建築材で舗装された通路。
多様な機械施設に囲まれた一角は静まり返り、空から振る月明かりが照明の光と混じっている。
開けたその空間には二つの影がいた。
「全く、お前は自分の生徒にどういう教育をしてきたんだっ」
「あれは私のせいじゃないですよう……」
光に照らされ艶を帯びる長い赤髪を揺らしながら、自分は一切関与していないとアティは肩を落としてそう言った。
彼女の目の前にいるアズリアは不服と言わんばかりに顔を顰めている。
ラトリクス。
数多の星を湛える夜の空に負けず劣らず光を散りばめる人工灯溢れた機界集落は、樹木の栄える森林の中で異彩を放つかのように輝きを纏っている。
ぼんやりと闇を彩る輝きに、一部の者は気付いたかもしれない。常時より光が強く、あたかも砦のように周囲へ牽制の色を示していることを。
近付いてくる獣を火で追い払うかのように、ラトリクスは夜になっても眠ることなく活動を続けていた。
アティとアズリアは中央管理施設から一区画離れた補給ドッグにいた。
あの夕闇の墓標の戦闘後、無色の派閥から辛くも逃れることに成功したアズリア達帝国軍は、遅れてやって来たアティ達に引率される形でここラトリクスに搬入、戦闘で受けた傷の手当てにリペアセンターで治療を受けることとなった。
アティ達と敵同士であった帝国軍だが、抵抗するような真似はせず素直に治療を受け入れている。
度重なる疲弊と今回の一戦により精も根も尽き果ててしまった彼等に、反抗する意思など残されている筈もなかった。
むしろ搬入された後は、クノンによる手厚い看護とふかふかのベッドを始めとする不備一切ない寝床に泣いて喜ぶ者達が大多数だった。更に詳細すると前者による効果の割合の方が圧倒的に高い。
癒しの笑顔を身につけるようになった白衣の天使に、野太い男どもは槍で突かれ薙がれたことも忘れ頬を涙で濡らしたのだ。
注射での荒療治(ちりょう)によって感激の声が悲鳴に変わるもまた早かったが。
そして今現在。
負傷者の手当ても大方終了し、クノン達の手伝いをしていたアティとアズリアは休憩がてらリペアセンターから抜け出し、今後のこともろもろ含め話を交わしていた。
「教役に就いたというなら、その者は指導する立場として教え子に対する全責任を負わなければならない。そんなことも分からずに教師などやっているのか、お前は」
「うぅ、こればっかりは理不尽です……」
というよりウィル君に関わってから理不尽の嵐ですよー、とアティは泣きながら口にする。笑顔でサムズアップする生徒の顔を夜空に幻視した。
実は無色派閥以上にウィルの砲撃によって多大な被害を受けている帝国軍。部隊長であるアズリアは憮然とした表情を隠しもせず、教導責任者へ灸を据えるのを緩めようとはしない。
「大体お前は軍学校の時からだな……」と過去に遡ってまでアティの落ち度を引っぱり出している。
久方ぶりの知己の説教にアティはぐうの音も出せず頭を垂らした。
「いいか、二度とあんな真似をさせないようしっかり監督しておけ。……次があったら、我々の堪忍袋の緒が切れるぞ」
既に切れかかっているのだ、とアズリアは本気と書いて殺ると読む瞳をすっと細める。
正直それはアズリアだけじゃないかなぁ、と帝国軍兵士みなさんの憔悴具合を思い出しながらアティはぼんやり思った。もはや怨敵必殺のオーラは尽き果てたかのように感じられない。
仏(?)の顔も三度まで、というシルターンの諺はある。では分福茶釜(たぬきのおんがえし)が訪れる日も来るのだろうとか、と目の前の現実から逃れるようにアティは意識を思考の彼方へと旅立たせるのだった。
夜空の少年は依然嘘臭い笑みを絶やさない。
「……だが、助かったのも事実だ」
「……アズリア?」
ふぅ、と息をつく音ともにアズリアは空を仰ぐ。
「ああ、助けられたな……あの小憎らしい狸に、敵だったお前達に……」
「……」
「今日の今日まで侵略者だった私が言える義理ではないが…………ありがとう。私も、部下も、お前達のおかげで命を繋げられた。感謝、している」
腰を折り頭を下げたアズリアを見て、ああ変わらない、とアティは笑みを浮かべた。
誰よりも厳格で、自他に容赦せず、頑固と言っていいほど融通の利かない、けれどだからこそ、こうして躊躇いもせず他者に誠意を開くことの出来るアズリア・レヴィノスという一人の人間。
袂を分ったあの日から何ら変わっていない知己の姿に、互いを隔てていた衝立が取り払われたような、そんな思いを味わった。
「私も、またこうしてアズリアと話が出来る日を迎えられて、感謝してます」
「……お前という奴は」
顔を上げ苦笑するアズリアは、けれど満更でもなさそうだった。
すれ違っていた想いは、時を一つ置いて再び手を取り合い、肩を並べた。
「召喚呪詛……」
「ああ、病魔の呪いだ。あの娘は……イスラは、生まれた時から癒えることのない苦痛に犯され続けていた……」
光を浴びながらアズリアは静かに語る。正面に向けられた遠い目は寂寥と悲愴に明け暮れていた。
明らかになったイスラの本性。黒幕、無色の派閥との繋がり。
今日をもって公になった事態に、アズリアはイスラの過去を交えて彼女達の背後関係────己の憶測をアティへと話す。
アズリアとイスラの父親は、帝国軍陸戦隊切っての選抜部隊その長だった。
任務上、無色の派閥と激しく敵対していたアズリアの父親は尽く彼等の活動を取り締まり抑えつけ、故に派閥の憎しみは、明確な的に置き換えられた彼へと集束することとなる。
そしてその憎悪の矛先は本人ではなく自らの子に、つまりイスラに向かうこととなった。
召喚師の命を触媒として厄災をもたらす呪い────召喚呪詛。それをイスラは生まれた瞬間から身に刻みつけられたのだ。
己の意思や行動とは何ら因果関係無しに、理不尽極まる巻き添えという形で。
イスラは死という概念を奪われた。
代わりに与えられたのは、本人以外は想像することすら許されない圧倒的責苦。
およそ致死に匹敵する苦痛を呑まされながら、けれど死に到達することが出来ない。必ず絶命寸前に息を吹き返してしまう。
死を超越しながら体は蝕まれ続けるという矛盾。
生まれ落ちて徳も罪もない真っ白だった一人の少女は、呪いという名の病魔により地獄の底へと埋没させられた。
「私は見たんだ、年端もいかないあの娘が痛みに狂って自害しようとしたその瞬間を。……だが、それでも駄目だった。私の胸の中で大量の血に濡れながら、顔を蒼白にして、それでも生き繋いでしまった……」
「そんな……」
眦に涙を溜めるアズリアの顔は表情に乏しかった。
紡がれるその事実と、淡々と語るアズリアの姿に、アティは胸に穴を穿たれたようなやりきれない痛みを覚える。
「呪いが解けない限りイスラは永遠に苦しみ続ける……解っていた筈なのにな。回復の兆しが顕著になり、私はその事実のみを受け入れて……。そんな自然に治癒することなど、あり得る訳がないというのに」
アズリアの頬が自嘲に歪められる。
「古の召喚呪詛から逃れるためには、同じく古くからの知識を持ち合わせている者達に頼る他ない。だから、イスラは奴等と接触した。病魔の呪いから解放されたいがために」
後は大方予想がつくだろう、と己の考えをあらかた喋ったアズリアはそう締めくくった。
派閥に助けを乞うたイスラに見返りとして求められたのは帝国のスパイ。諜報部に所属した彼女は軍の情報を無色の派閥へ流すことで自身の地位を確固のものとし、そしてのし上がった。
帝国軍の護送する「剣」の横奪任務や、この忘れられた島へオルドレイク達を導く任務の中核をなすほどに。
「お前も知っての通り、レヴィノス家は傭兵としての活躍をあげ帝国の名誉国民となった一族だ。今でこそ名門などと謳われているが、当時はなり上がった下賤の身だと蔑まれていてな。周囲を黙らすには、それこそ形振り構わず上級軍人を輩出し続け結果を示すしかなかった。名家となった今もその習わしを引き継いでいる」
周囲から耳に挟んでいた程度のレヴィノス家に関する知識。
イスラに関することなのか、軍学校時代も家の事情を語ろうとしなかったアズリアはぽつぽつと話し始める。
「男子に恵まれなかった私達の代はそれは失望された。とりわけ、女である私の後から生まれてきたイスラは期待されていただけに落胆も大きかった。その反動もあって、男でもなく、また呪いによって病弱なあの娘は家中から忌避されたよ。表面では誰も口にしなかったが、一族の恥とするそんな空気さえあった」
「……」
「生まれてしばらくして、イスラは療養という名目で実家から遠く離れた別邸に移された。あの娘のもとへ度々出向く私のことも父は気に食わなかったのだろう……私の軍人として成功する道に百害あって一利なしと、そう判断してイスラを私から遠ざけたのかもしれない」
アティはアズリアの胸の内を思いはかる。
家の風習と姉としての感情に挟まれた当時の彼女は、一体どれほどのジレンマを抱えていたのか。
家の名誉を守ろうと幼少の頃より心身を酷使し、一方で自分と離れ離れになった妹の境遇の違いに心を痛める。
彼女自身も決して家中から歓迎されていないにも関わらずそれら苦難を振り切り、問題児の集まりとはいえこうして海軍の部隊長に就いたのは、ひとえにアズリア・レヴィノスという人間の芯の強さの賜物なのだろう。
アズリアの携える頑なの出世意欲と、妹(イスラ)に対する後ろめたさ、それを垣間見た気がした。
「私はまだ良かった。いや、恵まれ過ぎていた。今日あの娘に言われた通りだ。私は自分のことだけで何もしてやれず、逆にあいつをレヴィノスという枠の外に追いやっていた」
「アズリア……」
「……いつの頃からだったかな。顔を合わすごとに快癒へと向かい、日に日に元気な姿になっていくあの娘を見て、私はただ喜んだよ。奇跡が起こったのだと、あの娘は救われたのだと……」
それから月日は経ち、アズリアが軍学校を卒業する頃、イスラは彼女と入れ違うように軍属になるべく帝都へ向かった。
軍務省の選抜試験を一年足らずで通過してみせた彼女を、家の者達はそれまでの態度を翻してそれは称賛したと言う。
恐らくその時すでに、イスラと無色の派閥は深い所まで結ばれていたのだ。
「私は都合のいい解釈に逃げてしまった。私は、イスラの何も見ていなかった……」
俯くアズリアにかける言葉が見つからない。
だが、それは違うと。アズリア一人が背負う責任では決してないと。
自己嫌悪に苛まれている目の前の親友に、アティはそう伝えようとした。
「何だ、よく自覚してるじゃん」
「「!?」」
だが、そこで突然の声が降る。
アティとアズリアが顔を振った先、建物の作る影の中。
アズリアと同じ黒髪の少女が、一人ゆっくりと歩み出てきた。
然もないと サブシナリオ10 「ウィックス補完計画その10 ~終わりなき誓いは夢を見る~」
「嫌味の一つや二つ言ってあげようかと思ったけど、必要ないみたいだね」
「イスラ……!?」
アズリアとアティは驚きを隠せない。
