セイバーと相馬戎次の戦闘機によるドッグファイトは熾烈を極めた。
帝都上空で本来この帝国を守るために造られたはずの戦闘機同士が、機関砲をばら撒きながら、交錯し踊り飛ぶ。
地上から二つの鋼鉄の戦いを見上げた者がいれば、流星同士が飛び交っているように見えたことだろう。
騎士として幾多の戦いで人馬一体となり戦場を駆け抜けた白銀の騎士と、現代の人間でありながら英雄に比肩しうるほどの天稟をもつ相馬戎次。
二人の操る戦闘機は共に最新技術だけではなく〝魔術〟という本来科学と相反する力によって補強され性能を増幅させている。
両者を比べた場合、パイロットとしての腕では経験者である相馬戎次に、機体性能でいえば魔術師の英霊たるキャスターが強化を施したセイバーに分がある。
技量と性能。お互いがお互いに其々で一歩優位だからこそ、両者の戦いは完全に拮抗していた。
だからこそ――――
「悪いねえ。助けて貰っちゃって」
その均衡を崩す存在、即ち援軍の到着が勝敗を決定付ける。
「あれは」
セイバーが目を見開く。
相馬戎次の戦闘機の直ぐ横に空間をガラスのように割って、ライダーが出現した。
空間転移、限りなく魔法に近いとされるそれが、魔術師ではないライダーのサーヴァントに出来る筈がない。ライダーが空間を跳躍したのは戎次の令呪によるものだ。
ライダーの出現。これで数の上では1:2、だがそれは相馬戎次が有利になったことを意味しなかった。そのことを証明するように上空から戎次とライダーに火炎放射が襲い掛かる。
「フッ。待っていたぜ、キャスター」
操縦桿を握りしめながらセイバーは口端を釣り上げる。
二機の鋼鉄が戦う天空の更に上に、聖書に刻まれし神の炎(ウリエル)の如く炎翼を広げ蒼い騎士が戦いを睥睨していた。
服は煤け明らかにダメージを負っているライダーと、五体満足でニヒルに笑うキャスター。セイバーが馬鹿でも、両者の戦いがどういうものだったかは一目瞭然だった。
「最弱のサーヴァントが騎兵を逃げ惑わせている間、そちらはマスター相手に見事な戦いぶりだな。流石は最優のサーヴァントだ」
「いやぁ。それほどでも」
「褒めてない。阿呆には皮肉も通じないか。……加勢する」
「おう!」
キャスターの皮肉など気にすることも――――そもそも意味を解することなく、セイバーはキャスターと呼吸を合わせて同時に攻撃を仕掛ける。
魔術の英霊の魔力を纏い炎熱を帯びた機関砲と、変幻自在に形を変える炎の蛇。直線と曲線の同時攻撃にはさしもの相馬戎次の腕をもってしても対処しきれない。
ライダーが傷ついた体で作り出した氷壁もむなしく、戎次の戦闘機の動力に致命的な一撃が届いた。
「まだ、まだぁ……っ!」
「!」
しかし相馬戎次もただではやられない。自分の乗る機体がもう保たないと瞬時に悟ると、全速力でセイバーのゼロ戦に特攻を仕掛けてきた。
「英霊だかなんだか知らんが、良く聞けフランスの。お前の乗るそれはこの国のもんだ。今直ぐ物理的に降ろしてやる!」
「げっ。避けきれ――――」
鬼気迫る捨て身の特攻にキャスターの援護も間に合わない。
戦闘機は最新技術の結晶、つまりは精密機械の塊だ。如何にキャスターが魔力を纏わせたといっても、戦闘機ほどの質量に突撃させれば中身が耐え切れない。
空中でぶつかりあった二機の戦闘機は、お互いの弾薬と火薬とを巻き込んで爆発した。
搭乗者たちが常人であれば、この特攻によって二つの死体が生まれただけだったろう。だが搭乗者はどちらも人間を超えた力を持つ者。機体同士が激突した瞬間、両者は機体から飛び降りていた。
地面へと落下しながらも騎士とサムライ、東西の戦士たちの戦意は消えない。セイバーは聖剣を、戎次は妖刀を抜く。
「逃がさん!」
キャスターは魔力で勢いをつけると、落下していく戎次を追撃する。
だが流星となって落ちるキャスターを氷柱の雨が妨害した。
「女の相手をしている最中に他人に余所見ってのは紳士的じゃないね。ショックだよ」
