<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.38619の一覧
[0] 樹治名将言行録 ~鐘山環伝~【戦国時代風ファンタジー】 完結作品[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:34)
[1] 第一章:開花 ~大渡瀬の脱出~ プロローグ:黒衣の記憶[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:29)
[2] 第一話:黒衣の尼僧(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:30)
[3] 第一話:黒衣の尼僧(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:30)
[4] 第一話:黒衣の尼僧(3)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:31)
[6] 第二話:異形の才花(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:32)
[8] 第二話:異形の才花(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:33)
[10] 第二話:異形の才花(3)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:34)
[11] 第二話:異形の才花(4)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:35)
[13] 第二章:鬼謀 ~順門府よりの亡命~ プロローグ:玉衣の戦姫[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:36)
[14] 第一話:悪の契り(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:37)
[15] 第一話:悪の契り(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:37)
[16] 第二話:霊にて脅す(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:38)
[17] 第二話:霊にて脅す(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:39)
[18] 第二話:霊にて脅す(3)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:39)
[19] 第三話:陰る円月(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:40)
[20] 第三話:陰る円月(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:40)
[21] 第四話:小舟の旅立ち[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:41)
[22] 第三章:桃李 ~乱世の将星たち~ プロローグ:麻布、帰る[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:43)
[23] 第一話:羽黒の弟(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:43)
[24] 第一話:羽黒の弟(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:44)
[25] 第二話:羽黒の義兄(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:44)
[26] 第二話:羽黒の義兄(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:45)
[27] 第三話:環と村忠(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:46)
[28] 第三話:環と村忠(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:46)
[29] 第三話:環と村忠(3)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:47)
[30] 第四話:試し合戦(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:47)
[31] 第四話:試し合戦(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:48)
[32] 第四話:試し合戦(3)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:49)
[33] 第五話:篩 [瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:49)
[34] 第四章:光陰 ~出陣前夜~ プロローグ:落朝の闇[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:53)
[35] 第一話「表裏の議」[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:54)
[36] 第二話「公子二人」[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:54)
[37] 第三話「無明の問答」(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:59)
[38] 第三話「無明の問答」(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:59)
[57] 第四話「黎明への糸口」(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:59)
[58] 第四話「黎明への糸口」(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:59)
[59] 第五話「旭日の出立」(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 16:59)
[60] 第五話「旭日の出立」(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:00)
[61] 第五章:問答 ~干原の謀攻と番場城の攻防~ プロローグ:天下の答え[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:01)
[62] 第一話「色市始の答」 [瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:01)
[63] 第二話「諸将の議決」(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:02)
[64] 第二話「諸将の議決」(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:03)
[65] 第三話「桜尾家宿将の決定」[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:04)
[66] 第四話「環と始の決着」(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:05)
[67] 第四話「環と始の決着」(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:07)
[68] 第五話「羽黒と風祭の決戦」(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:08)
[69] 第五話「羽黒と風祭の決戦」(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:09)
[70] 第五話「羽黒と風祭の決戦」(3)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:09)
[71] 第六話「羽黒圭輔の問答」[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:10)
[72] 第七話「選択の前夜」[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:11)
[73] 第八話「環の問い、由基の答え」[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:11)
[74] 第九話「真実を問う」(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:12)
[75] 第九話「真実を問う」(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:13)
[76] 最終章:順問 ~干原の戦い~ プロローグ:忠臣立つ[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:15)
[77] 第一話「鼠の末路」(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:16)
[78] 第一話「鼠の末路」(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:17)
[79] 第二話「新風緑岳」[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:18)
[80] 第三話「月の大器」[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:19)
[81] 第四話「すべては、過ぎたこと」(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:20)
[82] 第四話「すべては、過ぎたこと」(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:21)
[83] 第五話「その手に掴むもの」[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:22)
[84] 第六話「血戦、干原」(1)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:24)
[85] 第六話「血戦、干原」(2)[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:26)
[86] 第七話「変わらぬ者と、変わる者」[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:26)
[87] 第八話「嵐晴れて」[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:27)
[88] 第九話「見えない足跡」[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:29)
[89] エピローグ:そして門は開かれた[瀬戸内弁慶](2014/11/29 17:30)
[90] あとがき[瀬戸内弁慶](2014/11/20 00:02)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[38619] 第四話:試し合戦(2)
Name: 瀬戸内弁慶◆9f1ec830 ID:6844227a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/11/29 16:48
 試し合戦は、最初ごく平凡な矢合戦から始まった。

