起床。いつもの見上げる天井ではないことから、昨日はリペアセンターに泊まったことを思い出す。
体を起こして患者服を脱ぎ、準備されているマルティーニの服に袖を通す。
以前にもお世話になったが、やはりラトリクスの科学技術はすごい。
血で真っ赤になり穴だらけだった服、その代わりに用意して貰った服は元の物とそっくりそのまま、何ら変わりがない。
同じ材料使ったんだろうけど、完璧に再現出来ている。しかも一晩でだ。脱帽である。
まだちょっとぼうっとするな。血がもうちょいいる。肉食おう、肉。
朝食をとる為に部屋の外へ出る。クノン居てくれるといいんだけど。
「って、おお?」
「おはようございます、ウィルさま」
部屋から出てみるといきなりクノンと鉢合わせになった。
ワゴンを押す格好でいる所から、どうやら朝食を運んできてくれた様だ。
ナイスタイミング。そしてありがとう、クノン。非常に感謝だ。
「おはよう、クノン。朝食持ってきてくれたの?」
「はい、その通りです。それよりもウィルさま、貴方は安静の身です。まだ大人しくしていて下さい」
「平気だよ。もう普通に動けるし。食事とれば問題ない」
「確かに回復はしていますが、完全ではありません。お戻り下さい」
融通がきかない。そういえばまだこの時のクノンって頑固なんだよな。何言っても聞いてくれないし。
まぁ、笑う様になってからでも治療の際は何言っても聞かなかったか。
朝食食べる為に部屋出たから素直に戻って何も問題はないんだけど……ふむ。
「ダメなんだ。授業がある。今から行かないと間に合わない」
「いけません。部屋へお戻り下さい」
「僕は逃げてでも行くよ。先生に迷惑掛けたくないから」
「止めてください」
睨む様にして俺に訴えかけるクノン。患者である俺が走り回るなど、クノンからしてみれば言語道断。
この時ばかりは怒った表情をしている。
「それじゃあ、クノンが僕の言う事聞いてくれたら、僕もクノンの言う事聞くよ」
「する必要がありません。ウィルさまは安静の身なのですから私の指示に従って下さい」
「却下。僕だけが言う事を聞いてクノンは聞かないなんて不公平だ。それだったら僕もクノンの言う事聞かずにこの場で全力で逃走する」
「いけません」
「じゃあ、僕の言う事聞いて?」
「…………………………………」
クノンは眉を寄せて困った様な表情を作る。こんな事を言う俺が理解出来なくて混乱しているのだろう。クノンからしてみれば俺の言う事など聞く義理もない。だが聞かないと俺が逃走して体に負荷をかけてしまう。
フラーゼンである彼女にとってそんな事はさせられない。実力行使に出ようとしてもワゴンを挟んでいる為に俺の方が先に逃げてしまう。
八方塞のクノンは悩むしかない。まぁ、クノンの立場からすれば俺の言う事を聞くざるを得ないのだが。
何かこの頃俺こんなんばっかりだ。日常生活においても他人嵌めまくってる。「レックス」の時はそれほどでもなかったんだけど。どちらかというと、他の人の言う事に従わされる方だった。これもウィルになったせいか。
まぁ兎に角、こうやっていけばクノンもどんどん物事を考える様になっていくと思う。その証拠に、怒る、戸惑う、悩むといった行動と考えを今しているのだから。
簡単なんだ。こうやって何でもない事を話して考えていけば、クノンが変わっていける。余計なお節介かもしれないが、「クノン」は変わる事を望んでいた。俺もそうあって欲しいと思う。
押し付け傲慢だけど、あの娘が浮かべた笑顔は本物で、綺麗だったから。今を喜んでいてくれてたから。クノンにもそれを知って欲しい。
責任はとる。彼女が変わってしまう責任は。絶対に。
「……………………………解りました。ウィルさまの言う事を、聞きます」
よし。では聞いて貰おう。………何かちょっと危ない感じ入っているが気にしてはいけない。
「ありがとう。じゃあ今から僕のこと、ウィルって呼んで。さまづけなしで」
「そ、それは…………」
「失礼ってクノンは思うかもしれないけど、僕はさまづけされた方が不愉快に思うんだ。だから、お願い」
「…………………………」
更に困った顔するクノン。やばい。俺ちょっと楽しんでる。って馬鹿っ!!変態かっ!
「………ぁ………ぅ……」
クノンは口を開けては閉じを繰り返す。俺は目を逸らさずにクノンをじっと見詰める。
「……………ゥ、ィ……」
「クノン、聞こえない。もっとおっきく」
「……………ゥィ………ウィル」
やや俯きながら搾り出す様にしてクノンは名前を呼んでくれた。
そわそわと体を揺らすクノンを可愛いなと思いながら、お礼を言う。
「ありがとう、クノン。約束だから部屋で大人しくしてるよ」
「あ…………」
無作法の気もしたが、こっちでワゴンの中の朝食一式を引っ張りだす。本当はクノンと一緒に朝食を取りたかったがしょがない。色々大変だろうし。
「朝食もありがとう。じゃあ、また」
クノンにもう一度お礼を言い、部屋へと戻った。さすがに朝からステーキみたいな肉はないか。
然もないと 6話(上) 「招かざる来訪者その1は予想の斜め上をいってたりしてた」
「ヴァルゼルドー。起きろーい」
『………猫はっ!猫は苦手でありま「ねこ、行け」っておうぅおおおををおおおおおおをぅおうをおっっ!!!!?!?!!?!』
寝言言いきるに前にねこを押しかけてみた。
『………………お、おは、よう、ご、ざいま、す……きょ、きょう、かん、ど、の………』
「おはよう。で、体の方は平気か?あと、ねこ居ないからそろそろ目を覚ませ」
『……………りょ、了解。本気のエネルギー充電はもう完了しています。……では、早速、本気は歩行体勢に入ります!!』
はいはいと生返事をして巻き込まれない様に距離を取る。
早速歩行体勢に入ろうとするポンコツ。だが足が微動だにせず。そこに反動が加わり非常口の看板みたいな格好ですっ転んだ。
『おぐっ!!?』
頭から地面にめり込んでいる非常口のあれ。何かもう滑稽通り過ぎて涙を誘った。
朝食を取ってクノンに診断された後、激しい運動しないという条件で外出の許可を貰った。
ラトリクスに居たので都合がいいと思い、先程ヴァルゼルドの様子を見に行った次第である。
そして今はこうしてヴァルゼルドの電子頭脳をアルディラの元へ取りに行く途中。行ったり来たり微妙にメンドい。
あれ結構重いんだよなー、見かけによらず。この体でヴァルゼルドの元まで運べるだろうか?まぁ、キツくなったらねことポワソ辺りに助けてもらおう。
「え?居ない?」
「はい。先程アルディラ様は外出なされました」
あのヒッキーのアルディラが外出?んな馬鹿な。此処――中央管理施設に籠もって怪しい実験を繰り返すあのマッドが外に行くなど信じられない。実験のサンプルか何か発見したのか?
