月明かりの下、枯れ木を散らせながら真紅と純白、二つの影がぶつかり合う。
気難しいランサーの性分を察してか、大空洞の入り口周辺には誰一人として兵士やサイボーグなどは配備されていなかった。ダーニックは余程以前の柳洞寺の一件が余程堪えているのだろう。
故にこれは正真正銘の一騎打ちだ。
月光に照らされる戦いは伝説そのもの。出自も出身も生きた時代も異なる英雄同士の激突だ。円蔵山に張られた結界で霊体であるサーヴァントは重圧がかかっているというのに、刃を交え時に砲火を炸裂させる騎士たちには、動きが鈍った様子などどこにもない。
気力で重圧を押しのけているというのも理由の一つではあるのだろう。だがそれだけではない。アーチャーもランサーもこの戦いに、重圧など消し飛ばすほどの嘗てない全霊をつぎ込んでいるのだ。
ランサーは単純に燃え上がる憤怒から。アーチャーはサーヴァントと英霊、二つの意地から。
「ラァ――――ゴァアアアアアッッ!!」
「ふっ―――――」
気焔を吐きだしながら共に三騎士に名を連ねるサーヴァントたちは、互いの存在を喰らい合う。
「どうした! 逃げ回ってるだけでは私が殺せんッ!! 止まれェエエエイイイイッ!!」
「要求を却下する!」
無茶苦茶なことを言いながら、怒りに目を燃やしたランサーが猛攻を仕掛けてくる。
力任せの槍捌き――――というのはランサーの我を失ったかのような暴力的攻撃が生み出している錯覚。溢れんばかりの激怒に冷静な思考を奪われながらも、ランサーの槍捌きはアーチャーから見ても非常に理に叶った最適なものだ。
アーチャーが臨機応変に大砲やサーベルを使い分け応戦しても、ランサーはその場におけるお手本のような槍捌きで迎撃してくる。
「そらそらそらそらそらそらァ――――――ッ!!」
「はっ――!」
無骨な白槍とサーベルが火花を散らす。ランサーの技量がセイバーほど優れてはいないとはいえ、伊達に三騎士に収まっているわけではないらしい。
弓兵であり砲兵たるアーチャーが如何に剣の心得があるとはいえ、ランサーと接近戦をするのは不利だ。
アーチャーはサーベルで槍を回避しながら、後方へ大きく跳躍する。ランサーが逃がすものかと追撃を仕掛けてくるが、それは召喚した大砲による砲弾で妨害する。
「不細工な玩具が、私の邪魔だッ! 失せろォ!」
憎しみを吐き出しながら、ランサーが砲弾を黒い盾で受け止める。
ランサーが盾を取り出し砲弾を防いだ僅かな隙に、アーチャーはランサーから距離をとっていた。
「汚ェ尻見せて逃げてんじゃねえ、殺せねェだろォがぁぁァッ! そこに棒立ちしていろ小僧ォ!!」
またしても無茶苦茶なことを叫びながら、ランサーは般若のように襲い掛かってくる。
「お前に殺されてやるわけにはいかないな。俺にはやるべきことがある」
自身のマスター、間桐狩麻を謀殺したダーニック・プレストーン・ユグドミレニアへの報復。
目には目を歯には歯を……。
過度な復讐をするつもりはない。だがダーニック・プレストーン・ユグドミレニアが間桐狩麻の想いを謀によって踏み躙ったように、ダーニック・プレストーン・ユグドミレニアの野心を打ち破らなければ英雄が廃るというもの。
『アーチャー……』
アーチャーの脳裏に過ぎるのは狩麻の横顔。
力を求めているうちに、力を求めた最初の切欠を置き去りにしたまま歩いて来てしまった自分と同じ愚者。
胸に秘めた想いを誰に知られることもなく知っていった彼女のために、せめてサーヴァントである自分だけは彼女のために戦わなければなるまい。それが彼女のサーヴァントとして契約したアーチャーの誓いだ。
