相次ぐ異民族の侵攻に喘ぎながら、自殺行為とすらいえる部族同士の内戦を繰り返す暗黒の時代。異民族に殺され、同国人同士の内戦で殺され、国中には数えきれないほどの怨嗟と死骸の山が積まれた。
このまま何も変わらずに延々とこんなことを続ければ、いずれブリテンは異民族の侵攻に耐え切れず滅び去るだろう。そして国土に雪崩れ込んだ蛮徒によって女子供は犯され、男たちは皆殺しにされる。
それは学があり文字を読める騎士のみならず、一日を農耕に費やし文字も読めない民草にまで分かるほど自明のことだった。
だからこそ国に住む全ての騎士たちと民草が願っていたのだ。新たなる王の誕生を。
ウーサーを継ぐブリテン王としてブリテンの皆を導き、蛮族たちを追い返せる――――そんな理想の王を。
そして遂にその時はやってきた。
――――我こそが王たらんと思うものは集うがいい。
今朝方、その報告がブリテン中を駆け巡った。ウーサーに仕えた清廉なる老騎士エクトルの下にも当然それは届く。
だからというわけでもないが今日は日課となっている鍛錬も勉学もなく、エクトルもまた家を出ていた。
静かな夜だった。
いつもならば強く吹いている風もなく、空には雲一つない星空が広がっている。星々の海の中心には息を呑むほど美しい月が暗闇に明かりを灯していた。
彼は一人、家の隣りにある木に背中を預けながら、煌々と光る星々と幻想的な月明かりを見上げる。
明日の選定の儀。それでこの国の新しい王が決まる。
まだ年若いとはいえエクトルの子息であり、幼い頃より厳しく教育を施されてきた彼には〝選定の儀〟に挑む資格があった。故にもしも彼が〝選定の儀〟で王に選ばれれば、彼こそが新たなるブリテン王となるのだろう。
しかし彼は知って、いや確信していた。王に選ばれるのが誰であるかを。
彼は知らない。彼の弟として育てられてきた義妹が、この国で最も恐れられる魔術師より『ウーサーを超える最も偉大なるブリテン王となるだろう』と予言されていることなど。これを知るのは彼の父であるエクトルのみ。当の本人である義妹すら知らぬことだ。
だが彼は自分の義妹こそが王となるだろうと確信していたし、義妹も〝王〟になろうと誰よりも腐心していた。
騎士ではなく〝王〟として人々を導くには、武勇に秀でているだけでは意味がない。その点、彼女は非常に優れているといって良かった。エクトルの優れた教育により彼女は成人に達していないにも拘らず、聡明な大人を黙らせるほどの利発さを持ち合わせている。
そして騎士としての武勇も彼女は天下一品だった。彼女が剣の鍛練を始めて一年半を超える頃には、不意打ちや罠などを弄しても彼は彼女と木剣による戦いでは勝てなくなっていた。彼の師であったエクトルは二年の月日で彼女に追い抜かされた。彼が悪辣極まる奇策を弄した時は勝利を収めたが、その奇策にしても一年後には通じなくなった。
武勇に優れ知性に優れ――――だがそれだけではない。
自ら王になろうという者の中に、心の奥底からブリテンを救いたいと思っている者は稀だろう。大凡の騎士などは王となることそのものに憧れる者たち、王になるために王たらんとする者ばかりだ。
しかし彼女は王になりたいから王になろうとしているのではない。
王になるのは一つの手段。戦火に喘ぎ苦しむ人々を救うには王となるしかない。だからこそ彼女は王になろうとしているだけ。もしも宰相になれば民草を救えるなら、彼女は迷わず宰相になろうとするだろう。
彼は彼女以上に優しい人間を見た事がないし、彼女ほどブリテンを想っている人間も見た事はない。
だから彼女がブリテンの王となるのは必然だ。
なにせ彼女以上に王に相応しい者はいないのである。彼女が相応しくないのであれば、過去・現在・未来を探しても相応しい者は見つからないだろう。