 矢をつがえ、放ち、相手の反撃を木盾を押し出し防ぎ、再び矢を射返して前進する。

 その繰り返しで南北に分かたれた敵味方の軍は、じりじりと間を詰めていく。

 だが、その中でも幡豆由基は当然と言わんばかりの活躍を見せた。
 矢を三本、指の間に挟み込むと、ギリギリと引き絞る。
 そして、

 ひゅっ

 弦から離れた三本の矢は、さながら雀蜂のように、流線を描いて中空を馳せた。

 風切り音は一つ。それでも、向こう側から聞こえてきた悲鳴は、三つ。

 矢継ぎ早、とは良く言ったもので、射る時同様、精密な所作で二の矢、三の矢とつがえて放つ。

「羽黒方、一、討死!」
「同じく三! 討死!」
「六!」
「八、それまで!」

 各所に配された中立の目付から報ぜられ、観客よりどよめきと感嘆が漏れる。

「見たか!」

 と、誇らしげに胸を張ったのは、当人よりも幕僚として環の脇に控える色市始だった。

「舞鶴や大州なんぞいなくとも、我らには由基あり! 小賢しく卑劣な策など無用なのだ!」

 ――確かに。
 と、環は首肯する。
 一人が百人に相当する働き、と言っても過言ではない活躍だった。
 昔から見知った通り、彼女の弓の腕は百発百中。
 あるいは彼女には、あらかじめ矢の向かう先が見えているのではないか、と何度疑ったかしれない。

 これが一対一の尋常な立会いであれば、圭馬相手に後れを取ることもないだろう。

 だがこれは、戦だった。

「放てっ!」
 圭馬の号令の下、反撃の矢の雨が降り注ぐ。

「鐘山の六討死!」
「同じく一討死!」
「七」
「十ッッ!」
「鐘山十三!」
「九! 十六!」
「五、八、三!」

 由基の挙げた戦果に報復するが如く、倍する敗報に、色市は表情はそのままに、顔色だけを青白くさせる。

「あーらら」
 やや平たい村忠の嘆きが、空疎に本陣営に響く。
 依然、馬上にある環はいまにも飛び出しそうな様子の覚王を、

「動くな」
 言葉で戒める。

「心配するなよ。お前の駆ける機会は、後で必ずある」
 たてがみを撫でつつ、彼は眼前の光景をじっと見守る。
 そんな主にもはや反意を見せることもなく、馬は激情をよく抑えていた。

「突き進め! 穿った敵の綻びに、一気に切り込め!」
 圭馬軍が軍鼓を鳴らして、前進を始める。
 既に、白兵戦に及ぼうとしていた。
「受けて立て!」
 まるで自身が総大将かの如く、そう叫んだ始の声に反応したわけではないだろうが、幡豆由基、地田豊房の隊が雄叫びをあげて進軍する。

 衝突。
 槍を合わせ、刀を合わせ、取っ組み合い、組み敷き、互いの旗へと手を伸ばす。
 今までまともな軍隊のぶつかり合いを見たことのない環にとって、目の前で起こる単純な暴力の応酬は、肌の粟立つ光景だった。

 特に混戦の中、先頭を切ってぶつかった幡豆由基と羽黒圭馬が繰り広げた一騎打ちは、環はしばしば己の構想を忘れて見入るほどに鮮やかだった。

 弓の名手が刀槍の名手であることは稀なことだ。あの戦巫女もまた一通り武芸を習得していたが、いずれも弓術ほどの神妙には至っていない。
 対して羽黒圭馬の槍術は、人馬一体とでも言おうか。安定させづらい馬の上に在ってなお、自在に、かつ縦横無尽に槍を振るう。
 旋回する駒のごとく穂先は宙を踊り、一振りごとに、うかつに飛び込んだ兵の旗を数本飛ばす。
 堅実な強さ、と言って良いだろう。
 そしてことさら隙を作って見せて、相手を誘い込んで打つ。そんな老獪な手管も見せる辺り、一辺倒な武人ではないことは明らかだ。

