(2021/12/20初出)
※今回も沖縄編は『本日のOKシーン』として後日追加掲載とさせていただきます。多分これが一番早いと思います。
※若干ネタバレになりますが、今回は硝煙の臭いも血生臭い臭いも無いお話です(本編のみ)。バトルシーンを期待してくださった読者の方には申し訳有りません。
※何を今更ですがオリ設定注意。何を今更ですが。
※第一部の『嗚呼、栄光のブイン基地』は鬱暗い話だったので、第二部では、スナック感覚でサクサク読める、底抜けに明るい話にしたいと思います!
(2021/12/28追記:誤字脱字の修正および本編中の一部の描写を変更)
(2022/08/17追記:本日のOKシーン完成しました&本編中の一部の描写を変更)
※因みに本編とは全く関係の無い事ですが、シイタケの学名はLentinula edodesというそうです。
記憶にございません。
――――タウイタウイ泊地、蒸野粋インスタント少佐に対して行われた、行方不明だった7年間に関する事情聴取記録より一部抜粋
暖房の効いた飛行機から降りると、北国の風の冷たさが肌を撫でた。一度深呼吸して肺の奥まで冷気を送り込み、寝起きの頭を無理矢理覚醒させる。
「寒っぶ……クマ」
数年前まではこの寒さ冷たさが当たり前だったはずだが、いつの間にか横須賀の温さに慣れ切ってしまっていたようだ。慰問ライブのお仕事だからと新作の舞台衣装を着てきたが、今だけでもその下にジャージ着てても許されるんじゃあないだろうか。いやでもアイドルたるもの常在スタジオの心構えでロケ地に挑むべしって那珂の奴も言ってたし。
「うぅ……幌筵(パラムシル)泊地よ。球磨は帰ってきたぞくま~……っぶし!」
やっぱ仕事始まるまではジャージ履いとこ。
幌筵泊地が誇る、銀剣突撃徽章3回授与者『北の荒球磨』改め、横須賀スタジオの新人アイドル『ドミナリアの球磨ちゃん』はクシャミ一発、そう決意を新たにすると、即座に機内へと戻った。
「おん? アンタ、もしかしてテディちゃんか?」
ジャージ姿に着替えようと球磨が機内に戻った途端、座席で今しがた目を覚ました1人の艦娘から声を掛けられた。
艦首を模したサンバイザーを被った、朝潮型軽空母娘の『龍驤』だった。
球磨はどこの所属だこいつと一瞬思ったが、自分の事をテディベアと呼ぶ龍驤はもう一人しかいない事を思い出し、即座に姿勢を正して敬礼した。
「は、はい。お久しぶりであります龍驤教官!」
「おうお久しー。そない固くならんでもええよ。今はもう幌筵の所属やのうて、横須賀のトップアイドルやろ。ジブン」
「はい。いいえ、球磨は、自分は向こうでもまだまだ新人でありますクマ……あります。ところで教官。このセスナに乗ってきたという事は、教官も幌筵から栄転なされたという事ですよね。今はどちらに? ていうか何故ここに?」
「今日は援軍要請があって呼び戻されたんや。因みに今のウチの所属は御宿(オンジュク)泊地やで。千葉県の、九十九里のすぐ南や。漁港が近い泊地っちゅうんは大抵どこも遠洋漁業護衛任務があるし、漁師のオッちゃん達とはもう全員顔なじみや。タイとかアジとか、たまにカツオとかちょくちょく貰ろてるで」
「カツオ」
球磨の食欲が最新のツキジ相場から逆算する。魚市場は二年前の沖縄での勝利以来から段々と、休む事無く値下がりを続けているが、それでもまだ先週の最安値は合成カツオのタタキが一切れ500円くらいだったはず。
それが一匹丸ごと、それも天然モノとなると。
「……あー。なんで鎮守府や基地じゃなくて地方の泊地にばっかり入隊志願者が集中してるのかと思えばクマー……」
「あははははぁ。皆考える事は一緒って事や」
球磨はそう呟きつつ、黒地に白の水玉模様のワンピースの下に履こうとしていた小豆色のジャージを手にし、そこで再考した。滑走路から泊地の建物がある場所までは歩いて5分も無いが、それでも人の目はある。そして自分は今日、横須賀からの慰問ライブのためにこの古巣までやって来たのだ。
だったら、ファンの前でスカートの下にジャージなどというみっともない姿なんざ晒せるかクマ。
「……」
「んお? テディちゃん、どないしたん?」
「いえ。何でもありませんクマ……ありません」
アイドルたるもの、常に周囲の視線を意識すべし。
そう決意した球磨は、手荷物の中にジャージを押し込むとカチカチと震える歯を食いしばって覚悟を決め、カメラが回っている時と同じ笑顔を浮かべて黒地に白の水玉模様のワンピースとお洒落サンダルという実に涼しげな恰好で寒風吹きすさぶ幌筵の地へと歩を進めた。全身にサブイボを立てつつ。
「……成程。あれがアイドル」
人間、環境で変わるもんなんやなぁ、ウチらもう人間やないけど。と思いつつ龍驤は球磨の背中に向かって、感心したように小さな拍手を送った。
例えば、あなたの所属する基地や泊地、あるいは鎮守府の縄張りにおいて、深海棲艦と交戦したとする。
そいつはイ級でもロ級でも何でもいい。兎に角その深海棲艦とドンパチやったという事が重要なのだ。そのまま撃破できたなら問題ない。業務日報に『何時何分、どこそこで○×と交戦。これを撃破』とでも書いときゃそれで終わりだ。
問題になるのは、そいつに敗北した時だ。
敗北した艦娘(まぁ、大抵の場合において敗北≒轟沈なのだが)や提督の仇討ちだと出張って来た別の艦娘や戦力を、これまたその深海棲艦は退けたとする。そしてそれが何度か、あるいは何度も続いたとする。
さぁ問題だ。これはもうただ事ではない。
このような状況が発生した場合、大本営は、その深海棲艦は特別注意個体の可能性ありとして各提督やその麾下艦娘達に対して該当個体の情報収集を優先するようにとのマニュアルを作成し、各提督らに配布してある。
そして集まった情報からその個体の特徴をピックアップし、データをファイリングし、脅威ライブラリにコードネームと共に登録され、帝国の軍内部で共有される。例外は姫種や鬼種の場合であり、そいつらには自動でコードネームが付けられるし登録もされる。
各提督や艦娘らからはネームドと呼ばれるそれら特別注意個体は、この北方海域においては2個体+1が確認されており、それぞれ『エドデス・ヘッド』『サラリー・レディ』『リバース・フルウーリグンハズワーシ』のコードネームを与えられている。
「……」
「……」
そしてここ、幌筵泊地の所属だったこの球磨と龍驤も、先述のネームドのうち、前2体と何度かやり合った経験がある。軍隊なので上からやれと言われればやるが、出来ればもうやりたくないし会いたくもない。何処かでポックリ死んでろ。というのが2人の嘘偽りなき感想である。
そして。
そして今、そんなネームドの2匹が、球磨達の目の前で、幌筵泊地の濡れドックを占拠してくつろいでいた。
「……」
「……」
殺した艦娘一人につき、杖で頭の上のクラゲを1回こすって傷をつける奇行癖を持ち、それを繰り返した結果として飾り切りシイタケのような極めて特徴的な外見になった、空母ヲ級のネームド『エドデス・ヘッド』
深海側戦力の中核を担う艦種というのは相当なストレスなのか、髪の毛の生え際が白髪になっていて、先週の疲れが取れないまま月曜日の朝を迎えた中年サラリーマンのため息のような鳴き声を吐き出す死んだ魚みたいな目つきをした重巡リ級のネームド『サラリー・レディ』
そんなネームド2匹が、球磨達の目の前で、幌筵の濡れドックを占拠してくつろいでいた。
この距離になってようやくPRBR検出デバイスが反応し、それでも龍驤と球磨の脳ミソは、目の前の光景を理解し、処理する事を拒否していた。
「……」
「……」
そいつらだけではなかった。
駆逐イ級が大口を開けて、人間と艦娘に歯磨きをしてもらっていた。別の所では雷巡チ級から提供された生体魚雷や生体機関銃の弾薬をどうにか艦娘に転用できないかと知恵を出し合ってる連中がいた。別の所にいた戦艦娘のながもん、もとい長門は水着姿の戦艦レ級複数にまとわりつかれて『フィ、フィヒ、フィーヒヒヒ!』と実に不審者めいた気持ち悪い笑い声を上げていたし、更に別の人気の無い所では一匹の戦艦レ級が『ア、駄目……オ外デダナンテ誰カニ見ラレチャウ……』と実にまんざらでもない表情で人間の男性の整備兵と乳繰り合い、前後しているのが見えた。
念のため申し上げておくと、この作品は全年齢向けです。
「……」
「……」
球磨の脳ミソは目の前の光景を理解し処理する事を拒否していたが、龍驤はそうでなかった。
龍驤はサンバイザーの位置を軽く手直して気持ちを切り替えると、カカトで地面を一度強く打ち鳴らし、それが周囲に浸透したのを見計らってから一言呟いた。
「全員整列」
それから1分もしない内に幌筵の基地要員と艦娘(球磨ちゃんを含む)が整列し、背筋を伸ばして気を付けの姿勢をとった。ネームド2匹を含めた深海棲艦の連中は、陸上行動に対応しているレ級と飛行小型種は人間たちの横に並び、そうでない連中は最寄りの水面に整列して浮かんでいた。
皆本能で理解したのだ。
この貧乳、もといこの龍驤に逆らったら死ぬか、死ぬより残酷い事になってから死ぬと。
サンバイザーで視線を隠した龍驤が聞く。
「この中で最先任は誰か」
「マム、自分であります。マム!」
戦艦娘『長門』が一歩前に出る。先程水着姿のレ級達にひっつかれて気持ちの悪い笑い方をしていたながもんだ。
「説明しなさい」
「マム、説明させていただきます。幌筵泊地は約1年前から北方海域ウラナスカ島ダッチハーバー群所属の深海棲艦への戦闘行動の規模と頻度を縮小。他の基地や鎮守府向けには北方戦線異状なしとの報告をしております。3ヶ月前には完全に戦闘を停止し、同群所属の深海棲艦との交流はより活発になっております。これらは大本営にも連絡・了承済みでありますマム!」
「続けて」
「マム、続けます。こうなった理由ですが、1年前にウラナスカ島ダッチハーバー基地を占領している深海棲艦の一部が白旗を持っ、――――」
「どうしたの。早く続けなさ……?」
報告の途中で何かに気付いたらしく、口を変な形で開けたままの長門が龍驤から視線を外してフリーズする。
不審に思った龍驤がその視線の先に振り返って見てみると、そこには、真っ白い少女が一人いた。
「女の子?」
朝潮型軽空母だの名誉駆逐艦娘だのといった散々な酷評を陰に日向に言われている龍驤よりもいくらか小さな背丈だった。
髪も白けりゃ肌も白かった。真っ白いワンピースを着て真っ白なミトンをはめていた。ブーツすらも真っ白だった。白じゃない所といったら瞳の金色と、黒い首輪と腕輪に、両側頭部に付いている小さな黒いピラミッド型の髪飾りくらいのものだった。
「コンニチワ!」
龍驤自身は大本営の秘匿資料でしか現物を見た事が無かったが、この少女は深海棲艦、それも鬼や姫などと呼称される上位存在に酷似していた。
しかしハッキリとした映像の残されている第1や第4、第5ひ号目標のような巨体ではなく、PRBR検出デバイス上にもそれらしい反応は無かった。ちょっと色合いが珍しいだけの女の子にしか見えなかった。
なので龍驤は、頭に血が上っていた事もあって、この少女の事をそこまでの重要人物とは捉えなかった。