「―――――――――馬鹿め」
それは果たして誰に向けられた言葉だったのか。
自分は王になれないというどうしようもない現実を受け入れ、こうして夜空を祈るように眺めている彼自身か。
それとも家の中で一人震える少女に対してだろうか。
王となる運命を背負った彼女は、彼の何十倍も『王になる』ことがどういうことか理解していたのだろう。
誰よりも多くの人を救いたいという道は、誰かを救いたいという思いを心の奥に押し殺して、誰よりも沢山の人を殺すことなのだ。
王となった彼女は誰よりも偉大なる王となるだろう。だがきっと多くの人に恐れられるのだろう。そして誰よりも嫌われ疎まれるのだろう。
それが恐くないはずがない。だから彼女は誰も見ていないところで、その日が来ることを脅え震えているのだ。
「父上ならいざしれず、俺が気付かないとでも思ったか」
夜は更けていく。
恐怖に耐え一人で震える少女。だがきっと彼女は明日になれば震えるのは今日まで、と静かに選定の場に赴くことだろう。幼い頃よりずっと寝食を共にしてきたのだ。王やブリテンの未来について分からずとも、義妹のことくらいは分かった。
その覚悟を尊いと思う。けれど、
――――そして朝がきた。
広場には国中の領主と騎士達が王となるために集まっていた。
だが選定の場にあったのは岩に突き刺さった抜き身の剣だけ。朝焼けに照らされ、黄金の名剣はじっと佇んでいる。
剣の束には黄金の銘。
〝この剣を岩から引き出した者は、ブリテンの王たるべき者である――――〟
それを見た誰もが驚いた。
王となり騎士と民草を束ねるべきは最も優れた者。故に集まった者達は馬上戦による選定を予想していたのだ。
集まった騎士の中で一際年若い彼だけが嘲笑する。
馬上戦にて分かるのは騎士としての武勇と精々が礼儀作法だけ。王として政務をこなす賢さなどはまるで分かりはしない。
しかし頭が良いだけの者に腕に覚えのある騎士たちは従いやしないだろう。そうなるとやはり馬上戦にて己が武勇を証明するのが王として選ばれる一番の方法といえる。
だから彼が嘲笑したのは騎士達一人一人ではなく、この国そのものに対してだった。力が強い者が一番偉くなるなど、全くの時代遅れとすら思っていた。
騎士達がざわめく。岩から剣を抜くなんていう全く予想外の選定に静まり返っていた者達が我を取戻し始めたのだろう。
それからは早かった。一人また一人と剣を掴んだ。だがどれだけ騎士達が力を込めて剣を引っ張ろうと、岩に突き刺さった剣はうんともすんとも言わない。
名のある領主が掴もうと、武勇において名を馳せた騎士が掴もうと頑として剣が応えることはなかった。
彼はあの剣が待つ者の名を知っている。そしてその少女は今この場にはいない。だからこの場にいる者には決して剣を引き抜くことは出来ないだろう。
そしてとうとう彼の番が来た。
彼は自分より年上の騎士達が見守る中、ゆっくりと剣を掴む。
果たして光の反射のせいか。それとも彼の手に残る彼女の手の感触を察してか、岩に突き刺さった名剣が淡く輝いた。
騎士達が動揺するが、それも一瞬のこと。直ぐに剣は無口になった。
「――――――やはり、そうなのか」
だがあの一瞬で彼は自分の考えが間違いでないことを悟る。
やはり剣が待っているのは彼女、彼の義妹唯一人。他の誰にもこの剣は抜けないだろう。それでも諦め悪く彼は思いっきり手に力を込めるが、やはり剣はもう応えてくれなかった。彼は諦めその場を次に待つ騎士に譲る。
そして遂に誰一人として剣を抜く者がでないと、騎士達は予め用意していた馬上戦による選定を始めに行ってしまった。
先程は馬上戦による王の選定を内心嘲笑した彼だが、今度ばかりはそれも良いと考えていた。さっさと馬上戦で勝利者を決めて、適当な誰かが王になれば良いと思った。もしそうなればこの国が一年と保たないと知っておきながら彼はそれを良しとした。