 だが、幡豆由基は、彼とよく渡り合った。

 しごいて突き出される槍を紙一重でかわし、間合いをとって矢を射放つ。
 圭馬がそれを弾き飛ばす隙に間合いを取る。

 射。

 眉間を打った矢が落ちるよりも早く、圭馬の騎乗する愛馬は竿立ちとなり、主人を振り落とした。
 だが圭馬もさして苦もなく、ひらりと飛び降りて、改めて由基と対峙する。

 ――凄まじい女だ。
 そんな幼馴染を持ったことは、己にとっては幸か不幸か。
 そう考えざるをえない環だったが、

「いけっ、そこだ、やれっ!」
 ……などという色市の野次が、その興を覚まし、現実へと引き戻した。

 由基の後方で動きがあった。
 豊房率いる十名余が、前線を大きく迂回しようと図ったのである。

 狙いは、本陣か。

 それは環にもわかる。
 環にも分かるのであれば、村忠にもわかるだろう。
 どこかで観戦している舞鶴や実氏、圭輔にもわかっただろう。
 そして、敵である圭馬にも。

「上手く行くかな?」
 と、念のため環は村忠に尋ねた。
「連中にしては賢明な判断でしょうよ。圭馬に直接当たるのではなく、一人でも敵陣を突破し、旗を取ればいいという考え方自体は合っている」
 だが、と不敵な副将は主君の背後、ぞんざいに足を投げ出して言った。

「敵が対策を講じると、想像しない辺り、救えない」

 辛辣な断言のすぐ後に、それは形となって現れた。

「雁!」

 由基と対する圭馬が、大音声で短く号令する。布の穂先は、由基の喉に傾けたまま、微動だにしていない。

それでも彼の一言で、四十名の集団が一斉に動き始めた。

 中心の圭馬本人を起点に、左翼は下がり、右翼は上がる。
 遠目にも、いや遠目だからこそ、圭馬の指示が一兵一兵に余さず浸透していくのが見て取れた。
 鉦が鳴らされ、乱戦の只中でも兵は陣形を組み立てる。

 ――雁行陣。

 その両翼が、大きく広げられた。
 回り込もうと迂回した地田の別働隊は、その左翼に捕捉された。

 この別働隊が駆逐される様は、それこそ雁に食われる小魚のようにも見えた。

「鐘山方の四! 討死ィッ!」

 相次ぐ凶報の中に、豊房の背負った旗の番号があったのを、色市は青白い顔で聞いていた。

 それを横目で眺める環も、表面上ほど泰然としているわけではない。

 彼もまた、前線の者たちと同様の焦燥を抱いている。
 一矢も報いることなく敗北することは、許されない。

 別働隊が全滅した。
 押しに押された由基の本隊は、とうとう鐘山の本陣近くまで退く。
 誰に命じられたわけでもない後退が、鐘山軍の士気の低さを物語っていた。

 ……勝勢敗勢に関わらず、そもそも軍隊としての練度と戦意の差は歴然だったのだ。
 猛将圭馬に率いられた羽黒の精兵たちは、先の戦では彼と共に留守居を任せられた者たちが大半で、前線に出られず溜め込んでいた鬱屈を晴らさんばかりに、一人一人、敬愛すべき主将の指揮の下、果敢に戦っている。

 対して、鐘山軍の構成と言えば、
 常に平常心を失わないが、それ故に熱意と高揚感に欠ける緋鶴党。
 そもそも調練にさえ参加しておらず野盗悪党同然の魁組。
 技量は相手と同程度だろうが、模擬戦と言え主家に弓引くことを内心快く思わないだろう羽黒兵。

 人としての種が違う彼らを統御する器量は、少なくとも今の由基にはない。

「環殿!」

 村忠に呼びかけられて、顔を上げる。
 見れば中空を、流れ矢がこちら目がけて飛来していた。

 そこに今まで影のごとくじっと控えていた良吉が、陣内より進み出る。
 決して長いとは言えない彼の徒手空拳が、鮮やかに虚空を舞った。
 身体を大きく旋回させて地から両足を離し、そして手足で打ち落とした矢と共に着地した。

 環はそんな彼の活躍に無言の賞賛を目で送り、その目を村忠に注いだ。
 もう十分でしょう、と副将の瞳は返答した。
 色市には決して悟られないようわずかにアゴを引いた環は、胴丸の内より取り出した黒い碁石を、天高く放り投げた。


