「ちょっと待ってくれ。クラスがキャスターって本当なのか!?」
自分をキャスターと名乗った蒼い騎士を問い詰める。
訝しながらもう一度じっくりとキャスターの姿を観察してみた。
蒼と銀を基調にした無骨でありながら流麗な騎士甲冑。頑強でありながら動き易さにも秀でているそれは間違いなく一流の人間による作品だろう。
風に靡く金色の髪に蒼穹の如き青い目。手には選定の剣、カリバーン。
やはり右から観察しようと、左から眺めようと、上から俯瞰しようと完全無欠な『騎士』がそこにいる。
サーヴァントにもよるがクラスが『キャスター』ならば大抵のマスターはその雰囲気で相手が魔術師だと分かるものだ。なにせサーヴァントと違いマスターはすべからく全員が〝魔術師〟である。俗世間から離れた魔術師という群体は同類の臭いには殊更に敏感だ。
しかし冥馬の前にいる〝キャスター〟には魔術師の英霊でありながら所謂魔術師らしさというのがない。
キャスターの纏っている気配は工房の中で魔術に明け暮れる研究者ではなく、戦場を駆ける者のそれだ。
「お前も移植されたばかりといえどマスターの端くれだろう? マスターならサーヴァントのパラメーターを見るだけで確認できるはずだ。
そして確かめればいいさ。残念ながらこの身は完全無欠にキャスターとして召喚されている。ステータス含めてな」
「……!」
キャスターの言う通り、キャスターの姿を意識して注視する。するとE~Aまでのランクでキャスターのパラメーター表が頭に浮かび上がってきた。
そのパラメーター表を見れば冥馬も納得せざるをえない。
キャスターのパラメーターは魔力がA+と最も多く後はCランクとBランクばかりだ。剣の英霊とは基本的に筋力、耐久、敏捷といった白兵戦で役立つランクが高いもの。魔力が頭一つ飛び抜けて高いステータスは、とてもではないが剣の英霊たるセイバーのものには思えない。
わざわざ自分がキャスターだと嘘を吐く理由もないだろう。
蒼い騎士が魔術師のサーヴァントだというのは客観的に見ても疑いようのない事実だった。
「けどお前はアーサー王なんだろう? アーサー王がキャスターだなんて聞いた事がない」
騎士王アーサーに最も相応しいクラスは全七クラス中、セイバーのみだ。
最強の聖剣の担い手がセイバーではなくキャスターになるなど、魚類が自分を哺乳類だと自称して山登りを始めるようなものである。
仮に……仮に、の話だ。セイバーのクラスがもしも別のサーヴァントで埋まっていて、アーサー王にセイバーのクラスを与えることができなかったのならば、聖杯は他に相応しいイレギュラーな席を用意するだろう。
少なくとも剣の騎士と対極にあるキャスターなんていう器に押しこめたりはしない。
「……俺もだ。だが心当たりが皆無なわけじゃない。恐らく俺が魔術師になったのは、マーリンの影響だろう」
「マーリンだって?」
「ああ。俺はマーリンから魔術の手ほどきを受けたことがある。だから魔術は一通り使えるし、擬似的なものだがお前達で言う所の魔術刻印のようなものも持っている。キャスターの適正も俺にはあるんだ」
マーリン・アンブロジウス、アーサー王の助言者にして、ブリテン国で最も恐れられた魔法使いだ。その名前は冥馬も知っている。
「教えを受けたって、アーサー王伝説にそんな話は残っていなかった気がするんだが……」
魔術師は過去へ疾走する者であるからして、冥馬は世界各地の伝承や神話には一般人より遥かに詳しい。無論のことアーサー王の聖遺物を手に入れるにあたってアーサー王に関連する文献もよく調べた。
だがアーサー王が魔法使いの弟子だった、なんていう記述は今まで見た事がない。
「それはそうさ。なにも伝承に記されたことが全てじゃない。伝承に伝わらなかった真実、記されなかった事実が『現実』には潜んでいるものだ。
俺はマーリンから魔術の手解きを受けてはいたが、俺には魔術を使わずとも聖剣があったからな。結局、魔術を披露する機会に恵まれず、アーサー王が魔術師であったという事実は闇の中に葬られたというわけだ」
確かにその通りだ。
聖剣という魔術よりも強力な武器があるのに好き好んで魔術を使う必要などない。アーサー王たるものが、よもや冥馬たち普通の魔術師のように『根源』などを目指していた訳ではないだろう。
魔術よりも敵を屠るのに強力な武器があるならばそれを使えばいい。
結果として聖剣により使う機会のなかった魔術は、伝承に記されることがなかった。現代の戦争で弓矢や剣といった武器が銃火器の前に姿を消したのと同じように。
「というとキャスターには伝承にはないだけで魔術師としての素養があったからキャスターとして召喚されたと、そういうことか?」
