※本編がまだうp出来ないので番外編という名の設定集です。※少し前に投稿したばっかりと思っていたエイプリルフールから時既に一年という事実。うせやろ。 一面真っ白。「……へ?」 南方海域、新生ブイン基地の基地司令、比奈鳥ひよ子准将が我に返った時にはもう、辺り一面は真っ白になっていた。 右も白。左も白。上下のすら真っ白で境目も分からない。 豪雪時に見られるホワイトアウトではない。かと言って、精神病院の個室でもない。温かいし、それらしい出入り口も無かったからだ。 というか、自分はついさっきまで、新ブインの執務室にある自分のの机に齧りついて書類山をやっつけていたはずなのに。「もしかして、書類が自然増殖して部屋中埋め尽くした?」「何ワケの分からん事言うとんのや」 突然自分の背後からした若い女性の声に驚いてひよ子が振り返ってみると、そこには、普通の人間サイズにまで縮小された一隻の深海凄艦がいた。 大きな目と大口をくっつけた灰色の金属質の肉まん型ボディから死人色の人間の手足を生やした、アンヒューマノイド型の深海凄艦。 軽母ヌ級。 後に空母ヲ級が出てくるまでの短い間、空母ヌ級と呼ばれていた深海凄艦であり、深海凄艦側勢力が人類の飛行機に同じ世界で対抗するべく生み出された最初の航空母艦種である。実際の戦果はさておくとして。 そのヌ級がその大口をがばりと開け、上アゴを背中の方まで倒した。 そして、その口の中から『はー、よっこいしょ』とぼやきながら、一人の少女が、まるで着ぐるみの中から這い出す様にして出てきた。 こげ茶色のツインテールに独特なシルエットの艦首を模したサンバイザーを被った小柄な少女。ヌ級の中は暑かったのか、首飾りに勾玉を掛けている以外は無地のインナーシャツと短パンだけだった。瞳は、彼女本来の黒と深海凄艦の緑が混じったまだら色だった。「こにゃにゃちわ~」「へ? え、あ。こ、こにゃにゃちわ?」「おう、挨拶は実際大事やでー。画面の向こうの皆も一緒に、こにゃにゃちわー!『とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!』の隠れメインヒロイン、龍驤ちゃんやでー」「え? 画面? とび……? え?」 困惑するひよ子が意味不明な単語の群れを理解しようとするよりも先に、真っ白な世界と龍驤はさっさと先に進んでいく。 ひよ子と龍驤の足元を、黒子衣装に身を包んだ妖精さん達が数百数千単位で音も無く駆け回り、ビデオの早回しの如き速度で舞台セットらしきものを組み立てていく。 ひよ子はそれをどこかで見たような気がしたが、思い出せなかった。 それもそのはずだ。 組み立て終わって2人が立っていたのは、ひよ子が南方海域に着任する以前の旧ブイン基地、つまりは廃墟となる前の在りし日の光景だったからだ。ひよ子はあまり入った事が無かった上に荒廃しきっていたのでよく覚えていなかったのだが、ここは旧ブイン基地の202号室だった。 かつて龍驤が所属していた部屋だった。「おぉー、妖精さん達も気が利くやないか。ウチらのいた執務室やん。ここ」「え」 この部屋の主は何を考えて生きていたのだろう。とひよ子は酷く理解に苦しんだ。 ピカピカと輝いているように見える新品の机やロッカーなどの共通備品はあるにはあるのだが、これらはすべて隅っこに追いやられており、特大サイズのダブルベッドが1つ、部屋の中央に置いてあった。何故か枕は二つ、掛布団は1つである。枕元のティッシュ箱とゴミ箱の存在が無言でかつてのこの部屋の主の行動を意味深に語っていた。