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No.38827の一覧
[0] 【チラ裏より】嗚呼、栄光のブイン基地(艦これ、不定期ネタ)【こんにちわ】[abcdef](2018/06/30 21:43)
[1] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】 [abcdef](2013/11/11 17:32)
[2] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】 [abcdef](2013/11/20 07:57)
[3] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2013/12/02 21:23)
[4] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2013/12/22 04:50)
[5] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/01/28 22:46)
[6] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/02/24 21:53)
[7] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/02/22 22:49)
[8] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/03/13 06:00)
[9] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/05/04 22:57)
[10] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/01/26 20:48)
[11] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/06/28 20:24)
[12] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2014/07/26 04:45)
[13] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/08/02 21:13)
[14] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/08/31 05:19)
[15] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2014/09/21 20:05)
[16] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/10/31 22:06)
[17] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2014/11/20 21:05)
[18] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2015/01/10 22:42)
[19] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/02/02 17:33)
[20] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/04/01 23:02)
[21] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】[abcdef](2015/06/10 20:00)
[22] 【ご愛読】嗚呼、栄光のブイン基地(完結)【ありがとうございました!】[abcdef](2015/08/03 23:56)
[23] 設定資料集[abcdef](2015/08/20 08:41)
[24] キャラ紹介[abcdef](2015/10/17 23:07)
[25] 敷波追悼[abcdef](2016/03/30 19:35)
[26] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2016/07/17 04:30)
[27] 秋雲ちゃんの悩み[abcdef](2016/10/26 23:18)
[28] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2016/12/18 21:40)
[29] 【不定期ネタ】有明警備府出動せよ!【艦これ】[abcdef](2017/03/29 16:48)
[30] yaggyが神通を殺すだけのお話[abcdef](2017/04/13 17:58)
[31] 【今度こそ】嗚呼、栄光のブイン基地【第一部完】[abcdef](2018/06/30 16:36)
[32] 【ここからでも】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!(嗚呼、栄光のブイン基地第2部)【読めるようにはしたつもりです】[abcdef](2018/06/30 22:10)
[33] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!02【不定期ネタ】[abcdef](2018/12/24 20:53)
[34] 【エイプリルフールなので】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!(完?)【最終回です】[abcdef](2019/04/01 13:00)
[35] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!03【不定期ネタ】[abcdef](2019/10/23 23:23)
[36] 【嗚呼、栄光の】天龍ちゃんの夢【ブイン基地】[abcdef](2019/10/23 23:42)
[37] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!番外編【不定期ネタ】[abcdef](2020/04/01 20:59)
[38] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!04【不定期ネタ】[abcdef](2020/10/13 19:33)
[39] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!05【不定期ネタ】[abcdef](2021/03/15 20:08)
[40] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!06【不定期ネタ】[abcdef](2021/10/13 11:01)
[41] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!07【不定期ネタ】[abcdef](2022/08/17 23:50)
[42] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!08【不定期ネタ】[abcdef](2022/12/26 17:35)
[43] 【艦これ】とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!09【不定期ネタ】[abcdef](2023/09/07 09:07)
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[38827] 【不定期ネタ】嗚呼、栄光のブイン基地【艦これ】
Name: abcdef◆fa76876a ID:ef1898d6 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/01/26 20:48
※やっぱりオリ設定がいっぱいです。
※こんなに時間かかった挙句この出来栄え……期待していた皆様申し訳ありませんorz
※作者は机仕事が大の苦手です。研究職でもありません。なのでそこいら辺の描写はテキトーです。ご容赦ください。
※リア充D-T反応爆発しろ!
※『俺の○×、ずいぶんと可愛がってくれたじゃあねぇかよ。屋上へ行こうぜ』な事になってるやもです。ご注意ください。
※今回は何気にグロ描写キツめ(当社比)です。1つ上の※と合わせてご注意ください。
※足柄さんごめんなさい。割とマジで。
(※2014/05/28初出。2015/01/26本日のNGシーンを一部修正)



・Team艦娘TYPE(以下略してTKT)設立以来、帝国勢力内での犯罪件数が激減した。
 重犯罪者ほど被検体として運ばれ(スカウトされ)やすいからである。

・アイドルグループ『TKT』とは表の顔で、実は夜な夜な少女を拉致しては、新兵器のための改造実験を施している。

・『そんな組織あるはずが無い』と言って当時最高機密だったTKTの存在をマスコミにリークした官僚がいた。
 彼は次の日、体調不良を理由に職場から姿を消した。入院先は未だに不明である。

・入所用ゲートから1分のところで脱柵を試みた那珂ちゃんの素体(A)が床に引っ掻き傷だけを残して処置室に運ばれていった。

・アイドル候補生専用の個室という嘘で連れてこられた那珂ちゃんの素体(C)が、足元がゴリゴリとしていたのでカーペットをめくってみたら『検体用』と書かれた注射器がいっぱい出てきた。

・『医者を呼んで解決せよ』と言う熟語に出てくる医者とは、それが連邦の勢力圏ならばヤゴ研で、帝国の勢力圏ならばTKTあるいは731の事である。

・TKTの被験者の被験率は150%
 何度か人体実験される確率が100%で、釈放された後に追試を受ける可能性が50%という意味である。




                                     ―――――――――Team艦娘TYPEのガイドライン(一部抜粋)




Battleship_KONGOU(Type01 km-ud)[Version 1.33]
(C)Copylight? Nani_sore_oisiino?

 [Boot_Timer ... ... ...00:00(GOOD_MORNINGED!)]
 [System_Chack ... ... ...NOT_CMPL.]
 [Operation: Self_maintenance_mode ... ... ...execute.]

【おはようございました。メインシステム、メンテナンスモード起動します】



 金剛はかつて、水野中佐から聞いたことがある。眠りながら見る夢の中で、これは夢だと自覚できる事があると。

「金剛や。起きなサーイ、すでのな。金剛よ」

 その時の金剛は半分寝ボケていたし、そもそも夢なんぞガーベージコレクターの喰い残しの揮発成分だろうとしか考えていなかったし、今でもそう考えている。
 そう考えているから金剛は、その話をした時に水野が見せた、少し寂しそうな笑顔を見て、自分と水野との間には正体不明の深い認識の差がある事を理解できたし、それを乗り越える事は出来ないだろうという事もしたくは無かったが理解したし、それが少し寂しいとも理解している。口にはしなかったが。

「ヘーイ、金剛ーゥ。起きてくだサーイデース。金剛YOー」

 口にはしなかったが、それを素直に認めるのも受け入れられなかったので、ふとたった今悪戯心に駆られたように聞いてみた。

 ――――なら提督、今私が一緒のフートンに入っているのも夢ですカー?

 そう問われた水野は口を開き、



「だからさっさと起きろって言ってるデショウガー!!」
「ア、アバ、アババ――――!?」

 誰かの叫び声が脳裏に直接響き渡ったかと思うと、艦娘としての金剛の脳髄と、戦艦としての金剛の制御回路から、光が逆流した。

「ワ、ワッザHappend!? な、何何何が起こったデース!?」

 何の前触れも無く、金剛の支配下にあるシステム領域にブチ込まれた謎の大負荷で飛び起きた金剛が辺りを見回してみると、そこは、ブイン基地のドライドックではなかった。

「。」

 青い空、お髭を生やしてサングラスをかけたダンディーな太陽はキューバ産の最高級品質の葉巻を口の端に咥えて煙をたなびかせており、空高くを流れる雲からは豆の木のツルで編まれた細いロープ付きの釣瓶が風も無いのにカンダタカンダタと絶叫しながらブラブラと揺れており、地平線の彼方にて青く霞む山脈からは不健康そうな顔色をしたニワトリの群れの足にヒモを括り付けた空飛ぶブランコが夜の墓場へと飛んで逝ったり来たりしていた。

「……」

 突然の意味不明な景色に茫然となる金剛の足の間を、足が何百本もある超胴長の猫が長い鳴き声を出しながら潜り抜けていった。因みに金剛からは見えていないが、彼女の背後では業務用の大型ダンボール箱から両手両足を生やした謎の怪人と頭に駐車用の赤い▲コーンを被った色白の筋肉質の大男が、カバディカバディ言いながら秒間十数回のハイペースで竹跳びをやってたりしていた。

「ワ、What’s that!?」
「やっと起きやがったか。この寝坊助娘が。てゆーかお前、どーいう順位付けでデフラグったらそんなグースカ寝れる訳? 内臓のブートタイマーちゃんがマイナス120までカウント刻んじゃってんじゃんかYO」

 聞きなれぬ誰かの声がした方に金剛が振り返ると、そこには、彼女と同じ巫女服(モドキ)を着た、一人の小男がいた。
 それもただの小男ではなかった。

「ぴぃっ!?」

 縦は小だが横には大だった。腹に至っては三段式甲板だった。おまけに顔面は脂ぎってて汗ダクダクで、ハァハァ言いながら頭にネクタイを巻いて恍惚の表情を浮かべながら焼けた鉄板の上で何枚もの石版を抱きながらやたら毛羽立った荒縄で亀さん縛りで自縄自縛しながら正座していた。
 名状しがたき、口にするのも憚られるような、という修飾表現は比喩でも誇張でも無く、間違いなくここに存在していた。

「ドーモ。ハジメマシテ。金剛=サン。私はいつでもニコニコ、貴女の傍でカオスに這いずる自己診断プログラム、Watching_Tom.(Version 1.00)デース。コンゴトモヨロシ――――」

 Watching_Tomを名乗る不審人物の自己紹介が終わるよりも先に、金剛が泣いて逃げ出した。

「うわぁぁぁぁぁぁん! 助けて水野提督――――! 変態が! それも大変よく訓練された極めて練度の高い汚物がいるデース!!」
「あ、ちょ、待って! 逃げないで! っていうか引かないで! こっちの仕事終わんなくなっちゃうデース!!」

 おぢさんがおいしい飴玉あげるから、泣き止んでー。こっち帰ってきてー。と諭すWatching_Tom。こんなんが自己診断プログラムだという時点で(しかもVersion 1.00とは!)金剛は泣きたくなった。嘘だやだやだ信じないもんと耳と意識を逸らしてシステムをシャットダウンさせて否定しようにも、肝心のメインシステム電子免疫系は【自己診断プログラム『Watching_Tom(Version 1.00)』が正常に作動中です。システムは停止できません】と冷酷に突き返してきた。正常ってなんだ。

「正常ですよ。このカヲスな光景だって、所詮は接続ヘッダがまだ生きてるガーベージコレクターの喰べカスの寄せ集めですよ」

 もっとも、ここまで訳わからんくらいに細分化されたデータを見るのは私も今回が初めてですが。とWatching_Tomは続けた。

「……グス、今回?」
「おや。御存じ、ないのデースか? 毎晩毎晩、貴女が水野中佐と一日平均(自主規制)回の夜戦ヤって眠りについた後に、私いつも記憶野とかシステム領域の破損チェックとかロジックエラーの洗い出しとかしてるんデース。ただね、最近の貴女の優先タグを付ける頻度に文句と警告を言わせていただきますと――――」

 Watching_Tomが、己の発した警告の詳細を語る前に、こんなのに毎晩毎晩提督との営みを見られていたなんで嫌デスー。提督助けてー。と金剛が本格的に泣き出してしまった。

「……あー、ほら。これでも食っていい加減に泣き止みやがれ。そしてさっさとデフラグ終わらせろ。でなきゃ何時まで経ってもここのスキャン出来んがな」
「あむ」

 一向に泣き止まない金剛の口の中に突っ込まれた飴玉の正体は何の事は無い、ローカルストレージ内で区切られた、ただのデフラグ専用の空き容量だった。
 ただ、その空き容量がもたらした作業スペースは絶大で、今の今まで滞っていた細分化データの整理整頓が見る見る間に進んでいき、お髭がダンディーな太陽さんはかぎっ鼻としわくちゃな黒いとんがり帽子が特徴の三日月お婆ちゃんの子守歌を聞きながら地平線の向こう側に沈んで逝ったし、豆の木のツルのロープ付きの釣瓶は雲の上から降りてきた『もっと完成されるべき』と呟く白磁器の皮膚を持つ巨大な腕によって速やかに回収されたし、不健康そうな面構えのニワトリどもは、エルフ耳の少年が吹くオカリナのパワーによって、あの輝く地平線の彼方にて青く霞む山脈の頂点にいつの間にか現れていた巨大な卵の中へと飛んで行ったし、超胴長の猫は周囲を真っ黒に焦がし尽す黒い鳥に尻尾をとっ突かれて涙目になってどこかへと時速2000キロで逃げ出していったし、ダンボール怪人と赤い▲コーンはシュワッチと一言叫んでどこへともなく飛んで行った。

