アーチャーの大砲が火を噴き、キャスターの掌から火が噴出する。
砲火と火炎による同時攻撃はしかしクリストファー・フリードリヒという規格外のサイボーグに傷一つ与えることができないでいた。
『キャスターに続き、こちらに敵対行動をとる敵兵を確認。照合………敵兵の顔と装備がサーヴァント・アーチャーと完全一致。目標排除のための障害として、新たにアーチャーをキャスターと同等レベルの排除対象と見なします』
サイボーグであるクリスに動揺はなく、どちらも大の男が一人で扱うのがやっとという大剣二振りを風車の如く振り回しながら斬りかかってくる。
アーチャーが加わったとはいえ、アーチャーにもこの埒外の化物と互角にやりあう力はない。大砲で弾幕を張りながら後退する。
だが残念ながら弾幕は弾を浴びてダメージを負う者だけに通用する壁。砲火など物ともしない化物に弾幕など目晦ましにしかならない。
弾幕をその装甲で完全に弾き、鋼鉄の怪物は瞳から緑色の光線を放ってきた。
「躱せ!」
「言われずとも――――」
キャスターの言葉よりも早く、アーチャーは身を翻して光線を回避する。
第一射は避けたが、拳銃と違い光線はエネルギーが尽きるまで弾切れというものがない。第二射、第三射、第四射、第五射。破壊光線の連射がアーチャーを、キャスターを、そして冥馬を襲う。
「くそっ。あいつのエネルギーは無限か?」
キャスターが毒づく。
クリスが放ってくるのは光線だけではない。全身からは紫電を放ち、肩部からはマシンガンのような魔力の塊をばら撒き、割れた腕の皮膚からは高圧のカッターが飛ぶ。
世界で一番頭のおかしいトリガーハッピーでも、ここまでド派手なことはやらかさないだろう。サイボーグ一人というより、一個大隊の火力に晒されている気分を三人全員が共有した。
「……いや無限なんていうのは有り得ない」
「冥馬?」
キャスターの言葉を、冥馬は猛攻撃を避けながら否定する。
「無限。言うのは簡単だが本当に無限のエネルギーなんてない。無限なんていうのは大抵、数を数えきれないほどの数に、数えるのを諦めた人間が生み出した幻想。この世にある大凡の無限はどこかに限界のある有限の中の無限ばかりだ。
大体、擬似的なパチモノなら兎も角。正真正銘の永久機関なんていうのは魔法の領分。どれだけナチスの科学力が凄かろうと、そう簡単に魔法を魔術へ堕とせるほど、残りの五つは甘くない」
「…………そうだな」
自身も魔術師であるキャスターだからだろう。冥馬の反論に更なる反論を重ねることもなく、自分の間違いを受け入れた。
そう――――無限などはない。しかし無限はなくても無尽蔵ならどうか。尽きること無き莫大なエネルギー、有り過ぎて使いきれない程の力。それならば可能かもしれない。
「と、無限だろうと無尽蔵だろうと大して変わらないか」
クリスの魔力が無限だろうと無尽蔵だろうと、この戦いの中でエネルギー切れを起こさないなら同じことだ。
「そうかな」
だがアーチャーはそんな冥馬の言葉を否定する。
「俺は魔術師ではない。だが魔術師の事は知っている。魔術の原則は等価交換なのだろう。サーヴァントを死に至らしめるほどの魔力がある光線。それにどれほどの魔力が要るか、魔術師ならば俺以上に分かるだろう?」
「…………」
アーチャーの言う通りだ。サーヴァントを殺すほどの光線など、そう易々と放てるようなものではない。冥馬の切り札である宝石を一つ使い潰して、果たしてサーヴァントを殺しうるだけの火力を生み出せるかどうか。そんなところだろう。
仮に生めたとしても宝石一つにつき一発では、十数発も撃てばもう弾切れだ。だがこれまでの戦いでクリスは十数発どころか、五十連発以上の光線を放っている。宝石でいえば五十数個分の魔力を消費している計算だ。
「私見を述べさせて貰えば。ナチスとやらの技術はこれまでも見てきたが、これほどの魔力を生み出すほどの魔力炉を生み出す技術は連中にもないだろう。俺の知る最も優れた魔術師でも、これほどの魔力炉を造るなど不可能だ」
世界で最も有名な魔術師を知るキャスターが言うと非常に説得力がある。
最大の知名度を誇る騎士道物語における、最大の魔術師ですら不可能だという無尽蔵の魔力を生む魔力炉。それがクリストファー・フリードリヒの体内にあるのだとして、一体どこの誰がそんなものを作り上げたというのか。
サイボーグなんてものを生み出したナチスでも不可能だ。ロディウスやダーニックという魔術師も有り得ないだろう。魔法使いならば例外が適用されるかもしれないが、現代の魔術師に彼の大魔術師に出来ないことが出来るはずがない。
だとすれば、残る名前は一つしかなかった。
「ランサーだ」
アーチャーがきっぱりと断言する。真実を確信している迷いない瞳で。
「ランサーだって? 神話の時代の英霊なら、こんな魔力炉を生み出せる奴がいても不思議じゃないが、ランサーは槍兵……。キャスターじゃないんだぞ」
「冥馬。俺はこの空洞の入り口でランサーと戦い、この目でしかと見た。宝具は一人につき一つという原則を真っ向から無視する、多種多様な宝具を次々に取り出しては操るランサーを」
