教会の伝手で鉄道や船を乗り継いで三日ほど。聖杯戦争の監督役としての任を仰せつかった璃正は漸く日本に足を踏み入れた。
学帽を被って歩く男子学生、振袖姿の女子学生や着物で歩く人々を見ていると『帰ってきた』と実感する。どれだけ聖堂教会に所属する信仰者として海外を飛び回ろうと、こういうところは自分も日本人なのだろう。
璃正にとっては三年ぶりとなる祖国であるが、帝都東京は三年前とは余り変わった様子はない。強いてあげるとすれば戦争気運の高まりが顕著なことだろうか。
「……む」
道を行き交う人々の視線が璃正へと向いていた。
璃正はさほど目立つ容姿をしているわけではない。顔立ちも日本人のそれである。となれば目立っている原因は璃正の着ているカソックだろう。
このご時世だからというわけでもないが、教会でもない街中でカソックを着た男を見るのは珍しいはずだ。
(〝遠坂〟との待ち合わせ場所は『帝都ステーションホテル』だったか)
教会で説法して注目を集めるならまだしも、このようなことで数多の視線に晒されるのは動物園の動物になったような気分がして些か気分が悪い。
意図的に人目から外れやすくなる歩調で璃正は約束の場所を目指した。
幸いにして帝都ステーションホテルは直ぐに見つかった。
帝都ステーションホテルはここ東京においても一、二を争う施設で、各国大使や要人が宿泊することも多いという。
神父として清貧を重んじる璃正は当然ながらホテルなどには詳しくはない。だがホテルの外面一つをとっても客人をもてなす心意気などを感じることができた。一流の芸術品が素人にも説明不可能な感動を与えるものならば、このホテルは一流の宿泊施設といっても過言ではないだろう。
「失礼。貴方が璃正神父かな」
ホテルに入ろうとすると、こちらを外で待っていたのか、柔和な笑みを携えた男に声を掛けられた。
年齢は璃正と同じくらいだろう。帝都を歩く多くの日本人が和服を着ていたのに対して、目の前の男は洒落な赤い洋服を着ている。
しかも多くの洋服を着る日本人が未だ背伸びしている感が拭えないのに対して、この男は下手すれば白人以上に洋服を着こなしていた。
この男の名前は教会から事前に渡された顔写真と資料により知っている。遠坂冥馬、遠坂家の四代目当主であり、此度の聖杯戦争に遠坂のマスターとして参加するだろうと目されている男だ。
「如何にも私が監督役を仰せつかった言峰璃正。そちらは遠坂の四代目当主にして聖杯戦争の参加者たる遠坂冥馬殿で相違ないですな」
璃正としては当たり前の確認作業のつもりだった。
だが冥馬はその質問を受けてばつが悪そうに肩を竦める。
「相違あり、だ。確かに私は遠坂の四代目当主だし遠坂冥馬であることも紛れもなく確かなことだ。だが残念なことに生憎と私には令呪が宿らなくてね。令呪が宿ったのは私ではなく、私の父上の方だよ」
意外なことに璃正も目を白黒させる。
冥馬は自分に令呪が宿らなかったことが残念でならないのか、今にも溜息を吐きそうだった。初対面の璃正がいなければ実際にそうしていたことだろう。
「令呪が宿ったのが父君ということはマスターとして参加するのは貴方の父ということですな。ですが遠坂殿――――」
「冥馬でいい。これから会う私の父も遠坂なんだ。遠坂殿じゃどっちがどっちなんだか分からないだろう」
「では冥馬殿。貴方は先代より四代目を継承したと聞き及んでいましたが、父君は存命なのですか?」
「ああ。父はかなりの高齢でね。七十に手が届いた時に第一線を退いて、私に魔術刻印と当主の座を譲って隠居したのだよ。……なのになんで聖杯は私ではなく父に令呪を宿したのだか。璃正神父、私はそんなにも聖杯に見放されるほど罰当たりな男に見えるか?」
「魔術師に罰当たりもなにもないでしょう」