(もしかして、旧ブイン基地って性的暴行メインのブラック鎮守府だった? それも、この龍驤さんが被害者の) ひよ子が何気なく視線を巡らせてみると、隅っこに追いやられた6人分の机の内、4つの上には小さな花瓶と花が活けてあった。クリアガラス製の花瓶にはホコリ一つ無く、水も完全に透き通っていた。 そして、入り口近くに視線を移せば、紐で壁に吊るしてあった一枚のホワイトボードには 暁:出番待ち 響:出番待ち 雷:出番待ち 電:出撃。B隊 金剛:出撃。B隊 龍驤:本日特別出演 とあった。『とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!』の最新話、つまり第4話自体は完成しているんです。ですが、沖縄編で現在筆が止まっており、うp出来ない状態が続いています。 いや、ね? 沖縄編ストーリーも今回何処で区切るのかのも決まってるんですよ? ですけどね、細かいシーンの描写とか、脳内妄想を指に出力しようとすると何故か止まる糞バグ仕様が全然エラッタされないし、本編だけを上げようにも冒頭部のフレーバー・テキストとの兼ね合いからそれも無理なんです。 つまり俺は悪くねぇ。 などと供述しており、本日は番組を変更して、お茶濁しの特別編をお送りいたします。 とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!! 番外編「蛇足と補足」 いつの間にか、艦娘としての龍驤本来の制服に着替え終わった龍驤が、部屋の中央を占領する特大サイズのベッドの上であぐらをかき、ひよ子を手招きしていた。 お行儀の悪い事に、背の低いちゃぶ台までベッドの上に持ち込んでおり、天板の上にはホカホカと湯気を立てる湯呑みが4人分置かれていた。 混乱覚めならぬひよ子が状況に流されてつい座ると、龍驤が切り出した。「っちゅーわけで、今日は本編外れての特別編。話中では何の説明も無しに流されてたり、説明自体があやふやだったり、そもそも単語や概念すら出てこないようなどうでもいい裏設定の一部を今日この場を借りてして話していこうっちゅう話やな」 龍驤はそこで、手元のプログラム表に視線を落とし、ため息を一つついた。「これくらい本編中で説明せぇや、もぅ」「あの、えと。これは一体……? ていうかここ何処なんですか!?」「あー。気にせんとき気にせんとき。どうせ目が覚めたらすっぱり忘れとるやろし」「覚め……?」「ちゅうわけで、早速いってみよー!!」 龍驤が指を鳴らすと、天井から紐で吊るされたボードが一枚、2人の背後に降りてきた。 その表面には大きく『軽母ヌ級(っていうか深海の艦載機)と論者積み』と書いてあった。「しょっぱなこれかぁ。しかも論者積みの方は単語すら出てこない、裏設定みたいなもんやないかい。ま、ええわ。一応説明したる」「お、お願いします?」 正座するひよ子はお茶をすすり、いつの間にか天板の上に出現していた茶菓子に手を伸ばした。 龍驤もお茶で軽く口を湿らせる。「ひよちゃん達、艦娘を運用する提督は座学で習ったと思うし、冒頭の地の文でも軽く触れとったんやけどな。ウチ……やのうて軽母ヌ級は、深海側が当時の人類の軍用機、とりわけ低速・低空で飛ぶ爆撃機を、最終爆撃コースに入られるよりも遠くから迎撃するために、艦載機とセットで開発された種なんや。リコリスの姫さんから聞いた話では、当時の即応用のリソースのほぼ全部をつぎ込んだ一大プロジェクトやったそうやったらしいで。あと一押しあったらハワイ諸島の再占領諦めて、Erehwyna島まで撤退してたかもやて」「え、深海凄艦って、物量が自慢のはずですよね? そこまで追い込まれるものなんですか?」 