「――――!」
冥馬は柳洞寺の戦いを思い出す。生ある者にしか触れられない槍、九つの月牙をもつ戟。どちらも相当な神秘をもつ紛れもない宝具だった。
「それにあのサイボーグに、ここに来るまでに倒されていたサイボーグもそう。明らかに宝具と思わしき大剣を装備していた。サイボーグの宝具も合わせれば、ランサーはどれほどの宝具を持っているというのだ?」
「それは――――」
数えきれない。例え倒したサイボーグを並べ、アーチャーが見たという宝具を一つ一つ足していっても、他にまだないとも限らないのだ。
無限、ついさっき自分で否定したばかりの二文字が冥馬の脳裏に浮かび上がる。
「だがなにもおかしいことはない。ランサーの宝具は槍でもなければ、そもそも形あるものでもなかった。
奴の宝具、それは宝具を生み出す能力そのもの。奴は宝具を生み出す宝具をもつサーヴァントだったのだ」
「っ!」
宝具を生み出す宝具をもつサーヴァント。そんな宝具をもつサーヴァントが召喚されることなど前代未聞だ。だがしかし切って捨てることもできない。
サイボーグが宝具を持っていたこと、ランサーが複数の宝具を使い分けたこと、クリストファー・フリードリヒの無尽蔵の魔力を生む魔力炉。
ランサーの宝具が『宝具を生み出す能力』ならば、これらの疑問全てに説明がついてしまうのだから。
「道理で強いわけだ」
キャスターが冷や汗を流しながら呟いた。
「俺達サーヴァントは過去の英雄。過去に猛威を振るった力の再現。だがあのサイボーグは英雄が跋扈した神話の力と、現代の最先端を更に先を行く科学。その二つの力が融合している」
過去の力であるサーヴァントと、現代の力である戦闘機や戦車という近代兵器。
その両方の性能を継承し過去と現在、双方において猛威を振るうことを許された究極の兵器。それこそナチスがこれまで投入してきたサイボーグたちであり、その一つの究極系がクリストファー・フリードリヒだったのだ。
過去と現在の強さを併せ持つのは誇張でもなんでもないことは、単騎にてサーヴァント二騎士が圧倒されている現状がなによりもの証明だ。
『――――停止』
ふとこれまで一個大隊の一斉砲火染みた火力を放出していたクリスが、全ての砲門を閉じて攻撃を止める。
『敵兵。射撃武器に対して高度な回避スキルを持っていると思われます。またこれ以上の中~遠距離武装での戦闘は、大佐の計画に支障をきたすおそれがあります。
よってこれより白兵戦を主体とした近~中距離戦闘で敵兵の殲滅を開始します。殲滅開始』
一瞬だけ故障と期待した冥馬は舌打ちする。
なんのことはない。遠くからバカスカ撃ちまくる戦法から、近付いて切り殺すという、アーチャーが駆け付けるまでの戦法に戻したまでのこと。
クリスの戦法が変わったところで、こちら側の不利は一切変わっていない。
「どうする? 相手の動力炉を生み出した奴が分かったところで、打開策なんてあるのか? ちなみに俺は必死に考えても全然思いつかないぞ」
「…………」
沈黙。口達者のキャスターすら声を発することのできぬ戦力差。
やはり最古と最新、二つの力を兼ね備えた怪物には、魔術師も英霊も敵いはしないのか。
「いや――――魔力炉がランサーの手によるものならば、余があれを止めよう」
「!」
アーチャーが前ではなく後ろへ、これから自分のすることが決して妨害されないよう下がった。
契約を通して冥馬に伝わってくるアーチャーの気配の変化。
(これは)
垣間見たアーチャーの横顔はまたも一変していた。
陽気で華麗なナイトでもなければ、威風堂々たる姿で幾多の戦勝を掴み取った英雄でもない。国を治め、万民を統率し、秩序を齎した帝王の気配。アーチャーが纏っているのはそれだ。
「キャスター! 一秒でも五秒でもいい! クリスの足を止めろ! 俺も援護する!」
本能的に冥馬は叫んだ。
「チッ。アーチャーめ。俺達に奥の手を隠しておいたな」
冥馬の切り札である宝石三つとキャスターの魔力も合わせての防御結界。濁流すら防ぐ防波堤だったが、クリスという雪崩を堰き止めることは叶わなかった。
たった数秒で防壁が突破される。しかしその数秒でアーチャーの――――否、皇帝ボナパルトの準備は完了していた。
「余は回顧する。余の偉業は幾多の戦勝に非ず―――――我が法典こそ我が功績なり」
アーチャーの掌から出現したのは辞書ほどの分厚さのある本だった。
英霊にとっての宝具が己の誇りの象徴だというのならば、その本こそがナポレオン・ボナパルトが誇る真の切り札にして宝具。
「尊き革命の法典(コード・ナポレオン)」
英雄ボナパルトの最大の功績。それは断じて幾多もの戦いに勝利し、ヨーロッパを圧巻したことなどではない。
ナポレオン法典。またの名をフランス民法典。人類史上初の近代的法典の制定だ。
彼の征服戦争が世界地図の勢力図を塗り替えたのであれば、彼が制定したこの法典はあらゆる国々に伝わり、人々の意識そのものを変革した。人類の歴史を次のステップへと進めたのだ。