ランサーの槍を回避しながら、アーチャーはたんと枯れ木の上に飛び移った。
「悪いが、貴様の事情など知ったことではない」
ランサーが無骨な槍を消して、九つの月牙をもつ異形の戟を取り出す。
九天牙戟。九つの月牙に九つの異なる概念を秘めた暴虐の槍である。
戟の束を強くランサーが握ると、それに応じて矛先が九つの月牙を巻き込み回転を始めた。
その様はさながら鋼鉄の竜巻。ランサーの両眼が木の上に立つアーチャーを見据えると、体を捩じり己の体を弓へと変えて、異形の矛を投擲した。
「――――これは」
音を抜き去る速度で放たれた九天牙戟は、獰猛な回転で枯れ木を食い荒らしながらアーチャーに迫ってくる。
如何にアーチャーといえどあの回転に巻き込まれてしまえば、肉体など細切れになってしまう。アーチャーは枯れ木から跳躍すると地面に着地した。
「目標の回避は盛り込みつきというわけか」
舌打ちしながらもアーチャーは感心する。
九つの月牙の一つに『必中』の概念が込められていたのだろう。先程アーチャーが立っていた木を跡形も残さず細切れにしながら、尚も勢いを削ぐことなく九天牙戟がアーチャーに突進してくる。
(防御ができないのならば)
真下への大砲の発射。爆風により自分の体を吹き飛ばしたアーチャーは、枯れ木の天辺に着地すると十三の大砲を召喚した。
九天牙戟の突撃は猛牛のそれだ。一つの砲弾で撃ち落とすことは不可能といっていい。だが一つで駄目なら二つ三つと重ねるのみ。
十三の大砲の照準が全て九天牙戟へと向けられた。
「小癪ゥ! 串刺しにしてやれ、無尽剣リヴァイテス!」
「……! あの剣は監督役の教会に突き刺さっていたのと同じものか!」
ランサーが新たに取り出したのは飾り気のない西洋剣だ。だがランサーが西洋剣に魔力を送り込むと、異常は直ぐに現れた。
剣が増えたのだ。それも一つ二つではない。十、二十、三十……宝具クラスの神秘を内包した剣がランサーの魔力で無尽蔵に増殖していく。
いけ、というランサーの号令。
三十を超える剣軍部隊が猛然とアーチャーに飛来する。
(不味いな、二つの攻撃に挟み込まれた)
アーチャーの大砲は全て九天牙戟に照準されている。如何な九つの概念を秘めた異形の矛といえど、ランサー自身の技量が超越者のそれでないことも手伝い、宝具のランクほどの突破力はない。勿論直撃すれば死ぬが、アーチャーの砲火をもってすれば撃ち落とせなくない威力だ。
だが大砲で九天牙戟を撃ち落とせば、ランサーが放ってきた無数の剣群をその身に浴びることになる。
簡単に増殖するから、無尽剣リヴァイテスは九天牙戟の破壊力はない。だから回避する必要などないと考えるのは早計である。九天牙戟ほどの破壊力がなくても、英霊を滅ぼすに足る神秘が内包されているのは同じだ。
一つ二つくらいが体を貫いても死なないかもしれないが、それが十を超えれば危ないかもしれない。死なずともかなりの消耗を強いられることは必至。
だからといって砲火を無尽剣リヴァイテスの迎撃に向ければ、九天牙戟がアーチャーの肉体を食い破ることになるだろう。
どちらを選んでも出血は不可避。
自分の武器を知り尽くしていなければ出来ない見事な戦術だ。これを冷静さを失い、本能的にやっているというのだから恐ろしい。
「だが例えなにが相手だろうと――――ボナパルトは必ず勝つ」
相手が無限のような手札をもとうと、決して心は折れない。勝利の意志を捨てはしない。アーチャーはずっとそうしてきた。そうやって勝利を掴んできた。これまでも、そして今回もだ。
本来の目論見通り九天牙戟へ集中砲火を浴びせる。その砲火で九天牙戟が撃ち落とされたか確認することなく、アーチャーは全神経を迫りくる剣群へ傾けた。