「レックス」の時、1番振り回されたのはあのベイガーさんだと思う。アレの襲撃より頻度は少ないが、インパクトが強過ぎた。気付いたら何時の間にか寝台に寝かされてて、危うくドリル付けられそうになったし。アリーゼが助けに来てくれなかったら、俺はシャレ抜きでドリルアームになっている所だった。曰くロケットパンチもつけたかったとか。死ね。
いつか超合金Zの巨大機械兵士でも作ってしまうのではないかという勢いだったあの「アルディラ」が?皆目見当がつかない。いや、此処のアルディラはもしかして違うのかもしれないけど………でもなぁ。想像出来ん。
「ちなみに何処行くか言ってた?」
「はい。アティさまの元へ行くと」
アティさん?ああ、そういう事ね。俺と同じ様に簡単に死なないアティさんで実験しようって魂胆ね。なるほど納得。
非常に気の毒だが、アティさんには潜り抜けてもらうしかあるまい。まぁ、ヤバかったら助けて上げよう。出来たらね。
でも、アティさん「剣」使ってないのにアルディラは解ってるのか。確かにメイメイさんは護人達知ってる様なこと言ってたけど。
しかし、参ったな。そうなるとアルディラが帰ってくるまで此処で待ってなきゃいけない。そこまで時間は掛からないと思うけど、またヴァルセルドの所まで行かなきゃならないからそこでも時間が掛かってしまう。
確か今日色々あったから、あまり時間を無駄にしたくないんだけど。
「何かアルディラさまに御用ですか?」
「え?あー、うん、そうなんだ。ちょっと用事があって」
「私が承りましょうか?」
「んーーー」
別に言っても平気だよな?どうせバレるんだろうし。
ダメ元でクノンに頼んでみるか。
「実は機械兵士の電子頭脳が欲しいんだけど……」
「電子頭脳を?何故ですか?」
「困ってる奴が居るんだ。僕は、そいつを助けてやりたい」
「…………………」
じっと見詰めてくるクノン。俺も視線を逸らさない。
後ろめたい事なんてないし、何より俺はヴァルゼルドについて何も譲るつもりはない。あいつだけが、最後までみんなの輪に居られなかった。
ああ。譲るつもりなんて、絶対ない。
「…………いいでしょう。準備します」
「いいの?」
「はい。どうせアルディラさまを煩わせるのでしょうから、今此処で渡してしまいす。アルディラさまには私の方からお伝えしますので」
「ありがとう、クノン。助かった」
「……礼は、無用です」
「それでも、ありがとう」
「………………何故ですか?」
「んっ?」
「何故、私に礼を言うのですか?私は当然の事をしてるまで。なのに、如何して?」
ふむ。
「クノンは……そうだな、アルディラにメンテナンスとか受けた時どう思う?」
「………特に、何も…」
「本当に?」
「………………………」
「それと同じ。言葉で言い表せないだろ?クノンがしてくれる当たり前の事を、僕はクノンがアルディラに感じるモノと同じモノを感じる」
「アルディラさまの場合は「クノンのメンテナンスだって当たり前のことだろ?」…………」
「クノンがアルディラに感じているモノを、感謝っていうんだよ。理屈抜き。感謝したいからお礼を言う。以上。お仕舞い」
「…………………よく、解りません」
うん、俺もよく解んない。理屈なんて一々つけてたら。
「なら、一杯考えればいい。それで自分だけじゃなくて、他の人にも聞くこと。アルディラでもいいし、先生でもいい。僕でもね。色んな人達に聞いて、自分で考えて、色んなことを知るといい」
「…………知る」
「ん。でも、そんなに深く考え過ぎない方がいい。クノンは頭でっかちだから」
「…………そんなことありません」
おお、怒った。……いい傾向、かな?