数時間前には激戦を繰り広げたばかり、まさかこうまで早く来訪するとは予想することも出来なかった。
しかも、イスラ単独である。
人が潜める物陰にはおろか、周囲一帯に彼女以外の気配は感じられない。
相手陣地に物怖じ一つせず現れた少女に、警戒よりも一体何しに来たのかという困惑が先立つ。
「どうやって、此処まで……」
こと限って、多くの帝国軍負傷者を抱えるこのラトリクスは至る所に設置された警備装置がフル稼働し、厳重な警戒態勢が敷かれている。
監視カメラの網を潜ってここまで素通りするのはほぼ不可能の筈だ。
「やだなぁ、私が何のためにアティ達の懐に居座ってたと思ってるの?」
「!」
察する。まず、前提は違えていた。
二重スパイ。帝国軍諜報部というのはあくまで表向き、本命は派閥の工作員。
イスラは帝国軍としてアティ達の周囲を内部調査するだけでなく、無色の派閥の上陸のためにあらかじめ島の地理や集落の情報を入念にかき集めていたに違いない。
「機界集落(ここ)では衣食住でお世話になってたしね。近場の抜け道だったら大体押さえてある」
機械(め)の一つや二つ潰せば侵入もちょろいものだと、イスラは軽く語ってみせる。
細い人差し指を振って8の字を描きながら、得意げそうに胸を反らした。
「お人好しさん達のことだからどこかでお姉ちゃんを匿ってると思ったけど……一発で当たりか。本当に分かりやすいね、君達は」
「……」
細く口を吊り上げるイスラはアティに視線を飛ばし、鼻で笑う。
安い挑発。アティはイスラのペースに唆されないよう正面から彼女の瞳を見つめ返した。
その態度に興醒めしたのか、面白くなさそうに半目をしたイスラは気まぐれの子猫のようにつんっと顔を背け、そしてアズリアの方に正対した。
「じゃ、さくさく用件を済ませよっか。……殺しにきたよ、お姉ちゃん」
「……!」
「結構減点がかさんじゃってさ。色々勘繰られる前に、お姉ちゃんの首をお土産にして、派閥へ忠誠の一つくらい誓っとかないとね」
差し出してくれるでしょ? とイスラは無言の圧力を発しながら微笑みかける。
切れ目の姉とは違う大きく円らな瞳が、針のような光を帯びた。
「ッ!」
「ちょっと、割って入らないでよアティ。さっきの話聞いてたんでしょ? これは私とお姉ちゃんの問題なんだから」
アズリアを庇うように前へ出るアティに、邪魔、と言外にイスラは告げる。
目の前の少女に臆することなく舗装道路へ足を根付かせるアティだったが、その肩にすっと手を置かれ、やわい力で後ろに引かれた。
「……アティ、下がってくれ」
「アズリア!?」
アティと入れ替わり前に歩み出るアズリアは沈んだ目で妹を見る。
イスラは無表情に近い面持ちで彼女を見返していた。
「……一つ、聞かせてくれ、イスラ」
「なに?」
「私は確かにお前へ何もしてやれなかった。お前が恨むのも無理はない。ただ……この島へ来てお前と通じ合えていたと感じたのは、私の勘違いなのか……?」
この島であったイスラとの交流をアズリアは思い返す。
砂浜での戯れを含めた幾つもの出来事。世界の至る所でありふれているだろうごく普通の姉妹による一幕が、目を閉じればありありと再現できる。
ぎこちなく接する自分に、悪戯めいた笑みで常にからかってくるイスラ。
未練だということはアズリアも理解している。ただ、過去を埋め合わすように交わしたあの時間も偽りに過ぎなかったのかと、彼女は何かに懇願するように真偽を問うた。
「……」
些少の空白。
後ろ髪に手を伸ばしくるくると弄るイスラは、やがて言う。
「……私も楽しかったよ、お姉ちゃん。ユメみたいだった」
「……イスラっ?」
思いがけない返答──半ば予想していたものと違う妹の姿に、アズリアの目が見開かれる。
穏やかな装いで薄く顔を綻ばせるイスラの顔は、春風のように清くほがらかだった。
夜風になびく清涼な静寂がこの場に訪れる。
堪え切れないというようにアズリアの足が身を乗り出した。
「ホント楽しかったよ、家族ごっこ」
間を置かず、それまでの空気が容易く霧散した。
「────」
「昔に置いてきた家族ごっこ、私も楽しめたよ? ベッドに寝っぱなしだった私には、お姉ちゃん、あんな風に笑いかけられなかったもんね? いつも私の顔色窺って、びくびくして、ずっと後ろめたそうだったもんね? あんな仲好し子好しに振る舞える筈なかったもんね?」
「…………ぅ、ぁ」
「餌を与えられた犬みたいに笑ってるお姉ちゃん見て、私、可笑しくて可笑しくてたまらなかったよ。“ああ、この人は今本当に心から安心してるんだな”、って……。もう責められる心配はないって、疑ってないんだなって」
穏やかさを装う笑顔は崩れていない。それどころか目を弓なりにして笑みは深まっている。
ただ言葉に含まれる無邪気な害意が、アズリアの呼吸ごと周囲の空気を捻じ曲げていた。
彼女の心を抉るかのようにイスラは言葉の刃を止めない。
「お姉ちゃんもこんな顔出来るのかって新鮮だったよ、吐き気がするくらい滑稽だったけど。……ユメはユメでも悪夢だったかな? いつ派閥の命令を無視して襲っちゃうか気が気じゃなかったもん。ふふっ、あはははっ……」
アズリアの顔に色らしき色は残されてはいない。微細に震える肩が彼女の心情を表していた。
顔の半分を片手で覆い上体を丸めながら笑うイスラは、ややあって、それまでの鳴りを潜めて姿勢を正す。
指の隙間から覗く毒刃のような瞳がアズリアの顔面を突き刺しにいった。
「お姉ちゃんは私よりレヴィノスの家のことを取ったんだもんね? ただの我儘だけど、私は寂しかったなぁ」
「…………わたし、は、」
「別に構わないんだよ? 死にかけの妹より家の名誉をとったお姉ちゃんの選択は至極正解だと私も思うし……」
間。
「……たださ、少しでも負い目を感じてるっていうなら、見捨てられた妹のお願いの一つでも聞いてくれてもいいんじゃないかって、私はそうも思うんだ」
情に訴えかけるかのように、傷口につけ込むように少女は言葉を這い寄らせる。
口元を劣悪な笑みに変え、イスラはぎゅうと瞳を急激に細めた。
「だからさ、お姉ちゃんの命、ちょうだい?」
イスラの空いている片手が機敏と蠢いた。
背に手をやったかと思うと次には刃物が握られており、間髪入れず瞬目の勢いでアズリア向けて投擲。
飛燕のような一閃が彼女の首元に迫る。
「アズリアッ!」
「!!」
素直に頂けば致命傷を与えただろう短剣を防いだのは、横合いから振り下ろされた杖だった。
アティは檄を飛ばすように声を張り上げる。立ち竦むだけに留まっていたアズリアも、はっと意識を改める。
「イスラさんっ、アズリアは貴方のお姉さんでしょう!? どうしてこんなっ……!」
「あははっ、勘違いしないでよ、アティ。私はお姉ちゃんが質問があるって言うから律儀に答えただけ。ちょっと本音(て)が出ちゃっけど、他意はないよ?」
「っ……」
それにどうせ君が防いじゃうんだし、とイスラは悪びれた様子もなく続ける。
アティはその態度を咎めるように睨みつけた後、厳しい顔付きのまま諭すように言葉を並べた。
「イスラさん、貴方も解っているんじゃないんですか? アズリアの気持ちを、ずっと苦しんできたお姉さんの気持ちを……」
「知ってるよ、それくらい。家族の義理か義務かは知らないけどさ、私のこと心配してくれてたんでしょ? ……で、それがどうしたの?」
「なっ……」
「うん、そうだね。お姉ちゃんは私のことを心配してくれていたかもしれない。それで? お姉ちゃんは何をしたの? 私が苦しんで喘でいる時に、何かしてくれたの?」
「……っ!」
「ふふっ、何もしてないよね? お姉ちゃんも自分で言ってたじゃない。……身にならない想いなんて、存在しないのと一緒だよ?」
愕然とした呟きを漏らすアティの後ろでアズリアが息を呑む。
イスラは首を軽く傾けながら人を小馬鹿にするような笑みを継いだ。
「結果の前じゃあ、大事に抱えてた本音なんてもの何の価値にもなりはしないよ。最終的に生まれた利益だけが全てだもん。私を助けてくれた派閥と、私を助けられなかったお姉ちゃん……ほら、どっちが有益かなんて一目瞭然じゃない?」
「貴方に呪詛をかけたのは、その派閥なんですよ!?」
「それがどうしたっていうのさ? 確かに私は顔も知りもしない連中にこんな体にされた。でも、何も出来なかったお姉ちゃんより、こうして生きる自由をくれたオルドレイク様の方が私にとってよっぽど有難みを感じられるよ。じゃなかったら、私は一生ベッドの中だったんだし」
優先されるのは結果だと、少女は頑なに主張する。
どうしてもその考えを首肯出来ないアティは唇を動かしかけたが、イスラがそこで表情を消した。
「平行線だよ、アティ。あの地獄を知らない君に私の気持ちなんて解る訳ないし、理解してもらおうとも思わない。知ってもらったとしても、どうせ綺麗事を並べる君に私の腹が立つだけだ」
「っ……!」
「私にとっての現実がこれだけだった。それで十分でしょ?」
そう言い切ったイスラは自然な動作で腰に差していた剣を抜く。
『!』
「時間もないし、さっさとやろう。おたくの生徒さんのせいで無色(あっち)は今偉いことになってるからね。此処に来たのも私の独断だし、ばれる前に蹴りをつけたいんだ」
空から降る月の光を剣身が鋭く反射する。
イスラは構えた剣とは別側の手に、紅のサモナイト石を握り締めた。
「ほら、早く構えなよ? じゃないと死ぬよ? アティも、お姉ちゃんも、私が殺しちゃうよ?」
「イスラ……っ」
瞳から感情を取り除き臨戦態勢に入るイスラの姿に、アズリアの眉根が苦渋に歪む。
決別の言葉を告げられてもなお、その顔には、肉親と剣を交えることを拒もうとする思いがありありと浮かんでいた。
「……踏ん切りつかないっていうんなら、その気にさせてあげるよ────『ココノエ』!」
イスラが声を張り上げ、サモナイト石から眩い光が生じ出したと思えば、ボンッという音ともに「狐火の巫女」がリィンバウムに召喚される。
表情の窺い切れない仮面の少女は、指の間に挟んだ一枚の術符を眼前に構え、そして地に叩きつけた。
爆発。
軽い粉塵が巻き起こり、煙が立ち込め。
やがて、そこからゆっくり出てきたのは、外見を等しくさせた二人のイスラだった。
◇
「!?」
「化けた?!」
アズリアとともにアティは驚愕を露にする。
アティ達の視界前方を覆った煙の中から二つの影が輪郭とともにはっきりと浮かび上がってくる。
同じ顔に同じ背格好。身体的な特徴から歩幅まで同質な、二人のイスラが歩み出てきた。
瓜二つの双子、などという表現では生温い。今こうしてアティ達へ向かってくる側から全ての動作──歩行、歩幅、姿勢が共通している。
まるで鏡像。唯一剣を持つ手は左右反対にする二人のイスラは、唖然とするアティ達目がけ同じタイミングで一挙に駆け出した。
「アズリアっ!?」
「くっ!」
二手に別れ各個で当たってくるイスラ達に、アズリアも仕方無しに抜剣。
刹那を待たず、すぐに金属のかち合う音が二重に響き渡った。
(どちらが本物……!?)