自分でも言ってから辛辣に過ぎたか、と後悔したが別に間違ったことは言っていない。
教会からしてみれば神の奇蹟以外の神秘は全てが異端であり、魔術という神秘を操る魔術師はこれ全てが異端者である。
罰当たりだからといって令呪が宿らなくなるのであれば、聖杯戦争に挑もうとする全ての魔術師が令呪を宿すことなく終わってしまう。
「それは確かに」
一本とられたとばかりに冥馬はニヤリとした。
冥馬に連れられてホテル内に入る。肌寒い外と違い、ホテルの中は気が休まるほどに温かかった。
「遠坂家は教会とも縁があると聞きましたが?」
「江戸時代の昔、うちはそちらの宗教を信仰してた信徒でね。当時は禁教だったから他の信者を守りつつ、幕府の目を忍んで祈りを捧げていたわけだ」
「ほう。素晴らしい精神ですな」
「はは。それでふらりと現れた大師父に勧誘されて魔術に傾倒したのが初代当主の遠坂永人。『根源』への到達への道を聖杯によってのものと見定めて今に至るわけだ。
聖堂教会との縁っていうのもそれでね。冬木が時計塔から離れたここ日本にあることや、聖堂教会にも顔がきくこともあって美味しい思いをさせて貰ってるよ」
遠坂の大師父というと噂に聞く第二魔法の担い手、宝石翁という渾名をもつ魔法使いだろう。直接会ったことは勿論あるわけないが、なんでも並行世界を行き来する術をもつらしい。
他に彼は吸血鬼の王たる死徒二十七祖に名を連ねる人物でもあるが今は関係のないことだ。
「ちなみにアインツベルンやマキリと組む前の初代当主は、武術を極めて『無の境地』へ至ることで根源に触れようとしていたらしい」
「……それはまた、ユニークですな」
根源への到達などまるで興味のない璃正だが、武術を極める、なんて方法が『根源』へ到達する方法だとは到底思えない。サッカー選手になるためにキャッチボールの練習をするようなものだ。はっきりいって致命的に進むべき道を迷走しているといえるだろう。
冥馬の姿をしげしげと観察する。
仮にアインツベルンやマキリと出会わないままだったのならば、璃正の前には筋肉隆々な武術家が佇んでいたのだろうか。いや聖杯がなければ、そもそも璃正が冥馬と知り合うことすらなかったわけだが。
「〝無の境地〟云々はさておくにしても、身体を動かすこと自体は私も好きだから、魔術の修練ついでにそちらも嗜んでいるが……と、あれが我が父だ」
璃正は冥馬にならい歩く足を止めた。ソファに一人の男が座り、笑みを浮かべている。
冥馬から聞いた通りかなりの高齢だ。だがその男がもつ巌のような佇まいがその男を『老人』と呼称することを躊躇わせていた。
ホテルのロビーはそれなりに騒がしいというのに、その男の周囲だけは小川のほとりのような静けさがあった。
それはその男の持つ厳粛な佇まいがそうさせているのかもしれないが、他にもこの空間に微妙な違和感を感じる。恐らくは周囲に人払いの魔術でもかけられているのだろう。
(便利なものだ……)
これなら堂々とホテルのロビーで聖杯戦争関連の話をしても盗み聞きされる心配がない。
璃正の姿を確認した男は立ち上がると一礼する。
「お初にお目にかかる、璃正神父。遠坂静重、元遠坂家三代目当主だ。此度の聖杯戦争では監督役の任、宜しく頼もう」
「丁寧な挨拶痛み入ります。言峰璃正、若輩の身でありながら大任を仰せつかって参りました」
相手は魔術師で自分は若輩とはいえ監督役だ。畏まる必要などない相手だが、必要なくても畏まらせるだけの迫力が静重にはあった。
あの子にしてこの父ありといったところだろう。冥馬以上に静重は洋服を着こなしていた。
なにより冥馬の雰囲気が名優の演じる貴族だったのに対して、静重は自然体に貴族然としている。このあたりは年季の違いだろう。
璃正は静重に促されてソファに腰を下ろす。