サーベルを抜刀。スキル皇帝特権により、剣術を発動。
戦術とは、或る一点に最大の力をふるうことを言う。九天牙戟に対して大砲による最大の力を浴びせ迎撃した。
ならば剣群に対しては騎士として最大の力をもって迎撃するのみ。
「はぁああああああッ!」
気焔をあげながら、サーベルを振るう。
雨あられと降り注ぐ宝具に一歩も退かず、まるで屈さず、ただ前と未来を見据えてアーチャーは敵を撃ち落とす。
時間にして数秒の交錯。
地面には撃ち落とされた九天牙戟と叩き落とされた無尽剣、そしてアーチャーの体を掠め血を啜った数本の刃が転がった。
「終わったと思って安心するんじゃねぇぞ!! ほぉら、まだまだァ!!」
次にランサーが手にとったのは束に蛇の意匠が施された黒槍。
九天牙戟に無尽剣リヴァイテス。冥馬が見たという黎命槍ルードゥスも合わせれば、これで四つ目の宝具をランサーは出したことになる。
「宝具の大盤振る舞いだな。万の剣を生産しようと、万の兵がいなければ持ち腐れだろうに」
明らかにサーヴァントの常識を無視した宝具の数々。だがもしランサーの正体がアーチャーの予想通りなら、それもなんらおかしいことではないだろう。
「さて。鬼が出るか蛇が出るか」
アーチャーは苦笑しながらも、ありったけの警戒を黒槍に向ける。
数が多いだけではない。ランサーの使う武器はその一つ一つが、英霊の唯一無二のシンボルとなってもおかしくないほどの力をもった必殺の宝具だ。ならばあの黒槍も恐るべき能力を秘めているのは間違いない。
「ご自慢の大砲で、これをどう受ける」
ランサーが槍を突き出した。
「――――!」
意表を突かれる。ランサーが槍を突き出したのはアーチャーにではなく、自分の真下にある地面。
まったくもって意味不明、錯乱した挙句の奇行にも見える行為。だが数多くの戦いを潜り抜けた歴戦の戦略家としての勘が、なにかが不味いと告げる。自分の生存本能が鳴らした警告であれば、それに従うのは是非もないこと。アーチャーは地面から跳ね飛び、転がっていた岩の上に乗る。
瞬間、アーチャーは自分の勘に従ったのが正解だったことを知る。
「地面から槍が生えてきた……?」
そう、ランサーが地面に突き刺したのと同じ黒槍が九本、さっきまでアーチャーが立っていた場所を串刺すように地面から生えてきたのである。
アーチャーは知らない。ランサーが新たに取り出したのは『多幻槍ビリアーラ』と名付けられた黒槍である。
多幻槍は多くの幻影の槍と書くが、現実には〝幻影〟などとは程遠い。地面から生えた九つの槍は全て分身した正真正銘、本物の槍だ。
一つの刺突を十の同時刺突へと変えてしまう魔法の槍。通常の刺突では一の刺突に重なるような九つの槍を生むだけだが、地面に突き刺せば、さながら針地獄のように九つの槍が大地より襲い掛かる。
「逃がすかァ!!」
ランサーはその場を動かず、狂気を顔面に張り付かせたまま槍を地面に突き刺していく。
事情を知らぬ者からすれば、狂人の凶行にしか思えぬ行動。だが黒槍の力を知ったアーチャーは、それが齎す恐ろしさを知っていた。
「無差別攻撃だな」
アーチャーの両足がついている場所から生えてくる九本の槍。アーチャーが逃げども逃げども、槍は執拗にアーチャーを追撃してくる。
だが九つの槍が地面から飛び出し、次の九つが飛び出すまではタイムラグがある。そのタイムラグを計算し、ランサーが地面に槍を突き刺す瞬間を見計らってアーチャーはどうにか槍を躱していった。
(とはいえ――)
地面から生えた黒槍は、アーチャーの行く道を塞ぐように連続に襲い掛かってくる。大砲を召喚して応戦しようにも、これでは召喚するタイミングがない。このままではジリ貧だ。