正面のイスラに意識を置きながらもアティは考える。
間違いなく片方の「イスラ」は狐火の巫女が化けた偽のイスラだ。かといって、アティにはその幻術を見破ることは出来ない。
余りにも巧妙な変化の術であり、また一人と一匹は見事にお互いの息を合わせている。
一朝一夕で至れる代物ではないのは明白。恐らく、ココノエと呼ばれるこの狐火の巫女とイスラの間には、護衛獣の関係に負けず劣らずの深い馴染みがあるのだろう。誓約を交わしたその瞬間から彼女達は多くの時間をともにしてきたに違いない。
不味いとアティは言葉にせず呟く。アズリアに今本物のイスラを当てるのは下策だ。
殺害を明言しているイスラの手にかかれば、傍から見ても迷いのあるアズリアは大した時間を要さず討たれてしまうことになるだろう。
ココノエの剣技がどれほどのものか予想はつかないが、手練であるイスラの実力に伯仲するとは考え難い。アティ自身が本物を受け持てば取りあえずアズリアの無事は保障できる筈。
現在の対戦関係を破棄するか否か。
一瞬で思考を走らせたアティは判断の岐路に立たされる。
「っ!?」
「!」
一先ず鍔迫り合いを解くため剣を弾くが、そこで相手のイスラの上体が大きく崩れる。
瞳を剥く少女はその失態を隠すようにすぐさま斬りかかってくるが、その剣筋は余りにもお粗末、出鱈目だ。
アティは切り返しの要領で強烈な横切りを見舞った。振るった剣の横っ面を杖で叩かれ、相対しているイスラの体が拒否権無しに間合いから吹き飛ばされる。
(こっちが偽物ッ!)
稚拙な剣技にアティがそのように断ずると、すぐ隣でアズリアともう一人のイスラが連続して火花を散らす。
判断は即時の反応に変換され、アティのつま先は剣撃を交わす姉妹のもとへ向いた。
「油断しちゃったよ」
「────」
愉悦を含んだ声がアティの耳朶を舐めた。
後方より忍び寄った声音は聞き慣れた少女のそれ。
戦慄に凍り付いたアティの瞳が背を顧みれば、捉えたのは剣の穂先を今まさに打ち出そうとする本物の姿。
────“化かされた”。
アティが状況を把握した瞬間、狐(イスラ)の顔が狡猾な笑みに歪んだ。
「あはははっ!」
「──────ッ!?」
高速の突きがアティの背中へ驀進する。
無防備な後ろ姿を守ろうと振り向きざま斜に構えられた杖は、ぎりぎりの所で剣突の進路を阻んで上にずらすことに成功した。
肩を抉る軌道で首の真横を通過する一閃。絶体絶命の危機を脱するアティだったが、イスラはそこで止まらない。
背筋を駆け巡った冷気にアティがわななくのも許さず、ブーツに包まれた膝へ痛烈な蹴りを打ち込んだ。
「づっ!?」
「はいはいっと!」
バランスの起点を崩されるアティへすかさず放たれるハイキック。
米神一帯に衝撃。意識に一瞬の空白が刻まれる。
視界の左半分が真っ黒に覆い尽されたかと思うと、アティの体は右手後方へ思い切り薙ぎ飛ばされていた。
「ココノエ」
「!」
アズリアと剣を打ち合っていた「イスラ」──狐火の巫女が大きく後ろに飛び退き、連動して己の持つ剣をアティのもとへ放った。
空間を走る剣は道中で火の粉を纏い、瞬く間にその姿形を四散させ一枚の呪符へと変貌。
瞳の焦点を霞ませるアティの懐へ到達した瞬間、爆発した。
「アティッ!?」
オレンジ色の花弁が狂躁する。
炎の渦がアティを丸ごと呑み込んだ。
繰り出された「炎陣符」。獰猛な燃焼が大気を貪欲に食らい、あっという間に火の海を作り上げた。
「一人めー」
火が付いたように一斉に喚き出すラトリクスの警報装置。
紅の警報灯を全身に浴びながらイスラは笑みを作ってアズリアへと闊歩する。
「あははっ、お姉ちゃんのお友達も灰になっちゃったね」
「っ!」
「さ、覚悟はいいかな?」
アズリアは歯を噛み締める。
妹の私怨に巻き込まれたアティへの罪悪感、中途半端の姿勢で醜態を晒す己の不甲斐無さ。熾烈な罵倒と後悔に体を焦がしつつ、アズリアはアティの救出を第一に身を翻す。
アティの治癒を最優先。イスラを越えて彼女のもとへ行かなければならない。
イスラ達と自身の位置関係から召喚術を選択、実用性が高く軍でも好まれて使われる「シャインセイバー」を素早く発動させた。
「無駄だって」
それに対してイスラは不敵に笑ってみせる。
アズリアと時を同じくして術の執行態勢に入っていた彼女は、サモナイト石を胸の高さで構える。
すると「イスラ」に化けていたココノエが術を解いて紅色の霊体となり、石の光に呼応するようイスラへ吸い込まれていった。
「!?」
イスラへと達するシャインセイバーだったが、彼女の体を守るように展開された呪符の壁と炎の帯が剣戟を阻む。
上級召喚術にカテゴリされる「憑依護法陣」がシャインセイバーを完璧に相殺した。
「ぼうっとしている暇はないよ!」
「っ!?」
俊敏な身のこなしでイスラは斬りかかってくる。
驚愕抜けきらないアズリアだったが咄嗟に反応しその一撃を防御。
弾かれたイスラの剣は、速度を緩めないまま再びアズリアを襲撃した。
「うぐ……!!」
「どうしたの、お姉ちゃん! 真面目にやってよ!」
笑うイスラの剣閃が一度二度と防御を抜いてアズリアの体を掠めていく。
アズリアの劣勢は明らかだった。畳みかけるように剣を振るうイスラに彼女はじりじりと後退を強いられる。
縦横無尽に放たれる攻撃がある時は頬を削り、ある時は軍服の上から四肢を傷付け、血の斑点を点々と空中へ飛ばしていく。
「シッ!」
「ぐあっ!?」
斬り上げから返された剣の柄頭がアズリアの手首を殴りつけた。
骨の髄まで染み込む痛打に得物を取り落とし、そして痛みに悶える暇もなく脇腹へ膝を叩き込まれる。
治療のために軽装を身につけていなかったことが仇となった。力の細いイスラのその一撃も確かな損害となってアズリアの体を貫く。
かはっ、と酸素を体外に引きずり出されアズリアは横転、炎に照らされるアスファルトの上でうつ伏せる。
「ぁ、ごほっ、ごほっ!? うぁっ……!!」
「……情けないなぁ。なに、その体たらく?」
起き上れないアズリアを見下しながらイスラは歩み寄った。
吐きつけた言葉に乗せた失望の色を顔にも浮かべ、苦悶するアズリアを更に蹴りつける。
靴の裏が胸を捉え押し飛ばした。どかっ、と響く鈍音。
「ぐぅっ……!?」
「本当に私の知ってるお姉ちゃんなの? 無様にもほどがあるんだけど」
仰向けに転がったアズリアは、切歯しつつ薄らと目を開ける。
赤く燃え上がる夜空を背にするイスラは軽蔑ともとれる眼差しをしていた。
今まで一度も目にすることのなかった妹の自分を見る視線に、胸が霜焼けたように痛み出す。
こんな時においても自分は感傷を抱かずにはいられないのかと、半分無意識の内にアズリアは考えた。
「拍子抜けもいい所だよ。それとも私を馬鹿にしてる訳?」
「……っ」
「もっと私を楽しませてよ。虫みたいにベッドへ埋まってた時からずっと考えてたんだから。私から何もかも奪っていったお姉ちゃんを叩きのめす所を。……安い同情を向けるだけで、私を哀れむことしかしてこなかったお姉ちゃんを斬り刻む所をさぁ!」
声を一段と高くする妹の姿に、アズリアはショックを受けるのと同時に心が急速に冷めていくのを感じた。
何てことはない。自分の行いはイスラにとって屈辱感を植え込むだけで、本当に、何の助けにもなりはしなかったのだと。
力の入らない腕を使い上半身を起き上らせ、鈍い動きで片膝を立てた姿勢に体を持っていく。
「ほら、立ってよ、早く。じゃないと本当に今ここで終わらせちゃうよ?」
「…………せ」
「はぁ? 何言ってるのか全然聞こえないんだけど?」
「……殺せ」
「…………」
ピクリ、とイスラの持っている剣が揺れた。
アズリアは悔恨に取りつかれたよう表情で、ともすれば疲れ切った老人に似た雰囲気を纏いながらイスラに呟く。
「全てお前の言う通りだ。私は自分の可愛さ余りに、お前に向き合おうとしなかった。逃げていたんだ、私は。……私がもっと強かったら、本当にお前のことを助けようとしたなら、また別の道が見つかったかもしれないというのに」
イスラの顔を見上げながらアズリアを続けた。
「これは報いだ。お前を救い出してやることの出来なかった、私のな」
「……それが、お姉ちゃんの答え?」
「ああ、覚悟は出来ている」
達観して言葉を落とすアズリアに、イスラは苛立ったように顔へ皺を刻んだ。
ゆっくりと剣の先を喉元に突きつけられたアズリアは顔色一つ変えず、逆にそれを贖罪とするかのように待ち構えた。
ギリッと歯の鳴る音。
イスラの顔が感情を剥き出したかのように激しいものへと変わる。
「……あっそ。じゃあ、ここで息の根を止めてあげるよっ!」
斬首のために引き戻された剣を最後に見て、アズリアは静かに目を閉じた。
何を間違ってしまったのだろうと心の内で呟いて、すぐに何もかも間違っていたのだと、皮肉めいた笑みとともに思い直した。
剣の鳴る音が聴覚をさらう。慣れ親しんだ刃の威圧が自分のもとに迫ってくる。
その瞳を開けて、少女の顔を見上げていたなら何かが変わっていただろう瞬間を逸したまま。
アズリアは遠い日に見た妹の笑顔を思い出しながら、己の全てを放棄した。
瞬間、爆塵。
イスラの剣がアズリアの肌を貫く前に、光の武具が燃え盛る炎の中から撃ち出された。
「!?」
剣戟が殺到する一点はイスラその人。
真横から猛進してきたその攻撃に彼女は瞠目しながらも咄嗟に片手を突き出す。手の平を中心に現れるのは呪符の陣形。
秒を待たず剣と楯が激突。
激しい拮抗の光条が発生したかと思うと、五振りの刃が引き千切るように護法陣を貫通した。
「なっっ────!!?」
戦慄するイスラへ剣と槍が立て続けに着弾する。
