竜と蛇の戦い、キャスターとセイバーの戦いは正にそれだった。
個人の屋敷としては豪邸と呼べるだけの面積を誇る敷地をキャスターは縦横無尽に走り回る。それを追うのは狂気で肌を黒曜石と鉛を混ぜ合わせたような肌をした剣の英雄だ。
「■■■■■■ーーーーッ!」
剣の英霊、というのは不適合の表現だったかもしれない。サーヴァントとしてのクラスは間違いなくセイバーなのだろうが、その行動や理性なき叫び声はバーサーカーそのものだ。
今回の聖杯戦争にはアヴェンジャーというイレギュラークラスが召喚されたため、通常のラインナップではない。或いはこのセイバーは失われたバーサーカーというクラスを補填すべく、なるべくして狂戦士となったのかもしれない。
「ちっ。知能などない猿以下の癖して運動能力だけは馬鹿みたいにある。頭に回るはずのエネルギーを全部肉体面に回しているのか、あいつは」
舌打ちしつつもキャスターは魔術を放つ。迫りくる魔術に対してセイバーは回避も迎撃もせず、己の肉体で受け止める。
ありったけの魔力を込めた魔術であったが、セイバーの体にはまったくダメージ。セイバーの対魔力は伊達ではないと改めてキャスターは思い知らされた。あの調子では何度やろうと魔術でセイバーを傷つけることは出来ないだろう。
遠坂の屋敷に仕掛けられた結界による重圧などの効果も、セイバーには無意味に違いない。
逃げるキャスターをセイバーが追う。その動きは下手すれば最速の英霊と謳われるランサーを凌ぎかねないほど早く、キャスターのそれを完全に超えている。
ダメージは与えられないが、目晦ましとして魔術師を放っているお蔭でどうにか捕えられずに済んでいるが、このままだと後数分も経たぬうちにセイバーはキャスターに追いつくだろう。
(〝一人〟の英霊を同じクラスに別側面から二体召喚するルール違反で召喚されたセイバーは、二体で召喚された代償に本来の霊格を半減させている。その影響は保有するスキルや宝具、それにパラメーターに現れているはずだ。
だというのにこの高すぎる能力。こっちのセイバーに限っては狂化の影響でステータスが底上げされているのもあるんだろうが、それにしてもこの強さは異常だ)
シャルルマーニュ十二勇士最強と謳われた騎士は、理性失い狂い霊格を半減させていて尚も最強だった。もしも本来の霊格で召喚されていたならば、勝利はほぼ間違いなくセイバーのものとなっていただろう。
(まともに戦っても勝ち目はない)
キャスターはそう判断した。
こうして聖杯戦争に召喚されるほどである。キャスターもまた一端の英雄だが、同時にキャスターは現実主義者だ。夢や浪漫になど命を賭けた事など無いし、勝算のない戦いはしないし、蛮勇や神頼みなどは論外だ。
普通に戦っても自分ではセイバーに勝てないという冷徹なる現実を、しっかりとキャスターは受け入れる。
「■■■■■!」
セイバーの棍棒を回避しながら後ろへ大きく飛び退く。右手に握るは数多の騎士達の中よりブリテンの王者を選び出した黄金の剣。
普通に戦ってもセイバーには勝てない。だからといってキャスターの心は折れていない。しっかりとした規則正しい呼吸で自分を超える剣士を真っ直ぐに見据えていた。
「狂えるオルランド、大した強さだよ。だがお前が十二勇士最強のパラディンなら、俺はアーサー王だ。この名を背負っている以上、俺に敗北は許されない」
まともに戦って勝てないのであれば、そもそもまともに戦わなければいい。
自分より実力が勝る相手と真っ向勝負しても敗北するだけだ。幼いころの木剣を使用しての模擬試合で試合上では妹(弟)に敗北続きだった過去から、キャスターは誰よりもそのことを知っている。
しかしキャスターは自分より実力の勝る妹と戦い、ただの一度も勝負で敗北したことはない。それはキャスターの口先の上手さによるものであるし、勝つ為には使える手は全て使ってきたからでもある。