だが〝運命〟というのは人の身では抗いがたいもの。
これより始まる馬上戦に沸き立つ中に、まだ騎士見習いだった少女がゆっくりと歩いてくる。その手に握られていたのは岩に突き刺さっていた選定の剣。
彼は馬上戦による選定が間に合わなかったことを知った。自分の義妹が王として選ばれたことを悟ると、彼は馬上戦に湧く者達に背を向けて義妹に近付いていく。
昨日まで少女だった顔にもう少女としての面影はなく、ただただ王たるものの威風がある。彼の義妹だったアルトリアはもはや消え、そこに立つのは国を牽引する騎士王だ。
だがまだ誰も――――彼以外の騎士は少女が剣に選ばれたことに気付いていない。
彼はにべもなく強引に少女の手から選定の剣を奪い取った。
「剣が選びしは我なり!」
奪い取った剣を掲げて、高らかに宣言する。
別に王になりたい訳ではなかった。彼には致命的に人望がない。騎士達を黙らせるほどの武勇もありはしない。彼が玉座についても数日で臣下達は彼から選定の剣を取り上げるだろう。
そうなれば死にゆくだけの国は本当に死を迎える。
王となるのが他の者も五十歩百歩。死にゆくだけの国を救えるのは目の前にいる少女だけだろうと確信している。
そうと知りつつも彼が妹から王座を奪おうとするのは、彼がこの国全ての命よりも――――
「故に俺が今日より新たなるブリテン王だ」
瞬間、記憶に流れ込む。
「――多くの人が笑っていました。
それはきっと、間違いじゃないと思います」
そして彼は打ちのめされた。
「嗚呼……」
彼女は彼が思った以上に全て知っていたのだ。魔術師が見せた未来の光景、あらゆる命が死に絶えた剣の丘。これが彼女の最期だとすれば、あまりにも哀し過ぎる。その最悪の末路を知りながらも、彼女は王になろうとしている。
戦うと決めた。それが彼女の誓い。例え避けられない孤独な破滅が待ち受けていようと、それでも、戦うと決めたのだ。
「ケイ」
いつの間にかそこに立っていた父であるエクトルが静かに首を横に振った。幼い頃より彼と彼女を見守り続けてきた老騎士には、彼女の覚悟も彼の嘘もお見通しなのだろう。
だが父に言われるまでもなかった。彼女の気高い誓いを知って、どうして自分こそが王などと憚れよう。彼は黙って剣を義妹に返した。
「申し訳ありません、愚かな虚栄心から無礼を働きました。もしも王の慈悲を賜れるのであれば、臣は身命を賭して貴方に仕えましょう」
昨日まで義妹だった王者に跪いて礼をした。彼がそうすると父もまた義娘だった彼女に跪いた。
昨日までなら「恐れ多い」と恐縮したであろう義妹は当然のようにそれを受け入れる。
「良い。卿のことだ、卿なりの考えあってのことだろう。卿ほどの人物を我が臣に得られる幸運の前には、一時この剣を手にした非礼など泡と消えよう」
人としての心を捨てた少女は、妹ではなく彼の王としての言葉を告げた。
「どうか貴方がブリテンの新しき王となったことを他の騎士達にも知らしめ下さい」
「忠言、感謝する。サー・ケイ」
絵にかいたような王と騎士の会話。そこに人間としてのアルトリアもいなければ、人間としてのケイもいなかった。
彼女が理想の王として人間を捨て去るのであれば、自分もまたそれに倣おう。先に待っているのが避けられぬ破滅だというのであれば、己が全てを賭してそれに抗おう。
例え世界の全てが敵に回ろうとも、この身は永遠にアルトリアという少女の味方であり続ける。
いずれ全ての責務を終えて、この国に平和が戻った時にこそ――――きっと彼女は穏やかに笑えるのだ。
だからその時までサー・ケイは少女の義兄ではなく王に仕える一人の騎士。
「では行きましょう、アーサー王」