アズリアの放ったものと同じシャインセイバーでありながら、その威力は馬鹿馬鹿しいほどに桁外れていた。過去に複数の召喚術を防いだことのある強力なココノエの結界を粉々に打ち砕いてみせる。
爆音に驚き顔を上げるアズリアの目の前で、イスラが突風に殴り付けられたかのように吹き飛んだ。
少女の体が武具ごと地面に叩きつけられる強かな音と、同時に、大穴を穿たれた炎の壁が喘ぎ散らす声が響く。
一瞬で巻き起こった状況に置いてきぼりにされるアズリアを他所に、一本の隧道を空ける爆炎が、内部から膨れ上がるようにその身を肥大化させる。
ゴウッという音とともに火炎が渦を巻きながら散り散りになり、その中から、炎と同じ色に染まった髪を振りかざすアティが出現した。
火の粉を連れて凄まじい魔力の流れが空へ昇っていく。
顔と衣服、それぞれ負傷と火痕を痛々しいほど刻む彼女は、大汗を肌に貼りつかせながらイスラとアズリアの方角を睨みつけた。
「いい加減にっ、してくださいっ!!」
燃え広がっている火炎地帯を後にして真っ当な大気を取り込む中、大きく肩で息をしながらアティは強く叫んだ。
「殺すだとか殺してくれだとか、姉妹揃って何馬鹿なこと言ってるんですかっ!!」
煌々と燃えるように輝くのはその赤髪だけではない。鋭く構えられた蒼眼までも怒りに滾っている。
一度として拝むことのなかった知己の憤激の表情にアズリアは呆然と動きを止める。地面から身を起こす傷付いたイスラもまた驚駭した表情を見せ、だが彼女はすぐに顔を歪めて取り直すようにアティを睨み返した。
「いい歳こいた子供みたいな人に馬鹿呼ばわりされる日が来るなんて、私も焼きが回ったかなっ……!」
「我儘ばっか言っている貴方の方がよっぽど子供です!」
嘲り顔で告げるイスラの皮肉を、アティはみなまで言わせず両断する。
今までと異なったアティの一気呵成の激しい語調に、イスラは「なっ…」とこぼしてひるんだ。
「全部アズリアに責任を転嫁して好き放題言って、そんなのただの逆恨みです! 少し考えれば分かることじゃないですかっ!?」
イスラ、アズリア、自身と、それぞれが両端と中点を結ぶ一直線の上でアティは大声を発する。
尖った目尻は平静に治まらない。
「自分を見捨てたとか、何もしてくれなかったとか、それじゃあ貴方は一度でも助けを求めたんですか!? アズリアはっ、貴方の伸ばした手を本当に振り払ったんですかっ!」
「っ……!!」
「私には、イスラさんっ、貴方が言う結果である今を、貴方自身が後悔しているようにしか見えません! 貴方が今言っていたことは全部、アズリアに八つ当たりしているだけ!」
「アティ……」
イスラがこの場で口にしたことは自分本位の考え方だ。
話の中で自分のことしか顧みずアズリアの内心を汲んでやろうとしないその様は、幼児が駄々をこねるのと何ら変わりがない。
確かに彼女の境遇は他者が介してやれない悲惨極まるものがある、けれどその不幸を盾として構え彼女が自由に暴挙を働くのは、また話が違った。
ましてやそれは、ただ利欲のためにアズリアを殺そうとする理由には、決して見合わない。
イスラは後悔の感情の捌け口にアズリアを利用していると、アティはイスラの言動をそう切って捨てる。
「そもそもお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんって、単に貴方はアズリアに構ってもらいたいだけじゃないですか!」
変化は劇的だった。
目を見開いた少女の頬が、かあっっと音が聞こえてそうなほど赤面する。
仮面の剥がれていたイスラの素顔があっという間に羞恥に染まり上がり、次には真っ赤な状態のままアティを射殺さんばかりに睨みつけた。
「こ、このッ……!!」
「それに、アズリア、貴方もです!」
目の端にうっすらと滴を浮かべたイスラの高熱の視線を、しかしアティは取り合わず、顔の向きを変えて今度はアズリアに叱責を飛ばした。
完璧な天然(むし)という名のバリアー。
イスラの頬が型崩れた笑みとともに痙攣する。
「殺されてもいいだなんて、そんな罪の償い方、間違ってます!」
「っ! し、しかし……っ」
「たった一人の妹なら、命を差し出すくらい彼女を愛してるんだったらっ、ちゃんと自分の手で笑顔にしてあげればいいじゃないですか!」
「────!!」
肩が震えた。
先程まで枯れきっていた心が、アティの声に横っ面を張られることで揺さ振られるのを、アズリアは確かに感じ取る。
アティは無茶苦茶なことを言っている。
自分はイスラに恨まれている、そんな相手に手を尽くしてもらった所で当人に幸せが訪れる筈が、彼女自身が幸せを認めてくれる筈がない。
けれど……
「今のアズリアも、自分には何も出来ないからって、認めたくない現実から目を背けて逃げ出しているだけです!」
……けれど、『逃げていた』。
その言葉に偽りはない。
逃げていた。
今この時だけでなく、自分はずっと前から妹から逃げていた。
自分だけ自由に生きられることを罵られるのが怖くかった、何もしてやれないことを責められるのが恐ろしかった。
宛がわれていた小さい部屋、ドアを開けると迎えてくれた、あの喜びに綻ぶあえかな笑みを、苦痛に染めてしまうのが──それを目にするのが、何よりもつらく悲しかった。
逃げていた、逃げていた、逃げていた。
妹を囲む現実とは向き合わず、たった一つの絆に縋ろうと半端な毎日を繰り返していた。
────また、逃げ出すのか。
その問いが、アズリアの胸の中を何度もはね返り心に波紋を投じていく。
「無視すんなッ!!」
当時の幼き少女の声が、現代の少女の盛大な怒声に変換される。
アズリアの意識がはっと引き上げられた瞬間、ぐわっと大気が引き裂かれた。
撃ち出されたのは凶悪な形状をした武器群。
沸点を置き去りにしたイスラの「ダークブリンガー」がアティ目がけ疾走していく。
アティは瞳を見張って緊急回避、一瞬遅れて炸裂した禍々しい武装の余波に蹴り飛ばされ、その体は道路の上を転がった。
「……っぅ!?」
「根も葉もない戯言聞いてっ、鶏冠にきたよっ!! そこを動かないで……って、最初から動けないか……あはっ、あっははははははははっ!」
いい様だと言わんばかりにイスラは蹲るアティを見ながら哄笑した。
傷付いた顔を苦悶に歪めるアティは、両膝をついた態勢から動こうとしない。彼女の半身には闇色の膜のようなものがべったりと纏わりついている。
ダークブリンガーの追加効果『暗闇』。
怨念とでも言うべきその闇の衣──対象の動きを制限する異常状態は、アティの自由を奪い体をその場に縛り付けていた。
「予定にはなかったけど、いいや、此所で私の気が済むまで痛い目にあってもらうよ……っ」
半ば正気を失い、瞳を血走らせるイスラはアティに向かい歩き出す。
手に握られる剣が獲物の痛哭に餓えるようにきらめき、舌なめずりをした。
「────くっ!」
痛む体に鞭を打ちアズリアは走った。
取り落とした剣を途中で拾い上げ、イスラの進路へと滑り込む。
「どいてよ、お姉ちゃん。今はお姉ちゃんより、あの偽善者を打ちのめさないと腹の虫がおさまらないんだ」
正面に立ちはだかった瞬間、イスラは表情を消失させる。
それは確かめるまでもなく最終警告だった。完全に頭に血が上ってしまっている今の少女の態度は、噴火前に静けさを纏った火山と何ら変わらない。
邪魔するのならアズリアもここで蹴散らすと、暗にそう語っていた。
「っ……できんっ……!」
震えそうになる声を抑えて、剣を正中に構える。
次第に大きくなっていくイスラを前に、足がひとりでに後ろへ下がりそうになった。
「ふぅん……なら、お姉ちゃんから片付けてあげよっかッ!」
一瞬でトップスピードに乗った黒い影がアズリアに飛びかかる。
依然と迷いを携えるアズリアは、しかし今回ばかりは抜かりなく応戦を演じた。
アティを背にする彼女には、もう本当の意味で後がなかった。
(私はっ……)
己だけでなくアティの命まで預かるアズリアは、危うげにイスラの剣を弾きながら、深思する。
自分は何をしなければいけないのか。自分は何がしたいのか。
「本っ当っ、お姉ちゃんにとってあのお人好しは大切な人みたいだねっ……!」
苛ついたイスラの言葉を聞くたびに全身が反応していく。
イスラ・レヴィノスはアズリア・レヴィノスにとってかけがえのない光であり、そして同時に罪の象徴でもあった。
もう少女から何も失わせはしないと決意した幼少の時代。家の者の目から妹を遠ざけようと躍起になり、少しでも非難の矛先を自分へとかき集めた。嘲弄されながらも必死にあがき続け、自分一人でレヴィノスという家名に報いようとした。
そしてそれからすぐ、自分の行動の過ちを悟った。
見舞いから去ろうとする自分をとても寂しげに、半身を切り裂かれたかのように見つめてくる少女の姿を見て、自分の行動はただの独り善がりだということに気付いた。
少女を一人置き去りにした後ろめたさは、それから以後付き纏うことになる。
あの時、果たして自分はたった一人の妹に、何をしてあげたかったのか。
今、剣を交わしている自分は、彼女に何をしてやらなければならないのか。
「アズリア……!」
アティの言葉を反芻する。
自分はとてもではないが器用な人間ではない。
そんな自分の手でイスラを笑顔にしてやることなど、到底無理な話だと思う。
イスラへの罪滅ぼしには自分の命をもって償うことがちょうどいいことのように思えていた、先程までは。
だか、本当にそうなのだろうか。自分には、何か出来ることがあるのではないか。
妹の凶気を、止めてやることが出来るのではないか。
(私、はっ……!)