無論セイバー相手に同じことをするわけではない。理性なきセイバーに仏すら激昂させる罵詈雑言を浴びせたところで意味などはありはしないのだから。だが手は他にもある。
「はっ!」
嵐が擬人化したようなセイバーの攻勢を、キャスターは回避と防御に全神経を投入することでどうにか凌ぐ。
戦いは一方的だった。徹底して攻め続けるセイバーに対してキャスターは防戦一方。キャスターは生前多くの格上の騎士たちとの馬上試合を行ってきた経験を総動員しているものの、セイバーの棍棒と己の剣が打ち合う度に腕が痺れ、破裂しそうになる。
セイバーの棍棒がただの一度でもキャスターに直撃すれば、それが戦いの終わりを告げる合図となるだろう。
「■■■■■■!」
防御を度外視した攻勢を仕掛けているセイバーも普通であれば無傷では済まない。既にキャスターの斬撃・魔術が幾度となくセイバーの体に命中している。
しかし並みのサーヴァントであれば致命傷になるような攻撃の直撃を浴びてもセイバーには傷一つとしてありはしなかった。
――――セイバーの宝具はC+まで攻撃含めたあらゆる干渉を減衰させる。
以前にセイバーと交戦した時に、マスターであるルネスティーネの言い放った言葉がキャスターの脳裏を過ぎる。反則としか形容できないほどの能力だ。セイバーの強さは霊格を半減されて尚もキャスターの遥か上にある。
だがどれほど実力に開きがあってもキャスターは果敢にセイバーに喰らいついていった。
召喚者たるマスターが聖杯戦争を制するため強力な英雄を望むため、戦いに招かれるサーヴァントたちはセイバーのように一つの時代において無双とまで謳われるような猛者が殆どだ。しかしキャスターはそういった無双の騎士ではない。
そもキャスターは『セイバー』のクラス適正をもつとはいえ、セイバーとしては及第点ぎりぎりというのが実情で強力なサーヴァントではありはしないのだ。
剣技にしても同じ。才能がまるでないわけではない。無才でもなければ凡才でもないだろう。しかし剣の英霊に選ばれる英雄は言うなれば天才という次元を超えた天才だ。だがキャスターは天才ではなく秀才。それなりの才能はあるが、どれほどの鍛練を積み重ねてもセイバーほどの境地には至れない。
天才ではなく秀才であり、自分より格上の騎士に囲まれていたからこそ体得したものもある。それがキャスターのスキルである心眼。特別な才能など必要ない、気が遠くなる程の努力と経験さえ重ねれば万人が至れる頂きだ。
最強と謳われた騎士達の戦いをその目で見て、指の動き一つ見逃さずに〝観察〟した経験はキャスターの中に根付いている。キャスターの心眼はセイバーの戦いぶりを完全に記憶して頭に取り込み、その弱点を導き出す。
(セイバーの無敵性はルネスティーネの言うほど万能じゃない)
狂えるオルランドの不死性の象徴たる宝具『狂煌の軌跡』が威力を減衰・無効化できるのはあくまでも物理ダメージ限定だ。
物理攻撃に該当しない魔術によるダメージや、あの着物を着たライダーの冷気などは防げはしない。それにオルランドの伝承が正しければ、セイバーの足の裏にはあの不死性の範囲外だろう。
ただしこれがまた曲者だ。
(バーサーカーならまだしも、狂っていてもこいつはセイバー。宝具の不死性は魔術で突破できるが、その魔術は常識外の対魔力で無効化される……)
対魔力がないならば魔術で、物理攻撃に弱いのであれば通常の攻撃で。魔術と白兵、二つの別々の戦い方を切り替えられるのがキャスターの強味だというのに、物理攻撃・魔術攻撃の両方に対して不死性があるとなれば手の出しようがない。
それに足の裏には不死性がないというが不死性が〝無い〟というだけで、別に足の裏を攻撃したらセイバーが即死するというわけではない。あくまでダメージが通るというだけだ。しかも足の裏を攻撃するなど下手すれば急所を狙う以上に難易度が高い。
(つまり――――ぐっ!)