あの小さな家で家族として育った兄と妹の運命は別れる。
彼は口は達者な癖に腕っぷしは大したことのない道化役の騎士に、彼女は人々から畏怖され崇められる理想の王に。
選定の剣を抜いたアーサー王と、義弟の抜いた剣を自分が抜いたと主張したサー・ケイ。
二人の物語をプロローグに――――アーサー王伝説は幕を開けた。
ラインを通してキャスターの過去を夢で見るのはこれで三度目だ。しかも今回はキャスターの真名を知っていたからか、より深い所を垣間見た。
知らぬ者はいないという知名度をもち、英国では今もなお深く信仰されるアーサー王伝説。その序章を遠坂冥馬は生で見るという機会を得たのである。
時計塔にいる歴史好きの友人がこれを知れば、きっと涙を流して悔しがるだろう。
「――――体の調子は問題ないだろうな」
憮然と腕を組みながらキャスターが起きたばかりの自分を見下ろしている。冥馬としては甘いベッドの誘惑に負けて、もう一度眠りの世界へと旅立ちたい気分であったが、そうすればキャスターの聞きたくもない小言を聞くことになるので、そこはぐっと堪えて起き上がった。
起きて直ぐに体の調子を確かめる。腕を伸ばし、折り畳む。手首を回し、指をパキパキと鳴らしながら折り曲げてみる。
「問題は……ないようだ。キャスターが寝ている間にかけていてくれた治癒魔術のお蔭かな」
「ふん。礼を言うなら言葉ではなく戦いでの働きをもってして欲しいものだな」
狩麻の切り札だった蟲により食い破られ、小さくない穴の開いた手は完全とはいえないまでも塞がっている。
勿論これはキャスターが治癒を施してくれたというのもあるが、それだけではない。冥馬の家である遠坂の屋敷がある場所は冬木第二位の霊地であり、遠坂家とはかなり相性の良い曰くつきの場所だ。
遠坂の人間にとって、この屋敷とそうではない場所とでは体の回復も段違いなのである。いつかの夜、ルネスティーネとセイバーを撃退できたのも戦った場所がこの遠坂家の敷地内だったからというのが大きい。
「まぁ体も治ったところでリリアとの約束もあるし、昨日からの疑問を話そうか」
「……………………」
寝室ではなんなのでリビングへと移動して腰を掛ける。キャスターにも座るよう勧めたが、キャスターはそっけなく拒否した。
柳洞寺での戦いでナチスにより看破された真実。キャスターが吐いていた嘘。
昨日はそのせいで冥馬たちはあわやというところまで追い詰められた。ランサーの暴走という誰もが予想していなかった異常事態が起きなければ、ここでこうしていることもなかっただろう。
だからこそこの場で訊いておかなければならない。
「どうして自分がアーサー王だなんて嘘を吐いた? いや嘘を吐くのは別に悪いことじゃないんだ。真名を隠蔽するのがセオリーの聖杯戦争。本当の名前を隠すために、偽りの英雄の名を語るのは悪い戦術じゃない。
私がお前に聞きたいのは、どうしてマスターである俺にまで嘘を吐いたのかということ。聖杯戦争が終わるまでの主従とはいえ俺とお前とは共闘関係……味方同士だ。そこを聞きたい」
キャスターも昨日から冥馬の問いについては予想できていただろう。特に驚いた様子もなく組んだ腕を解き口を開けた。
「昨日ナチスの連中に看破された通り俺の真名はサー・ケイ。アーサー王じゃなくアーサー王に仕えた円卓の騎士の一人だ」
伝承において『火竜も呆れて飛び去る』と称されるほどの毒舌家にしてアーサー王の義兄。
アーサー王伝説の騎士といえば先ずランスロットやガウェインなどが思い浮かぶが、最もアーサー王に近く縁の深い騎士は間違いなくサー・ケイだろう。
なにせサー・ケイはアーサー王が王となるよりも前から寝食を共にし、そしてアーサー王の最期まで付き従った忠義の臣なのだから。