眉を吊り上げるクノンに宥めて、サブユニットを取ってきてもらう。よし、ミッションコンプリート。ヴァルゼルド風に。
「クノン、本当にありがとう。じゃあ」
「………ウィルさ……………ウィル」
「ん?何?」
「……………ありがとう、ございます」
さっきの、俺がクノンに言った事のお礼だとすぐに気付いた。
自然と、笑みが浮かんだ。
「どういたしまして」
なんだ、出来るじゃないか。
『ウマイであります!激ウマであります!!』
「あーそうかい。良かったなぁ、このポンコツ……!!」
『い、痛い!痛いであります、教官殿!?蹴らないで欲しいであります!!』
ゲシゲシとヴァルゼルドを蹴る俺。ヴァルセルドが何かほざくが俺は一向に蹴るのを止めない。
何故ヴァルゼルドに蹴りをかましているのかというと、このポンコツ腹が空いたなどとほざき始めやがった。えっちらおっちら電子頭脳を必死に持ってきて俺に、なんかもうエネルギーがヤバイとかなんだとか。そして俺はまたクノンの元へバッテリーを取りに向かったのだ。結局時間がかなり掛かってしまった。意味ないし。
どうやらこのポンコツ、見つけた貰った手前迷惑を掛けたくなかったので出来る限り自分だけでなんとかしようとしていたらしい。余裕が本当に少しあったのでソーラーパネルの方だけで補給を行っていたが、効率が悪くイマイチ充電出来なかったとのこと。
アホ!先言え!二度手間かかったわ!クノンにまたかよみたいな目で見られただろ!
確かに思い出してみれば一回目会った時、バッテリー持ってきてやった記憶がある。これも前より会うのが早かったのが起因しているのか。
ちょっとした行動でも本当に何かしら変わるんだな。気を付けなくては。その内痛い目に合いそうだ。
「迷惑掛けたくない?余計掛かったわ!」
『ごめんさい!?どうか許して欲しいであります!後生であります!!』
「うっさい、ポンコツ!お前なんかヴァカゼルドで十分だ!!」
『不名誉すぎるであります!?』
「知った事か!てめーは俺を怒らせた!よって軍事憲法第十六条において、てめーを罰する!!」
『初耳であります!?』
「黙らっしゃい!!ねこっ、殺れぇっ!!」
「ミャ!!」
『いいいいいぃぃっ!!?!?!!ちょっ、それはマズぅうっつおおおおぉぉおおおおおおおおおおおお&%#%¥#&%$$%#¥#$%#&¥#&¥&$%#%¥#%!!?!!?!?!!!?!?!!?!??!』
この日ヴァルゼルドが目を覚ますことはなかった。
「あれ?先生?」
ヴァルゼルドを機能停止に追いやって、ラトリクスを出ようとするとアティさんと遭遇した。
「あっ、ウィル君。もう調子はいいんですか?」
「はい、もう大丈夫です。先生は何処行くんですか?」
「浜辺で見つかった娘が目を覚ましたって教えて貰ったので、そのお見舞いですね。来て欲しい、とも言われましたけど」
ああ、イスラね。来て欲しいっていうのは、クノンが記憶喪失の(フリしてる)イスラと上手く対話が行えないからだろう。病は気からってやつで、励まして貰おうとしていると。
あれも全部演技だったんだよね。ふふ、アレの弟ということを偽り続けやがって。裏切られた時の俺の痛みなど奴に理解出来まい。主に胃の。
まぁ、全てが全て演技じゃないのは知ってるいるが。………不器用だ、あいつも。
とりあえず俺も着いていく。ラトリクス出ようとしてまたすぐに引き返すのもちょっとあれだが、しょうがあるまい。
「多分、あの船に乗っていたんだと思います。私達と同じで此処に流れ着いて……」
「………そうですね」
助かった者は帝国軍を除けばたったの3人。少な過ぎる生存者の数に、アティさんは顔を曇らせる。
しかも、その内の1人は仕組まれた存在なのだから、救えない。
全てが明らかになった時。この人は何を思うのか。アティさんの事を少なからず知っているだけに、不安を感じずにはいられない。もうちょい人生を気楽に生きて欲しいものだ。
「先生の憂いは解りますけど、今は喜ぶべきだと思います。人が助かったんですから」
それすらも偽りだが。知ってて言う俺も道化だ。
「………そうですね。あんな女の子が助かったんです。喜ばなくちゃあ、ダメですよね?」
「はい。そうです」
「うん、ありがとうございます。ウィル君」
いえいえ。……それにしても、この笑顔にはいつになっても慣れそうもない。
破壊力が有り過ぎる。というか、日に日に増して強力になってる様な気がする。柔らかくなっているというかなんというか。錯覚する様になるなんて、いよいよ俺の防護壁もヤバイかもしれない。何か対策を…………………って、うん?
「先生、ナンテ言いました?」
「?ありがとうございます、ですけど?」
「違います。もっと前」
「喜ばなくちゃあダメですよ」
「その前」
「あんな女の子が助かった、ですか?」
……………………………。
「男ですよね?」
「お、女の子ですよ」
「男でしょ?」
「ち、違いますって」
確かにあいつは中性的ではあるが、勘違いする程でもない。………この人やはり病院行った方がいいんじゃないだろうか。
「先生やっぱ眼科行きましょう。もう手遅れの様な気がしますが行きましょう」
「な、何でそうなるんですか!?私見間違えていません!あの娘は女の子です!!」
「やはり頭の方の「体だって女の子でした!!ちゃんと、その、む、胸だってありましたし」………………」
…………………………………胸?
◇
「クノン」
「何でしょうか?」
「男だよな?あれ」
「いえ、あの方は女性です」
「男だよな?」
「女性です」
「マジ?」
「はい」
…………嘘。
ガラス一枚隔てられた部屋の向こう。アティさんが話し掛けている人物。線の細い体。円らな瞳。少し柔らかそうな黒色の髪。そして、服の上から山を形とっている、胸。
そう、胸だ。胸です。アティさんのモノの様に激しく自己主張する様なモノではなく形の良さそうな胸。胸である。
………何故に?