「ドーモ、お嬢ちゃん。龍驤デス。ウチはここの人達とちょっちお話があるさかい。飴ちゃんあげるからちょっと待っててーな?」
「エー。ヤダ!」
「長門。説明を続けなさい」
優しい笑顔で白い少女の頭をぽんぽんと優しく叩いて撫でていた龍驤は拒否の言葉を意図的に無視すると、無表情に戻ってグリンと首を動かし、長門を再照準する。背後の連中は人も艦娘も深海も、気を付けの姿勢のまま一歩も動いていなかった。違うところといったら誰も彼もが顔を青ざめさせていたくらいだった。
長門は顔を青くしながら口を開いた。
「マム! お言葉ですが、ほっぽちゃんの事を優先していただけないでしょうか。マム!」
「長門。そう言えば貴女、ナメコタケじゃなくて毒茸ファクトリーの出身だったわね」
「ネー。アソンデヨー」
「後でな? 毒茸の長門は皆ロリコンショタコンなのは私も毒茸出身だから知ってるけど……貴女、何時から上艦に意見出来るほど偉くなったのかしら。ていうかほっぽちゃんて誰?」
「マム、これは私事でも自分の魂の形の発露でもなく純粋に世界の破滅を防ぐためのものであり」
「お前何言うとんのや」
長門が、先ほどまで以上に顔を青くして滝のような脂汗を流しながら口を開いた直後、白い少女が龍驤の服の裾を掴んでグイグイと引っ張り出した。
「ケンカ、ヨクナイ。ソレヨリ、ミンナデアソボ? ネ?」
「あー、もう! 後で言うとるやろ? 邪魔すんなや!」
もうこいつら全員共生派の嫌疑有りっちゅうことにして、権利行使資格103に基づき今すぐここで始末すべきか、それとも8677で増援呼んで泊地ごと白紙化するかと割と本気で考え始めていた龍驤は、背後に振り向きざまに少女の手をぺちっとはたき払った。
裾を摘まんでいた指が離れる程度で力は全く入っていなかったのだが、拒絶されたことがショックだったのか、少女の両目の目じりに涙がジワリと浮かぶ。
それを見た長門や人間達と、深海の連中が、顔を真っ青にしながら恐怖で顔を歪ませた。例外は何も知らない球磨と龍驤だけだった。
「フェ……ほっぽハ……ほっぽハ……ミンナト遊ビタイダケナノニ……ッァアワァァァン!!」
少女は火が付いたように泣き出した。
長門達はケツに火が付いたように逃げ出した。
「非戦闘員は対核戦争用シェルターまで即時退避! 水と食料は両手に持てるだけでいい! 兎に角ここから離れろ!!」
「歩兵ゆにっと総員、陣形ヲ組メ! 時間稼ギダナンテぬるイ事言ウナヨ? 私達デ、かたヲツケルンダ!!」
「文塚整備兵とレナちゃんは早く逃げなさい!」
「え、何。何なん?」
「クマ?」
状況についていけない球磨と龍驤を余所に、周囲は大慌てで動き始めた。
あまりにも小さすぎて球磨達からは見えなかったが、少女の流した涙が一滴、突風に乗って海に落ちた。
それが見えた訳ではないはずだが何か嫌な予感でもしたのか、ネームド2匹と他数匹の深海棲艦は、人間の可聴域をはるかに下回る低周波で情けない悲鳴を上げながら陸に飛び上がった。どいつもこいつも陸上行動の出来る第4世代型ではないので、海水浮力が消えた事による自重圧潰で体の各所から不吉な音が聞こえているが、全くのお構いなしに海から離れようとしていた。
そして、それが彼女らの命運を分けた。
風に飛ばされた涙が海に落ちた瞬間、青い海が一面全て赤く染まった。波打ち際から水平線まで全てが乾いた血の色、レッドショルダー色に。
「「は?」」
【メインシステム統括系より最優先警報発令。PRBR検出デバイスにhit. 感1。パターンH『第6ひ号目標 甲種』を検出しました。距離至近】
赤い海に触れていた一匹の駆逐イ級の体表に、小さな水ぶくれのような物が一つ出来た。水ぶくれはすぐにパチンと小さく弾けて、那珂から赤くどろりとした液体を流した。その赤い汁の下からまた新たな水ぶくれが膨らみ、弾ける。
「何、何が起きとるん!?」
そうも経たない内にイ級の体表全てを覆うように無数の水ぶくれが出来ては弾けを繰り返し、イ級はたちまち赤い血のような物で覆われた。水ぶくれの内容物はイ級自身の血肉であるらしく、溶け残った肉片や脂肪のような物が時折混じっていた。白い糸のような物は神経の切れ端だろうか。これが相当の苦痛であるらしく、水ぶくれが弾ける度にイ級は人間の耳にも聞こえる周波数で悲鳴を上げながら形を崩していき、やがては赤い海の中に溶けるように沈んで逝った。
イ級だけではなかった。
陸の上に逃げていなかった全ての深海棲艦や、海中のサンマやプランクトン、海藻類などもイ級と同じくプチプチと全身の水ぶくれを弾けさせながら赤い海の一滴へと還って行った。
そして最後に、わんわんと泣き叫んでいた白い少女も真夏の炎天下に放置したアイスクリームよろしくドロリと溶けて赤い海に流れて混じると、静寂が訪れた。
「え、何。ホンマに何なん」
「新手の生物化学兵器による自滅……クマ?」
自分で口にしておいて、それは違うと球磨は思っていた。何故ならばPRBR検出デバイスは未だに警報を発していたし、発生源はこの赤い海そのものだったからだ。
そして何よりも、数年前までこの北の海で戦い生き残ってきた己の生存本能が、未だに戦闘態勢を解除していなかったからだ。
そんな球磨の確信を裏付けるかのように、赤い海が一度大きくうねり、赤い水を突き破って巨大な人型が飛び出してきた。
姿形は先程の白い少女のままで、サイズは龍驤の見た映像資料の中にあったひ号目標達よりもだいぶ小さかったが、超展開した艦娘よりもずっと巨大だった。
「喧嘩ナンテシテナイデ、アーソーベー!!」
「姫様ァー! 私達けんかシテル訳ジャアナイデス! ソレヨカじゃんけん、じゃんけんシマショウ! ネ、ネ!?」
先程格好良い啖呵を切っていたレ級が両手でメガホンを作って、巨大化した少女こと第6の姫に叫ぶ。残りのレ級達は組み体操の要領で巨大なグーチョキパーを作ってうごうごと蠢いていた。ぽんぽこ!
「ヤダ! じゃんけん飽キタ!」
「ヒ、姫様。ソレナラ――――」
無慈悲な一言と共にそのレ級はグーチョキパーもろとも平手で張り飛ばされ、低い放物線を描いた後に幌筵泊地の宿舎の壁を突き破って内部に飛び込んだ。
飛び込んだ先はちょうど食堂であり、壁の一面には厳かな錦の飾りつけと共に『生還歓迎! 球磨ちゃんさんお帰りなさい!!』や『新曲『バレンタイン☆キック』の発表おめでとう!!』などと書かれた横断幕が掲げられていた。
レ級はその横断幕とその向こう側の壁すら突き破って厨房の中に突っ込んでようやく止まった。それによってお手製ハンバーガーの山を台無しにされた本日の調理当番の人間&戦艦レ級の悲鳴はあえて書くまい。
ながもんは吹き飛ばされたレ級らに数秒だけ心の中で黙祷を捧げ、手で十字を切って『南無阿弥陀仏』と短く供養の経文を唱えると、スカートのポケットから一本の白いハチマキを取り出すと額に締めた。ハチマキには赤い日の丸と『七生尊萌』の四字熟語が記されていた。
背後の幌筵泊地に向き直り、敬礼しつつ叫ぶ。
「今週のおゆうぎ当番、毒茸ファクトリー出身、戦艦娘『ながもん』! 死んでまいります!!」
反転し、赤い海の上に浮いていた下駄履き――――水上機の操縦席に乗り込む。自我コマンドを併用して発進準備を即座に終えて離陸。近くにある内で、一番濃くて大きい雲の中まで急上昇。
地上からも他国の偵察衛星の目からも逃れたところで水平飛行に戻し、自我コマンドを連続入力。展開の欺瞞実行コマンドと、超展開の実行コマンドだ。
「ダミーハート点火、戦艦長門改二! 超展開!!」
分厚い雲を瞬時に蒸発させ、巨大な火球が北の海の空に出現する。
さしものクウボ娘も雲の中までは覗けなかったようで、龍驤は戦艦娘の超展開時の末期に発生するその巨大な火球と、その中で胎児のように膝を抱えて丸くなっている巨大なオーマ体発生までの異様な速さを長門自身の鍛錬の賜物だと勘違いしたようで『ほっほう。展開から超展開まで一息って、あの鳳翔17号並みやん』と真面目に感心し、ながもんへの評価を一段階上方修正していた。
空中で超展開を終えた長門もといながもんは変態的笑みを浮かべて独特の姿勢――――両足を揃え、両手はそれぞれ肩の位置まで広げて軽く胸を反らした、クウボ娘が学ぶカラテで言うところの『聖者の十進法で空飛ぶ三面怪人の構え』――――のまま、て巨大化したほっぽちゃんの襟元と素肌の隙間に向かって適時軌道修正しながら精密誘導爆弾めいて自由落下。
【フィーヒヒヒヒ! ほっぽちゃぁぁぁん! 遊ーそーびーまーしょぉぉぉう!!】
「! ナガモンー、遊ブー!」
「! あ、馬鹿! 長門の奴!!」
幌筵の誰かがあげた非難の声とほぼ同時に、赤い海面に変化。上空高高度から高速で飛来する大質量物体こと超展開したながもんは、第6ひ号目標甲種にとって極めて重大な脅威であると判定されたらしく、無数の迎撃機が赤い海の中から自動的に飛び出した。
とんがり猫耳を生やした、赤い目をした白いタマネギだかタコ焼きだか――――ミッドウェーで初めて確認された、深海棲艦の新型飛行小型種だ――――が、何千何万と海中から湧き出した。そして文字通り肩がぶつかる緊密さの密集隊形を組んで長門に接触。直撃コースだった長門の軌道を誘導し始める。
「ほっぽちゃぁ、あ、待て! 軌道をずらすな! 修正が間に合わぁぁぁ!!」
滑り台の要領で長門の墜落コースを沖合に誘導し、無事に頭っから犬神家した事を確認すると、危機排除プロトコルに従い、今度は地上海上にある生物および人工物の排除に移行。
何万何十万単位の、完全爆装した白タコ焼きの群れが、人も深海もお構いなしに襲い掛かった。
「ほらやっぱりぃぃぃ!!」
「コノばか長門! オ前姫様ノしすてむカラ脅威判定貰ッテルカラ自分カラハ近付クナッテ、妹様カラアンダケ言ワレテタノニ!!」
「退避、退避ぃ!!」
爆弾や機銃掃射は元より、ダムも無いのに魚雷まで加わった絨毯爆撃が始まり、戦闘要員ですらシェルターの中へと非難していく。
それを横目で見ながら龍驤は、身体を掠める機銃弾や爆破片、爆風すらも意に介さず、小さく鼻を鳴らして腕を組み、呟いた。
「ふん。ま、ええわ。この方が分かりやすいし、好きやで」
自我コマンドを入力。
血中ボーキの5%を消費して靴状艤装にある斥力場発振装置を起動。靴裏に刻印された『鐵飄浮。好像油一樣浮起。在冰上面為使滑行前進。急々如律令(鉄よ浮け。油のように浮け。氷の上を滑るように進め。そうあれかし)』の文字が眩しく輝き、斥力場を地面に照射する。
その反動で龍驤は、腕を組んだ仁王立ちの姿勢のまま雲よりも高い高度へと瞬間的に飛翔した。
「龍驤改二、展開。続けてダミーハート点火、超展開」
長門とは違って、純粋な速度と練度のみで展開超展開を済ませると龍驤は真下を向き、靴状艤装から斥力場を発振させて眼下に突撃。
「イヤーッ!」
その途中で半回転し、片足を前方に突き出した、空母娘達が習うカラテで言うところの怒れるバッタの構えをとると、進路上にいた白タコ焼き群を爆散させながら幌筵の白い大地に盛大に着弾。白い雪混じりの土柱と轟音が起きる。
爆散したタコ焼き群は、大小さまざまな破片になって赤い海に落着。その直後、燃料弾薬満載の無傷の白タコ焼き群が破片と同数、赤い海面から飛び出してきた。わざわざご丁寧な事にそれぞれの破片の着水地点から。
