※たいへん長らくお待たせいたしました。ここから栄光のブイン基地、第二部です。
※オリ設定とかあります。そりゃあもうモリモリ出てきます。そのくせどこかで見たような展開多数……
※感想欄の業者にすら更新終了と勘違いされて広告載せられる遅筆っぷりですが見捨てないでいただけると幸いです。
※あのキャラのアレとかコレとかがアレになってたりもします。ご容赦ください。アレって何って……それは、アレよ、アレ。
※Pixiv様にも、id_890名義で投稿しております。内容は一緒ですので読みやすい方でどうぞ。
※第一部の『嗚呼、栄光のブイン基地』は鬱暗い話だったので、第二部では、スナック感覚でサクサク読める、底抜けに明るい話にしたいと思います!
この機体をもって深海凄艦を根絶する事こそが真の供養。人々よ、我々は戦うべきだ。
我々が置き去りにされた、この、溺れかけた世界で。
――――慰霊碑として改造された特別な瑞雲(※総プラチナ製。出撃可)に刻印された碑文より
その日、一人の少女が南の海の島にある、小さな飛行場の滑走路に降り立った。
そして、離着陸する飛行機の邪魔にならぬよう、滑走路脇から海を見ていた(※邪魔です。止めましょう)。
「ふわぁ、きれいな海……」
そんじょそこらの少女ではなかった。特徴は無いがどことなく田舎臭さが抜けないイモっぽい顔で瞳は黒、髪も黒のショートヘアで、何処かの女子中学生のような白を基調としたセーラー服と紺色のスカートに身を包み、その袖口には錨と世界樹の枝葉を組み合わせた意匠――――帝国海軍艦娘科のエンブレム――――を縫い付けていた。左腕にはピンク色の帯の小さなデジタル腕時計を付けており、帝国海軍が正式に発行した紙媒体の辞令書を握っていた。
「飛行機の上で見てた時も思ってたけど、やっぱり横須賀の海とは違って綺麗で静か……もっとゆっくり見ていたいなぁ」
いや待て、落ち着け。見てくれだけならそんじょそこらの田舎の女子中学生だが中身が違う。
嘘だと思うのなら試しに彼女のメインシステムが発行しているIFFを照会してみれば良い。そうすれば彼女のメインシステム統括系は【IN:NewBuin Base-Fleet101】と答えるだろうし、それでも不安なら彼女自身からコード0でシリアルナンバーを聞いてみるのも良いだろう。そうすれば、彼女はきっと【SIITAKE_Factory/DD-Fubuki_3.00α/km-ud/20171101-01f002d/GHOST IN THIS SHELL.】と答えるだろうから。
第3世代艦娘式特Ⅰ型駆逐艦娘の1番艦『吹雪』
それがこの娘の正式名称だ。
「あ、でもそろそろ行かないと着任予定の時間に間に合わないかも」
そう呟いた吹雪は腕時計で現在時を、手に持っていた紙媒体の辞令書に書いてあった予定時刻を再確認し、足元に置いてあった、私物を詰め込んでパンパンに膨らんだブギーポップ製のバッグをもう片方の手でよいしょっと掴み上げると、名残惜しむかのようなゆっくりとした歩調で滑走路を後にした。
「あたーらしーいヒロインがー、南の海にやーってきたー♪ この海のへいわー、まっもっるたっめー♪ 特型長女の、わたし来たー♪」
吹雪はご機嫌な調子で鼻歌を歌いつつ、防砂林代わりのヤシノキ林の向こう側から頭を覗かせる建物に向かって歩き始めた。
「かっわれー、吹雪(ブッキー)! おおきくー、つよーくー♪ さぁ行けー、吹雪! パワーはぜんかい~♪」
『ご迷惑をお掛けしており、大変申し訳ありません。安全第一で作業中です』
『建築計画のお知らせ』『建築物の名称:新生ブイン基地』『完成予定日:ペンキが乾き次第』
『ペンキ塗りたて』
吹雪は目の前のヤシの木に針金で括り付けられた板切れに張られた張り紙を見る。
続けて、視線をその奥にある汚れ一つ無いまっさらな二階建ての建造物に視線を移す。パッと見は赤レンガで組まれた二階建ての大きくて横に広い、ごく一般的な鎮守府造りと言われている軍用建築物。だが顔を近づけてよく見てみると本物のレンガではなくて、それを模したシールを貼ってあるだけの偽物だった。試しに壁の一部を拳で軽くノックしててみると、レンガ特有の硬くて軽いものではなく、分厚く重たい金属の反響音が返ってきた。
というか、全面シール張りなのにペンキ塗りたてとはこれいかに。
「えっと……」
外から埃一つ、曇り一つ付いてない窓ガラスの向こう側を覗き見ても人の気配はなかった。それどころか中には何も入っていなかった。
どうやら箱はもう完成して工事の人間は引き払った後であるらしかった。念のために正面入り口の扉を開けようとしてみたが、カギが掛かっていた。先程の窓も同じだった。
吹雪の他に外にあったのは、鍵の閉まった扉と、島中央の山腹で建造途中の巨大な誰かの大理石製全身像と、太陽光発電パネルを頭に被った真っ赤な塗装が目に眩しい真新しい自販機が一つだけだった。外には誰もいませんよ。
因みに自販機の中身は全部艦娘向けのパウダー・フレーバーだったので、着任記念に一つ、目を瞑ってボタンを見ずに買ってみた。
「レモン(完全版)……? 完全版? ていうかこれからどうしよう……まさか窓ガラス割って中入る訳にもいかないし……あ、そうだ!」
困り果て、立ち尽くしていた吹雪だったが何かを思い出したのか、スカートのポケットにしまっておいた先の辞令書を取り出し、もう一度その一行を眺めてみる。
『11時までに南方海域、ブイン島の新生ブイン基地に着任せよ』
「やっぱり間違いない。新生ってことは、何処かに旧ブイン基地もあるって事だよね。ここに寝泊まりしてた形跡は無かったし、司令官達がいるのはきっとそっちだよね!」
ブイン島にやってくる直前の、飛行機の上から見下ろした光景と現在位置から旧ブイン基地の位置を素早く逆算した吹雪は、私物の詰まっている鞄を持つ手を入れ替えて、ヤシの木の防砂林の向こう側へと『駆逐艦吹雪、抜錨します!』と1人叫んで元気よく走り出した。
(この先に、私の司令官が待っているんだ……!)
そう思うと吹雪は、どうしてもテンションが高くなって顔がニヤケてしまうのが自覚できた。
製造元のシイタケ・ファクトリーにいた頃、自分の配属先が発表された時は、同期生産されてた他の吹雪達にも散々驚かれたし嫉妬されたし羨ましがられたし、自分でも信じられなかったというか未だに夢か何かでないかと疑っている。配属先の提督の資料はその後すぐに入手して四隅が丸くなるまで読み返したし、ここに来る途中の飛行機の中でも散々読み返した。今なら身長体重から軍歴に至るまで空で言える。
比奈鳥ひよ子インスタント准将。
あの、第三次菊水作戦こと、台湾沖・沖縄本島防衛戦で活躍した二人の英雄、その片割れ。
もう一人の英雄と共に、実戦経験0の学徒兵ならぬ学徒提督達だけからなる臨時編成の連合艦隊を率いて、南方海域から本土に向かって侵攻してきた敵群団の中核となっていた強大で特殊な深海凄艦――――第4ひ号目標こと、戦艦棲姫を撃破した人間。
第4という事は第1から第3もいる筈だがそいつ等はどこに行ったんだろうとも思うが、そんな事はどうでもいい、それよりもそんなすごい人が自分の直属の上官になるのだ。テンション上がってこない方がどうかしている、と吹雪は考える。
(よぉし、頑張るぞー!!)
吹雪は己の内側から湧き上がる意思を再計算した。そしてそれは、テンションの無駄な昂揚と駆け足のさらなる加速という結果で出力された。
そして、そこから走り出しておよそ3分もしない内に辿り着いた旧ブイン基地は、ありていに言うと廃墟だった。
「えぇ……」
小屋と呼んでもいいものか、兎に角二階建ての大きなプレハブ小屋。その壁面という壁面には細大問わずツタが這い回り、窓ガラスという窓ガラスは全て割れていて、ペンキも所々が剥げかけて赤錆色が浮いていた。酷い箇所になると壁に穴まで開いていた。
ただ、基地そのものはアレだがその周囲は比較的まともであり、この島に来た時と同じく台風明けの本土のような澄み渡る青空と真っ白い雲、水平線の向こう側まで広がる紺碧の遠浅の海に、波の音と勘違いしそうになるヤシの木の葉擦れの音、雑草を引っこ抜かれたばかりと思わしき真新しい色と湿り気をしたイモ畑(※何故かブルーベリーの木まで植えてあった。枯れていたが)に、引っこ抜きそこなった畑の隅っこの雑草をもしゃもしゃと食みながら纏わりつく疫病バエや蚊を尻尾で打ち払う牛に、吹雪の足首をコツコツウバシャアアァと嘴でつついてくる戦艦クラスの眼光を持つニワトリ。等の光景が吹雪を襲った。まともって何だ。
「ええぇぇ……」
外から見た際、二階のとある一室の窓だけ真新しい青いビニールシートで目張りがしてあったので、多分そこが執務室なのだろうと吹雪は目星をつけた。
少なくとも一階ではあるまい。だって、一階の一番大きな部屋(多分食堂だ。だって台所とかお皿の収まった戸棚とか大人数用の長テーブルとか有るし)は床の大半が雑草に覆われ、本土では見た事も聞いた事も無い姿形とサイズをした羽虫やら地虫やらがいたし、その隣に並んだ二つの部屋は扉が壊れてて中が丸見えで、誰かが出入った形跡が全くなかったし。
そういう訳で吹雪が完全にペンキが剥がれ落ちて赤錆まみれになった軽金属製の階段を上った先にある細長い廊下の一番手前の部屋。
201号室のネームプレートが掛けられたその部屋の扉にはA4サイズのコピー用紙が一枚、セロテープで張り付けられていた。
手書きでこう書いてあった。
『ただいま留守にしております。ご用の方はお隣、新生ショートランド泊地までご連絡ください。 基地司令、ひよ子』
「えええぇぇぇ~……」
大変長らくお待たせいたしました。栄光ブイン、第二部です。
あ、言い忘れましたが第二部ではブイン基地の外、っていうか南方海域以外での話が多少増えると思います。
タイトルにある『とびだせ!』とはつまりそう言う事です。
ところで、最近アズールレーンというスマホ用アプリがある事を知ったのですが、何でも主人公がユニオン所属の弾幕ゲーという事で、道中のミッションは妙に僚艦からの裏切りが多かったり、事前情報と食い違ってたり、挙句の果てには最終ステージでラスボス倒した後、艦これで言うところの大淀さんポジの任務娘ないしGHQから、
『任務遂行ご苦労様でした。宿舎に戻ってゆっくりと休んでください……と、言いたいところですが。あなた方には、ここで果ててもらいます』
『あなた方が戦っている間に、我々は、原子核分裂エネルギーを利用した新型爆弾を完成させる事が出来ました』
『その功績を称え、あなたと、あなたの指揮下にある全ての艦船少女はその最終テストの標的艦として任命されました。おめでとうございます』
『また、本作戦『サードクロスロード』において戦死した際には二階級特進の上、インテリオル勲章が授与されます』
『ユニオンに栄光あれ、アクシズに慈悲あれ。死ぬがよい』
とか言われてその『新型爆弾さま ふたり(ボム発動でライフゲージ回復)』から発射される暴力的で鬼のような二層式洗濯フグ刺し弾幕の中に叩き込まれた挙句、何とか生き残っても最後にはその新型爆弾が突然『私のこと、愛してる?』とか聞いて来て直後に惑星の地表全部を舐め尽くすような大爆発起こして主人公どころか人類が文明ごと消し飛ばされて一人生き残った明石にゃんが20年かけて最後の出撃前に指揮官と秘書艦から貰った髪の毛から2人のクローン作った所で力尽きて残された二人が石器時代以前からやり直して白黒ハッキリさせつつ制御装置のような物体を破壊しに行くエンドだと聞いたのですが、本当なのでせうか?
