テレビの早碁大会の世界チャンピオンである進藤ヒカル23歳。
あとの日本国内戦は、早碁戦では何度も優勝経験をへての早碁の世界チャンピオンだ。
日本国内の七大タイトルは本因坊戦だけ2期連続保持中で、早碁と二日制の囲碁では打ち方はかなり違うのだが、絶えず棋聖・名人戦のリーグ線にはにはいるか挑戦者になりつつある。
他の国内の5時間制のタイトル棋戦ではタイトルホルダーへの挑戦権を獲得できるリーグ戦には出たり入ったりを繰り返すが、
4年前に1年半ほどは不調であったが、復活をしてきての戦績だ。
国内は、塔矢アキラが棋聖戦、碁聖戦のタイトルを保持していて、他のタイトル戦も挑戦者になったり、リーグ戦に残っているが、畑中、倉田厚、門脇龍彦、伊角慎一郎、和谷義高、社清春、越智康介の各プロ棋士による群雄割拠の時代といわれている。
一方、国外をみていると中国、韓国はあいかわらず強いが、強さにおいては塔矢アキラも互角にわたっている。
しかし、進藤ヒカルも実績においては国内の5時間制の囲碁よりも国外の3時間制の囲碁において、特に早碁戦において世界から注目を集めている。
『神の一手』に一番近いと言われていた塔矢行洋にしても、深い読みを中心とする棋風のためか年齢にはかてず、実戦の場から遠ざかり世界から集めた弟子や、よくくる棋士たちと打っている。
そんなさなかにネット碁の世界ではsaiという謎につつまれた強い碁打ちがここ1カ月前から現れていた。
11年前にネット碁で打ち続けていたsaiと似て異なるのは、5目半から6目半へいきなり対応してでてきていることだ。
特に当時saiのネット碁を見ていた和谷は棋譜を見るたびに僅かな違いに昔のsaiであろうか、そうでなかろうかと考えてしまう。
塔矢アキラにしても、saiは進藤ヒカルと関係していたと思っていた中で、一旦は切り離したつもりでいたが、このネット碁のsaiの棋譜を見て、なぜ、今になってヒカルが打っているさなかにも、ネットの中で打っているという疑念がわきあがるのを抑えられない。しかし、ヒカルから話してくれるまで聞かないと自分に誓った頑固さゆえにヒカルへ聞けずにいる。
そんな最中、十段戦のトーナメント戦の一戦が終わったところで、ヒカルからアキラに対してこっそりと声をかけてきた。
「よう。今度saiと売ってみないか?」
「なにっ?」
「打つ気がないなら、別にいいけど」
にやりと笑いながらいうヒカルにたまにみるいたずらっ子みたいな感じを受けたアキラだが、
「saiって、昔のあのsaiか?」
「そうだよ。それ以上のことを知りたかったら、一度ネット碁で打ってみるんだ。ただ、まだ本調子じゃないから、早碁にしておいてやってくれな」
「本調子じゃない?」
「それも打ってみればわかるさ」
軽い調子で言ってくるヒカルだが、アキラの勝負師としての感は、本当のことを告げられていると感じ取っている。
「わかった。日時とかはどうしたらいい?」
「土日の昼間なら、だいたい大丈夫じゃないかな。ただ、俺もその一戦をみたいから、棋戦のないときにな」
「ああ。わかった。日程がとれる日をスケジューリングする」
「よろしくな」
アキラとヒカルの間で決まったネット碁の大局日時に、saiとアキラの戦いは始まった。
早碁ということで、持ち時間は無く、一手30秒の秒読みだが、途中1分単位での10分間までの考慮時間がある。
アキラが打っている中で、ヒカルと打っている感覚に近いものを感じるが、ヒカルの棋風とも異なる、複雑な局面を単純化するsaiの一手に、ヒカルがこだわっている本因坊秀策の一手にも感じられる手が打たれた。この一手で、互角だった形成がsaiに傾き、ヨセに入ったところで、アキラは投了した。
画面からは、saiからのメッセージが届いていた。
『saiの正体を知りたかったら今から家にこいよ。進藤ヒカルより』
自宅で打っていたアキラは、
「新藤のやつ。saiと一緒にいるのか」
そう言って家を飛び出したが、その一言は家の中にいた塔矢行洋にも届いていたが、
「そうか」
後を追おうとはしなかった。saiとの一戦で棋風を改造してまでsaiと再挑戦してみたかったが、あと5年早く表れてくれたら戦えただろうにと考えていた。
一方、ヒカルの住んでいる家に向かったアキラは、ヒカルの住んでいる家の前のインターホンのところで呼吸を整えてから、インターホンを押した。
「どちらさまですか?」
その声はヒカルではなく、ヒカルの妻であるあかりの声であった。
「塔矢アキラです」
「ヒカルから、くるかもしれないと聞いていましたわ。いま、玄関を開けますのでお入りください」
玄関にでてきたのは、あかりだがそのままヒカルの部屋へ通された。中でまっていたのは当然のことながらヒカルであるが、ニヤニヤしているばかりである。
「どういうことだか、説明してくれるんだろうな?」
「碁盤で再戦してみればわかるさ」
碁盤の前には小さな女の子がちょこんと座っている。ヒカルとあかりの娘である彩(あや)であったが、
「君は僕をからかっているのか?」
「それはさっきと同じ時間方式で対局してみればわかるぜ」
アキラがするどい眼光で見据えているのにもかかわらず、3歳児の彩をみつめるが、打ちたそうにしたままである。
「よかろう。だが、君がサインとかおくっていないか、彩ちゃんの向こう側で盤面をみないでいてくれ」
「ああ。いいぜ」
アキラと彩の対局は始まったが、アキラが真剣に打つにもかかわらず、あとほんの少しばかり上をいかれてしまった。
「才能がすごいのは認めるが、彩ちゃんがsaiだなんてないだろう?」
「いや、この娘は佐為の生まれ変わりだ。今は、体力が備わっていないからネット碁の早碁だけだが、彩がプロ棋士になったら囲碁界は騒然となるぞ」
ヒカルのあまりの親バカぶりに声もだせないアキラだった。
ちなみにヒカルの4年ほど前の不調は彩にsaiの感じを受けていたのと、saiとしての棋力においつくための努力で棋風を改造していたためであった。
おしまい。
*****
佐為がヒカルの娘になったというネタは多分、無かったと思うんですけどね。
最近の囲碁コミックである『星空のカラス』(少女コミックの花とゆめ)とクロスさせてみようかと思ったけど、まとまらなかったからやめました。
2013/12/15:初出