「そして癪だが連中の言った通り俺の宝具の一つ――――――〝剣が選びしは我なり〟はカリバーンを自分の宝具とする宝具だ。
いやより正しくは自分の物じゃない宝具を『自分の物』だと主張することでその宝具の担い手となれる宝具だがな」
「……興味深いな。つまり下手すればカリバーン以外の宝具、それこそ敵の宝具だって主張すれば自分の物にできることじゃないか」
カリバーンの担い手となる宝具と、宝具の担い手になる宝具の違いは大きい。
今後の戦いでもしも敵の手から宝具を奪い取ることができれば、キャスターはそれを自分のものとして扱うことが出来るのだ。
無論、英霊と一心同体の宝具なんてそう簡単に奪えるものではないが、もし奪えれば今後の大きな助けとなる。
「そう上手くはいかん。この宝具には、致命的といえる欠点がある。弱点と言い換えても良い」
「弱点?」
「俺がその宝具の本当の担い手でないことが〝俺以外の誰か〟に露見した瞬間、宝具の効果は消失し担い手ではなくなる。しかもその他人には自分のマスターすら含まれる」
「っ! なるほど……それは、大きな弱点だ。キャスターがアーサー王だと名を偽った理由が一気に分かったよ」
カリバーンを宝具とする可能性がある英霊は唯一人アーサー王だけだ。しかし余りにも有名過ぎる為、カリバーンを別の剣と偽ることは不可能といっていい。故にキャスターがカリバーンの正しい所有者であると偽るには、自分がアーサー王だと語るしかなかった。
思い返せばキャスターは聖杯戦争のセオリーに反して、まるで真名を隠す努力をしてこなかった。敵から正体がアーサー王であると指摘されれば、常に馬鹿正直に肯定してアーサー王として尊大に挑発してみせた。
それも自分の正体がアーサー王だと信じさせて、サー・ケイという騎士の名前から遠ざけようという戦術だったのだろう。
「だがキャスター。その戦術には一つミスがあるな」
「ミスだと?」
「サーヴァントを召喚する際に呼び出す英霊に纏わる聖遺物を触媒とするが、もし俺が最初からサー・ケイを召喚するつもりだったらアーサー王だなんて名乗っても直ぐに嘘だと分かったろう。そういう時はどうするつもりだったんだ?」
「簡単なことだ。自慢じゃないが俺は円卓の騎士で最弱だ。七人の英雄を呼び出して殺しあわせようなんて戦いに、わざわざ好き好んで最弱の騎士を召喚する馬鹿はいないだろう。
だったら俺が召喚されたのは何らかのイレギュラーが働いたか、そもそも触媒そのものがなかったかに決まっている」
頭を抑える。脱力したくなるが非常に説得力のある理由だった。
「……………本当に自慢にならないな。仮にも英霊が自分のことを最弱だなんて偉そうに言うのはどうなんだ?」
そう冥馬が言うと、キャスターが露骨に溜息をついた。
「冥馬。お前もあれか? 強いのが偉いなんて考えているおめでたい頭の持ち主なのか? 剣の腕や馬術など所詮は戦場以外では羊皮紙一枚の役にも立たんもの。実際に国を運営し、政務をこなすのに必要なのはココのできだよ」
とんとん、と自分の頭を指で叩くキャスター。円卓の騎士である以上に執事長として宮中を運営し、ブリテンの政治を支える国務長官としても辣腕を振るっていたサー・ケイらしい台詞だ。
これが平時であれば冥馬もキャスターの言い分に頷いていたかもしれない。だが、
「聖杯〝戦争〟なんだから英霊としては兎も角、サーヴァントとしては強い方が望ましいと思うんだが……?」
「それはそうだろうさ。だが俺を召喚したのはお前――――――正しくはお前の父か。ともあれ俺は呼ばれたから来ただけ。俺が弱いのに俺に責任はない。俺を呼んだお前達の責任だ。
弱い俺をサーヴァントにして、どうやって聖杯を手に入れるか考えるのはお前の課題。そしてお前の剣である俺の課題でもあるというわけさ」