「もしかして、これが人間の見る夢なんですかね。私は所詮プログラムですが、艦娘としての貴女にはナマの脳がデフォルトで搭載されてるじゃあないですか」
「……そんなの、知らないデース」

 そして次に気が付いた時、周囲にはただ真っ白なだけの空間が無限大に広がっていた。

「……さて。デフラグも終わったようですし、そろそろ本題に入りますか」

 いつの間にか石抱き鉄板正座スタイルのままWatching_Tomが金剛の背後ににじり寄っていた。

「大戦艦『金剛』いいですか。さっさと目を覚ましなさい。今、外にある貴方の艦体に、メッチャヤバイ級のデンジャラスがアプローチング・ファストしつつありマース」
「え?」
「ぶっちゃけ貞操の危機です」
「え? え?」

 金剛は、この急転直下で大怒涛な展開について行けない。

「あー! あそこの路地裏でピーター・アーツがガリレオ・ガリレイにボコられてれう!」
「えっ!?」

 振り返ったその先には、ただの真っ白な空間があった。
 別に、何もないじゃないですカー。と文句を言おうとした金剛の後頭部を、鈍い音と衝撃が貫いた。

「トドメくらえ! 断崖覗き見からの安心と信頼のパッチキィィィィィック!!」

 そう叫んで振り下ろされたWatching_Tomの手には、石版が握られていた。

「オメーはスッとろいんだよ! マイナス480とかいう未曽有の数字になっちゃったブートタイマーちゃんがさっきからメソメソグスグスどころかわんわんぎゃーぎゃーって泣いてんだよ! さっさと起きろ!! このボケ!」

 振り返るよりも先に、金剛の目の前が真っ暗になっていく。

「ていうかー『好きな紅茶の銘柄は?』とか聞かれて笑顔で『レオーネ・アバッキオ』とか答えちゃうあたり、お前もう女として終わってるわ。マジで」
「なっ!?」

 その言葉の意味が頭に染み込むのとほぼ同時に、金剛の意識がシャットダウンされた。






 悪夢から覚める瞬間というのは、得てして高いところからの自由落下に近い感覚がする。

「ヌル目に淹れたアバッキオの何が悪い!!」
『ん、目が覚めたかしら?』

 伝統と格式ある中指一本立ちを心と夢の中だけで決めつつ大絶叫しながら夢から覚めた金剛が違和感を感じて周囲を確認してみると、そこはブイン基地のドライドックではなかった。否。ドライドックの中であるのは間違いなかったのだが、少なくともブイン基地のそれではなかった。
 ブイン基地のドライドックは、良く言えば素材の持ち味を生かした野性味溢れる地下要塞で、悪く言えば対爆コンクリートで蓋した地下洞窟に最低限の照明機材と整備用の機材資材をブチ込んだだけの海賊アジトと言っても通る位のお粗末な代物である。

『気分はどう? まぁ、良くないとは思うけどね』

 一方、たった今金剛が目を覚ましたここは、四方どころか八方全てを鉄骨とコンクリートで囲まれていた。艦体を固定するハンガーアームもブインの二倍の十六腕式で、衝撃吸収用のゴムマットの厚みも相当なものだった。天井付近を這い回るガイドレールから伸びたチェーンフックや、キャットウォークにも使い込まれた形跡はあれど錆の一つも浮いていなかった。さらに言うと、金剛の艦体の洗浄に使われたと思わしき洗剤の空箱が近くのキャットウォークの片隅に転がっていたので、監視カメラの動作確認も兼ねて確認してみると、ブイン島では流通していない洗剤メーカーのロゴが見て取れた。
 さらにさらに言うと、天井からぶら下がってる照明の数とサイズからしてブインとは規模が違うのだ。一列あたり何十個並んでいるんだか、真面目に数えるのもバカらしくなってくるほどだ。
 こんな贅沢品に囲まれたドライドックなど、金剛には心当たりもツテも無かった。

「あ、あの。ここはいったい、どこなのデース?」

 金剛のその呟きに、姿の見えない誰か――――その声色を信じれば、女性だ――――があっさりと答えを返す。

『本土よ。九十九里浜要塞線の隣にある、Team艦娘TYPE専用のドライドック』
「ヘ?」

 本土。

『今から七日前に、貴女は損傷が激しすぎて修理が不可能だっていうからここまで運び込まれたのだけど、まさかそんな事も覚えられなくなるほど人間性が――――』
「あ、あの……今、Team艦娘TYPEって……」

 あの、泣く子が黙るどころか性倒錯犯罪者ですら己の過ちを悔い改めて巡礼の旅に(逃げ)出るという、あの? と金剛が恐る恐る訊ねてみると、声の主はそうだったの、と大して興味もなさそうな声で『それが外での平均値なのね』と返答した。

『うん。研究に支障が出ないのなら別にどうでも良いかしらね。ようこそ。我らがTeam艦娘TYPEの総本山へ。では目が覚めてさっそくで申し訳ないけど、改造しましょうか』
「業(ワッザ)!? イキナリナンデ!?」
『? 必要な資材はこちらで用意するけど? あ、新しい艦体の事なら大丈夫。今丁度ね、横須賀鎮守府所属の提督さんがね、自分の旗艦の改二型金剛のお葬式をすぐそこでやってるのよ。その娘の身体も綺麗にコアだけが破壊された状態だからね、終わったらTKTの権限で回収して――――』
「そうじゃなくて! 何でいきなり改造――――」
『じゃあ聞くけど。貴女、あのダ号、もといダークスティールともう一度戦って勝てるの?』

 その一言で、金剛の言葉は完全に詰まった。

『貴女が眠ってる間に戦闘記録は読ませてもらったわ。その上で言うわ。無理よ。火力も馬力も全然足りてないわ。少なくとも、長門型程度の戦闘力が無いと話にならないわ』
「……」

 そのためのハイトルク・ハイパワーな改二型ボディへのコア移植なんだけれども、ねぇ。と声の主は続けて言った。

『コア移植するわよ。と言ったはいいけれど……貴女、何でこっちまで来たのよ。コア移植位、あっち(ブイン)でやればいいのに。何なら艦体だけ都合してそっちに輸送しても良かったのに』
「What? コア移植って、そんなに簡単にできるものなのですカー?」

 戦艦『金剛』の探照灯の一つが、くりんと傾く。小首をかしげるに相当するアクションのだろうか。その仕草を見て女性の声は、ほぼ無意識で艤装動かせるくらいに人間性薄まってるのね。と呟いた。幸か不幸か、その呟きが金剛に聞かれる事は無かった。

『……まぁ、ね。コア移植なんて最悪、切り出し用の器具と消毒剤とちょっとハイスペックなパソコン一台さえあれば前線基地でもすぐに出来るのよ。元々は野戦修理から生まれた技術だし。ただ、艦娘のコアだってああ見えて生き物みたいなものだから、ハードディスクか何かのデータみたいに、カット&ペーストっていう訳にはいかないの。観測値なんて当たり前に変化するし、結局のところは職人のカン頼りの手作業なの』
「ソーだったのデースカー」
『そう。だから、この場合は、私達が移植先の艦をブインまで持ってくるのが時間的に最も短くて、最も確実な方法だったのよ。最悪、艦体だけ送れば後は井戸水中尉が何とかしてくれるだろうし』
「? 私の所属するブインBaseには、井戸水なんて中尉サンはいませんネー。お隣の提督さんの事でしたら、それは井戸少佐デース」
『え?』
「え?」

 無線越しの声の主、沈黙。ややあって、

『……まさかとは思うけど、その井戸って軍人さん、井戸 枯輝っていうフルネームじゃないのかしら……』
「え、TKTの方っていうのはそんなことまで分かるんですカー!?」
『……あいつ、まだその偽名使ってたのね。ま、そんな事はこの途中にでも話してあげるわ』
「へ?」

 ……さらにさらにさらに言うと、今現在の金剛の艦コアには、本人の了承も無しに大小無数のケーブルやソケットプラグの類が挿入されていた。天井付近のガイドレールからは、破損した装甲を切り離すためのプラズマトーチや、固定用のアームハンガーの類が次々と降りてきていた。
 その事にようやく気が付いた金剛が、生娘のような悲鳴を上げるまで、あと数秒。

「ひ、ヒエエエエエェェェェェェェ!?」

 提督にもまだ一度も見せた事の無い乙女の大事な所になんてことしてるデース!? という金剛の悲鳴が、無人のドライドックに響き渡った。




 古鷹とケッコンカッコカリしたけど古鷹とケッコンカッコガチしたい今日この頃皆様ますますご健勝の事かと思われますさて本日は2次元に行って嫁とアレコレしたいとはよく聞きますが普通に考えて三次元の存在が二次元にプレーンシフトするのって普通に考えても無理じゃねと思うのですがじゃあそれならば限りなく二次元に近い三次元の平行世界への扉を開いた方が早いし確実だよねというごく自然な結論に至ったのですがどれだけ感情を高ぶらせても火花は灯らないし平行世界を移動するバイクなんて開発も入手も不可能なんで、私を私が古鷹ちゃんとニャンニャンできる平穏な平行世界へと無償でプレインズウォークしてくれる親切なプレインズウォーカー募集中です。記念の艦これSS

『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ ONCE UPON A TIME.』




 井戸水 冷輝(イドミズ ヒエテル)技術中尉といえばもちろん人間で、♂で、Team艦娘TYPEの中でも指折りで数えられるほどの若手研究員で、ついでに言うとバカだった。

 若手とは言うが実際には、艦娘達の魂の座である動力炉を保護する艦コアの新型開発の総責任者であったし、艦娘システム最大の機密事項である、艦コアのソフトウェア――――ゴーストにも理解があり、人手が足りないからといって軽巡洋艦の開発チームである草餅少佐からスカウトが来る程度には天才の部類に枠分けされる人種であった。
 そんなんだから、TKT最大のお仕事である艦娘制作にて一番最初に任されたのは、艦娘初となる重巡洋艦の『古鷹』開発主任の座に就いた時は、誰もが当然だと思っていた。
 思っていたのだが、所詮は若造。初めて任された重巡『古鷹』の制作現場で井戸水は吐いた。
 そりゃあもう、酒の席での語り草にできそうなほど盛大に吐いた。

 ――――わ、私がこの『古鷹』っていう船になれば……弟たちの学費を出していただけるのですよね!?