冥馬の方は座らずに、まるで父の護衛のように静重の後ろについた。
「長旅ご苦労だったな璃正神父。第八秘蹟会での君の働きは儂も教会より聞き及んでいる。君ほどの人間を監督役として招けたのは、冬木のセカンドオーナーとしても幸いだった」
「買い被り過ぎです。私は自らの貸した責務に邁進していたのみ。此度も私がすべきことをするのみです。ひいては私のすべき責務の一つを行わせて頂きたい。
遠坂静重殿。貴方が此度の聖杯戦争で遠坂のマスターとして参加することに間違いはありませんな?」
「百聞は一見にしかず、これを見てくれたまえ」
静重は服の裾をめくる。
腕に刺青の如く赤々と刻まれていたのは三度の絶対命令権――――令呪だった。
冥馬の自分ではなく父に令呪が宿ったという話は事実らしい。
「確認しました。遠坂静重殿、監督役として貴方を第三次聖杯戦争に参加するマスターの一人と認めます」
「感謝する。もっとも本来であれば私ではなく、我が子である冥馬に宿るべきものだったのだがな」
「全くですよ。お陰で私が方々に手をまわして漸く入手したとっておきの聖遺物を父上にさしあげることになりました。
聖杯戦争に参加するなら聖遺物は自分の力で集めろ、との父上から頂いた言葉も御自身が楽をするための方便だったと疑ってしまいます」
「寧ろ僥倖だろう。お前は才能は歴代でも随一だが詰めが甘い。聖杯戦争などという命を賭した決戦の場にはお主のような若者ではなく、儂のようないつ迎えがきてもおかしくない老骨が行くべきだろう」
遠坂親子のやり取りには濁ったものがなく、和気藹々としたものだ。
なんだかんだ言いつつ息子が可愛くて仕方ない父親と、そんな父親を尊敬している少しドジな息子。璃正の抱いたイメージはそんなところだ。
案外聖杯が冥馬ではなく父である静重に宿ったのは、息子を戦場に赴かせたくないという親心が聖杯に届いたからなのかもしれない。
なんの根拠もない推察であるが、璃正にはあながちそれが真実から遠く離れていないように思えた。
「璃正神父、貴方にはここでアインツベルンより『小聖杯』の引き渡されたのちに鉄道にて冬木へと赴任して貰う。これが冬木市の地図と冬木教会の見取り図だ。確認してくれたまえ」
「この資料によれば教会があった土地は、マキリの所有物だったとありますが?」
「そうだ。外国より冬木へと移植してきたマキリは始めそこに居を置いたのだが、後になって土地の霊脈がマキリの属性に合わないと判明してね。マキリが引き払った土地を教会が抑えた事になる。
円蔵山にある柳洞寺、我々の領地である遠坂邸に次いで、そこは冬木市第三位の霊脈だ。監督役の拠点としてはうってつけだろう。
聖杯戦争中は君はそこで待機し、教会のスタッフたちに神秘の秘匿のための隠蔽作業を指示し、敗退したマスターか戦意を喪失したマスターかがきたなら保護してくれたまえ」
「分かりました」
「本来なら魔術協会か御三家の者がするべきことなのだがな。それだとどうしても公平な立場で監督することができない。場合によっては君には無理をかけることになる」
「出来ればサーヴァント戦にしても魔術戦にしても、人目のつかぬところでやって頂きたい。我々の仕事が少なく済みます」
「善処はする。霊地の管理を任されたセカンドオーナーが率先して神秘の漏洩に加担するわけにはいかないのでね」
遠坂の方は大丈夫だろう。責任感の塊ともいうべき静重なら、人目につくような戦いはしないと信じることもできる。
だがそれは静重に限っての話だ。
参加するマスター全員が静重のような者ばかりではない。性質の悪い魔術師がどれほどのものなのかは、仕事柄、璃正も良く知っている。魔術師の実験のせいで街が一つ滅びた、なんて事例も耳にしたことがあった。
「おや。待ちに待った客人が漸く来たようだ」
「客人?」
