※いつまでたっても最新話の完成のメドが立たないので、気合入れの為に自分で〆切設定して書いた突発作品です。※上記故のやっつけクオリティ注意。特に後半。※相変わらずのオリ設定。※佐世保鎮守府所属、あるいは舞風嫁の提督の方々へ。割と酷い事になってるので要注意です。 その日、帝国海軍の有明警備府に所属する駆逐艦娘『秋雲』は、部屋の中に引きこもりつつ荒れ狂っていた。 別に、普段のように、締め切り直前のデス・マーチで殺気立って奇行に走っている訳ではない。 秋雲の怒声とも奇声ともつかぬ絶叫が聞こえた最初の頃は『嗚呼、ネームすらも真っ白なんだろうな』といつもの様に気にも止めていなかったのだが、窓ガラスが割れる頃になると流石に異常を感じたのか、有明警備府に詰めていた艦娘達の誰もが秋雲の自室に集まり始めていた。「何何、どうしたの。何があったの?」「あ、比奈鳥少佐」 部屋の外に集結したその野次馬軍団の輪から1人外れた駆逐艦娘の『不知火』によって連れてこられた比奈鳥ひよ子少佐が、最外縁にいた一人の艦娘に声をかけた。 薄いクリーム色をした、特徴的なセーラー服を着て、体中に魚雷発射管を括り付けた栗色のセミロングの少女――――重雷装艦娘の『大井改二』は、ひよ子少佐に向き直ると、不安に揺れる視線もそのままにぽつぽつと説明を始めた。「それが、その……最近秋雲ちゃんがスランプ気味だったから、息抜きになるかと思って私が個展に誘ったんですが……そこから帰って来てからすぐに部屋に引きこもって、しばらくは静かなままだったんですけど、急に暴れ出して……」 ――――っず、うお゙えぇぇぇぇん……! 破壊音が過ぎ去り、不気味なまでの沈黙に包まれた扉の向こうから、秋雲の泣き声が小さく響いてきた。普段のように、〆切目前まで遊び呆けていた自分への無計画さに罵詈雑言をブチまけているわけでもそのついでに壁の角に頭を打ち続けてすぎて泣いた時のようでもなかった。まるで、親とはぐれた小さな子供のような、鳴き声だった。「秋雲ちゃん、何があっ――――!?」 その泣き声に、ひよ子がマスターキーで扉を開け、他の艦娘らと共に室内に突入する。無意識の内にに壁を背にして、有るはずのない拳銃を構えようとしたのは有明警備府の職業病だろう。 秋雲の、普段なら整然としているはずの自室の中は滅茶苦茶に荒らされていた。 原稿机は部屋の中央付近で横倒しにされており、その上にあった入稿可能なまでに仕上がっていたはずの原稿は全て床の上に撒き散らかされ、倒れたインク壺の中身がぶちまけられて見るも無残な事になっていた。普段滅多に使った事の無いシングル向けのパイプベッドは、秋雲が床と言わず壁と言わずに力の限り振り回して叩き付け続けたため、グニャグニャに曲がった、よく分からない前衛的なオブジェと化していた。「うわ」「何よこれ!?」 締め切り前にはいつもベッドの代わりとして体育座りで仮眠をとっている回転イスも割れた窓ガラスの向こう側の海の中に投げ棄てられており、ポージングのモデル役を一身に担っているマネキン人形の『東風谷さん』も、この惨状から避難するかのように部屋の片隅の瓦礫の中にひっそりと倒れ込んでいた。 少ない給料をやりくりして、資料として集め込んだ様々な漫画や古典小説、画集や写真集の類が詰められた本棚も、上半分のが天井にナナメにめり込んだ状態で固定されていた。 その中に大切に仕舞っておいたはずの、ここの秋雲が一生ものの宝だと言っていた久住由良の画集『マゼンタ・ハーレム』だけは流石に理性が働いたのか、無傷で残されていた。 見てくれと原材料はただの小娘でも、その実は生物兵器の艦娘である。