キャスターの聖剣は発動しなかった。
なにが原因かなど一々考える必要すらありはしない。ランサーが言い放った一言。お前はアーサー王ではない、という糾弾。あれが世に放たれた瞬間、キャスターは選定の剣の担い手である資格を失った。
「どういうことだ? キャスターがアーサー王じゃないだと」
「そのままの意味だ。そこの魔術師はアーサー王じゃない。アーサー王の名を騙る偽物だ。それがばれたことで、キャスターはカリバーンの担い手である資格を失い、真名解放は無効になった」
宝具とは担い手だけのもの。担い手ではない者に宝具の真価を発揮することはできず、結果的に真名解放は無効となった。
理屈の上では分かる。しかし冥馬には納得できないことばかりだった。
「馬鹿な……! 俺はアーサー王の鎧の破片を触媒にキャスターを召喚した。それにカリバーンだってアーサー王だけの剣だ。キャスターがアーサー王じゃないなんて、それこそ有り得ない!」
英霊と一心同体である宝具だが必ずしも同じ宝具を持つのが一人の英雄だけとは限らない。
例えば英霊が死んだ後、その宝具が息子や戦友に受け継がれることもあるし、聖杯に並ぶEX級の聖遺物たる『聖槍』は二千年前に神の子を殺して以来、多くの使い手に握られながらも結局誰一人として真なる担い手を持たなかった代物だ。
だが選定の剣――――カリバーンはそうではない。
カリバーンは数多の騎士たちの中からアーサー王だけを選び、ブリテンの王とした選定の剣。カリバーンを担う英雄も、担うことが出来る英雄も世界でアーサー王だけしか存在しないのだ。
「私も最初はお前と同じことを考えたよ。遠坂冥馬」
肩で黒い槍を担ぎながらランサーが舐め回す様にカリバーンに視線を送る。ライトの光を反射して、眼鏡が目の色を覆い隠した。
「カリバーンの使い手たるはアーサー王だけ。時間軸を超えた場所にある『英霊の座』に招かれた英霊なら、そんなことは誰でも知っている常識だ。だから私も違和感を覚えつつも、伝承と現実の差異の一つだろうと納得していた」
「違和感……?」
「キャスターの技量だよ。英霊とはね、たった一人で集団を超える者。単独で多くに勝る者たちの名だ。魔術師なら魔術を、暗殺者なら暗殺術を、剣の騎士であれば剣術を。自らの剣を極限にまで使いこなす。
だがな遠坂冥馬。そこのアーサー王を騙る偽物は彼の騎士王にしては余りにも技量がお粗末過ぎる。選定の剣を極限まで使いこなせていない? 命ある者にしか触れられない槍? ハッ! 本物の騎士王であれば、己が技量で武器の不利など容易く踏み越え、私に一太刀浴びせただろうさ」
「キャスター、本当なのか?」
「――――――――」
ランサーの言葉は信じたくはない。しかしキャスターの苦渋に満ちた顔が、ランサーのそれが真実であることを告げていた。
目を見開く。
冥馬自身、完全に〝違和感〟がなかったわけではない。召喚されたクラス、自分より年下の少女に負けるキャスター、魔術を使うアーサー王。伝承に聞くところの彼の王との余りの違いに首を傾げたことは何度もあった。
だがアーサー王の鎧の破片という、彼の王に直結する聖遺物を触媒としたこと。選定の剣カリバーンを持っていた事が『キャスターがアーサー王でないはずがない』と思考を停止させていたのだ。
しかし冥馬の目は騙せてもランサーの目は誤魔化せなかった。ランサーのあらゆる隕鉄を見透かす観察眼は『カリバーンの使い手はアーサー王という固定観念』すらものともせず、キャスターはアーサー王ではないという真実に辿り着いたのである。しかし、
「ランサー、お前の推理には一つだけ穴がある。……お前の言う通り、キャスターはアーサー王らしからぬサーヴァントかもしれない。だが実際問題アーサー王以外にカリバーンを振るう英雄なんているわけがない。これをどう説明する?」