 今時珍しい孝行娘だった。しかも志願者だった。
 ロクデナシとクズと人間性が行方不明な連中の吹き溜まりのようなTKTの研究者達にすら、同体積のプラチナよりも価値があるとまで評された女学生であった。一部の者に至っては『あの娘はワシらの手の事を働き者の綺麗な手じゃと褒めてくれた』と、初めて人間扱いされた事によりガン泣きすらした有様である。
 ここで、井戸水は、艦娘制作の際に絶対にやってはいけないヘマの一つをやった。

 TKT唯一の慈悲とまで言われる、加工直前の電気ショックによる気絶処置の際に、人の命を奪うという恐怖からつい過電流を流し込み、そのまま感電死させてしまったのである。
 誰なのかの判別がつく程度には生っぽく焼け焦げた顔と、ドロリと溶けだした左目と、井戸水の目が合った。
 盛大に吐いた。
 当時すでにその生身を軽巡『川内』の素体として提供していた草餅少佐からは、誰もが一度は通る道だと諭され、散々笑われた後に(軍用スペックのモトコ=モデルの日の丸人ボディで)一発ブン殴られた。同期入所のピーナツバター技術中尉は蒼褪めてこそいたが吐きはしなかった。後輩のミルクキャンディ技術少尉は吐くよりも先に目を回してブッ倒れた。執刀医のチョコレイト先生に至っては、この匂いで今日の夕食を一人焼肉にしようと決心していた。
 不思議な事に、死体を素材にした艦娘というのは、得てしてポンコツ揃いという奇妙な法則がある。
 当然、完成した第一世代型の古鷹は、艦娘状態ですら右腕と左脚がほぼ完全な機械と化していた――――重巡洋艦としての古鷹に『喰われた』――――という惨々たる有様で、当然、展開・超展開時の性能なぞお察しであり『普通に軽巡使った方がマシ』『これが重巡洋艦なんですよ(笑)』とまで揶揄される始末であった。

 ――――こりゃ使い物にならんな。おい、ゲロ水。お前どうにかしろ。

 無茶言わんでください。設計も改装も俺の専門じゃないんですけど。とは口が裂けても言えなかった。ここで異を唱えようものなら、間違い無く実験材料コースへまっしぐらだというのは確実だったからだし、そういうのをどうにかするのも井戸水の仕事だったからだ。

 ――――分かりました。期限はいつまでですか。
 ――――明日。

 その日、井戸水は生まれて初めて、パイプ椅子を交渉道具として用いた際の有効性を理解した。

 平和的な交渉の結果、第二世代型『古鷹』の納期は二か月後になったが人員は井戸水一人だけという事だけは覆せず、結果として兵装から内装に至るまで、近代化改修の発注を連続で出しては作業班員の方々に石鹸入りのタオルで夜な夜な殴られ、兵装1つ取り換えるだけでもすぐに不安定化するゴーストマップを日に何度も何度も書き換える羽目になった。改修のし過ぎで奇形的な進化を果たした艦体からのコア移植も2度やった。
 そこから得られたデータを基に、萌芽状態の第一世代型『古鷹』のゴーストに特殊な手法でパッチファイルを充てる事によって(※翻訳鎮守府注釈:詳細は軍機です)、どうにか重巡洋艦らしいスペックを持った第二世代型古鷹のロールアウトにまでこぎつけた次第である。
 が、今度は各鎮守府や基地に先行配備された古鷹のコア移植という難業が大量に残っていた。

 ――――………………………………………………………………………………………………………………………………………………俺に死ねと?
 ――――自業自得だ。

 どれだけポンコツでも、それなりの時間を接しているとやはり愛着が湧くものである。
 同じ顔、同じ声でも、違う古鷹なのだ。強力な戦力となるからだとは言え、これまで過ごした日々をあっさりと白紙に戻すのは忍びないと考える提督の数は、相当どころの数ではなかった。
 納期明けの当時の井戸水に聞いてみれば多分『はいはーい、コア関連ならこの井戸水さんにお任せ!』という疲れ切った変なテンションの自己紹介を受けるだろう。さしもの草餅少佐やチョコレイト先生ですら、憐みの目を向けてたくらいだし。

 閑話休題。

 で、そんな大天才のゲロ野郎様がどれほどのバカなのかというと、報復目的の暗殺と営利目的の拉致誘拐の危険が常に付きまとうTeam艦娘TYPEでは、チーム加盟の際には偽名での登録が推奨されているのだが、コイツの場合は本名の方が偽名くさいし何より歴史の教科書に名前乗せた時に偽名だと何かカッコ付かないから。という理由で偽名を使っていない位のバカなのである。





「臭ェ。この防臭マスク仕事してねぇ」

 で、そんな彼が、何故に鹵獲した駆逐イ級――――雷巡チ級が確認されたほんの数か月前までは、単に特1号型生物と呼ばれていた――――の解体処分等という、下っ端がやるような仕事を任されているのかと言えば、やっぱりTeam艦娘TYPEも組織であり、組織においての新入りのヒラエルキーはとにかく低いという物理法則が存在しているからだと言うほかないし、当の井戸水の言葉を借りればピーナツバターのクソ野郎が重巡『愛宕』の開発ポストの座を横取ったからだとなる。
 実際には、古鷹の素体を殺した際の臭いと光景が忘れられなかったために『愛宕』の開発計画を進められず、半ば引き摺り下ろされるような形だったのだが。
 そこらへんの自覚がないあたりが、所詮は若造と言われる所以であった。

(クソ。俺だって、俺だってやれるはずなんだ……!)
「井戸水クーン。いるかーい?」
「あ、はい。ここです」

 手にしていたチェーンソーの作動を止め、顔を上げて声のした方に振り返ってみれば、糊がパリパリに効いている清潔な白衣を着込んだ一人の大男と、それに手を繋がれていた二人の少女の姿があった。少女達の方は双子だろうか。首にかかる程度に揃えた茶色い髪で、同じようなつくりの顔の二人だが、一人は快活そうな雰囲気で、もう一人の方は大人しそうなイメージがあった。体型と背丈も、それこそ少女としか言いようのないものだ。井戸水を含めた古典派巨乳原理主義者のお歴々からすれば今後に期待したいところである。
 だがこの男――――二人の手を引いているこの白衣の男――――からすれば、そんな彼女達はまさに、最高の御馳走に見えるのだろう。

「草餅少佐から伝言だよ。それの処理は解体作業班に引き継いで、少佐のデスクに来てくれだってさ」
「了解しました」

 なら最初からそうしろよ。と、心の中だけで井戸水は呟いた。

「確かに伝えたよ。……おまたせ、二人とも。じゃあ、そろそろ見学は終わらせて、私の研究室に行こうか」
「はーい! チョコレイト先生!」
「わ、わかりましたのです……」

 人好きのよさそうな笑顔を浮かべた白衣の男が、双子の少女達の手を引いてその場を立ち去って行った。

 執刀医のチョコレイト。

 それがあの白衣の男の名前(勿論偽名)である。チョコレイトの話の中にも出てきた草餅少佐なる人物もそうだが、このTeam艦娘TYPEの中ではごく一部の例外を除いて、誰もが偽名を使って生活している。
 だが、井戸水は知っていた。
 あの男――――執刀医のチョコレイトは、イタリアだかどこかだったかの国での指名手配犯だったはずだ。確か、元医者の元マフィアで、医療ミスに見せかけた解剖殺人を繰り返し、その光景を余す事無く記録していたとの事。
 ニュースでも大々的に特集をやっていたから井戸水みたいなテレビ無精でも覚えている。そして、その指名手配犯が最も好んで手に掛けていたのが、ちょうどあの年頃の少女達だったという事も。
 そして、上の方でどういった事があったかは知らないが、兎に角そいつはTeam艦娘TYPE入りを果たした。
 そういう人格と性癖の持ち主であったがために、実力最優先主義のTeam艦娘TYPEの中でも要監視対象という扱いにはなっていたが、艦娘の製造方法――――スープ状に加工したオリジナルからクローニングするという手法――――を知ったチョコレイトは開眼。駆逐艦娘の制作に心血を注ぎ、多数の高性能な駆逐艦娘の製造に成功する。
 もっとも、注がれた血はチョコレイトの物ではないのだが。

“まったく、駆逐艦は最高だぜ!!”

 とは、つい先日、艦娘式暁型駆逐艦『響』のプロトタイプを建造したチョコレイトが酒の席にて漏らした一言であるが、艦娘に加工される方からすれば最低だろうな。と井戸水は思っていた。
 今しがたの二人も、研究室に連れていかれたという事は、そこで加工されるのだろう。順番からして恐らくは響と同じ第六駆逐隊の『雷』と『電』あるいは『暁』あたりだろうか。

(まぁ、俺には関係ないか)

 そう結論付けた井戸水は、さっさと精肉処理の引き継ぎに戻って行った。





「失礼します。草餅少佐」
「……ん。来たか。ゲロ水」

 草餅少佐のデスクへと通じる扉を開けると、そこには何かの艦娘と、草餅少佐が二人いた。いや、違う。片方は、生身だった頃の草餅少佐の体を利用して作られた艦娘式軽巡洋艦『川内』だった。
 本物の草餅少佐は、その隣で机に突っ伏している、モトコ=モデルの日の丸人の方だ。

「それでは私はこれで。先生、ありがとうございましたでち」
「ん。何かあったらまた来なさい」

 黄色いIDカードを首からヒモでぶら下げた栗髪のショートヘアの艦娘の少女と、川内の二人が軽く会釈しながら井戸水の脇をすり抜けて部屋の外に出ていった。
 すれ違う瞬間、IDカードの表面に黒で書かれた『軽巡洋艦 北上B型(性能評価試験モデル)』の文字が見えた。

「少佐? 今の娘は……」
「ん? ああ、北上Bか。先日の実射試験の後に、ちょっと変な相談を受けてな」

 大儀そうに首を上げた草餅少佐に曰く、あの北上は、装填した魚雷から声が聞こえてくるのだそうだ。

「装填したホーミング魚雷から声が聞こえてくるらしい。なんでも、1番管と4番管に装填した奴らがいつもケンカしてて五月蝿いんだそうだ」
「んなバカな」
「ああ、私もそう思うとも。だがな、その声が元であの北上、魚雷を撃つたびに回天に乗った兵士達の事を思い出してしまうのだそうだ」
「……」

 回天。
『桜花』と並んで有名な特攻兵器だ。

「今日の雷撃評価も散々でな。まぁ、あの娘は元々予備みたいなものだし、正規採用の北上はA型で確定かしらね」

 北上A型。
 黒の三つ編みを垂らした方のプロトタイプである。そちらの方は井戸水も知っている。多少奇妙な言動こそ目立つが、戦闘艦としても艦娘としても、どちらもそつなくこなしているあたり、草餅少佐は高い評価をくだしているようだった。もっともそれは、井戸水を初めとしたTKTの面々からしてみれば、面白みに欠けるという表現になるが。

「となると今の娘は……」
「廃棄処分だな。まぁ、まだ引き揚げが済んでない艦との相性がいいかもしれないから、未使用のスープは冷凍保存しておくが」
「せっかく良い所まで行ってたと思ってたんですがね」
「私もそう思うよ……嗚呼、それにしても脳が痛い。ウェディング・モモコ頼んだ筈なのに、何でウェイトリフティング・モトコだなんて軍用スペックのメスゴリラが届いたんだか……」
「私の通販下手は、忍者やってたご先祖様から続く呪いだー。ってご自分で言ってたじゃないですか」

 そんな事よりも、だ。と、草餅は居住まいを正して井戸水の方に向き直った。

「艦娘式重巡の開発計画が凍結された」

 何故。と井戸水が問い返すよりも先に、草餅少佐が言った。

「古鷹のあまりの低スペックさが、軍上層部はよほどお気に召さなかったらしいな。一度の超展開で一人の提督を“喰う”重巡。あまり良い印象ではないな」

 ここで草餅が言う“喰う”とは、ある種の比喩表現である。
 艦娘と搭乗者が超展開を実行した際に、搭乗者の肉体の一部、あるいは全部が、艦体と融合してしまう現象を指す。
 特に、プロトタイプ古鷹のそれは、まるで失った部分を埋め合わせるかのように右腕、左足、左目を中心に喰われる者が続出。ついにはTKT名誉会長直々に、許可無き超展開実験の禁止命令が下りたほどである。

「……」
「まぁ、実際のところは最大の懸念であった特8号型生物――――もとい、雷巡チ級は軽巡娘単独でも十分に相手取れる以上、もうこれ以上我々に予算を割くつもりは無い。というのが連中の本音らしいがな。まぁ――――」
『何故ですか!? 何故『Y』の開発計画が凍結されるのですか!? あれは我々、ひいては帝国臣民にとっての戦闘艦の象徴そのものでしょうに!!』

 まぁ、私は軽巡が開発できればそれでいいんだが。と締めくくろうとした草餅少佐の声に被せるようにして、部屋の外から男の大声と、乱暴な急ぎ足の足音が聞こえてきた。大声の相手の声は聞こえてこない。恐らく、携帯電話か何かで話しているのだろう。