(厄介な宝具だ。だが俺の予想が正しければ、あの槍の力には穴がある)
地面を蹴り跳躍することで黒槍を回避し、その勢いですたん、とアーチャーは枯れ木の枝の上に着地した。
「む――――!」
ランサーの地面への刺突が止む。九本の黒槍は枯れ木を囲むように出現したものの、枯れ木から出現することはなかった。
「やはりそうか。どういう原理かまでは分からないが、その黒い槍は地面を〝突く〟ことで地面より九つの槍を生み出す代物。地面から生えてはいても、厳密に地面ではない枯れ木から槍を出現させることはできない。直接この俺の体から槍を出現できないのと同じで」
「小賢しい! 枯れ木に槍が生えないというなら、こォォォォォするまでのことだァァァァッ!!」
「……!」
地面から出現する黒槍が次々にアーチャーの立つ枯れ木以外の木々を破壊していく。
足場となる枯れ木を全て破壊して更地にしてしまえば、槍から逃れる安全地帯は消える。なんとも強引だが悪くない方法だ。
しかしやはりランサーは戦士ではない。激昂し思考回路が〝敵を殺す〟ということに一本化され過ぎている。思考が一本道ならば、その行動は読み易い。
アーチャーは自分が枯れ木を足場にすれば、ランサーがこういう行動に出ることを既に予想していた。
故に――――
「征くぞ、ランサー」
出し惜しみはない。この一瞬この瞬間に今の自分自身の最大を出し切る。魔力の集約と集中。その気配を嗅ぎ取ったランサーが地面への刺突を止めアーチャーを見た。
岩石を砕き、地面を抉る砲撃などアーチャーにとっては所詮ただの通常攻撃に過ぎない。謂わばセイバーが剣を振るうのとなんら変わらないことだ。
だがこれより解放されるのはそんなチャチなものではなく、アーチャーが頼りとする必殺の切り札だ。
「不細工な粗大塵を並べやがって……ッ! 貴様!! さては、血管を沸騰させて私を殺す気か!
だが断じてそんなことは許さん! 私の血管が沸騰し破裂する前に、貴様の息の根を止めてやるのみ! 小童が、死に晒せェぇぇえッ!」
黒槍の投擲。刺突ではなく投擲であっても槍は見事に与えられた機能を果たし、一つの投擲は十の投擲へと化ける。
が、僅かに遅かった。既にアーチャーの背後が全ての〝砲門〟が召喚し終え、その力の解放の刻限を今か今かと待ちわびている。
「暗闇に勝利の日輪を咲かせ、華と散れ。轟き咲く覇砲の大輪」
戦いという名のオーケストラ―を纏める指揮者が威風堂々とサーベルを振り下ろす。
瞬間、ダムが決壊したように溜めに溜められたエネルギーが解き放たれた。大雪原を消し飛ばすほどの大砲火が、たった一人の槍兵に暴風雨の如く殺到する。
十の黒い流星も日輪の炸裂に襲われれば成す術もない。哀れ黒槍は日輪に呑み込まれ滅び去ってしまった。
迫りくる日輪に、ランサーは舌打ちする。
「銃社会なんぞ糞喰らえだ塵芥。既にマスターのオーダーはこなしている以上、死ぬのは一向に構わんが、不細工な兵器に殺されるのは我慢ならん!」
並みの英霊であれば膝を屈する破壊の暴風。それを前にしてランサーは意地か矜持か。獰猛な笑みを深めた。
ランサーの全身にある筋肉という筋肉が固まり、頭脳は自らの『宝具』の性能を完全に発揮するためだけに回転する。そして、
「森羅万象を弾くがいい、羅封壁ホーリアスッ!」
ランサーの掌から出現する純白の九十九重壁。あらゆるものを通さぬ絶対防御の壁と、逆転の力を秘めた破壊の暴風が正面よりぶつかりあった。
忙しなく鳴る砲火の轟音。九十九重なる壁の一枚が鏡のように割れ突破される。九十九が破壊されれば次は九十八の壁が、その次は九十七が。暴風が壁を壊しながらランサーに突き進んでいった。