アーサー王≠キャスターを証明する最後の疑問。カリバーンの使い手はアーサー王だけという大前提。
これを崩さない限りランサーの言葉は、どれほど信憑性があろうと机上の空論に過ぎない。
「それはどうかな」
これまで黙していたダーニックが、画期的な学術論文を発表する教授のように口を開く。
「ミスタ・トオサカ。いるじゃないか一人だけ。アーサー王伝説の序章において、アーサー王ではないのにカリバーンに纏わる伝説をもつ騎士が。
その騎士は選定の剣を引き抜いたアーサーの姿を見、王の座欲しさにカリバーンを『自分が抜いた』と嘘をついた。もしその騎士がサーヴァントとして聖杯戦争に招かれたのならば、その騎士には『カリバーンを自分の所有物』であると偽る宝具が与えられるのではないかな」
「――――!」
そこまで言われて、冥馬はアーサー王伝説に登場する一人の騎士の名に思い当たる。
彼の騎士は最も長くアーサー王と生涯を共にした、アーサー王にとっては義理とはいえ唯一の兄にあたる人物。サー・ランスロットやサー・トリスタンなどよりも旧い起源をもつアーサー王伝説における最古参の騎士。
卑怯にして姑息。強者揃いの円卓において唯一人の道化役(トリックスター)。「火竜も呆れて飛び去る」と謳われた稀代の口達者。
「そうだろう。サー・ケイ」
ランサーがキャスターの真名を告げる。自分の真名を正面から看破されたキャスターは苦虫をかみつぶした顔をするかと思えば、逆に嘲るように口元を歪めた。
「馬鹿か貴様等は。どうして俺が貴様の推理に対して一々正解かそうでないかを答えてやらねばならん。ご自慢の推理を披露したければ戦いなど止めて書斎に籠もり推理小説でも書いていればいい。
いや尤も退屈で欠伸が出るほどチープな推理ショーしかできぬ貴様等の書く小説など駄作だと決まっている。これから戦争が始まりそうだというのに、貴重な紙を浪費をすることはなかったな。
すまない、これは俺が悪かった。全面的に忘れてくれ。無駄遣いは俺がなによりも嫌うことなんだ。その俺が無駄遣いを奨励するとはな。どうやらお前達の退屈極まる推理ショーを聞いたせいで、頭が寝ぼけていたらしい」
キャスターの口調に容赦という二文字もなければ、遠慮という二文字もなかった。
川を流れる水のようにスラスラと悪意ある言葉をダーニックとランサーに言い放つ。
「ははははははは、大した口先だよ。噂に違わぬといったところかな。サー・ケイ。君の言う通りだった……我々の推理などはどうでも良いことだった。
一つ確かな事は君がアーサー王ではないとランサーに看過された瞬間、君はカリバーンの力を振るう資格を失ったという一点だけ。…………ランサー、自分の務めは理解しているな?」
ダメージこそないがカリバーンを封じられたキャスターは力を大きく低下させてしまっている。
ダーニックのサーヴァントであるランサーは得体の知れない男だ。全く知らない名前の『宝具』といい、まだ奥の手を隠している可能性が高い。
決戦を挑むには余りにも分が悪すぎた。
「キャスター、お前には色々聞きたいことが山ほどあるが、今はそんな場合じゃないな。逃げるぞ!」
「OK。情けないが良い判断だ」
「私が、いや我々が君達に撤退を許すと思うのかね? 我々が勝利という結末を手にするにあたって最大の障害となるであろう君を。
偉そうな物言いになるがね。遠坂冥馬、私は魔術師としての君の実力を高く評価しているつもりだ。敬意を表してもいい。だからこそ君にはここで消えて貰おう」
「まったく」
ダーニックが右手を上げると、物陰に潜んでいた黒衣の兵士達が姿を見せる。
境内の周囲にも、柳洞寺の屋根の上にも、そして退路たる山門前にもナチス兵がいて、冥馬とキャスターを睨んでいた。
完全に囲まれている。ナチス兵たちはダーニックが合図すれば、一斉に銃口から火を吹かせるだろう。