「名前知ってる?」
「記憶が混乱している様ですが、イスラさまとおっしゃりました」
別人という可能性も断たれた。いや、服がそっくりそのまんまだからもう何か悟ってたけど。
でも、マジ?いや、確かに俺とアティさん、ウィルとアリーゼの様に世界が変わって姓も変わっている人間がいた。他に姓が逆転している人間がいてもおかしくはない。
が………信じられん。アティさんもウィルも言い方が変な様な気がするが俺が当事者だったし、周りでは変わってた人は居なかった。だから、こうして他人が男が女に変わっているという事実を突き付けられると受容しかねるというかなんというか、ううむ、やっぱ信じられない。
しかも、「イスラ」がだ。普通に襲い掛かろう思ってた野郎が女性になってしまった。………襲撃出来るのか?
女性に襲い掛かる、激しく犯罪の臭いがぷんぷんする。そうでなくても一歩間違えれば普通に犯罪になる。
ヤバイだろ、それは。現行の時が唯一の機会になる訳だから、間違いなく仕掛けるタイミングは夜。イレギュラーが起こったらもはや言い逃れなど出来ない。本当に変態の烙印を押される事になってしまう。…………リスクが高過ぎる。
それに女性に乱暴は、ちょっと、いやかなり気が引ける。戦場ならそんな事言ってられないが、それ以外は………。
ガラスの向こうに居る女の子は弱りきった顔をしていた。
演技だ。解っている。だが、本当にそうなのか?俺は彼女のことを何も知らない。「イスラ」と同じ存在であったとしても、彼女という個は知らない。もし、違ったら?俺の知っている「イスラ」とは違っていたら?傷付けるのか?あの娘を?
アティさんと彼女が出てくる。アティさんに強引に引っ張られ戸惑っている姿は年相応の普通の女の子にしか見えない。
彼女を連れて外に出掛けるとアティさんが提案する。中に居ても参ってしまうだけだというその意見にクノンも賛成した。
俺の前に立つ彼女。思ってもみなかった展開に、困った様な笑みを浮かべていた。
「初めまして。イスラって言います」
その顔は偽りなのか?
真面目に困った。
◇
集落へと向かう道中。木が生い茂る森の一本道を進んでいく。横一列に並び、左からアティさん、イスラ、俺の順だ。
イスラの顔を見つめる。アレとは逆の柔らかそうな髪は短く切られている。ショートボブというやつだろうか?耳を隠し首に少しかかる位のその髪型、そして着ている服が相まってボーイッシュの感じを受ける。
すっと伸びた鼻筋に小振りな唇。円らな瞳も黒のそれであり、小振りな顔は非常に整っている。
言うまでもなく、可愛い。少女から大人の女性に成長しつつある姿は魅力に満ち溢れていた。……余計に手を出し憎くなった。
「私の顔に何かついてるかな?」
俺の視線が気になったのかイスラが問い掛けてくる。女性の顔を凝視してしまっていたか。反省。
「記憶喪失なんですよね?」
「………うん」
「ウィ、ウィル君!」
俯き顔を暗くさせるイスラ。これが演技だとしたら大した狸だ。俺の言えた事ではないが。
「不幸をお悔やみしますよ。先生に捕まるなんて」
「ウィル君!!そんな不謹慎に、って私?!!」
「好き放題振り回されて骨の髄までしゃぶり尽くされます。ええ、本当に気の毒です」
「変な事言わないでくださいっ!!」
「約には立たないでしょうが、僕も出来る限り尽力します」
「無視しないでください!また誤解されちゃうじゃないですかっ!?」
「誤解される様な事してるせいです」
「あなたって人はっ!!?」
ギャーギャー言うアティさん。あしらう俺。もはや日常。
「あはっ、あははははははははははっ!!」
そんな俺達のやり取りに、イスラは声を上げて笑い出した。
カァーと赤くなるアティさん。どうやら初対面の人に見られ更に笑われたことを恥じている様だ。
「ご、ごめんさい。で、でも、面白くって」
目に浮かぶ涙を拭って謝るイスラ。その顔はまだ笑みを浮かべている。「あぅ…」とアティさんが呻いた。
だが顔を赤くし恥ずかしながらも、アティさんはイスラのその姿を見て顔を綻ばせた。暗いままでいたイスラが笑ったことを喜んでいる。
「良かったですね先生、笑われて。さすがです」
「………素直に喜べません」
「ふふっ」
風雷の里 鬼の御殿
「ふぅむ、記憶喪失とな?」
「はい………」
「そう気を落とすでない。いつか記憶も戻ってこよう。何か困ったことがあれば来るがよい。力になろうぞ」
「ありがとうございます」
「何、持ちつ持たれつじゃ。気にしなくてよい。じゃが、何でまたその様なことに?」
「それが……」
「こう、先生に背後からがばちょ、と」
「何でですかっ!!?」
井戸前広場
「おいらはスバル!こっちはパナシェ!よろしくな!!」
「よ、よろしくお願いします!」
「うん。私はイスラって言うんだ。よろしくね?」
「おう!じゃあ、イスラ!おいら達と遊ぼうぜ!」
「うん、いいよ。何するの?」
「鬼ごっこだ!」
「微笑ましいですね」
「ええ。イスラさんも楽しそうです。スバル君達には感謝しないと」
「いや、本当に楽しそうです。誰かさんに追いかけられた時とはまるで違う」
「ウィル君怒っていいですか?」
「申し訳ありませんでした」
狭間の領域 双子水晶
『バァ~~~~~~~~~~~~!!!!』
「きゃあっ!?え、え、えっ!!?……わ、私!?」
「マ、マネマネ師匠っ!?驚かさないでください!!イスラさんがびっくりしてるじゃないですか!」
『フッフ~~ン。ソンナコト知ラナイヨ~~ダッ』
「わ、私がいる………」
「ああ、違うんです!これはマネマネ師匠って言う人………人?と、兎に角、その人がイスラさんの格好をそっくり真似してるんです!」
『フッフッフッ。新シキ挑戦者ヨ、イザ尋常ニモノマネ勝負ト洒落込モウゾ!』
「ダメですってばっ!」