「■■■■■■!」
遂にセイバーの一振りがキャスターを捉えた。丸太のように巨大な棍棒を聖剣で受け止めるが、純粋な力比べとなるとキャスターがセイバーに勝つ目はまるでありはしない。衝撃を殺し切れず、キャスターは屋敷の壁に叩きつけられた。
内臓から逆流してきた血を吐き出す。キャスターのダメージを察知して、背中の魔術回路が肉体の回復のために全開で稼働し始めた。
セイバーの棍棒を受け止めただけでこの様である。防御なしに直撃していれば今頃キャスターの体は原型を留めぬほどにぐちゃぐちゃになっていただろう。
キャスターが回復するのを待たず、セイバーが止めを刺そうと突進してくる。キャスターは本能的に横に飛び跳ねて、それを躱した。屋敷の壁が猛牛の群れが突っ込んできたかのように粉々に破壊されたが、これも聖杯戦争の必要経費と冥馬には諦めて貰おう。
「冥馬……冥馬か」
マスターとサーヴァントの視界共有。通常のサーヴァントであればそれはマスターがサーヴァントの視界を見るという一方通行のものであるが、仮にもキャスターは魔術師だ。ラインを使い逆にマスターの視界を見ることは難しいことではない。
遠坂冥馬の視線はしっかりとセイバーのマスター、ルネスティーネ・エーデルフェルトを見ていた。屋敷の反対側では戦いの音が鳴り響いている。自分がここで最強のサーヴァントと戦っている間に、冥馬も敵に一歩も退かず戦っている。
キャスターは既に冥馬と合流するという選択肢を破棄していた。ルネスティーネが気付いているかどうかは知らないが、マスターとサーヴァントで戦線を分断されたこの状況はキャスターにとっては寧ろ好都合だった。
聖杯戦争では勝つために必ずしもサーヴァントを倒す必要があるわけではない。サーヴァントを倒さずとも、マスターさえ倒してしまえば、現世への楔を失ったサーヴァントは大幅に弱体化して戦闘などとてもではないが耐えられなくなる。
だから冥馬がルネスティーネを倒してしまえば、キャスターがセイバーを倒せなくても勝利なのだ。
(さて。冥馬の奴がセイバーのマスターを倒すまで、俺は死にもの狂いで時間を稼がなくてはいけないわけだが……俺も、らしくない)
マスターを利用していることに対してではない。使えるものはなんでも使うのがキャスターの主義だ。だから仕えるべきマスターを自分の戦術に利用していることに罪悪感はない。
だがいつものキャスターであれば、戦いの趨勢を自分のマスターに丸投げなんてしはしなかっただろう。マスターなど聖杯戦争における仮初の主、互いの目的のために互いを利用する相互扶助関係、その程度の認識だった。だというのに自分は遠坂冥馬という人間に自らの運命を委ねようとしている。
客観的に考えて、どうやら自分という人間は遠坂冥馬というマスターを信頼し始めているらしかった。
「腹立たしい」
それがなんとなく癪だったので、逆に苛々としてきた。
セイバーを見る。どうしてあんな知性の欠片もないオークだか猪のような男にこうも一方的にやられなければならないのか。
冥馬がルネスティーネに不甲斐なく敗れる可能性もある。冥馬が敗れた時の為に、やはり自分もこの狂った化物をどうにかしてやらねばなるまい。
「考えれば考える程に苛々してくる。脳味噌の99%が戦い・女・宴会でしか構成されていないお前みたいな奴に、どれほど俺が苛々させられたことか。
それに俺が冥馬を信頼しているだと? それこそまさかだ。現代の魔術師にしては優秀であることは認めてやるし、愚か者でもないことは確かだ。だがそれくらいで俺が剣を捧げるものか。
つもりに積もった鬱憤という鬱憤、丁度丈夫さにだけが取り柄の肉団子がいることだし、それで晴らすとしよう。ローストビーフにしてやる。レアとミディアムどっちが好みだ?」
キャスターの掌の中に煌々と光る赤い炎が出現する。炎は黒い狂剣士の憤怒に固定された面貌を映し出した。
低い唸り声を響かせながら、セイバーが敵を屠るためだけの野性的な構えをとった。これまでキャスターのあらゆる攻撃を無効化してきたからだろう。キャスターの手の中にある炎にもなんら警戒はない。
セイバーの突進は戦車のそれである。キャタピラを回転させ突き進む戦車を生身の人間が阻むことはできない。生身の人間に出来るのはただただ逃げ惑うだけである。
だが知るがいい。