それがフルパワーで暴れまわった結果にしては、相当穏やかな部類に入る方である。 だが、普段の秋雲を知る者達からすれば、異常事態に他ならなかった。 普段の秋雲は、こんな事をするような娘ではないのに。「ねぇ、秋雲ちゃん。私に出来る事があったら、何でも手伝うわよ? だから、何があったのか、私にも聞かせてもらってもいいかしら?」「……っぐえ。ぇ、っ……っ!」 ひよ子は膝を落とし、爆心地で女の子座りをして泣き喚く秋雲に視線の高さを合わせて優しく声をかけた。 対する秋雲は、涙と鼻水でグチャグチャになった顔のまま、何かを言おうとしてその都度詰まり、ややあって、瓦礫の那珂の一か所を指さした。 半券の切られた、どこかの入場チケットだった。「……チケット?」「あ、それが私達が行ってきた絵画個展です。一年くらい前に怪我で半身不随になった佐世保の舞風が、病室のベッドの上でずっと描き続けてたんだそうです」 個展の目玉だった、久住結良の習作『現代のメデュース号の筏』の模写と、病室天井を直接切り取って展示されてた『アダムの創造』のパロディを見て、固まってたから、何かおかしいとは思っていたんですけれど……と大井が続け、秋雲が再び盛大に泣き始めた。「あ゙だじ無゙理゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙~!! 絶゙対゙あ゙ん゙な゙の゙、あだじ、どんだけ頑張っでも、あんなの描゙げっごな゙い゙よ゙お゙お゙お゙ぅ゙!!」 絵画と漫画という、ジャンルは違えども同じ絵描きとしてこの秋雲は悟ってしまったのだろう。ただのダンスバカだと思っていた舞風が秘めていた才能の大きさに。 踊りという名の翼をもぎ取られた舞風の、ドス黒い物から限りなく澄んだ上澄みまでの、心の全てを絵筆に載せた結果である。模写とはいえ、そこに宿ったものは、同じ場所で足踏みを続けていただけの秋雲の心に、大きな衝撃と傷痕を残したのだ。「兎に角、まずは涙拭こ? ね? そしたらお風呂入ろっか?」 あ、叢雲ちゃん、あったかいココア用意しておいて。ひよ子は部屋の外に待機していた叢雲に小声でそう呟くと、未だにぐずり続ける秋雲の肩を抱いてその場を後にした。 有明警備府にある艦娘専用の風呂はデカい。 正式名称を『圧縮・保存状態の艦娘用修復培養槽』というのだがそれはさておくとして何故デカいのかというと、デカいとそれだけ一度に入れる人数が増えるからで、当警備府の旧第4艦隊にひよ子が着任する以前は――――前任の提督達がまだ3人でこの警備府を回していた頃は――――そうでもしないと間に合わないほどの回転率でいくつもの作戦を任されていた事が当たり前のようにあったからだ。 ペーペーの新人であるひよ子少佐一人だけとなった今では、そのような目の回るような事態などまったく無くなってしまったが、風呂場は無くならずに残った。 なので、ぐずり続ける秋雲を連れたひよ子の2人が並んで、薬を抜いて入浴剤を入れたお湯で満たされた湯船に浸かると、その端から端まで、がらんとした結構なスペースが空く。 おまけに今現在、この風呂場もとい入渠ルームにはそのひよ子と秋雲しか入っていないため、ひどく静かで、天井付近で冷えた蒸気が滴となって床や水面に滴り跳ねる音と、2人の身じろぎで水面が揺れる音、そして、だいぶ落ち着いた秋雲の鼻グズ音だけがやけに大きく響いていた。「……佐世保の舞風とはさ、同じシイタケ・ファクトリーの生まれで、教育用の洗脳ポッドも隣同士で出荷日まで一緒でさ。よく話してたんだ。