ここまでがダーニックの計画通り。
ランサーとキャスターの白兵戦などは前座。本来の目的はこうして自分の陣地に冥馬とキャスターを誘き寄せ、完全に包囲したところでキャスターからカリバーンを奪い、兵士たちの物量とランサーとで殲滅すること。
その為に狩麻を利用したのだろう。最悪カリバーンの力があれば大抵の障害は力技で突破できる――――と考えていただけに、カリバーンの使用不可という事態は重い。
「いけるな?」
キャスターとアイコンタクトを交わす。
不利は承知。だが例え邪魔者が立ち塞がろうと何が何でも突破するしかない。そうでなければ待つのは死。
「いくぞ!」
柳洞寺が結界で覆われている以上、逃げ場は正規の出入り口たる山門以外にはない。もっともそんなことはダーニックも承知している。山門近くには重武装のナチス兵たちが待ち構えていた。
兵士達の持つ機関銃から放たれる弾丸の暴風。冥馬とキャスターは暴風を避けようとはせず、逆に向かっていく。
「邪魔だ!」
キャスターの手から灼熱の焔が放射される。……魔術ではない。伝説に記されるサー・ケイ卿がもつとされる超能力の一つだ。
ダーニックは『自分をカリバーンの担い手であると偽る』のがキャスターの宝具と言った。だが、それは言うなれば他人の物を借りる能力であって、サー・ケイという英霊本来の力ではない。だとすればこの超常能力こそがキャスター固有の宝具なのだろう。
サーヴァントの宝具としては平均以下にある火炎放射だったが、サーヴァントではなく魔術師でもない人間を相手にするには十分過ぎる。炎は弾丸を呑み込んで兵士を焼き尽くした。
「――――ロォ」
ただ一人以外は。
「なんだこいつ!?」
思わず冥馬は足を止めてしまう。
仮にも宝具の力である火炎放射を受けても、一際大柄の兵士だけは肌を焼かれながらも他の兵士とは違い炭化することなく耐えていたのだ。
大柄な兵士は炎を喰らいながら、痛みなど感じていないかのように無表情でキャスターと冥馬を見据えると、思いっきり体重をのせてタックルしてきた。
「チッ!」
猛牛のような突進を横合いに飛び退いて躱す。だが大柄の兵士はそれでは止まらず、背中からとても人間には持ち上げられない巨大な剣を抜くと、全身の筋肉を使い真上から振り落してきた。
冥馬を庇うようにキャスターが進み出て、もはやその真価を発揮することが出来なくなった黄金の剣で受け止める。
轟音が響き、キャスターの足元の地面がめり込んだ。
「な……に……? なんだこのパワーはっ!」
黄金の剣さ押し込まれていく。とても信じ難いことだが、この大柄な兵士は純粋なパワーに限ればキャスターを上回っていた。大柄な兵士はなにも映していない瞳で、無感動にキャスターを見下ろす。
(そんな馬鹿な。相馬戎次じゃあるまいし、サーヴァントとまともに力勝負できる人間なんてそういるはずが…………待て、あいつ――――)
冥馬は大柄な兵士の首筋の肌がめくれて、そこから人間味のない鋼鉄が除いているのを見た。少し遅れてキャスターもそれに気付く。
「……!? まさかこいつ、半人半機……?」
「ロォォオアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
とても人間のそれではない雄叫びが答えだった。
純粋な人間でもなく、されどサーヴァントのような英霊でもない。ナチスドイツの狂気の帝国が練り上げた科学の狂気が、人間をベースに生み出した狂気の産物。
こういう科学の生み出した怪物を『サイボーグ』と言うのだと、冥馬は時計塔の友人から聞かされ知っていた。
「しかも、こいつの持っている大剣……これも宝具だと? 一体どうなっているんだ!?」
キャスターが吐き捨てる。