話はこれで終わりか、とキャスターは肩を竦める。
「まだある。これが一番の謎なんだが。私はね、聖杯戦争を勝ち抜くにあたりアーサー王の鎧の破片を聖遺物に選び、アーサー王を召喚しようとしていたわけだ。結果的に令呪が父に宿ったことで、手に入れた聖遺物は父に譲ったわけだが……」
真っ直ぐにキャスターを見る。アーサー王の鎧の破片を触媒に召喚された、アーサー王と名を偽ったサーヴァントを。
「どうしてアーサー王じゃなくてサー・ケイが召喚されたんだ?」
ストレートに残った最大の疑問をぶつけた。
キャスターはいつものように嫌味を交えて即答すると思いきや、なにやら難しい顔をした。
「冥馬、あんまりなことだから黙っていたが……もう隠しても無駄か。そうだな、時には残酷な真実を教えるのもサーヴァントの務め」
「キャスター?」
「いいか良く聞けマスター。お前が用意したというアーサー王の鎧の欠片。あれだがな。あれは俺の鎧だ」
「は?」
キャスターより伝えられた余りにも単純すぎる事実に、冥馬の目が点になる。
「ま、待ってくれ! あれは知り合いの伝手で購入した由緒正しいアーサー王の聖遺物で――――――」
「あー、要するに偽物掴まされたんだろう。残念だったな冥馬、もし本物を掴んでいたらとっくに聖杯はお前の手の中だったろうに。アーサー王の代わりに最弱の騎士を呼ぶなんてお前も大間抜けだな」
「…………………」
聖遺物に使ったのがアーサー王の鎧の欠片――――と思い込んでいたサー・ケイの鎧の破片。ならば召喚して出てきたのがサー・ケイなのは至極当然。ドタバタとした召喚だったが、父はしっかり召喚をやり遂げていたのだろう。
つまりアーサー王の召喚という聖杯戦争最初の大一番でポカをやらかしたのは、間違った聖遺物を掴まされた遠坂冥馬というわけで。
「衛宮ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーッッ!!!!」
アーサー王の聖遺物を召喚した伝手でもある人物、時計塔の学友の名を叫びながら激怒する。
暴力的で禍々しい魔力の発露に意志などないはずの部屋に飾られた調度品が震えあがった。
「あいつなにがアーサー王をセイバーで呼べば無敵じゃね、だ!! 聖遺物が偽物でアーサー王も糞もあるか馬ァ鹿野郎め!! 今度会ったらギッタンギッタンにしてから簀巻きにしてテムズ川に突き落としてやる!!」
肩で息をしながらも自分の大ポカのそもそもの元凶に気炎を吐き出すが、流石に聖杯戦争をほったらかして時計塔に衛宮を締め上げにいくわけにはいかない。
全く収まらない腹の虫をどうにか呑み込んで、平常心を取り戻す。
「……コホン。すまない。取り乱した。忘れてくれ」
「こればかりは俺も見なかったことにしておこう」
「感謝する。ところで昨日のリリアとの同盟の件だが、願ってもない話だし了承という方向で問題はないな」
幼馴染であり最も共同戦線をとり易いと思っていた狩麻が、ナチスと組んで冥馬を罠にかけてきた以上、リリアとの同盟は今後のために不可欠のものだ。
それはキャスターも良く分かっている。故にキャスターも頷いた。
「――――奴は頭こそ悪いが、俺の弟に並んでセイバーのクラスでも三本の指に入る英霊だ。分割召喚で霊格が落ちている以上、そこまでの力はないが〝最上級〟から一番上の文字がかけたところで強力なことには変わりはない。
カリバーンの真名解放が出来なくなった以上、俺の火力は著しく低下している。マスターの力量もそこそこだし、セイバーとの同盟については俺も賛成だ」
「それじゃ決まりか」
リリアリンダとセイバーとの同盟。
これがナチスや帝国陸軍というイレギュラー蠢く聖杯戦争を打開する一手となる。