あ、そうそう。前話のラストシーン修正&NGシーンその2追加しました。よろしければそちらも是非。の艦これSS
とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!
第1話『着任せよ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!』
「あら。お客さん?」
突然二軒隣の203号室跡――――扉は無かった――――から顔を覗かせたのは、別の艦娘だった。
キツネ色の髪を黄色いリボンで短いツインテールにまとめ、白いシャツの上に鼠色のブレザーを着て、そのブレザーの左胸には、燃え盛る炎の柱を背後にして額に『Hell's Wall』の意匠化文字を刻んだ頭蓋骨のワッペンを三つも貼り付け、そして鼠色のミニスカートを佩いた艦娘。擬装は外しているのか見当たらなかった。
陽炎型駆逐娘の一番艦『陽炎』だった。
「っは、はい! 本日付けでこちらに配属となりました、だ、第3世代艦娘式特Ⅰ型駆逐艦娘の1番艦『吹雪』であります! よろしくお願いします!」
「あー。今日ここに来ることになってた娘ね。私は陽炎よ、所属は隣の新生ショートランド。よろしく」
「はい! こちらこそよろしくお願いします! あの、ショートランドの方がここで何を?」
「よろしくね。あ、そうそう。こっち(ブイン)の基地司令だけど、しばらく帰って来ないと思うわよ。だから今の内に旅行連れてってあげる」
陽炎の露骨な話題反らしに吹雪は疑問を懐いたが、陽炎に手を引っ張られてその場を後にし、一階に戻った時にはもうその事をすっかり忘れていた。
因みに旅行とは、文字通りの意味ではなくて新入りへの施設案内の隠語である。
「じゃ、とりあえず近いトコから行こっか。あ、ここに来たって事はもう知ってると思うけど、まだ新しい基地が完成してないのよ。で、しょうがないから皆ここ(旧ブイン基地)で寝泊まりしてるの」
「あ、はい。さっき見てきました。ペンキ塗りたてとか何とかって」
「あれ全面シール張りなのにどこ塗ったのよって話よねー。あと、旅行って言ったけど、回るトコそんなにないのよね、ここ。寝泊まりしてるこのプレハブに、裏の畑に、今稼働している工廠に、出撃港と食堂に、旧ブインのドライドックだった星空洞窟に、崖の上のお墓ってとこかな」
歩きながら二人は話す。
「そいえばさ、本土では何か無かった?」
「本土で、ですか?」
「うん、そー。例えばさ、MIAだった艦娘とか提督とかが見つかったー、とか」
吹雪は知る由も無かったが、その質問をした陽炎の脳裏に浮かんだのは、一人の艦娘と、一人の提督だ。
新生ショートランド泊地の、すなわち陽炎自身の提督とその秘書艦、神通改二の事だ。
「いえ、すみませんが……」
「そっか……」
陽炎は寂しそうな声でそう呟くと、先ほどまでの元気いっぱいの声と表情に戻って再びお喋りを再開した。本土で流行ってるファッションやTV番組、映画や雑誌、スイーツ、吹雪の好みの男性のタイプなど。基地の案内旅行はどうした。
(そういえば)
そういえば、何でショートランドの人がブイン基地の旅行してるんだろう、と吹雪は今更ながらに疑問に思った。
「あの、何でショートランドの人が――――」
ちょうどその時、遠くから、低くよく通る汽笛の音が聞こえてきた。
吹雪が背後を振り返えって見たヤシの木の防砂林の隙間の水平線。その一ヶ所に小さな点が見えた。吹雪が持つ視覚野の解像度ではそれが何らかの船舶の船首であるとしか認識できなかったが、状況から大体の推測は出来た。
「多分、あれここの基地司令かな。ちょうど説明するとこだったし出撃港まで迎えに行こっか」
「はい!」
2人が同時に駆け出す。旧ブイン基地(という名前のプレハブ遺跡)の裏にあるイモと枯れたブルーベリーが植えられている畑を越え、ヤシの木の防砂林を抜けると、そこには小さな浜辺があり、丸太で組まれた桟橋がそこから遠くまで一直線に伸びていた。
「うわぁ、綺麗……」
「いい場所でしょ。旧ブイン時代の出撃港だったんらしいけど、いつも皆、ここで夕飯とってるの」
「え。でも陽炎さんは新ショートランドの所属なんじゃあ?」
「南方はそこらへんの規律結構緩いから。そっち(新ブイン)もウチ(新ショートランド)に何度か夕飯食べに来てるしね。吹雪も今度いらっしゃいな。自慢じゃないけど、今のショートランド泊地はちょっとしたリゾート地よ。時々戦火激しいけど」
「南方は一級戦線だって聞いてたんですけど……いいのかなぁ?」
「いいのいいの。戦争なんて美味しいご飯食べてる方が最後には勝つんだから。あ、やっぱIFF比奈鳥准将ンとこの北上さんのだ。今、司令に吹雪の事も連絡しといたからね」
「あ、ありがとうございます」
陽炎が桟橋の先を指さす。その先にある水平線付近に目を向けるとそこにはもう、いくらか大きくなった艦影が見えていた。あの小さな影に、この基地の人が、私の司令官が乗っているんだ。そう考えると吹雪の心にこれからの生活への期待と、微かな緊張が漲ってきた。
それから数分後、甲板上の至る所にこれでもかと魚雷発射管を増設した、一隻の重雷装艦が慣性をスクリューの逆回転で殺しつつ、桟橋の先端ピッタリにその船腹を横付けした。衝撃吸収用として桟橋に増設されたゴムタイヤが軋む事すら無い、完璧と言っても良い精密さの着岸だった。
そして昇降用のタラップが下りてきて、そこから一人、誰かが下りてきた。
今時珍しい純粋な黒一色のショートヘア。メガネ。帝国人女性。何故か片手にコルク栓と蝋で再封印された真っ黒い酒瓶。
目立つ特徴などその程度で、顔つきも背丈もちょっと提督らしからぬカーキ色の半袖の防暑服に至るまでも、ごくごく平均的な帝国人女性そのものでしかなかった。
ただ、目付きだけはどこか違っていたような気がした。
比奈鳥ひよ子インスタント准将。
学徒兵ならぬ学徒提督とその秘書艦だけで臨時編成された捨て駒『かるがも連合艦隊』の総司令官。姫殺し。沖縄の女神。
英雄。
身長体重などのデータは知っていたはずなのに、もっと大柄な人物だと勝手に思っていた。自身の経験のなさと彼女の短いながらも生半可ではない経歴からくる重厚感がそう錯覚させたのだろうかと吹雪は考える。
「陽炎ちゃんただいまー」
「ひよ子さんお帰りー」
(軽っ)
だが、陽炎はそんな彼女と何の気兼ねも無しにうぇーい。とハイタッチ。吹雪が小さく驚愕しているのを余所に、ひよ子が『塩太郎さんは?』と聞くと陽炎は『203で仮眠とってました。今起きてくるそうです』と答えた。
「おっけー。じゃ、2人とも一度工廠にいきましょうか。吹雪ちゃんの紹介と着任パーティはそこでやる予定なのよ」
「了解」
「りょ、了解しました!」
「あ、北上ちゃん、取ってきたサンプルの移動って明日でも大丈夫?」
「うん、だいじょぶ。今日は私の中に保管しとくからさー、早いとこ歓迎会にしちゃいましょー」
「それもそうね」
いつの間にかひよ子の背後に立っていた北上に返事をした後、ひよ子を先頭にして、陽炎と吹雪らは新築のブイン基地の裏手にある工廠に向かった。
先程までひよ子が乗っていたはずの艦は、どこにもなかった。
ペンキ塗りたての張り紙も真新しい本棟やその他周辺施設とは異なり、新生ブイン基地の工廠施設だけは例外的に完成して運用も始まっている。
理由はいたって簡単で、本棟よりも先にこちらの完成を優先するようにと、当時ウェーク島泊地からショートランドに帰還してきたばかりの陽炎からアドバイスを受けたひよ子が陳情したからである。アドバイザー陽炎曰く『喰う寝る着替えるはどこでもできるけど、安全な修理はここでしか出来ないから』との事。
とはいえ、この施設について語る事は特には無い。本土の基地や鎮守府と同じく、ドライドックの有る無しで二棟に分かれているのも同じだし、その正面には大型機械の出入りのための大きなメインシャッターとその隣の壁にある人用のサービスドアがあるのも同じだし、そこから天井に視線を移すと、そこには大形のハロゲンランプが複数規則正しく吊り下げられており、同じ天井を縦横無尽に走り回るガイドレールには大の大人の胴回りほどもあるブッ太いチェーンで吊り下げられたフックがいくつもいくつも取り付けられているのも同じだった。
違うところと言えば工廠内側の四隅の1つには小さな掘っ建て小屋がいくつか纏まってあって、それぞれには『仮眠室』『電算室』『備品庫&資料室』と表札が付けられていたくらいのものだ。因みに残りの角っこには資材が山積みになっているのも大体の基地や鎮守府の工廠と一緒で、トイレが外なのも一緒だ。
そして、そんな工廠の入り口、中途半端に解放されたシャッターのすぐ裏側で、男女4人が真っ二つに唐竹割りされたドラム缶を囲んで何事かをやっていた。
「火、良いよね……」
「良いですよね……」
「三式弾で燃えるヲ級、燃えるリコリス姫……良い」
「あの、三人とも? そろそろ具材焼き始めないと間に合わないんじゃ……?」
艦娘らしきのが3人と、平均的な帝国人男性よりも背が低い男の、計4人。
彼らをよく見ると、真っ二つにされたドラム缶の切断面を上にして金網を敷き、下側で大形のエアブローや強制酸化剤やガソリンを使って山盛りの炭をガンガンに焚いていた。きっと吹雪の歓迎会の料理に使うのだろうが、バーベキューには魔女裁判もかくやの火力は必要なのだろうか。それともこのドラム缶に何か恨みでもあるのだろうか。
その中の一人である男が吹雪達の気配に気が付いたのか、じっと見つめていた火から視線を外して背後に振り向いた。
「ん? ……え、もう来たの!? 夕張さん、野菜、野菜!!」
「嘘っ!? 輝君ごめん! 火力上げるのに夢中で野菜切ってなかった!! 明石さん、せめてお肉だけでも!!」
「ごめんなさい! まだ真ん中あたりが凍ってます!!」
「しれぇ、兎に角焼けそうなの全部焼いちゃいましょう」
吹雪達の存在に気が付いた3人が大慌てで、ドラム缶の上に張られた金網の上に素手でむしり千切った野菜や生肉(半解凍)を次々とブチ込んでいく。
だが、いくら急いでいるからと言っても、具材の上にガソリンの残りをブチ撒けても早く焼ける訳がないのだが。
「あああ、もう兎に角全員呼んで来ましょう! お酒飲んで話してればすぐ焼けますでしょうし」
『酒?』
『酒!』
『お酒!!』
今まで寝転がってでもいたのか、無造作に置かれていた木箱の山の陰から複数の声と勢いよく体を起こす物音が聞こえてきた。
やたらと酒臭い声だった。
それら声の主の正体を察したひよ子が、呆れたような声を出した。
「……隼鷹さん那智さん千歳さん。せめて新人さんの前では少しくらいシャンとしてくださいよぅ。せめて一日目くらいは。せめて乾杯の音頭の前までくらいは」
「いいじゃんいいじゃん。どうせこの後すぐ飲むんだろー?」
「うむ。隼鷹の言う通りだ。どうせ酒を飲めばボロは出るんだ。飲まないなどという選択肢はないし。だったら今から飲んでいても何ら問題はないという事だ」