心中で発生する自問の数々。
考えるのを止めればすぐにでも自責の沼に囚われる中で、形にならない不鮮明な何かを手繰り寄せようとする。
脳裏を支配するイメージ。踵のすぐ後ろでは、ぽっかりと口を開ける罪の意識がある。つま先の向く前方には、遥か遠くまで伸びる終点の見えない白い道のりがある。
後退か、前進か。
自分の向かう一歩の行方は────
「もうっ、いい加減にしてよ、お姉ちゃんっ!!」
「────ぁ」
足の重心が、後方に広がる大穴へと傾いた。
まるで過去の全てを咎めるようなその言葉が決定打となり、アズリアの体を背後の穴へどんっと押しやる。
イスラの剣が水平に走り、高速の横切りがアズリアの胴めがけ飛んだ。
視界が、黒い靄に染まっていく。
「────アズリアッ、貴方はっ」
けれど。
「自分の手で、妹を人殺しにするつもりなの!?」
陽の光が靄を打ち払った。
「────────ッッッ!!!!」
前進する。
背後で待ち構えていた罪の穴を蹴り飛ばし、大きく前に一歩を踏み出す。
眼前に伸びる白い道が、一気に開けた。
全身の再起動。
己の胴に向かってくる剣を、あらん限りの力をもって迎撃する。
「っ!?」
弾く。
強烈な火花が散り、少女の凶刃が宙を泳いだ。
────何かが自分の中で固まった。
「っ……そんなに友達が大事なら、先にあっちを殺してあげるよっ!」
────そして、何かが自分の中で燃え上がった。
「イスラアァッ!!」
「────ぇ?」
弾かれた反動を利用して脇を抜けようとするイスラを、『先制』の一撃をもってその場に押し止める。
神速の反応から撃ち出された突きがイスラの剣を空へと弾き飛ばし、当の本人は何が起こったのか理解出来ないまま瞠目した。
空間が唸る。
バランスを崩し踏鞴を踏むイスラに、アズリアは柳眉を逆立て剣を従える右手を後方へと。
瞬時に溜められた必殺が、解放の瞬間を食い千切る。
大気が戦いた。
イスラは信じられないものを目にしたかのように瞳を真円にし、そして息を呑んだ。
「ああああああああああああああァァッ!!!」
────紫電絶華────
「ツッッ!!!?」
閃光の連射。
紫電の如き一閃が爆発的に数を膨れ上がらせる。
絶討の乱れ突きが少女の全身を軽々と被覆し、次の瞬間、空中へと吹き飛ばした。
◇
警告灯の光を貫いていく。
その影は地面すれすれを削るように後方へと追いやられ。
ざざっ! とアスファルトを連続と擦過した所で、貫流のような勢いはようやく停止した。
仰向けに転がったイスラは唖然と空を見上げ続け、損害に耐えるようなぎこちない動きで上半身を起こす。
「ココ、ノエ……」
イスラを庇うようにもたれかかっている召喚獣は、力の無くなった頭を少女の胸に預けている。空隙を作る小振りな唇が何かを堪えるように歪んだ。
憑依を独断で解除したココノエは、主である少女を守るため、無謀にも紫電絶華を真正面から受け止めたのだった。
全身に裂傷を作る巫女の少女はか細く呻いた後、送還の光に包まれ跡形もなく消えていく。
数秒を置いて、イスラが顔を上げた。
彼女の視線の前に屹立しているのはアズリアだ。
先程までの弱気だった姿勢が嘘だったかのように、毅然と体を構えながら舞い上がる火の粉を周りに有している。
意志に塗り固められた黒瞳でイスラを突き刺し、アズリアは大きく口を開いた。
「お前が私に断罪を求めるのなら、いいだろう! 私はお前の叱責も拳も甘んじて受けてやる!」
「だがな」と一つの呼気とともに、元々鋭かった双眼が更に吊り上がった。
「関係のない者達に私情を交えることは認めんッ! お前の横暴な都合で、他者を理不尽に巻き込むことだけは絶対に許さんぞ!!」
爆発した気炎がその巨躯をもって少女を射抜く。
ぶつけられたのは明確な怒り。この時をして初めて姉は、敵を前にするかのように自身の妹を睥睨した。
具現する転機。
未だ呆然とした様相が抜けきらないイスラは、やがて何を思ったのか、前触れなく口の両端を上げた。
それは笑形を形作る仮面のように。
見開いた瞳は維持されたまま、少女は狂った道化のように笑い声を上げ始める。
「くっ、はは…………あっははははははははははっアハハハハハハハハハハハハハッッ!! 何だ、出来るじゃんっ! お姉ちゃん、出来るじゃないっ!!」
数刻前までの憤激がそのまま歓喜に変換されたかのようだった。
肩を揺す振りながら立ち上がるイスラの情緒は収まることを知らない。
「そう、それだよ! その目だ! 私が殺したかったのは、今のアズリア・レヴィノスだっ!!」
向けられる敵意をむしろ歓迎するかのようにイスラは喜々に満ちる。
自分だけを見ろとでも言うように右手を胸に差し向け、少女は吠え続ける。
「何だ、こんな簡単なことだったんだ! さっさと言っとけば良かったよ、殺すって!」
「イスラッ……!」
「軍人の誇りなんて本気で信じてるお姉ちゃんも、他人が大事だなんて抜かす偽善者だったんだもんね! あははっ、忘れてたよっ、ははははははははははっ!!」
前傾になり顔を前髪で覆うイスラは喜びの感情、ともすれば一種の狂喜だけに染まっていた。
表情の中で唯一見える口元が、げたげたとその感情を発散させていく。
アズリアが整理出来ない己が思考に顔を歪め、また呪いから解放されたアティが彼女の隣に並ぶ頃。
ようやく途切れがちとなってきた笑声を抱えるイスラは、ぴたりと動きを止め、酷薄な笑みを彩る貌をゆっくり引き上げると、アズリア達に向いた。
「殺すよ」
「……ッ!」
「決めたよ、みんな、殺す。そこにいるお人好しも、お姉ちゃんの部下達も。みんな、みんな、お姉ちゃんの大切な人達を全員殺してあげる」
「イスラさん……っ」
「それでこそ遣り甲斐があるってもんだよ。お姉ちゃんがその時どんな顔をするのか、想像するだけでも今からぞくそくしてくる」
醜悪な笑みだった。
他の不幸を喜びの糧にするような、悲運に魅入られた者にしか出来ない笑み。
薄いソプラノの入った笑いの音色が、再び少女の口からくつくつと漏れていく。
アティが眉を曇らす側で、淡い赤に塗られる夜空へその声が木霊するのを聞きながら、アズリアは歯を食い縛る。
「何がだっ……」
真っ当な精神状態などとうにかけ離れている妹の姿に、内に秘める感情を押し殺しながら両の拳を握り締める。
対の目をぎゅっと強く瞑り、アズリアは俯き加減になって叫んだ。
「何がお前をそこまで変えた、イスラ!!」
きぃんと声が響き渡る。
思い出に残る幼い妹は、気が付けば優しく笑っていた。
風に揺らぐ草原のように、青い空に浮かぶ鳥の羽毛のように、繊細さを纏いつつも、たおやかに、蕩々と。
やつれ細り、死の果敢なさに溺れながらそれでも微笑みかけてくる妹の姿。
扉を開け部屋に入る自分を、宝物を見つけたような透いた瞳で歓迎し嬉しそうに笑う、イスラ。
触れれば壊れてしまいそうで、けれど頬を染めいじらしく自分に笑いかけていた。
気咎めする自分は、その笑顔にだけは引きずられて、救われていたようなそんな気がした。
あの時の少女は、笑顔は、どこへ消えたのか。
アズリアは悲痛を伴って現在の少女に問いを飛ばす。
イスラは笑みをすっと消し、無言を通した。
「………………ジャック、ノイ、レーメ、」
数秒の空白の後、とある名が綴られる。
「……?」
「カルロット、ナイジェ……後はもう思い出せないな。お姉ちゃんはこの人達のこと覚えてる? 知ってる?」
脈絡なく、イスラはとある単語群を紡ぎ出す。
「私の世話をしてくれた人達のなんだけどさ」と言を続ける顔は氷像のように動かない。
一部の者の名前には、確かに覚えがある。
別邸で従事していたレヴィノス家の使用人だった筈だ。
無断で屋敷を去っていったという、錆びついた記憶をくすぐる情報が、アズリアに、何かちりちりと首元を焼く嫌な気配を預けてくる。
「……彼等が、何だと言うんだ?」
言い様のない感覚に包まれながらもアズリアは問い返した。
少女の口が開きかけ、束の間唇の上下が縫われた後、今度こそそれは音になった。
「女の私を凌辱(おか)した人達の名前だよ」
空間が呼吸を止めた。
『────────』
「いつだったかな。まぁ、今よりもっと小さい、正真正銘の生娘だったのは、確かかな」
闇が、喘ぐ。
空気は腐臭を放つように澱み、張り詰め、静かに胎動した。
アズリアとアティは顔を蒼白にして言葉を失った。
未だ燃え上がる炎の熱気で僅かに揺れる前髪の奥、イスラの瞳は無感動に冷めきっており、けれど、次には一転。
目を弓なりにした破顔を持ち出し笑ってみせた。
「シルターンで言う……そうそう、まないたの鯉ってやつ? あははっ、悲鳴も出せない半死人のどこが良かったんだろうね?」