担い手でなくなったとはいえカリバーンが稀代の名剣であることに変わりはない。そのカリバーンとまともに打ち合う大剣もまた信じ難いことに宝具だった。
「兵士諸君。サーヴァントではなく遠坂冥馬を集中的に狙いたまえ。マスターさえ殺してしまえば、残ったキャスターなど幾らでも料理できる」
サイボーグとキャスターの鍔迫り合いを観察していたナチス兵の銃口が一斉に冥馬へ向いた。
一度ナチスと交戦している冥馬は、ナチスが魔術の影響を弾く『否定』の概念が込められた弾丸を保有していることを知っている。
機械類には門外漢の冥馬だが、兵士たちが機関銃に込めた弾丸が特殊な儀礼を施したものであることは分かる。そしてその儀礼の気配は以前の戦いで見たものと寸分違わぬものだった。
魔術を否定する銃弾が冥馬へ降り注ぐ。一工程で完了できる魔術では、この弾丸を防げない。最悪なことに『否定』の概念などお構いなしに弾くだけの防御力をもっていた防御礼装はルネスティーネとの戦いで喪失している。
冥馬は宝石に込められた魔力で防壁を生み出そうとして、
「人を舐めるにも大概にしろ、ウスノロ」
キャスターがサイボーグの後ろに素早く回り込むと、思いっきり熊のような巨体を銃火の前に投げ飛ばした。
サイボーグが壁となって、冥馬を襲うはずだった銃弾を弾き返す。キャスターの火炎すら耐える鋼鉄の体を持っているだけあって、サイボーグは雷雨の如き機関銃の掃射も難なく耐えた。
「ふんっ」
蒼い騎士は自分の手に炎を凝縮したボール状のエネルギーの塊を生み出すと、それを体から蒸気を出すサイボーグに投げつけた。
流石にサイボーグの鋼鉄もこれには耐え切れず、サーヴァントと鍔迫り合うという成果を叩き出した科学の怪物は爆散する。
「こんなブ男で円卓に名を連ねた騎士を抑えられると高を括られるとはな。やはりお前の出版する推理小説は売れ残り決定だ」
「お言葉だがケイ卿。私は小説で名を馳せるつもりはないよ。今もこれからも」
「キャスター、気を付けろ。どうもあいつ、まだ何かを隠しているらしい」
あのサイボーグがダーニックとナチスの秘密兵器なら、それが破壊されて焦燥の色が皆無なのは奇妙だ。
海千山千の権力闘争を口先で翻弄してきたダーニックなら感情を完全に閉ざすことが出来ても不思議はないが、平静なのはナチスも同じ。
「正解だよ、遠坂冥馬! フフフフフフ、サー・ケイ卿。どうやら推理小説を売り出すべきなのは君のマスターのようだ。良い洞察力をしている。
そう……たかがサイボーグ一体をジャンクにした程度で満足して貰っては困るのだよ」
ダーニックがステッキで地面を叩くと、山門の外側に電源をOFFにされて潜ませられていた七人のサイボーグが新たに姿を晒す。
一体のサイボーグですらセイバーのクラス適正をもつキャスターと鍔迫り合うだけのポテンシャルを持っていたというのに、それが七体だ。
七体のサイボーグは斧、槍、戟と異なる武装を装備して山門の出口を塞ぐ。
「ナチス第三帝国第13特務連隊旗下改造機械兵分隊。フフフフフ、ナチスの協力者としてナチスが保持する科学力の秘奥を垣間見てからというものの、一介の魔術師としては驚愕の連続だったよ。
流石は我々の手から五つ以外の全ての魔法を奇跡の座から叩き落としただけある。魔術師としては哀愁すら感じるが、味方にすれば頼もしいものだ。サイボーグ一体一体が最高峰の魔術師が生み出すゴーレムに匹敵、いや凌駕するほどのポテンシャルを持っているのだからね」
「ああ。現代に生きる魔術師として同意見だ。そして味方のそちらと違って敵に回しているこっちは最悪の気分だよ。ローファスの奥方クラスが七体なんて」
「更に、こちらには」
ランサーが黎命槍ルードゥスではない異形の戟を片手にふらりと冥馬とキャスターに近付いてくる。