舞風が佐世保に着任してからもオフの日が良く重なってたから、よく慰問通信の時に話したりしてたんだ。その内自分のパソコンでビデオチャットとかもやるようになって、人物のポージングモデルになってもらったり、逆にダンスの事とか教えてもらってリしてさ」「……」「その内、舞風が『私も漫画描いてみよっかなー』って言い出してさ。私もあの頃は、ていうか今もあんまり人に教えられるほどうまくないんだけど、それでも簡単な人物の書き方とか教えてみたり、ダンスでも使えそうな構図とかポージングとか一緒に考えたりさ、舞風はぜんぜん絵が上手くならないし、私も全然ダンス出来なかったけど、結構楽しかったんだ。でもさ、」 でもさ、と秋雲は死人のように沈み切った口調で続けた。「やっぱり分かっちゃうんだよ。どんなにヘタクソでも。渋ピクチャー巡りとか日課だし、参考資料で絵画とか写真とかもよく見てるし。何回か舞風の絵見てたらさ、分かっちゃったんだ『あ、こいつ絶対私より才能ある』って。そうしたら心の中で嫌な考えが育ってくんのもわかっちゃったんだ。このまま下手くそのままだったらいいのに。嘘教えて下手くそのままにしておけよ。もしかしたら舞風はわざと嘘を教えてお前をダンス下手なままにさせているんじゃないのか。って、どんどんそんな嫌な考えばっかり浮かんできてさ、自分が嫌になっちゃって。最近はもう、ペン握っても、輪郭線一つ描くのも難しくなっちゃった。目だけは肥えてるのにさ」 一年前から何度もお見舞いに行ってたのに、舞風は絵の事は隠してた。多分未完成なのに私に見られるのが恥ずかしいからってのが理由なんだろうけどさ。そしたら突然あの個展だもん。大井さんに教えられたときは本当にびっくりしちゃったよ。と秋雲は小さく呟く。ひよ子は口を一切挟まず、穏やかな笑みを浮かべたまま秋雲に寄りそう。 続ける。「舞風の絵。現代のメデュース号の模写の方じゃなくて、病室の天井にロング絵筆で描いたっていう方。アダムの創造のパロの方。あれさ、アダムは白シーツ足に被せた舞風自身になってたし、神も佐世保の提督さんになってたのはどうしてって舞風に聞いてみたんだけど、何て言ったと思う?『今までお世話になった人たちへの感謝の気持ちも込めたんだよ』って、いつも通りの笑顔でそう答えたんだ。見直してみたらさ、神の後ろの1人はGペン持ってる私になってたし……」「……」「舞風、昔と一緒だった。絵は私なんかよりもずっと上手くなってたけど、昔のいい子のままだった」 静かな湯の水面にいくつも波紋が広がる。その水滴の発生源は秋雲の両目だった。「私と違って。全然。いつも心の中で嫌な事ばっかり考えてた私なんかと違って。そんな自分が本当に嫌になってさ、何とか振り切ろうとしてイラスト描こうとしたら……人の顔がさ、描けないんだよ。どうやっても。顔描こうとすると、舞風の事思い出して、指が震えて、――――」「大丈夫よ、秋雲ちゃん」 話すうちに再びうつむき肩を震わせ、しゃくりあげ始めた秋雲を、ひよ子はそっと優しく、抱きしめた。「私知ってるもの。秋雲ちゃんは、自分で思ってるような悪い子じゃないって」「でも――――」「人間ならね。誰でもそう考えちゃう時があるの。どんなに大好きな人でも、滅茶滅茶にしてやりたい。居なくなってしまえばいい。そう思わずにはいられない時が。私にだってあるもの」「……」「それにね。その舞風ちゃんは秋雲ちゃんの友達なんでしょう? だったら大丈夫、ちゃんと分かってくれるわ」 ひよ子は、心理カウンセラーでも詐欺師でもない。 