「先生、イスラ。退いてください。僕がいきます」
『来タナ。我ガ宿敵ウィルヨ!今日コソ引導ヲ渡シテクレル!!」
「ふん、やってみろ!いくぞ………って、イスラ?」
「………ウィル君、私がいくよ。これは、私の売られたケンカだから」
「イ、イスラさん!?というか、ケンカじゃないです?!」
「あれ、手強いぞ」
「うん。でも、逃げちゃいけない。だって…………」
「私の胸はあんな小さくないっ!!!」
「勝負っ!!」
『ソノ心意気良シヤ!!来イ、小娘ッ!!』
「…………………………………」
(「イスラ」とキャラちげぇ………)
ユクレス村 実りの果樹園
「これ貰っちゃったけど、いいのかな?」
「ん。マネマネ師匠は最後までモノマネについてきた人に賞品くれるから」
「そうなんだ。でもこの水晶、綺麗。何て言うんだろ」
「召魔の水晶」
「よく知ってるね?」
「まね。それよりイスラ、それ後で貸して。ちゃんと返すから」
「うん、いいよ」
(あの激しい攻防戦は一体………)
「此処は何て言う所何ですか?」
「えっ?あ、えっと、此処は実りの果樹園って言って……」
「うお~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!離せっ、離さんかいっ!!!離すんじゃい、兄弟っ!!!」
「「わっ!?」」
「あったね、そういえば………」
「待つんや、あんさんっ!早まったらアカン!!」
「えっと………」
「ジャ、ジャキーニさん?」
「あーー……マイハンマーないんだよな」
「どうしてこんなことに…」
「ヘルモグラをやっつけるのですよ~」
「わ、私邪魔にならないかな?」
「イスラ、雑念を捨てろ。奴等に隙を見せたら最後………死ぬぞ」
「う、嘘………」
「真だ。奴等の速さは尋常じゃない。どの位速いかというと現在駐留してる帝国軍の女傑の必殺並みに速い」
「何でウィル君がアズリアのことを…って、そういえばそうでしたね……」
(確かにそれは死ぬなー)
「殺るなら瞬殺だ。そう例えばそこおおおおおおおぉっ!!!」
「「早っ!!?」」
「見るんじゃない!感じるんだ!」
「無茶言わないでください!?」
「ちょ、ちょっと無理が……。あっ、えいっ!」
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
「って、えええええええぇっ!!?ば、爆発っ!?」
「ペンタ君だっ!」
「ぺ、ペンタ君っ!?」
「爆殺のプロです!」
「何でそんな物騒なものってきゃあああああああああああああああ!!?!?!?イ、イ、イスラさーーーーーーんっ!!?」
「ニコニコさんが真っ黒焦げになってしまったのですよーーーーっ!?」
「え、衛生兵!?衛生兵っ!?」
「去ねえええぇっ!!!モグラァアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!!」
「何普通にモグラ叩きまくってるんですかっ!!?イスラさんをスルーしないでくださいっ!!」
「今止まったらイスラの死が無駄になるっ!」
「死んでませんっ!!!」
「くたばれぇえええええええええええええええええ、あ゛」
ドッゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!!
「きゃああああっ!!?……ウィ、ウィルくーんっ!?」
「…………無念…」
「ちょっ!?此処マジでヤバイですっ!!?」
「だ、大丈夫ですか…?」
「あ、あははは…ちょ、ちょっと疲れました」
あの後俺とイスラは回収され治療。一命を取り留めた。
阿鼻叫喚の地獄絵図と化したジャキーニ畑だったが、何でもアティさんが俺とイスラを運び出す為に覚醒、1秒に九連打とか人知超えた離れ技やってのけたらしい。金色の粒子もとい蒼色の粒子撒き散らしたとか。光に変えやがったのろうか。アンタ実は召喚師じゃねーだろ。ちなみにジャキーニさんにプリティ植木鉢貰った。
だが真面目にイスラは心臓が止まっていたらしい。何馬鹿なこと言ってるんですか、それだったら生きてる筈ないでしょうとアティさんの言った事を一蹴したが………内心冷や汗ものだった。
呪いをその身に受けている「イスラ」は体が活動をしていないと死と蘇生を繰り返す。「クノン」に聞いた「イスラ」の症状だが、これはイスラにも当てはまるのだろう。
つまり、イスラは召喚呪咀を受けており、そして無色の恩恵で今は五体満足でいられる。呪ったのが無色だから恩恵も糞もないのだが。
取り敢えずこれでイスラが無色と繋がっているのは確定になった。なんともマヌケな判明の仕方である。
「す、すいません。まさかこんなことになるなんて……」
「僕の言った通りでしたね」
「絶対私のせいじゃない気がするんですけど」
「責任逃れですか?イスラを引っ張り出したのは先生なのに。見苦しいですね」
「くっ……!」
「あ、あのっ!き、気にしないで下さい。本当に楽しかったですし、いい気分転換になりましたから」
「………うう、すいません」
「あはははは………」
「………………」
「でも、ウィル君にも責任がある様な気が………ウィル君?」
「……………あれ」
「「ッ!!?」」
視線の向こう。木々が原型を留めないていない程に到る所が抉られ、その辺り一帯の森が死んでいた。
明らかな異常。自然の摂理にそぐわない現象であることは間違いない。どうやら、きしょい御一行が来なさった様である。
◇
集いの泉にて、緊急会議が開かれている。
もちろん内容は先程の森の変貌。何が起きているのか、事態と原因の解明について話し合っている。
俺は参加していない。ジルコーダじゃね?って言ってもいいんだが、何でお前知ってんねんって話になる。あれメイトルパの方じゃ有名らしいけど、他の世界ではほとんど知られてない召喚獣だしね。派閥連中も一体何人が知っているのか。