戦場において戦車は決して無敵の存在ではない。鋼鉄の四肢も地面を突き進むキャタピラすらない人間でも然るべき装備があれば戦車を打倒することができる。その装備をキャスターは持っていた。
「返答は無し。ならお前の内臓という内臓までドロドロに焼き溶かしてやろう」
キャスターの手からセイバーに放たれる火炎放射。どうせ己がこれまで悉く無効化してきた魔術だろう、と思ってかセイバーは無警戒に突っ込んできた。
その無警戒のツケは早々に支払われる。
「■■■ッ■■■ッ!?」
これまでとは違う苦悶の叫びをあげるセイバー。セイバーは混乱したように無茶苦茶に両手を動かすが炎は蛇のように全身を這いまわり消えることはない。
初めて、だ。これまでの戦いで傷一つ負うことなく敵を圧倒してきた狂剣士は初めてその肉体にダメージを負った。
「……もっとも焼いたところでお前のような歯ごたえの悪そうな肉、とても食えたものじゃないだろうからな。豚ですら焼けば食えるのに、食用にすらならん貴様は豚以下だな。デカブツ」
セイバーを守護していた宝具も対魔力も今回ばかりは狂剣士を守りはしない。
何故ならばキャスターの炎は物理攻撃でもなければ、魔術攻撃でもないのだから。物理攻撃・魔術攻撃に無敵といえる耐性をもっていたセイバーは、魔術ではない物理以外の攻撃には完全に無力だ。
「■、■■■■■■■――――――ッ!」
けれどセイバーとて此度の戦いにおける最強のサーヴァント。己の守りを突破され、全身を高温に焼かれながらも内包した殺意は消えはしない。
竜のように獰猛な瞳を見開き、キャスターへの進軍を再開する。
「宝具なしでも、打たれ強さは変わらないのか」
炎が効いていないのではない。ただ狂剣士として強化された自然回復力が、並みのサーヴァントの平均を軽く超える速度でセイバーの体を自己治癒しているのだ。
ダメージと再生を繰り返しながらセイバーが暴れまわる。キャスターはそれに付き合うほど蛮勇ではなかった。火炎放射で視界を塞ぎながら再びセイバーとの距離をとる。
(問題はここから、か)
キャスターの手札の中でセイバーに安定してダメージを与え続けることができるのは火炎放射のみである。けれどセイバーのダメージ具合から判断するに火炎放射だけではセイバーを倒すことはできない。
このまま離れたところの火炎放射をネチネチと続け、時間を稼ぐのも手ではある。だが、
(このセイバーは戦うことしか使いようのないどうしようもない能無し役立たずの肉達磨だが、逆に言えば戦うことにだけは滅法役立つ。
理性はないが、こいつの獣としての本能は生きている。そして生き物には〝慣れる〟という有り難い特性がついている)
火炎放射による攻勢にセイバーが慣れる時は必ずやってくる。それは数分後かもしれないし数十分後かもしれない。
一つだけ言えるのはこのまま続けても、キャスターが不利になるだけだということ。
(セイバーが火炎に慣れ切っていない今のうちに倒すのがベストだ)
問題は倒す手段だ。
物理・魔術をほぼ無効化するセイバーを倒す方法は限られてくる。セイバーの防御を無視できる手段をもって、セイバーを殺すか。防御のない足の裏からサーヴァントを滅ぼせるような一撃を叩き込むか。或いは防御を超えるだけの物理・魔術による攻撃で滅ぼすか。
幸か不幸かキャスターにはセイバーを倒す手段がある。しかしそれはキャスターにとって温存すべきとっておきの切り札。余り軽々しく出すようなものではない。
切り札とは敵が知らないからこそ効果的なのであって、敵に知られた切り札はもはや切り札ではないのだ。無論、知ったところで対処不可能な究極の切り札というものもあるが、キャスターのものは情報さえあれば対処出来る類のものだ。
(結界は、上手く働いているか)
遠坂の結界は外部からの使い魔含めた監視の目を阻んでいるようで、この場所を見ている者は誰一人としていない。
つまりはここで切り札を晒しても、それを見るのはセイバーだけということだ。
「――――いいだろう」
ここは勝負に出るところだ。キャスターは勝ち目のない戦いはしない。だが戦いを恐れ逃げ惑うだけではキャスターは英雄になどなっていない。
確かな勝ち目があるのであれば、どれほどの危険があろうと身を投じられる勇敢さを持つからこそキャスターは英雄たりえるのだ。
「はっ!」
