※お前の嫁艦は死ぬ
※おれの嫁艦も死ぬ
※どうせみんないなくなる
※ど う せ み ん な い な く な る
(2015/5/26初出。5/29、6/10、大丈夫だと言っておきながら誤字脱字&本文の一部修正)
いつか、静かな海で――――
――――――――対深海凄艦戦争当時、各国の艦娘に行われた将来に関する質問で最も多かった回答
【なぁ、司令官】
ちょうどその時、目隠輝少佐のいるA隊はただひたすらに直進していた。
【? ……おーい、司令官ーん。司令官ってばー!】
「うわぁ!?」
【うわぁ!?】
少し大きな声で深雪の立体映像が、己の艦長席に座る輝に声をかけた。それに対して思わず肩をびくりとさせて飛びあがった輝に、逆に深雪の方がびっくりした。
「……あ、ああ。なんだ、深雪か。びっくりさせないでよ」
【それはこっちのセリフだよ。さっき井戸少佐から、砲撃・雷撃戦の準備しとけって通信、入ってたじゃん。どうしたのさ】
「あ、ああ。そそうだったね。ごめんごめん」
あはは。と乾いたように力無く笑う輝に、深雪が怪訝そうな顔をした。
「……怖いんだ。戦うのが」
【怖い?】
何を今更。
深雪はそう思った。デビュー戦では戦艦ル級と一対一。その後いくつか続いた実戦でも、その全てを何とか済ませてきたではないか。と。
「うん。僕はさ、ここに来るまで、深海凄艦との戦争なんて、本や戦意高揚映画の中でしか見た事なかったんだ。だからこっちに来る前に本とかいっぱい読んで勉強したんだ。でも、でもさ、どの本にも載ってたんだ。大規模な敵泊地――――大巣穴の攻撃作戦からの平均生還率は、僕が生まれる前の消費税よりも低いんだって」
【……】
「しかも僕達が参加しているこの作戦は泊地 “攻撃” じゃなくて “破壊” だ。今よりもずっと大規模な戦力を集めて、何度も何度も繰り返して、それでもたったの3回しか成功させていない、奇跡みたいな作戦なんだ」
【だからって……!】
「だからって、ここで逃げ出すようなことはしないよ。深雪。それは約束する。深雪も言ってたでしょ。あの夜――――戦艦ル級と戦ったあの夜に。逃げるな、戦えって。だから僕は逃げないよ」
戦って、勝って、生き残って。そして家の皆に認めてもらうんだ。と輝は締めくくった。普段通りの音量と口調だったが、そこには並々ならぬ決意が秘められている事が、深雪にははっきりと感じ取れた。
そして、少しおどけたように輝は付け加えた。
「それにさ、井戸少佐達が頑張ろうとしているのに、僕だけが何もしなくてもいいっていうのは、ちょっとね」
【……あー。それは確かに】
『大往生よりA隊全ユニットへ。大往生よりA隊全ユニットへ』
ちょうどその時、名誉会長の乗る大往生から通信が入った。
『大往生よりA隊全ユニットへ。敵集団C2の誘導に成功。交戦開始。急いで進撃するがよい』
A隊中では最速ユニットの絶滅ヘリ『大往生』の単騎突出により、艦娘達の針路上にいる敵防衛部隊を誘導し、あるいは撃破して敵防衛網に間隙を生み出し、A隊は余計な戦闘や進路変換をせずに、真っ直ぐにガダルカナル島に向か逢って進んでいた。
【司令官】
「うん。深雪、増速準備お願い」
【オッケー!】
『……なぁ、井戸?』
『……天龍、何も言うな』
自我コマンドで艦体各所に命令を出していた深雪の通信機に、A隊のリーダーを務める井戸と、彼の乗る艦隊総旗艦の軽巡娘『天龍』の呆れたような声が聞こえてきた。
『なぁ、もうみんなあのヘリ乗せてもらってさ、そのままガ島まで突っ走った方が良かったんじゃねーの?』
『……言わんでくれ。俺だって、今気が付いたんだ……』
いったい何事かと思った深雪が光学デバイスを最大望遠で向けてみたその先。
そこには、無数の深海凄艦らの対空砲火を紙一重で避け続けつつ弾幕を張る、名誉会長の乗る『大往生』の雄姿があった。
およそ人類製のヘリコプターの取れるようなマヌーバではなかった。新種の飛行小型種か、あるいはどこぞの超攻撃的文明の宇宙戦闘機ですと言われた方がまだ違和感のない回避機動だった。
『弾幕が! カスリが!! カスリ点が私を呼んでいる!!!』
何故だ。何故わざわざ対空砲火の密度の濃い方に突っ込んでいくのだ。
A隊の誰も彼もがそう思っていた。
『ハッハー! まだまだBUZZるぜ! メルツェェェル!!』
誰だ。メルツェル誰だ。
A隊の誰も彼もがそう思う那珂、色々とアレなテンションの名誉会長を除いてA隊は、粛々とガダルカナル島までの海路を進んでいった。
『大往生よりA隊全ユニットへ。敵集団D1がそちらに接近中。距離的にも、恐らくこれが最終防衛ラインだと思われる。誘導は不可能。いよいよもって殲滅するがよい』
『了解。Aリーダーより各ユニット。聞こえていたな。我々の目的はあくまでもリコリス飛行場基地だ。雑魚には構うな!』
『『『了解!!』』』
『MidnightEye-01よりAll_A_unit, MidnightEye-01よりAll_A_unit.』