「……人を寝取り男みたいに言わないで欲しいな。真に遺憾だ」
絶好の機会に戎次を倒して勝敗を決めたいキャスターと、それを妨害するライダー。
二騎のサーヴァントがぶつかる間にも、二人の男は落下しながら切り結んでいた。
「うぉぉおらぁあああああああ!」
「そらぁああああああ!」
戦闘機の次は、空中で剣と刀の殺陣。
相馬戎次は優れた剣士だ。現代の人間でありながら、その技量は並みの剣の英霊に引けをとりはしないだろう。
だが変則召喚によるハンデで霊格が著しく落ちたといえど、セイバーはシャルルマーニュ十二勇士で最強と謳われた騎士。剣技で、単純な力で、剣速で相馬戎次を上回っている。
「そらそらそらーーーーッ!」
セイバーは目にも留まらぬ高速剣で相馬戎次を圧倒する。けれど剣の腕が良い方が必ずしも戦いの勝利者というわけではない。
戎次にとっては不幸中の幸いというべきか、人の利はセイバーにあっても地の利は戎次にあった。
「怨!」
どこの国の言語とも一致しない文字が描かれた札が空中にばら撒かれる。
ばら撒かれた札は戎次とセイバーを囲むように舞う。そして戎次はばら撒かれたお札を足場に、空中での跳躍を実現した。
「どらぁぁあッ!」
空中跳躍から首を狙っての一斬。意表をつかれながらも、セイバーは聖剣でそれを受け止める。
空に投げ出されれば落ちるしかないセイバーと、魔術を使い空中でありながら跳躍を可能にする戎次。この優位性が技量と力の不利を補い、再び両者を拮抗状態へと持ち込む。
だがさっきまでの拮抗状態と違うのは終わりが見えていること。即ち地面という終着駅への到着だ。
いよいよ地面が近付くと、戎次はお札を足場に跳躍することで距離をとり。セイバーはそのまま地面へと着地した。
何の因果か。フランス最強の騎士と、帝国屈指の剣士が降り立ったのはこの国の政の中心。国会議事堂の上だった。
「無事かい?」
戎次の傍に、頬に火傷のあるライダーが降りたつ。
「おう。親から貰った両手両足に頭に胴体。全部万全だ。ライダー、お前ぇこそ大丈夫か?」
「向こうの男に傷物にされちゃったから、近くで突いたり斬ったりは無理だけど遠くから援護するのは問題ないよ」
「―――――如何わしい表現はやめろ」
眉間に皴を寄せて、キャスターもセイバーの隣りに着地した。
キャスターにはライダーほどのダメージはないが、ライダーの必死な攻撃によるものだろう。氷柱がキャスターの腹に突き刺さっていた。
眉一つ動かさず氷柱を抜いたキャスターは、自分の返り血の付着したソレを焼き尽くし処分する。
「二対二だな」
魔術と剣を操るキャスターと、聖剣をもって戦うセイバー。
魔術と刀を操る相馬戎次と、固有結界を駆使するライダー。
似たような性質の強者と、性質の異なる強者による組み合わせ。
自分で頭を使う事に向いていないセイバーは、マスターがいない以上、自分の剣を一時キャスターに預けている。そしてライダーのマスターは相馬戎次。
戦いの指揮権をもっている二人の〝魔術師〟は油断なく睨みあった。
「ライダー……やれんな?」
戎次が確認の質問を己がサーヴァントにする。張りつめた空気、察するに宝具発動の合図。
「フ。私を誰だと思ってるんだい。世界を一つや二つ塗り替えるのなんて楽勝だよ」
世界が振動した。
自然現象の具現たるライダーの宝具、常冬の大雪原という心象が世界を塗り替えていく。セイバーには良く分からなかったが、魔術師であるキャスターはその予兆を把握することができた。
猛然と吹き荒れた冷風に目を瞑る。
次に目を開いた時、国会議事堂というこの国の中心の上に立っていたキャスターとセイバーは、白い雪が腰までつもる雪原にいた。
「アーチャーからライダーの宝具については聞いていたが……さ、さむっ!」
幾多の戦いを駆け抜けた万夫不当の騎士たるセイバーがもつ対魔力も、この極寒の寒さには意味を為さない。