「概ねその通りだ。ただ本来であれば〝アーサー王〟はセイバーのクラスで召喚されるべき英霊だ。それがキャスターになったのは今回の滅茶苦茶な召喚故だろう」
「……それを言われると、辛いなぁ」
冥馬とて此度の英霊召喚がおよそ聖杯戦争の常識から外れたものだったということは重々承知している。
キャスターがセイバーとして召喚されなかったのも、このイレギュラーな召喚が原因だろう。
しかし無茶だとしてもやらなければならなかったのだ。無謀で道理を捻じ伏せていなければ、今頃冥馬はこのホテルを人生最期の土地としていたはずだ。
「キャスターにはすまないと思ってる。だけどクラスがなんであれアーサー王はアーサー王だ。心強いことには変わりない」
ともあれアーサー王という最強の英霊を引き当てることに成功したのだ。
剣術も魔術も両方扱えるサーヴァント、と思えば決して悪いカードではない。寧ろ上手く立ち回れば聖杯戦争のジョーカーになることも可能だろう。
だがキャスターは嫌な笑みを浮かべると肩を竦めた。
「――――ふん。魔術師、お前はもう自分が俺のマスターになった気でいるようだが、俺はまだそれを認めた覚えはないぞ」
「なに?」
キャスターの冷たい視線が冥馬を射抜く。
並の人間なら萎縮してしまいそうな眼光だったが、冥馬は意地と気合で萎縮するを通り越して、こちらから威嚇するように睨み返した。
「キャスター、同じことをもう一度言わせないで貰いたいな。私、遠坂冥馬は父である遠坂静重より令呪の移譲を受けマスターになった。この令呪と君の身に流れる私の魔力がその証左であるはずだが、異論でも?」
「令呪? 移譲だと?」
冥馬は出来る限り遠坂当主として、マスターとしての威厳を込めて言い放ったつもりだったのだが、キャスターは鼻で笑うだけだった。
「伊達に俺も『騎士王』を名乗っているわけじゃない。余程最悪なマスターでなければ、サーヴァントとして召喚された以上は最低限騎士として尽すさ。
だが俺を召喚したマスターはお前の父であってお前じゃない。令呪を移譲されただけのマスターにまでこの俺が騎士として忠義を尽くす義理はないな」
「なっ! 俺の手にはしっかり令呪があるし、これは父上から受け継いだものだ。その理屈なら騎士として、亡きマスターの主君を支えようって意気込む所だろう!」
「見解の相違だな。生憎と俺は仕えた主が死んだからといって、その子供を主として認め剣を振るうなんていうのは御免だね。
親子といえど所詮は他人。例え親の地盤をそっくりそのまま受け継ごうと、仕えるべき主君かそうではないかは俺が見極める」
「つまりキャスター、君は遠坂冥馬が自身のマスターに相応しくないというのかな?」
「おや、そう聞こえたかな。大正解だよ、俺はお前を俺のマスターとしては認めない」
「――――――」
キャスターからのあっさりとした拒絶の意志。
常に余裕をもって優雅たれ――――というのが遠坂家の家訓であり、冥馬も父からそうなるように教育されてきた。だが冥馬は今、被り続けた優雅さをかなぐり捨てたい衝動にかられていた。
それでも自分で自分の首根っこを掴み、ぎりぎりのところで自制心を保つ。
「……ほ、ほう。言うじゃないかキャスター。けれどそうは言うが聖杯戦争に参加する以上、お前にも聖杯を求める理由がある。私をマスターとして認めないと駄々をこねたところで、君が戦うにはこの私をマスターとするしかない」
「怒りに身を任せて怒鳴るだけじゃないのは高評価だな。お前の言う通りさ。俺も死んでる身でこうして現世に這い出て来たんだ。願いの一つはある」
「だったら」
「だから取引しよう。俺はお前を仮のマスターとして認めるし、聖杯を手に入れればお前にもくれてやる。そのかわり戦いの指揮権はこの俺に委ねて貰おう。俺も、どこの馬の骨とも分からない輩の采配で従うのは不安と不満しかないからな」
悪くない条件だろう、とキャスターはのたまった。
「――――――」
今のでプチンと、冥馬の中にある自制心という鎖が引きちぎれた。
いいだろう。キャスターがそういう態度に出るというのなら、冥馬にも考えがある。
冥馬も大人の余裕で自分のサーヴァントの我儘の一つ許してやろう、と大海原のように広い心でいたが、このサーヴァント相手にそれはなしだ。
この偏屈なサーヴァントには池――――いや雨の日の水たまりの広さで十分である。
「ふふふふふふっ。俺にそんな風な口をきいていいのかな? こっちにはコレがあるんだ」
嫌らしく笑いながらキャスターに三画の絶対命令権、令呪を見せつける。
「それで? 令呪で自害させられたくなければ、大人しく言う事を聞けと脅すつもりか?