「……Y計画のロックアイス主任か」
「Y?」
「お前は知らんでもいい事だ。ああ、それと1つ言い忘れていたが――――」
『どうしてよ!? 何で私が帰らなきゃならないのよ! せっかくの志願者なのよ!?』

 再び何かを言おうとしていた草餅少佐の声に被せるようにして、部屋の外から女の大声と、乱暴な足音が複数聞こえてきた。

『ですから。先程も申し上げました通り、重巡洋艦『足柄』に限らず、各艦娘開発計画は一時凍結となりまして――――』
『ワッザ! ブッダファック! ザッケンナコラー! ッスゾ、オラー!! あと2日、あと2日なのよ!? 私が花の2(自主規制)代でいられるのはあと48時間-αしかないのよ!? そこを1分1秒でも過ぎたら3(自主規制)歳なのよ!? 貴方どう責任取ってくれるの!? 責任とれるの!? 大丈夫!? 結婚する!? 処女のまま3(自主規制)代突入とか何それ!? 未知のエリアにも程があるでしょ!? 男が魔法使いなら私は何!? 女だから魔女!? 魔女なの!? ウィッチなの!? 重火器片手にパンツ一丁でモップにまたがってあの地平線で輝く飛行船まで飛んだら暗がりでメソメソ泣いて時間圧縮しながら迎撃に上がってきた連中を『もっと上手に口説けるようになったら出直しておいで』とかWebで呟きつつ叩きのめせばいいの!? 奇跡と魔法と呪術は有るのに救いは無いんですか!? 私に残されたのはこの豊満な体だけなんですか!? 白くべたつくナメクジの聳え立つクソでも塗って挟めばいいの!?』
『お、落ち着いて! 落ち着いてください!』
『チクショーメー!! ヨッコの奴、何が『帝国の男にはもう飽きたのねー☆』よー! 乳か!? それともロリか!? 男はみんなロリ巨乳がええのんか!? あの見た目であの乳でスク水で合コン乱入してくるとかとんでもない奴どころか非核三原則完全にブッチしてるじゃないのよー!! お前なんて潜水艦娘にでもなってマリアナ海溝の底の次元の切れ目の向こう側にでも男漁りに逝ってしまえー!! 私だって艦娘とかいうのになったら『地上の、男に、飽きた所よ~♪』って絶対にお立ち台の上で扇子片手に歌ってやるんだから―! うわーん!!』
『来て―! メイン警備兵早く来て―!!』

 扉向こうの空間にさらに追加される足音と、罵詈雑言の嵐としばしの喧騒に、誰かの『面倒臭ぇ、薬撃て薬』と『くたばれ公僕! 納税者様を舐め』
 静寂。
 そして『どうします、コレ?』『名誉会長の部屋にでも放り込んどけ』の声。
 何かを引きずる音が遠ざかっていく。

「……重巡『足柄』の志願者か」
「……なんというか、その、すごく個性的な方ですね」

 あんなのでもたった二人しかいない志願者なんだが……とぼやく草餅少佐。ちょうど左手にかかっていた書類が、ぐしゃぐしゃと机ごと握り潰されていく。

「全く、上層部の石頭どもめ。せっかくの志願者をわざわざ追い返すとはどういう了見だ。有るんだから使えばいいものを……」
「あの……草餅少佐? 書類が潰れてますが?」
「(私の気分が)潰されているんだ。潰しもするさ」

 それに大丈夫だ。見たまえ、ホレ。とのたまった草餅少佐が、ぐしゃぐしゃに潰された書類を左手一本だけで弄ぶ。暫くして、軽く握られた左手の中から出てきたのは、一羽の折鶴だった。
 どこがどう大丈夫なのか、井戸水にはよく分からなかった。

「いや、大丈夫じゃないと思いますが……」

 だって鶴の羽シワシワじゃないですか。と答えた井戸水も井戸水なら、では次の宴会芸の時までには羽を伸ばしておこう。と返した草餅も草餅である。



 次の日の朝の事である。
 執刀医のチョコレイトが、女を連れてきた。

「草餅少佐、失礼しますよ」
「Извините меня. я на минутку」

 ノックも無しに少佐のオフィスのドアを開けたチョコレイトが(少)女を連れているというのは別段珍しい光景ではない。現に昨日は二人も連れていたし、その二人のように次の日には大抵、新しい駆逐艦娘か、施設の裏庭にある無名検体の墓の住人が増えてるかのどちらかだし。
 だが、チョコレイトがすでに加工された艦娘を連れているというのは、極めて珍しい光景であった。しかも、バグの洗い出しでも、データ取りのためでもないのに、すでに最終考査段階に入った駆逐艦『響(プロトタイプ)』の手をひいているのである。珍しいを通り越したレベルの出来事である。

「お前がここに来るとは珍しいな。何があった」
「ちょっと僕の力じゃどうにもならなくてさ。ゴーストの専門家の意見を聞こうと思ってね」
「ふむ……」

 その言葉に草餅は考える。

(このペド野郎、何を考えている)

 確かにこの男は、書類上では私の部下である。ゲロ水もとい井戸水やピーナツバター技術中尉、ミルクキャンディ技術少尉と同じく。だが、この男は自分の研究成果以外にはこれっぽっちの敬意すらも払おうとしない男だ。しかもペドでリョナでサデズムでシリアルキラーという性癖四重苦の国際指名手配犯だ。
 そんな男が何故。
 そこに、井戸水も乱入してきた。だからお前ら、ノックも無しに入って来るな。

「ドアの向こうからこんにちわー! 井戸水ちゃんでーす! ゲロ水じゃないよー、ホントダヨー、グリーンダヨー!」
「「「ぅゎぁ」」」

 部屋の中の空気が一瞬で、塗り替えられた。
 ゲロ水もとい井戸水は、それだけの形相をしていた。目元にはかなり濃い隈が浮かんでおり、元から痩せ気味だった顔は頬骨が浮き出るほどに痩せこけ、メガネの向こう側で大きく見開いた目は狂気めいて血走り、正体不明なたわ言を大声で叫んで入室してきた。

「……男が何人死のうが僕には関係ないけどさ、流石にこれはマズいんじゃないのかな?」
「こないだ陸軍で過労死したという、金森二等兵より凄惨いな」

 互いの顔を寄せてヒソヒソと話す草餅とチョコレイト。響(プロトタイプ)に至っては、助けてベリヤおじ様と2人の陰に隠れてしまっていた。そんな彼らを余所に、元のテンションに戻った(ような気がする)井戸水が資料片手に草餅に報告する。

「第二世代型古鷹のゴーストマップの概略図と、第二世代型の艦コア保護殻の設計図をお持ちしました……が、お取込み中でしたか」

 後で出直します。と部屋の外に出ようとする井戸水を、チョコレイトの言葉が遮った。

「……あー、いや、ちょうどいいか。井戸水クンも見てもらえるかい? さ、2人にご挨拶しなさい」
「Да.暁型駆逐艦、プロトタイプ『響』です。Очень рад Познакомиться」

 ん? とその自己紹介に井戸水が反応し、草餅は端末から『響』に使われた検体の履歴書を呼び出した。
 履歴書の中の顔のつくりは一緒だったが、瞳や髪の色がまるで違っていた。

「……『響』検体ナンバー0017。呉第一小学校、修学授業中のバスジャックおよび爆破テロに見せかけクラスメイトごと確保。適性値が基準値以下の者らは規定に従い全て処理済。海外旅行の経験、無し。家族および親しい親族、友人、知人らも同様……?」
「何ですかそれ。じゃあ、何で連邦語話してるんですか、このプロトは」
「僕がここに来たのも、それが理由なんだ。これ、どういうなのさ。響ちゃん本人が言うには、世界大戦当時の戦闘艦だった頃の記憶だって言ってるけど、そんな事あるのかい?」

 チョコレイトのその質問に、ゴーストの第一人者である草餅少佐と、古鷹のコア大連続移植手術による叩き上げでゴーストに詳しくなってしまった井戸水技術中尉は完全に沈黙した。およそ2秒間ほど。
 そして、2人が全くの同時に出した答えは、全くの同じだった。

「「良し。解剖だ。分解だ。構造解析だ」」
「!?」

 その答えに、響(プロトタイプ)が驚愕と絶望の表情で『助けてヨシフお父様!』と小さく叫んで硬直した。





『んっ……ぁ、……っく!』

 艦娘コアの解剖と言っても、実際にチェーンソーやバールのようなものを使ってコア外殻を引っぺがす訳ではない。観測機材と直結しているソケットやケーブルを突き刺しての構造解析、というのが最も正確な表現である。
 もっとも、普通のデジタル・データとは異なり、艦コアのシステム内部はひどく流動的で、半不規則的で、秩序と無秩序の中間地点くらいのカオスと速度で常に変動しているため、観測以前のエントリーの段階で弾かれることもザラであり、その正確な観測にはある種の感性や才能、そして職人芸にも近い技術を必要としている。
 そして、その職人芸はTeam艦娘TYPE最大の機密事項であるため、ゴーストに関する情報に触れる権限を持っていないチョコレイトやその他の人員らを全て外に追い出し、周囲を警備兵で固めたドライドックの中から、駆逐艦本来の姿に戻った響(プロトタイプ)と、艦娘達の魂の座ともいえる動力炉で何やらやらかしている草餅少佐と井戸水らの何やら実際卑猥な声や音が、響が無意識の内にONにしていた外部スピーカーを通して聞こえてきた。

『ふぁ……っ……~っ!!』

「良ーし、良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し良し。良い娘だ。ちょっと(アクセス防壁の)表面まさぐっただけでもうこんなに(ファイヤーウォールが)ユルユルになってやがる。古鷹並じゃねぇか」
「ほぅ、古鷹もそんなのだったのか。意外だな。もっとお固いのかと思っていたぞ」
「いえ、ね。アイツ、決まった順番とリズムで触ってやれば、すぐに我慢しきれなくなって自分から開くんですよ(セキュリティホールを)くぱぁ、って。ホントはバグなんでしょうけど、栓(追加の防壁)で塞いで外から見えないように(システム的な意味で)隠して(メンテ用のバックドアとして)使ってますよ。今ではね」

 周囲を固める警備兵らは思う。この鬼畜野郎め、俺達のプロト響ちゃんに何してやがる。と。

「あ、ズブッとな」
『っひぁ! だ、駄目です……! そんな大きいの……入らない……!!』

 周囲を固める警備兵らは思う。総員、突入準備。逮捕者は出すな。

「ありゃ。古鷹ん時はこれ以上小さい(観測用♂ソケット)のだと入った事に気が付かなかったくらいだったんだがなぁ」
「重巡と駆逐艦を一緒にするな。井戸水。それで大きすぎるというのだから、大体これくらい(の規格サイズのソケット)で、こんな感じ(のpH濃度)で、じゃあないのか?」
『ぁっ、ぁっ、ぁっ、ッ! ~~~~~~~~~~~~~ッ!!?』

 一際大きな『響』の嬌声に、壁にC4で輪っかを作っていた突入(警備)部隊の手が止まる。

「ほれ見ろ」
「凄……たったあれだけで奥の奥の(ゴーストライン)まで丸見えだ……(ロジック防壁が全部)くぱぁって開いてやがる」
『や、やだ……こんなの(覚醒状態でのメンテナンスモード)って、恥ずかしいよぅ……』

 警備兵らの目を盗んで、壁に耳を張り付けて中の様子を盗み聞ぎしていたチョコレイトは憤慨する。お前ら俺のプロト響に何をするいや待てだがこの略奪される愛的なこれはこれでどうしてなかなか……。と。

 かの伝説の青髭をも上回る、ペドでリョナでサデズムでシリアルキラーで寝取られ属性という性癖五重苦の国際指名手配犯が誕生した瞬間である。



 さて。

 そんな外の状況など知る由も無い草餅と井戸水は、チョコレイトが持ち込んだ疑問の解消と己らの好奇心を満足させるために邁進していた。
 邁進して“いた”のである。
 数えきれないほどの攻勢防壁と論理迷路とシステムノイズが巻き起こす不規則な観測嵐を乗り越え、コア内核の第6階層のゴーストラインへの接触に成功した二人は、周辺の観測データを片っ端から記録しつつ、第9階層――――このプロトタイプ響に使われている旧式の艦コア『ヨーグモス・モデル』の最深部だ――――へと到達した。
 そこにあったのは、存在するはずの無いデータ群だった。