最大出力の火炎放射を叩き込みつつ、逃げに徹していたキャスターが一気に攻撃に転じる。右手に持つ選定の剣は勝負の刻を告げられてか、数十の松明の炎よりも光を放っていた。
キャスターがセイバー目掛けて跳躍する。ぎゅっと両手で力強く握りしめるは黄金の剣。
もしもこの光景を見ていた第三者がいれば、蒼い剣士の背後に一瞬だけ金砂の髪の少女剣士を幻視しただろう。ブリテンの民草を導いた最高の王を選び抜いた聖剣は、キャスターの手の中にあって煌々と在りし日の輝きを灯す。
「■■■■■■!」
セイバーとてそう安々とキャスターの攻撃を許すほどに尋常な英雄ではなかった。
炎に包まれながらも巌の如き力強さは消えてなどはいない。視界が炎で塞がれてもその『心眼』はキャスターの姿を捉えていた。
獰猛な雄叫びと共に棍棒を振り、キャスターを薙ぎ払う。
「戦うだけが能の馬鹿なら、馬鹿なりにそれくらいはやると思っていた」
だが棍棒に薙ぎ払われグチャグチャになったはずのキャスターがあげたのは末期の断末魔ではなく、どこか人を食ったような勝利宣言だった。
「――――――」
セイバーは理性なき頭脳で悟る。自分が薙ぎ払ったものはキャスターではなかった。キャスターが魔術によって生み出したキャスターの〝幻影〟だったのだ。
いつもであれば肉なき幻影風情にセイバーが騙されることなどなかっただろう。だが身を焼くほどの高温の熱と、鉄を溶かす業火がセイバーの心眼を僅かに曇らせた。
その僅かな曇りが、セイバーの敗因となる。
「勝利すべき――――」
キャスターが選定の剣の真名を謳う。
国中の騎士達が抜こうと挑み、その悉くが敗れ去った、たった一人の理想の王のためだけの剣を。
「黄金の剣――――!」
真名の解放。聖剣は正しくその真価を発揮し、体を貫かれたセイバーの霊核を眩いばかりの黄金の光が滅ぼし尽くした。
カリバーン。台座に突き刺さり、抜いた者を王とする選定の剣。最強の聖剣たるエクスカリバーには劣るが、その切れ味は尋常ではない。
あらゆる剣戟を弾いたセイバーの強靭な肉体も、カリバーンの黄金の刃を弾くことはできはしなかった。
台風が具現したかのように暴れまわっていたセイバーは、今では心臓を突き刺されたまま銅像のように固まっている。
選定の剣が引き抜かれた。倒した相手を気に掛けるほどキャスターは暇ではない。完全にセイバーが敗れたことを確認したキャスターはその場を立ち去ろうとして、
「噂には聞いていたが凄まじいもんだな。そいつがカリバーン、アーサー王を王として選んだ選定の刃か」
「貴様、理性を取り戻したのか?」
セイバーの目にはもうあの野獣染みた殺意はない。ただ戦いを終えた静かな武人の安らぎがそこにある。
狂剣士として召喚されたセイバーはバーサーカーでないにも拘らず狂化に犯されていた。だがサーヴァントとしての肉体が滅びかけたことで、別の場所にいるもう一人の自分との境界が曖昧となり、こうして人間としての己を取り戻したのかもしれない。
「本来の担い手の手にないというのにその切れ味。俺がこんな姿じゃなければ、我が聖剣とどちらが上か競い合ってみたくはあったがな。それはもう一人の俺に任せるとしよう」
「気付いたのか?」
「戦ってるうちになんとなく。ま、あっちの俺は気付いていないだろうし他の奴等にしてもそうだろう。お前、アーサー王にしてはちょいと弱っち過ぎるからな」
「お前のような馬鹿と違って、俺は頭脳派なだけだ」
セイバーは面白おかしそうに笑う。邪気のまったくない朗らかな笑みだった。
「お前の真名については、マスターには教えないでおく。そうすればルネスティーネを殺す理由もないだろ。死ぬのは馬鹿一人で十分だ」
「俺は良くても、俺のマスターがどうするかは分からないが」
「そこは祈るしかない。……この世の剣がどれもその剣のようなものばかりなら、俺もあそこまで馬鹿にならずに済んだのかもしれないな」
最後に染みわたるような悔恨を呟いて、セイバーの体は消えていった。
後に残るものはなにもない。先程まで破壊の権化として君臨していたサーヴァントはこの世から痕跡すら残さずに消滅した。
これがサーヴァントの死。聖杯の力によって現代に再現された幻想は、消える時は幻想として夢のように消える。聖杯戦争に勝たなければ、いや勝っても負けても最後は自分もこうなるのだろう。
キャスターはらしくなく感傷を抱きながら、セイバーのいなくなった場所を見つめていた。