九十九重の防御壁たる結界宝具、羅封壁ホーリアス。これはランサーの宝具の中でも防御においては屈指の一品だ。並大抵の宝具は、この壁の半分を超えることなく力を喪失することだろう。
しかし欧州を圧巻し数多くの戦いで勝利してきた、英霊ボナパルトの象徴たる砲火の暴風は『並大抵』には含まれない。
壁は既に四十を破壊され、勝利の日輪は更に壁を呑み込んでいった。
「くっ……!」
だが苦悶が浮かんだのはアーチャーの側。
羅封壁ホーリアスは一つの宝具でありながら、九十九の壁は其々独立しておりその防御性に変わりはない。
対してアーチャーの『轟き咲く覇砲の大輪』は違う。壁を一枚破壊すれば、壁一枚分の威力を削がれてしまう。
そして優れた頭脳をもつアーチャーだからこそ分かってしまった。大砲火の暴風は、壁を十枚前後まで削り取ることは出来るだろう。けれど壁を完全に突き破り、ランサーの体へ達するには足らない。
同じことをランサーも気付いたか、ランサーは逆に勝利の笑みを浮かべた。
「私の羅封壁ホーリアスをここまで削りきったのは腹立たしい限りだ。だが不細工がどれほど足掻こうと不細工は不細工。不細工な玩具で、私の芸術的な機能美をもった宝具には勝てない」
自分の宝具の勝利を確信したからか、ランサーの激昂が収まっていく。
これは決してランサーの驕りでも油断でもない。羅封壁ホーリアスが〝轟き咲く覇砲の大輪〟を突破できないのは動かしようのない真実である。
奇跡があればどうこうではない。例え奇跡が起こっても僅かに届かない。これはそういう差だ。
「確かに俺の力はお前には及ばなかった。それは認めよう」
アーチャーは悔しがることなく、ポツリと呟く。
その時だった。暴風と白い壁が激突に目もくれず、木々の間から一つの小さな影が飛び出してくる。
四肢を覆うのは闇に溶け込むための黒装束。面貌が白い髑髏なのは自身が死の運び手であるという自負か。
「なに? アサシンだと――――!」
ランサーが新たなサーヴァントに気付くが、暴風を防ぐのに手一杯な彼には何も出来ることはない。
なまじ優れた結界宝具だったのが仇となった。白い壁がアーチャーの砲火を防ぎきっているせいで、アサシンはなんの障害もなく自分の仕事を達成できる。
アサシンは物音一つたてることなく背後からランサーに迫ると、白き槍兵の頭部に指を掠らせた。
それで終わり。アーチャーは先程までランサーが浮かべていたのと同じ笑みを浮かべる。
ランサーも〝それ〟で自分が死んだことを悟ったのか、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「ふん。ダーニックが用意するという、とっておきの報酬にも興味はあったのだがな。アーサー王かと思ったら偽物だったことといい、この私の最期といい聖杯戦争というのはつくづく拍子抜けの連続だ」
ランサーがだらんと両手をさげ苦笑した。
「ま、酒に女に美食に娯楽に。それなりに愉しませて貰ったさ。契約終了、マスターたちの幸運を祈る」
空想電脳、と小さく呪言が唱えられた。最期に朗らかに笑うと、ランサーの脳髄に送り込まれた呪いが炸裂し頭部が爆散する。
ランサーが死亡して盾から力が失われたのか、破壊の暴風は壁を呑み込みランサーのいた場所を蹂躙し尽くした。
そこには既にランサーを殺した死神はいない。アサシンは離れた岩陰に隠れ、白い髑髏の面をアーチャーに向けていた。
「フッ。これで借りは返した」
「…………」
アーチャーはそれだけ自分のマスターを直接殺したサーヴァントに言うと、冥馬の後を追って大空洞へ侵入していった。