この偉大なる功績の前では、幾多の戦勝も征服の軌跡すらもちっぽけで取るに足らないものに過ぎない。
『動力炉に致命……的な……エラー……エ……ラー……ハッセ……』
あれだけ縦横無尽に暴れまわっていたクリスの動きが停止する。
尊き革命の法典――――ナポレオン・ボナパルトの真の切り札は真名解放により五つの奇跡を実現する力をもつ。
その奇跡の一つ。人類の意識そのものを変革し、人類史を次の段階へとシフトさせた革新者としての力。
〝自身より過去の奇跡、即ち宝具の効果の瞬間解除〟
ランサーからクリストファー・フリードリヒというサイボーグに与えられたとはいえ、これはランサーが生み出したランサーの宝具でもある。クリストファー・フリードリヒが魂をもつ人間であれば、その魔力炉はクリストファー・フリードリヒの宝具として扱われただろう。だが魂をもたぬ無機物が、宝具の担い手となることは有り得ない。
そしてランサーはナポレオン・ボナパルトよりも過去の英霊であり、過去の伝説だ。
宝具の効果は正しく発揮され、クリストファー・フリードリヒの魔力炉は完全に停止する。
「今だ、キャスター」
「言われずとも」
完全に動作を停止したクリスにキャスターが斬りかかる。
クリスの装甲は単純に硬いわけではない。クリスの内部にある魔力炉が生み出す膨大な魔力で、その防御力を格段に底上げしていたからこそ、砲撃すらものともしない鉄壁の耐久力を得ていたのだ。
ならば莫大な魔力を生んでいた魔力炉が停止してしまえば、もはやその鉄壁はないも同然。
黄金の選定剣は容赦なく最新科学と古の伝説の合成した兵器を両断した。
【元ネタ】史実
【CLASS】アーチャー
【マスター】遠坂冥馬
【真名】ナポレオン・ボナパルト
【性別】男
【身長・体重】172cm・60㎏
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力B 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運B 宝具A++
【クラス別スキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
単独行動:B
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。
【固有スキル】
皇帝特権:B+
本来もち得ないスキルも素養が高いものであれば、本人が主張することで短期間だけ高いレベルで獲得できる。
該当するスキルは騎乗、剣術、気配感知、陣地作成、算術、占術など。
カリスマ:B
軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において自軍の能力を向上させる。
カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで十分と言える。
軍略:A+
一対一の戦闘ではなく、戦争における戦術的・戦略的直感力。
自らの宝具の行使や、逆に相手の宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。
星の開拓者:EX
人類史においてターニングポイントになった英雄に与えられる特殊スキル。
あらゆる難航、難行が“不可能なまま”“実現可能な出来事”になる。
【宝具】
『轟き咲く覇砲の大輪』
ランク:A+
種別:対軍宝具
レンジ:1~100
最大捕捉:200
類稀な才気によりヨーロッパを圧巻したアーチャーの英雄性の具現としての宝具。
召喚・展開したグリボーバル砲による正確無比な集中砲火は、古今無双の精鋭ですら消し飛ばす。
敵の戦力に自身の戦力を引いた分だけ破壊力を増す特性をもっており、その性質上、追い詰められれば追い詰められるほどの破壊力を増大していく。正に〝逆転の一撃〟である。
『尊き革命の法典』
ランク:A++
種別:対衆宝具
ナポレオンが「後世私が評価されるとしたら多くの戦勝でなくこの法典によるのだろう」とまで言った史上初の近代的法典。英霊ボナパルトの真の象徴にして切り札。
彼が〝星の開拓者〟のスキルをもつ所以でもある。
真名解放と共に五つのうち一つの効果を選択して発動する。
一つ、宝具を除いた相手より下のパラメーターを対象となった相手と同一にする。
二つ、神性などといった神々からの恩恵・祝福・呪いを全て無効化する。
三つ、特定の宗教を弾圧した逸話のある相手のステータスと宝具のランクを最大4ランク下げる。
四つ、対象または自身にかかった制約・呪縛・契約を解除する。発動には対象の同意が必要。
五つ、宝具の効果を瞬間的に解除する。ただし自身より過去の時代の英雄にしか効果はなく、また神造兵器は該当しない。
【Weapon】
『シークレットシューズ』
自分の身長が低いことを気にするアーチャーが履いている靴。
靴底の踵部分が厚くなっているので、自分の身長を大きく見せることができる。