口の中のせんべいを齧り砕き、ぬるくなったお茶で無理矢理飲み干したひよ子が疑問の声を上げた。「当時は今ほどリソースに余裕があった訳やないし、今も昔も片手間で相手できるほど人類側も甘くは無いで。おまけに、人工衛星が監視しとったさかい、実機の開発は出来てもテスト飛行なんてできるはずも無かったし、コンピュータも無いから手計算と脳内妄想によるブンドド・シュミレーションだけしか出来へんかったそうや」「それで、結果の方は?」「勿論、大失敗や」「あ。やっぱり」「失敗に次ぐ失敗と広がる戦線で、どんどんリソースが減っていったそうやて。開発担当してた、リコリスとは別の姫さん曰く『このプロジェクト最大の成果は、最初期のテスト機があまりにもひどい出来栄えで、新型の対空ロケット弾か何かかと勘違いされてて妨害工作が最後まで無かった事くらいね』なんやって」「へぇ」「で、そんな苦労に苦労を重ねてロールアウトした艦載機&ヌ級やけど……肝心のスペックは第二次世界大戦当時のそれと大差無くて、第一目的である敵爆撃機を追っ払うこともほとんど不可能やった。ここらへんはまぁ、ウチも純粋な艦娘だった頃に何度かヌ級と航空戦やった事あるからよく知っとるけどな。正直、航空機同士の戦闘になったら、艦娘が使こてる燃費最優先の復刻戦闘機とかなら数も多いしスペックもそう大差無いからいい勝負できるけど、燃費ガン無視の第4、第5世代型ジェット戦闘機とかが相手ならただの的やで」「あ。そこらへんチラッと聞いた気がします。ミッドウェーで、整備士の誰かが『どうせ今日も数だけだ』って」「せやな。ウチが使こうとった『ひしゃまる』達超音速機や、ひよちゃんがそのミッドウェーではじめて見た白たこ焼きが出てくるまで、深海側の航空ドクトリンは『数で押せ押せ』一択やったんや。輸送ワ級も、元々は艦載機の大規模輸送が目的で開発されたもんやったんや」「へー」「ただ、その艦載機も、全くの失敗作でもなかったんや」 喋り疲れたのか、龍驤もお茶を一口すする。「続けるで。失敗作扱いされてた深海の艦載機――――ああ、面倒くさいし、本編と同じ様にここからは『飛行小型種』で統一するで? 飛行小型種だって腐っても飛行機や。エアカバーが無くて足の遅い奴相手なら無双同然の活躍をしとったそうな」「いるんですか? そんな都合の良い相手が?」「いたんやよ。実際。それが件の論者積みや」 龍驤がぶら下がっているパネルボードをくるりと裏返す。そこには、金髪碧眼の男性軍人の拡大写真が張り付けられていた。 お隣201号室の主である、ファントム・メナイ少佐の胸像写真だった。「このメナイ少佐も栄光ブイン第一部の、ダ号目標破壊作戦の中でやっとったけどな。艦娘じゃなくても深海凄艦には対抗可能なんや。ただ、現存する兵器群の中でコストパフォーマンスが最高なのが艦娘っちゅうだけで。で、艦娘自体は公表されとるけど、肝心要の技術については今も昔も秘匿されとる。外国からの要請で艦娘を向かわせる事は出来るけど、いつでもどこでもとはいかへん。そこで艦娘非保有かつ、合衆国のように軍事リソースが十全ではない各国が選択したのが世に言う『論者積み』……まぁ、響きはカッコええけど、実際は単艦の積載限界まで火力を詰み込んだだけのタダの力押しなんやけどな」 そこでひよ子は察したようで『もしかして』と言った。「もしかして、積載限界までってことは、対空火器とか対空レーダーとか、そういうのも全部取っ払っちゃって砲弾とか魚雷を……?」「……取っ払っちゃってたんよなぁ。