盛大にため息をつくひよ子とは対照的に、隼鷹と那智と呼ばれた二人の艦娘はカラカラと笑う。気が付けば2人ともワンカップ酒のフタを開けて飲みはじめていた。千歳に至ってはすでに出来上がってるのか『今お酒が飲めうなーらー♪ (胃の中身を)全部吐き戻してもいーい♪』と良く分からない歌を歌っていた。陽炎は慣れた手つきでウォーターサーバから紙コップに汲んだ水とジュースをお盆に乗せつつ、以前ウェーク島にいた頃に貰った軍用酔い覚ましあとどんだけ残ってたっけと考えていた。吹雪はこんな時どうすればいいのか分からないので、とばっちりが来ない様にとひよ子の背後にこっそりと移動して気配を消していた。
「……はぁ、もういいですよ。あと来てないの誰だっけ。それと陽炎ちゃん、悪いんだけど、塩太郎さんももう一度呼んできて――――」
「今来ましたよ。それと、第2第3艦隊の正太君とスルナちゃんは現在哨戒任務兼、訓練航海中です」
ひよ子が喋っている途中に、突然背後から低い声がしたことに吹雪がびっくりして振り返る。そこには、やたらと背が高い男が一人立っていた。
艦娘システム最重要区画である艦コアの整備資格所持者を示す、脳みそとハートマークを組み合わせた形をしたワッペン勲章を胸元に縫い付けた、汚れの目立たない濃い鼠色の整備服(ツナギ)に身を包み、短く刈り上げた黒髪と、そんじょそこらのチンピラ程度なら思わず道を譲ってしまいそうな鋭すぎる眼光の持ち主。
「初めまして。自分は塩柱夏太郎一等整備兵であります。不肖ながら、ここの工廠の末席を穢させております」
「は……はじめまして、じ自分はだ、第3世代艦娘式特Ⅰ型駆逐艦娘の1番艦『吹雪』であ、あります……!」
およそカタギの人間とは思えない眼差しに見下ろされ、それでも吹雪は何とか返事を返した。返せた。そしてそれを皮切りに、次々と吹雪への自己紹介が始まった。
彼ら彼女らの背後でガソリンぶっかけられたドラム缶が消毒中の世紀末弱者めいて激しく炎上しているが、そこに乗せられた野菜とお肉は大丈夫なのだろうか。初対面の挨拶中に失礼だと知りながらも、吹雪はそれが気になって気になって仕方なかった。
「おっし。んじゃまずはアタシらから。軽空母の隼鷹さんだよー。んで、こっちの黒いサイドテールが重巡の那智で、その隣があたしと同じ軽母の千歳。3人とも所属はお隣、ショートランド泊地でぇーす」
一昔前の少年漫画の中の登場人物のように跳ねる暗桃色の長髪をした、陰陽師を意識したかのような服をきた顔真っ赤っかな女性が二つ目のワンカップ酒を片手に3人分纏めて自己紹介をした。だが3人全員新ブインの所属じゃないとかどういう事だ。
「紹介に与った那智だ。重巡をやっている」
「軽空母の千歳改二でぇーす。担当は航空支援(エア・ストライク)ですけおー、隼鷹と一緒に制空(エア・カバー)もやってまーす」
那智と呼ばれた、やはり顔が真っ赤で長大なサイドテールの黒髪の女性は、口に入れるモノを酒からスルメに切り替えつつ短く返事を返した。
一方の千歳はよほど酒が入っているのか、怪しい呂律であらあらうふふと笑いつつ左右に首をカクンカクンと落としながら空っぽのコップを何度も口元で傾けていた。足元に転がる空の一升瓶は一体いくつあるのだろうか。
「よ、よろしくお願いします……て、あの。ここ、ブイン基地ですよね?」
「そうよー」
「そだよー」
吹雪の疑問にひよ子と北上が返す。
気が付けば誰も乾杯の音頭を取っていないのに、いつの間にか誰もが酒やジュースに手を伸ばしていた。このひよ子と北上も例外ではなく、北上はビールの入った紙コップを片手に、ひよ子はサイダーとビールそれぞれが注がれた紙コップを両手に持っており、サイダーの方を吹雪に手渡した。ひよ子の指の熱を感じた吹雪は、思わず指先に力が入った。
「あ。勝手に持ってきちゃったけど大丈夫?」
「お酒の方が良かった?」
「は、はい! 大丈夫です、ありがとうございます!」
「どういたしまして。で、ここブイン基地なんだけど……人がいなくて、ねぇ」
「今遠征に出てる第2第3と、第1のまだ来てない残り全員入れても20人もいないからねー、普通に考えたら基地運営なんてやってけないのよー」
「え、そ、そんなのってあるんですか!?」
基地の運営には実働部隊だけでは済まないというのに。その他にも戦域管制、参謀、無線手、事務方、整備、糧食、補給、基地や備品の維持整備に警備担当に、火元責任者。更に彼らの交代要員。吹雪がパッと思いつくだけでもこれだけの担当と人数が上げられるのに。というか整備の人間が少なすぎるが大丈夫なのだろうか。
「……本当に、本当に、ねぇ。あのクソハゲジジイ共」
今まで浮かべていた温かな笑みを消してひよ子が小さく呟く。北上が続ける。
「ひよ子ちゃん若いし女だしで上からは結構軽く見られてたからねー。昔はそれで楽出来てたけど、沖縄の後からは逆にそれが仇になるわ、妬まれるわで色々大変だったのよ」
「で、その結果がこの過少人員で、それだとやってけないから、現在は提督不在のお隣、新生ショートランド泊地とまぁ、持ちつ持たれつという事で。それじゃあ吹雪ちゃん、だっけ? なんかグダグダだけど、ようこそブイン――――」
ひよ子が言葉を続けようとしたその時、サイレンが鳴った。
人の不安を掻き立てるような、甲高く単調なサイレンの音がブイン島全体に鳴り響く。
「――――え?」
突然の展開に思考が停止する吹雪を余所に、彼女以外の皆が間髪入れずに反応した。
ひよ子も北上も陽炎も塩太郎も陽炎も今までの和気藹々とした雰囲気を消し、今までべろんべろんに酔っぱらっていた隼鷹那智千歳の3人ですらも手にしていた酒とおつまみを大急ぎで口の中に詰め込みながら表情と雰囲気を切り替えていた。
館内放送がオンになる。
『事務室の大淀です! 提督、緊急通信です! 訓練航海から帰投中の第2、第3艦隊が敵艦隊を発見、交戦開始。ですが敵艦隊の一部が分裂し、ブイン島へ接近中! 最終警戒ラインまでおよそ5分! ご指示を!!』
「今すぐ動けるのは誰?」
「「「はい。ショートランド泊地、全員抜錨可能で……ぅぉぇおおろおろろろろっろごぼぼぼぼ」」」
「あたしは一旦燃料弾薬補給しないと無理。どっちも空っぽー」
隼鷹那智千歳の三人は返答しようとして勢いよく姿勢を正したのが致命の一撃になったのか、赤い顔を蒼くさせて喉を嫌な感じに痙攣させつつダウンし、北上はぬぽーっとした無表情で否定した。
ドラム缶の傍にいた、夕張と呼ばれた艦娘もまた『普通の艦としてなら出撃可能です。提督、私との適性ないですし』と答えた。他の艦娘らもシステムのアップデート中だったり遠征中だったりで出撃不可能だった。
彼女らの回答を受けたひよ子はしばし逡巡し、吹雪の両肩に力強く手を置くと、とてもいい笑顔でこう告げた。
「吹雪ちゃん、一緒に頑張りましょ。大丈夫。私も貴女に乗ってフォローするから。陽炎ちゃんもいるし」
「え」
『帰ってきたら宴会の続きだかんな~……死ぬんじゃないぞぉぉぉ……ぉぇぷ』と顔を青くした隼鷹那智千歳に見送られ、工廠正面に広がる海の前にひよ子と陽炎、そして吹雪は立っていた。
「陽炎、展開!」
掛け声一閃、陽炎が大股で海に飛び込んだ。その際ミニスカートが大きく翻り、中のスパッツが露わになったが誰も気にしてない。何故ならば、陽炎が海に飛び込んだのと同時に瞬間的な轟音と閃光が彼女から発せられ、それが晴れた時にはもう、海の上に人の姿をしたモノは浮いていなかったからである。
全長118.5メートル、全幅10.8メートル、総排水量、乙女の秘密トン。
かつての旧帝国時代に、艦隊決戦型の駆逐艦と呼ばれた陽炎型駆逐艦の一番艦『陽炎』がそこに佇んでいた。因みに陽炎が駆逐艦本来の姿形に戻った際、コンクリート製の護岸に少し引っ掛けて削り取ってしまったのだが、それはさておく。
【陽炎、解凍作業終了! 吹雪、アンタも急いで!!】
「え、ええ、えっ! ハ、ハイ! 吹雪、展開します!!」
陽炎が先行して空けたスペースを使って吹雪もまた、奇妙な掛け声と同時に海に飛び込み、やはり直後に轟音と閃光に包まれた。そしてそれらが晴れた時には吹雪もまた、人の形をしておらず、特Ⅰ型駆逐艦本来の姿形とサイズに戻っていた。盛大に引っ掛けた護岸の被害については目を瞑っておいてやろう。何せ今日この日この時が初陣だし。
『展開』『解凍』
それらの言葉から察せられる通り、この鋼の艦の姿形とサイズの方が彼女達、艦娘本来の姿なのである。
だが、常日頃からその姿だと色々と不都合も多いので、非戦闘時には圧縮保存状態――――今の今までごく普通の娘っ子として二本足で歩いていた艦娘の方――――の姿になって修理の大半を済ませたり、配属先まで移動したり、お風呂に入ったり、フカフカお布団に頭まで包まったり、ご飯が美味しかったり、飲み過ぎてゲロ吐いたり、旧ブイン基地の廃墟っぷりに「えー」と声を上げたりするのだ。
【く、駆逐艦吹雪、解凍作業終了! 異常無し!!】
そして、有事の際には今しがたの陽炎と吹雪のように圧縮保存状態(艦娘形態)からの解凍作業を実行し、艦艇本来の姿形とサイズに『展開』し、状況に対処するのだ。
そして、その頃になってようやく基地ではなく島中のサイレンが反応。生理的に受け付けないあの独特の警告音を鳴らし始める。
それと同時に駆逐艦本来の姿形とサイズに戻った【吹雪】が昇降用のタラップを降ろし、運よく護岸の破壊に巻き込まれなかったひよ子を回収して己の艦長席に座らせた。
艦長席に座った際、冷えた何かがぺたりとスカート越しのお尻に張り付くのを感じたひよ子がびっくりして飛びあがると、そこには普通の座席のようなビニル革は無く、代わりに半透明の青色をした冷たいゲルが背もたれと手すりとシート部分を覆っていた。
説明されるでもなく、ひよ子はそれの正体を知っていた。
「うぇぇ、またこれなの……」
ここに尻を下ろすのは嫌だが背中に直接ドバドバと入れられるよりはマシだし、そもそも他に座る場所が無い。ひよ子が渋々と尻を下ろし、迷路のように複雑怪奇なシートベルトを全部きちんと締めたのと同時に通信が入った。
『事務室の大淀より陽炎さんおよび比奈鳥提督。事務室より陽炎さんおよび比奈鳥提督。出撃準備をお願いします。敵分裂艦隊はブイン島の最終警戒ラインをすでに突破。島近海に侵入しています。即時出撃をお願いします』
【了解、それと敵戦力は!?】
通信機の周波数を事務室宛に合わせた陽炎が叫び返し、それと同時にレーダー観測と艦移動と砲旋回を3ついっぺんに開始。島から離れつつ跳ね帰ってきたレーダー情報から敵艦の未来位置を予測して艦の横腹を反応があった方に向け、真横に向けた第一から第三までの主砲で一斉砲撃。