過去・現在・未来において幾人もの英雄の野心を打ち砕いた『冬将軍』は、その猛威をもって敵対者の魔力と体力を奪っていった。
唯一人を除いて。
「こんなものか貴様の宝具は。だとしたら拍子抜けも良いところだな」
キャスターは命すら凍てつかせる極寒にあって、まるでなんともないように平然と立っていた。
「ふん。やせ我慢かい? アンタは魔術師、体を温める方法くらいあるだろうさ。これが普通の極寒ならねぇ。だけどこれはただの極寒じゃない。キャスターのアンタなら分かるだろう」
これはただの極寒ではなく、冬将軍が具現化した固有結界だ。体を温める魔術程度でどうこうなるものではない。
魔術では、だが。
「ライダー、相馬戎次。お前の戦術は間違いじゃなかった。だが今回ばかりは相手が悪かったな」
「なんだって? …………なっ!?」
パァとキャスターの体が淡く輝いていく。するとみるみるうちにキャスターの周囲の雪が溶けだし、寒風は温暖な心地よい風へと変化していった。
「おっ。寒さが消えたぞ」
「っ! 体から熱波を出すなんて。それがアンタの能力――――いや宝具!? そんな、私の固有結界をピンポイントで無効化する宝具なんて、そんな馬鹿なものが――――」
「擬人化した自然の化身であるお前は星の一部とすら言ってもいい存在だ。人の世で生きる者ではなく、人の世を包む存在。だからこそ知らなかったようだな。運命の女神っていうのは、不細工で性格の悪い糞みたいな女だということを」
体が温かくなったことを喜ぶセイバーと、自分自身の猛威が無効化されていることに焦るライダー。剣士と騎兵、二騎のサーヴァントの表情は実に対照的だった。
「洗濯物を乾かすか暖房がわりに使えるだけの、戦いには一切役に立たない能力だと思っていたが。世の中なにがどこでどう役に立つか分からないものだ」
アーサー王の義兄としてではなく、サー・ケイ自身の象徴。それこそがサー・ケイの特殊能力の具現たる『巨栄の肖像(トゥルフ・トゥルウィス)』である。
自身の与えたダメージに回復阻害の効果を与え、手から炎を出し、己の身体を変幻自在に操り、水中で息継ぎなしで行動し、魔力不足・ダメージ以外で体力を消耗せず、そして体から熱波を出す。
一つで全く別の複数の力を発揮する珍しい宝具だが、サーヴァントとしての武器としての性能は三流もいいところである。
だが能力の一つ、体から熱波を出す。
この一見すると戦いにおいてまるで役に立ちそうにない能力が、厳しい冬の具現たる『冬将軍』を無効にするにはこの上なく有効だった。
「ライダーは怯んでいる。行くぞ」
「おう! 今度は俺の番だ、任せておけ!」
円卓の騎士、十二勇士。時代の異なる二つの騎士道物語において、誉れ高い王に仕えた二人の騎士は、選定剣と聖剣を構えライダーに襲い掛かっていった。
「くっ! 幾ら寒さを無効にできるからって……」
寒さが無効化されたからといって、この固有結界内はライダーにとって優位な地形効果だ。この固有結界に身を置く限りにおいて、ライダーは通常の倍の戦闘力を発揮できる。
ライダーは雪崩を引き起こして、キャスターとセイバーを呑み込もうとした。
「邪魔だ」
だがキャスターが両手から炎を出して、雪崩を堰き止める。
「今だ、行け!」
雪崩が堰き止められた隙をついて、セイバーがライダーに突っ込んでいった。
狙うのは無論ライダー。キャスターに劣るライダーの白兵戦能力ではセイバーには勝てない。
「させっかァ!」
だからこそセイバーと切り合える相馬戎次が、ライダーを庇うように前へと出た。
相馬戎次の妖刀であればセイバーの聖剣とも打ち合える。相馬戎次の技量ならばセイバーとも切り合える。
そう思っていた相馬戎次は、未だ聖杯戦争における真の戦いがどういうものかを理解してはいなかった。
「キャスターにばっかし良い格好をさせるわけにはいかないからな」
これまでセイバーの手に握られ、数多の敵と切り結んだ聖剣。されどその聖剣は、これまでの戦いで一度たりとも真価が発揮されたことはなかった。