「……なんなのだ、これは。一体、どうなっているというのだ……!?」

 その草餅の呟きは、井戸水にとっても同じものだった。

 ――――今日からお前はВерныйだ、巴先生元気無いな、電と合同の輸送艦護衛任務、これは『信頼できる』という意味の、また旦那さんと喧嘩したのかな――――

「これは……、響になる以前の記憶か!?」

 そう言った草餅自身、その言葉が信じられなかった。

「そうとしか考えられん。だが、一体どこから……?」

 井戸水が監視している端末には、プロト響の魂の座である動力炉――――艦コアの内部を3D化した簡易の分布地図が映し出されていた。

「西半球と東半球それぞれの海馬域が活性化しています」

 確かにこのプロト響はクローン養殖品だ。材料だって確かにオリジナルを加工したスープだ。だが、記憶が残っているというのはどういう事だ。
 別に脳ミソだけを残して移植している訳ではないし、そもそもクローンとオリジナルは遺伝情報が同じというだけで、あとは完全な別人だ。スープにしたからといって記憶が混じる余地などない。ましてや無機物の塊である艦の記憶はどこから来たのだ。しかし実際問題として、記憶はそこにある。
 ならば、あのプロト響には、本当の意味でのゴーストが――――

【草餅少佐、井戸水技術中尉! 大至急4番ドックに来てください! プロト古鷹が帰投しました! 緊急です!!】

 驚愕する2人の意識に割って入るようにして流れた緊急放送の内容に、2人は一度響の調査を中止し、指定された4番ドックへと急いで向かった。




 廊下を走る草餅が、私用のスマートフォンで4番ドックに帰還しているはずのテストパイロット――――もちろん搭乗艦はプロト古鷹だ――――が持つ仕事用端末にCallする。
 1コールもしない内に、相手と繋がった。

「草餅だ、何があった!?」
『少佐殿。帰投する少し前からずっと、プロトの様子がおかしいんです』

 このテストパイロットが言うプロトとは、もちろん彼の乗艦であるプロトタイプ古鷹の事である。

「症状は」
『最初は少し気分が悪いとのことでしたが、帰還中に急に症状が重くなって、何とか帰還しても艦娘化もせずに意味不明なうわ言を繰り返すだけで、今ではこちらからの呼びかけにも答えずに沈黙したままです』
「うわ言?」
『はい。声が小さくてよく聞き取れなかったのですが、確か『どうして人の形をしているの』とか『九十九里中の思い出が消えていく』だとか何とか……』
「……続けて」

 草餅は、その症状に覚えがあるという事を答えない。

『少佐のスマホは確か、レプリロイドの最新型でしたよね!?』

 電話口の向こう側のテストパイロットが唐突に話題を変える。

「ああ、そうだ。こないだツテで入手したばかりの、販売前に生産中止になった、幻のトリッガー3・モデルだ」
『ならwinny cannelのアプリ入ってますよね!? 生データ送るんで見てもらった方が早いです!!』
「いや。もう着いた」

 草餅の数秒前を先行していた井戸水が走る勢いそのままに扉を肩で押し開ける。

「少佐殿!!」

 通話中のスマートフォンを片手にこちらに向かって叫ぶテストパイロット。その向こう側には、古鷹の姿が――――戦闘艦としての本来のままのが――――あった。
 当の古鷹は、帰投報告の一言すらも言わなかった。

「草餅少佐、これは一体……!? アイツはどうなっているんですか!? なんで艦娘の姿に戻らないのですか!?」
「落ち着け。まずは情報だ。井戸水、お前は整備班の備品入れからケーブルと端末を持って来い。私は先にコアに行く。あとはどうにかしてタラップを降ろし――――」

 草餅が言い切るよりも先に、古鷹から昇降用のタラップが下りてきた。

「……返事は無いが、こちら側を認識はしているようだな。古鷹! 精密検査だ、コアまでの最短経路開け!」

 タラップを上る草餅が叫ぶ。その叫びに呼応するかのように、戦闘中の被弾や浸水に備えて閉じていた気密隔壁や水密扉が次々と開いていく。
 さも見慣れた光景であるかのように草餅が歩を進める。いったい何が起こっているのか、まるで理解できていない驚愕の表情を浮かべたテストパイロットがその後をついて行く。



「ただの人間性の喪失現象ですね」

 プロトタイプ古鷹のコアを簡単に調べた井戸水の第一声がそれである。
 何だそれは、と口を開こうとしたテストパイロットの先を取って草餅が続けた。

「末期症状だ。艦娘化したこの娘らの、な」
「人間性の喪失? 末期症状? いったい何の話です!?」

 艦娘。
 その名が示す通り、年頃の娘っ子の姿形に似せて造られた戦闘艦のクローンの事である。詳細は省くがその製造方法はいたってシンプルで、栄えある母体として選抜された年頃の娘っ子をスープ状に加工し、未分化の細胞塊(カルス)単位で培養し、その過程で戦闘艦の破片を物理的かつ心霊力学(オカルト)的に移植した後に薬品処理で急速成長と老化停止処置を施すだけである。
 問題はそこだ。

「艦娘は分類上こそ戦闘兵器だが、結局のところその生態はごく普通の人間と変わりは無い。笑いもすれば怒りもする。美味いメシを食えば喜ぶし、特号の連中(※翻訳鎮守府注釈:深海凄艦の正式名称。正確には『特種指定災害生物群第n号型生物』と表記。お役所の付ける名前は長いね)を前にすれば怯えもするし、泣きもする」

 そんな、ごく普通の人間なんだよ。と草餅は一度言葉を区切って続けた。

「そんな、ごく普通の人間が、いきなり姿形どころか構成物質からして全然違う巨大な船に変身したり、重油や弾薬をモリモリ飲み込んだり、大破したり装備を換装するたびに体のあっちこっちを入れ替えられたりして――――いや、それだけじゃない。日々のメンテの度に体の奥底までアレコレ弄繰り回されて、ずっとマトモなままででいられると思ったのか?」
「――――ッ!?」

 その言葉に、テストパイロットが完全に凍り付く。
 そして、井戸水がトドメを刺した。

「でも運が良かったですよ。艦娘化してからだったら、ただの植物人間ですし。戦闘艦のままなら本来の仕事は出来る訳ですし。あ、そうだ。どうせなら使える資材全部引っぺがしてから新兵器の実験台に――――」




「やっぱり、記憶が戻ったのには間違いなかったんだ」
「うむ。あの後念入りに調査をしてみたが、やはりそうとしか言えなんだ」

 井戸水がテストパイロットの彼に余計な一言を言って、盛大に殴り飛ばされてから数日後。Team艦娘TYPEに所属するおおよそ殆どの研究員に動員令がかかった。草餅少佐から上げられた報告書を読んだ、TKT本部の火元責任者でもあり重巡艦娘開発チームの総元締めでもある、むちむちポーク大佐――――名誉会長の事だ――――が、大層関心を懐いたからである。
 動員令に駆り出された彼ら彼女らは、プロトタイプ響やプロトタイプ古鷹らだけではなく、TKT本部内と最寄りの鎮守府や警備府にいた全ての艦娘達のコアをあまねく観測し、あまねく資料を根こそぎ集めたデータの整理と解析に躍起になっていた。
 その努力の末に得られた結論は“何でなのかはよく分からないけど、兎に角素体の記憶が残っている個体がごく稀に居る”“そいつらは人間性の劣化が早い”という事だけだった。
 そしてその件に関する臨時会議の席での事である。

「素体の記憶が混じった艦娘――――とりあえずはコンタミ艦とでも呼ぶべきか」

 珍しいサンプルなのだが、人間性の減りが平均的な艦娘のそれよりもずっと早いな。と紙媒体に起こした資料を片手に草餅が呟いた。

「記憶や人格が残っている分、受けるストレスが大きいのかもしれませんね」

 人間性は明確な数字として表れるようなものではない。日々の仕草や些細な言動の変化からどれだけ減少しているのかを大雑把に推量しただけのものだ。しかもその資料は、各提督から『艦娘達の心理的健康データの収集のため』と銘打って強制的に(コピーを)提出させた、提督日誌である。そこから関連性のありそうな一文を抜粋し、精査し、体系立てて分類し、仮説と推測とヤマ感と鎮守府内の盗聴盗撮データで、人間性の喪失現象の段階ごとに分けていったのが、この資料の正体だ。
 この臨時会議に出席していたチキンブロス大尉が、資料(という名前の日誌の抜粋記事)を片手に報告した。

「やはり、件のプロトタイプ古鷹もそうですが、どの艦娘も段階を追う毎に自我や記憶が希薄になっていくようですね。例えばこの提督の嫁(自称)の軽巡『龍田』の場合、症状の軽い方から分けていくと『何もない所でつまづいたりする事が多くなった』『指先が思うように動かない事がある』『物忘れが多くなってきた』『何をするでも無く、ぼぅとする事が多くなった』といった具合ですね。超展開にも悪影響が出ています」

 それらと反比例して、通常の戦闘艦として活動する際の性能は高くなっていってます。とチキンブロスは締めくくった。そしてTKTという組織の火元責任者でもある、むちむちポーク名誉会長大佐が一度、会議室の中に集結した面々を見回した。

「うむ」

 偉い人から順番に並べていくと、TKT最大のスポンサーである某国のクイーン・ティラミス、TKTの火元責任者のむちむちポーク名誉会長大佐、外部委託のプリン教授、ネオコウベ技術大尉、チキンブロス(元)空軍大尉、草餅少佐、井戸水技術中尉に、ミルクキャンディ技術少尉を初めとしたその他研究員’sに、執刀医のチョコレイト先生。といった具合である。
 てんでバラバラな並びだが、技術最優先主義のTKT内部ではこれが普通である。ここでは軍隊としての階級など、子供がごっこ遊びでやる『ぼくおまわりさんだぞー!』程度の力しかないのである。
 そんな面々に対し、言った。

「果たしてここまで面子が揃ったものだ。予算縮小確定だというのに腹立たしいまでの暇人共である。だが、これほどまでの頭脳が一堂に会したのはとても愉快で喜ばしい事である。我らが議題『コンタミ艦における人間性の急速劣化への対処法』は君らの強い熱意と議論によってついに対策が立てられることとなる」

 語るがよい。
 開幕の言葉をそう締めくくった大佐が着席すると同時に、次々と意見が飛んだ。

「洗脳しちまえ洗脳。最終培養中の焼き込みの時にでも、そんなもんだって刷り込んどきゃ何とかなるんじゃないのか?」
「いや、そんな事くらいならカンの良い娘は大抵中期の頃に覚悟を決めてるよ。だから最初から自我も人間性も限界ギリギリまで希薄化させた状態で出荷しよう。それ以上薄れる心配は無いわけだし」
「それじゃあAIと大差ないし、長期の運用が出来ないでしょうが。そんなの使うくらいだったら陸さん(陸軍)の鍋島の方が優秀よ。コスト的にも性能的な意味でも。ここはやはり予備の艦娘の大量投入でしょう。艦娘はクローン培養だからいくら使い潰しても替えが効くし、艦種転換の訓練の時間も省けるし、良い事尽くめじゃない」

 他にもあれこれ。
 普通に大事に扱えよ。とか、実行する度に動力系オーバーホール確定の超展開とか控えさせろよ。とか、ていうかこれコンタミ艦関係ないよね。などという軟弱な意見は全く出てこない。
 そりゃそうだ。それは艦娘を運用する側の責任であって、彼らの心配するべき事ではないし、正直コンタミ艦じゃなくても人間性の喪失現象は問題だったからだし、彼ら研究職の人間にとっては、どうでもいいようなお題でも新しいインスピレーションが出てくるかどうかの方が大事だからだ。

