アーチャーとの間にラインが繋がったことを確認する。
これまでキャスターにだけ送られていた魔力が、目の前にいるアーチャーにも送られていた。霊格の差からアーチャーの方がキャスターへのものよりも供給する魔力量も多いが、冥馬の魔力であれば全く問題にならないレベルだ。
冥馬からの魔力供給を受け始めたからだろう。連戦の消耗でやや疲労感の残っていたアーチャーの表情も良くなっていた。
「アーチャーと新たに契約して、これで戦力比は3対2……いや帝国陸軍の方にいるイレギュラーを数にいれれば3対3のイーブンか」
キャスターが冷静に評した。
ナチスと帝国陸軍を相手にする上で、忘れてはならない強敵が相馬戎次。マスターでありながら三騎士と互角に戦えるほどの高い戦闘力をもつ男である。
冥馬やリリアも魔術師として優秀なだけではなく、その強さにおいてもかなりのものだ。だがしかし相馬戎次と比べれば一歩譲ってしまう。
「出来ればアサシンのマスターにも一時停戦という旨を伝えておきたいが……。アーチャー、アサシンの居場所に心当たりは?」
「残念ながら分からない。気配を断ったアサシンを追うだけの追撃能力は僕にはないよ。情けないことにアサシンに襲われてマスターを失った僕はかなり消耗していたしね」
「そうか」
本当にアーチャーがアサシンの居場所を掴んでいる事を期待していたわけではない。ただの念のための確認作業だったため、冥馬は特に残念がることなく思考を再開する。
冬木で大聖杯強奪に動くナチス、小聖杯を皇居へ移送しようとしている帝国陸軍。
本来であれば戦力を一点集中して各個撃破をするのが戦略の基本なのだが、それをするには時間が許してくれない。多少厳しくても二面作戦を実行するしかないのだ。
そこで問題となるのは、
「誰と誰がどっちに行くかね」
もしもアーチャーとの再契約がなければ、大聖杯奪取をなんとしても阻止していない冥馬とそのサーヴァントであるキャスターがナチスを、外来の参加者であるリリアとそのサーヴァントであるセイバーが帝国陸軍を叩くという風に決まったはずだ。
しかし再契約によってアーチャーという新たな戦力が加わったことで、話はそう単純ではなくなってしまった。
「マスターを基準に分けるなら俺とキャスター、それにアーチャーがナチスに。リリアとセイバーが帝国陸軍を……といったことになるが、どうする? 俺はそれでも一応問題ないが、リリアたちはそうじゃないだろう」
冥馬はリリアとセイバー、そして自身のサーヴァントたるキャスターを見る。
皮肉なことに冥馬を真のマスターと認めていないアーチャーと違って、間違いなく冥馬を主とするキャスターの目的は冥馬と一致していない。
キャスターはあくまで『万能の願望器』としての聖杯を求めているのであって、仮に大聖杯奪取を阻止することができたとしても、小聖杯が奪取されて願いが叶えることができなくなれば意味がないのだ。
その点においてキャスターは冥馬よりリリア側に立っているといえるだろう。
「ええ、そうね。ナチスの方には軍隊がいることを除けばマスターとサーヴァントが一人ずつっていう基本的な組み合わせ。だけど帝国陸軍にはサーヴァント級の戦力が二人。私としては陸軍を叩く方にサーヴァントが二人欲しいんだけど。いっそ組み合わせを丸ごとチェンジする?」
「出来ればそれは遠慮したいな。大聖杯へは俺が行きたい」
冥馬たち三人が帝国陸軍を叩きに行けば戦力的な問題はなくなるのだが、今度はリリアが本来御三家だけの秘密である大聖杯に近付くことになってしまう。
それは御三家遠坂の当主たる冥馬としては望ましいことではない。他にもナチスには個人的に多くの借りがある。冥馬としてはなにがなんでも自分自身が対ナチスの方へ赴きたいのだ。
「違うわよ。私がそう言ってるのはそういうことじゃなくて、マスターをそのままにサーヴァントだけそっくり入れ替えないかってこと」