後に残るのは静寂だけ。アサシンは暫く大空洞へと続く横穴を眺めていたが、やがて風の吹く音と共に闇へ消えた。
『お疲れ様です、アサシン』
ラインを通してマスターからの労いがアサシンへと届く。
円蔵山の木々を目にも留まらぬ速度で潜りながら、アサシンは息を潜めた声でかぶりをふるう。
「……誉められることではありませぬ、御主君。恐らく私がランサーを討ち取ったのはアーチャーの掌で躍らされただけのこと」
アーチャーの『借りは返した』という発言。
彼の英雄のことだ。自分のマスターが殺された時のように、自分がどこか物陰に潜み虎視眈々と自分達の戦いを伺っているのを分かった上で、あのタイミングでの宝具解放に踏み切ったのだろう。
ナチスに利用されてアーチャーのマスターを殺したアサシンを、今度は自分が利用してナチスのランサーを殺す。これがアーチャーなりの意趣返しといったところか。
『つまり私達はまんまとアーチャーに利用されたということですか?』
「左様。が、気にする必要はないかと。我はアサシン故、利用されるのは慣れた事、寧ろ本分。それになにがどうあれアーチャーのマスターとランサー、二つの命を摘み取ったことに変わりはない」
『それもそうですね』
ナチスに利用され、アーチャーに利用されようと最終的な勝利者は最後まで立っていたマスターとサーヴァントだ。
間桐狩麻とランサー。厄介な障害二人を労なく取り除けたのだと思えば悪いことではない。
「御主君。それよりもアーチャーを追って大空洞へ踏み込まなくて良かったのか? 大聖杯がナチスに奪取されれば、私も御主君の悲願も泡沫の夢と消える」
『……貴方の話を信じないわけじゃありませんけど、にわかには信じられない話ですね。大聖杯のこともそうですけど、ナチスが大空洞に安置された巨大魔法陣を奪おうとしているなんて。
私のような一介の魔術師、いえそれ以下の失敗作の私からしたら話の規模が大きいで済む話じゃありません』
「しかし私が得た情報と、遠坂冥馬たちの動きを見る限り信憑性は高いと思うが――――」
『だから疑ってはいません。ただ大空洞のように逃げ場のない密閉した場所では、暗殺者の貴方は不利でしょう。私も貴方も、真っ向からの勝負じゃひ弱なんです。危険に飛び込んで身を晒すようなことは避けなければ』
「成程。大空洞へ赴きアーチャー等に加勢しようと、我々がやられてしまっては無意味。ならばいっそ戦いに手を出さずにいると」
『はい。それになんにもしなかったわけじゃありません。なにはともあれランサーを倒したのは貴方なんですから。助力はもう十分でしょう。後は彼等に任せましょう』
「では――――」
アサシンは円蔵山周辺で待機。またなにか動きがあれば、臨機応変に行動する。ベストなのは遠坂冥馬とナチスが相打ちになることだが、そこまでは流石に望み過ぎだろう。
魔術師にとって死の化身たる暗殺者は、柳洞寺の山門の上に着地すると月を仰ぎ見た。
【元ネタ】???
【CLASS】ランサー
【マスター】ダーニック・プレストーン・ユグドミレニア
【真名】???
【性別】男
【身長・体重】181cm・75kg
【属性】混沌・中庸
【ステータス】筋力B 耐久D 敏捷A 魔力A 幸運E 宝具??
【クラス別スキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
【固有スキル】
狂化:D
筋力と敏捷のパラメーターをランクアップさせるが、感情のタガが外れ、冷静な判断力を失う。
ランサーの場合、彼の逆鱗に触れることをした時のみこのスキルの効果が適用される。