普通に知ってますよ言っても怪しまれるだけだし。それに巣である場所を見つけないと、結局ジルコーダの仕業だと解っても解決しない。
巣は炭鉱です言ったらもう怪しまれるだけじゃすまない。よって何も話せない。だから居ても意味なし。
それよりもやらなければいけない事がある。「レックス」の時はこの後呼び出されて、強制的に「剣」を使わされている。アティさんに抜剣させる訳にはいかない。奴が此処を出た瞬間マークする。
あの時は抜剣しろ言われて、するかボケと反抗したが、「剣」が勝手に抜剣しやがった。いよいよあの時「剣」手放そうと思ったね。もはや呪いの類にしか思えなかった。まぁ、すぐに主導権奪い返したけど。
今俺が居るのは泉のほとり。泉の中央の会談の席を見守っていた。
「行かなくていいの?ずっと見てるけど」
「いいんだ。僕が居ても意味ないし。話なら後でも聞ける」
俺の横にはイスラ。非常事態故に、単独行動は危険と言われアティさんが戻ってくるのを待っている。ちなみに俺も同じ状態だったりする。
「ウィルってさ、変わってるよね」
「何、いきなり」
「最初から私のこと呼び捨てだったでしょ?遠慮がないっていうか」
「イスラだって僕のこと呼び捨ててるじゃないか」
「私は最初くんづけしてたよ。ウィルが呼び捨てるから、じゃあ私も、って」
「さいで」
「さいです」
にこっと笑うイスラ。マルルゥに早くもニコニコさん言われるだけあっていい笑顔だ。
「島回ってみてどうだった?」
「楽しかったよ、本当に。何も覚えてないせいかな。目に映る物全部、新鮮に見えた」
「………」
覚えてないのではなく、知らないんだろう、お前は。
呪いをその身に受け床に伏し、無色に引き抜かれた後もただ駒として動く此れまでの人生。
平穏、普通の生活、ありふれた日常。
それらとは縁のない裏の世界。その道を歩むしかなかったイスラは、知らない。
これは「イスラ」が言っていたことで、あいつが何を感じて何を思ったのか俺は解らないし、それは目の前のイスラについても同じ。
いくら俺がイスラの身になって考えてみてもそれはただの妄想でしかない。苦しみなんて物理解してやることなんて無理。
ただ解るのは、全てを眩しそうに見詰める眼差しをしていただけということ。
「何かやりたいことはあった?」
「え?」
「楽しかったんでしょ?何か興味を感じることはなかったの?」
「………………」
「これからもやっていきたいと思えたもの、なかったの?」
「なかったかな?楽しそうだったけど、色々大変そうだったし。私疲れるの嫌いだからさ。遊ぶだけだったらいいんだけど」
「うん、やりたいことなんて、なかった」
「はい、嘘ー」
「……………はっ?」
「滅茶苦茶嘘。普通に嘘。バレバレ」
「…嘘なんかじゃないよ。本当だもん」
「嘘だね。イスラは嘘吐いてる。絶対に」
「ついてないって」
「いや、イスラは嘘吐きだ。現役バリバリの嘘吐きだ。僕には解る」
「……如何して?」
「似たような奴知ってるから」
「誰?」
「僕」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………ぷっ」
「あはははははははははははははっ!!!!」
「あははっ!何それ?あー、もうホント可笑しいなぁ。………うん、本当に変だね、ウィルって」
「そんなことはない」
「はい、嘘ー」
「ぬっ」
「ふふふ」
本当に楽しそうにイスラは笑う。ころころと表情が変わり、屈託もなく、ただ嬉しそうに。
それは、きっと偽りなんかじゃない、本当の笑顔。
「だいたいさー。こんな正直者の私を捕まえて嘘吐きなんてよく言えるね?」
「そっちの方がよく言う。体弱ってる設定はどうした。普通に師匠と空中戦繰り広げやがったくせに」
「………あ、あはははははは。あ、あれはー、えー、うん、そう、お、女には引いてはいけない時があるんだよ!」
「へー、ふーん、そう」
「くっ……!?こんな屈辱は初めてだよっ………!!」
「胸の件より?」
「うーん、微妙……って何言わせるのっ!!」
「まだ成長の余地はあるって」
「親指立てるなっ!!!!!」
それから、イスラに用事があると伝えて別れた。アティさんには護人と一緒に居ると伝えてあるので平気。
じゃあ、奴が身動きとれない様に張り付くか。
ラトリクス周辺森林
(ば、馬鹿なっ………!)
いつぞやの殺気。醜態を晒す羽目になった先の出来事とまた同じ形。
あの黒装束が、また現れた。
汗が止まらない。喉をゴクリと鳴らし、キュウマは辺りを見回す。彼は汗を拭うことを忘れる程緊張を強いられていた。
忘れる筈もないあの糞にまみれた一件。同じ護人にはドン引きされ、仕える当主には頭の心配をされた。
屈辱、そして悪夢。刻まれた汚点の再襲。キュウマは戦慄する。
端から見ても狼狽しているうんこ忍者。今回トラップは仕込んでないが、今のうんこなら俺でも倒せる。意識刈り取る。んで、アティさんには近付けさせん。
ホントにあのうんこも難儀な性格をしている。ミスミ様の夫の言い残した言葉だが何だが知らないが、色々巻き込もうとしやがった。
その忠誠心には感服するが、それで周りが見えなくなってどうする。ミスミ様を泣かせんなアホ。過去じゃなくて今を見ろ、今を。
何より俺を巻き込むな。最後の最後まで俺を人柱にしようとしやがって。そもそもあの怪しさ爆発のラスボスボイスで気付け。
しかもハイネルは苦しむ俺を鼻で笑いやがった。舐め腐ってたなアイツ。
とにかく潰す。うんこ潰す。
殺気を強める。あからさまに体を強張らせたうんこに苦無を放つ、
「っ!?」
その前に、間違える筈もないあの気配を感じ取った。
「シャルトス!?」
発動した!?何で!?