ホンマに」 ひよ子も龍驤も遠い目をして溜め息をつく。 音もなくパネルが天井裏へと巻き上げられていく。 2人が湯呑みの中のお茶を飲み終わり、お代わりを注いだあたりで二枚目のパネルがスルスルと降りてきた。 二枚目には『射突型酸素魚雷誕生秘話』と書いてあった。「これかぁ。ウチは軽母娘やから艦載機用のノーマル魚雷しか扱ったことないしなぁ。ひよちゃん、説明よろしゅう!」「はい。それでは説明させていただきますね」 ひよ子はオホンと軽く咳払い。「超展開した艦娘が深海凄艦と交戦する場合の基本は格闘です。遠距離での砲撃・雷撃・ミサイル終末誘導もあるにはありますが、基本はやっぱり格闘です。艦娘が開発された背景には帝国軍の切ない予算事情がありますから、なるべく予算は掛からない方が良いとされています。砲弾一発ウン万円、誘導ミサイルや魚雷にいたっては一千万とか億の単位ですし」「せやな。ウチらが船だった頃も魚雷一発で家が建つくらいやったしな」「今でも建てられますよ。……話を戻しますね。だから艦娘や提督達には格闘戦が奨励されているんですけど、純粋な肉弾戦だけでは時間がかかりすぎるし、損害も徒に増える。かといって無暗矢鱈と命中精度の低い魚雷や砲弾をバラ撒く訳にもいかない。だから必中必殺・短期決着・予算削減を実現するべく、射突型酸素魚雷が生まれたわけです。手に持って殴れば、少なくとも、無駄撃ちになる心配はないわけですし」「解説ありがとうな。でも、ホントのところは全然違うんよ」「え」 龍驤が指を鳴らす。パネルが巻き上げられ、3枚目が下りてくる。 そこには、朝潮型駆逐艦娘の『霞(ママー!)』の.jpg画像が一枚印刷されていた。 幼くも凛々しい表情をした立ち姿の一枚絵。 これを見ている読者諸氏には、図鑑No.90の、無改造の霞(お前には山ほど説教がある。楽しみに待っていろよ)の立ち絵と言った方が分かりやすいか。「龍驤さん、これは?」「霞ちゃんの立ち絵やな。中破してない、無印の。で、ここ注目」 龍驤が指さしたのは、伸ばされた霞の左手。魚雷発射管をベルトで手首に固定してある部分だ。「筆者のやつ、これを見て『そうか、あれで殴るのか!』って思ったんやて。で、今ひよちゃんが語った設定を後付けで思いついたのが真相なんよ」 筆者って誰。ひよ子は心の中でそう思っていた。「はい、じゃあ気を取り直して次行くで~」 4枚目のパネルが下りてくる。『着任当初の吹雪ちゃんがよく口にしてた第三世代型艦娘って何よ』「あ、それ私も良く知らないんです。そもそも艦娘に世代があるなんて、訓練生だった頃の座学でも習ってませんでしたし」「あんたホンマに提督か? ……って言おうと思たけど、なんや。ひよちゃんの頃は水野少佐の時代よりわりと切羽詰まっとったみたいやなー。よっしゃ。ならウチが特別に解説したるで。簡単にいうと、艦娘と艤装の関係性の違いやな」 そう言うと龍驤はその場で立ち上がるとひよ子に背を向け、スルスルと上着を脱ぎ捨てて上半身裸になる。 ひよ子が何か言う前に、龍驤が、自身の腰を指さした。 そこには、艤装と肉体を接続するコネクタと、プラスチック製の保護カバーがあった。「ウチら第二世代型の艦娘は、こんな風に艤装の取り外しができるんよ。有明の長門もひよちゃんとシャワー浴びた時に艤装外しとったやろ(※有明警備府出動せよ! 第3話参照)」「あ。そういえば」「んで、第一世代型はこれが出来ない。