故に秋雲からすれば、ひよ子が言っている事は言葉足らずでどこか何かがズレている感があったが、それでも本心から自分の事を心配して、励まそうとしてくれている事だけははっきりと理解できた。 だから秋雲は、消え入りそうなほど小さな声で呟いた。「……ありがと。提督」「どういたしまして」 そしてその日の深夜未明。 駆逐艦『秋雲』は、誰に見られることなく有明警備府からその姿を消した。 数日後。「お。はこ゚ さえ」 死んだ魚の目の方がまだ生き生きしている。 今のひよ子の表情はまさにそれだ。「……どうすんの、これ」「……どうしましょう」「いくら心配だからと言っても、これは、なぁ?」 およそ人のものとは思えない奇妙な発音を口の端から漏らしながら、茫洋とした視線のまま朝食の目玉焼きをお箸でツンツンと突きまわしているひよ子を尻目に、叢雲と大井の2人を初めとした、有明警備府所属の艦娘ら-1は顔を突き合わせて小声で会話していた。「いえ。いえぷ。いえ」「秋雲ちゃんがいなくなってからもう三日……新しく入った輝君にももう顔忘れてられそうね」「たっだいまー! 秋雲、原隊復帰しましたー!!」 そんな有明警備府の面々の思惑を余所に、食堂の扉が勢い良く蹴り開かれた。 黒いリボンで纏められた栗毛色の長いポニーテール。夕雲型の制服である臙脂色のジャンパースカート。陽炎型のIFFパターン。両手で担いだ防護布でくるまれた巨大なカンバス。睡眠不足で落ちくぼみ、しかしいつもと変わらぬ、悪戯好きの子猫の様に快活な光を宿した瞳。 この場の誰もが知っている艦娘、秋雲だった。「秋雲ちゃん! どこ行ってたのよ!?」 誰よりも先に反応したのは、今まで人間性を喪失していたかのように茫然としていたひよ子だった。 詰め寄られた秋雲は、流石にバツが悪かったのか、少し言い淀んだ。「あー……舞風んとこまで」「それって、佐世保の?」「うん。そう。アポなかったから鎮守府の敷地に入るまで手間取っちゃったけど、舞風の提督さんに頼んで面会許可取り付けてもらって、ちゃんと舞風と話してきた」「どうだった?」「やっぱ舞風、すっごくいい子だったわー。秋雲の心配、馬鹿笑いで否定されちゃったさー。だからもう大丈夫」 その一言を聞いて、ひよ子はようやくため息をついた。「そっか。良かったわね」「心配かけてごめんね~、提督~。お詫びに今度、新入りの輝君とのセットでイラスト描いてあげるからさ~」「そ。楽しみに待ってるわね……ところで、その大荷物はいったい何なの?」「あ、これ? 舞風と話してるうちにさ、2人で何か描こうって話になっちゃってさ。2人で協力して描いてきたんだ~……まぁ、2人とも筆がノッてきた頃からスマホの電源切って集中して、病院の見回りやり過ごしつつ徹夜で描いてたわけですが。完成した頃には2人とも力尽きて丸一日寝落ちして、向こうでお説教貰って帰って来た訳ですが」 何やってんだお前はという同僚達の呆れた視線と、今度佐世保までお土産持って謝りに行かなくちゃと頭を抱えたひよ子の事など何処吹く風で、秋雲は嬉々としてそのカンバスをカンバス台において、包んでいた防護布を取り外し始めた。 ばさり。と布が勢いよく取り払われる。有明警備府所属の面々の視線が一斉に集まる。 そこには―――― 遥か未来。 帝都にある、艦娘らに関係する作品群が多数納められた、とある美術館の片隅には一枚の大きな絵が飾られている。 額縁の下の解説には、こう書かれている。 多くのファンが信じる説によれば、この絵画とも漫画ともつかぬイラストこそ、秋雲とんぼが脱漫画に挑戦した最初の試みの結果であるという。 恐らく、対深海凄艦戦争当時の、有明警備府の駆逐娘であった艦娘時代に描かれたのだろう。