「イヤーッ!」
しかし龍驤は全く動揺せずに、即座に艦載機用の航空魚雷を棒手裏剣めいて投擲。
圧縮保存していた魚雷を解凍して手の中に再装填。腕を引き戻すついでに背後に投擲。圧縮保存していた魚雷を解凍して手の中に再装填。即座に投擲。再装填して引き戻して背後の少し違う所に投擲。
「イヤーッ! イヤーッ! イヤヤヤイヤーッ!」
この繰り返しを、文字通り目にも止まらぬ速さで繰り返す。
結果、白タコ焼きは、水素原子二つの酸素原子一つの最小単位のものまで含めると総数不明の、大小さまざまな破片になって赤い海に落着。その直後、燃料弾薬満載の無傷の白タコ焼き群が同数、赤い海面から飛び出してきた。わざわざご丁寧な事にそれぞれの破片の着水地点から。
文字通りの意味で空が埋め尽くされる数と密度だった。
「アイエエエエ!? 物理! 物理法則ナンデ!?」
これにはさしもの歴戦クウボ娘も失禁こそしなかったが悲鳴を上げた。きっと、質量保存の法則はブッダの隣でお昼寝中なのだろう。
巨大なほっぽちゃんは未だ泣き続け、クウボのカラテは事態をより悪化させるだけであり、事態を収拾できる可能性があったながもんは泊地沖合で犬神家だ。
そんな混迷を極める赤い海の果て、水平線の向こう側から、一匹のタコ焼きが泊地に向かって匍匐飛行で飛来した。
高速で飛んで来たタコ焼きは白ではなく黒で、口の中には白く小さな人影が見えた。巨大化する前のほっぽちゃんによく似ていた。
「コノ、ばか姉貴!!」
幌筵の誰にも届かなかったが少女はそう叫び、ポケットから取り出した二つ折り式の一枚刃カミソリを手首に添え、ためらいなく横に引いた。
「余所様二迷惑カケルナト、アレダケ!!」
酸素をたっぷりと含んだ新鮮な赤色が少女の白い手首からだくだくと零れ落ち、暗い赤色に染まった海に落ちた。すると、落下地点を中心にして、新鮮な赤色の海が暗い赤色を押しのけて広がっていった。
その赤色の海からは、やはり黒いタコ焼きが何十何百と飛び出し、白タコ焼きへと全速力で突っ込んでいった。
そして獲物を丸のみする蛇よろしく顔の数倍は大きく口を開くと、ひとかけらの破片も出さないようにすべく白タコ焼きを丸呑みにした。
「は?」
直後、龍驤の索敵系が反応し、メインシステムが報告。
【メインシステム統括系より最優先警報発令。PRBR検出デバイスにhit. 感1。パターンH『第6ひ号目標 乙種』を検出しました。距離至近】
「「はぁ!?」」
「黒タコ焼き、黒タコ焼きだ!!」
黒タコ焼きの存在に気付いた幌筵の面々が人も深海も関係なく歓喜に湧いた。
「妹様だ! 妹様が来てくれたぞ!!」
「コレデ勝ツル!!」
「この妹様凄いよ、流石ほっぽちゃんのお姉さん! あれ? 逆だっけ?」
球磨と龍驤を置いてけぼりにして歓喜に沸く幌筵の面々からの期待に応えるように、黒タコ焼きはゲップを繰り返しつつ、重たくなった機体をふらつかせながらも2機目3機目の白タコ焼きの捕食行為を再開した。急速な消化&代謝によって今しがた捕食したばかりの白タコ焼きを自らが飛行しするためのカロリーに変えながら。
そして、空一面を覆い尽くしていたはずの全ての白タコ焼きを欠片一つ残さず食べ切ったという、嘘か冗談のような現実を前に、球磨と龍驤の脳ミソは再びフリーズした。
「……」
超展開の時間切れ。
呆然と立ち尽くすままの巨大な龍驤の姿が色の無い濃霧に包まれ、龍驤型軽空母本来の姿形とサイズに戻っていく。そしてそのままのろのろと、半ば惰性のように艦体を『圧縮』し、艦娘の姿に戻った。
人間サイズに戻った龍驤の目の前で、真っ白い少女が土下座を決めていた。
謝男(シャーマン)ならぬ謝意ガールとでもいうべき、実に堂に入った、美事な土下座だった。
「コノ度ハ、家ノ愚姉ガ皆様二多大ナゴ迷惑ヲオ掛ケシテシマイ、マコトニ、マコトニ申シ訳アリマセンデシタ!!」
「えっと……」
「どちら様クマ?」
「妹様、どうかお顔を上げてください。貴女の多大な貢献と努力は、ここにいる誰もが存じ上げております」
いつの間にか沖合から泊地まで戻ってきていた(そして艦娘形態にも戻っていた)長門が正座をして、妹様と呼ばれたもう一人の姫に答えた。球磨と龍驤を除いた幌筵の面々と、人語を喋れるレ級達も長門に同意して次々に叫ぶ。
「長門の言う通りだ! アンタがいなかったら今頃俺らはとっくに死に絶えてる!」
「妹様、イツモ姫様ノ育児&すとっぱー役、アリガトウゴザイマス!」
「白い幼女に黒いパンツとか最高だぜ!!」
人語を喋れぬ、アンヒューマノイド型のイ級などは鳴き声で。ネームド二匹を筆頭としたヒューマノイド型の深海棲艦らはサムズアップで妹様を肯定した。
それを受けて、妹様の目じりに涙が浮かぶ。
「オ前達……」
「で、結局」
「何がどうなってるクマ?」
青いビニールシートとトタン板で応急処置を終えた幌筵泊地の食堂。
その一角には龍驤と球磨の2人、テーブルを挟んだ反対側には妹様とながもんと通訳担当のレ級、そして、通常のレ級よりも成長して大人びた容姿のレ級と人間の男性の整備兵の5人が座っていた。因みにほっぽちゃんは暴れ疲れて既におねむであり、元の少女サイズに戻った後、ダッチハーバーまで一足先に帰されていた。
「今回ノ件ニツキマシテハ、再度深クオ詫ビ申シ上ゲルト共二、再発防止二向ケテノ対策ヲ前向キニ検討シ、誠心誠意努力シテイク次第デアリマス」
と、妹様こと北方棲妹はながもんの膝の上に座らされたまま頭を下げた。
政治家みたいな言い回しやなー。と龍驤と球磨は思った。
因みに座らせているながもんは妹様の御髪を手櫛したり、ナデナデしたり、くんかくんかすーはーすーはーしたり、パンツのゴムの内側にまで指を伸ばしてみたりと、やりたい放題やっていた。対する妹様は、ほっぽちゃん暴走の負い目があるのか、ながもんのしたいようにさせていた。
「マム。それでは説明を再開させていただきます」
ほっぽちゃんの乱入で中断されていた事情説明の続きを話すべく、ながもんが顔を真面目なものにして説明を始めた。膝の上に妹様を乗っけたまま。
「事の発端は約一年半前。北方海域全体のPRBR値が急上昇して異常な濃度になった事から始まりました。濃度はすぐに平常閾値に収まったのですが、それから間を置かずに別の異常が発生しました。衛星で確認された、ダッチハーバー上空を覆い尽くすほどの量の飛行小型種の発生と同地への空爆、それに続いて深海棲艦の攻勢がぱたりと止んだ事」
ながもんは一口お茶をすする。
「いずれも原因は不明。衛星写真は軍機の一言で該当海域一帯の閲覧を禁止され、索敵能力に優れる改二型もあなた方にはその権限がどうのこうのと言って口を濁す始末。かといって通常偵察では普段の比ではない密度の敵防衛線が突破できず、敵の現状が全く不明のままであり、皆不安に思っておりました『もしかしたら、連中が攻勢を止めたのは今まさに軍備を整えている最中で、自軍への空爆は大規模な実弾演習。そのうち去年の南方海域の時のような、大規模攻勢がじきに開始されるのではないのか』と」
「……」
龍驤と球磨は無言で続きを促す。
「ですがあの日――――最初の異変から半年ほど経ったあの日、あのネームド共が、あの『エドデス・ヘッド』と『サラリー・レディ』がたった二人だけで、白旗掲げて幌筵にやって来たのです。曰く『助けてほしい。それが無理なら一時休戦を所望する』と」
罠かな? 龍驤と球磨の2人の表情は無言でそう語っていた。
「はい。我々も最初はそう考えておりました。ですので、入念なボディチェックとメンタルチェック、哨戒機や衛星を使っての索敵、検疫を行ってから事情聴取を執り行いました。もちろん、超展開した自分や正規空母らで取り囲んで。その結果、空爆は演習などではなくほっぽちゃんの癇癪で、攻勢が止まったのは単に基地総出であやしていた事。そして彼女の抑止役としてもう一人の姫――――妹様こと、北方棲妹の存在が明らかになり、大本営に緊急連絡が行くことになりました」
「外ノオ二人カラデス『コレハ、妹様ノ御提案デアル』ト」
妹様――――北方棲妹がながもんの膝の上に座らされたまま頭を上げ、額の汗を拭きながら話し始めた。
「ハイ。身内ノ恥ヲ曝スヨウデ汗顔ノ極ミデスガ、我々ダケデアノ愚姉ノ暴走ヲ止メル事ハ極メテ難シク、ソレ故ニ、人間ノ、ソレモヨク実力ヲ知ッテイルアナタ方幌筵泊地ノ方々ノ御助力ヲ受ケ賜ワロウト愚考シタ次第デス」
「妹様の言葉を補遺すると、元々はほっぽちゃんの目が届かない一時的な避難場所として幌筵を選んだそうです。深海側の中枢へも強行偵察という名目が立つそうですし」
「外ノオ二人カラデス『上位存在ニハ、逆ラエナイ』ト」
何か今、深海側のもの凄い重要機密を聞いた気がする。
龍驤と球磨の2人の表情は無言でそう語っていた。
「そいえば長門。なんであの嬢ちゃん止めるのに超展開したん?」
「はい。マム。超展開した自分は、ほっぽちゃんからしたら、ちょっと大き目のリカちゃん人形サイズなのです。ですので、外のネームド2人『エドデス・ヘッド』と『サラリー・レディ』ともども、身体を張って遊び相手を務めておりました。ご機嫌損ねたら今日の再現ですし」
「外ノオ二人カラデス『長門殿ガ加ワッテクレタオカゲデ、ろーてーしょん回セルヨウニナッテ、休日ガ取レルヨウニナリマシタ』ト」
「助けて欲しいって、そういう事かい……ところで」
苦労しとるんやな。龍驤の脳裏には、超展開中の長門や深海棲艦らを手に、ひとりおままごとに興じるほっぽちゃんの姿が浮かんだ。
そして龍驤はとうとう、今まで見て見ぬフリをしてきた二人に声を掛けた。
「ところで……その二人は何なん?」
龍驤と球磨が視線を向けたのは、人間の男性の整備兵と、通常のレ級よりも成長して大人びた容姿のレ級だ。
龍驤の記憶が確かならこいつ等は確か、龍驤達が幌筵泊地の変わり様に唖然としていた時に、物陰に隠れて乳繰り合っていた2人だったはずだ。
「はい、マム。それに関しては当人達から説明した方が早いかと。おい」
「はい! 文塚 陽(アヤツカ ヨウ)二等整備兵であります!」
「歩兵ゆにっと6662124号。幌筵ノ皆サンカラ貰ッタ個体識別名ハ『レナ』デス」
文塚整備兵の方はごく普通の人間だったしごく普通のツナギと帽子だったから良いとして、問題は、レナと名乗るレ級の方だった。
普通のレ級というのは、帝国の艦娘よろしくクローン生産でもされているのか皆同じ顔つきと背丈であり、環境による多少の個体差こそあれど基本的には背丈の低い、今後の発育に期待を持たれている系の少女である。
だが、このレナは違っていた。
通常のレ級が数年ほど成長して少女から女性になった頃であると思えるような顔のつくりをしていたし、タッパも頭3つ分は伸びていたし、通常の黒いビキニの上に着ている同色のレインコートは完全に前が閉じられていた。その上からでも解るくらいにバストは豊満だった。
「彼女らが幌筵に一時避難するようになって少しした頃に、ほっぽちゃんにも見つかってしまったんです。で、今日みたいな事が何度もありまして、段々と深海側との距離感や険悪さも無くなっていき、今のようになりました」