声音はいつもの彼女のものに戻っていた。
そして、それがこの状況で何よりもそぐわないものだった。
「私が元気になった後『免職』させちゃったから、もう何も聞けっこないんだけどさ」
両足は肩幅、両手は組んで背に回す。
態勢は前屈みで、後ろに一歩、二歩と足を踏み、イスラは笑う。
けらけらと笑う。
アズリアの視界の中、思い出に残る少女の絵へ、鏡が割れるように亀裂が走り込んだ。
「……ィ」
「私を人殺しにさせるななんて、的外れもいい所だよ」
イスラ、と呼ぶ乾いた声を遮るように黒髪の少女は言葉を連ねた。
アズリアを無視するようにアティへと向けられた視線は荒んだ感情に満ちている。
それからイスラは瞳を細めて、危うげな雰囲気を纏いながら嗤った。
「真っ黒だよ。とっくに、私は」
アズリアも、アティも、その場から一つの動作も働けなかった。
警報装置だけがその音を補給ドッグに荒げ続けている。
喧騒をずっと放ち続けていた中央管理施設の方向から、今になってやっとばらばらと足音が鳴り響いてきていた。けれど音源からの距離は依然遠い。
それぞれの者の間で声にならない想いが錯綜した。
「……何が私を変えたって?」
呟きが熱を孕んだ夜気に乗る。
「私を取り巻く、世界の全部だよ」
先刻のアズリアの質問に対し、はっ、と鼻で笑うようにしてイスラはそう締めくくった。
僅かにも満たない沈黙。
当事者達からすれば永遠のような一時の中で、アズリアは双眸をぶるっと震わしイスラに視線を馳せ────それからすぐに、瞼を閉じる。
ゆっくりと目を開いた彼女は、何もかもの余念を振り切り、たった一人の妹を真っ直ぐに見据えていた。
揺るぐことのない強い眼差しをイスラは一見馬鹿にするように、前髪で視線を切ってから、静かに笑った。
最後の問答を終え、数瞬の時が経った頃か。
視線の交差が続き、もうしばらくは静謐の対峙が続くかと思われたその折。
低く鋭い音──度重なる発砲音が、アティ達の真横から響き渡ってきた。
「「「!」」」
あたかも鉄板が焼けるような擦り切れた音がイスラの足元で炸裂する。
舗装された路面は容易く抉られ、無数の罅が周囲に及んだ。
その場にいる三人が一斉に振り向くと、補給ユニット奥にある通路から、ライトグリーンの双眼が淡い燐光を放っている。
大口径の銃砲を構える機械兵士がはっきりとした戦意を確立させ、イスラに照準していた。
「おまっ、ヴァルゼルドッ、何やってんの!?」
『威嚇射撃です』
「質疑の要点はそこじゃない!? 僕は撃てなんて言ってないだろ?!」
「ミャー!」
『では、手が滑りました』
「そぉい!?」
「ミュミュ!?」
「『では』って何!?」と高らかな悲鳴が上がる。
隣に並ぶ緑づくめの少年が取り乱しながら己の護衛獣へ詰め寄っていた。
交わされるコントに視線を釘付けにしていたアティ達だったが、徐にイスラが吐息をつく。
彼女はアティとアズリアに向き直った。
「調子狂うのが来ちゃったから、今日の所は帰らせてもらうよ。……あっちも賑やかになってきたしね」
イスラの正面、アティ達の背後。幾人かで形成される接近の音が迫って来ていた。
くるりとイスラは回転し、アティ達に無防備な背中を晒す。元来た道を軽い足取りで引き返していった。
じゃあね、と闇に消えていく少女は最後にそう言い残し、その場を後にした。
「……」
嘘くせぇ、と。
話を密かに聞いていたウィルは、イスラの消えていった方向を半目で見やる。
全てが全て虚偽という訳ではなさそうだが、それも人を騙す常套手段。嘘の割合に対し真実は二割切ってそうだとウィルはそんなことを思う。
証拠を問われれば勘としか言えないが、自分と似た臭みを言動の端々から漂わせていた所から、そのように判断する材料には足りた。あくまで人には信用ならない根拠ではあるのだが。
……どの部分が真実なのかは、ウィルもそこの所は判別はつかない。
頭をぐしぐしとかきながら、それでもイスラの言っていたことは話半分に受け取っていた方が良さそうだと、ウィルはそう思考を結論付けた。
ままならん、と小さく呟きながら。
「……にしても、ふっつーに出遅れたな」
現在に至るまでの経緯を辿ると、スタートダッシュに失敗したウィルはもろに戦闘開始の合図に出遅れ、派手な爆発音を聞きつけた際にはまだラトリクス郊外の森林地点だった。
テコとヴァルゼルドを置き去りにしウィルは単独で音の出所へと急行する。
そして現場、つまり補給ドッグに辿り着いた頃にはアティ達は膠着状態にあり、ユニットの影で一先ず様子を窺っていたのだが……イスラの話し終えるのとほぼ同時にヴァルゼルドが到着し、なんとそこから制止する間もなく射撃を敢行したのだった。
「反抗期か……」
誰にも聞こえない声量でウィルは呟いた。
ちらと護衛獣を見やる。本場の鉄仮面でポーカーフェイスを維持していたヴァルゼルドだったが、今はテコにお仕置きされている(ように見える)。
イスラに何か手痛い仕打ちでもされたかとウィルは考えるが、結局予想の域は出ない。
ギャァアアアアアアアとか悲鳴が聞こえてくるが、構うのも億劫だったので触れないようにした。
「さて……」
いい加減行動に移ろうとウィルは自分の家庭教師のもとに小走りで向かった。
ほどなくしてアティのもとへと着く。
「先生」
「……ウィル君」
「大丈夫ですか?」
どこか翳りを背負う表情のアティだったが、ウィルの疑問に、澄んだ蒼眼を丸くさせぱちぱちと瞬いた。
えっ? と自覚のない反応を寄越すアティにウィルは口をへの字にし、そっと彼女の頬へ手を伸ばす。
赤く腫れ上がった米神から頬上部に指が浅く触れると、「んんっ」と左目を瞑って肩を緊張させた。
痛覚は生きてる、と大まかに考えつつ獣のサモナイト石を取り出す。
服はあちこち焼け焦げ、覗く素肌も到る所火傷しているその姿はざっと見ただけでも痛々しい。ウィルは内心で顔を顰めながらすぐに「セイレーヌ」を発動させた。
異常状態も治癒させる「ヒーリングコール」がアティの傷付いた体を回復させていく。
「あ、ありがとうございます、ウィル君……」
「どういたしまして。で、みなまで聞かなくても察しは付きますが、何があったんですか?」
「……」
アティは普段の明るさを潜ませながら後ろを振り返った。
目尻を沈ませる彼女の向く先はイスラの去っていった方角、そしてアズリアが此方へ背を向けている方角だった。
ひっそりとたたずんでいる彼女は、何も口にせず妹の足跡の続く先を見つめているようだった。
ぽつぽつと語られるアティの話でことの成行きを補完しつつ、どこか見たことのある背中だとウィルは思った。
「場所」と「状況」は違えど、弔いの火の前に立つあの「軍人」の後ろ姿に、今のアズリアはだぶって見えた。
「……決めたぞ、アティ」
だが、それもすぐに勘違いだと気付かされる。
「私は戦う。自分のためにも、あの娘のためにも、禍根である無色(やつら)を叩き伏せてやる」
ゆっくりと振り向いた彼女は堂々と言ってのけた。
凛とした顔付きには迷いは一切見られない。
そこにあるものは、一つの誓いを立てた気概だけだ。
「お前の言う通り、逃げるのはもう止めだ。あの娘を取り巻くもの全てを取り払って、それから決着をつけようと思う」
あの娘と最後まで向き合って、全てを受け止めたいと、そう付け加える。
路上に溢れていた火の気は既に無くなり、涼を伴う風がアズリアの黒い髪を揺らす。
彼女は壊れかけている剣を鞘から抜き片手に提げた後、細く相好を崩した。
「今更答えを出した私を、笑うか?」
ふとした問いに、アティはぶんぶんと顔を振った。
彼女自身もまた、祝福を持ちかける聖母のように笑顔を作る。
「誓うぞ。どれだけ迷い、苦しむことになっても、この望みだけは絶対に諦めはしないと!」
振るわれた誓いの剣が大きく鳴る。
辺りに散る銀光は周囲にあるいかなるものよりも鮮明に輝き、澄み切っていた。
取り越し苦労だった訳か、とウィルはふっ切れた顔をする一人の軍人を前にして思い。
本当に太陽みたいだな、と知己の背中を押しただろう彼女の存在を、はっきりと感じ取った。
ウィルの隣で胸に手を抱くアティが、子供のように温かく微笑んだ。
「それで、だ。私の隊の状況から言っても、お前達と共闘することにもはや異論はない、というより此方から申し込みたいのだが……」
「はい、勿論ですっ」
(あれ、何この寒気……)
「……その前に、片付けなくてはならないことがある。オイ、そこの狸」
「ア、アズリア……?」
(って、これだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?)