叫び返したとは言ったものの、実際には駆逐艦本来の姿形とサイズに戻った『陽炎』の内部は無人であり、艦長席にも操舵席にも誰一人として座っていなかった。艦内にいたのは『展開』の際に生じた余剰エネルギーを使って作られた艦娘式戦闘艦の無人運用システム群――――通称『妖精さん』の立体映像が艦内のそこかしこを走り回って作業しているくらいのものであった。吹雪もまた同様で、違いはひよ子が乗っているかいないかだけだった。主砲着弾。
『敵構成、駆逐イ級1、駆逐ロ級1とあと、あっ、いえ! 駆逐0です! イ級もロ級も今撃沈されました!! 後は――――』
【うっしナイス私!!】
陽炎の艦内を見て見れば、今の今まで無人だったはずの艦長席の真横には艦娘としての陽炎がいつの間にか立っており、勝気な笑みで今の戦果にガッツポーズをしていた。
艦内を駆け回る妖精さんと同じく、疑似的な物質と化すまでに緊密化された超高速・超高密度情報体からなる特殊な立体映像だ。何せ触れるし物も掴める。
そんな立体映像の陽炎の姿が突然、艦橋の窓ガラスを破壊して進入してきた爆風に包まれた。流れ弾の直撃。大質量塊の運動エネルギーをもろに喰らった陽炎の艦橋部分は瞬間的に大破。立体映像のプロジェクターもその衝撃と続く爆風のダブルパンチで完全に破壊され、デジタルノイズまみれになってブレて、最後にはブツリと消えた。
『後は――――雷巡チ級が一体のみです!!』
【それ早く言って!!】
だが『陽炎』そのものは健在であったようで、倍返しだと言わんばかりに砲を撃ち始めた。隣にいた『吹雪』も連られるようにして砲撃を開始。水平線付近に浮かぶ黒いゴマ粒サイズの敵――――雷巡チ級に向かって12.7センチ砲用の徹甲弾を撃ちまくる。
だが、当たりもカスリもしない。陽炎は艦橋が破壊されたせいかまともに照準が付けられないようで、吹雪の方は突然の実戦に緊張し過ぎているのか、それとも今しがたの陽炎の被害に怯えたのか、FCSの補正も待たず、ひよ子の制止指示も聞かずにバカスカ撃ちまくっていただけだった。だがそれでも挟差を得て、徐々に散布界が狭まっていっているのは大したものだと吹雪の艦長席に座るひよ子は彼女をなだめつつ頭の片隅で感心していた。
チ級が増速。吹雪のパニックも比例して増速した。逆に頭の冷えた陽炎は吹雪の索敵系にデータリンクを要請。精密狙撃でチ級の進撃の邪魔をする。
「吹雪ちゃん、落ち着いて。この距離で相手がチ級ならまだ大丈夫だから。まだ主砲の射程圏外だから」
【で、でも! 今! 今ッ! 陽炎さんがッ!?】
「大丈夫。さっきのはまぐれ当たりだから。その証拠にほら、さっきの以外、一発も当たってないでしょ。だから落ち着いて」
ぐずる子供をあやすように、ひよ子は吹雪の艦長席の手すりをゆっくりと撫でまわす。手すりにまで伸びていた青いゲルは、ひよ子の手の平との接触面で、宇宙から見た落雷めいて仄かにパルス発光していた。
「落ち着いて、落ち着いて、ゆっくり、よぅく狙って……」
FCSも、吹雪が落ち着くのを待つかの如く照準計算をゆっくりと再開。ややあって、ターゲットへの確実な照準を完了したと短い電子音で告げた。
「今っ!!」
【ッ!!】
吹雪が全ての砲塔に激発信号を送信。それを受け取った一番から三番砲塔側のFCSは即座に照準の最終微調整を済ませ装填されていた砲弾を発射。緩やかな放物線を描いて飛んで行った6発の徹甲榴弾は磁石のN極S極の如く雷巡チ級の頭部へと吸い込まれる様にして着弾。
まさか吹雪の方の攻撃が当たるとは思っていなかったのか、防ぐも避けるもしなかったチ級の顔面が6回もの連続爆発に包まれ、後方に体勢を崩してそのまま沈んでいった。
【や、やったやったやりましたよ!! 司令官!!】
「ええ、凄いじゃない吹雪ちゃ――――」
直後、レーダーにもソナーにも映っていなかった一匹の駆逐イ級が吹雪とチ級の間にある海中から跳躍。大口を開けて船体に齧りついた。
幸運にも食いちぎられる事は無かったが、吹雪は、船首をイ級に咥えられたままその艦体を激しく上下に揺さぶられた。
獲物に喰らい付いたワニのようにイ級が体全体でローリング。通常の海戦ではおよそ有り得ない被害が吹雪に発生する。転覆こそしなかったが鉄の艦体が軋み、コンソールにはレッドアラートが次々とポップアップし、無人の厨房の中身がぐちゃぐちゃにかき混ぜられてスプーンとお皿が何処かに逃げ、気密の破れた窓や装甲のひび割れから浸水が始まった。
【ステルス!? 第四世代型が何で!?】
隣にいた陽炎からの支援砲撃は、吹雪への誤射の可能性から行われなかった。
「【きゃあああ!?】」
そんな絶賛稼働中の洗濯機の中のような吹雪の中にあって、ひよ子は、無駄に複雑で厳重なシートベルトのおかげて座席から放り出されるようなことは無かった。代わりに、遠心力とGで三半規管がイイ感じにかき回されている程度で済んでいた。
ひよ子の指示を待たずに吹雪が再発砲。イ級の口の中に即座に着弾、爆発。その衝撃とダメージでイ級は吹雪を口から離し、海中へと逃げ込んだ。吹雪と離れた瞬間に陽炎が追撃。手ごたえ無し。
しばしの静寂。その間に、ひよ子は慣性で回い続ける脳ミソで何とか吹雪への指示を思いつき、口を開いた。
「ふ吹雪ちゃん……超展開の準備……よろしく……陽炎ちゃん、支援、よろしく……ぉぇ」
【! はい! 司令官!!】
【了解!】
妖精さんによる口頭連絡リレーによって何とか自力で索敵が可能になった陽炎が主砲と対空機銃をそれぞれ海面に向けて発砲。海中に潜むイ級が一足飛びで吹雪に飛び掛かかれる位置に予測射撃を繰り返し、牽制する。
そんな陽炎から少し離れた場所にいる、艦としての『吹雪』には異常事態が発生していた。
なんと、致命的な損傷はどこにもないはずなのに艦体が垂直方向を向き、その船底を大気に晒し始めたのだ。
それと同時に、垂直になりつつある『吹雪』の艦内、その艦橋にある艦長席に座るひよ子と、隣に立つ艦娘としての吹雪の立体映像が向き合い、手を握りあっていた。
「吹雪ちゃん、着任初日でいきなりだけど、大丈夫?」
【だ、だだ大丈夫です!! 島村う、じゃなくて吹雪、頑張ります!!】
「……ホントに大丈夫? でも、もし駄目でもやるしかないからね。そこだけは覚悟してちょうだい」
ひよ子がほんの一瞬だけみせた歴戦の戦士の気配に気圧された吹雪(の立体映像)は、一度ひよ子から手を離し、自身の胸元に添えて大きく深呼吸を繰り返した。
立体映像が深呼吸したり手の平に『人』を三回書いてから飲み込んでも効果があるのかしら。と、ボブならぬひよ子は訝しんだ。
【……よしっ、司令官、よろしくお願いします!】
「ええ」
再び手を繋ぎ、顔を見合わせ合う。同時に頷く。
そして2人同時に叫ぶ。
「【吹雪、超展開!!】」
その叫び声と同時に、海面に垂直に立っていた『吹雪』の艦隊が閃光と轟音に包まれる。
それと同時に、ひよ子と吹雪それぞれの脳裏と心に、有り得ない記憶と思い出が次々と浮かんでは消えていった。
全学年の一斉健康検査、生まれて始めて袖を通した軍服は白、私達のクラスの番、秘書艦なる人物との初顔合わせ、消毒液くさい保健室、長い廊下の途中にある扉、小さな金属片を何枚も何枚も触らせ続ける変な検査、今更だけどホントに私が軍人なんてやってけるのかな、放課後に校長室に呼び出された私、ノックの返事が部屋の中からする、未知の伝染病保菌者の可能性、ドアを開ける、帝都の病院のパンフレット、部屋の中にいた二人の艦娘と目が合った、
そして――――
一瞬だけの閃光と轟音が収まったその時にはもう、駆逐艦としての『吹雪』はどこにもいなかった。
代わりに、艦娘としての吹雪がそこにいた。多少の違いはあった。背中の煙突から心臓の鼓動のように規則正しく汽笛と排煙を吐き出し続けているのと、胸の、人間でいうところの心臓のあるあたりから燃えるような光の輝きがあふれ出している以外には、新生ブイン基地にやって来た田舎の中学生の姿形のままだった。
ただ、そのサイズが異常だった。
特撮映画か戦隊ヒーローものに出てくる巨大ロボットか何かとしか思えないほど、巨大だった。
超展開。
文字通り、展開状態の艦娘をさらに展開させる事によって得られた、艦の、艦娘の、新たなる形態。一言で言ってしまえば巨大化した艦娘だが、その実はそこまで単純ではない。
艦長と艦娘の意識を一つに繋ぎ、さらに艦本体と繋がる事で艤装やシステムを手足のように操作して敵――――深海凄艦を圧倒するための戦術システム。
艦娘。
元々は帝国軍人の人員不足を解消するべく始まった無人艦艇操作用AI製作計画(プロジェクト・メンタルモデル)に端を発し、とある深海凄艦の新種の誕生によって、通常艦艇のみでは二進も三進もいかなくなった帝国が生み出した狂気の産物。
詳細な製造方法は軍機と紙面の都合により省略させていただくが、艦娘とは、人間の女性とかつての世界大戦当時の艦艇の破片を材料にして作り出された、人と艦の二面性を持ったクローン生物兵器である。
そしてその材料の片方の徴収には、市町村あるいは学校単位で予防接種とでも銘打って集められることが多い。最悪の場合はテロや大事故に見せかけた拉致もありうる。
その性質故、国内ではつい最近までその存在を徹底的に秘せられ、当時の諸外国からは蛇蝎よりも忌み嫌われ、哀れに思われながらも使われている技術故に付け狙われ、それでもなんとか今日まで帝国の命脈を繋いできた兵器である。
【駆逐艦吹雪、超展開完了! 機関出力120%、維持限界まであと900秒!!】
――――維持限界まで15分……凄い、普通の駆逐艦の娘の5倍もあるじゃない!
【はい、ありがとうございます司令官! 第3世代型艦娘の力、見ていてください!!】
ひよ子の心と意識に、文字通り一心一体となっている吹雪から、発奮4割恐怖と緊張6割の念が一切のストレス無く伝わって来た。
そんな吹雪を元気づけるため、ひよ子は意識ではなくて、あえて口に出して言った。
「大丈夫よ、吹雪ちゃん。私がついてるから。絶対、大丈夫よ。それに私も、初陣の時はすごく緊張してたし」
『ひよ子准将すいません抜かれました! イ級来ます!!』
今まで牽制砲撃に専念していた陽炎から通信。
それと同時に先の駆逐イ級が海面から身体を真横に倒した状態で――――胴体に確実に喰らい付くため――――飛びあがる。
それを迎撃するべく吹雪とひよ子が飛び掛かったイ級に意識を向けて迎撃のため拳を握った瞬間、今の今まで沈んだフリをして海中に潜んでいた先の雷巡チ級が隠密発射した魚雷が吹雪の真横を掠めて通り過ぎていった。
それに気を取られてイ級の迎撃が一瞬遅れる。艦体を捻って辛うじて食いつかれる事だけは回避。カウンター気味にパンチを繰り出すも、変な姿勢で無理矢理でしかもタイミングも全然ズレていたためにロクなダメージになっていなかった。
浮上したチ級からの砲撃。至近弾によって超展開中の吹雪とほぼ同じ高さの水柱が立つ。こちらに距離を詰めつつあったためか、先ほどよりもずっと精度が高かった。
【きゃああああ!?】
――――吹雪ちゃん落ち着いて! ちゃんと目を開いて周りを見なさい!!