 ……事態は、劇的に動き始めようとしていた。

~~~

 策は破れた。
 すでに周囲では追撃戦が始まっていて、由基と圭馬の一騎打ちは、人の奔流の中に取り残される形となっていた。

 ――ならば。
 せめて一矢報いる。
 相手は敵軍の総大将だが、こちらの大将は名目上は環だった。
 敵が鐘山の本陣に踊り込む前に自分がせめて相打ちとなれば、いかな状況でも逆転勝利には違いない。

 ――だけど、そう上手くいくか?
 槍の突きに限りはないが、弓には矢という限りがあった。
 もはやその矢は、彼女の手元から失われつつあった。

「見事」
 と彼女を褒める圭馬は、呼吸を乱さない。
「あと五年、いや三年早く貴殿が生まれていれば、結果は変わっていただろうに」
「お褒めに預かり、どーも」
 しかし、今は、今だ。
 若干の痺れと疲労が苛む一身でもって、この勇将と対峙せねばならぬ。
 相打つ覚悟で、挑まねばならぬ。

 ギリギリと、千切らんばかりに弦を絞る。
 つがえられた矢は、一気に五本。
 視界に映る軌道を、圭馬ただ一人へと集中させる。

 そして最後の、そして渾身の力を込めて指を離した。

「むっ!?」

 圭馬の表情が驚愕に歪む。
 四本はかわされた。
 だが身を引き、振るった槍の持ち手に、一本の矢が当たる。

 槍が、彼の手からこぼれ落ちた。
 彼女は、それを見逃さなかった。

 残りの一矢。
 震える指先で取り出し、ためらわず狙い定めて狙撃する。

 だが圭馬は、槍を拾うことなくそのまま向かってきた。
 地面すれすれまで頭を低くしながらも、速度を少しも緩めることなく矢をくぐる。
 既に飛び立った矢の軌道を操る異能は、彼女にはなかった。

 懐に飛び込まれた。

 圭馬はそのまま腰の短小な木刀を抜き放つと

 するり、

 脇腹を木刀の刃でなぞり、横に抜けた。

 痛みはなかった。

 これが真剣であったとしても、痛痒を感じることなく臓物を溢れさせて、静かに絶命していたことだろう。
 そして圭馬は返す刀で、彼女の背負う二の旗竿を叩き折った。

 幡豆由基は、彼の一太刀で二度死んだ。

「本当に、後々恐ろしい娘御だ。貴殿は」

 慰めるようでいて、少し調子を落とした圭馬の言葉は、もはや由基には届かない。そのまま膝を落として

「っ!」

 悔しさで固めた拳を、地面に打ちつける。
 微苦笑と共に圭馬は身体の向きを変えて、槍を拾う。
 瞬間、

「なっ……!?」

 その圭馬が、素っ頓狂な声をあげて固まった。
 彼の視線の先、外野である観客たちの狂乱が、先ほどまでのものと違う。
 そのことに、由基は彼より二呼吸遅れて気がついた。

~~~

 ……その変化は、羽黒圭輔の席からも目視することができた。

 彼より東の席では、大金が落ちていると誰かが叫び、騒ぎになった。
 北の席では、女房の尻を触っただのと喧嘩が起き、西の席では子供がかどわかされたと母親が泣いている。
 南の席ではなんの前触れもなく、猿面をかぶり踊り狂う一団が現れ、周囲を困惑させた。

 喜怒哀楽、様々な騒動が彼の四方八方取り囲んでいた。
 そして憮然と見渡す圭輔は、それらが環公子のけしかけた陽動だと看破していた。

「戦もそろそろ終局と言うに、いやに騒がしいのぅ」

 まだ現状を危機とは捉え切れていない釜口老人が、腕組みしたまま首を傾げている。
 巡らせたその顔が、にわかに引き締まった。

 木刀を引っさげた集団が、騒動の合間を縫うようにして、こちらに駆けてくる。
 数にして十名弱。
 皆いずれも面貌を覆面で覆い隠しているが、先頭を切って走る男の双眸には、圭輔は見覚えがあった。

 この世に恐るるものなど何もないと言わんばかりの、不敵な眼差し。

 ――亥改、大州

「ぬっ! 曲者!?」

 釜口はいきり立つ。彼の配下が、その乱入者を迎え撃った。
 他の十名が彼らを阻む。その脇をすり抜け、大州は圭輔へと向かってくる。

「慮外者めが!」
 と、釜口自身が圭輔の壁となって、大太刀を振り下ろした。

 大州はその一斬をかわした。そして高く跳躍したかと思えば、あろうことか、釜口老人の幅広の肩に足をかけ、踏み台に使ったのである。

 高々と舞い上がった大州と、未だ床几に座した圭輔の間には、もはや何の障壁も存在しなかった。

 人を殺傷するのに十分な威力を伴って、大州の剣は、圭輔の上半身に叩きつけられた。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.02873682975769