文塚は続ける。
「何度目かの癇癪が起こった時、戦艦レ級の中に爆発から逃げ遅れたのか、重傷を負って放置されていた1人を保護いたしました。それが彼女です」
「私達歩兵ゆにっとハ基本、大量生産品ノ使イ捨テデ、損傷個所ヲ修復……治療シテ再利用スルトイウ発想ハ無カッタンデス。デスカラ、まとも二動ケナイ私ヲ見捨テズニ何日モ、何十日モ治療シ、まとも二口モ動カセナカッタ私二話シカケ続ケテクレタ彼ヲ見テイテ、気ガツクト言葉デハ表現出来ナイ、温カイ気持チガ段々ト、段々ト強クナッテイッタンデス。彼ガ私ノ事ヲ、彼ダケガ私ダケノ事ヲ見テイテクレタンデス。ソシテ……」
そう言ってレナは、穏やかな顔になると、レインコートの上から自身のお腹周りを優しく撫でまわした。
通常のレ級と同じ黒いレインコートは完全に前が閉じられていて、よく見ると、腹部がうっすらと膨らんでいた。
龍驤が自我コマンドを入力。聴覚デバイスを最大精度に設定。
「……うせやろ」
レナの腹部から、もう一つの心臓の鼓動が聞こえた。
球磨と龍驤が同時に目を見開き、文塚の方を向いた。
「一目惚れです」
球磨と龍驤は目を見開いたまま、文塚を見つめた。
「責任は取ります」
水平線の向こうに向かって妹様達、ダッチハーバー群所属の深海棲艦らが帰っていく。
駆逐イ級の背中に乗っている妹様こと北方棲妹はほっぽちゃん暴走の責任を感じているのか、幌筵の方に向かって90゚ のお辞儀の姿勢を崩さず。幌筵に残るながもんはこれがまるで今生の別れかと思うくらいに滂沱し、ブンブンと両手を振っていた。因みに文塚とレナの2人はすでに宿舎の中に戻っていた。
そして、互いの姿が完全に水平線の向こう側に消えて少しした頃になって、ながもんは舌打ちをした。
「ふん。今回も気付かれたか」
そして姿勢を戻して龍驤に向き直った。
「マム。いえ、龍驤教官。我々幌筵泊地が大本営に援軍要請を送った本当の理由をお話しします」
「深海魚共に何か仕込まれてる可能性がある。っちゅう事か?」
「はい。いいえ。それは設備や、自分を含めた全人員に対して大本営の監査軍とTKTによる外部二重チェックを定期的に行っています。飲食物に関しても、疑惑の表面化を避けるために一名を除いて手出しさせておりませんし、ダミー水道管の存在に気付かれた可能性も今のところはありません。我々が最も警戒しているのは、レナの――――あの戦艦レ級の子供の存在です」
球磨と龍驤がどういう事かと質問しようとするより先に、ながもんが『各員、マニュアルに従って事後処理を開始。サンプルの確保と物理及び精神検疫に移れ。それとTKTと大本営にも各種チェックの委託要請を忘れるな!』と声を張り上げた。
「あの子供の存在は我々にとって前代未聞です。確保して研究すればどのような成果になるにせよ、この戦争の終結と勝利に大きな影響を及ぼすでしょう――――おそらく、深海棲艦にとっても」
確保して研究。
それがどういう内容なのかは知らないが、それが終わる頃にはおそらく、生きているどころか元の形も残っていないだろうというのは球磨と龍驤にも想像できた。
「1つの泊地を丸ごと使ってあんな巫山戯たお遊戯会場にしているのも、レナをこの泊地に留めるためです。早い段階から確保に動いては、深海側に連れ戻される可能性が極めて高い。確保するタイミングは出産後、次点で身動きに大きな制限がかかる臨月。それまではここに繋ぎ留めておく必要があります。人質交渉が必要になった場合に備え、文塚整備兵の家族もすでに軍の監視下にあります」
ながもんが龍驤を見つめるその表情は、今までのロリコン性欲に溢れるながもんフェイスではなく、ただ純粋に作戦と戦略の成功に向かって淡々と手順を進める将校のそれだった。
「深海側がレナとその子供を確保するべく動き出すのも、恐らくは我々とほぼ同じ時期でしょう。その時敵は、今までにない大規模なバックアップを受けているでしょう。我々が今回、増援を依頼したのはそれが理由です。敵に、あの子を渡すわけにはいかない」
互いの姿が完全に水平線の向こう側に消えて少しした頃になってようやく、駆逐イ級の背中に乗っている妹様は姿勢を戻して前に向き直った。
その顔には、今までのような疲れた中年サラリーマンのような悲哀さなど微塵も浮かんでいなかった。
「フン。ヤハリ今回モ、仕込ンデキタカ」
長門に手櫛された髪の中に手を突っ込んで入念にまさぐり、中に仕込まれていた小型の盗聴器を全て見つけ出すと指先で押しつぶして無力化し、ついでに服やパンツの中やアクセサリーの類も入念に調べてそこから見つかったものは全て破壊し、海に放り捨ててから呟いた。
「副官1号、2号」
「2号、御前(おんまえ)ニ」
妹様のすぐ背後。誰も居ない場所から声だけが聞こえた。続けて、妹様の脳裏にもう一人の意思が響く。
ADJUTANT01 - Res(001):1号、幌筵の厨房っす。今日のバーガー、渾身の出来だったのにー。あーもー! あの歩兵ユニットめー。:EOS
「報告せよ。まずは2号から」
「御意」
返答と同時に、妹様の少し背後に、片膝をついて頭を下げた姿勢の透明な人影が浮かび上がった。
透明人間に色が付くと、それは黒いレインコートに全身を隠した戦艦レ級の姿となった。尻尾は邪魔になるので、付け根から切除してあった。
「2号ガ報告イタシマス。提督ノ機密書類ヲ覗キ見シタトコロ、作戦決行予定日ハ妹様ノ予想通リ出産直後。次点デ臨月頃デシタ。流石ハ妹様。御慧眼デゴザイマス。ソレト、相変ワラズココノ駆逐娘『雪風』ガ私ニ気付イタ様子ハアリマセンデシタ。泊地内ノ対人せんさーとやらも、変化ハ無シ。恒常的ナ侵入者ハ1号ト、他数体ノ歩兵ゆにっとノミト思ワレテイルヨウデス」
頭を下げていたので妹様からは見えなかったが、このレ級の瞳は金色に輝いていた。
音も光も臭いも無く、PRBR検出デバイスや、駆逐娘『雪風』の超常現象じみた索敵能力からも完全に消え失せるステルス戦艦。
戦艦レ級、タイプ・フラグシップ。
それがこの2号の正体だ。
ADJUTANT01 - Res(002):あーしからは、以前から頼まれてたもう一人か二人、キッチンに入れる歩兵ゆにっと増やせないかって話ですけど、やっぱ無理っした。表向きはやんわりな断り方でしたけど、ガッチガチに警戒されてますねー。あと、水道タンクにアレ仕込むの成功したっすけど、何か全然警戒してる素振りが無いから、多分、解毒剤か強力なろ過システムでも存在してるんじゃないっすか? もしくはあーしらが把握してる方がダミーの水道管だとか。:EOS
「ソウカ。両名共報告御苦労。コレカラモ苦労ヲカケルガ頼ムゾ」
「感謝ノ極ミ」
ADJUTANT01 - Res(003):シーサーバーガーへの贖罪の片手間で良ければー。:EOS
「1号、貴様……!」
「良イ、2号。1号ハ元々、ソノ条件デコチラニ来タノダ。ソレニ、1号ノこんばっと・ぷるーぶど・いんすとらくしょんハ、確カニ有用ダッタダロウ」
ADJUTANT01 - Res(004):9割9分が人間共の戦術を丸パクったヤツすけどねー。:EOS
「有用ナラソレデ良イ。2号、れな二、アノ赤子ヲ出産シタ後、赤子ヲ確保シテ幌筵を離脱シ、コチラトノ合流後二渡スヨウ伝エテオケ」
「確(しか)ト」
「アノ赤子ヲ研究スレバ、新タナ知見ガ得ラレルダロウ。ソレハコノ戦争ニオイテ極メテ有用ニナルハズダ。ソシテソレハ人間側モ然リ。故ニ、確保時ニハ極メテ大規模ナ戦闘ガ予想サレル。ソレマデニ可能ナ限リノ戦力ノ強化ト充足ヲ行ウノダ。敵ニ、アノ赤子ヲ渡スワケニハイカナイ」
RENA - Res(001):了解。出産後、隙ヲ見テ泊地ヲ離脱シマス。デスガ、文塚整備兵ハ私ノ事ヲ良ク観察シテイルタメ頻繁二連絡ヲシテイルト感付カレル可能性ガ有リマス。デスノデ、コチラカラ再開スルマデ連絡ヲシナイヨウ願イマス。:EOS
ADJUTANT02 - Res(002):承知シタ。トコロデ、しゃわー室トイウノハ基本一人デ入ッテ、汚レヲ落トスタメの場所ダロウ? 何故2人デ――――:EOS
RENA - Res(002):ソウイウノハ見テ見ヌふりヲスルノガ人間共ノまなーダソウデス。接続ヲ終了シテモ?:EOS
ADJUTANT02 - Res(003):アッハイ:EOS
自身の上司に当たる、副官2号からの概念接続が完全に切られたことを確認するとレナは、文塚陽整備兵の方に視線を戻した。
「……ヤッパリ。陽ガ予想シテタ通リノ答エダッタ」
「こっちも似たようなもんさ。ロリコン、じゃなかったながもん、でもなくて、長門副司令から子供を確保してこちらに渡せって命令されたよ」
盗聴対策としてシャワーの水量をマックス付近にまで上げ、大人の身体の洗いっこをしながら2人は、小声で密談を続ける。
「このままここにいたら危ない。どうにかして逃げよう」
「何カ考エガアルノ?」
「ここの提督達が話してるのを聞いた。南の、タウイタウイ泊地だ。そこの提督が、異星人からUFO貰って行方不明から生還したそうだ。近い内に鎮守府交流演習大会があるから、その時に何とか拝み倒してUFOに乗せてもらって、地球から逃げよう」
「流石二チョット現実味無イケド、貴方ト一緒ナラ何処へデモ。何処マデモ……義父様ト義母様ニハ?」
「何日か前の慰問通信の時にな。盗聴されてるから雑談に少し混ぜるくらいしか出来なかったけど、親父とお袋も何となく察してたのか、自分のしたいようにしろ、って背中押してもらえたよ……レナの事、テレビ電話でじゃなくて直接紹介したかったな」
「出来ルワ、キット。ソノ時ハ、コノ子モ一緒二連レテ行キマショ?」
そう言ってレナは、穏やかな顔になると、文塚の手を取って一緒に自身のお腹を優しく撫でまわした。
「敵ニ、コノ子ヲ渡スモンデスカ」
とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
第7話『戦争は女の顔をすることもある』
次回予告
2件の未読メールがあります。
動画メールです。
送信:有明警備府 戦艦娘『長門』
件名:【次回予告&戦艦娘『長門』殺害依頼】
本文:
有明警備府、第二艦隊副旗艦の戦艦娘『長門』だ。
ミッションを依頼したい。
舞咎院の弾薬工廠、ああ、今は兵器工廠だったな。そこに配属されている長門を始末する。私達に協力してほしい。
詳細は伏せさせてもらうが、あの長門は、重大な秘密を握っている。多くの長門達はそれを知る事に耐えられないだろう。
それを承知で、私はこのミッションを依頼した。この作戦は必ず成功させねばならない。
次回、とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
第8話『戦艦長門の憂鬱(※次話タイトル、次話内容は予告なく変更となる可能性があります)』
不足だが、報酬も用意した。
以上だ。
言葉を飾る意味はない。君の判断を待つだけだ。
送信:舞咎院兵器工廠 戦艦娘『長門』
件名:【次回予告&戦艦娘『長門』迎撃依頼】
本文:
やぁ、指輪付き。
舞咎院の事務員、古黄戸 蘭(こおうど らん)だ。
私を殺しに、長門達がやってくる。そいつらを全員返り討ちにする。付き合わないかい?
