだがその特異性においてだけならば随一。敵の注意を引く囮としての性能はあるようだった。
「良く知らねぇが名乗りが必要なのか。なら耳かっぽじって聞け」
戎次はおほんと生真面目に咳払いしてから口を開く。
「グーテン……なんだっけな。モルガン? オルガン? 俺、相馬戎次。お前等殺しにきた。以上」
「品性がなければ学もない。仮にも同盟国の日常的な挨拶の初歩くらい軍人として知っておいたらどうです?」
「すまねぇ。以後気を付ける。あと分かった。お前ぇが一番偉そうにしてる。お前が〝マスター〟だ」
戎次はあからさまな殺意を発したわけではない。口元を緩ませて挑発したのでもない。ただ視線をアルラスフィールに合わせただけだ。
たったそれだけだというのにアルラスフィールは肉食獣に睨まれた草食獣の気分を味わう。
「少佐の命令だ。マスターはここでそっ首切り落とす。邪魔する奴も斬り落とす。死にたくない奴ぁ、今すぐ大将を置いて逃げろ。逃げる奴ぁ大将以外は殺しはしねえ」
戎次とライダーが前に出てくる。背後の兵士たちがそれに続こうとするが、それを刀で制した。
「お前ぇらは手ぇ出すな」
「ですが少尉。アインツベルンの側には多数の……その、女の兵士がいます。我々も――――」
「アレは人間じゃねぇ。魔術だかで作り上げられた式神みてぇなもんだ。お前等じゃきつい。俺がやる。俺とライダーでやる。派手にやるから下がってろ。命令だ」
「――――はっ。了解です」
強いだけでなく相馬戎次の見る目もまた確かだった。魔術師としてか戦士としてのものかは分からないが、第六感で戦闘用ホムンクルスの脅威を正しく認識した戎次は兵士達を下がらせたのだ。
もしも戎次が兵士達を下がらせずに戦闘になっていたら無駄死にする兵士を増やしただけだろう。
そのやり取りを見ていたアルラスフィールは相馬戎次への警戒を一段階上げた。
「女の首をとるのは趣味じゃねぇが命令だ。悪く思え」
空気中の魔力が張りつめていく。相馬戎次が自分自身の肉体に〝強化〟を施した。ホムンクルスとして高度な魔術知識をもつアルラスフィールも全く知らない魔術式によるものである。この国土着の神秘だろうとアルラスフィールは当たりをつけた。
「くすくすくすくす……」
マスターでありながらサーヴァントクラスの気配を放つ戎次を前にしながら、アヴェンジャーは他人事のようだった。誰のせいでマスターであるはずの自分が気苦労に気苦労を重ねたのだ、と怒りをぶちまけたい衝動にかられる。しかし敵が目の前にいる状況ではそんなことも出来ないので堪える。
アヴェンジャーには後で叱責するとして今は現状を潜り抜ける方が重要だ。勝てるではなく潜り抜けると思考しなければならないのがアルラスフィールには腹立たしかった。
「前へ」
たった一言、ラインで繋がっているため言葉など不要なのだが、それでも自分自身を決心させるためにも小さく命令した。
戦闘用ホムンクルスが無機質な敵意を相馬戎次とライダーに剥き出しにして前へと進み出る。
「そっちのサーヴァントは使わねぇのか?」
「貴方如き田舎魔術師にサーヴァントは不要です」
本当はサーヴァントが役立たずなだけだが、はったりのため、さも自信ありげに挑発する。なにも馬鹿正直にアヴェンジャーは宝具もなければ能力値も最低の雑魚だと教えてやることはない。
「分かった。なら先ずはそいつらから殺す」
戎次はアルラスフィールの挑発に怒った様子はない。ただ優先順位を入れ替えただけだ。アルラスフィールを先ず殺すのではなく、邪魔な戦闘用ホムンクルスたちを殺してからアルラスフィールを殺すといった順に。
「――――そらっ」
普通の主従であればサーヴァントが前へ出て、マスターが後方へ下がるものだが相馬戎次とライダーには例外が適用される。
まるで自分がサーヴァントであるかのように戎次は妖刀をもって戦闘用ホムンクルスたちの集団に突進してきた。その速度はもはや人間の次元にはない。サーヴァントのそれだ。