A隊の面々の力強い返答と同時に、C隊の航空支援部隊から通信が入った。
『貴君らを支援する戦闘機隊および爆撃隊は空中補給機Reverse-WOPからの補給を完了。現在移動中。爆撃隊のBalmung小隊は既にD1に対して、はげたか級反応弾頭ミサイル『スレイプニル』を発射している。5分後に着弾予定』
『A隊井戸了解。終末誘導は予定通りこちらが受け持つ』
『それと、先程B隊から緊急連絡が入った。泊地凄鬼の主砲を無力化したとの事だ』
『『「おおっ」』』
井戸達が歓喜する。
『因みに、その他のB隊のメンバーの状況は?』
『現在交戦中。それ以上の詳しい状況を聞く前に、周辺海域のパゼスト逆背景放射線濃度が急激に上昇して通信が途切れた。A隊は予定通りミッションを遂行してくれ』
「了解。聞こえていたな。各艦、砲撃・雷撃戦用意。隊列は一度輪形陣を解除し、単縦陣に移行。ミサイルの撃ち漏らしから狙え。攻撃のタイミングは航過中のみ。その後は再び輪形陣に移行する。取りこぼしは名誉会長とC隊の航空戦力に一任する!!」
『『『りょ、了解!!』』』
『我々の目的は基地の破壊だ。魚雷の出番は無い。全弾くれてやれ!』
井戸達が増速を始める。頭上遥か高くを飛ぶMidnighteye-01からの戦術情報と照準補正処理を受けて、精密照準を開始。井戸の号令で全ての艦が全てのノーマル酸素魚雷を吐きだす。数分間の静寂。
『……ここまで来たら、もう迷う事は無い。目の前に進路があればただ進み、目の前に深海凄艦がいればただ撃破するのみだ』
『? 井戸?』
『俺も腹を括ったさ。天龍、この戦いが終わったら、前から話してた通りに軍を抜けよう。書類はある。203は目隠少佐に引き継いでもらって、また、昔みたいに二人で暮らそう』
『ファーッ!?』
天龍が上げた奇妙な悲鳴(?)が、A隊各艦の艦内に響き渡った。無線越しに聞こえてくるガシャコンガシャコンという奇妙な金属質の重低音は恐らく、動揺した天龍が無意識の内に水密隔壁を開けたり閉めたりしているのだろう。機械耳をピコピコさせるのと同じ要領で。
『ちょ! 井戸少佐!? それ死亡フラグ!!』
『ていうか井戸プロデュ、提督ー。那珂ちゃん、提督が退役とかそんな話全然聞いてま……げほっ、げほっげぼっ……聞いでまぜんよ!?』
そしてA隊の――――というか主に203の面々が騒ぎ始めた那珂、ミサイル群が敵集団の真上から着弾し爆発。続けて、魚雷による爆発混じりの水柱。
井戸よりも先に天龍が照れ隠しに叫ぶと同時に、勝手に増速を開始。
『か各艦、最大戦速に増速! 突撃!!』
『勝手に増速するな! 陣形を崩すな!!』
彼らが姫と遭遇するまで、あと、十数マイル。
ちょっと最近投稿前の推敲足りないんじゃあないかなーと思い、月一投稿のゲッシュを破って書いてみました。なので今後は誤字脱字率多少は改善されると思います。多分。その分投稿期間は激長になりますが。あ、そうそう。何事も無ければ次回で最終回です。の艦これSS
『嗚呼、栄光のブイン基地 ~ 鉄底海峡③ Many Fleet Girls / And then there will be none』
2人の金剛との戦闘中、鬼は突如として背筋を走った冷たい予感に従い、咄嗟に上半身全てを使って首を無理矢理胸のあたりまで下げた。
かちっ。
今の今まで鬼の首があったあたりで、赤城が歯と歯を噛みあわせる乾いた音が一瞬だけ鳴り響いた。
『……チッ』
赤城の小さな舌打ちに思わず鬼がそちらに振り返った時にはもう、赤城は音も波紋も無く水面を飛び跳ね、鬼の死角へと移動していた。
一瞬だけ赤城と目があった鬼は、顔には出さずに恐怖していた。
あの眼はよく知っている。
艦娘なんて影も形も存在していなかった頃、あの島々(ハワイ諸島)で、襲い来る人間達を返り討ちにしていた頃の同胞達と同じ目だ。
敵意も悪意も憎悪も無い。戦意も、戦闘時特有の高揚感も無い。ただ純粋に、距離と状況を見極めるだけの目付きだ。
敵と戦う戦士の目ではない。
Predatorの目だ。
コイツは、自分をヤシガニか何かのように狩るつもりでいる。
背後を振り返らず、概念接続で質問信号を送る。
10秒近いタイムラグの後、信号を送った全ての護衛ユニットから、現在戦闘中との報告が返る。
「!?」
その返答に鬼が思わず背後を振り返ると、そこでは乱戦が繰り広げられていた。
TKTラバウル支部の妙高が、ブイン基地のメナイ少佐と愛宕(メナイ少佐は『ハナ』と呼称)が、ラバウル聖獣騎士団の駆逐艦娘達が、こっそりと合流していた那智が、201の通常戦力が、基地司令代理の漣が、202の電が、
その誰も彼もが、鬼の周りから護衛を引き剥がすようにして格闘戦を挑んでいた。その結果、鬼と正面から対峙している二隻の金剛改二と、当の鬼こと泊地凄鬼の周りには空白の海域が現れた。あたかも格闘技のリングのような空白だった。
奇しくも、シナリオ11にて伊勢と日向が鬼に挑んだ時と、ほぼ同じ状況だった。
「ォ」