「ああ。それと俺が真名を打ち明けたことで俺のパラメーターもマスターには全て公開されただろう。セイバーたちと組む前に自分の忠実なる従僕の力量くらいは確かめておいたらどうだ?」
「なら遠慮なく。どれどれ……」
マスターとしての権限で全てのスキルと宝具の詳細までを見て、流石の冥馬もどう反応していいか分からず声を失った。
クラス別技能が四つあるのは良い。キャスターが〝二重召喚〟という特殊スキルの影響でセイバーのクラス別技能を持っていることは知っている。ならばセイバーの対魔力と騎乗スキル、キャスターの陣地作成と道具作成スキルをもつのは当然だ。伝承において魔法剣士と語られるキャスターにピッタリとすらいえる。
宝具が二つなのも問題のないことだ。一つはさっきの話に出てきた〝剣が選びしは我なり〟。とはいえこれはもう効果を失っているので関係ない。今後の戦力となるもう一つは『巨栄の肖像(トゥルフ・トゥルウィス)』。サー・ケイの数々の超人的肉体能力が宝具となったものだ。
これらのことは良いのだ。冥馬の目をひいたのは唯一つ。
「なんなんだ、この出鱈目な保有スキルの数は!?」
クラス別技能と違ってサーヴァントが英霊として元々持っている技能。だが殆どのサーヴァントは保有スキルなんて精々二つか三つ。多芸と称されるサーヴァントも四つ五つ、かなり多くても六つが精々だ。
だというのにキャスターときたら、
「保有スキルが11個って、滅茶苦茶じゃないか……!」
クラス別技能も合わせれば合計なんと15。保持するスキル数なら間違いなく歴代最高だろう。
しかし歴代最高のスキル数を誇る脅威のサーヴァントはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「で、それがどうかしたか?」
「どうかしたかって、この数だぞ。これだけスキルがあれば―――――」
「なら逆に訊くが、これだけのスキルがあればセイバーやアーチャー相手に楽勝だと思うのか?」
「…………………………」
鋭い指摘に冥馬は押し黙る。
11の保有スキルは確かに戦う上での武器となりうるだろう。だがそれらのスキルの中に不利を有利に逆転してしまえるほど凶悪なものは一つとしてありはしない。
「確かに俺はクラス別技能も合わせれば15のスキルを持っている。恐らくは俺の宝具『巨栄の肖像』が様々な効果をもつ特殊能力なのと……あとは二重召喚の影響か。
キャスターで召喚された場合には失われるはずだったスキルと、セイバーで召喚された場合に失われるはずだったスキル。その両方を持っているから必然的にスキル数が増えたんだろう。だがそれで?」
自嘲するような響きが寂しく屋敷の床に染み渡る。
「俺は手から炎も出せる。肉体を操作し体を伸縮することも臓器の位置を入れ替えることも自在だ。魔術だって一通りは使えるし、剣術だってそこいらの騎士には負けない程度に強い。
魔術と宝具を応用すれば変装だってお手の物。サーヴァントとなる前から七日七晩寝ずに行動できたし、水中で息継ぎせず九日間は潜っていられる。
だが所詮はそれだけ。俺は大抵のことはなんでも出来るが、他のサーヴァントのように尖ったものは何一つとしてありはしないんだ」
セイバーであれば埒外のタフネスさと十二勇士最強の剣技。アーチャーであれば正確無比な砲撃。アサシンであれば神出鬼没の暗殺術。
彼等がそうであったように英霊であれば天才と呼ばれる人種が気の遠くなるほどの努力を重ねても到達できない〝業〟をもっている。
けれどキャスターにはそれがない。決して弱いわけではないが、キャスターの持つ技術の殆どは人間であれば到達できるレベルのものだ。
「絵札の騎士を十枚と揃えても、たった一枚のスペードのエースには勝てないものさ。