戦闘用ホムンクルスは同じホムンクルスであるアルラスフィールと比べてもシンプルな思考回路しかない。故に相馬戎次がサーヴァント並みの速度で突っ込んで来ようと動揺することはなく、冷静に目標の排除行動に移った。
雷鳴の速度で戎次の脳天に白銀のハルバートが振り落された。それも一振りではなく三人のホムンクルスによる一斉攻撃。つまり三振りだ。
ホムンクルスではなくハルバートも高度な錬金術で生み出されたオスミウム製の一品。霊的な処置を施されたそれはサーヴァントを傷つけるだけの神秘をも備えている。大魔術師が構築した防御といえどこの攻撃は防げないだろう。
サーヴァントクラスの筋力をもつホムンクルスが最高峰の武器をもてば、何気ない一撃がまともな魔術師相手には必殺の一撃に化ける。
「だらぁぁあああああ!」
しかし帝国陸軍が切り札として投入してきた相馬戎次はまともという言葉からは対極にある男だった。
純粋な筋力勝負であれば分が悪いと悟った戎次はハルバートの柄を握りしめると、それを軸にして空中に回転しながら飛んだ。
ハルバートを振り下ろしたホムンクルスには相馬戎次が瞬間移動したようにしか見えなかったのだろう。攻撃目標を失ったホムンクルスが一瞬動揺する。その一瞬が命取りになった。
「まずは首ィ三つ」
ホムンクルス三人の首が地面に転がり落ちた。鮮やかなまでの早業。数瞬遅れて首を切られたことにホムンクルス三人の体が気付き、綺麗な切り口から血を噴水のように噴出させた。
血の雨は戎次の体にも注がれ、その黒衣と肌を赤く染めた。
「ひぃふぅみぃ……まだまだいんな。大将首までは遠いな」
「なんて奴。なんですか……こいつ……!」
余りにも想定外の極みだ。相馬戎次が強いことは知っていたが、その技量はアルラスフィールの予想を遥かに超えていた。
「―――――」
あのアヴェンジャーすら完全に言葉を失っていた。酷薄な笑みも今は凍り付いている。この聖杯戦争でサーヴァントとしてイレギュラーなのは間違いなくアヴェンジャーだが、あれはマスターとしては最上のイレギュラーだ。
相馬戎次は早々に敵の首を獲りながら全く油断を見せず、慎重に歩を進めてくる。限りなく純粋に敵の命を奪おうとする姿は、浴びた返り血も合わさって地獄の悪鬼をイメージさせた。
「さぁ。続きだ」
「っ! まともに戦っても勝てません。数の有利を活かして戦いなさい!」
戦闘力のない自分では相馬戎次の間合いに入ればその瞬間に終わりだ。そのことを理解していたアルラスフィールはホムンクルスたちに総攻撃を命令した。
アヴェンジャーも投入しようかどうか迷ったが却下する。今はまだその時ではない。
「面白ぇ! 行くぞライダー!」
「はいはい。これじゃどっちがサーヴァントなんだか分からないよ」
戎次とライダーが同時に戦闘用ホムンクルスの軍団に攻撃を仕掛けてきた。戎次は周囲の木々を器用に足場にしながら、まるで猿のように三次元的動きで人外の身体能力をもつ戦闘用ホムンクルスたちを翻弄していく。
ホムンクルスたちは生まれながら『戦いのノウハウ』を脳に刻まれているが、相馬戎次の非人間的な動きについては情報はなく、それ故に苦戦していた。更にその戎次をライダーが冷気や氷の結晶などで援護しているため隙がない。アルラスフィールは森中に刻み込んだ魔術式をも動員して、ライダーの冷気を抑え込んでいるが時間稼ぎにしかならないだろう。
戦いの流れは完全に戎次とライダーのものだ。このまま続けてもアルラスフィールたちは悪戯に戦力を消耗するだけ。まともな指揮官なら勝ち目がないと判断して逃げる算段をしている頃だ。
だがアルラスフィールはこの絶望的な状況にもまだ勝機を見失っていなかった。
「ねぇアルラ。もうあの人間型殺戮マシーン&サーヴァントの鬼畜ペアには勝てないなんて分かってるでしょう。どうせ勝てないんだから早く逃げましょう」
「――――黙りなさい。アナタの仕事はまだなのですから、今は黙ってなさい」
アヴェンジャーを投入するのは〝まだ〟だ。
ふと戦闘用ホムンクルスたち相手に見事なまでの殺陣を繰り広げている戎次と目が合う。
――――まだサーヴァントを使わねぇのか?