予想外の事態。混乱しかけるのを抑え、思考を巡らせる。一体、何が起きている?
アティさんが抜剣せざる得なくなった?ジルコーダ?帝国軍?それとも………イスラ?
「消えた………」
「剣」の反応が消える。あまりにも発動の時間帯が短い。戦闘ではない?アティさんの意思とは無関係に「剣」が召喚された?俺の時と同じ?
馬鹿言うな。そうならない様に此処でキュウマを押さえ込んでいたんだろう。キュウマ以外の誰が「剣」に働きかけたというのだ。
それとも、変化が生じた?俺の知っている出来事とは違う何かが起こってしまった?
メイメイさんは言う通り相違が生まれてしまった?
「ちっ!!」
この場を破棄。離脱し、アティさんの元へ向かう。
「レックス」ではないせいか、「剣」が発動した場所まで特定出来なかった。探し回るしかない。だが……
(嫌な予感がする)
喚起の門。無意識の内にもうそこへ向かっていた。俺の時と照らし合わせてみて、展開があまりにも酷似し過ぎている。
切に外れて欲しいが………行くしかない。
如何なっていると、思わずにはいられなかった。
◇
「タケシー!」
落雷。上空から雷が落ち、それを身に受けた異形は崩れ落ちた。
術者はそれを見届け乱れた息を整えようとする。だが、間髪入れず別の異形が飛び掛かってきた。
「っ!?」
「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
『あてぃ!』
轟撃。縦一閃、真横からそれを貰った異形は声を上げる間もなく地に叩き伏せられた。
「あ、ありがとう、ファルゼン」
『アァ』
「ちょっと!片付いたならこっちにも手を貸して頂戴!」
『「!」』
無援の奮闘が、今も尚続けられていた。
際限なく押し寄せる魔蟲。一体何処から湧き出て来るのか。
倒せど倒せど一向に異形共の数は減る気配を見せない。周囲には死体の山が散乱していた。
(数が多すぎる!)
この場でただ一人前線で剣を振るうファリエルは自分達が窮地に立たされつつある事を悟る。
味方は自分を含め3人。そしてその内2人は肉弾戦を不得意とする召喚師。数に押され張りつかれたら最後、今辛うじて保ちつつあるバランスは一気に崩れてしまう。
そうでなくても召喚術の乱発により召喚師――アティ、アルディラの魔力は尽きつつある。限界が近い。
『ハァアアアアアアアッッ!!!』
大剣が振るわれる。大きく薙がれた巨大な鉄塊は、魔蟲をその強固な外殻もろとも粉砕し、彼方へと弾き飛ばした。
撃破。だがそれを嘲笑うかの様にまた新しい魔蟲が森から姿を現す。その光景に、鎧の内でファリエルの顔が苦渋で歪んだ。
僅かに視線を傾け背後を顧みる。
息を大きく吐いているアティ。アルディラは平時のままの様に見えるが、顔からは幾筋もの汗を流していた。
ダメかもしれない。このまま援軍が来なければ。
ファリエルの頭にその思いが過る。
アティが抜剣すればそれで片は付く。
「剣」の力は絶大。いとも容易くあの召喚獣達を捻じ伏せられるだろう。
(それだけはダメ!)
だが、ファリエルはそれを許さない。
「剣」は島の亡霊達を呼び起こしてしまう。喚起の門も存在するこの場での抜剣は危険過ぎる。
何よりアルディラが「剣」の発動を促した事実。護人の、島のタブーを破ってまでの行為。尋常ではなかったアルディラの様子。全ての要素が、「剣」の使用は危険だと言っている。
しかし、このままいけば全滅を待つのみ。打開の術がない。
(……………確か、あの時も…)
思い出すのは先日の夜での戦闘。
召喚獣を庇いどうする事も出来なかった自分を助けてくれた一人の少年。瞬く間に敵を蹴散らし、自分に声を掛けてくれた。
ありえない。馬鹿げている。彼がまた来てくれるなど。そんな都合のいい話がある筈ない。
だけど―――
―――助けて―――
ファリエルは、心の中でまたそれを望んだ。
そして、変化が訪れる。
「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」
「Gyyyyyyyyy!!?」
新たに出現した魔蟲。群れの後方から姿を現したそれは、ファリエル達に向かうことなく、側に居た同族に牙を剥けた。
突然の背後からの攻撃に死に絶える魔蟲。同族殺しの異端は、それだけに至らず身近の魔蟲にも攻撃する。
「えっ………?」
そして新しく姿を現した魔蟲もまた同じように同族に襲い掛かかる。
同士討ちが、始まった。
「な、何が………」
『………………ッ!!』
アティ、アルディラが目の前の光景に呆然とする中、ファリエルだけが森の中の人影に気付く。
『うぃる!!』
「ええっ!!?」
「っ!?」
森を飛び出し姿を現す少年。肩で息をしているが、その目ははっきりと前を見据えていた。
「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」
同士討ちに漏れた1体の魔蟲――ジルコーダは現れた外敵に襲い掛かる。
「ウィル君っ!!?」
絶叫。
(間に合わない!!)