「サーヴァントを? 成程。それも一つの手だな」
冥馬の方にリリアのサーヴァントであるセイバーが、リリアの方にアーチャーとキャスターがつくというサーヴァントを入れ替えた組み合わせ。
遠坂冥馬もリリアリンダ・エーデルフェルトもマスターとしての素養はAランク以上。三流ならいざしれず、冥馬とリリアであれば契約のラインは、帝都までいこうと途切れることはないだろう。
万が一の懸念としてリリアが目的を果たした後、セイバーに冥馬を殺させるという危険性があるが、そんなことをすれば残ったキャスターとアーチャーに殺されるのはリリアだ。逆もまた然り。
リリアの提案は突飛でありながら合理的でもあるものだったが、反対意見は意外なところから出た。
「悪いけどそれは遠慮願いたいね」
「アーチャー?」
アーチャーが真剣な顔つきで冥馬に反対の旨を伝えた。
「僕は僕のマスターの鎮魂のため、ナチスの野心を打ち砕くために契約した。つまらない拘りといえばそれまでだけどね。俺は自分の手でそれを果たしたい」
アーチャーの決意は固い。なにせ自分のマスターを殺された報復のためだけに、己の矜持を曲げて冥馬と再契約したくらいだ。
生半可な説得では通じないし、強引に意志を変えようとすればアーチャーは独断で行動を始めるだろう。
冥馬の手には未使用の令呪が三画残っている。これを使えばアーチャーに命令を強要することもできるが、令呪の強制力は永続ではないし万能でもない。令呪で強制したところで、本人がその命令に不服があれば、その戦闘力を削ぎ落とす結果になりかねないのだ。
そんなナンセンスな策をとるほど冥馬は馬鹿ではないし、なにより令呪は今後の戦力となりうる切り札。こんな場所で浪費したくはない。
冥馬は何気なしに腕を組んだまま黙り込んでいるセイバーを見る。
「セイバー、さっきから黙っているが君からはなにかあるか?」
「俺?」
「そうだ。君も当事者の一人だろう」
「話振られたところ悪いけど、俺はそういう作戦の立案とか無理なんだよ。俺は頭悪いし、考え通りに軍を動かして良いことなんてないぞ」
「別に戦略を君任せにしたわけじゃないよ」
そもそもセイバーを軍師にして作戦を一任するなど、病弱な人間を最前線の司令官にするくらいの人選ミスだ。
「ただあくまで意見の一つとして聞いておきたい。なにかあるか?」
「うーん。俺には細かいこととかは分からないけどさ。行きたい奴が行きたい所に行けばいいんじゃないのか?」
「アンタねぇ。そんな適当に――――――」
「…………………」
リリアは呆れて溜息をついたが、冥馬は天啓を得たかのように黙り込んだ。
各々が行きたい方に行く。これだけ聞けば非常に単純な考えなしの意見のように思える。というより実際セイバーは特に難しいことを考えずに発言したのだろう。
だがその行きたい方に行くという結果によって生まれる組み合わせはベストなものだった。
「よし。ならそれで行こう」
「く、冥馬!? いきなりなに言ってるのよ! セイバーの馬鹿みたいな提案に賛成するなんて!」
「ほえ? 俺の提案そのまま通ってるの? オリヴィエがいないからなにがなんだか分からないぞ。なにがどうなってるんだ、リリア?」
ビシッとリリアに指を差されたセイバーだったが、寧ろ提案したセイバーが一番混乱していた。
「僕もセイバーの提案に賛成だね」
「アーチャーまで!?」
戦争における第一人者の追従にリリアの混乱は極みに達する。アーチャーは二角帽を深く被り直しながら、ニヤリと口端を釣り上げた。
「マドモアゼル・エーデルフェルト。各々が行きたい所に行った場合、どういう組み合わせになる?」
「そ、それは私とセイバー……それにキャスターが帝国陸軍に行って……冥馬とアーチャーはナチスに…………ハッ!」