相馬戎次の目は咎めているようで、願っているようだった。アルラスフィールはそんな視線に対して余裕そうに微笑むことで答えとする。
絶望的なアルラスフィールにとってたった一つの勝機。それは相馬戎次が人間だということだ。
確かに相馬戎次はサーヴァントと比肩しても劣らぬほどの人物である。生まれる時代を違え、優れた主君と巡り合っていれば歴史は彼を〝英雄〟として記録したかもしれない。
けれどどれほど人外染みた強さをもっていようと、英霊のような精神力をもっていようと、相馬戎次は正真正銘の『人間』だ。
これで相馬戎次が混血だとかの純粋な人間でなければアルラスフィールも諦めて撤退を選んだだろう。だが人間ならばとれる手段はある。
戎次がホムンクルスの軍団の奥深く――――即ちライダーの援護が届きにくい地点に入った。そこをアルラスフィールは逃さない。
「アヴェンジャー!」
「はいはい。了解したわご主人様」
これまで戦況を傍観していただけだったアヴェンジャーが初めて動いた。僅かな幼さすら残す可憐な声でありながら、その動きは獣そのもの。戎次のように獣染みているのではない。アヴェンジャーの動きは正真正銘、知恵なき獣と同じものだった。
両手に出現させたのは黒い紋様が描かれた銀製の短刀。それはアヴェンジャーの悪性を反映してか野獣の爪のように奇妙な形をしていた。サーヴァントを相手にするには脆弱な武装だが、人間を殺すには申し分ない殺傷能力がある。
「RA、AAAAAA――――ッッ!」
先までの可憐さなどかなぐり捨てた、本能を曝け出した叫び声。あれだけ退却しようと愚痴っていながら、いざ戦いとなればアヴェンジャーの脳には退くという思考は失せてしまうのだろう。
アヴェンジャーは全身を歓喜と殺意に震わせながら、目の前の敵に突進する。
転がっていたホムンクルスの遺体を、既に死んだ者になど興味がないと言うように、路傍の雑草のように踏みつけ。眼光を限りない殺意で血走らせながらアヴェンジャーが相馬戎次に襲い掛かった。
そこには誉れ高い英雄の姿はなく、人間を殺す為だけの猛獣がいるのみだ。
「遂に来やがったな。アヴェンジャー……イレギュラーのサーヴァント」
肉体の限度など超えた自爆覚悟の特攻の甲斐あってアヴェンジャーの速度は速いといえる次元に到達することができていた。
だがその程度の速度では相馬戎次の目から逃れることなどできない。相馬戎次ほどの男の目にも捕えられぬ動きを実現するなら、最低でも小躯のアサシンと同程度の速さが必要だろう。
悲しいかな。人殺しなら右に出る者のいないアヴェンジャーは速さで「犬」と「蜘蛛」には敵わない。
けれど、
(勝機は十二分。英霊クラスの人間でも〝人間〟であるならアヴェンジャーは負けはしない……!)