次回、とびだせ! ぼくの、わたしの、ブイン基地!!
第8話『戦艦長門の驚愕(※次話タイトル、次話内容は予告なく変更となる可能性があります)』
長門の連中、カタ過ぎる。
人生なんて、結局は楽しんだ者勝ちなのさ。
だろう?
本日のOKシーン
那覇鎮守府との連絡が途絶えてから数日後の現在。
九州南端にある坊ノ岬鎮守府で最後の補給と休息を済ませた大本営直属の特別臨時編成艦隊『BC部隊』は、当初の予定通りに針路を南にとり、沖縄県沖縄本島に向かって粛々と進んでいた。
『ズン、ババババン♪ ババンバババン♪』
『バン、ババババン♪ ババンバァーン♪』
臨時編成の名が示す通り、帝国各地に戦力を分散派遣し、予備戦力が薄くなった大本営の中で即応待機していた残り少ない艦娘達からなる寄せ集め艦隊である。
BC部隊の内訳は大和、矢矧、雪風、浜風、磯風、初霜、霞ママ、朝霜、涼月、冬月、旧ゲヒルン副司令兼ネオ・アトランティス総帥からなる、通称『坊ノ岬沖組』の艦娘10隻に、空母娘の『鳳翔』と『葛城』そして揚陸艦娘の『あきつ丸』の計3隻を足した、13隻の連合艦隊である。
なお誠に遺憾ながら、寄せ集め艦隊であるにもかかわらず、駆逐娘の長波様はこの中にいない事をここに申し上げておく。
『私が撃たねば♪』
『バン、ババン♪』
その作戦旗艦を務める軽空母娘『鳳翔』は、無人の艦長席の横に艦娘としての『鳳翔』を立体映像として投影していた。
映像そのものはプログラムなので、他の鳳翔らと立ち絵も状況毎のモーションも全て同じであるはずなのだが、この鳳翔は何故か、瞳に光が薄く、ハイライトが曇ったような雰囲気を醸し出していた。
『誰が撃つのか♪』
『バン、ババン♪』
それは鳳翔だけではなかった。
副旗艦を務める矢矧も、先行して偵察艦となっている雪風も、鳳翔と葛城とあきつ丸の周りで第三警戒航行序列こと二重の輪形陣を成している、浜風も磯風も初霜も霞も朝霜も涼月も冬月も。
皆、どこか、人間性や精神の類が摩耗しているのが立体映像を通して雰囲気として感じられた。
『『いーまに見ていろ深海棲艦♪』』
例外は、本作戦中の艦隊内共用チャンネルとして設定されている周波数を使って呑気な大声で歌っている、麾下艦娘の『大和』と『葛城』の2人だけだった。
『『全滅だ!!』』
「……」
鳳翔は、2人をたしなめるべきだとは思っていたが、現在は会敵の可能性が低いとは言え作戦行動中に呑気にも歌を歌っている事か、それとも年頃の女の子がそんなやたらと物騒な歌詞の歌を歌うのはどうかという事かの、どちらから先に注意すべきか悩んでいた。
その答えを出すよりも先に、同じ麾下艦娘の『あきつ丸』からも個別回線で通信が入った。
『まぁまぁ、鳳翔殿。彼女達お二人は今日が初陣。それに任務内容を知らされていないと来ています。歌くらいは大目に見てあげましょう、でありますよ』
「あきつ丸さん。しかし」
『九州から沖縄までのシーレーンは完全に奪還済みでありますし、それにほら、霞殿が』
鳳翔が大和と葛城の2人に意識を向けると、2人と同じく鳳翔麾下の駆逐娘『霞』によって共用周波数の中でたっぷりとお説教されていた。
『まったく! あんたら2人は理解ってるの!? 今作戦の最終段階で使う特殊弾頭を一番多く搭載しているのはあんたら2人なのよ!? 歌声を察知されて、あんたら2人が攻撃されて、万が一にでも特殊弾頭が破損したらどうすんのよ!?』
『『はぁい』』
『まったくもう……分かったならお口にチャックして、通常警戒態勢に戻った戻った』
『『はぁい。ママ』』
『誰がママよ!? 矢矧さんからも言ってやってよ、もう!』
そのやり取りを聞いて、鳳翔は小さく呟いた。
「……そうですね。せめて。せめて今、この時くらいは」
そして思う。陸海合同の沖縄防衛隊との連絡が途絶えたのは、単なる通信機の故障でしかなく、BC部隊の本領を発揮するようなことがありませんようにと。
そして、間違ってもこの『特殊弾頭』を使うような事がありませんように、とも。
『HQよりBC鳳翔。状況に変化はあったか?』
『鳳翔よりHQ。異常無し。現在予定通りの航路を航行中』
『HQ了解』
またなの。と鳳翔は心の中だけで溜め息をつく。
姫種との正面戦闘が予想されているし、文字通りに皇国の興廃がかかった一戦なのも理解しているが、それでも5分に1回は定時報告を寄こせというのは流石にやり過ぎだと思う。
(そんなに不安なら、自分で弓取って太刀佩いて、私達より先に沖縄入りすればいいと思うのですけれど……)
『雪風よりBC全艦! PRBR検出デバイスにhit! 総数1、波形と周波数は第4ひ号目標と一致!! 対空および水上電探に第4ひ号以外の反応無し。水中の状況は不明。目視でも飛行する航空機の類は確認できず。繰り返す。敵は単騎、敵は単騎』
鳳翔が物理的にため息を吐きそうになった直前、先行していた駆逐娘『雪風』達から緊急通信が入った。
瞬間的に鳳翔の心身が戦闘態勢に入る。
「鳳翔よりBC全艦、艦隊陣形変更。現在の第三警戒航行序列から第四警戒航行序列に移行。続けて鳳翔より偵察機を発艦させ、観測情報を元に――――」
『大和、主砲撃ちます! 先手必勝です!!』
『葛城航空隊、全機、回せぇ!』
「――――元に全艦データリンク照準で……って、ええっ!?」
まずは偵察機で詳細な情報を。と考えていた鳳翔を裏切り、大和が主砲の46センチ三連装砲を発射。ついでに葛城も件の特殊弾頭を積んだ爆撃機の発艦準備を進めていた。
鳳翔は反射的に上位コマンドで大和と葛城それぞれのシステム戦闘系に割り込みを掛けて次弾装填を中断させ、発艦操作を緊急停止させ、無線を繋いだ。
「大和さん今撃った砲弾の弾頭は何!? まさか例の弾頭使っていないでしょうね!?」
『え? ただの徹甲弾ですけど?』
「葛城さんも待ちなさい! 発艦中止、発艦中止!!」
『え、あっはい』
滑走路上で待機していた葛城航空隊第一陣のプロペラの回転数が目に見えて落ち、そして止まった。
良かった。最悪の事態は免れた。そう考え、思わず安堵のため息をついた鳳翔の期待は微妙に裏切られた。
『HQよりBC鳳翔。何があった!?』
『雪風より鳳翔さん! 着弾評価。近近近、近近近、近近直。命中弾1。あっ、第4ひ号目標が反転。当海域から南へ離脱していきます!』
『HQより雪風、それは本当か!?』
『雪風よりHQ。はい! 南進しています! 本土からは離れていきます!』
『何だって、それは本当か!? 大和の砲撃だけで逃げていっただと!?』
『雪風よりHQ。はい。いいえ。第4ひ号目標は依然として健在。転進した理由は不明です』
誰も聞いちゃいなかった。
無線の向こう側では『やったぞ!』だの『あの姫を鎧袖一触とは、さすが大本営直属!』だの『各鎮守府に連絡、いやそれよか先に新聞各社に号外を出させろ! 第4ひ号目標撃破、第4ひ号目標撃破だ!!』だのといった、場違いかつフライング気味な大歓声が聞こえていた。
そして。
『よくやった! BC部隊は帰還せよ』
「は? ……失礼しました。BC鳳翔よりHQ。我々の目的は、第4ひ号目標の撃破ではなかった筈なのでは?」
『え? ……あ、ああ。そうだったな。ではBC部隊、予定通り任務を続行せよ』
通信終了。
後方との情報共有の齟齬具合に今更ながら不安になってきた鳳翔に、先程第4を発見した雪風から通信が入った。
『鳳翔さん。さっきの攻撃なんですけど……あいつ、全然怯えてなんかいませんでした。むしろ、忘れ物を思い出したから家まで取りに戻るような雰囲気でした。それと……それと、一瞬だけ、あいつのすぐそばから友軍属性のIFFを検出した、ような気がします』
「雪風ちゃん。それは誰だったかは判る?」
『わかりません。ログにも残ってなかったし、誤差みたいな小さい反応だったし、さっきの状況で似たような反応を示すパターンは数百通りはありますし……』
「そう……ならこの一件は私が預かります。艦隊の皆には私から言いますから、雪風ちゃんは先行警戒に戻って」
『はい。分かりました』
鳳翔は雪風との接続を切り、那覇鎮守府と名護山間要塞に無線を飛ばした。
「こちら大本営直属、特別臨時編成艦隊『BC部隊』作戦旗艦の鳳翔。那覇鎮守府、応答願います。願います……こちら大本営直属、特別臨時編成艦隊『BC部隊』作戦旗艦の鳳翔。名護山間要塞司令部、応答願います。願います」
どちらも応答なし。
鳳翔の心の中に、前方の水平線の向こう側に見える曇り空のような不安が音も無く広がってきた。
(本当に、本当に大丈夫ですよね? 那覇鎮からの最後の通信。ノイズだらけのそれを解析した結果『那覇を放棄』と言っていたのが、もしも本当だった場合。その時は――――)
鳳翔は外部監視カメラの2つを大和と葛城の2人にそっと向ける。霞に追加でお説教され、どうやらきちんと警戒態勢に戻っているようだった。
続けて自我コマンドを入力。軽空母としての鳳翔に搭載されている全てのウェポンシステムの状態を確認。
10秒後にシステムから返答。鳳翔にも搭載されている件の特殊弾頭を含めて全兵装に異常無し。
(その時は――――本当に、この『特殊弾頭』を使う事になるやもしれませんね)
Please save our Okinawa 06.