そして、シナリオ11と違い、金剛達はたった2隻だけで挑んでいる訳ではなかった。
改二型艦娘や正規クウボなどの、シナリオ11当時よりもずっと高性能な艦娘も何隻もいるし、鬼も万全とは言えないような状態だった。
人の形をしている上半身こそまるで無傷のままだったが、鬼最大の脅威である主砲は接合部を食いちぎられ、ぶっとい動力ケーブルだけでプラプラと宙に揺られている状態だったし、鬼の『奥の手』があるカヌー型の下半身も上半身に格闘戦を仕掛ける際の足場にされたり踏み台にされたり、ミサイル砲雷撃が散々に直撃したおかげで、随分と酷い有様になっていた。
『奥の手』自体も、原型こそ残っていたものの、手首から先はもうほとんど使い物になりそうになかった。
「……ォノレ」
ここまで追い詰められた己の不甲斐無さに苛立ちつつも、鬼は歯を食いしばって救援要請をCallする。
こんなところで切るような安い札ではなかった。出来ればもっとクリティカルな局面で使いたかったと思いながらも。
「……ォノレ、ィァイマシイ、ァンムス、ドモ、メ……!!」
かすれた声で鬼が叫ぶ。
2人の金剛が同時に左右の拳を振り上げ、二人同時に正面から飛び掛かる。
『Youの『奥の手』はもう使い物にならないネぶぅ!?』
『デスバッ!?』
そして、2人同時に蹴り飛ばされた。
カヌー状の下半身――――に見えたウェポンユニットを脱ぎ捨てて、完全な人型になった泊地凄鬼のすらりと引き締まった真っ白なおみ足が、残像すら残らぬ速度で2度、鞭のように振るわれたのだ。
「゙ッタラ『奥の足』ダ!!」
かすれた声で鬼が叫ぶと同時に、再び背後の死角から、右のアキレス腱を狙って地を這うようにして音も無く飛び掛かって来た赤城を、脱ぎ捨てられたウェポンユニットが殴り飛ばした。
「見えたぞ! リコリス飛行場基地だ!!」
夜闇に包まれた水平線のあたり。ただの真っ暗としか表現できない暗闇の中でも、電子的に増感された天龍の視覚野にはガダルカナル島の輪郭と、その前方の海に立つ、深海凄艦群の姿がはっきりと映っていた。
『MidnightEye-01よりAll_A_unit, MidnightEye-01よりAll_A_unit. PRBR検出デバイスは原因不明のオーバーフロー状態で機能していないが、レーダーに反応あり。基地近海に敵影確認。空母ヲ級が7、8、9……総数12』
「A隊井戸了解」
【A隊総旗艦『天龍』よりA隊各艦。対地攻撃準備。弾種、多目的榴弾。攻撃目標はレーダー、SAMサイロ、ヲ級、対空砲、要塞砲、それ以外。攻撃優先順位も今の通りだ。通信施設は深海凄艦が使えるのかどうか不明だが……まぁ、念のためだ。とりあえず破壊しておけ】
『『『了解!!』』』
井戸の指示を聞きながら、天龍が自我コマンドを入力。MidnightEye-01より入ってきた情報を元にして、戦闘系に命じて各艦の攻撃目標のターゲッティングを振り分けていく。
「航空支援と同時にこちらも攻撃を開始する。敵防空網を制圧しろ! あきつ丸の突入部隊に赤絨毯を敷いてやれ!!」
『MidnightEye-01よりAll_A_unit!! MidnightEye-01よりAll_A_unit!! 前方の空母ヲ級群より飛翔体の分離を確認!! 総数不明!!』
空母ヲ級群から次々と艦載機が吐き出されていく。ヲ級の少女型ユニットの頭部に乗っかっている、異形のクラゲ様の器官の内外に寄生している飛行小型種が、次々と。次々と。
【PAN, PAN, PAN, MidnightEye-02よりAllAircraft. レーダーコンタクト。ボギー6、10、20……どんどん増えてるぞ。ターゲットマージ。ヘッドオン】
通信が入ると同時に、井戸達の頭上高くを、十数機のジェット戦闘機が音を置き去りにしてフライパスしていった。C隊所属のメナイ艦隊麾下の航空隊だ。機種がてんでバラバラなのは、それがブインのコンビニこと第201艦隊だからだろう。
【MidnightEye-02よりALL Aircraft. ボギーの種類を複数検知。敵ヲ級から飛翔したのは通常の飛行小型種と、アンノウンの二種類。アンノウンは全長5メートル程度の超小型種。形状は通常の飛行小型種とほぼ一致している。詳細は不明。それとリコリス基地の滑走路より、リコリス防空部隊のDelicatessen, DinnerBell, および例の超音速型の離陸を確認した。要警戒されたし】
01と違って、対空早期警戒に特化しているMidnightEye-02から航空機部隊へと警報が送られる。
深海凄艦の飛行小型種と人類製の戦闘機が肩を並べて空を飛んでいるという異常事態を前に、誰も何も言わなかった。恐らくは、薄々と感付いていたのだろう。あの飛行機には『誰が』乗っているのかではなく『何が』載っているのかを。
【Wiseman-leader了解。Engage offensive. 各機続け。シーカーオープン。ロックオン】