雷巡チ級。
怪物の頭部とバイクの正面カウルを足して機械で割ったような形状の下半身、それの背面にあるグリップを握ってバランスを取るごく普通の右腕、装甲化された異形の左腕と、目鼻だけを隠す真っ白い仮面をかぶった完全な女性型の上半身とソバージュヘアからなる深海凄艦であり、従来の艦隊戦に文字通りの意味での格闘戦という概念を持ち込んだ戦犯であり、超展開を含めた艦娘システムを開発せざるを得なくなった最大の要因である。
雷巡チ級以前までに確認された種の中には、軽巡ヘ級やホ級のように、腕や頭が確認できるものがいる。それらは姿勢制御の補助システム(例えるなら、原付ボートにオールを用意したようなもの)であると考えられてきたし、実際にそういう使われ方をしていた。
だが、この戦犯野郎は違った。
遠距離では砲弾をばら撒き、魚雷で逃げ道を塞いで接近し、その巨大な腕で艦橋を直接殴り壊し、艦上構造物を片っ端から薙ぎ払ってくるのだ。
たとえ戦闘艦が被弾による損害を計算されて建造されているといっても、加害方法の如何が前提なのだ。大砲や魚雷の直撃ならまだしも『殴られました。ぐーで』など最初から想定されてない。
火力はあってもコイツより足の遅い重巡では割に合わない。駆逐艦や軽巡では火力が足りない。戦艦や正規空母はそもそもの数が足りていない。
――――ならばこちらも同じ土俵で戦えばいい。その分ミサイルや砲弾の代金ケチれるし。
誰が最初にそう言い出したのか、あるいは本当にそう言ったのかは不明だが、はっきり言って、初期の艦娘のうちで超展開機能を持つ者は、このチ級と戦うためだけに開発されたといっても過言ではない。
――――吹雪ちゃん、目標をイ級からチ級に変更。カカト・スクリュー全力運転開始!
【は、はい!】
ひよ子の命を受けて吹雪が自我コマンドを入力。水中で水をかき回し続けるカカト・スクリューの回転数が最大数に増加。人間でいうところの歩行動作の補助も借りて、吹雪はそこそこ短いスカートの辺りまで水に浸かりながらもその場からの移動を開始した。
最初は大股で大業そうに、そして徐々に速度を上げ、最後には下半身で大波を掻き分けながら、駆逐艦の名に恥じぬ速度で雷巡チ級へと突撃していった。
その背後の海面からイ級が跳躍。完全に無防備な吹雪の頭部を齧り取ろうと大口を開け、陽炎の主砲による精密狙撃を受けて失敗に終わった。陽炎型の3基6門の主砲から同時発射された6発の榴弾は駆逐イ級の表皮を貫く事は出来なかったが、その爆発の衝撃は内臓諸器官に多大なダメージを与え、頑丈な二重構造の頭蓋骨をすり抜けて脳震盪を誘発し、一時的にとは言え無力化させた。
力無くプカリと横腹を見せて浮かんできたイ級に、陽炎はトドメを刺すべく手持ちの酸素魚雷を全弾発射。
『比奈鳥准将、行ってください!』
【陽炎さんありがとうございます!!】
――――ありがと陽炎ちゃん! 吹雪ちゃん!
【! はいッ、了解です!!】
爆発音に振り返らずにひよ子と吹雪が返礼。既に指呼の距離にまで詰めていたチ級との正面衝突コースに乗る。
迫りくる吹雪を迎撃するべく、チ級がCIWSの生物学的なセイフティを解除し始める。
怪物の顔ともバイクの正面カウルとも見てとれる形状をした下半身正面装甲の上側を大盾のように取り外すと、その正面各所にスリット状の気門が生じ、内部に限定的な給気を開始。装甲内側の各液嚢にそれ専用として密閉充填されていた液体爆薬が送られてきた空気中の酸素に反応して活性化し、励起状態になる。
そして最後に、液嚢内部から伸びている雷管神経の末端部分が各スリットの表面付近で勃起する。
艦娘に狩られるだけの立場だったチ級が進化という形で得た、近接防衛用酸素魚雷が全ての発射準備を完了する。
チ級が右手に持った盾を大きく振りかざす。スリットの下で輝く液体爆薬の灼熱色がやけに目についた。
対する吹雪はさらに増速。
衝突、
【お願い、当たってくださぁい!!】
の直前、ひよ子が自我コマンドを入力。それを受けた吹雪は一歩だけ右に避け、左腕に渾身の力を込めてウェスタンラリアット。
そのまま首よもげてしまえとばかりに吹雪は左腕を振り抜く。もろに喰らったチ級は首を起点に半回転し、背中から海面に叩き付けられる。
チ級が浮かぶよりも先にもがくよりも先に、ひよ子が吹雪に意識で命令。
――――吹雪ちゃん、今!!
【はい!】
ひよ子が脳裏に浮かべたイメージを受け取った吹雪が太ももに装着されていた魚雷発射管を取り外し、右腕に装着し直した。再接続と同時にステイタスチェック。毎秒20のレートでping送信。全ping返着。異常無し。
【最終以外の全ての安全装置の解除を確認!】
――――射突型酸素魚雷、撃てぇい!!
【はい!!】
海中から浮かび上がってきたばかりのチ級の顔面に向かって吹雪が正拳を突き下ろす。着弾の衝撃で魚雷発射管の最終安全装置が解除。限界まで押し縮められた金属バネと圧縮空気の力によって装填されていた魚雷が発射され、即座に着弾。意図的に指向性を持たされた4発分の弾頭炸薬による爆発はさながらネコ科動物の爪の如くに伸び、チ級の頭部構造をいとも容易く貫いて吹き飛ばし、激痛で誤作動を起こしたチ級右腕の近接防衛用酸素魚雷が水中で誤爆。チ級の上半身を丸ごと消し飛ばし、吹雪の艦体も爆発の衝撃で生じた水柱に押されて吹き飛ばされ、少し離れたところに盛大に着水。もう一つの水柱を立てた。
そして、雷巡チ級の生命活動が停止した事により、第3世代型深海凄艦の体内で生成され続けている抑制物質の供給が停止。体内に残る抑制物質も空気中の酸素と、体液や各器官に溶け込んでいる溶存酸素と反応して即座に酸化して失活。それと反比例して、今まで抑制物質に押さえつけられていた好気性の肉食バクテリアが獰猛に増殖を開始。雷巡チ級の肉体は、あっという間に酷い腐臭のする黒いヘドロの塊となって海水に溶けて流され消えた。
【……終わった、の?】
――――……
ひよ子が無言で自我コマンドを入力。索敵系にリクエスト。
吹雪の索敵系は、周辺に敵影無しと告げていた。
本日の戦果:
駆逐イ級 ×1
駆逐ロ級 ×1
雷巡チ級 ×1
駆逐イ級(第4世代型) ×1
各種特別手当:
大形艦種撃沈手当
緊急出撃手当
國民健康保険料免除
以上
本日の被害:
駆逐艦『吹雪』:小破(艦装甲に亀裂、窓ガラス破損、主機に異常加熱etc etc...要検査)
駆逐艦『陽炎』:中破(艦橋全損)
重巡洋艦『那智改二』:健在(未出撃による)
軽空母『隼鷹改二』:健在(未出撃による)
軽空母『千歳改二』:健在(未出撃による)
軽巡洋艦『夕張』:健在(未出撃による)
軽巡洋艦『大淀』:健在(大澱ではない)
各種特別手当:
無し(※1)
本日の大本営だより
我々は各海域の深海凄艦に対して、やや優勢の展開を繰り広げています。
各提督達のより一層の奮起奮戦を期待します。
以上
※1:
入渠ドック使用料全額免除および各種物資の最優先配給は戦局の好転、および鎮守府運営法の改正に基づき、廃止となりました。
今後は必要経費として月間予算に計上されます。
エピローグ
新ブイン基地の工廠前のコンクリート製護岸の前に艦としての『吹雪』を接岸させると、まず最初にひよ子が地面に降り立ち、その後吹雪が艦体を圧縮して、ごく普通の芋くさい女子中学生の姿形と身長体重になってからひよ子の背後に降り立った。
ひよ子と、吹雪の後に続いて人の姿になった陽炎は出撃前と変わらず息1つ乱さず涼しい顔で立っていたが、吹雪は岸に降り立つのと同時に膝から力が抜けその場にへたり込んだ。
「あ、あれ……?」
何で。と戸惑う吹雪の声で2人は気が付いたようで、吹雪の方を振り返った。
「大丈夫? ほら」
「あ、ありがとうございます!」
ひよ子が中腰にかがんで吹雪に手を差し伸べ、吹雪はそれを掴んで礼を言いながら立ち上がった。
「どうだった、吹雪ちゃん? 初陣の感想は」
「あっ、はい! すごく怖くて、緊張しましたけど……司令官のおかげで私、私ちゃんと戦えました!!」
「……そう」
小さく微笑んだひよ子は短く答えると、自身の隣に立っていた陽炎と同時に、敬礼をした。手のひらを相手に見せない海軍式の敬礼。ひよ子よりも陽炎の方が綺麗な敬礼だったのは見なかった事にしておいてほしい。
「それじゃあ、さっきは途中になっちゃったけど。駆逐艦娘『吹雪』ようこそ、ブイン基地へ!」
「はい!! こちらこそ、よろしくお願いいたします!!」
傾き始めた日差しの下で、吹雪が満面の笑みで敬礼を返す。その笑みは、今さっきまで存在していた戦闘艦の気配はなく、紛れも無く年頃の少女のそれだった。
こうして駆逐艦娘『吹雪』の着任一日目は平穏とは言い難いものの無事に終わった。
その後、彼女らが歓迎会の続きだと言って工廠に戻ったところ、残っていた他の面々がフライングして歓迎会を(主賓の吹雪抜きで)続行し、全員酔い潰れていたという事実はここでいう事ではないので割愛する。
…… “それ” は何だと言われても、どう説明したらいいのか分からない。
光も届かぬ真っ暗な海底、そこに走る大きなクレバスの一番奥底に “それ”は存在していた。
少なくとも人ではないし、陸の生き物でもなかった。もちろん海の生き物とも形は違っていた。
人の身からすれば巨大すぎて平面にしか見えない、全長数キロメートルほどの半球状の “それ” は何をするでもなく、ただ静かにそこに存在していた。
何故光も届かぬのに形状が分かるのだと言われれば、それ自身が微かに青白く発光していたからだと答えよう。真上から “それ” を覗きこめば、水中から水面を眺めているかのように揺らめき輝いているのが見えた。もっと遠くから見れば、 “それ” が収まっているクレバスを細めたまぶたに見立てた、瞳のようにも見て取れた。
そして、 “それ” の周囲には、海流や重力によって流されてきた艦船の残骸や人の遺体が無数に降り積もっていたのも見えた。遺体には人間である事以外の共通点は無く、海で死んだ人間を新旧適当に選んできたのだと言われても違和感はなかった。深海の生態系のサイクルに組み込まれて骨だけになっているのもあれば、眠っているようにしか見えないのもいた。
そこに、上からひとつの影が水流に揺られながら落ちてきた。
鋼鉄で出来た船の残骸だった。戦闘によって破損したと思わしきボロボロの側舷には(KM-UD)と白ペンキで書かれていた事から、艦種は不明だがきっと艦娘だったのだろう。
艦娘だったものが着底するの同時に “それ” の発する光量が音も無く強くなり、ゆっくりと時間をかけてまた元の光量に戻っていった。
“それ” は、光も届かぬ世界最深部の底で、何をするでもなく、ただ静かにそこに存在していた。
次回予告!
初めまして、吹雪です!
……えっと。何言えば? っていうか書けばいいんだろう? うーん……え? 何ですか司令官? え? 音声入力? う、嘘っ!? あわわわ今の無し! 無しでお願いしますう!!
……えっと、本日付けで新生ブイン基地に着任した、駆逐艦『吹雪』です! よろしくお願いします!!
着任早々緊急出撃して、何とか無事に帰って来れました。ですが、顔合わせも兼ねた歓迎会が途中でグダグダのまま終わってしまったので、実は基地の人達の顔と名前、まだ覚えてないんですよね。
ですので、出撃後のお休みをいただいた今日は、ブイン島のいろんな所を回ってみたいと思います!
次回、とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
第2話『旅行せよ! 駆逐艦吹雪!! ~ あ、センチメンタルではないのでご安心ください』
をご期待ください!!
え? 何ですか? は? 投稿日未定!? プロットも考えてない!? 番組内容は突然変更のおそれあり!?