そんな鳳翔達が覚悟完了しながら南下を開始するよりも数日前の那覇市街。
『戦車中隊長より中隊各車。戦車中隊長より中隊各車。各個の判断による射撃を許可する。繰り返す、各個の判断による射撃を許可する! あのレインコート共を近づけさせるな!!』
言い終わるよりも先に、市街各所に配置された戦車が主砲を発射する。つい先ほどワ級の頭部を消し飛ばした時のような精密機械じみた同時射撃ではなく、てんでバラバラのタイミングだった。
その内の一両から発射された一発の多目的榴弾が、ワ級から降り立った黒いレインコートを着た小さな人型ら――――後に戦艦レ級と呼ばれる事になる――――の頭上よりもだいぶ高い位置で炸裂。破片と爆風で面制圧。
できなかった。
砲弾の破片がレインコートに直撃した箇所には水面に広がる白い波紋のようなものが現れては消えて、破片はそこからポロポロと力無く自由落下した。爆風は距離が離れすぎていたのか、レインコートをわずかに圧し凹ませ、加圧箇所を白く変色させるだけに終わった。その変色箇所も湯気を出しつつ見える速度で元の黒色に戻っていった。
『おい、マジかよ、夢なら覚め』
水平線よりも大分沖縄側に近い所に陣取る深海棲艦らからの支援砲撃。速度が落ちて角度が付いたためにほぼ垂直に近い軌道で落ちてきた大口径榴弾が、その質量で戦車の薄い上部装甲を押し潰して貫き、内側で爆発。同車を沈黙させた。
『3号車大破。応答なし!』
『3号車の敵を取れ!』
『夕張了解!!』
戦車隊ではなく近くにいた夕張(超展開済み)から返答。
ビルを背もたれにして両足を大きく開いてしっかりと踏ん張り、両肩に接続された戦艦娘向けの改良型友鶴システム『試製35.6センチ17連装突撃砲』に激発信号を送る。信号を受け取った試製35.6センチ17連装突撃砲が一斉に火を噴き、沖合に展開していた駆逐・軽巡種らの一角をただの一撃で粉砕し、当の夕張もまた、両肩に粉砕骨折一歩手前の反動をモロに受けて『ああ、肩に! 肩に!! 肩に゙あ゙あ゙あ゙!!!』と泣き叫んでアスファルト道路の上をジタバタと転げまわった。
生き残った敵支援砲撃部隊からの反撃が、戦車隊とその周囲のビル群に降り注ぐ。
『5号車大破。乗員全員の脱出を確認!』
『1号車、履帯脱落。なれど戦闘能力健在。戦車中隊長より中隊各車。こちらの射点は捕捉されている。各個に移動を開始せよ』
『レインコート、こっちにきます!!』
榴弾が効かぬならばと、中隊長の乗る戦車から発射されたAPFSDSが別のレインコートに直撃。そいつは吹き飛ばされて転がり、剥き出しだった手足や顔面、尻尾に擦り傷がいくつか出来た。
120ミリ徹甲弾が人間サイズの生き物に、マッハの速度で直撃した被害としては破格の軽微さだった。
『嘘だろおい。ユゴニオ弾性限界どこいった。ブッダの隣で昼寝でもしてんのか!?』
真っ白になって湯気と陽炎(not艦娘)を立ち上らせるレインコートもそのままに、そいつが戦車隊に――――運悪く履帯が壊れて動けなくなった中隊長の乗る1号車に――――向かって疾走を開始し、足元に転がっていたAPFSDSの弾芯に足を引っかけて盛大に転倒した。どういう訳か、ダーツ状の弾芯は原型を保ったままだった。
他のレインコート共も駆け出した。最初に転んだ奴の事などお構いなしに踏みつけて走り、最後尾の一匹が走り去った後には、赤く潰れたトマトのようなものがひび割れたアスファルトの上に広がっていた。
痛みから再起動し、友鶴システムをパージした夕張(涙目)が、痛みのあまり変な笑い顔になりながらも腰を落としてしっかりと踏ん張り、左右の手それぞれに構えた長良型に標準装備されているアサルトライフル型14センチ単装砲で沖合に反撃し、迫るレインコートの群れには艤装各所に配置された主砲と対空機銃群の発射態勢を整えていた。
特に対空機銃群は、ただのそれではなかった。
『ふふ、ふふふ……うふふふふふ。やっぱ、やっぱりこれよね! 小型を多数同時に相手取るならやっぱこれ一択よね! 雅桐倫俱もといガトリング砲!!』
六連筒のガトリングガンを5つ並べて一つのシステムに纏めたという、なんとも変態臭い浪漫兵器だった。
『そのガトリングの中でも一つだけ選べと言われたらこれ! 理想的な動力源が見つからないって事で数機のプロトタイプを製造したところで開発終了しちゃった鍋島4型。その固定兵装として開発された、この『25mm三連装機銃 集中配備』一択でしょやっぱ!!』
『25ミリは銃じゃなくて、もう立派に砲なんだけどなぁ』『ていうか3連装って名称なのに何で6連筒なの?』という戦車乗り達のぼやき声が聞こえるはずも無く、夕張は嬉々としてターレットモーターを作動。各砲身の回転数が規定値に達したところで兵装側FCSに激発信号を送信。
数ミリ秒後に巻き起こされる毎分6万発のタングステン合金製の破壊の嵐の美しさを妄想し、夕張の唇が歪に歪んだまさにその瞬間、彼女の索敵系が誤作動を起こした。
倫理トリガに警告ロック。
『嘘っ、何で!?』
前方に人間らしき反応多数。このまま射撃を実行すれば、民間人への殺傷を含めた被害がほぼ確実に発生するがそれでも強行するか? そういうニュアンスの警告ウィンドウが夕張の脳裏に浮かぶ。
『120ミリ喰らってピンピンしてる人間なんて、いる訳ないじゃないの!!』
『そうだそうだ!!』
中隊長の乗る戦車の砲塔上面に据え付けられた12.7ミリ機銃と7.62ミリ同軸機関銃による狙撃弾幕射撃が開始され、数秒遅れて倫理ロックを強制解除した夕張の25ミリ機銃群が火を噴いた。
当然、120ミリの直撃でも無傷な連中相手に、こんな豆鉄砲が効果ある訳ないんだろうなと心の片隅で諦めていた夕張と中隊長らの予想を裏切り、顔面を撃ち抜かれて即死する個体や、剥き出しの手足や尻尾を撃ち抜かれて無力化、あるいは失血死する個体が出始めた。
『え、なんで?』
『戦車中隊長より全ユニット。理由は不明なれど、敵歩兵に損害を与える事に成功』
ただ、着込んだレインコートに着弾したものはやはり無力であり、その着弾箇所に水面に広がる白い波紋のようなものが現れては消えて、弾頭はそこからポロポロと力無く自由落下した。その形状を一切ひしゃげさせる事無く。
そしてなによりも、迫る敵の数が圧倒的だった。
『早ッ!? 自動車並みのスピード出てるし、やっぱ人間なのは見た目だけじゃない!!』
『1号車は放棄、総員降車!』
中隊長は近くにいた他の戦車に拾ってもらい、夕張もまた、弾幕を張りながらビル街の奥へと後退を始めた。
同時刻、那覇鎮守府。
部屋の中にいても砲撃音がはっきりと聞こえるようになったそこでは、子供達をより安全な名護山間要塞へと移動させ、そこから脱出させる準備が大わらわで進められていた。
「まったく。何でこんなタイミングで那覇鎮守府を放棄して移動しなきゃならないんだか……あー、もー。最悪ー」
「新庄少佐や戦車中隊とも連絡が途切れたままなのねー……那覇鎮の近くで戦闘が始まっちゃったから状況的には正解なんだけど、だったら最初から子供達を連れてこなければいいなのねー」
子供達の乗ってきたバスへ荷物を載せ、給油も済ませたところで件のEMPが到来。那覇鎮内の電子機器どころかその後ろ側にある建物群や街灯、道路脇の自販機に公衆電話、そしてあろうことか艦娘の一部機能に至るまでが光の速度で焼き殺された。
当然、EMPシールド処理なんぞされていない民生品の、子供達の乗ってきた大型バスも完全無欠のオシャカとなった。
「ていうか工作艦でもない駆逐艦娘に、機械修理の技能があるなんて初めて知ったなの。陽炎型って、皆そうなの? 19、有明警備府に来てから少し経つけど、バビロン海ほたるの外の事、まだあまり詳しく知らないなのねー」
なので、沖縄に集結した帝国陸海両軍+合衆国軍残留組が総出で、那覇鎮のガレージや駐車場を総ざらいして焼け残った基盤や電子部品をかき集め、比較的まともな壊れ方をしていた軽量二脚逆関節型の鍋島Ⅴ型を共食い整備で何とか動ける状態にまで持っていき、どうしても直せなかった両腕を外して牽引用の強化ワイヤーウィンチを溶接し、それをバスと繋いだ次第である。
「んー、どうだろ。多分そんな多くは無いだろうけど、何人かは居るんじゃない? 機械弄りできる駆逐娘って。それに、私のも技能なんて呼べるほど立派なモンじゃないけどね」
「そうなの?」
「ちょっち前――――プロト19がまだ有明警備府に来る前に、メカロボ物の漫画とか描いてた事があってさ。その参考資料として塩太郎さん達整備兵の作業見学したり、手透きな時に簡単な整備をやらせてもらったり、ウルザ式羽ばたき飛行機械を実際にイチから組み立てたりしたことあんのよ。体験は作品にリアリティを生むってやつよ」
「それどこのスタンド使いの漫画家なのねー」
つまり、どうあがいても直せなかったバスを、何とか歩ける状態にまで直した鍋島Ⅴ型で荷車よろしく名護山間要塞まで引っ張っていくのだ。
因みに、突然しゃしゃり出てきた那覇鎮の基地司令殿は、運よく生き残った通信機を使って那覇鎮および那覇市防衛の放棄を宣言。ただでさえ面倒だった撤退の手続きをさらに面倒くさいものへと変えやがった挙句にどこかへと姿を消した。
この那覇鎮に残った唯一の人間である矢島通信士官は機密書類の焼却や、端末内のデータの白紙化とハードディスクの物理破壊などの機密保持と、那覇鎮放棄の情報を沖縄各所に配置した人員らにもどうやって連絡するかに追われており、文字通り目の回る忙しさだった。
「ていうか19。連中は?」
「んー」
プロトタイプ伊19号、略してプロト19が自我コマンドを入力。共同で作戦に当たっている合衆国軍をそれとなく監視中の、帝国陸軍をそれとなく監視中の、各施設で作業中の、各艦娘に状況報告をリクエスト。
作業中、合衆国軍、帝国陸軍の順番で返信が返る。その報告の内容を頭の中だけでざっと流し読みしてプロト19は口を開いた。
「合衆国軍人さん達なら、散らばって行動してるけど、今のところ誰も怪しい動きはしてないらしいなの。それと、さっき着陸した榛名さんの零水観(零式水上観測機)の燃料補給、もうすぐ完了しそうなの」
「無線が焼けちゃった今、この零水観3機だけが遠距離通信の要だからねぇ」
「ていうかこの零水観、機内に積んだコンピュータにコピー・ダウンロードした専属妖精さんの操作だから無人のはずなのに、何でハシゴを横に付けてるの、なのねー?」
「その場のノリじゃないの? 知んないけど。で、当の榛名さんは今?」
「沖合から接近中の敵揚陸部隊に対し、阻止砲戦中。なれど彼我の戦力差圧倒的に劣勢、かつ敵はこちらへの対処よりも歩兵部隊の上陸を優先。時間稼ぎにもなってないって、この零水観が飛んで来た時に言ってたのね」
「この電子未来の21世紀に発光信号による情報伝達とか時代逆行し過ぎでしょ。次は狼煙かな? 腕木かな?」
「マラトンかもなのねー」
かなり後ろ向きなジョークを飛ばす2人を余所に、遠雷にも似た砲撃音がいくつもいくつも那覇鎮守府に木霊する。
かなり近い。
「それにしても、1人1人に複数の監視が付けられるのって、ホント便利よねぇ。あ、使えそうな基盤何枚か残ったから、アルミホイルで巻いてダッシュボードの中にガムテで固定しておくからね」
「ありがとなのねー。あの戦争の時にこそ、この数の有利は欲しかったなのねー……ん?」
秋雲とプロト19が同時にため息をつく。
そして、聞き耳が命綱である潜水艦娘であるために、プロト19だけがその小さな話し声を壁越しに拾えた。
秋雲が何か言う前にプロト19は自身の人差し指を口の前に立てたジェスチャーで黙らせ、聞き耳を尖らせる。
「……」
自我コマンドを入力。
聴覚デバイスの感度を最大値に設定、ノイズフィルタを始めとして各種波形解析ツールを起動。壁向こうの合衆国人達が何を言っているのかどころか、振動数の差異から連中の口の中にある金歯銀歯の数まで割り出すつもりで集中する。
その結果。
「嘘」
(どしたの!?)