【HappyDays-leader了解。Engage offensive. 小隊各機、我に続け。一度雲の上に出るぞ】
【SweetMemories-leader了解。我々はリコリス防空隊からやる。シーカーオープン。ロックオン。FOX2、FOX2】
戦闘機部隊から一斉に対空ミサイルが発射される。数秒間の直進、曲進、爆発に次ぐ爆発。
リコリス防空隊と超音速機を狙って放たれたアクティブ・ホーミングミサイルはしかし、数だけは多い全長5メートル程度の超小型種――――北のアッツ島と、本土を襲撃した例の羽虫だ――――の群れが盾となって阻まれた。
ミサイルを撃ち尽くし、Uの字の飛行機雲を引いてミサイルの補充に戻ろうとする戦闘機部隊に、黒い雲か何かとしか思えないような数の飛行小型種が殺到する。
井戸達の頭上、低く垂れこめる雲の上で爆炎と飛行機雲が頭上で複雑怪奇な曲線模様を作り出れていく。
【クソ、こいつら……! 数が多い!!】
【ミサイル全弾射耗。GUNによる近接戦に移る。ドッグファイトは極力避け、一撃離脱に専念しろ。数の差は速度で塗りつぶせ!!】
【攻撃機Balmung隊よりAll_A_unit. 支援要請。ヲ級の排除を優先してくれ。上空からのアプローチは不可能と判断した。超低空飛行からミサイルを発射し、直接基地施設の破壊を狙う。繰り返す。支援砲撃要請。ヲ級を最優先で排除されたし】
「A隊井戸了解」
支援要請する側とされる側が逆じゃないのかと井戸は思ったが、支援要請の内容は納得が行くものだったので、即座にA隊の面々に目標変更を通達した。
ここでヲ級を見逃せば、その巨体を使って盾となる可能性が高いからだ。そうなる前に艦砲射撃や魚雷で仕留められれば上等だし、仕留めきれずともある程度の拘束は可能だ。そのわずかな時間さえあれば、攻撃機部隊は持てる火力を集中させて基地のレーダーサイトや防空設備を叩く事が出来る。そうすれば、今度はこちらが楽になる。
井戸が無線で発する。
「A隊各艦に告ぐ。目標変更。新目標、空母ヲ級群! 全艦データリンク照準!!」
天龍のメインシステム戦闘系が割り振ったターゲットの諸元を受け取った各艦と、そこから10秒遅れで輝の乗る深雪から、砲撃準備完了の報告が入る。
「撃ち方、初め!」
【全艦、砲撃開始!】
井戸が射撃指示。天龍が激発信号をトリガ。他の各艦の主砲も一斉に火を噴く。
音をおいてけぼりにして空中を突き進む多目的榴弾の群れはただの一発たりとも狙い違わず、空母ヲ級との直撃コースを飛んで行き、そして、空母ヲ級の頭部にある異形のクラゲ様の器官から伸びている、その太く逞しい二対の触手によって、その全てが空中で迎撃された。
『『『【「!?」】』』』
井戸の記憶にフラッシュバックする光景。
かつて、如月と共に対峙したことのある深海凄艦。
「空母ヲ級の……突然変異種だと!? 天龍――――」
【応よ!】
井戸が言い切るよりも先に、天龍が対空砲でヲ級の一匹に向かって弾幕を張る。狙われたヲ級は顔色一つ変える事無く、触手を機敏に正確に動かして、直撃コースにあった全ての機関砲弾を迎撃する。主砲と対空砲の波状攻撃に耐えきれなくなった触手が千切れ飛ぶも、その端から触手は自己再生を続け、絶対防空圏を維持し続ける。
『撃て、何でもいいから兎に角撃ち続けるんだ! ヲ級の迎撃を全部こっちに集中させろ!!』
『Balmung-01、FOX1』
『Balmung-02、FOX1』
『Balmung-03、FOX1』
『Balmung-04、FOX1』
『Balmung-05、FOX1』
無線に割り込んだ佐々木少佐の叫びに反応したA隊の面々がそれぞれヲ級にあらん限りの弾薬を投射して、ヲ級の意識と注意を最終爆撃コースに乗っているBalmung隊から引き剥がそうとする。
そして、放たれた5発のはげたか級戦術反応弾頭ミサイル『スレイプニル』は、幸運にも5発すべてが咄嗟に触手を振るったヲ級の防空圏をすり抜け、基地の対空砲に喰われることも無く着弾。
砲炎の照り返し以外には何も光源が存在しない、ブ厚い曇り空の真夜中の真っ暗闇の中に、昼間のように明るく、そして巨大なキノコ雲が5つ連続して立ち上った。
戦域の遥か高空にて超低速の8の字飛行をしつつ待機していたMidnightEye-01より、爆撃評価が入る。
『MidnightEye-01. Nicekill! SPRASH-2!! レーダー、通信塔、SAMサイロ、対空砲、要塞砲、メイン滑走路のおよそ2割! これらの確実な破壊を確認!!』
『『『『『YEARRRR!!!!』』』』』
【「よっしゃあ!!」】
その大戦果に、A隊の誰も彼もが大歓声を上げる。A隊本来の目的である姫本体の捜索と暗殺はまだ終わっていないというのに、随分と気が早い事である。
『――――アラ、トテモ、タノシソウネ』
割り込み通信。
聞いた事の無い、奇妙なイントネーションの女の声。
発信源は、今しがたの爆心地――――リコリス飛行場基地からだ。
『ワタシモ、ゴイッショ、シテモ、イイカシラ?』