これからの為に覚えておくといい。持てる手札を最大限に使い、相手が不利で自分が有利な状況を作りだし、自分の手札の中で相手が最も嫌がるカードで叩く。これが俺の基本戦術だ。これが出来なければ勝ち抜くことはできやしないぞ」
「……よく記憶しておこう」
時計を見れば丁度良い時刻だ。リリアリンダに同盟了承の意を伝え合流しなければならない。
ナチスと帝国陸軍と互角に戦うにはリリアとの共闘をより密としなければならないのだから。
【元ネタ】アーサー王伝説
【CLASS】キャスター
【マスター】遠坂冥馬
【真名】サー・ケイ
【性別】男
【身長・体重】185cm・70kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷C 魔力A+ 幸運A+ 宝具E
【クラス別スキル】
陣地作成:B
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
“工房”を形成することが可能。また
道具作成:D
魔力を帯びた器具を作成できる。
本人が物作りに向かないため余り精度の高い道具を作成することができない。
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
【固有スキル】
二重召喚:A
キャスターの他にセイバーのクラス別スキルを保有できる。
高速詠唱:C
背中に刻まれた擬似〝魔術刻印〟に記録されている魔術ならば、Bランク以上の魔術でも一工程で発動できる。
弁舌:A+
口の上手さ。挑発・口論・弁明・説得の際に有利な補正がつく。
キャスターは「火竜も呆れて飛び去る」と謳われる口達者である。
勇猛:A
威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
また、格闘ダメージを向上させる。
心眼(真):B
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。
戦闘続行:B
往生際の悪さ。
瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。
水練:B
泳ぎの上手さ、水中で行動する能力。
ランクB以上であれば水中でも陸地並みに行動できる。
仕切り直し:C
戦闘から離脱する能力。
不利になった戦闘を戦闘開始ターン(1ターン目)に戻し、技の条件を初期値に戻す。
魔力放出(炎):C
武器に魔力を込める力。キャスターの場合、燃え盛る炎が魔力となって使用武器に宿る。
もっともこれは自身の魔術と宝具で義弟であるアーサーの〝魔力放出〟を模倣した擬似的なものである。
変化:D
外面だけ変身することができる。
魔術により変身できるため〝変化〟となっているが、実質的には高度な演技力による変装術。
変装・演じている者と属性を同じように見せる効果がある。
人間観察:B
人々を観察し、理解する技術。
心眼のスキルと合わせ、相手の弱点を見抜くことに長ける。
【宝具】
『剣が選びし我なり』
ランク:D
種別:対人宝具
レンジ:1
最大捕捉:30人
自分のものではない〝宝具〟を自分が担い手だと主張することで担い手となることができる。
ただしキャスターが本来の持ち主でないと露見した時、その効果は消失する。
アーサー王の抜いた選定の剣を自分が抜いたと主張したエピソードの具現。
『巨栄の肖像』
ランク:E
種別:対人宝具
レンジ:-
最大捕捉:-
サー・ケイの超人的能力。確認されている能力は全部で六つ。
自身の与えたダメージに回復阻害の効果を与える。
手から炎を出す。
身体の伸縮や骨格の変形などを始めとした肉体操作。
水中で息継ぎなしで行動できる。
魔力不足・ダメージ以外で体力を消耗しない。
体から熱波を出すことができる。