「ええ。お待たせいたしました。遠坂静重様、冥馬様、言峰璃正様」
無機質な声に振り向くと、そこに白い古風なメイド服の女性が立っていた。
頭をすっぽりと包むフードから覗く髪色は銀、瞳の色は濁りのない真紅。まるで変化のない鉄面皮もあわさりメイドというより、人の形をした機械のようだった。
きっと璃正の抱いた感想は失考ではない。アインツベルンが得意とするのは錬金術、そして錬金術という魔術の中にはホムンクルスの鋳造も含まれている。
彼女は純粋な人間ではなく、アインツベルンが生み出したホムンクルスなのだろう。
璃正も本物を見るのは初めてだった。
「我等の主、アインツベルンより監督役に委ねる〝聖杯の器〟を持参しました。遠坂立ち合いのもとご確認を」
声が無機質ならすることも機械的だった。
最低限の挨拶を一方的にすると、無駄口もなく電話ほどの大きさの木箱をテーブルに置いた。
「では」
璃正は一度だけホムンクルスのメイドの顔を伺ってから、木箱の蓋を開けた。
「――――――!」
そしてそれを見た瞬間、言葉を失う。
一切の無駄なく錬成された黄金、美しくありながら華美であり過ぎず、人の心を引きつけて離さぬ清純なる気配。
息をのんだ。事前に聖杯がアインツベルンの用意した贋作であると知っていなければ、璃正は聖杯を目にした感動に滂沱の涙を流していたことだろう。
生の聖杯を始めて見たらしい冥馬も、視線が木箱の中に釘づけとなっていた。
ただ一人、前回の聖杯戦争から生きている静重だけが落ち着きを保っている。
「魔力、質、波長……うむ。どれも確かに〝聖杯の器〟そのものだ。この器ならば英霊七体の魂を収めることもできよう」
聖杯を観察し終えた静重が言う。
正しい聖杯の担い手を選ぶため、七人の英霊を殺しあわせるというのは外来の魔術師と召喚されるサーヴァント向けの話だ。
アインツベルンが用意した聖杯は正に一級品、贋作でありながら真作に劣らぬほどの一品であるが肝心の『中身』がない。
幾ら聖杯があろうと、中身たる魔力がなければ何の価値もない。
聖杯戦争とは聖杯に中身を満たすための儀式であり、その中身というのが敗北したサーヴァントの魂、英霊なのだ。
「アインツベルンのご使者、ご苦労だった。さて璃正神父、出来れば我々が貴方を冬木教会までエスコートしたいところなのだが、公平を期す為にもそれは出来ない。我々がまず冬木へ先発し、その後に一人で教会へ来て貰うこととなる」
「承知しています」
監督役は中立でなければならない。
遠坂立ち合いのもとアインツベルンから聖杯の引き渡しが行われたのも、監督役とアインツベルンの間に第三者を置く為であるし、聖杯戦争が始まれば参加者たるマスターは、聖杯戦争に脱落しない限り冬木教会に入る事は許されない。
戦地たる冬木へ戻る準備をするためだろう。静重が腰を上げた。その時、
「――――――そうかそうか。聖杯は本物か、幸先の良いことだ。では死ね」
嘲るような男の声と、パチンと指が鳴る音。
振り返る暇もありはしない。
向けられた無数の銃口が容赦なく火を噴き、数えきれないほどの鉛弾が雨のように降り注いできた。
いきなりの襲撃に璃正は反応できない。
だが璃正が凶弾に貫かれることはなかった。
璃正たちを守るように、紅蓮の炎が出現し弾丸が到達する前に焼き払ってしまったのである。
炎を顕現させた男、遠坂冥馬は璃正たち三人を守るように、銃火器を構えた黒い軍服の集団の前に歩み出た。
「誰かと思えばナチの狗が大挙して何の用だ? こちらは重要な話し合いの真っ最中でね。この国に宣戦布告しにきたのなら、我々じゃなくて国会議事堂に乗り込む事だ」
冥馬が集団の指揮官と思われる髑髏(トーテンコップ)の徽章付き制帽を被った男を睨みながら吐き捨てる。