その一言と共に、A隊の各機各艦に搭載されている、新旧全てのPRBR検出デバイスが小爆発を起こして沈黙した。
直後、リコリス飛行場基地から爆発。一見するとただの光の爆発にしか見えなかったが、前の職業柄、艦娘のアレコレについて何かと詳しい井戸にはそれが、艦娘と提督の『超展開』時に発生させる純粋エネルギー爆発に酷似している事に直感的に気が付いた。
燃え盛るミサイル爆発の炎すら吹き飛ばす圧倒的な閃光が晴れたその後。
ガダルカナル島を挟んで井戸達とは反対側の海中に潜伏させていた巨大な桃色の球体群――――後の浮遊要塞――――を背後に引き連れ、そいつは、
「……あ」
そこに、いた。
時は少し巻き戻る。
「……」
鬼こと泊地凄鬼との短い戦いを経て、赤城は彼我の戦闘能力に文字通りの意味で、比べ物にならない程の差があるとはっきりと認識できた。
クウボ特有の高解像度視覚野に大雑把な補正処理をかけて今までの戦いを数秒間だけのシーンを切り取ってリプレイしてみてもそれは明らかだった。拳の握り方一つも知らなかった。鬼どころか、その鬼とまともに何合も打ち合っている金剛達の足元にも届いていない事もハッキリと分かった。故に赤城は、鬼と戦う事を止めた。
鬼を狩る事にしたのだ。
かの偉大なる地上最強の生物の『持ち味をイカせ』という金言に従い、己の最も得意とする方法を取ったのだ。
マジメに戦う必要などない。
結果として鬼を殺せればそれで良いのだ。
(……鬼が分かれた。別個に動いているけど、本体はやっぱり上半身の方かしら? セオリー通りなら指揮系統の集中してそうな上半身から潰すべきだけど……下半身の方も無視もできないわね)
半壊状態で、主砲も無いとはいえ、それでも今なお元気よく暴れまわる下半身に、B隊の面々が振り回され始めていた。このまま放置すれば隊形が崩れて、数の差ですり潰されるのがオチだろう。
赤城は一度、自身の右手をちらりと見遣る。
『奥の手』に殴られた際に、咄嗟に右腕を盾にしつつ自ら飛んでダメージを最小限に抑えたとはいえ、それでも無視できるような被害ではなかった。盾にした右腕は、一見まともに見えるが小さな痙攣を繰り返すだけでもう、まともに動いてくれない。
(痛覚信号をカットしておいて正解ね。古鷹ちゃんみたいに割り切れるのが一番良いんだけれども……)
完全機械化された右腕を無くしながらも、今度は完全機械化された左足に搭載されたノーマル酸素魚雷や、反動抑制用のアンカーパイル(火薬式)で鬼の護衛部隊と戦う古鷹を横目で見つつ、赤城は金剛に短く囁いた。
『金剛さん。少し時間を稼いでください。あの下半身から先に仕留めてきます』
2人の金剛が返事をするよりも先に、赤城は、巨大な腕の生えた死人色のカヌー状の下半身の暴走を止めるべく、再び水面の上を音も波紋も無く走り始めた。ちゃんと赤城の姿は見えているはずなのに、少し目を離すとすぐわからなくなるほど気配が溶け消えていた。
『了解!!』
『デース!!』
ブインの金剛の右フックが泊地凄鬼の脳天を右から襲う。
鬼はそれを軽くスウェーして腕の外側に回避しつつ、至近距離からの右足によるアッパーカットで金剛の顎を狙撃。金剛自体は無事だが、彼女と同調している水野が脳が揺さぶられる幻覚に襲われ、それに連られて艦体としての金剛もふら付く。
「フン!」
天高く掲げられたままの鬼の右足が、薪割り用の斧の如く重く鋭く振り下ろされる。ハイキックから繋げるカカト落とし。数瞬だけとはいえ、意識と頭がフラついていたためガードは間に合わず、鬼のカカトが金剛の左肩に吸い込まれる。
骨格ユニットの砕ける音と衝撃が鬼の足にも確かに伝わってきたが、何かカラクリがあったのか、その足を両腕でしっかりとホールドされた。
「ホゥ」
『デース!!』
そして鬼がブインの金剛に気と重心を取られたほんのわずかな隙間を縫って、腰を低く落として鬼の視覚から外れたショートランドの金剛が、ブインの金剛の背後をすり抜ける様にして鬼の残された左脚にダッキングを仕掛ける。両脚を押さえて移動を封じてしまえば、あとは周囲の仲間が寄って集ってフクロにしてくれる。そういう戦法だ。
だが鬼は、ブインの金剛に拘束されたままの右足を軸にして飛び上がり回避。ご丁寧にもショートランドの金剛の後頭部を踏み台にしての所業だった。
そして鬼はそのまま金剛の両肩の上に着陸した。傍から見ていると、ブインの金剛が鬼を肩車しているようにしか見えない。しかも向きがアブナイ。金剛の顔が鬼の股間に来ていた。それもどアップで。
――――おぉっ!?
【提督ドコ見てるデース!!】
瞬間的な嫉妬に怒り狂った金剛が次のアクションを仕掛けるよりも先に鬼が反撃。
白くすらりと引き締まった、それでいて実際に触れてみればむちむちとした肉感的な両太ももでブインの金剛の頭を挟み込み、身体全体で金剛の背後へと倒れ込む。2人分の体重により、重心が頭上よりも高くなった金剛も連れられて後ろに倒れ込む。
――――このまま叩き付ける気か!