……次回予告する意味あるんですか? それ。
あとがき
これ読んでる人初めまして。あるいは大変長らくお待たせいたしました。
嗚呼、栄光のブイン基地第二部『とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!』スタートです。
花騎士のバレンタインデーSS書いてたらそっちは未完成の上、こっちの完成も今日この日まで長引いてしまいました。
履けもしない草鞋を二足も履いた結果がこれです。
拙作をお待ちしていた皆様、大変申し訳ありませんでした。
ていうかお花の方、書けば書くほど原作乖離が著しく……小説版と漫画・アニメ版鉄コミュニケイション並の、とは身の程を弁えない言い方ですが、似たような乖離具合になってしまいました。こっちはイーヴァもひしゃまるもナイトもビショップもペットセメタリーの連中も紅白フライヤーもカナトも出てきませんが。
おまけに原作ゲームの方だとクジラ艇って一隻しか完成してない決戦兵器扱いなのに件のSS内ではバンバン量産させてしまいました……筆者の頭の中の春庭世界の工業力はアメリカか何かかっちゅうねん。
それはそうと、第二部と銘打ってますが、一応ここから読み始めても大丈夫なようにはしたつもりです。下記NGシーンその2のようにE.G.コンバット第一話の丸パクリだったり第一部第一話のなぞり書きだったりで、書き直しに次ぐ書き直しによるモチベ低下&スランプでここまで遅くなってしまいましたが。
ていうかアレですね。一日書かないと艦もといカンを取り戻すのに三日ってあれ真っ赤な嘘ですね。私は十日も掛かりましたがな。
それと今回から次回予告やら何やら、色々と実験的に載せてみました。
……何か自分の首絞めてるだけの気がします。気のせいですかね?
次話投稿何時になるか分かりませんが、今回ほど酷い間延びはしないと思いたいです。お詫びといってはなんですが、下にNGシーン置いときます。
それではまた会う日まで。
さよなら。さよなら。さよなら。
本日のNG(突っ込まれそうなところにあらかじめ突っ込んでおく)シーン その1
Q:千歳お姉飲み過ぎじゃね?
A:
隼鷹「誰もが、逆らえずに飲み干していく」
那智「その喉、砂漠よりも乾かせて」
加古「目指す先は厨房。まっすぐに突き進む」
ビス子「封開けたのなら、新鮮な酒を飲み干そう」
千歳「今お酒が、飲めるのなら、(胃の中身を)全部吐き出してもいい」
伊14「その酔いを醒まさない様に、頭痛がまだ、まだ響いてる」
別府「燃料計はずっと、空を指したまま。素面じゃない方へ」
Pola「それが合成品でも、酒精は本物、二度と深酒は止・ま・ら・な・い~♪」
Zara「……酒! 飲まずにはいられない! ストレス発散の為と言ってあいつらと同じ事をしている自分に腹が立つッ!!」
私の中では大体こんな感じです。
本日のNG(ボツになった)シーン その2
この機体をもって深海凄艦を根絶する事こそが真の供養。人々よ、我々は戦うべきだ。
我々が置き去りにされた、この、溺れかけた世界で。
――――慰霊碑として改造された特別な瑞雲(※総プラチナ製。出撃可)に刻印された碑文より
急なエンジントラブルによる点検とやらで飛行機が飛ぶまで時間が余った。だけど外に出られるほど長い時間じゃなかった。眠気は全然無かったし、隣の座席は空だった。
だから私は――――陽炎型駆逐艦娘の1番艦『陽炎』は――――暇つぶし用に持ってきた本をリュックサックの中から一冊、見ないで取り出して読む事にした。
タイトルは『世界のオモシロ軍人百選』
「……」
タイトルの時点で真面目に読む気力が失せたため、本を閉じてリュックに戻し、目を閉じて自我コマンドを入力。
これから自分の上司となる人物のデータ・プロフィールを脳裏に表示させた。
(比奈鳥ひよ子。女性。二十●歳。インスタント准将。南方海域新生ブイン基地所属。本土有明警備府所属時代には主に帝都湾内の航路警戒と対潜警戒任務に従事。主な功績はミッドウェー島からの物資回収部隊の護衛、プロトタイプ伊19号のテストパイロット任命、第三次菊水作戦(民間呼称:台湾沖・沖縄本島防衛戦)にて、第4ひ号目標を撃破。同作戦参加者への前払い報酬で二階級特進して大佐、作戦成功後に准将に特進)
第4ひ号目標についての詳細も、ミッドウェー島での作戦詳細も一切公表されてないから分からないが、インスタントとはいえ、この歳で、かつたったこれだけの功績で准将とか有り得ない。
よほど優秀なのか、それともいよいよもって大本営もヤバいのか。前者であってほしいと思う。
(その功績を称えられて、生き残った同僚や部下の数名と共に南方海域、新生ブイン基地へと栄転……栄転?)
「あの……」
ふと思い出す。あの頃は確か、南方海域はまだ二級戦線とされていなかったっけか。気になったので脳内のページをめくる。ほんの2年前まで二級戦線だったと表示されていた。
やっぱ左遷か。
経歴の短さは兎も角、経験の密度はそれなりのものを持つ人物が島流しにされるとは、政治力学とはかくも複雑な物なのかと思う。
「あの……」
通路側から不意に掛けられた声に顔を上げてみると、そこには別の艦娘の娘が困った顔をして、チケットを握ったまま立っていた。
「あの……すみません。席、間違えてませんか?」
「へ?」
とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!
第1話『辿り着け! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!』
陽炎が持ってきたチケットの座席番号は間違っていなかった。しかし、見せてもらったチケットの番号も一緒だった。
これはどういう事かと航空会社の担当者に尋ねてみれば、まさか座席番号ではなく飛行機の番号が間違っていた。
(しかも入場口の読み取り機も間違いに気付いてなかったとかどういう事よ……)
ブイン基地への連絡は済ませた。電話越しの司令――――比奈鳥ひよ子准将は笑って許してくれていたが、恥ずかしいったらありゃしない。こんな失態、陽炎型の長女として許されるもんじゃない。と、陽炎は自戒する。
ストレスを感じた陽炎は無意識の内にツインテールの右房を口元に持ってきて、その先端を唇の先や鼻先に押し付ける様にして撫で回していた。この個体の悪い癖だ。そして、向こうに着いたらどうお詫びをしたらいいものかと考え、やはり無意識のうちに考えが口から滑り出て来た。
「……向こうに着いたら腹でも切って詫びるべきかしら」
幸運な事に、予備の移動手段はすぐ確保できた。膝に対空砲弾の破片を受けて対深海凄艦初期の頃に空軍をリタイヤしたという中年男性と、両主翼の下側にかなり大型の増槽を取り付けたセスナ機。
何でも、これからいくつかの中継基地を挟んで南方海域の新生ブイン基地まで荷物を運んで行くのだとか。1人くらいなら相乗りOKと言われたので二つ返事で客室に乗り込み『荷物』達の隣の席に尻を下して離陸し、今に至る。
「……ていうかそもそも、艦娘のお腹って、ナイフ通るのかしら」
「ねー、血生臭いリョナはイクちゃんNGなのねー。どうせ死ぬならベッドか布団の上でシながらが一番なのねー☆」
そんな陽炎の隣に座る『荷物』その1。プロトタイプ伊19号。
水色のロングヘアをトリプルテールにまとめ、右腕と豊満なバストに二対四本の白灰色の長大な触手を持った胴体が剥き出しの大口だけのタコっぽい何かを絡みつかせ、一般人のごった返す空港のロビーの中でも紺のスクール水着一丁で通した筋金入りの変態艦娘。
「あ。でもー、ここで見られながらっていうのも良さそうなのー☆ ね、一緒に、死んじゃうまでする?」
「いえ、謹んで全力で遠慮します」
(比奈鳥准将って……もしかして、そういう趣味の持ち主なのかな?)
だったら私も向こうでスク水に着替えさせられてそういうコトされちゃうのかな。とごく普通の性癖の持ち主であるノンケの陽炎は首の裏側にびっしりとサブイボを立てつつ密かに思いいつつ、こちらににじり寄る伊19を挟んでその隣に座るもう一つの荷物にそれとなく視線をやる。
荷物その2。やたらと背の高くて顔の怖い男性整備兵。
「プロト19さん。あまり過激な発言は謹んでいただけませんか?」
「えー。死ぬまでっていうは冗談なのにー」
(それ以外は本気!?)
やっぱ私も向こうでスク水に着替えさせられてからされちゃうのかしら。と陽炎は全身にビッシリとサブイボを立てつつ心の中だけで盛大に頭を抱えた。
「それ以外も冗談でお願いします」
「はーい、なのー☆」
(良かった……冗談で本当に良かった!)
艦コア整備資格所持者を示すマリンブルーの錨と銀の歯車を組み合わせた形をしたワッペン勲章を胸元に縫い付けた、汚れの目立たない濃い鼠色の整備服(ツナギ)に身を包み、短く刈り上げた黒髪と、そんじょそこらのチンピラでも道を譲ってしまいそうな鋭すぎる眼光の持ち主。
陽炎が機内で隣に座った時は、実はブイン基地に行くというのは真っ赤な嘘で、このまま山の中に埋められてから殺されてから犯されてからシャブ漬けにされて朝から晩まで客とらされて最後にはフィリピンあたりで内臓(パーツ)単位でバラ売りにされるのかと恐怖していたのは内緒だ。
そんな、その筋の者か何かにしか思えない背ェ高ノッポのツナギと目が合った。
「ん? ……ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。自分は有明警備府所属、塩柱 夏太郎(シオバシラ ナツタロウ)一等整備兵であります。今度から新生ブイン基地への異動となりました」
「はーい!☆ イクちゃんはー、D系列艦のプロトタイプ伊19号なのー☆ イクでもプロトでも好きな方で呼んでなのー☆ で、こっちは忌雷ちゃんなのー☆」
その目付きとは裏腹の穏やかな口調。だがむしろその口調がかえって貫録を見せており、ますます何処かの組の若頭か幹部格にしか思えなくなってくる。
というか、そんなのに平気でじゃれついてる伊19は怖くないのだろうか。そしてその右腕に絡みついてる4本足の灰色タコは何だ。何故タコがお前の分の名刺を出す。いやそれ以前にPRBR検出デバイスがそのタコに反応しているのになぜ誰もノーリアクションなのだ。ていうかD系列艦って何? あんた潜水艦娘じゃないの?
彼女の脳ミソと一般常識は混乱の極みにあったが、陽炎型の長女としての意地と誇りに懸けてそれら全てを眉毛よりも上に棚上げし、2人に返答する。
「は、初めまして。艦娘式陽炎型駆逐艦娘、1番艦『陽炎』です。よろしくお願いします!」
狭いセスナ機の座席の中、陽炎は座って腰をひねった姿勢のままで敬礼する。なんとも締まらないがそれはプロト19と夏太郎も同じだった。
(プロット:飛行中、パイロットのジジイがひよ子の活躍を語る。EG1話のブルース中尉みたいに)
そしてその後、セスナはトラブル一つ無く全ての中継基地に到着・給油・通過し、南方海域の入り口である旧ラバウル基地跡で最後の給油と休息を終えた彼らは、ブイン島の南東端にあるブイン基地の滑走路に到着した。
狭い機内で動けるはずが無く、お喋りの話題も最初の数時間で疾うに尽き、持ってきた雑誌を読んだり寝たり持ってきた雑誌を読みながら寝落ちした彼らは機の外に出た時、3人はそろって同時に身体を伸ばした。
「っ、んん゙~……! やっと着いたぁ」
「ふぁ……変な格好で寝てたから肉体(カラダ)が痛いなのー……」
「お二人ともお疲れ様です」
(中略)
そして陽炎は私物がパンパンに詰まったブギーポップ製のバッグをセスナから降ろすと片手で掴み、2人の後を追った。
(とりあえずここまで)
(陽炎主役の可能性は犠牲になったのだ……お隣ショートランドの陽炎と被るからという理由の犠牲にな)
本日のOKシーン
天にまします我らが主よ。
私の眼下に住まう彼らは異教徒です。貴方の教えを理解せず、しようともしない愚かな存在です。
故に彼らは人ではなく、人の言葉を喋る畜生です。ただの家畜です。
そう私に思わせてください。少なくとも、今日、この時だけは。
――――――――クローバーフィールド作戦に参加した、とある爆撃機のボイスレコーダーより。
Please save our Okinawa 01.