「草餅少佐はどうお考えで?」
「……この会議の前、プロトタイプ古鷹で予備実験をしてきた。失われた人間性の回復は可能なのかと。井戸水中尉」
「はい」

 合図を受けた井戸水が部屋の電気を落とし、フィルム式の映写機を起動させる。映像が映し出される。
 直後、画面の中の誰かが、何の前触れもなく大絶叫した。



『古鷹、好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』



 その誰かは、プロトタイプ古鷹のテストパイロットである彼だった。しかもプロトタイプ古鷹と何度も何度も超展開を実行しているにも拘らず、髪の毛一本たりとも『喰われて』いないという、もの凄く貴重な研究資料もとい、もの凄く貴重な人材だった。

『古鷹、好きだ! 古鷹、愛しているんだ! お前の艦長となる前から! ずっと! 好きだったんだ! 否! LOVEでは済まされない!! お前の事ならネジ一本の締め付け具合に至るまで知りたいんだ!!』

 その叫びも異様なら、その様相も異様だった。第二種礼装の白い上着は許そう。斜めに被った白い通常軍帽も、まぁ、許そう。
 だが、全裸は駄目だ。

『そうだ! どうせTKTの連中が録画してるんだ! だったら1億万年と2千年あとも神話として祀り上げられるくらいに言ってやる! 古鷹! 好きだ!!』

 おまけに一体どういう宗教的理由があるのかは全くの不明だが、テストパイロットの彼は、頭に『ドエトフスキー』と達筆に書かれた白い布袋を被り、股間には真っ赤なツタバラ(脱葉・脱トゲ処理済)で編んだフンドシを締めており、その前側には一輪咲きの鉄砲ユリが活けてあった。一体どういう宗教的理由があるのかは全くの不明だが、兎に角それが彼の衣装の全てだった。

『古鷹、好きだ!! お前の動作試験が始まる前から! 何の説明も無しに赤紙一枚で、この九十九里浜第99要塞まで呼び出されたあの日から! なんか最近有名なTeam艦娘TYPEが実はアイドルグループの名前じゃなくて開発チームの名前だってここで初めて聞かされた時から! 艦娘のお仕事がアイドル活動じゃなくてガチの戦争だって知った時から! そんな当たり前の事を教えてくれたブリーフィングの最中、ずっと! 俺は説明ヨソにお前を見つめていました!! 一目見たその時から好きだったんだぁぁぁぁぁ!!』
「物狂いか」

 テストパイロットの彼の熱い思いを一言で切り捨てた誰かの呟きを余所に、画面の中の彼はさらにヒートアップしていく。

『聞いてくれ古鷹ちゃ――――――――――――――――――ん!! そして知ってくれー!! お前のテストパイロットとしてここに配属されたと聞かされた時の俺の絶頂を! あのトキメキを!! 愛しているんだ、君の事を! エブリデイに君の声が聞きたい! エブリタイムに君の少しはにかんだ様なちょっと困った笑顔が見たい!! 書類を手渡しする際に指と指が触れて思わず飛び出た小さな『あっ』の声をもう一度聞きたいんだ!! いいや、そんなモンじゃ無いね! 色欲! 性欲!! 肉欲!!! そんな純粋な言葉ですらこの俺の内側で光ってうねって轟き叫ぶこの思いを伝えるにはマックス大不十分だ!! お前が人間性とかいうのを失って、人間らしい心を失ったと知った俺は! 俺の心は! 文字通り張り裂けそうだ!! どろり濃厚に生暖かくて優しい優しい人間性の塊みたいな性格な古鷹なら理解ってくれるだろう! この胸の苦しみを!! お前がただ一言、ただ一度、ただもう一度だけ戻ってきてくれたなら! 俺は! 俺はもう我慢出来ない! お前の全てを奪ってやりたい!! お前の綺麗な身体も! 美しい心も!! あとついでに男の味を知らない唇とか初夜とかも!! 俺以外で古鷹に惚れている奴前に出ろ!! 馬に蹴られる前に俺が貴様らの金玉蹴り潰して殺してやる!! だが断る! 俺は古鷹が俺の愛に応えてくれるまで戦いません! ラヴアンドピースです! ぎゅーっと抱きしめるだけです! ハニワ原人のように潰れて砕けてしまいそうなほどもっとずっとぎゅっとしながらキスするだけです!! 乙女のプライドが夢のブライドに変質してしまうくらいに熱く激しくねちっこく絡め取るようなキスをするだけです! 一昔前の海外モノのアニメ映画の様に『二人は幸せなキスをしてエンド』なんてお父さん許しません! カーテンコールなんてクソ喰らえだ!! そこからさらにベッドの中までナイター中継をサドンデスしてグランドフィナーレしてやる!! それだけじゃない! 俺がお前を欲しがる様に、俺の身も心も全てお前に捧げ尽す!! それすらも俺の喜びなのだから! お前がもし輝く物が欲しいというのなら星すら取ろう! 尊い物が欲しいというなら命すら盗ろう! 森羅万象たちまち献上して見せよう!! それだけじゃない!! 喜びを分かち合えるのなら何だってやってやる! 古鷹! お前がやれというのなら、俺は素っ裸で海底2万マイルまでの素潜りだってやって見せる!!』

 古鷹の艦首付近で大暴走する彼を余所に、その周囲では古鷹の無人運用システム群――――妖精さん達が、持ち出したラジカセから一昔前のロボットアニメのOP主題歌を最大音量で垂れ流し、両手と腰をフリフリさせるモンキーダンスを踊っていた。

『そうだ! 舐め取ると言えば三日くらい前に『ウォシュレットって、便利ですけどちょっとびっくりしますね』って女性士官に言っていただろう! どうせなら慣れるための訓練として俺が――――』

 テストパイロットの彼が実際不謹慎な何事かを叫ぼうとした直後、画面の向こう側が一瞬の閃光と大轟音に包まれ、カメラが盛大に横転し、ヒビ割れた。
 倒れた画面の向こうでは古鷹の主砲である20.3センチ砲が真っ赤に赤熱しながらその砲身の先からブスブスと煙を上げており、その主砲が向いていた先のドッグの壁には大穴があいていた。
 提督の姿は、どこにもなかった。

「ついでに捕捉しておきますと、この後、このプロトタイプ古鷹に緊急出動要請が掛かり出動。同任務中にただ一度の至近弾すら許さずに、特8号(雷巡チ級)を単独で20隻撃沈させるという戦果を叩き出しました」

 ついでのついでに言うとあの変態は鼓膜が破れていたので、なりそこないの古鷹から剥ぎ取った鼓膜を移植して事無きを得ました。と井戸水が付け足し、映像が終了した。

「……若いって、イエスだねー」
「所々でイカ臭い欲望が隠しきれてなかったけどねー。それも青春かー」
「テストパイロットの彼には、兎に角何か、古鷹の気を惹くような事をやれ。とだけ伝えたのですが……兎に角、この映像にあった古鷹ですが、ご覧の通り多少回復の兆しは見えたものの、結局のところ艦娘化はおろか、対人インターフェイスの起動すら不可能でした」

 結論として、人間性の回復は事実上の不可能です。と草餅は締めくくった。
 そしてその会議の結論として、前線の戦力として使えないんだったら、後方の戦力として使えばいいじゃないという結論になり、今後発見されたコンタミ艦は優先的に本土での慰問活動――――マスコミリーク対策として泥縄的に立ち上げられた艦娘アイドル計画――――に組み込まれる事になった。





「こっちの日誌は先月の綾波の分の3日と4日で、こっちが敷波の2日と3日いや違う磯波の2日と3日分でじゃあ敷波の3日と4日は……だぁー! 紛らわしい!!」
「龍田が俺の料理だけ出さなくなった、龍田が俺とだけ口きいてくれなくなった。龍田が俺と……ってケンカ中の夫婦か何かか、こいつらは」
「ここの基地の少佐の日誌は、今日も艦隊総旗艦の五月雨が代筆……と。いいのかしら? コレ」

 その日の会議が終わり、ごく普通の一般家庭ではそろそろ家族団欒の夕飯となる時間。Team艦娘TYPEはまだ仕事の真っ最中であった。各鎮守府や基地に所属する各提督達から上げられた日誌の精査と分類がまだ終わっていないからである。
 しかも珍しい事に、各チームの部屋に戻ってからではなく、先程まで使っていた会議室の中に資料や書類を持ち込んで。という形式で、である。
 誰かが呟く。

「そういえば、こないだマスコミに私達の事リークしたあの議員、どうなったの?」
「あー、俺ンとこで新薬のFD(致死量)の見極め実験に使ってるー。戦争嫌いの艦娘向けにいろいろと強化したバナナフィッシュー」

 ホントはバケツ一杯分の生理用食塩水で薄めて使うんだけどー、あいつ嫌いだから原液注射ー。とその男が答えた。
 井戸水の隣に座って、耳に挟んだイヤホンでラジオを聴きながら端末で書類を書いていたミルクキャンディ技術少尉が、ふと思いついたように言った。

「あ。じゃあついでにポシャった新薬も混ぜちゃっていいですか? 血液200㏄からでも艦娘クローンを製造可能にする(はずの)超高速培養剤。理論上ならこれの応用で千切れた手足の一つや二つ生やせるはずなんですけど、毛の無いサルにはまだ投与(う)った事無いんですよ」
「おkー、把握ー」

 ごく自然に人権やら倫理観やらをスルーしたおっかない発言が飛び交うが、それがTeam艦娘TYPEの平均値である。
 そんな会議室のドアをノックする音がした。

「失礼します。井戸水技術中尉、お客さんです」
「俺に、ですか?」
「ハイ。いつもの方です」
「ああ、わかりました。こちらに通してください」

 そう井戸水が言い切るのとほぼ同時に扉が開き、一人の少女が入ってきた。手には風呂敷に包まれた重箱があった。

「おぅ、井戸水ー。夕食の差入れだぞー」

 耳と首筋が隠れる程度に切りそろえた黒髪、すらりとした長身、左目を覆う医療用の白眼帯、ほんの数日前まで彼女が通っていた高校のブレザーの上から掛けられた『天龍幼稚園』の刺繍が入ったエプロン、何かヤバイ素子にでも感染したかのような琥珀色の瞳孔。バストは実際豊満であった。

「おう、ありがとな……って、お前、まだその制服着てるのか」
「ああ。幼稚園のガキ共とも今日でお別れだからな。いつもの『おねーちゃんせんせー』スタイルだぜ」

 そう言って、彼女は手にしていた風呂敷包みを井戸水に押し付け、ブレザーの上から掛けていたエプロンの端をつまんでひらひらと振った。そんな彼らを見て、TKTのメンバーはひそひそと囁き合っていた。

(あれが噂の井戸水の彼女か……)
(何でもアパートの合鍵持ってるとか歯ブラシまで置いてあるとか)
(はぁ……僕もプロト響ちゃんくらいの歳の通い妻が欲しいなぁ。製作者権限で2、3体ちょろまかそうかなぁ)
(井戸水D-T反応爆発しろ!!)