「このような形で鬱憤を晴らすのはおよそ正しくないと理解しているのだがな、感情と情動は別物らしい」
「あの、アズリア、別物も何も、それどっちもおんなじです……」
(ヴァ、ヴァルゼルドを囮に我が逃走経路を、って機能停止していらっしゃるうううううう!?)
「私も女だ、紫電絶華(いちげき)で済ませてやる」
(一撃じゃねぇえええええええええっっ!!? どうするよ!? どーするよ俺?!)
「何か言い残すことはあるか?」
(アズリア、そこはかとなしに殺気が見え隠れしているような────)
「…………………………先生。僕、ちゃんと言われた通り大砲を配備して上手くやりましたよ。誉めてください」
「────って、ちょっ!!?」
「……アティ」
「ダ、ダメですアズリアっ!? 騙されてます?! ウィル君の口先だけは信じちゃいけませんっ!」
「僕、ずっと前から良心を痛めつつも帝国軍のみなさんを“先生の言う通り”誘導してきたんですから、そろそろ生贄(ごほうび)が欲しいです」
「こらーーーーーっ!!? いくらなんでもそれは外道の所業ですよウィル君!! というか本音が半分出てきてますっ!」
「………………」
「うっ!? い、いけませんっ、いけませんよアズリアッ! お願いですから冷静になってお願いしますから睨みつけるのを止めてくださいっ!?」
「せんせー、誉めて誉めて」
「貴方は黙っていてくださいっ!!」
「……師弟もろとも矯正する必要があるようだな」
「あっいけねっボク授業の課題あったんだっ帰らなきゃっっっ!!!!」
「させないッッ!!」
捕獲。
「てっ、天然っ、貴様ァアアアアアアアッ!? 今すぐその手を放せぇえええええええええっ!!」
「逃がしませんよっ! というか、逃がせませんよっ!?」
「は、放せっ、放してえっ、放せよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
響き渡る絶叫。
「貴様等の戯れに付き合っている暇が惜しい────そこになおれ」
「先生ッ! こうなったら囮作戦ですっ!! 勿論餌は大きい方がいいに決まってますよねっ!」
「それじゃあ私はウィル君を盾にする方向でいきますッ!!」
「こんの腐れ外道がぁーーーーーーーーーーーーッッ!!!」
「ウィル君に言われたくないですうっ!!」
「────散れ」
「ひっ!? し、紫電絶華はもう嫌ですーっ!?」
「あっ今僕先生に親近感湧きましたーっ!」
「ちっとも嬉しくありませえぇんっ!!」
機婦人、看護人形、帝国軍が息を切らせ現場に到達した頃。
彼等の視界に広がったのは、剣を振りかざす女傑から逃げ惑う、泣き叫ぶ教師と生徒の姿だった。
アズリア
クラス 女傑 〈武器〉 突×剣 縦、突×槍 〈防具〉 軽装
Lv21 HP222 MP185 AT103 DF85 MAT75 MDF81 TEC101 LUC55 MOV3 ↑3 ↓3 召喚数2
霊B 特殊能力 眼力 待機型「先制」 心眼 「秘剣・紫電絶華」
武器:壊れた誓いの剣 AT115 TEC5
防具:帝国軽鎧百士式壊 DF48
アクセサリ:壊れた帝国勲章 魅了無効 DF+5 MDF+4
13話前のアズリアのパラメーター。
Lost Islandよ、彼女は再び帰ってきた。
レックスの次回作にご期待ください。
本編とは直接関係ないが、補完の意味合いを兼ねて「レックス」の歩んだ軌跡を公開。
今回は13~14話。
長い夜を越えて迎えた無色の派閥襲来の翌朝。アズリアイベントで血が不足しているレックス、メイメイさんの店でビバ増血剤「ジュウユの実」をたぁんと召しあがる。金は払おうとしない──あわよくば踏み倒そうとする魂胆。メイメイさんにニートの連中のせいで商売上がったりだと愚痴られ、「うんうんそうね」と頷きながら壊れてしまった装備類を補充しようと戸棚を物色する。金は依然払おうとしない。メイメイさんにお酒が飲めなくなるから早く無職団体を追っ払っちゃってとお願いされ、「任せるっちゃ」と口にしながら新入荷アクセサリ「水晶の腕輪」もポケットの中に突っ込む。払う金はない。メイメイさんに芸術的なスリーパーホールドをお見舞いされ、密着する胸を堪能する余裕もなく頸動脈を絞められ失神する。糸が切れたように首をカクリと折って白目を剥いた。
意識取り戻すとメイメイさんがなんと膝枕、超近距離にてスゴイ笑顔で見下ろしながら。がっちり両手で挟まれている己の頭蓋骨に「ああ死んだ…」と無色と再戦する前に死期を悟る赤いの。「お酒のために早く殲滅してね?」とスゴイ笑顔継続しながら言うへべれけ店主に、コクコクコクッと高速で顎を上下させた。挟まれていた米神がミシリと鳴った。
最初から殲滅するつもりだったので内心で安堵の息をついていたレックスに、メイメイさんどうせだからと無限回廊なるものを紹介する。これからのためにもパワーアップしたらどう? というメイメイさんのご厚意、レックス即断で拒絶を決意。好き好んで鬼のように強い奴等と戦いたくなどなかった。
集いの泉で回廊の門を見せようと張り切るメイメイさんを先に行かせ、店主不在になった店内から取り上げられた品々を回収し海賊船へと戻る。後日、渾身のドラゴンスリーパーが現界を果たした。
レックス、朝食をそこそこに戦闘メンバーへ非常招集。メイメイさんが集いの泉で徘徊している確立が高いためアジト近辺にて会議。受け身など更々とるつもりなく、逆襲に打って出る心算。血の気の多い男連中は二つ返事で了承、鉄砲娘やら鬼姫やら女傑やら以外の女性陣は物騒な進行具合に渋い顔をしたが、レックスがそれとなく戦場から遠ざけようとしていることに気付くと顔色変えて参加することを宣言。守られるだけは絶対嫌だった。余りの迫力にレックスびびる。
滞りなく進められていく戦闘計画。オルドレイク暗殺のために出撃したスカーレルのことを唯一知るヤードは滝汗。
後に語られる第一次無色殲滅戦が幕を開ける。
巳の刻、無色の派閥駆逐計画発動。
基本待ち伏せの構えで陣を構築。忍者、天使、赤狸が囮役を務め、周囲の制止を押し切って開戦した。放たれていた無色兵をターゲットに各ポイントへ誘導していく。
忍者、森に誘い込む。落とし穴など簡易ブービートラップで足を止め袋叩き、帝国軍の力も借り召喚術の一斉砲火。殲滅。
天使、炭鉱へと誘い込む。一人飛んであらかじめ開けてあった天井の穴をくぐり脱出、アルディラ特製のリモコン爆薬で炭鉱爆破し崩落、生き埋め。殲滅。
赤いの、崖下へ誘い込む。超負け犬っぷりを演じて尻尾巻いて逃げだすと見せかけ数分後には伏兵とともに迷える子羊達を包囲。抜剣。超殲滅。
この時点で赤き手袋はヘイゼル率いる小隊を残して九割方全滅した。
派手に陽動かまし派手に無色兵をぶちのめしていく島の住人勢の動きに対し、流石に感付くオルドレイク、忌々しく思いながらも戦線を再編成。やっぱり切れる頭脳を発揮し僅かに生じた間隙に部隊を送り込む。戦闘可能な帝国軍がなんとか防いでみせるが、旗色悪し。フレイズの空からの連絡を受け、楽にはいかないとすこぶるシリアス入るレックス、アズリアと合流。手の足りないポイントへ二人で先行。伝説が生まれる。
カイル達が辿り着いた頃には赤と黒の人影以外立っている者はいなかった。
余談。この戦乱後、島流しに放り出され漂流、とある宿場町に職にありつき無職でなくなった派閥召喚師Aは語る。「奴等と再戦臨むくらいなら俺は無色に殴り込みへ行くのも厭わない」。赤と黒のパーソナルカラーは以後彼の恐怖の象徴となった。然もあらん。
ちなみに周囲に気付かれることなくアズリア達を裏切っていたビジュ、この殲滅戦の際に誰にも気付かれることなく粉砕、他と同じく島流しに遭い退場を余儀なくされる。レックスの記憶に余り残らなかったのもこれが原因。
痺れを切らしたオルドレイク、とうとう自ら出陣。イスラ含めた幹部連中連れて暁の丘へ出張る。カイル達もすぐさま布陣。仕掛けるならもうここしかないと悟るヤード、自分を囮にしオルドレイクに召喚術を放つ。容易くはね返され吹き飛ぶヤード、哄笑するオルドレイク、そしてこれ以上のないタイミングで飛び出した珊瑚の毒蛇。オルドレイクを暗殺せしめようと肉薄する──が、同じく切欠を窺っていて同タイミングで発進した赤狸と頭ゴチーンする。両者悶絶。ウィゼルに阻まれるまでもなく、頭抱えながら蛇と狸が地面をのたうち回った。
「何やってんすかスカさぁあああああああんっ!!?」と掴みかかれるスカさん非常に混乱する。それはアタシの台詞だとか汗流しながら言おうとしたが、自分達の背後にそびえる居合い爺にハッとする。超逃走。斬撃とか召喚術とか見舞われながらも二人一緒に暁の丘から撤退した。ちなみにヘイゼル以下追手に執拗に追われた。
アレな感じでも一応指揮官である存在を失ったことにより、攻め込まれるカイル達は不利な状況に追い込まれていく。アズリアが何とか指示を出すが連携が上手く取れない。仮初の混合部隊の弊害が出始めていた。オルドレイクの機嫌がようやく直り始めた頃、イスラ戦いに加わることせず戦況を見守る。いよいよアズリアが危なくなってきたと判断するシスコンはそのツンデレ具合を発揮して「剣」の発動を介し時間を稼ごうと決断、あの変態が戻ってくるまで周囲をビビらせ圧倒させておけばいいとオルドレイクに抜剣の申請に向かう。しかし次の瞬間、背後より途轍もない爆撃を食らい意識が彼方に吹っ飛ぶ。イスラリタイア。まさかの抜剣不発。激震フラグその3が立った。