生憎だが脳味噌の中に酒・女・戦いしか詰め込んでない馬鹿な騎士共と違って、俺はそんな下らん少し悪知恵をつけたガキのような脅し通じはしないぞ」
ここでキャスターを自害させれば、サーヴァントを失った冥馬はナチスによって殺されるだけ。
キャスターに言われるまでもなく冥馬もそんなことくらい分かっている。だからそんな脅しをするつもりは欠片もなかった。
冥馬は賄賂を受け取る代官のような悪い顔でニヤリと笑うと、
「自害? はははははははは。俺がそんなこと命じるわけないじゃないか。自害なんて勿体ないことさせるなら、全力で金を稼いで来いとかもっと有意義な命令に使うさ」
「自害じゃないなら、なんだ。どうせ下らない命令だろう。悉く論破してやるからさっさと捻りだせ」
「ああ捻りだすさ。言う事を聞かなければ――――――国会議事堂の前で裸踊りして貰う」
「な、なんだ……と?」
下らないを遥かに通り越して幼稚な命令に、あれだけ雄弁な振る舞いをしていたキャスターが絶句する。
「待て待て! 裸踊りだと、そんなことして何の意味がある」
「意味なんてないさ。強いてあるとすれば、キャスターが滅茶苦茶恥ずかしい思いをするってだけ。……しかし英霊にもなっておいて、現世に出てきてやることが裸踊りなんて。これはもう一生通り越して永遠の恥だな」
「……フッ。浅知恵で俺を屈服させたつもりか。俺はキャスターだが『二重召喚』のスキルでセイバーのクラス別技能を共有することができている。
そして俺の対魔力のランクはB。俺の意地にかけても令呪の縛りに抗い、必ずや裸踊りに向かう途中で自害してみせる。死ねば令呪は無効だ」
「だったら俺は二画目の令呪で自害を禁じるだけだ。ふふふ、これでも俺の手には最後の令呪が残る」
「「…………………」」
冥馬とキャスターは一歩も譲らずに睨み合った。冥馬としては世にも珍しい『二重召喚』のスキルのことなど、聞きたいことがあったが今は後回しだ。
この武器なき戦いに勝たずして、遠坂冥馬は聖杯戦争に参加できはしない。
遠坂のマスターとしてこの先を戦おうと思うなら、サーヴァントの一人御せずして勝利はないだろう。
「それとキャスター、お前さっき言ったな」
「何をだ?」
「仕えるべき主君かそうではないかは自分で見極める、俺を自分のマスターとしては認めないって」
「それがどうした? 文言にある通りだが」
「――――じゃあ逆に尋ねるが、お前は遠坂冥馬の何を知ってるんだ?」
「………………お前の、だと?」
「そうだ。俺とキャスターはこうして話して一日どころか一時間も経ってない。たった一時間で遠坂冥馬の全てを知ることができるとは、随分な鑑識眼をお持ちなことですな、アーサー王」
精一杯皮肉るようにキャスターに自分の心の底にある苛立ちをぶつけてやった。
人間の心なんて複雑なものである。普段は良い人間でも時々魔がさして悪事に手を染めることもあるし逆もまた然り。他の人には意味の解らない行動を突発的にとりたくなることもあれば、ちょっとした気分の違いで予定を変更することもある。
そんな複雑な人間の心を、例えサーヴァントだろうとたった一時間やそこいらで見定められるはずがない。
キャスターは自分の目で主君を見極めるといったが、まだ見極められるほどの遠坂冥馬という人間を見てはいないのだ。
「く、はははははははははは!」
笑みを零したのはキャスター。
キャスターはなにが可笑しいのか腹を抱えて大声で笑った。
「はははははははは! ああ、確かにお前の言う通りだ。俺はまだお前という人間を見極めてはいない。そんなお前をいきなりマスター失格などといったのは俺の間違いだった」
ピタリと唐突にキャスターは笑いを止めて、真剣な眼で遠坂冥馬を見据えた。
「いいだろう。俺とここまで言いあえる奴も珍しい、お前を俺のマスターとして認めよう」
「ほ、本当か?」
サーヴァントに自分のことをマスターとして認めさせる、なんて聖杯戦争の初歩の初歩のことだ。
なのにこの偏屈な男に自分の事を認めさせたと思うと、少しだけ嬉しくガッツポーズしたくなる。
「だが勘違いするなよ。マスターとして認めるが別にお前の下僕になるわけじゃない。お前の采配に不満があれば俺は容赦なしに扱き下ろすから覚悟しておけ」
「サーヴァントの忠言を聞く度量くらいはあるつもりだよ」
それにアーサー王といえば十二の会戦を全て勝利に導いた将としての側面もある。その戦術眼は非情に頼りになるものだ。
サーヴァントは単なる使い魔ではなく過去の英雄、確固たる己の『考え』をもつ存在であることを忘れているつもりはない。
ともあれ、遠坂冥馬は正式にキャスターのマスターとして聖杯戦争に参加することとなった。