漸く合点がいったとばかりにリリアが「あっ」と口元を抑える。
そう。奇しくも冥馬とアーチャー、リリアとセイバーとキャスターという組み合わせは、全員の不満がない最もベストなものだったのだ。
「しかもこの組み合わせの妙は互いの不満を解消し、戦力を相応しい振り分けにしただけじゃないよ。キャスターがマドモアゼル・エーデルフェルトと共に行動することで、キャスターと冥馬のラインを通じて、どれほど遠く離れていようとお互いの状況を素早く確認できる」
「そして万が一こちらが危なくなれば、令呪で即座にキャスターを召喚することもできるわけか」
冥馬がアーチャーの言葉の続きを予想して言うと、アーチャーは肯定するように頷いた。
帝国陸軍へ二体、ナチスへ一体とみせて臨機応変にナチスへ二体に変更することができる。正に今現在とれる最良の戦略だろう。
その戦略を導き出したのが、よりにもよって頭脳面ではまったく宛にならないと思われていたセイバー。無意味と思うようなことでもやっておくものだ。冥馬はセイバーの意見を聞いた自身の気紛れに感謝した。
「決まったわね。善は急げよ、直ぐにでも向かいましょう」
リリアの言う通りこれは時間との勝負。冥馬はアーチャーと共に地下大空洞へ、リリアはセイバーとキャスターを引き連れ帝国陸軍のもとへ。
だが五人の人間が慌ただしく動き出そうとした所で、五人より更に焦った様子のサングラスをかけた神父が教会に飛び込んできた。
瞬間、三騎のサーヴァントが侵入者に剣を向ける。
三騎のサーヴァントの敵意に晒された男は、恐れ慄いて両手をあげながら自分は敵でないと叫ぶ。
「し、失礼! 刃を向けないで貰いたい。いやはや怪しいものではありませんよ。私は聖堂教会の代行者で璃正神父の部下です。危急の要件があって報告を」
ちらりと寝かされている璃正に目を向ける。
「彼の言う事は本当だ……。剣を下げてくれ。彼はジョリー・ジョリー・ジーサン。私の部下で間違いない」
璃正の確認がとれたことで三騎のサーヴァントは剣を降ろす。
ジョリーと呼ばれた神父は三騎の殺気から解放されてほっと一息ついていた。異端殲滅を仕事とする代行者であっても、三人の英霊から殺意をぶつけられるのは堪えるだろう。
本来敵同士の間柄だが、冥馬はジョリーに同情した。
「失礼。危急の要件とは?」
「帝国陸軍が動きましたよ。連中『聖杯の器』を列車に乗せて帝都へ向かってます」
「本当か!?」
思った以上に帝国陸軍の動きが早い。木嶋少佐の内通からして帝国陸軍の目的は囮。もう少し動きが遅いと予想していたのだが、或いは冥馬がそう考えることを看破した上でのこの動きなのかもしれない。
「陸軍に潜り込ませた教会の者の報告なので信憑性は高いですよ。どうするんですマスターの方々。このままじゃ間に合わなくなりますよ」
「心配ないわ。奴等が列車で帝都へ行こうと、私にはとっておきの足があるしね」
ジョリーの慇懃無礼な口調も気にせず、リリアは優雅に微笑む。
「足?」
ライダーのサーヴァントならば、なんらかの乗り物で列車を追撃することもできるだろう。
しかしリリアのサーヴァントはセイバーだ。冥馬の知る限りリリアのセイバーは高速で移動する足になる宝具をもってはいない。
一体リリアの言う足とはなんなのか。
「見れば分かるわよ」
そう言ってリリアはセイバーを連れて教会から出ていく。
リリアの『足』がなんなのかは知らないが、あれだけ自信ありげに言ってのけたのだ。信じていいだろう。
「璃正。それじゃあ行ってくる。俺達が戻るまでに怪我を治しておけよ」
「無茶を言うな。……死ぬなよ」
「努力する」
短く璃正に別れを告げると、冥馬もキャスターとアーチャーを伴ってリリアに続く。
そしてリリアに連れられた場所にあったものは、
「……おいおい」
「――――――――――」
冥馬とキャスターが主従揃って目を点にしてしまう。