暁の丘→浜辺→岩槍の断崖(原作14話イベントバトルフィールド)→暁の丘、とあり得ない経路辿って舞い戻ってきた白狸による奇襲。ちなみに追手はスカさんに全部押し付けた。無色の陣の後方を取った白狸、ここぞとばかりに暴走召喚を執行。ロン毛眼鏡愕然。高速召喚と組み合わされた殺人コンボがああソドムとゴモラよ燃え上がれと言わんばかりに無色兵を焼き尽くしていく。まさかのジップトースト連発に全無色が泣いた。
仮借のない圧倒的火力により足並みを乱す派閥勢、カイル達も攻勢に乗り出し挟撃する形となった。イスラ沈黙しているので白いの止める術を持たないオルドレイク、盛大な歯軋りしながら部隊に総撤退を行わせる。ウィゼルだけが残り、炎の海の中で白夜叉と鬼のような死闘を繰り広げまくった。
第一次無色殲滅戦了。
夜会話。赤いのスカーレルとヤード呼び出し。甲板の上にて三人で正座しながら事情を聞く。スカーレルが元紅き手袋だったりヤードが元無色の派閥だったり。元々は取り戻した「剣」をエサにして無色の派閥を翻弄してやるつもりだったとつらつら語るヤードに、レックス「やっぱり俺を利用する気満々だったんじゃねーか」と以前の出来事を引き合いに出しスリーパーを極め、青髪召喚師は誤解を解く前に鼻から汁を垂らして意識を手放した。汗を流して身じろぎするスカさんには尋問を続行、情報を全て吐かせた後、取り敢えずソノラを泣かせたので鉄拳。カイルに殴られただろう同じ箇所を打撃した。しばらく痛みに苦しんでいたスカーレルだったが、むくりと復活したヤードと一緒に「気ままに生きられる先生が羨ましい」とそんなことを言ってくる。この人達が言うとまた重みが違うなぁと、レックス笑いかけてくるスカさんヤドさん見て思った。幼少時代、旧王国に村が攻め込まれた時父親がいなかったらどうなっていたかと、二人を見てそんなifを考えてしまった。そしてきっと母親が微笑みながら召喚術で蹴散らしただろうと確信した。もう深くは考えないことにした。
早朝にて珍しく自発的に起床。さて今日も無職狩りに行くか、と常日頃のようなノリで物騒なこと考える赤いの。何気に無色の所業を根に持っていた。朝から一人でパトロール、またあわよくば不意打ちを企もうとする赤いのに、一部始終を見守っていた幽霊浮かない顔をする。少し前の自分のような感じになっているレックスに心配を募らせた。
昨日と違って敵の姿が見えず守りを固めているのかと考えるレックスだったが、まさかのシアリィはん誘拐イベント。ぶち切れる赤鬼、オウキーニ他ジャキーニ一家とともに敵をすごい勢いで滅殺する。ああもう一刻の猶予もないわと判断し、レックス敵陣地への殴り込みを決定する。暁の丘近辺の海辺に船を停めているだろうと当たりをつけ、岩槍の断崖経由で襲撃しようと目論む。が、同じことを考えていたイスラ達とばったり遭遇。仕方無しに開戦。
険しい天然の要塞に苦しむ島の住人達だったが、率先して突っ込んだ抜剣レックスによって活路が開く。一方でファリエル、いよいよレックスの心構えを危惧。
仲間の力も借りて敵をばっさばっさと切り捨てる白夜叉の前に、イスラが立ちはだかる。先日の余りの殺られ方に、怒りメーターが臨界点に達しかかっているモミーはずけずけと悪態を放ってくるが、レックス無視。逆に「モヤシが」と鼻で笑ってみせる。暴君降臨。瞳も体も真っ赤に染まった怒りの魔人が、目を丸くさせる白いのに飛びかかる。聞いてねぇーぞ!? と白いの高らかに叫びを散らした。剣が切り結ばれる度にとんでもない余波が発生し、断崖が震動し岩が砕け散っていく。有頂天になって笑いまくるイスラ、当初の目的も忘れレックスぶちのめそうとひたすら暴れまくり、レックスはレックスでガチになって応戦。人外の戦いが超三次元戦闘規模で展開されていく。遺跡水面下で着実に活性化。
もうすっかりギャラリーと化した外野組、オルドレイクも観戦しながら真(シン)・イスラとキラーレックスの勝負の行方を見守る。普通に人間を止めた動きをする白いの×2に、無色の兵達が『もう帰りたい…』と呟きをこぼしたらしい。「おのれは一体何なんだ!」と相手のお株を奪うレックスだったが、異変、「剣」のコントロールが乱れる。目をひん剥いて内心焦るレックス、何が原因だと探ってみると……ハイネルが計画通りと嘲笑うかのように口元をひん曲げていた。てめぇえええええええええ!!? とレックス唸る。現実世界ではイスラの激攻を耐え凌ぎ、内面世界ではハイネルの陰湿な──というか極悪の嫌がらせを受け、一杯一杯になってしまう。そして反旗を翻したハイネル、核識を経由せず共界線にアクセスしてのけ魔力を引き上げハイパー化。設定もキャラもかなぐり捨てたハイパーハイネルは満を持してレックスに牙を剥き襲いかかった。二秒後返り討ちにあった。
たった二秒、されど二秒。ハイネルに気を取られ致命的な隙を晒したレックスにイスラが猛然と切りかかった。渾身のエクスカリバー対艦刀。刃が胸部を貫通、なんてことはなかったが、キルスレスによってシャルトスを刀身の半分から叩き折られる。ハイネルのパワーアップの反動により「剣」の強度が著しく低下していた。抜剣解除。レックス吹っ飛ぶ。墜落していくレックスを見て、「──ずしゃあッ!!」と握り拳を天高く掲げるオルドレイク。赤狸を粉砕したことにキャラを忘れ喜んだが、すぐに「剣」を破壊してしまった事実に気付きキレる。イスラに怒鳴りながら詰め寄ったが、狂笑する白いのにブッタ斬られる。オルドレイク涙目。本性を現した、ていうか自分を見失ってシャルトス折っちゃってヤケになったイスラはうがぁーっと暴れまくる。カイル達にも被害が及び三つ巴。
崖から転落しリアル犬神家の一族を砂浜に埋まりながら実践するレックス、息が出来ない。ギャレオに引っこ抜いてもらうが目を回してばたんきゅーする。中々復活しない。ウィゼルのご丁寧な説明により「剣の破壊=所有者の心の木端微塵」という図式を知らされたアリーゼ、泣いて取り乱して先生に抱き縋る。レックスの顔面を涙適が何度も濡らし、女の子を号泣させている事実に、赤いのの意識が可及的に速やかに復旧する。アリーゼの目の前でくわっと瞼を開いてがばっと起き上った。アリーゼ素で呆ける。生徒の泣き顔にハンカチ押し付けグシグシ拭い鼻をチーンさせて肩を両手でポンポンと叩いた。最後にサムズアップ。意味が解らなかった。それ以前に心の一ミクロンも破損すらしていなかった。
速やかに意識を再度戦闘モードに移行、そしてイスラに蹂躙されている仲間達を視界に捉え双眼吊り上げマジモード。半ばから折れている「剣」の残骸に目を落とし、復活しろ復活しろ念じる。ていうか復活してもらわないと困ると瞳を血走らせ魔力を込め始めた。あの馬鹿(ハイネル)に出来て自分に出来ない筈がない、と「剣」による端末機能から遺跡を介さない共界線を引っ張ってきて新たに接続。封印の魔剣本来の、意志の強度で力を増す属性を最大限利用し、「剣」の構造を再構築。「核識」の意識の代替として所有者の意志を置き、「剣」より魔剣の性質を主軸にした。「剣」の魂、「核」たるべき確たる意志の方向性は「守ること」。レックスの魔力を注ぎ込まれ「核識」の魔力は払拭一掃、「剣」が白熱化する。
自力で抜剣覚醒・改。「剣」が蒼色に染まり折れた刀身の先からライトセイバー化した。ウィゼル本気でぶったまげる。リベンジ。カイル達を救出して安全圏内に追いやった後、進路塞ぐ邪魔な無職を「剣」を振るうだけで蹴散らして蒼い矢になる。煌びやかな蒼い光引っ提げてイスラへと突貫。みんながみんなその輝きに見惚れ、そしてイスラが目を見開くのを他所に、「死ねぇぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっ!!!!」とあらん限りにシャウトし斬艦刀振り下ろす勢いで「剣」をモミアゲに見舞った。世界が輝く。断崖が完璧に消滅した。敵味方問わない大被害に盛大にボコボコにされた。
無色はオルドレイク重傷のため本隊は既にいち早く脱出。イスラは水平線の彼方まで飛んだ。泳いで帰ってきた。イスラ激震フラグその4が立った。
夜会話。フルボッコにされボロボロな赤いの、今日もう早く寝ようと船内をフラフラ歩きながら部屋へと向かう。そこでふと、窓の外に広がる船外を見てみると、腕を組みながらあっちにフラフラこっちにフラフラする女傑の姿が。真相はレックスのもとに訪れようか訪れまいか照れ屋な彼女が悩んでいただけだったが、赤いのの目には襲撃の機を計っているようにしか見えない。凄惨な過去を思い出し顔からサァーと血の気が引いてくレックス、自室には戻ってはいけないと呼吸をひゅーひゅー乱しながらアリーゼの部屋へ突撃する。
日記を書いていたらしいアリーゼ、突然の来訪に顔を真っ赤にさせ本を胸に抱き寄せた姿勢で固まるが、赤いのは形振り構わずダッシュ土下座。「匿ってくださいッッ!」と出し惜しみすることなく全力で生徒にお願いした。唯一レックスの過去話を知るアリーゼ、理由を聞いて了承し、そしてすぐにまさかのまさかのまさかの同衾イベントに取り乱しまくる。「あわわわわっ…!」と瞳をぐっちゃぐちゃにしてロボットのような動きで部屋の中を右往左往していたが、馬鹿が一人ベッドの下に潜り込み襲撃を警戒する構えを見せた瞬間、一瞬でそれまでの気持ちが萎えた。
ベッドの下に野郎が潜んでいるという条件下、なかなか寝付けないアリーゼだった。