つまり、肉体から艤装が直接生えとる形式の艦娘の事を言うんや」「(生え際想像したら何だかサブイボ立ってきちゃった……)お風呂とか大変そうですね、それ」「実際、艦娘化しとる第一世代が風呂に入るのにも整備兵や提督の介護が必要やったそうやし、寝るのも専用のスタンドを使って立ったまま寝るか、砂浜に穴掘って横になっとったんやて。もしくは艦の姿に戻って寝るか」「第一と第二の間でかなり進化してますねぇ」「せやな。ひよちゃんのデビュー作『有明警備府出動せよ!』の第一話で北上が電車乗っておった時、艤装を完全に圧縮・格納して、普通の女の子しとったやろ? 第三世代は皆それが基本出来る様になっとる。技術の発展様々や」「はい。あの時は直後に戦闘になったので助かりました。まさか深海棲艦が哨戒網抜けてあんなところまでやってくるなんて夢にも思ってませんでしたし」「(あー……人工衛星とか定期哨戒のルート情報ウチがバラしたのは黙っとこ)ほんで、肝心の吹雪が言うとる第三世代型は『①:現時点で第三世代である改二型艦娘へと改装済み。②:改二型相当のスペックを有する。③:将来改二型艦娘への改装を前提として建造された。④:対人戦争に必要な機能・能力を有する。①もしくは②③のどちらかに該当しかつ④を有する艦娘』と筆者は妄想しとる。ひよちゃんとこの北上改二は①、吹雪は③番、今後出る予定になっとるビス子もといビスマルクやアイオワ、Z1、Z3なんかは②やな」「へー」「因みに、艤装の完全格納機能は④に該当するで。理由は、言わんでも解るわな」 5枚目のパネルが下りてくる。『で、結局おたくの世界線の艦娘はマシーンなの? 生肉なの?』「あー。これはなぁ。ひよちゃん以外のゲストの方々に来てもらおか。実際見た方が早いで」「ゲスト?」 ひよ子の疑問には応えず龍驤が「お二人とも、どうぞ~!」と出口の扉に向かって手をメガホンにして叫ぶ。 キチンと扉を開いて部屋の中に入ってきたのは一人だけだった。「はーい。旧ブイン基地の最初期秘書艦の、敷波だよーっと」 敷波の挨拶が終わるのに合わせて、間延びした、規則正しい地響きが外から鳴り響く。その衝撃で一瞬宙に浮かんで落ちてを繰り返したひよ子が何事かと、窓から外を見てみれば、とっても、すごいものを、見た。 巨大な瞳が外にあった。『超展開』中の巨大な艦娘が、かがみ込んで部屋の中をのぞき込んでいた。まるでアニメのワンシーンだ。『アニメじゃないわよ、暁よ。こことは違う並行宇宙『艦これ(等身大)×艦これ(原寸大)でクロスしてみた』の世界からお邪魔しちゃうわ……って、比奈鳥先生じゃない! 沖縄は!? 那覇鎮はどうなったの!?』 部屋の外の主の正体が信じられないと、ひよ子は窓から身を乗り出して暁を見た。「え、嘘!? 沖縄の時の暁ちゃん!? 無事だったのね!?」 無事ではなかった。 左足はくるぶしから先が無くなっており、壊れかけの右足だけが残っていた。右上半身は胸元からえぐり取られて中身の機械が露わになっていたし、その破断面からは無数の火花が断続的に迸っていた。もう持ち上げる力も残っていないのか、大形の魚雷発射管を装着した左腕は、力無くぷらぷらと宙に揺れているだけだった。 背中の艤装は異常な黒煙を上げ、小爆発を連続して起こしていた。内部の肋骨ユニットや有機系の臓器デバイス群が剥き出しになっていたし、全身各所の傷口からは血液代わりの真っ黒な統一規格燃料を吹き出して、光の消えかかった瞳だけが静かにひよ子を見つめていた。 部屋の中から確かに見えていたはずの、ごく普通の、まともな姿の艦娘など、どこにもなかった。 その惨状に思わず小さな悲鳴を上げて後ずさったひよ子の背中に、敷波の足がぶつかった。「あっ、ごめんなさい敷波ちゃ」 謝罪しようとひよ子が顔を上げ、絶句。