鳥とは異なり羽ばたくことのない機械的な両翼。威信を背負うかのように機体にペイントされた日の丸。戦いのために生み出された兵器でありながら、どこか男心を掴んで止まない浪漫を感じさせる威容。
帝都で冥馬たちに襲い掛かって来たこともある日本の戦闘機。零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦がそこにあった。
「り、リリア! い、一体これをどこで!?」
「前に帝国陸軍の拠点を襲った時にパチってきたのよ」
「いやゼロ戦は確か陸軍じゃなくて海軍のもののはずじゃ。――――いや、聖杯戦争なんてものに参加してくるくらいだ。陸軍だけじゃなくて海軍の方も一枚噛んでいても不思議じゃないか。だがパチったって……」
リリアの言う足とはこのゼロ戦のことだったのだろう。確かに戦闘機の速度なら相手が列車だろうと追い付くことは難しいことではない。
「良し。なら俺とセイバーとキャスターで帝国陸軍を。リリアとアーチャーでナチスを、だったな。帝国陸軍は任せておけ」
「逆でしょ。貴方はナチスの方。これに乗って行くのは私よ」
「……少し惜しいことをしたな」
ゼロ戦に搭乗するなど、これを逃したら二度とはないかもしれない。
しかし好奇心のために戦略を無視することもできないため、冥馬は未練ありげにゼロ戦を見るに留まった。
「そんなに乗りたいなら戻ってきてから乗せてあげるわよ。パチったやつもう一機あるし」
「本当か!」
「真面目にやれ馬鹿」
「う。す、すまない……」
辛辣なキャスターのツッコミに押し黙る。コホンと咳払いして改めてリリアに問い掛ける。
「操縦は出来るのか?」
「戦闘機は操縦したことないわね。だけどセイバーとキャスターには二人ともBランクの騎乗スキルがあるわ。これだけあれば戦闘機の操縦だって出来るでしょう。そこで」
リリアが取り出してセイバーとキャスターに見せたのは地図だった。そしてマジックペンで冬木市と帝都を丸で囲むと、
「ねぇセイバー、それとキャスター。貴方達のどちらか一人がこのゼロ戦で帝都に追撃するわけだけど、貴方達はどうやって帝都まで行くか聞かせてくれるかしら?」
セイバーとキャスターの騎乗スキルは二人ともB。パラメーターで見る分で二人に差はない。
故にリリアは同じ質問を二人に投げかけることで、どちらのパイロット適正がより高いかを確かめようというのだろう。
セイバーとキャスターはその意図を知ってか知らずか二人して口を開き、
「帝都って上の方にあるんだから上の方に飛んでけばいいんじゃないのか?」
「聖杯戦争の都合上あまり目立つわけにはいかないだろう。人気のない場所を飛びながら追撃する」
セイバーとキャスター、二人の意見を聞き終えたリリアはたそがれるように鈍く笑うとポンとキャスターの両肩に手を置いた。
「任せたわ、キャスター。私たちを帝都に連れてって」
「良いだろう」
「え? 俺は?」
「アンタは行った場所で戦う事だけ考えてなさい」
「お、おう」
妥当な決断だ。セイバーにパイロットを任せれば、帝都ではなく日の丸に飛んで行ってしまう。リリアにしてもセイバーにしても、好き好んでイカロスの気持ちを体験したくはないだろう。
パイロットに決まったキャスターが操縦桿を握ると、リリアは身を屈めてその後ろに乗り込む。
三人乗りはきついので、セイバーは霊体化して戦闘機にしがみついた。
「武運を祈る」
「貴方もね」
二人のサーヴァントと一人の魔術師を乗せて、太陽の帝国の戦闘機は帝国に牙をむく為に飛び立つ。それを見送った後、冥馬はアーチャーに振り向いた。
「――――こちらも行くぞ」
「ああ」
戦略通り冥馬とアーチャーは大空洞にいるナチスを討つために柳洞寺へ足を向けた。
ナチスドイツ。第三次聖杯戦争が始まってからの因縁に決着をつける時がきた。