 部屋の中からちらほらと湧き上がる、深海凄艦らが発するパゼスト逆背景放射にもよく似た怨念など露知らず、井戸水とその彼女さんは話を続ける。もう完全に二人の世界だ。
 その彼女が、会議室の中にあったホワイトボードに大きく書かれた『コンタミ艦対策会議!』『記憶はどこから来ている?』の文字に気が付いた。

「コンタミ……細菌の培養でもやってんのか?」

 やべえ。消さなきゃ。

 それがこの部屋にいた、井戸水を含めたTKTの総意である。
 既にマスコミにリークされ、アイドル養成学校という表向きでの活動をしているとは言え、TKT本来の存在・活動は未だに国家最重要機密である。
 故に、所属スタッフ達は皆が皆を偽名で呼び合うし、コンピューターだって外界と物理的に切断されているし、建築物はごく普通のコンクリ&窓ガラスに見えても実は消磁化処理された特殊建材だから音だろうが電だろうが波なんて1ピコヘルツだって出入りできないし、書類という書類は全部盗撮対策に特殊なプリズム被膜を施された紙媒体だし、最寄りの県道沿いにあるコンビニに夜食とカフェイン錠剤の買い出しに出かける際だって入念なボディチェックとSP代わりの黒服が最低でも4人は付く決まりとなっている。
 そして勿論言うまでもないことだが、この会議室のホワイトボードに殴り書きされている事だって、立派な機密事項の塊である。
 そして、機密処理に関しては、TKTの保安部はとことん容赦がない。それがたとえ国会議員であろうが、目の前の(元)女子高生であろうが。
 そんな己の命の危険など知る由も無く、彼女はホワイトボードに殴り書きされた会議の概要を流し読みし、呟いた。

「なぁ。これって、もしかして骨髄じゃねぇの?」

 お前は何を言ってるんだ。という視線が彼女に集中した。

「ああ、こないだガッコの卒業式の後でさ、友達がこんなん見つけてきたんだよ」

 ほら、これ。
 そう言って彼女はスカートのポケットの中から取り出したスマートフォン(レプリロイド『ジュノ』モデル。空爆に巻き込まれても動作可能&クラウドバックアップシステムで何とかなるのが取り柄の頑丈なモデル。各国の軍人さんからも実際高い評価を受けております。ご購入の際はお近くのPX鎮守府まで)を慣れた手つきで2、3操作して、目の前の彼らに突き出した。
 部屋中の面々が顔を寄せて画面に集中した。

「……『あのトキメキよ、あのヒラメキよもう一度。我が社が自信をもって世に送り出す新製品、BONE yesterday』だぁ? 胡散臭ェ」
「骨髄抽出の記憶素子、ねぇ……胡散臭いったらありゃしないわね」
「外の情報なんて全然入って来ないから判断のしようが無いぞ。つか胡散臭いにも程があるだろ」
「でもこれ、まるっきりのウソっていう訳でもないですよね。クレア・シルヴィアや戸愚呂兄の例もありますし。ちょっと胡散臭いですけど」

 誰かが漏らしたその一言に、会議室が黙り込む。およそ2秒間ほど。
 そして、井戸水を含めた会議室の面々が全くの同時に出した答えは、全くの同じだった。

「「「よし、実験だ。実証実験だ。プロト響ちゃん呼んでこい」」」
『!!!!????』

 その瞬間、自室にて紅茶片手に瓶入りイチゴジャムをチビチビと舐めていたプロトタイプ響が原因不明の強烈な悪寒に襲われたと供述しているが、会議室での発言との関連性は一切不明である。

「とりあえず、精度はともあれ記憶の物質化と抽出が可能かどうかにチャレンジだ」
「ちょっと空いてるミキサー無いか確認してくる」
「あ、井戸水クンの彼女さんは今日はもう出て行ってね。流石にこれ以上はヤバイから。いいね?」
「アッハイ」

 あと、ついでだしちょっとだけ検査受けてから返ってね。と、チキンブロス大尉によって彼女が誘導されたその先の部屋。

 そこには『艦娘適性検査室』とそっけなく書かれた白地のプラスチックプレートが扉脇のドア枠の上隅に飾られていた。





「……どうすんだよ、これ」

 コンタミ艦対策会議より数日後。
 机の上に置かれたガラス瓶に封入されたその無色透明な液体を見て、井戸水は呟く。

「ホントに抽出出来ちゃいましたねぇ……」

 既に、この抽出液を用いた実験は成功で終わっている。
 プロトタイプ響から抽出した、この液体状の記憶素子を生食(生理用食塩水)で浸透圧調整したものを何の関係も無いプロトタイプ那珂ちゃん(A)型(C)型(D)型それぞれに投与してみた所、響や響の素体となった少女の記憶を持った個体がおよそ数%の確率で発現したのである。記憶の鮮度や部分的な欠損に目を瞑れば、発現率はほぼ100%である。

「水増しして1%未満に希釈したのでこれだからな。原液全注射したら記憶の完全投射も不可能じゃないな」
「……肉体はクローン。つまり、いくらでも替えが効く。で、記憶は今日この時に移し替えが可能になった……」

 面白そうなオモチャが出来たぞー。と喜ぶTKTの面々を余所に、執刀医のチョコレイト先生が珍しく難しい顔をして何事かを呟いた。

「これ、一応とは言え、不老不死だよね?」

 ハッとした表情で面々が机の上に置かれた小さなガラス瓶に注目する。2秒間どころではない沈黙が辺りを包む。
 いつの間にか会議室の面々に加わっていたロックアイス主任が叫ぶ。

「……よし! これ持って上層部に予算と権限拡大できないか掛け合ってくる!『Y』は沈みません!『Y』はこんなところで終わってたまるか!!」
「そ、そうだ! 空母とか戦艦とか、まだ造ってない艦娘はいっぱいある!!」
「軽巡と駆逐だけで特号の連中(深海凄艦)に対抗できるからって、予算を削られるのはおかしい!」
「せっかく爆破テロに見せかけてまで放医研(※放射能医学研究所。実在)の結界隔壁から陸奥鉄盗ってきたんだ! 無駄にするのは良くない!!」

 総員突撃ニィ、移れィ! と叫んで走り出した主任クラスの面々に交じって走り出した草餅が、嗚呼そうそうと、思い出したように付け加えた。

「井戸水技術中尉。次の開発予定の艦娘は軽巡洋艦『天龍』よ。候補者のリストは人事担当のチキンブロス大尉が持ってるから、仕事終わった後で目を通してきなさい」

 井戸水の方を振り返った草餅は、それだけ言ってさっさと部屋の外に突撃していった。
 窓から差し込む夕陽によって、部屋は血のように赤く照らされていた。



 以下、草餅少佐が遭遇した事実のみを記す。

 その日の深夜、草餅ら主任クラスの面々がホクホク顔で上層部との交渉を終えたその足で各開発チームごとの部屋に戻っている最中、人事課のオフィスから誰かが飛び出してきた。井戸水だった。
 井戸水は草餅の存在に気が付いた様子も無く、廊下に飛び出した勢いそのままに何処かへと走り去って行った。

「……? 井戸水?」

 オフィスの中を覗いてみると、チキンブロス大尉が床に尻餅をついた状態で倒れ、書類の山が大雪崩をおこして部屋中に散っていた。

「大尉、大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう。大丈夫だ。まったく、井戸水技術中尉は何を考えているんだか……痛たたた」
「何があったのですか?」
「いや、それが、私にもよく分からないのだが、今度開発される『天龍』の素体候補について大きな不満があると言ってきたのだ」
「『天龍』の?」

 草餅らの手助けを借りて立ち上がったチキンブロスが、床に落ちていた一枚の書類を草餅に手渡す。件の『天龍』として加工される素体の最終候補者のリストだった。記載されていた最終候補者数は1名。

 そこには、数日前に見た、井戸水の彼女の顔写真とプロフィールが掲載されていた。

「……艦娘『天龍』候補生第422号。軽巡洋艦『天龍』との親和値は2位以下のおよそ17倍。金属アレルギーを初めとした持病の類は一切無し。更には親兄弟は深海凄艦らによる豪華客船『オリョール号』襲撃事件の際に全員死亡、よって面倒な後始末工作も最小限で済む。本人もその際に眼球を破損、深海凄艦に対して強い敵意有り。出荷前の洗脳処理と併せて、艦娘化の際には極めて高い戦闘意欲が見込まれる……いったい何が不満なのかしら?」
「まったくだ。こんな好条件の素体、探してもいないというのに」

 本気で訳が分からないと、草餅とチキンブロス大尉の二人が同時に首をかしげる。他の面々も同様だ。
 そこに、背後から少女の声が掛かった。

「あ、あの……済みません。執刀医のチョコレイト先生は……い、いますか?」

 草餅の腰の辺りしかない小さな身長。首にかかる程度に揃えた茶色い髪で、俯きかげで大人しそうな表情。体型と背丈も、それこそ少女としか言いようのないものだ。この場にいない井戸水などの古典派巨乳原理主義者のお歴々からすれば今後に期待したいところである。首から黄色い紐でぶら下げられた黄色いIDカードには『駆逐艦 プロトタイプ電(ナノデス)』と大きく書かれていた。
 そして何よりも人目を惹くことに、電はほとんどまっ透明なネグリジェ一枚だけを付けて、己の身長ほどもある抱き枕を抱えていた。枕カバーはよりにもよって『Yes/Go』だった。


 ――――あのペド野郎、とうとうやりやがった。


 という視線が会議室の中から飛び出してきたチョコレイト先生に突き刺さったが、まるで意に介していないようだった。

「ボクはここさ。それで、どうしたんだい? そんな美味しそ、もとい素晴ら、じゃなくてそんんな格好で? 夜間無断外出なイ、いけない子にはお、おおおしおきかなぁ」
「あ、あの。すみません、ちょっと、怖い夢見ちゃって……一緒に寝ても、良いですか?」

 恥ずかしげに俯きながら話していたプロトタイプ電がここでちらり、と上目遣いにチョコレイトの方を見遣った。

「いいですとも!!1!!!」

 このペド野郎、とうとうやりやがった。

 という視線がプロトタイプ電の肩やら背中やら尻やらに手を回して厭らしくまさぐるチョコレイト先生の背中に突き刺さったが、まるで意に介していないようだった。
 チョコレイトに気付かれないようにそっと後ろ手に回された抱き枕の中から、打突式酸素魚雷の弾頭部分がちらりと覗いていた事に、誰も気が付いていなかった。
 2人が部屋に消えた直後、非常事態を告げるベルが館内全域に鳴り響いた。強制的にスピーカーがONにされる。

【脱~~~~ッッッッッッ、走ォォォォォォォウ! 全保安部員に告ぐ! 全保安部員に告ぐ!! 施設内より脱走者発生!!!】

 TKT設立以来、ちょくちょく響いている非常事態放送だった。
 草餅やチキンブロスらも、この時点ではまだ呑気に構えていた。おお、久しぶりだな。今度はどこの下っ端が発狂したんだ。などと軽口をたたき合う余裕まであった。
 次の瞬間までは。

【脱走者は井戸水技術中尉! 脱走者は艦娘候補生および、B‐02保管庫にあった試作品数点を盗んで逃走中! 機密保持要綱に従い、発見次第即射殺、発見次第即射殺! 要不問!!】

 は?
 ちょうどその時、執刀医のチョコレイト先生と電が並んで入って行った人気の無い空き部屋の中から、柔らかい何かを大質量塊で強打するような湿った音と『は、話が違うじゃないか!?』『身の程を知れ、なのです。お前のようなゲス野郎にあると思ったのですか? そんな美味しい話が』という2人の会話が扉越しに聞こえて来てはいたが、誰も気にはしていなかった。

「ゲロ水……本気で何を考えている!?」
「B‐02保管庫? ポシャった試作品の押入れじゃないか」

 ちょうどその時、執刀医のチョコレイト先生と電が並んで入って行った人気の無い空き部屋の中から『私だけじゃなくてお姉ちゃんにまであんなひどい事をしたのは許さないなのです!』『あんな事って、まさか、お前もコンタミ艦――――』という2人の会話が扉越しに聞こえて来てはいたが、誰も気にはしていなかった。なのですなのですと見開き7ページ半は続きそうな叫び声と打撃音が鳴り響くその部屋よりもさらに奥。名誉会長専用の培養槽が安置された執務室の扉を蹴破るようにして、1人の艦娘が廊下に飛び出してきた。
 開け放たれた扉の向こう側に転がる、たった今割られたような培養槽がやけに目についた。

「戦場が! 勝利が! 万雷の拍手と共に私を呼んでいる!!」

 草餅らもまるで見た事の無い艦娘だった。
 電探を模した白いカチューシャを付け、肩口と左右の手首に砲塔群を接続し、両足の付け根の外側に魚雷発射管を生やしており、背中まで伸ばした髪は濡れてぴったりと張り付き、執務室の中にあった高級そうなカーテン(夏向けの白薄地)を引き千切って体に巻き付けただけという、大変けしからん格好の妙齢の美女だった。実際バストは豊満であった。