【させませんデースッ!?】
水野と金剛が咄嗟にブリッジで防御しようとするも、肩に置かれた鬼の足がそれの邪魔をした。ならば先に叩き付けてやると思って手を握り直そうとしたその時にはもう、鬼は拘束を蹴って解いて空中に逃れていた。
上下そのままに落ちる鬼と、ガードも受け身も取れずに後頭部から浅瀬の海底に叩き付けられたブインの金剛。どちらのダメージが大きいのかなど、言うまでも無かった。
鬼はすばやく立ち上がり、残ったショートランドの金剛と正対。
拳を握ってファイティングポーズを取り、左半身を前にしてジャブの連打で牽制。ショートランドの金剛との距離を一定に保ったまま、それ以上近づけさせない。
鬼が一歩引く。金剛がそれを詰めようと打たれながらも前に進む。その繰り返しだ。
『デース!』
特殊デバイス『ダミーハート』最大の利点は、提督不在のまま超展開を実行できるところにある。
単純な字面からは想像し辛いが、これは恐ろしく大きな利点である。従来の提督との超展開では、提督自身の素質と適性によって運用可能な艦娘が限定されていたが、このダミーハートにはそれが無い。それを嫌う艦娘や提督が一定数存在するし、艦娘単独で作戦運用が可能になるというシステムの都合上、反乱でも起こされたら目もあてられないというデメリットも存在しているが、愛しの提督と一緒に拠点防衛に専念するなり自爆装置をもう一つ増設するなりという手段でそこはカバーできるので、開発元のTKTではさしたる問題とはみられていなかった。
このデバイス最大の問題は、提督が不在というその一点に尽きる。
ダミーハートは、提督不在でも艦娘が『超展開』出来るようになるだけのデバイスでしかないのだ。間違っても、場数を踏んだ提督の代わりに艦隊の指揮が取れるわけでも、修羅場を潜り抜けてきた歴戦の艦娘のように優れた戦術眼を持っている訳でもないのだ。
鬼が一歩引く。金剛がそれを詰めようと打たれながらも前に進む。
『デース!』
故にショートランドの金剛は、それが鬼による誘導だという事に、気が付かなかった。
ショートランドの金剛は、いつの間にか背後に立っていた何者かに殴り倒された。
『デ、デースッ!?』
レーダーには何も映っていなかったのに。PRBR検出デバイスにも新しい反応は無かったのに。
ショートランドの金剛がそう思って背後に振り向いた矢先にようやくPRBR検出デバイスにhit. 数は1。感度がおそろしく低く、そのために発見が遅れたようだった。特徴的な波形と数字だった。脅威ライブラリ内の該当データ、1件。
戦艦ル級の突然変異種。
――――【だ、ダ号目標だと!?】
『こ、金剛さ――――!?』
ダ号目標の出現に気を取られた赤城が、着地地点で足を止めた。
動きの止まった赤城の右足を、二体目のダ号目標が両腕で握り潰さんばかりにガッチリとホールドする。
――――【二匹目ッ!?】
「……ィ、来タカ!」
水野と金剛が驚愕する。
鬼はかすれた声で歓喜する。
かつて、ショートランドの伊8がリコリス基地周辺に散布した戦術神風から生き残った数少ない深海凄艦で、ブイン基地を襲ったプロトタイプとは違う、まさしく完成系(体重的な意味で)だった。
ダ号目標の恐ろしさは、輝と深雪以外ならブイン基地の誰もが知っている。
レーダーにもPRBR検出デバイスにも映らず、複数の扶桑型戦艦と加賀型空母らの全力攻撃を受けても無傷で済ます防御力と再生能力。そして、水野の乗る金剛を正面から破壊した圧倒的なパワー。
赤城の右足を掴んでいる方のダ号目標が、その両腕を振り回し、赤城を何度も何度も海面に勢いよく叩き付ける。赤城は叩き付けられた衝撃を必死にこらえながらも、腹筋の要領で上半身を丸め、ダメージと遠心力を少しでも削ぎながら、左足で何度も蹴りを入れて拘束を外そうとする。無駄に終わる。
赤城が自我コマンドを入力。全運動デバイスにマックストルクを命令。
左の親指を狙って、丸めた背で噛みつく。
『ふんっ……っぎぎぎぎぎぎぎぎぎぬぐぐぐgががががががが……!!!!』
その間にも赤城は振り回されるが、それこそ石にでも齧りついてでも離そうとしない。むしろ更に歯と首に力を込めて、曲がった針金をペンチで真っ直ぐに正す要領で、親指(無傷)を引き剥がしにかかる。
そうこうしている内にダ号目標の動きが変わる。噛みつかれている方の手で赤城の顔面を海底に叩き付けて拘束し、もう片方の手で拳を握り何度も何度も殴り始めた。目や鼻を初めとする顔面は言うに及ばず、喉、鎖骨、女の子の大事なトコロ。
そして、鬼に致命の一撃を撃ち込まれた肋骨越しの心臓。
『ッ!? ぁ』
おもわず赤城が口を離す。ダ号目標は、かつてのブインの金剛の時のように、2発だけでは済まさなかった。
何度も何度も、同じ個所を狙って拳が振り上げられ、振り下ろされた。その度に赤城が小さな悲鳴を上げ、痙攣をおこす。
『そこをどけ!!』
護衛部隊の重巡リ級を片付け、メナイ少佐が乗る愛宕(同少佐はハナと呼称)が赤城の上でマウントポジションをとっているダ号目標の背後に、海水の抵抗を押しのけて駆け寄る。そしてその勢いのまま、超低空弾道の飛び膝蹴りでダ号目標の後頭部を急襲。ダ号の真横に着水した愛宕は腰にあるCの字状をした自由軌道ベルト上に配置された20.3センチ砲を一斉発射。ダ号目標が赤城の上から転がり押し出され、盛大な水柱が立つ。
ダ号が立ち上がるよりも先に、愛宕がダ号の背後に立って腕をねじり上げる。
『無敵装甲だからどうした。人と同じ形をしている以上、人と同じ方法で無力化は出来る』