「……無線で話してる。あいつら、嘉手納基地の中に、核を持ち込んでたって」
「……なに? 何を持ち込んでたって?」
秋雲が一瞬固まり、問い返す。プロト19の顔が嫌悪感で歪む。
「それで、あいつらもEMPで回収手段失っちゃったけど、爆縮用の起爆回路も完全に焼け死んでて誤作動の可能性も無いからそのまま放置して撤退しろって、本土から命令が来たらしいなのね。爆弾は、別働隊が対処するからって」
秋雲の脳裏に、数年前の光景がフラッシュバックする。
自分の現在の提督こと、比奈鳥ひよ子がまだ訓練生だった頃。
その最終演習。存在を抹消された旧横須賀鎮守府から、三土上人工島まで行って帰ってくるだけだったはずの哨戒任務同行演習。
南方海域から本土の直前まで、背中に大量の復員兵を乗せてやって来た一匹の駆逐イ級。
そして、そのイ級に搭載されていた一発の爆弾。
「……」
「え、あれ。秋雲? 何をするなの?」
困惑するプロトを余所に、秋雲はツカツカと引き戸の前に向かって歩いていく。
そしてスパァンと勢い良く引き戸を開けた秋雲が最初に目にしたのは、こちらに背を向けて誰かと無線機で話している一人の男の姿だった。
以前、ひよ子と共に共同作戦の提案をしに行ったときにいた将校とは別人だった。
「閣下、失礼ですが本当にそのような命令が発令されたのでしょうか? ……本当に。しかも書類で……はい。了解しました。では、CF作戦の開始予定時刻までに脱出します。通信終了」
「FREEZE!!」
そして秋雲は、中にいたそれ以外の合衆国軍人らが反射的に銃を構えたのも無視して叫んだ。
「話は聞かせてもらった! 人類を滅亡させる気かお前ら!!」
「……話は終わったとはいえ、他国の軍の通信室に乱入してくるとは、とんでもない奴だな。何処の誰かは知らないが」
部屋の中の一人。無線機片手にフリーズした合衆国の男性軍人――――肩章は少佐だった――――が口を開く。
それに割り込むようにして秋雲が叫んだ。
「深海棲艦には! 核の運用能力がある!!」
部屋に沈黙が降りる。
ややあって、無線機片手にフリーズしていた少佐が溜め息ともうめき声ともつかない声を漏らした。
「……ああ、そういう。道理であのような」
「?」
秋雲に照準していた合衆国軍人らも、顔にも声にも出していないが、大体似たような雰囲気を滲ませていた。
「こちらの話だ。貴官の情報提供には感謝する。しかし核は偽装隠蔽して、嘉手納基地の内部にそのまま安置する」
「なんでさ!?」
「それを運び出す手段が無い。先のEMPでほとんどの自動車がやられた。生き残っていたパーツも先程、子供達を脱出させるための鍋島Ⅴ型の修理に使った。嘉手納に置いてある核はプルトニウムだけでも3トンはあるんだぞ。封印用のケースも含めたらどれだけの重さになると思っているんだ」
3トンの核物質。
それを聞いて秋雲が呆れた顔になる。
「ICBMでも組み立ててたの? 友好国の、それも被爆国の国内で? そんなにキューバ危機が好きなら合衆国本土でやってくんない?」
「自分に言われても困る。こちらもたった今、本土(ステイツ)からの通信で初めてその存在を知ったところだったんだぞ。秘密裏に回収出来るならそうしている」
秋雲はこんな厄介事はさっさと持ち帰ってほしい。この少佐もこれ以上の大事になる前にどうにかしたい。
2人の意見は概ね一致していた。
ため息をつきながら秋雲がぼやく。
「しかしひよ子ちゃんも核に縁があるねぇ。訓練生だった頃の三土上といい、今といい」
「失礼」
少佐の雰囲気が変わる。
「もしや貴官の提督の階級とフルネームは、Lieutenant Commanderヒヨコ・ヒナドリというのでは?」
「え? し、失礼しました。はい、そうです。この作戦の前払い報酬で大佐になりましたが」
「そうか……」
沈黙。
窓の外から時折聞こえる砲弾の炸裂音が、徐々に徐々に近づいてきているのが聞こえた。
ややあって少佐が言った。
「ミッドウェーでの恩は返さねばならないな。総員傾注。これより児童らの護衛という名目で我々も脱出する。ルート途中の嘉手納基地まで同行し、何とかして核を回収。そこから児童らとは別行動でRPを目指す。こちらの……ああっと……」
「陽炎型の秋雲であります。有明警備府所属」
「ミス・アキグモ。君も嘉手納まで同行してもらうぞ」
およ。と秋雲は心の那珂だけで虚を突かれたような声を上げた。他国の軍関係者を、そんな機密まみれの所にやってもいいのだろうかと。
「見たところ、貴官は第二か、第三世代型の艦娘とお見受けする。ならば対人リミッターを切れば重機そこのけの出力が出せるはずだ。核をどうにかしろと言ってきたのは貴官だろう? 運び出すのに協力してもらうぞ」
言ってねーし。と秋雲が言おうとしたその時、空から落ちる独特の風切り音が段々と大きくなって来たのを、この部屋の全員が聞いた。
「ッ! 身を隠せ!」
基地の中庭に落下。
それとほぼ同時に、中庭に面した側の壁の一部が砕け、そこにあった唯一の窓ガラスが割れ、砲弾の破片と衝撃波に混ざってそれらが部屋の中に一斉に飛び込んできたのと、秋雲がその壁に向かって近くにあった鉄板入りの防弾テーブルを片手で投げ飛ばし、自身もそこに向かって跳んでいき、飛来する破片被害を最小限に食い止めようとしたのを、少佐は見た。
が、衝撃波までは流石に無理だった。
暗転。
「……っぅ、ぁぁ……」
次に少佐が気が付いた時には、酷い耳鳴りがして、床に横倒しになっていた。床のあちこちに大小さまざまな元壁の瓦礫が転がり、鋭いガラスが突き刺さり、視界は白くチカチカとしていた。
「……ぃ、ひぁぃ、被害報告!」
馬鹿になって遠ざかっていた意識と聴覚が戻ってきた少佐が床に伏せた姿勢のまま叫ぶ。部屋の中にいた部下らから返答。全員無事だった。
テーブルである程度防いだにしても、部屋のすぐ外で大口径の砲弾が炸裂したにしては、妙に被害が少なすぎる事に違和感を覚えた面々が爆心地の方をそれぞれ見やれば、そこには、両手を広げて外に背を向けて、仁王立ちする秋雲の姿があった。
部屋の中の誰かが呟く。
「Oh, Jesus...」
「それは私の名じゃあないねぇ」
秋雲の背負った艤装こそベコベコに凹んだり大穴が開いたり重要そうなパーツが脱落してたりと、誰がどう見ても大破状態だったが、もともとEMPでほぼ完全に焼死していたので実質的な被害は0だった。速度の乗ったガラス片も、秋雲の皮膚を貫くには至らなかった。秋雲の負った被害らしい被害といえば、ちょっと髪が焦げて一部がパーマ状になっていたり、服とかスカートとかパンツとかの破けっぷりが色々と壮絶い事になっている程度だった。
今見ているものがまるで信じられないのか、うわ言のように少佐が呟く。
「……か、感謝する」
「どういたしまして」
「タツタやシマカゼ達で知っていたつもりだったが、まさかこれほどまでとは……ああ、今はそんな事を話している場合じゃあないな。総員、脱出だ。急げ。もうここも最前線だ!」
少佐が柏手1つを打つと、秋雲以外の面々が一斉に動き出した。破壊された壁の向こう側では、燃料補給の終わった零水観がちょうど、これ以上の砲撃によって滑走路が使い物にならなくされる前に緊急離陸して行ったのが見えた。
その直後、プロト19が血相を変えて部屋の中に飛び込んできた。
「秋雲、そっちは無事なの!? ってうわ」
部屋の中の惨状を見てプロト19が一瞬硬直まる。
「耳鳴り地味にすごいけど、何とか全員大丈夫さー」
「それはそうと大変なのね! 今飛んでった零水観に、子供達の1人が乗り込んじゃって、そのまま飛んで行っちゃったなの!!」
その零水観の後部座席。
乗り込んじゃった子供こと鵜野美スルナは、小さな背を丸め、首から下げた銀製の十字架を両手で握りしめ、ひたすらにお祈りをしていた。
「神様、神様……」
何で乗り込んじゃったのよと言われれば答えは単純で、いきなりしゃしゃり出てきた那覇鎮の基地司令とやらに促され、他の子供達らと一緒により防護の整った名護山間要塞へと移動しようとした矢先に、敵の砲撃が落ちてきたからである。
『……す』
「神様、神様……」
極めて幸運な事に死人怪我人は誰も出なかったが、戦争なんてテレビの向こう側でしか知らない子供達はパニックになって四方へと逃げ散らばった。
スルナもその中の一人であり、突然の轟音と衝撃、そして恐怖によって頭の中が真っ白になって無我夢中で走り、身を隠せる狭い所に飛び込んで一息ついて辺りを見回してみれば、丁度まさに、スルナの飛び乗った零水観が滑走路から離陸するところであった。
因みにその背後では鴨根木翔太がスルナの名を叫んで追いすがろうとして、彼の担当の駆逐娘『皐月』に飛び付かれて無理矢理止められていたが、当のスルナがそれに気が付く事は無かった。
『……ます』
「神様、神様……どうかわたしをお救い下さい……」
現状を理解したスルナが後部座席の窓に張り付いて地上を見やれば、自分が乗るはずだったバスが修理も途中な大きな人型ロボット(※鍋島Ⅴ型)にワイヤーロープで引っ張られ、今まさに那覇鎮守府の敷地を出ていくところが見えた。
そして、その那覇鎮守府に、海から浮かんできた一隻の巨大な深海棲艦――――輸送ワ級とそこから出てきた人間大の何かの群れが殺到し始めたのと、鎮守府に立てこもった軍人や艦娘達の姿も。
テレビのニュースの中でたまに取り上げられる、海外紛争の映像の中でよく聞く乾いた音が自分の真下からかすかに聞こえてくる。
助かった。
自分だけはあの場所から逃げる事が出来た。
ごめんなさい。
自分一人だけあの場所から逃げる事が出来てごめんなさい。
『……します
「神様、神様……どうかわたしを」
安堵のため息と一緒に、スルナの胸の奥から罪悪感が産まれ溜まっていく。しかしあの場所に戻って皆と合流する手段も、勇気も、スルナには無かった。
なんとなく分かってはいたのだ。なんとなく嫌な事になりそうな気がすると。
何週間も前から沖縄に向かって巨大台風が接近していると、何度もテレビで言っていたのに修学旅行に変更は無かったし、教師たちのボヤキがたまたま聞こえた事で知ったとはいえ予定にはなかった那覇鎮守府一日提督体験ツアーなんてものが前日になってねじ込まれたのもある。
そして、那覇鎮守府で出会った比奈鳥ひよ子が突然吐き戻した事で、スルナの中のなんとなくは絶対に変わった。嫌な事になると。
そしてその通りになった。
だからスルナは、今自分が出来る唯一の事を一心不乱にするしかなかった。
もしも仮に戻れたとしても、自分は、また今みたいに逃げ出してしまうだろうから。
『……繰り返します』
「神様、神様……、主よ、主よ、どうかわたしを、みんなをお救い下さい……」