「脱走兵の捕縛だなんてみみっちゃいけど、この私、プロトタイプ足柄様の肩慣らしとしては申し分ないわね!!」

 Yokkoishouiti!! と叫んでそのまま窓ガラスを突き破った(自称)プロトタイプ足柄は、滞空中に七回転半月面宙返りひねりを決めて正面ゲート前に着地し、人一人分が潜れる隙間が開くのを待っていた井戸水と、その隣の少女――――足柄は知る由も無かったが、天龍の素体候補だった――――が乗るバイクに向かって笑顔と共に軽く手をひらひらと振った。実際バストは豊満であった。

「こんばんわ脱走者さん! 死ね!!」

 前腕部の砲塔を井戸水らに向け、自我コマンドで激発信号を送る。
 直後、

「ヤッダーバアアアアァァァァァァァァァァァ!!!」
「うにゃ? うに゙ゃ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁ!?」

 直後、窓ガラスの破片を尾と引いた執刀医のチョコレイト先生が不可思議なきりもみ回転と共に(自称)プロトタイプ足柄に直撃。2人はその運動エネルギーで盛大に吹き飛ばされ、盛大に目を回した。それを何かの罠かと疑ったのか、井戸水らはしばし立ち往生していたが、警備部隊らの迫る足音に我に返ったらしく、ただちにバイクを発進させた。追跡用の自動車部隊も出張ってきてはいたが、ゲートの開放までの間、完全に立ち往生する事となっていた。

 井戸水 冷輝に関するその後の足取りは、ここで一度完全に途切れる事になる。






「……それで、その後、井戸少佐、もとい井戸水中尉はどうなったのですカー?」

 いつの間にか話に聞き入っていた金剛が、集音マイクを専有して続きを促した。

『実名晒した個人が、組織相手に半年間も逃げ隠れ出来たのが奇跡みたいなものよ。盗み出した試作品を手土産に陸軍まで逃げ込んだのは良かったけれど……あいつにネーミングセンスがあとほんの少しでもあれば、見つけるのはもっと難しくなっていたかも』

 つまりは、逃げきれなかったという事だろう。愛と青春の逃避行なぞ、所詮は物語の中だけの出来事であるという事か。

『その後、天龍は予定通り……いえ、止めておきましょう。そこから先は、私が語るべきではないわ。兎に角その後、井戸水技術中尉は一度こちらに戻ってきて、それから所長と契約したのよ。私達の誰もが納得するような対価は用意する。だから、これをよこせって』
「これ?」

 金剛が自我コマンドを入力。外部ネットワーク群にアクセス。エラー。

『ああ、ごめんなさい。ちょっとケーブル切断したままだったわ』

 無線越しの声の謝罪と共に、金剛の視覚野に火が灯った。
 そこに映っていたのは、中身の詰まった書類ケースが3つ置かれた小さなデスクだった。デスク自体はそれなりに大きいのだが、山積みとなった書類やらデータディスクやら端末やらでその大半が埋め尽くされており、とりあえず腕と大事な書類が目立つように置ける程度のスペースしかなかった。

『言い忘れてたけど。TKTの中核スタッフとの面会って、許可持ってないと加工された音声以外の情報は全部フィルタリングされる仕組みなのよ』

 ほら。と続けた女の声と共に、デスクの上の書類ケースが宙に浮いた。よく見ると、ケースの端っこ部分が人の指の形に透明化していた。
 その書類ケースの表側には『宛:井戸枯輝様 艦娘解体処分命令書在中』『宛:井戸枯輝様 退役艦娘身元保証書 書類一式在中』『宛:水野蘇子様 艦娘との結婚(仮)に関する法的書類一式 with 指輪在中』とあった。
 何気なく混じっていた3つ目の書類。
 金剛は、自分の視覚デバイスが故障でもしたのだと思った。

『聞いた事くらいはあるんじゃない? 解体された艦娘は、新たなクローンを製造するための素材として回収されるって。これはそうしないで、大本営発表の通り、解体された艦娘を日常生活に戻すために必要な書類一式と、何かしらの素材や実験体としてその艦娘を再利用を許可しないっていう確約書よ』

 その話なら金剛も知っていた。解体された艦娘を、明るく楽しい意味で戦争から開放するための魔法の書類。だがそれは、どちらかというと出口の見えない血塗られた日々の絶望からの逃避として生まれた都市伝説ならぬ鎮守府伝説の類ではなかったのか。
 そう金剛が訊ねると、女の声は言った。

『確かに、そんなデマが前線の将校や艦娘達の間で流れてたらしいわね。でもね、半年くらい前だったかしら。本土で、植田弘康っていう勇者が出たのよ。それからよ。身元保証書や結婚書類の噂が現実になったのは』
「それじゃあ、井戸少佐は……」
『そう。自分自身と彼女の二人。二人でそろって生きて帰る。そして新しい生活を始める。その安全保障のためだけに、何年も世界各地の最前線で戦い続けてきたのよ。でも、それももうすぐお終い。各種深海凄艦の突然変異種に関するレポート、ダ号目標の各部位サンプル、そして行方不明のままだった戦艦『武蔵』の所在地……どれ一つ取っても十分に納得のいく戦果だわ』

 女の声はそこで一度区切って、続けた。

『水野中佐の方もそう。一年前、たったあれだけの戦力で南方海域陥落の危機を救った功績は大きいわ。それと今回のダ号目標の件と併せて、ようやく申請が受理されたのよ。貴女との結婚許可』

 金剛は、嬉しさのあまり、もう何も言えなかった。ただ、胸の奥からこみ上げてくる感情の波を堪えるので精一杯だった。
 一日平均(自主規制)回、ベッドの上で夜戦をこなしているとは言え、金剛は不安だったのだ。ひょっとして水野提督は、自分の身体だけが目的じゃあないのかと。
 だが、それは杞憂だった。杞憂だったのだ。

『……そう、おめでとう』

 監視カメラ群から天然オイルを垂れ流しつつ、静かに泣き続ける金剛の嬉し泣きの声が、金剛以外には誰も入渠していないドライドックの中に木霊していた。







 本日のNG(没)シーン



 そいつは『餓えた狼』って呼ばれたらしいわ。
 何もかもを喰らい尽くす、死を告げる腹ペコの犬。
 これは本当の話よ。ずっと昔の、私の何代も前のおばあちゃんが見た出来事。

 最初の『餓えた狼』その人が生まれるのを見たのよ。



                           ――――――――艦娘式コンゴウ型イージス護衛艦『コンゴウ』






 プロトタイプ足柄がこの有明警備府に配備され、この女性提督と初めて海に出てから、もうじき半年が経とうとしていた。

 ――――足りない。

 6か月である。ゲロ水もとい井戸水が脱走してから実に180日である。
 その間にあった出来事と言えば、深海凄艦側が対艦娘戦闘に特化した特9号(※重巡リ級)という新種を生み出し、人類側優勢になりつつあった太平洋戦線が押されに押され、絶対防衛圏の1つであるはずのフィリピン海周辺の産油地域のシーレーン維持ですらおぼつかなくなった事と、合衆国の真珠湾奪還作戦『シナリオ7』が過去最悪の大失敗に終わった事と、敵新種に対抗するべく、古鷹や足柄などの重巡娘をはじめ、空母や戦艦娘の制作・量産が決定した事くらいである。

 ――――全然足りない!

 その半年の間、このプロトタイプ足柄が何をしていたのかというと、ただひたすらに狩っていただけである。駆逐や軽巡種は言うに及ばず、悪名高き雷巡チ級も、対艦娘用の重巡リ級も、兎に角目についた敵艦を片っ端から平らげてきたのである。
 朝目が覚めたら出撃して朝飯喰って出撃して、昼出撃したら昼飯食って出撃して、3時のおやつ喰って出撃して、夜出撃して夕飯喰って出撃して、夜戦こなしてお風呂に入って就寝するという、かのルーデル閣下のような規則正しい生活を送っていたのである。
 だが、プロトタイプ足柄の心の中にはいつも、常に何かに追われているかのような焦燥感と、呪いにも似た飢えがあった。どれだけの勝利を刻もうとも、どれだけの称賛の声や眼差しを向けられても満たされず、日々募るばかりであった。
 敵の種類ではない。数の大小でもない。戦局の有利不利でもない。
 ならば武器かと思い、最近ロールアウトした戦艦『陸奥』の真似をして取り外した第三砲塔で重巡リ級をブン殴ってみたが、やはり満たされなかった。

 ――――何かが、何かが間違っている!? でも何が!?

 彼女のゴーストは囁く。もう遅いと。彼女の理性は囁く。艦娘になったのだからまだセーフと。
 足柄の素体となった女性が、彼女自身に遺した手紙は言う『勝利の栄光を、私に!』
 勝利。栄光。
 何かがカチリと嵌ったような気がした。

 ――――足りなかったのは勝利なのね! もっと勝利を! もっと、もっとよ!!

 それからというもの足柄は、出撃の機会を探しては警備府内を忙しなくうろつきまわり、実戦においても最初に突撃し、己の損害など無視して最後の一匹を食らい尽くすまで戦い続けた。
 いつの頃からか、誰にともなしに彼女は『餓えた狼』と呼ばれるようになっていった。



 ある日の事である。
 餓えた狼が、トイレで吐いていた。

「……あ、足柄サーン? だ、大丈夫デース……?」
「あ゙、あ゙り゙がど、金剛……」

 状況はこうだ。
 つい先日、プロトタイプ足柄の所属するこの警備府に、新たなる主力艦のテストヘッドとしてプロトタイプ金剛が配属され、本日はその歓迎会という名目で近所の飲み屋に艦隊一同で出撃してきたのである。歓迎会とは名ばかりの合コンである。そしてこの鎮守府は提督以下、ほぼ女性のみで占められており、男女の出会いというものが極端に少ない。
 そこ、笑うな。
 この警備府に所属する者らの中には、提督麾下の大井の様に、同性どころか無機物相手に逝ってはいけない方向に全力で走り出す艦娘までチラホラと出始めたくらいに事態は深刻なのであり、提督も結構真面目に対策を練っていたところである。
 そんなときに降って湧いたチャンスがこの、プロトタイプ金剛の配属というイベントなのであり、だったらそれを配属歓迎会という名目の合コンにしてしまえという流れになったのである。
 そんな事をしてる暇があるなら警備府内の警邏でもいいから出撃させろと吠える足柄を言い包めて参加させ、乾杯の音頭を取ったまでは良かったのだが、合コン開始早々、足柄の体調が急に悪化したのだ。
 最初は座りが悪そうにしていただけだったが、妙に顔が赤い、普段の荒々しさなどまるで感じさせないくらいに大人しい、男に声を掛けられると挙動不審気味に受け答えする、そして終いには歓迎会(という名目の合コン)の主賓であるはずのプロトタイプ金剛に連れられて、トイレにてゲーゲーと吐く始末である。男に免疫が無いにもほどがある。

「ご、ごめんなさいね金剛さん、せっかくの主賓なのに……」
「Oh.気にしナーイでくだサーイ。困ってる人を助けるのは、良いLadyの嗜みデース」
「そう。それは素敵ね」

 ゲロ吐いたショックなのか、それともイイ男達に囲まれていたショックなのかは定かではない。ただ、この時既に、プロトタイプ足柄は全てを思い出していたのだ。
 艦娘となる以前の自分が、何を追い求めていたのか。

「ありがとね。でももう大丈夫。今度は途中でやめたりしない。最後までよ」

 全てを思い出した瞬間、プロトタイプ足柄の中で、運命の歯車がガッシリと噛みあうのを自覚した。
 足柄の目付きに光が戻る。警備府内で餓えた狼と恐れられる、あの眼光だ。
 彼女のゴーストが囁く。男だ。男が足りなかったのだ。

「ここが! この戦場が、私の魂の場所よ!!」

 肩で風切ってトイレから出ていくプロトタイプ足柄の背中を、プロトタイプ金剛は『訳が分からないよ』とでも言いたげな、間の抜けた表情で見つめていた。

(今度こそ終れ)


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