その日、そのメールが届いたちょうどその時の事だった。
有明警備府所属の比奈鳥ひよ子少佐は、東京湾に浮かぶパーキングエリア『バビロン海ほたる』の最深部にある、薄暗く、潮の臭いと錆で満ちたウェルドックで多数の提督達を前にM字開脚をさせられたりポールダンスに興じさせられていた。
その際着替えさせられた白い礼装のジャケットとズボンと手袋とソックスの内側にはヌルヌルネバネバのローショがたっぷりと入れられていた。駄目押しとばかりに下着は、ローション塗れになるからという理由で脱がされていた。
ひよ子が今着させられているのは、各地の提督達が普段着ている二種礼装――――肩紐の無い、白い上下からなるごく一般的な提督服――――とよく似ていたが、よく見ると首元は肉状の物質で密閉されており、ジャケットとズボンは完全に一体化しており、提督服に擬態したツナギと言った方が正しい存在だった。勿論、白い手袋とソックスもまた同様にツナギと一体化していた。やはりぱっと見には普通にしか見えなかったが。
「離して、離してくださいってば!!」
事の発端はこうだ。
昨日、比奈鳥ひよ子少佐の務める有明警備府に一通の電子メールが届いた。
送り主は悪名高き艦娘開発チーム『Team艦娘TYPE』こと、略してTKT。
内容は要約すると、前回のトラブルによって、新艦娘『プロトタイプ伊19号』のお披露目が出来なくなってしまったのでその続きがしたいので、またバビロン海ほたるの最下層までお越しください。あとプロト専用の提督服もメンテナンスがしたいので持ってきてください。大丈夫です、罠ではありません。とあった。
誰もが罠だ止めとけと引き止めたが、ひよ子はそれでも人の善の可能性を信じた。流石にTKTといえども人の目がある所で無茶はしないだけの一般常識はあるだろう、と。
到着し、機材の微調整が長引いているから少し待ってほしいと言われ、待合室で差し出された紅茶を飲んだら途端に急激な眠気に襲われた。
そして目が覚めればこの様である。
「さて皆さま」
「プロト19を始めとした、深海凄艦由来の技術を意欲的に盛り込んだ艦娘」
「通称『D系列艦』に搭乗・操舵する際にと開発された新型の提督服ですが」
「潜水艦娘との超展開に失敗した提督と艦娘達を使用した生体素材100%となっております」
「畜生! 性善説なんて信じた私が馬鹿だった!!」
そんな無慈悲に踊らされ続けるひよ子の隣には、艦娘としての第七駆逐隊――――漣、曙、朧、潮――――の4人と、黒いネクタイとダークスーツを着た黒の角刈りの男性2人が立っていた。
その計6人の共通点として、市販の白いプラスチック製のホイッスルを首に下げ、奇妙な形状をしたメカニカル・バイザーで目線を覆い隠してうっすらとした微笑みを浮かべていた。
そんな6人の内の4人、七駆の面々が一歩前に出て説明を始めた。
「ご覧の通り、非常事態には外部から提督服を強制操作して状況に対処する事が可能です」
「服自体を動かしているので、着用者の意識が無い、骨折、脱臼などの重度の傷害時にも問題無く運用可能です」
「ですが、ジャケットとズボンの他に、手袋とソックスまでを含めて1つのシステムとなっておりますので着用の際にはお忘れのないよう」
「では次の機能の紹介に移らせていただきます」
ようやく止まった……と安堵しため息をついたひよ子の期待を裏切って、白い礼装がまた勝手に動き出した。
ここに来てひよ子は、今まで以上に焦り始めた。ローションで満たされた手袋に包まれた手が、服(手袋か?)を操作される事によって無理矢理動かされ、器用にも上着のボタンをプチプチと1つずつ外し始めたからだ。
今、下は、脱がされたので何も着ていない。
「え、ちょ、ま、待って待って待って待って待って!!」
どれだけ手に力を込めてもその動きは微塵も緩まず、ボタンを上から三つ開けると、片手で軽く肌蹴られた。
その場に集っていた一部の男性・女性提督からは獣欲混じりの好気の視線が自身の胸に、それ以外の男性・女性提督からは憐憫や嫌悪の視線を向けられたのを、ひよ子は肌で感じた。顔どころか耳の先まで熱くなったのも自覚できた。
軽く肌蹴られた服の内側。
そこにはごく普通の衣類のように繊維で織られた裏生地などは無く、代わりに無色透明のローションに包まれてぬるりと輝く、真っ白なウジムシの群れあるいは生物組織の柔突起のような有機的な何かがうぞうぞと蠢いていた。
それを見たひよ子以外の提督らは、揃って嫌悪の表情を浮かべた。ひよ子は羞恥に耐えるので精一杯だったのでそれどころではなかった。
ごく一部の提督(性別不問)からは『そのポジ代わって』と言わんばかりの羨望の視線が飛んで来ていたのだが、それはひよ子の知らない未知のエリアだったのでここでは割愛する。
「このD系列艦用の新型提督服、通称『触手服』ですが」
「ご覧のとおり、生体素材である事を生かして微細な触手を内面全てに生やしてあります」
「主な動力源は着用者の老廃泄物全般とごく微量の体液と体温ですのでご安心ください。専門的な燃料やメンテナンスは市販のビタミン剤と鉄剤、亜鉛剤、食物繊維剤の投与と簡単な水洗いくらいで済みます」
「目的は着用者の身体機能の保護です。具体的には負傷時における緊急止血や患部の保護・固定、排泄や生理的欲求の解消、体表の洗浄、長期間の姿勢固定によるエコノミー症候群発症の予防や筋機能低下の予防」
この時点で、参加者全ての目から好色と憐憫と嫌悪の色が消えた。今まで誰も証明できなかった学術的難問の、一切矛盾の無い解を耳にした学者達のように目を見開いた。
この場に集った提督達の全員が、潜水艦娘との超展開適性を持ち、彼女らと超展開を行った事のある提督達だったからだ。
ひよ子は知らなかったが、潜水艦娘と超展開した後の提督に待っているのは基本的に地獄である。
潜水艦娘は、他の艦娘らと違って直接的な戦闘への参加は最初から想定されていない。想定される主任務は隠密偵察や待ち伏せ、追跡であり、言い換えれば長期間(長時間ではない。長期間なのだ)に渡って隠れ潜む任務を主としている。潜水艦娘の中では一番超展開の持続時間が短いと言われている『伊58』ことゴーヤですら三ヶ月間に渡ってそれを維持できるといえば潜水艦娘達に求められている任務がどれほど特殊かつ、高難易度なのか理解していただけると思う。
(※筆者注釈:参考までに、無印の駆逐娘が約3分。無印の軽巡や軽クウボがおよそ15分。改二型戦艦娘で約3日間が平均値である)
分かりやすく言ってやるなら、潜水艦娘と超展開した提督達は、最低三か月間イスから立つ事が許されないのである。もちろん風呂もトイレもご法度だ。やるならその場で、座ったままだ。
つまり、
「もちろん、これらは既存の艦娘の運用時においても使用する事が出来ます。潜水艦娘も例外ではありません」
つまり、その一言を聞いた提督達が圧倒的感謝の絶叫を上げたのは当然の事なのである。
「もう洋式トイレとマッサージチェアを足して二で割ってない艦長席とおさらば出来るのね!!」と、ある女性提督は叫んだ。
「お風呂入れる! 入ってる!! 着るお風呂!!!」と、ある男性提督は叫んだ。
「……そっかぁ。もう俺のうんこの処理で嫌がるハチの顔見れないんだ。そっかぁ」と、ある男性提督は心底寂しそうに呟いた。
「え。何? 生理的欲求の解消ってつまりリアル触手オナニー? 異世界転生もトリップもしてないのにそんなハイレベルな事シちゃっていいの?」と、ある女性提督は ⇒驚愕する。
このハイテンションに取り残されたひよ子の事を無視して、司会解説役の七駆と黒服の6人――――Team艦娘TYPEの行動食4号とかつてひよ子に名乗った――――が、次の説明に入った。
「それでは次に、この触手服の内側に充填されているジェル――――DJ物質についての説明ですが」
「これは、深海凄艦が艤装の機械部分を操作する際に用いているジェル状の自我伝達物質です」
「鈴谷改の操作系にも使われているので、彼女と超展開した事のある提督なら既にご存知の事かとは思いますが」
「鈴谷改で問題になっていた掃除やメンテナンスを容易にするべく、ジェルを触手服の内側にのみ充填し、付着範囲を限定する方法を採用させていただきました」
これはひよ子も知っていた。かつて自分が騙されて乗艦する事になったプロトタイプ伊19号にも同じものが使われていたのだから。
あの時は、このジェルに包まれてプロトと物理的に接触しただけで、何の違和感も無く、プロトを自分の身体のように感じ取れたのだから。
「現在開発が進んでいる第三世代型以降の艦娘にはこのDJ物質が標準装備されることになります」
「ただし、製造コストや整備の面を考えて、ゲル化したものをシート状に加工して椅子に張り付けるという方法になりますが」
「だったら最初からそっちを使ってくださいよ!! 何でこんなえっちな服着させるんですか!?」
理不尽に対して叫ぶひよ子の事を無視して、行動食4号が説明を続けた。触手服の操作により、ひよ子はくるりと提督達に背中を向けさせられた。
よかった、やっと隠せた。と安堵し、いそいそと前を閉じようとしたひよ子を裏切るように、何の前触れも無く触手服の背中側全てが開かれた。
「。」
繰り返して言うが、ひよ子は今、下着を着けていない。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!?!?!?!?!??!!」
お尻丸見えである。
「そのシート状に加工された物ですが、この触手服を着たまま使用する事は出来ません」
「ですので一度、背中側の拘束をこのように解除してからご着席ください」
「普通の衣類や従来の提督服でしたらそのままご着席して頂いても結構なのですが、この触手服では生体反応が重複してしまい、着用者の生体反応のみを上手く拾えない可能性が大きく――――」
ひよ子の叫び声は、バビロン海ほたるの地上部分を警備している者達にも聞こえたという。
その日の夜。有明警備府に戻ってきたひよ子は、完全に消沈していた。
「いあいあはすたーはすたーくふあやくぶるぐとむぶるぐとらぐるんぶるぐとむしゃめっしゅしゃめっしゅにゃるらとてっぷつがーあいあいはすたーさーもんべいべーさもんべいべーくとぅるふるるいえー、私にばっかりエッチな目に合わせまくるこんな世界など滅んでしまえ」
「比奈鳥少佐、空間割ってなんか変なの出てきそうなんで止めてもらえますか?」
食堂のテーブルの一画を占領し、腕を組んでふて寝しつつ物騒な事を呟き続けるひよ子を、隣の席に座っていた、白いマイクロミニのセーラー服に似たワンピースを着た駆逐艦娘が、手元のジュースをストローでぶくぶくしながらたしなめた。
駆逐艦娘『雪風』
南方海域ラバウル基地の所属にして、同地を中心に猛威を振るう謎の宗教団体ムツリムの一派『ラバウル聖獣騎士団』の準指導者的階級に位置していた艦娘だったが、様々な偶然と事情が重なった結果、もう一人の連れ添いと共にこの有明警備府で厄介になっている艦娘である。
「雪風の言う通りね。比奈鳥少佐、アンタ、ちょっと辛気臭すぎるわよ。あのTKTに二度も目ェ付けられて、五体満足で帰ってきた以上の幸運なんて滅多に無いのよ? 素直に喜んどきなさいよ」
「まぁ、昼間の件は、その、あれだ。あまり気を落とすな。長い軍隊生活、そう言う事もあるさ。そういう目的でやられた訳じゃあないんだろう?」
続けて食堂に入ってきた駆逐娘の『叢雲』がつっけんどんに、戦艦娘『長門』がひよ子の肩を軽く叩いて慰めた。