その真価が漸く発揮されようとしている。
「天使より授けられ、王に賜りし輝煌の剣よ。我が祈りに答え、三つの奇跡が一つを示し給え」
セイバーの全身が張りつめ、聖騎士の全神経がこの一瞬、聖剣を振るうためだけのモノとなる。
戎次は咄嗟に妖刀を前へ突き出して防御しようとするが、防御などこの聖剣の一斬にはなんの意味もない。
「斬り屠る不滅の剣!」
真名の解放。何の脚色もない。万理万象を〝斬る〟という概念が発動する。
神秘とはより強い神秘によって破られるもの。であれば〝絶対に斬る〟という概念をもつ不滅の刃と、あらゆる者を死へ誘う妖刀とではそもそもの格が違った。
これまで黄金の選定剣やアーチャーのサーベルと切り結んできた妖刀が、至高の一斬に両断される。妖刀は聖剣を受け止めることすらできず、その刃は振りきられた。
返り血が舞う。
「なっ!」
返り血がセイバーの鎧を染める。だがそれは戎次のものではなかった。
白い雪を赤く染めた血は戎次からではなく、刃が戎次を斬る寸前で割って入ったライダーから噴出している。
「ライダー、お前ぇ」
「ふ、ふふっ」
固有結界を維持していたライダーが深手を負ったからだろう。大雪原が消滅し、元の国会議事堂へと戻ってきた。
「悪いけど、戎次は殺させないよ。これでも私のマスターだし、ねぇ!」
「――――!」
雪の竜巻、そう表現するしかない。雪風がセイバーを足止めすると、ライダーは有無を言わさず戎次を抱き抱え飛んで行った。
セイバーは手に白亜の角笛を出現させて、逃げるライダーたちを睨むが、やがて出した角笛の力を解放することなく消し去る。
「どうして追わない?」
キャスターが尋ねる。
「――――ライダーはもう死ぬ、助からない。なら……いいんじゃないか?」
「…………甘い男だ。だが確かに、死にかけの狼は五体満足の虎より恐ろしいものだ。無理に追うよりも、お前のマスターの方を助けに――――むっ!」
「どうした?」
「悪いが後はお前達でなんとかしてくれ。マスターが呼んでいるらしい」
そう言うとキャスターの体が忽然と帝都から消滅する。
これが何を示しているのか馬鹿なセイバーでも分かった。
令呪の発動。大聖杯奪取を阻止するためナチスと戦っている冥馬が、キャスターを呼び出したのだ。つまり令呪を発動しなければならない抜き差しならない事態が、あちらで発生したということでもある。
「あっちは大丈夫なのかな?」
キャスターが冬木に戻った今、セイバーの問いに答えてくれる者はいなかった。
【元ネタ】ローランの歌
【CLASS】セイバー
【マスター】リリアリンダ・エーデルフェルト
【真名】ローラン
【性別】男
【身長・体重】190cm・80kg
【属性】中立・善
【ステータス】筋力B 耐久B 敏捷C 魔力B 幸運C 宝具A+
【クラス別スキル】
対魔力:A
A以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷をつけられない。
騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
【固有スキル】
勇猛:B
威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
また、格闘ダメージを向上させる効果もある。
戦闘続行:A
生還能力。
瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。
心眼(偽):B
直感・第六感による危険回避。
【宝具】
『斬り屠る不滅の剣(デュランダル)』
ランク:A+
種別:対人宝具
レンジ:2~4
最大捕捉:1人
〝絶世の名剣〟による、あらゆるものを〝絶対に切る〟至高の斬撃。
デュランダルの一振りの前にはあらゆる防御は無意味となる。
この一撃から身を守るには剣に触れないか、剣の概念を上回るほどの神秘による防御が必要。