力尽くで無理矢理拘束を振りほどこうとするダ号目標に対し、メナイ少佐と愛宕(同少佐はハナと呼称)は身体全体の力とウェイトを使って抑え込み、その動きを何とか拘束する。
『貴女の関節、ぱんぱか……ぱーん!!』
愛宕の気合一閃、ダ号目標の肩から嫌な音が鳴り響き、拘束されていたその腕が力無くだらりとぶら下がる。恐らく、関節が外されたか破壊されたかしたのだろう。
拘束の緩んだダ号目標がリアクションを取るよりも早く、愛宕は無傷のもう片方の腕も背中側にねじり上げて拘束。今度はダ号も死にもの狂いで抵抗してきたため、なかなか関節を破壊できなかった。
『メナイ少佐、そのまま!!』
言うが早いか、倒れた姿勢のまま腕を上げた赤城がその腕に20cm砲を展開させて、ダ号目標の顔面に、左の目玉にその砲口を密着させる。
発砲。
即座に着弾。柔らかなゼリー状の硝子体に満たされた球体を押しのけるようにして――――眼球の1つすら破壊できないとは!――――眼下の奥深くから頭蓋の内側に侵入した多目的榴弾が炸裂する。
砲弾が爆発してもダ号目標の外見上には変化が見られなかったが、二発目でその動きを完全に止めた。
そして、第三世代型の深海凄艦が生きている限り生成され続ける抑制物質の生産が停止し、大気に触れると同時に即座に酸化して失活。今度は逆に、抑制物質に押さえつけられていた好気性の肉食バクテリアが獰猛に増殖を開始。綺麗な女性の形をしていたダ号目標をあっというまに酷い腐臭のするヘドロ状に分解し、機密保持を完了させる。
『無敵装甲? 超再生? どちらも知らない子ですね』
『あと一匹! 仕留めるぞ!』
「……ァサ、ェルカ!!」
赤城と愛宕(同少佐はハナと呼称)が、残るダ号目標の元に向かう。鬼はそれを阻止しようと駆け出すが、第一歩目を踏み出すよりも先に足を引っ張られた。足首に大型艦用のアンカーチェーンが巻き付いていた。
金剛が巻きつけたアンカーチェーンを引っ張る。鬼が顔面から盛大に倒れ伏す。
『Hey, F*ckin' bitch!! 私達を差し置いて、どこいこうとしてるネー!?』
伝統と格式ある中指一本勃ちをしつつ、目に見えるような殺意鋭い眼差しでこちらを睨み付ける金剛を見て、鬼は即座に追撃を断念。目の前の強敵1人の殲滅に集中する。音も波紋も無く海面を飛び跳ねる赤城は、スタンドアロン稼働中のウェポンユニットと護衛部隊が何とかしてくれるはずだと信じて。
「……ノ、ィニゾコナイガ……!!」
――――【黙れクソ野郎!!】
震脚一発で鎖を踏み切り、かすれた声で叫ぶ鬼が深く腰を落とし、カタのポーズをとる。
セイケン・パンチ――――正規・軽問わず全ての空母娘が最初に覚えるカラテが金剛の腹部装甲を打ち据える。
――――【!?】
外見上は無傷だが、衝撃が金剛の内臓を抜く。金剛はそれをこらえながら鬼の頬を右のストレートで打ち抜く。鬼が背後から盛大に倒れ込む。金剛は片膝をつくもすぐに立ち上がる。金剛の戦闘系が自動反撃。対空機関砲が近接信管付きの零式防空弾で弾幕を張る。それを嫌った鬼が距離を取る。仕切り直し。
深海凄艦が、クウボのカラテを使ってきた。
物理的によりも、精神的な衝撃の方が大きかった。
――――クソ! 龍驤にでも教わったのか!?
【言われてみれば、拳の構え方もそっくりデース】
水野と金剛が主砲で距離を取って反撃するよりも早く、鬼が追撃。連続バク転で金剛の戦闘系とFCSに揺さぶりを掛けながら急接近。クウボ本来のバク転と比べれば圧倒的に遅かったが、その巨体からすれば破格の身軽さだった。
金剛が本能的に拳を振るう。鬼は金剛の眼前で回転しつつ跳躍。頭上スレスレを飛び越える。背後に着地。金剛が振り返るよりも先に左肩に衝撃。関節を打ち抜くハイキック。メインシステム戦闘系より報告。先のカカト落としによる被害と相まって、左肩から先の機能が完全に死ぬ。さらに追撃。鋭く短いアキレス腱狙いのストンプキック。そのまま砕けよとばかりに左右の足首を打ち抜かれる。バランスを崩し、下がった首に吸い込まれる渾身の延髄切り。
力の限り蹴り飛ばされた金剛の艦体が宙を飛び、勢いそのままに顔面から着水。盛大な水柱を上げた。
今までのヘヴィーパンチャーな鬼らしからぬ、小細工とテクニック重視のスピードカラテ。どちらも高水準で纏められたカラテだった。
強い。圧倒的に、強い。
【あんな大砲担いでたから、ノロマの的撃ち屋かと思えば、パワーもテクニックもtoo enoughtネ……!】
――――だが、龍驤ならなぁ!
意識で吠える水野が自我コマンドを入力。艦体としての金剛を前進させる。
鬼がジャブで牽制。
水野はそれを首をかしげるようにして紙一重で避け生き残った右腕一本で鬼の腕を叩いてダメージを蓄積させようとするも鬼の引き戻しが早くて失敗に終わるが勢いそのままに鬼の懐に潜り込もうとするのを見て鬼が右の膝で迎撃しようとしたその左足に水野が照準。
金剛が全体重を掛けるとでも言わんばかりの力強さで鬼の左足をしっかりと踏みつけ、完全にその場に拘束する。
逃げ足を踏まれ、一瞬たたらを踏んだ鬼の顎を金剛が右の拳で打つ。続けて右。更に右。
鬼は上半身を振って逃れようとしたが、金剛が踏みつけている方の足を軸にして鬼の胴に至近距離から胴に蹴りを入れる。
小手先の技など何もない、丸太を横薙ぎに叩き付けるかのような一撃だった。
――――龍驤でも! 他のクウボでも! 足が止まってればなぁ!! 別に怖くも何ともないんだよ!!
