――その人を、祖父の死を通じて見知った。
祖父の葬式の日、彼は母にしがみついていた。
どうして祖父は寝たまま何日も目覚めないのか、どうして皆が嘆いているのか。
身内を初めて喪った彼には、何故皆が嘆くのか、理解できぬ光景だった。並んで渋面を作る父や叔父を見て、「そういうものか」となんとなく流れを掴んで押し黙っていた。
瞬間、彼の目に、彼女が留まった。
祖父に手を合わせた後か、参列する人々とは逆方向を行く黒衣長髪の美女。微笑んでいた。彼の黒瞳には、群れのなか、逆行する雁のような異分子に映った。
――その人のことを、憶えていた。
その朝まで壮健だった父の横死。家臣に突然刺殺された。
揺れる百万石の領内。混乱する城中。
茫然と自分を見失う彼の、青く染まった双眸が彼女を捉えたのは、そんな最中だった。
百官入り乱れる中、粛々と別方向を歩く、黒衣長髪の美女。
微笑んでいた。
それは、時間が止まった中で動く特異点だった。死者の中、一人佇む生者だった。
そしてあの時と同じく、誰もが異質で異物に異を唱えることなく、その横を素通りして行く。
――見間違え様がない。
あれは、十数年前、出会ったあの女だ。
あの時と一寸たがわぬ美貌を保ち、己の前を横切った。
たまらず、声をかけた。
「おい、あんた!」
目が合った。
高い鼻、薄く朱を差した頬。
涼やかな美しい両眼が、ほんのわずかに見開かれる。
顔立ちは若く、施した化粧は、己を歳下に見せるためではなく、まるでませた子が親の道具を拝借して塗布したようだった。
それから、少女のごときそのいきものが、自分に優雅に笑んで、止める間もなく去って行った。
父は、呆気なく息絶えた。自らの配下の刃によって。
その犯人は、その場にて誅殺されたという。
だが、それが陰謀の一端であることを、彼、鐘山(かなやま)環(たまき)は己の身を以て知ることになる。