だからスルナは、目の前の無線機からずっと流れていた警告に、何分も経ってからようやく気が付いた。
『……す。繰り返します。偵察機03に搭乗中の人員に告ぐ。こちらは沖縄防衛部隊、比奈鳥臨時連合艦隊麾下、戦艦娘『榛名改二』です。本作戦中、当該機に人員搭乗の予定はありません。貴官の所属組織、姓名、認識番号、作戦目的を速やかに明示してください』
「ひゃっ!?』
『繰り返します。貴官は何者か。回答の入力を』
「か、かか勝手に乗ってごめんなさい!」
無線の向こう側の榛名の声が一瞬途切れる。
『……その声。スルナちゃん?』
「え、えと……」
『榛名です。今日一日、あなたのお付き秘書艦になった。どうしてそこに?』
多分、下で戦闘が始まったからパニックになって逃げ込んだんでしょうね。と榛名はアタリを付けていた。事実、スルナがどもりどもりながらも話した答えともほぼ一致していた。
『そうですか……スルナちゃん、よく頑張りましたね。でもどうしましょうか。先のバスはもう移動してしまってますから合流できませんし、そもそも、先程の連絡が本当なら名護山間要塞どころか名護市方面に今から向かうのは危険すぎますし。あ、でもその前に他の方へ発光信号を送ら』
焦げ臭いニオイと薄い煙を立ち上らせて、榛名との通信が不吉な途切れ方をした。
二度目のEMPバラージ。
榛名の声とエンジンの振動音が消えた零水観の中に、内臓が浮かび上がるような不吉な浮遊感と風切り音と、スルナの絶叫だけが満たされる。
スルナの乗っている零水観の電子回路が焼死する直前、機体内部にコピーされていたパイロット妖精さんは、自身の記憶と人格データと戦闘経験値をブラックボックスへと送信保存した後にそれの物理封印と、舵を切って母艦である戦艦『榛名』のある方角へと機首を向ける事と、スルナの乗っている後部座席の射出レバーの強制点火を、全部同時にやった。言うまでも無い事だが、舵を切った理由は少しでも生身の搭乗者であるスルナが無事に保護される確率を少しでも上げるためである。実際の効果の程はさておき。
強化樹脂製の風防ガラス(樹脂製なのに何故ガラスという名称なのだ)の固定箇所を爆破処理。風圧でそれが後部に吹き飛ばされるのと同時にスルナの乗る座席が火薬の力で真上に撃ち出され、数秒後にパラシュートが展開し、彼女は空の旅を楽しむ事になった。
疾風怒濤の如く押し寄せるパニック&恐怖体験に、スルナはもう、悲鳴を上げるどころか目を開けてもいられなかった。
「…………………………、ひっ!」
恐怖に負けて目を開いた先にあった真下には、もう地面はどこにもなく、随分と離れた距離に青い海だけが一面に広がっていた。勇気を出して頑張って後ろを振り返ってみれば、沖縄本島はそこそこ遠くにあり、青くかすんで見える程度には距離があった。
上空特有の強風に流され、ゆっくりと落下を続けるパラシュート座席の向かうその先。
そこには、城があった。
歌にある通りの、海に浮かんだ鉄の城だった。
(船? クラスの男の子が読んでた漫画に出てきてた『センカン』って言うのにそっくり……でも何でだろう? お船なのに、榛名さんに思えちゃうのは)
スルナのその直感は正しい。
全長222.05メートル、全幅31.02メートル。総排水量32156トン。金剛型戦艦の3番艦『榛名』の鋼鉄の威容。
それこそが、今までスルナが無線越しに話していた榛名の本当の姿だからだ。
(あ。小っちゃい船出てきた)
その榛名の側舷から降ろされた救命用兼連絡用のモーター駆動の短艇が一隻、榛名の遠隔操作を受けてパラシュートの落下予想地点に向けて進み始めたのがスルナからも見えた。
那覇鎮守府を脱出してからおよそ30分。
それがプロトタイプ伊19号と子供達の総移動距離だった。
「那覇鎮からまだたったの10キロ弱……車なら名護までなんてすぐなのに」
両腕ユニットの代わりにワイヤーウィンチを溶接してバスを牽引していた鍋島Ⅴ型を操縦していたプロト19がコクピットの中で小さく愚痴る。
元々壊れかけで、共食い整備で何とか動けるまでにでっち上げただけのこの機体だったが、ここに来てとうとう限界を迎えた。二度に渡るEMPバラージの直撃を受けてなおここまで来れただけでも大したものなのかもしれない。
基盤だか制御母線だかが完全に焼けたのか、レバーやペダルをどれだけガチャガチャやっても反応しないくせに、ジェネレータからうねるような不気味な重低音だけが微かに響くコクピットを解放し、外の光で整備マニュアルを斜め読みして、何とか機体を再起動できないかとプロト19が悪戦苦闘していた。
「えぇと……秋雲お手製のエマージェンシーQ&Aマニュアルによると、ジェネレータから今みたいなうねり音がしている時は、ジェネレータの圧を確認するために、簡易チェッカーに目を通す。ジェネレータから直接伸びている簡易チェッカー内の、比重が違う二色のオイルの状態と、その間に浮かんでるプラスチック製の白い玉を見る、なのね」
視線を機内壁面の一部分に向ける。
そこに張り付けられた細長いガラス管の中では、比重の違う二色のオイルがボコボコグラグラと沸騰し、その間に浮かんでるプラスチック製の白玉も激しく揺れ動いていた。
次のページをめくる。
「えぇと……オイルが沸騰している時は、ジェネレータの出力域が限界一杯を越えて自爆寸前になってるか、ら……!? みんなバスの影に伏せてなのねー!!」
叫びながらプロト19は、緊急減圧栓としての役割も兼ねている簡易チェッカーを片手でひっこ抜くと、すぐさま機外へ飛び出した。バスの中で見守っていた子供らも、何か察したのかすぐに頭を下げて座席の陰に隠れた。
「ッ! ……」
数秒経っても変化なし。そこから更に15秒が経過したところで爆発の危険性はないと判断したプロト19はようやく頭を上げ、小さくため息をついた。
「ふぅ、危なかったのね。でも、これからどうしようなのね……」
プロト19は辺りを見回す。
深海棲艦から捕捉されるのを可能な限り避けるためと、乗り捨てられた車や敵砲撃による道路寸断などは海に近づけば近づくほど多くなって移動が困難になるだろうという考えから、内陸側を進もうとしたのが裏目に出たらしかった。
その乗り捨てられた車で、一部の道路が塞がっていた。鍋島Ⅴ型単騎なら何ら問題ないが、大型バスを牽引している今の状況では完全に通行止めだ。
「まだ全然……」
ゆいレール首里駅周辺。汀良(てら)交差点。
それが現在位置だ。
「とりあえず、秋雲が持たせてくれた基盤と交換して、何とか修理して、それから――――」
――――それから、どうする?
顔にも言葉にも出さずに思慮していたプロト19の頭上高くを、二機編成のプロペラ戦闘機が通り過ぎていく。
そして、プロト19を中心に大きく弧を描いて旋回を開始。プロト19に発光信号を送る。内容はこうだった。
『こちら名護山間要塞防衛隊。現在、戦艦レ級、戦艦タ級複数を有する有力な敵群と交戦中。事前に説明のあった児童の保護・受け入れは極めて難しい。また、名護市街に新種の深海棲艦が多数上陸中。山間要塞司令部は、これを暫定的に歩兵レ級と呼称。現在名護市街にて帝国陸軍および合衆国軍嘉手納残留組が遅滞戦闘中』
「歩兵レ級……? 名前からして相当小型なの?」
『また、那覇空港は現在に至るも敵の襲撃は無く、健在。よって、最終脱出組の児童らの受け入れ先を那覇空港に変更されたし。脱出手段として戦艦娘『榛名改二』が当該海域に急行中』
「那覇空港て……正反対の方角なのね」
プロト19は即座に作戦展開図を脳裏に思い浮かべる。
ここから最寄りの、脱出支援組がいるのは確か――――
「……こうなったらプランBなのね。名護山間要塞行きは諦めて、脱出支援組のいる与那原の中城湾に変更なのね。那覇空港なんて、遠すぎてやってられないのね」
直後、遠くから大きな爆発音が聞こえ、焼け焦げた看板や細長い金属塊が複数飛んできて、与那原市方面に通じる側の道路を遮るように突き刺さった。
焼け焦げた看板には『大鯨ホエールズvs南海ベオルスカ、本日18:00より那覇球場にてプレイボール! ちばりよー、わったーぬマブイ!』と書かれており、細長い金属塊らは道路標識や立て看板の類だったようで、熱と衝撃で黒く歪んで破壊されかかってはいたものの『一方通行出口に付き立ち入り禁止』『通行止め』『挫折禁止』などと書かれていたのが読めた。
それを見て、若干引きつった表情でプロト19が呟く。
「……プランCなのね。やっぱり、那覇空港まで何とかして戻るのね」
那覇空港のすぐ近くにある大型百貨店の地下駐車場。老朽化により浸水の止まらないそこでは、幼稚園送迎用のバスが一台、立ち往生していた。
「……どうするんですか、園長先生」
「……言わんでください、伊賀栗先生」
外で何があったのかは知らないが、一際大きな音がしたと思ったら唯一の出口が崩れて地下駐車場に閉じ込められてしまったからだ。店内を経由して徒歩で脱出しようとしたが、無駄だった。
地下食品売り場を横断し、運転の止まったエスカレータで一階雑貨売り場へ昇ったすぐ先にある正面出入り口も、反対側の非常口もまた、運悪く崩落していた。地震によるそれかとも思ったが、それらしい長期的な揺れはなかったし、崩落現場からはそこはかとなく火薬の臭いが漂っているような気がしていたのが園長先生と伊賀栗保育士の気にかかったが、2人とも何も言わないでいた。
「スマホは圏外。店内廊下の公衆電話もどういう訳か完全に死んでて音すら鳴りませんでしたね。普通、店内が停電してても独立電源で動くはずなんですけど」
「となると……救助を待つか、自力での脱出でしょうか」
「自力脱出一択でしょうな。今も避難は進んでいるはずで、時間が経てば経つほど人がいなくなりますよ。それに、駐車場の出口を塞いでるのは大きな一枚板みたいなやつが不安定な姿勢で遮ってるだけですから、テコか何かで少し重心を崩してやれば後は勝手に――――」
轟音。
件の地上に通じる駐車場出口から。
「「。」」
園長先生と伊賀栗保育士が顔を見合わせる。同時に、園児の1人が2人の下に走ってきた。
「くみちょ……えんちょーせんせー! 出口くずれたー!!」
それを聞いて、2人とも目を覆って天を仰いだ。
「……長丁場になりそうですね。五階のアウトドア用品店に置いてあるスコップとかバール、足りますかね」
「……食べ物はバックヤードの冷蔵庫や大袋入りのお菓子があるからしばらく大丈夫そうですし、何とかなるんじゃないですかね」
兎に角、皆無事にここを出たら、当初の予定通りに那覇空港へ。もしも誰もいなくとも、通信設備があるからSOSを打てるはず。
その考えと、園児たちを無事に親元へと返すのだという使命感を胸に、園長先生と伊賀栗保育士は軍手をはめてスコップを握りしめ、崩れた瓦礫の撤去を始めた。
(今度こそ終れ)