「いいっていいって。気にしてないよ。これに比べたら、全然痛くないし」 敷波はひよ子に背を向けて立っていた。 その背中には、セーラー服を突き抜けて大の大人の握り拳よりも大きな穴がぽっかりと開いており、そこから、心臓の鼓動に合わせて酸素をたっぷりと含んだ新鮮な赤色が、どくどくと塊単位で止まる事無く噴出していた。 ひよ子の心と体がフリーズする。 そんなひよ子を横目に、敷波と暁2人分のお茶を湯呑みに注いでいた龍驤が、気付け代わりに少し大声で言った。「つまり、そういうことや」「どういう事なんですか!?」 ひよ子再起動。 龍驤が左右の指で敷波と暁、それぞれを指さす。いつの間にか、暁はごく普通の少女サイズに戻って龍驤の左に正座していた。轟沈寸前の破損状況はそのままだったが。因みに敷波は龍驤の右に座っていた。背中に大穴開けたまま。 そして、奇妙な速度で落ち着いたひよ子が、成程。と敷波と暁2人をそれぞれ見やる。 暁の方は、見ての通り、内側には相当量の機械が詰まっていたし、内臓の大部分もそれに置換されていた。筋肉だってよく見ると、ミオグロビンにしてはやけに薄暗いと思えば有機系の運動デバイスに置換されていたし。 一方の敷波は、傷口の内側を見る限りでは、ごく普通の人間の身体にしか見えなかった。筋肉だってちゃんとミオグロビンしてたし。「艦娘はな、圧縮保存状態、通常展開、超展開中それぞれで、艦と娘の比率が違うんや。深海凄艦との直接戦闘を前提としとる超展開中は余計な損傷を防ぐために生体組織の比率は可能な限り低く、けど味方の士気向上や艦娘自身の感覚の乖離を防ぐ目的もあるからある程度以上は残して、逆に、日常生活を送る艦娘の時にはストレス軽減のために普通の人間と変わらんように出来とる。まぁ、それでも人間性の喪失の阻止・軽減はTKTでも難しいみたいやな」「それは……人間性云々以外の所は座学で習ったから知ってましたけど、なんでわざわざ見せつけるんですか?」「見た方が早いって言うたやん」「見えすぎですってば」 2人を余所に敷波と暁はいつの間にかごく普通の無怪我人に戻っており、お茶とお茶菓子に手を出していた。 それから4人で雑談を楽しむことしばし。 突如として、202号室のドアから無数の妖精さん達が部屋の中に入ってきた。「ん? 何?」「あー。そろそろ時間かー」「じゃあ私もそろそろあっちの世界に帰るわね。一人前のレディは、クールに後を濁さないんだから」「じゃ、私は芋煮会の準備してきまーす」「え? え、え?」 暁と敷波が立ち上がり、そのまま部屋の外へと退場する。 龍驤が来た時とは逆に、黒子衣装の妖精さん達が、音も無くビデオの逆回しの如き勢いで202号室の解体撤収作業を進めていた。 それらが全て終わり、全てが真っ白に戻った空間にて。「あ。そうや、ひよちゃん。水野少佐、ううん、水野中佐に会うたら伝えてほしいんやけど――――」 龍驤がひよ子に耳打ち。 ひよ子は確かに、その頼まれ事を聞いた。「ほな、頼んだで?」 ひよ子が返答するよりもずっと早く、白い空間が音も無く無数の砕片に分かれていく。 経年劣化で剥がれ始めたペンキ、あるいは桜吹雪か粉雪のように、白く、細かく。 そして世界は闇に包まれた。 夢から、覚める。 一面真っ白。「……んぇ?」 新生ブイン基地の執務室にあるデスクに突っ伏して居眠りをしていた比奈鳥ひよ子が瞼を開けた時、目の前にあったのは未処理書類の余白スペースだった。 顔のパーツが足りない感じがする。「どこぉ……どふぉにぃ~……?」 