ちょうどその時、誰かが食堂に入って来た。海軍礼服に着られたガキだった。
そんじょそこらのガキではなかった。
ひよ子と同じく白い礼装に身を包んだ、艦娘としての雪風とそう変わらない背丈だった。こんな軍事施設の食堂なんかよりも、近所の空き地か土手沿いの河川敷で友達と野球でもして遊んでいるのがお似合いの年頃のガキだった。目元は長めに伸びた前髪で隠れて見えなくなっていた。サイズが合っていないのか上着の袖もズボンの裾もちょっと余っており、何度か追って丈を合わせていた。コイツには裾上げという選択肢はないのだろうか。
「えっと、あの。何かあったんですか?」
「あ。輝君」
この有明警備府のもう一人の提督、目隠 輝(メカクレ テル)だった。
元々は二級戦線の『南方海域』、そこのさらにドン詰まりに位置するブイン基地に秘書艦の『深雪』と2人で配属されていたが、とある事情からラバウルの雪風と共に本土に帰還し、色々あって雪風共々有明警備府に厄介になっている身である。
「ねぇ深雪、何があったの?」
「雪風ですってば。えとですね。比奈鳥少佐が何か出張先でひどい目に遭ったみたいなんです。なので、みんなで励まして元気を出してもらおうって話になったんです」
輝の居る入口の方を向いた雪風がそう言い切った。雪風が、付き合いの短いひよ子の事をそこまで心配していた事に長門と叢雲は同時に「雪風はいい子だなぁ」と呟いて彼女の頭を撫で繰り回した。
しばらく気持ちよさげに撫で繰り回されていた雪風だったが、目に入った周囲の光景に違和感を感じ取った。
「あ、あの比奈鳥さ、あ、いえ少佐。事情はよく分かりませんけど元気出してください! 気分が落ち込んでる時は無理にでもテンション上げないといつまでもどこまでもダウナーになって動けなくなっちゃうんだって、ブイン基地の龍驤さんが言ってたって水野中佐が言ってました!!」
「……輝君もいい子よねぇ」
雪風から少し離れたテーブルでは駆逐娘の『夕雲』がシスター服のコスプレをして『神様仏様ペテンの神コーシ様願わくば私に今日このカレーを乗り越える機知か体力をお授けくださいさもなくばあの味を乗り越えられる認識改変をしてください。アヴァシン様はもうアテにならないのです』と一心不乱に祈っていた。その隣のテーブルでは重合金製のメンポ(※翻訳鎮守府注釈:面頬のことか?)を装着した正規空母娘の『飛龍再び改善』と『蒼龍再び改善』が、嫌がる重巡娘『プロトタイプ足柄』を椅子に押さえつけて拘束バンドで物理拘束していた。厨房の中からは『比叡さん止めてそれ食べ物じゃないです! また輝君と雪風がバイオテロって勘違いしちゃう!!』と軽巡娘『川内改二』が叫んでいたのが聞こえた。
少し別のテーブルでは、駆逐娘の『秋雲』が、即身仏になる事を決意した仏僧のごとき澄んだ笑みで漫画の原稿を仕上げていた。他のテーブルに座る艦娘達の表情は、どこまでも暗いか覚悟を決めていたかのどちらかだった。
壁掛けの日めくりカレンダーは、金曜日となっていた。
「あの、長門さん? 質問してもよろしいでしょうか?」
「雪風はいい子だなぁ。こんな子は好きだぞ……ん、なんだ?」
「海軍カレーって何曜日の料理でしたっけ?」
「金曜日だな」
「ここに私と輝君が最初に来た時、バイオテロが起こって歓迎会の途中で中止になっちゃいましたけど、あれって何曜日でしたっけ?」
「……金曜日だな」
この時点で、長門は雪風の頭から手を離し、自然体で背後に回り込んで雪風の両肩をそうっと掴んだ。
雪風が長門の方を振り向く。
「それじゃあ最後に……今まで食べたカレーの味、どんなのでしたか?」
「お前のような感の良いガキは嫌いだよ」
反射的に立ち上がって逃げようとした雪風の両肩を、長門が抑え込む。
「畜生! 輝君逃げて! 先週のあれバイオテロじゃなかった!!」
「え? え?」
「全員この2人を拘束しろ! 人数が増えればその分一人当たりのカレーノルマが減るぞ!!」
長門の叫びに食堂内の誰も彼もが反射的に行動した。椅子に押さえつけられた雪風に有明警備府所属の艦娘達が餓えたゾンビの如く殺到して、拘束バンドやたすきで椅子に入念過ぎるくらいにグルグルと縛り付けていった。
事情を呑み込めなかった輝には、いつの間にか拘束を外したプロトタイプ足柄が対処していた。相手が子供だという事も忘れて、G-1現役選手だった頃の感覚で三角絞めを完全に決めていた。この餓えた狼容赦せん。因みに輝の顔が赤いのは気道が締められているからなのか、それとも体勢の都合上、足柄のミニスカートの中身がはっきりと見えてしまっているからなのかは分からない。
ひよ子はまだ落ち込んでいたが、今日の夕食が比叡謹製のカレーだという事を思い出し、落ち込んだままのフリをしながら静かにゆっくりと食堂の出口へと移動し、いざ全力で飛び出して脱出と言うところで発覚。最寄りの夕雲秋雲らに拘束された。ひよ子は成人女性でそれなりに鍛えてはいたものの、生物兵器である艦娘のパワーには太刀打ちできず、そのまま席に連れ戻された。
「皆さーん、夕飯できましたよー……って、あれ?」
騒乱の元凶である戦艦娘の『比叡』が、一抱えもある大鍋をお手伝いの川内改二と共に両手で持って食堂に入ってきたが、誰も気にも留めていなかった。
「あのー。夕飯できましたよー」
「雪風ちゃん、生きる事は戦いだって言うじゃない! つまり今日のカレー食べるのも戦いなのよ!!」
「雪風、生きる事は兎も角戦いは飽きたのです!!」
わーわーぎゃーぎゃー。などという長閑な光景はこの食堂の何処にも無かった。
「あの、夕飯……」
「艦隊は提督も含めて兄弟姉妹! 一人は皆の為に! 皆は一人の為に!! つまり雪風ちゃん、ガンバ!!」
「嘘を言わないでくださいっ! だったら足柄さんから食べてくださいよ!! ていうか輝君の顔色ヤバイです!!」
「み、み、みゆ、深雪、そろそろ助けて……」
「雪風ですってば!」
誰も聞いちゃいねぇ。
「……」
「駆逐艦娘『雪風』! 提督命令よ! 私と一緒に死んでちょうだい!!」
「拒否します!! 非麾下艦娘に対する指揮権は戦闘災害事故時等の非常時を除き存在しないと明記されています!!」
「大丈夫! 雪風ちゃんって異能生存艦って言われてたくらい幸運なんでしょ!? どんな奇跡だって起こして見せるんでしょ!? 大丈夫!! あなたなら死なない!! だから私の分も食べて!!」
「彼等はそうなる前に自身の環境を変えてます!! ていうかご自分の分押し付けないでください!!」
比叡は、一度大きく息を吸い込むと、顔いっぱいに大口を開けて力の限り叫んだ。
戦争の熱気に酔ったゴブリンの群れですら道を譲ったという魔除けの呪文だ。
「HOT! SOUP! COMIN' THROUGH!!(気合! 入れて! 熱いスープが通ります!!)」
「「「!!?」」」
誰もが驚愕し、カレーじゃないの、とでも言いたげな表情を浮かべていた。
「さっきから聞いてましたけど、今日はカレーじゃないですよ。再現料理のスープです」
ホントは入れないんですけど、今日金曜だったのでカレー粉入れてスープカレーにしてみました。と比叡は付け足した。
再現料理。
それを聞いて、食堂内の誰も彼もが歓喜に沸いた。艦娘とは、一言で言ってしまえば、年頃の娘っ子を原材料にした生物兵器である。
生物である。クローン養殖品とはいえ、個体ごとの仕様とでもいうべき小さな誤差はあるし、長く運用していればもっとはっきりとした個性として出てくるのである。
外見は兎も角、中身まで寸分違わず同じ者など一人もいないのである。比叡一人にしても料理下手な奴、うまい奴、カレーだけなら金取れる奴、甘口カレーが得意な奴、苦手な奴と、千差万別である。
そして、この有明警備府所属の比叡は、世界各地の神話や伝承に登場する料理の再現を最も得意としていた。
「はい! 今回のはとても苦労しました! 首席野戦調理士フィズの得意料理で、あまりの美味しさ食べた将軍が涙を浮かべたっていう逸話があるくらいなんですよ」
そんな比叡が作った再現料理である。この警備府の連中に味を期待するなという方が無理がある。
そう説明されて、輝は期待に目を輝かせたが、雪風は未だ警戒したままだった。自身の直感は今すぐ逃げろと大絶叫していたし、何より、この中で唯一、一から十までの調理光景を見ていた川内改二だけが青ざめていたのを見たからだ。
「赤いものと、ピカピカしたものを見つけるのに苦労しました!『周りのもの全部入りスープ』です!!」
そう叫んで比叡がテーブルの上の鍋敷きの上に大鍋を慎重に置いた。濃厚であぶくを立てる不気味な色味をしたスープが鍋一杯になみなみと満たされていた。
これ食い物か?
誰も彼もがそう思ったが、この比叡の再現料理なら間違いあるまいと信じてお椀に汁をよそり、若干の警戒心からスプーンで小さく一口、舌先で舐める様に飲んだ。
皆の顔が赤から緑、緑から紫になって、皆同時にぶっ倒れた。
「ふむ……顔色の変わる順番も伝説の通り……完璧です!」
倒れ伏す皆を余所に、比叡は手早くメモを取ると、残りのスープが入った大鍋を両手で掴んで鍋のふちに口を付け、大鍋を傾けて一気に飲み干し始めた。調理した本人なりのケジメの付け方である。
そして、大鍋の残りを飲み干した比叡が顔色を赤緑紫と変えて静かに倒れると、食堂には倒れ伏したままピクリとも動かない有明警備府の面々、食べるフリをして難を逃れた雪風(※よそられたスープの残りは大鍋の中にこっそり戻しておいた)、医薬品の入ったキャビネットから人数分の多目的解毒剤を探す川内改二だけが残された。
(あ、そういえば、朝届いたメール見てなかった……)
大本営からだったけど、中身何だったんだろうと思いながら、ひよ子はゆっくりと意識を手放していった。
食堂の隅に置かれた、薄型テレビの中で女性アナウンサーが極めて大形で強力な台風が沖縄に接近中であると告げる声だけが、やけに耳に残っていた。
そして、ひよ子の執務室に場面は飛ぶ。
電気が消され、人の気配のしない真っ暗なデスクの上に置かれたノート型端末。そこに届いた件のメールには、こうあった。
【Extra Operation:『第三次菊水作戦』へのお誘い】(特別参加手当、全額前払い済)
送信:帝国海軍大本営
受信:有明警備府第一艦隊総司令官 比奈鳥ひよ子大佐
本文:
ミッションの概要を説明します。
今回のミッション・ターゲットは、南方海域で確認された未確認の新型深海凄艦、ならびにその護衛艦隊の完全撃破です。
1体はソロモン諸島、リコリス飛行場基地近海で確認された新型の超大型戦艦種。もう1つのターゲットである護衛艦隊は、未確認の超大型飛行種複数を中核とする、きわめて大規模な部隊です。
目標は現在、旧沖縄近海、坊ヶ崎沖を北上中です。洋上でこれらを迎撃し、撃破してください。
今回は、細かなミッション・プランはありません。全てあなたにお任せします。
なお、本作戦は複数の提督らとの共同遂行が前提となっております。現時点での作戦参加者とその麾下艦艇の名簿は揃えましたので、必要であれば申請してください。
彼らと協力し、確実にミッションを成功させてください。
ミッションの概要は以上です。
帝国海軍は、帝国臣民の安心と、帝国の安寧のみを望んでおり、その要となるのがこのミッションです。
貴女であれば、良いお返事を頂けることと信じております。
ミッションを受注しますか?
≪Yes≫ ≪はい≫
特別参加手当一覧:
特別追加予算(金額は添付ファイルを参照)
報奨金
勲章授与
現物支給
二階級特進
(今度こそ終れ)