反英雄の究極。化物そのもの。対英霊戦でも対怪物戦でもアヴェンジャーは最弱だろう。だが対人間であればアヴェンジャーは無敵だ。
「ラァツッァアアア!!」
形容できない雄叫びをあげ、アヴェンジャーが短刀を力任せに叩きつける。
アヴェンジャーの本能に任せた一撃など、相馬戎次ほどの技量であれば楽に去なすこともできよう。だが今度ばかりはそうではない。アヴェンジャーの短刀は相馬戎次の妖刀を素通りして、その生肌を、
「ガ、ァアアラアアアアアアアアアア!!」
切り刻むことはなかった。
獣の断末魔をあげてアヴェンジャーが地面に転がる。左腕を失い、腹からどくどくと血を流す姿は手負いの獣そのものだった。
アヴェンジャーが腹に突き刺さった『氷柱の尖端』を抜き取る。
「ライダー……!」
この中で地面からサーヴァントを傷つけることを可能とする氷柱を生み出せる者など一人しかいない。
アルラスフィールは後一歩のところで邪魔をしたサーヴァント、相馬戎次からすれば命の恩人でもあろうライダーを睨んだ。
「気に障った? けどね。私も英霊の端くれ。そこで転がってるソイツ、動きは雑魚そのものの癖して嫌な予感しかしないんだよ。悪いけどアンタの方もなんか狙ってたみたいだし妨害させて貰ったよ。その顔じゃどうやら正解だったみたいね」
「っ!」
慌てて表情を元に戻すが時すでに遅しだ。アヴェンジャーのもつ『特権』の詳細までは知られてないだろうが、アヴェンジャーは人間が相手するのは不味いとライダーが認識してしまった。
「良く分からねぇが助けてくれたのか。ありがとな」
「マスターを助けるのがサーヴァントの役目だろう。私の仕事をしただけだよ。あとそこの黒い影っぽい奴には人間の戎次は近付かない方がいい。そいつ人間にはちょっとヤバそうだ」
「……分かった」
種がばれてしまった以上、もはや同じ手は二度と通じない。
主の危機を悟ったのか。戦闘用ホムンクルスたちが命令されてないにも拘らず戎次に襲い掛かっていく。けれどもう相馬戎次は攻撃を完了していた。
「悪ぃがもうお前ぇらは終わってる」
相馬戎次が黒い手袋を嵌めた左手を引っ張る。薄暗がりのせいで見えなかったが黒い手袋には極小の鋼糸がついていた。そして鋼糸が巻き付いているのはホムンクルスたちの首だった。
人間の肉を容易く切るほどの硬度をもった鋼糸。それを首に括り付け思いっきり引っ張ればどうなるか。そんなものは考えるまでもない。
一瞬で十人以上のホムンクルスが物言わぬ躯へと変わった。
首級から噴き出した鮮血は血の雨そのもの。アルラスフィールは生まれて初めて人間に『恐怖』した。
「…………逃げます。みな撤退の援護を。アヴェンジャーも立ちなさい。サーヴァントなら人間よりは頑丈でしょう」
「あはは、片手失ったサーヴァントに対して辛辣なことね」
戦闘用ホムンクルスの三分の一が失われ、アヴェンジャーの特性についての情報も与えてしまった。もはやこれ以上、戦うことは百害あって一利なしだ。
「待て、お前ぇ等!」
無論、待ちはしない。アイリスフィールが撤退の決断はアインツベルンの城にも届いている。城で待機していたホムンクルスたちは必要なものだけを持って、城を放棄して逃げているだろう。アルラスフィールと合流するために。
相馬戎次も逃げる敵を見逃すわけはなく追撃をかけようとしたが、残っていた戦闘用ホムンクルスの一部が殿として残り奮戦した。
「日本人という連中は首狩り族なんですか……! まったく!」
背後で息絶えていた首級を失ったホムンクルスの遺骸と、殿となったホムンクルスたちの首を刎ねとばして狂い舞う相馬戎次を振り向き思わずそんなことを言った。
霊体化してアルラスフィールの後に続いたアヴェンジャーが苦笑する。
「馬鹿みたいって笑えないわね。あれ、人間の癖してスペックが人間止めてるわ」
城を放棄し同じホムンクルスを殿としたことに屈辱を覚える心の余裕すらない。
アルラスフィールとアヴェンジャーは聖杯戦争三日目にして拠点を失い逃亡した。