上半身をもたもたと立ち上げ、目も意識も殆ど閉じたまま机の上を手探って、寝ている間に顔から外れていたメガネを探し当ると、これまたやはりもっさりとした仕草であるべき場所に装着する。 この比奈鳥ひよ子および大多数のメガネ人がそうであるように、ピンボケ視界に明瞭さが戻るのと同時に、脳味噌にもようやくまともなクロック数が戻ってきた。「……私、寝落ちしてたの?」 いつの間に。と思ったが、一番上にあった書類の内容を見て思い出した。 たしか、昨日の夜遅くに『目も疲れてるしちょっと閉じるだけ』と自分に言い訳して目を閉じてからの記憶が全くない。どうやらそのまま夢の世界にどぼーんしていたようだ。 夢といえば。「……何か、誰かに何か大事な事頼まれてたような……?」 口に出す直前までははっきりと覚えていたはずなのに、夢の中の記憶は、ぬるま湯の中の角砂糖のようにその詳細が溶けて消えていった。「うー……ん~……ま、いっか。覚えてないって事はどうせ大したことじゃなかったんでしょ。そんな事より書類終わらせなきゃ。あとこの一枚だけだし」 そう呟くとひよ子は一度席を立ち、洗面所で顔を洗って完全に眠気を拭い去ると、残っていた最後の一枚をさっさと処理。そして机の引き出しの奥底に隠してあった艦娘向けのパウダー・フレーバー(そこら辺の草味)の缶を開け、中身を少量手の平に乗せてちびちびと舐め始めた。少し前から現れたひよ子の悪癖である。 そしてノートパソコンに打ち込んでおいた本日の主な予定を眺めながら自他のスケジュールを脳内で組み立てていると、執務室の扉が勢い良く開かれた。 やたらとご機嫌な軽巡娘『大淀』だった。「提督お早うございます! 軽巡大淀、いつでも出撃準備、出来ています!!」 対するひよ子は、封の開いたパウダー・フレーバー(そこらへんの草味)の缶を手にしたまま、実に気まずそうにしてその言葉を告げた。「……えー。大淀さん。その。ごめんなさい。今日の出撃は――――」 本日のNG(この話はここでお終いですが、とびだせブイン本編がいまだうp出来ないお詫びとして、さっきの暁ちゃんも登場している【艦これ(等身大)×艦これ(原寸大)でクロスしてみた】の没フレーバー・テキスト集を以下に掲載しておきます)シーン『暁の水平線』 川内型軽巡『川内』の艤装接続に使われている呪術触媒。 艤装と艦娘は、これらの触媒に込められている怨念によって一時的に呪われる事により、溶接加工よりも固く正しく接続できる。 水平線上に昇る朝日を描いた風景画。 第二次世界大戦当時、軽巡『川内』に勤務していた乗組員の1人が描いたものと言われているが、真偽のほどは不明。 艦娘の川内が憑りつかれた様に夜戦を好むのは、夜が好きなのではなくて、この絵を一目見て、水平線に昇る朝日の美しさに魅せられたからだそうだ。 人に綺麗汚いがあるように、呪いの姿もまた、おぞましい物ばかりとは限らないのである。『三人目のへその緒』 最上型重巡『鈴谷』の艤装接続に使われている呪術触媒。 艤装と艦娘は、これらの触媒に込められている怨念によって一時的に呪われる事により、溶接加工よりも固く正しく接続できる。 かつてどこかにいた、名も知れぬ下級娼婦の生んだ赤子のへその緒。 優しかったが愚かだった彼女は堕胎を良しとせず、家業の傍らに育児に努め、全ての子供に惜しみない愛情を注ぎ込んだ。 だがやはり最後には行き詰まり、彼女は3人全ての赤子を己の手で絞め殺すと、その骸を抱き抱えて深い海の底へと身を投げた。 彼女は今も、暗い海の底で泣いているのだろうか。『故郷の土』 最上型重巡『熊野』の艤装接続に使われている呪術触媒。 