超展開中の艦娘の総排水量を陸上でも支えられる、改二型の脚である。生半可な強度と出力ではなかった。蹴りの着弾時の衝撃波で、鬼と金剛の周囲の海面がビリビリと震えて小さな波が立ち、今のいままで涼しい顔をしていた鬼の顔が苦悶に歪み、身体自体も『く』の字に曲がった。だが、それでもその眼は闘志に燃えていた。
鬼が拳を握る。振りかざす。それよりも早く金剛のボディブローが突き刺さる。
「……ァ」
今度こそ、本当に、鬼の意識が一瞬飛ぶ。
リコリスで龍驤が初めて見せた笑顔、初めて見た日の光、肌から伝わる水の流れ、風と肺呼吸に溺れた時の苦しさ、見覚えの無い景色、見覚えの無い船舶達、殺せ壊せと叫ぶ本能、主砲の固定触手を打ち抜く那珂ちゃん、日向の刀の煌めき、狙いは最後尾の駆逐艦、神経毒が身体を末端から腐らせていく幻覚、沈む夕陽、沈む船、沈む10の軍団、海の底で喉の傷を抑える自分、傷口とクナイの隙間から流れ出る命と血液、海底潮流の冷たさ、仲間達にカラテを教える龍驤の小っちゃい背中、白い姫の回収部隊、龍驤の対艦娘戦闘のレクチャー、握り潰される伊勢、
今どこで何をしているのかという事すら思い出せず、真っ暗闇に包まれた鬼の脳裏に突然、過去の思い出が無茶苦茶な時系列で次々と浮かんでは消えていった。
ソーマト・リコール現象、あるいは単に走馬灯と呼ばれる臨死体験の一種だ。
そして、シナリオ11で伊勢に突き刺されたクナイの黄色が、
「――――ッ!?」
――――な、何が起こった!?
【PRBR検出デバイスがいきなり沸騰したデース!! 原因はおそらく飛行場姫が――――】
鬼が意識を取り戻したその瞬間、水野と金剛は、一瞬だけとはいえ別の何かに気を取られていた。そして鬼の生存本能は、その瞬間を見逃さなかった。鬼が無意識に腰のマントの留め金の付近に硬化粘液で無理矢理接着した小さなナイフシースから抜刀。逆握りにして力任せに金剛の胸元に突き立てた。
それは、超展開中の艦娘サイズのクナイだった。所々が赤く錆び付き、所々に黄色い塗料らしきものがこびり付いていた。
かつて、シナリオ11の終盤で、伊勢によって脇腹に突き立てられたクナイだった。
【……え?】
呆けたように己の豊満な胸元に目をやる金剛に構わず、鬼が両の拳を握る。喉の古傷から血を迸らせ、声なき絶叫を上げながらラッシュ。全ての拳をクナイの尻に叩き付ける。
クナイが、金剛の胸にめり込んでいく。
そしてクナイが完全に表皮装甲を貫くと鬼は、そこに空いた穴から祈るようにして握りしめた両手を突き刺す。
金剛が、内側から蹂躙される。
【あっ、あっ、あっ、】
「ドコダ!? オマエノ、コアハ! ドコニアル!?」
通常の対深海凄艦戦闘では考えられない箇所からのダメージフィードバックで、金剛と水野が無意味なうめき声をあげ、水野は血を吐きながら、金剛は統一規格燃料を口と傷口から吐きながら小さな痙攣を繰り返す。
そして、鬼の指先が一際奇妙な感覚をみつけると、指を開いてしっかりとそれを握りしめ、力任せに傷口から引き抜いた。
それは、無数のケーブルで接続された球体だった。青煤色に塗られた、直径数メートルほどの鋼の玉だった。
鬼の手の中にあるその金属球の表面には凸字刻印で【AMIGASA_Factory/BB-KONGOU_2.02α/km-ud/20130615-0011e821/GHOST IN THIS SHELL.】とはっきりと記されていた。
艦娘達の魂の座ともいえる動力炉。
艦コアだった。
コアは、まだ金剛とケーブルで繋がっていた。
生きたまま自分自身のコアを見るという、有り得ない光景を見た金剛が発狂する。
【……ぁ、か、返して!! 返してよ!! 私の――――】
発狂する金剛に構わず、鬼が手の中のコアを全力で握りしめ、そして金剛は全てが手遅れになった事を悟った。
【ぁ】
握り潰された鬼の指の隙間から、コアの中身がうどん玉のごとくこぼれ落ちた。
部隊編成:
A隊:(リコリス・ヘンダーソン暗殺部隊)
ブイン基地
ラバウル基地
ショートランド
B隊:(泊地凄鬼攻撃部隊)
ブイン基地『ストライカー・レントン(201)』『愛宕(201)』『電(202)』『赤城(203)』『古鷹(203)』『漣』
ラバウル基地『ラバウル聖獣騎士団』『那智改 (TKT)』『妙高改 (TKT)』『那珂ちゃん(無表情)』
ショートランド『金剛改二(第八艦隊)』
輸送艦『ウルザ』『テイザー』『フレイアリーズ』『アドミラル・ガフ』
C隊:(超長距離支援部隊)
ブイン基地『201艦隊のストライカー・レントンおよび愛宕以外の全艦艇』
ショートランド『伊8(第七艦隊。アルマゲドンモード起動済)』
輸送艦『ダリア』『クリスティナ』『ウィンドグレイス』『ボウ』
本日の戦果:
情報が錯綜しています。確定ではないので記載できません。
各種特別手当:
大形艦種撃沈手当
緊急出撃手当
國民健康保険料免除
以上
本日の被害:
情報が錯綜しています。確定ではないので記載できません。
各種特別手当:
入渠ドック使用料全額免除
各種物資の最優先配給
以上