指揮官と思わしき男はサングラスを撫でながら吹かしていた煙草を床に落とし、足で踏みつけて火を消した。
「いやなに。極東魔術師の雑草くン。我々も君達の開催する聖杯戦争に参戦しようと思った次第でね。こうして君達を殺して、聖杯を奪いにきたわけだよ。
ソイツ(聖杯)は君達のような猿共の手に委ねてやるほど安い代物ではないだろう? 聖杯は我々ナチスと総統閣下にこそ相応しい」
「待たれよ。ナチスが聖杯戦争に参戦することを咎めるつもりはない。だが真昼間の人目がある場所に兵士をもって仕掛けるとはどういうことか。
諸君等のしている行為は場合によっては監督役権限における罰則も辞さない蛮行である」
いきなり監督役なんてものに任命された戸惑いはあるが、任命されたのならば自分の仕事をしなければならない。
璃正はいきなりルール違反をしてきたナチス兵士たちに向かって脅しをかける。
だがこの世界に挑もうとしている狂った国家の兵士達に監督役の脅しなどは遠いものだった。
サングラスをかけた指揮官はまるで気にした様子もなく、無造作に懐から銃を抜く。
「うるさいねアンタ、神父殺しは趣味じゃないんだけど……ま、いっか。死ねよ」
再び兵士達の銃口が一斉に火を噴いた。
璃正は動けない。一方の静重は動かない。
静重は動く必要などまるでないと言わんばかりの余裕で、ナチス兵たちを眺めている。
その余裕が真実であることは直ぐに分かった。
「――――なっ!?」
突風が吹き荒れる。
兵士達には断末魔の悲鳴すら許されなかった。彼等が銃弾を発射したと同時に、音速の速度の風刃が兵士達を横なぎにばっさりと屠る。
一瞬の早業。
上半身と下半身が永久にさよならした兵士達の返り血が、雨となって降り注ぐ。だが鮮血が璃正たちに届く間もなく火に振れて蒸発していった。
これを無造作にやってのけた遠坂冥馬は名残惜しそうに右手にもったエメラルドを眺めている。
「はぁ。折角溜めに溜めたとっておきの一つだったのに、もう使い潰してしまった。宝石魔術に使う宝石は一発限りの使い捨てっていうのが難点だな。コストパフォーマンス的に」
「無駄口はそこまでにしておけ冥馬。まだ終わってない、連中ぞろぞろと来るぞ」
静重の指摘通り第一隊が壊滅したことを知ったナチス兵たちがまた押し寄せてきている。
いきなりのナチスの襲撃に璃正たち聖杯戦争の関係者を除く一般客の悲鳴がロビーのあちこちから挙がっていた。
暴挙ともいえる襲撃に、璃正は手を握りしめる。
聖杯戦争が時として罪なき者の命を奪うものであろうことは理解していたつもりだった。それでもまさかいきなり、真昼間に軍隊を投入して聖杯を奪いにくるなど想定外も想定外だ。
「――――璃正神父、奴等の狙いは聖杯の器と令呪をもつ私だ。奥へ行こう、ここの地下にある酒蔵が丁度魔力が溜まり易くうってつけだな。そこへ退避する。冥馬、お前はここへ留まり奴等を足止めしろ」
「分かりました、父上」
なんでもないかのように冥馬は頷く。
静重は言う事だけ言うとさっさとロビーの奥へ歩いて行ってしまった。
「息子さんを見捨てるのですか!」
思わず璃正は咎めるように声を張り上げた。
「見捨てる? それこそまさか、命を投げ捨てるなら老骨の儂をまず捨てるさ。大切な後継者を儂なんぞのかわりに失ってたまるものかよ。
これは我々全員の命を生き長らえさせるための一手だ。なに儂の息子は手練れだ。儂より遥かに才能溢れた魔術師だ。ナチの木端兵共相手に遅れをとることなんてありえんさ」
「布石、ですと?」
静重は力強く口を開いた。
「本来であれば入念な準備をして挑んで然るべきことであるが、事態が事態故に止むを得ない。――――これよりサーヴァントの召喚を行う」
魔術的なロックの施された鉄製の入れ物を握りしめながら静重は言う。
その背中には自分の息子への絶大な信頼があった。