艤装と艦娘は、これらの触媒に込められている怨念によって一時的に呪われる事により、溶接加工よりも固く正しく接続できる。 何の変哲も無い、一握りの土くれ。脆い赤土である事から関東ロームであると思われる。 ただの土くれであるが、ついぞ日本に辿り着けなかった熊野にしてみればそれは、どれだけ渇望しても手に入れる事の叶わぬものである。 彼女はただ、帰りたかっただけなのだ。『獣の口付け』 深海凄艦と唯一戦える艦娘を支援する為に開発されたサポート呪具。 悪夢と呼ばれた、あのアイアンボトムサウンド攻略戦において、その有用性を証明した。 これは、すでに放棄されて久しい南方海域、そこにあったショートランド泊地の『聖母』横島黒蓮中将がかつて所有していた3本のうちの一つ。 赤黒い、不吉な色味をしたルージュ。深海凄艦の血と脂を練ったものであると言われているが、真偽のほどは不明。 これを唇に塗り、艦娘に熱く激しく口付ける事でその娘は常よりも昂ぶり、尋常ならざる戦果を得る事ができる。 が、轟沈の危険性もそれに比例して跳ね上がる。 一つは謀略により比奈鳥ひよ子元帥の手に、一つは横島中将を弑した深海凄艦の水母棲姫の手に渡った。 そして最後の一本は、とある鎮守府に所属する駆逐艦娘『大潮』がバレンタインデー用チョコの隠し味に一本全部使ったため、失われている。『不退転戦鬼』 かつて自衛隊で採用されていた強化外骨格。正式名称を『石川島・播磨重工業製パーソナル・マルチパワーユニット12型B』 深海凄艦戦争勃発直前の、2012年当時の最先端技術・呪術の粋を集めて開発された、平成最強の個人装備。 が、深海凄艦相手には攻防ともに全くの無力であった。 最初の艦娘『長門』が現れる以前にあった、深海凄艦らによる関東大空襲にて一般市民が避難する時間を稼ぐために出撃し、その殆どが着用者と共に靖国へと向かった。 不退転戦鬼とは、決して生きて帰れぬと分かっていながらも深海凄艦に立ち向かって逝った、このアーマーの着用者達の事でもある。『妖刀「誠」+5』 皐月改二が携えている長刀。柄も鞘も経年劣化で朽ち果てていたため、武功抜群の刻印がなされた白木で拵え直してある。 とある人物から貴重なデモンズソウルと引き換えに譲ってもらったらしい。 所有者の命を徐々に奪ってゆく呪われた刀との事だが、尋常な命ならざる艦娘には効果がないようだ。『殺魚ライフル(ツリザオ)』 並行宇宙の地球からやって来た艦娘?『暁』の中に格納されていた歩兵用の大型狙撃銃。 歩兵一人で駆逐イ級一隻を撃破するという、こちらの世界では実に前衛的(≒頭おかしい)としか思えない発想で開発された歩兵サイズのムカデ砲であり、その砲身は極端に細長くした松ボックリやパイナップルリリー、ワレモコウに似る。 向こう側の世界(栄光ブイン)では、一発発射するごとに砲身の全交換と射撃システムの微調整に数十分を要する事と、より防御・生存能力が向上した第二世代型深海凄艦が台頭し始めた事もあり、試作品を数丁製造した時点で開発・製造は中止されたとの事。 だが、それでもこれは、この世界の技術力では再現不可能な技術の塊であるため、暁本人との交渉を経て技研の下に渡った。 本日のOKシーン 因みに。 ひよ子と大淀が話している最中。 執務机の片隅に飾ってある、旧ブイン基地および旧ショートランド&ラバウル選抜部隊が写っている集合写真の中では、つい先ほどまでひよ子の夢の中にいた龍驤が『オイコラちょう待てやぴよちゃん、アンタさっき頷いたやろが! 何でもう忘れとんのや!?』と書かれたカンペ代わりのスケブを頭上でブンブンと振り回していた。 今度こそ終れ。