白い槍兵の新たな武器は形としては方天戟に近いだろう。方天戟は矛の穂の根本に『月牙』と呼ばれる三日月状の刃を取りつけたものだ。だがランサーの異形の戟には本来ならば一つのはずの『月牙』が九つもあり、矛の穂先を中心に正九角形を描いていた。
「ランサーもいる」
目を伏せたままランサーが異形の方天戟を構えると、以前の戦いでも見せなかった暴力的な殺意を噴出させて。
「蹂躙しろ、九天牙戟」
九つの牙もつ戟が粉々にランサーの殺意を受けた敵を粉々に破壊した。
『……!?』
驚きはランサー以外の全員のものだった。
柳洞寺の境内にバラバラに砕けてジャンクと化した鋼鉄の兵士の残骸が転がっている。機械である彼等は機械であるが故に、味方であるはずのランサーからの攻撃というイレギュラーに対応できず滅ぼされた。
「ど、どういうつもりだランサー! どうして味方のサイボーグを攻撃する!」
「どういうつもりか、だと?」
ダーニックの叱責に、ランサーは怒気と共に顔を上げる。
驚愕した。白い肌には赤い血管が浮き出て脈打ち、緑色だった目はレーサーサイトのような鋭い赤を放っていた。絹のような黒髪は猛獣のように逆立ち、猛禽類の如き形相を己のマスターに向ける。
「それはこっちの台詞だ――――ッッ!! どォいうつもりだ、ダーニックッ!!」
ランサーの周囲に出現した無数の剣がダーニックの味方であるはずのナチス兵を串刺しにしていく。
「なに……?」
「貴様と契約する際に私は契約条件を提示したはずだ。私に不細工な鉄屑を見せるな使うな使わせるな、と!! まさか忘れたとは言わせんぞォ――――ッ!!」
「忘れてはいないが、優先順位を考えろ! 今こそが遠坂冥馬とキャスターを討ち滅ぼす絶好の好機! 君の契約に背いたのは我々の過失、それは認める。その分の追加報酬も出すとも。だから早く彼等を仕留めろ、令呪を使ってもいいのだぞ……!」
「矜持のない三流英霊ならいざしれず、たかが令呪程度で私を奴隷に成り下がらせると思ったなら大間違いだ!!
勘違いしているようだからもう一度だけ言っておこう。ダーニック、私とお前は依頼人(クライアント)と契約者(コントラクター)の関係だが、私はお前の従僕となった覚えなどはしない。
貴様が私の出した契約条件を破るというのならば、それもいいだろう。私も貴様との契約など知ったことじゃない。悪いがこれからストライキをさせて貰う」
「!」
「もう聖杯戦争など知らん。勝手にしろ」
「……やむを得ない、か」
有言実行。ダーニックの手にある赤い刻印が光を灯す。ダーニックはランサーに命令を強要すべく令呪を発動しようとして、
「言っておくがお前が令呪を発動した瞬間、私がお前と交わした契約は完全に終わりだ。私は戦いから降ろさせて貰う」
「ッ! 聖杯の奇跡を前にしておきながら、聖杯を手に入れる機会をふいにするというのか?」
「それも契約の時に言ったはずだ。元から私は聖杯になど欠片も興味はない。私はただ召喚者が依頼をしてきたから、その依頼に応えただけのこと。
お前が契約を打ち切るというのならば、奴隷に堕ちてまで現世に留まる理由などない。さっさと『英霊の座』へ戻るだけだ」
ダーニックとランサーは睨みあうが、ランサーはまったく譲歩する気配がない。冥馬は同じマスターとして、親の仇でありながら少しばかりダーニックに同情した。
だがこれは冥馬にとって千載一遇の好機である。
「今だ、キャスター。逃げるぞ」
「倒せ、なんて蛮勇な決断をしなかったのは評価できるな。OKだ、マスター」
キャスターの肩につかまると、ひとっ飛びで蒼い騎士は山門を飛び越えていく。ダーニックは「追え」と命令しようとして、苦虫をかみつぶしたような顔でそれを断念した。
そしてマスターの意向を無視してストライキを決め込んだランサーは、サイボーグたちの屍の上で一人呑気に逃げる冥馬たちを、他人事と決め込んで見送っていた。