予測。
「…………!!」
信頼。
三者三様の反応を見せる中、少年――ウィルは己の成すべきことだけを実行する。
「召喚」
突き出すは深緑のサモナイト石。あらゆる召喚過程を省略し、異界の門を開く。
「ドライアード」
そして召喚されたのは魅惑的な花の妖精。戦場にそぐわない無垢な笑みを浮かべる森の乙女。
「ラブミーウインド」
だがその外見とは裏腹に行使する能力は極悪。両手を向かってくるジルコーダに伸ばし桃色の靄を飛ばす。靄がジルコーダを包み込んだ。
やがて、ジルコーダは動きを止め、反転。同士討ちを続ける群れの中へ身を投じた。
ドライアード。メイトルパの花の妖精であり、魅了魔法を使う数少ない召喚獣。
神経系に作用し対象の意識を他に向けさせる。心を一時的に魅了させ味方同士の同士討ちを図る特殊魔法。
ちなみに色香の作用で増減するらしく、雄の方が効果は高いらしい。
ウィルは森の中で遭遇した数匹のジルコーダに、ドライアードをけしかけ魅了状態にさせたのだ。
結果は言わずもかな、繰り広げられる乱闘が証明している。
互いを攻撃し合うジルコーダを尻目にウィルはそのすぐ横を通り過ぎる。
固まるアティとアルディラ、そしてファリエルの元へ合流した。
『うぃる………』
「…………如何してこうなったのか説明して欲しいですけど、取り合えずあれを片付けましょう」
そう言ってウィルは懐から水晶を取り出し、今も固まっているアルディラへと投げる。
向かってくる球体にアルディラは再起動を果たし、「とっ、とっ、とっ!?」と危なげにキャッチした。
「ウィ、ウィル君っ!?如何してっ!?」
「奇天烈な生き物見つけて後追ったら此処に」
「いえ、それもあるんですけどっ、ええと、そう、た、戦い慣れてません!?」
「ファルゼン、君また無茶しただろ?」
『ムゥ…………』
「無視っ!!?」
アティを普通にシカトするウィル。ファリエルもファリエルで聞きたい事があったのだが、何故か逆に叱られる。
アルディラは手の中にある水晶とウィルを交互に見てまだ混乱してた。
「アルディラ」
「はっ!な、何?」
「それ使って誓約の儀式して。召喚術の効果が切れる前にあれを潰して欲しい」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。一体何を呼びだすっていうの?幾ら数が減ったっていってもまだあんなに……」
「ライザーです」
「!………なるほどね」
「借り物だからそれ傷付けないで」
ぬけたウィルの言葉に苦笑して、アルディラは水晶とサモナイト石を両手に構える。
召喚陣が展開され、サモナイト石が発光を始めた。
「アルディラの名において汝の名を刻む。我が求めに答え此処に誓いの儀を。召魔の水晶――誓約」
詠唱を終え、サモナイト石に刻印が打たれた。
そして誓約を交わした僕は主の声に応え異界の門をくぐり抜ける。
「おいで。ライザー」
現われたのは球体の小型機体。それは上空、ジルコーダの真上に召喚された。
「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!」
ドライアードによる魔法の効果が切れ、ジルコーダは正気を取り戻す。
洗脳され同士討ちを演じさせられていたことに怒り狂い、彼等はウィル達の元へと向かおうとする。
だがそれは叶わない。
上空に召喚されたライザーは元の何十倍もの大きさに巨体化する。
ジルコーダの一団をすっぽり円形の影が覆い、それに気付いた数匹が首を持ち上げた。
視認するのは圧倒的な質量の塊。彼等の動きが止まった。
「ビックボスプレス!!」
そして、落下する。
断末魔の代わりに破砕音が上がり、喚起の門一帯に爆音が鳴り響いた。
「……………!!」
落下地点を中心に辺り一面亀裂が走っている光景は、その威力を物語っていた。
舞い上げられた石の破片がばらばらとその場に落ちていく。
落下したライザーは収縮し、元居た世界に送還された。
その直下を見てみれば、案の定凄惨たる状況になっている。魔蟲の群れは物言わぬ屍と化していた。
(…………来てくれた)
そっと、隣に居る少年をファリエルは見遣る。
僅かに上下する胸。息を切らしており、此処まで来るのに全力で、または召喚術を乱発して無理をしたのが窺えた。
やはり、たまたまでなんかはなく自分達の危機を察知して駆けつけてくれたのだろう。
戦闘で発生した音を聞きつけたのか、魔力を感知したのか。いずれかは解らないが、ウィルは己の危険を顧みず来てくれたのだ。
(もしかしたら、本当に………)
届いたのかもしれない。自分の望みが。そして、彼が応えて……
(~~~~~~~~!!)
ファリエルはそんな事を考えて、次には理由が解らないまま体が熱くなるのを知覚する。
本当に、前触れもなく急に体が熱を帯びた。
え、え、え?とファリエルは混乱する。
別にこれはただの妄想で、そうであったら嬉しいと、本当に、ただそう思っただけで。
彼が、自分を近くに感じてくれているのではないかとそう思っただけで。
『…………約束。破ったら、ダメだから』
彼が自分の事を想ってくれていたらと……そう望んでいるだけで…。
ファリエルはありえる筈のない熱を感じつつ、じっとウィルを見詰めた。
今も前を見据える深緑の瞳は、強い意志が窺える。
視線に気付いたウィルはファリエルに顔を向ける。ファリエルがしまったと思った時には遅く、鎧がびくっと震えてしまう。
ウィルはそんなファリエルを訝しみ、目でファリエルに語りかけた。
―――大丈夫?
いつかと同じ、「ファリエル」に向けられる想いと瞳。
顔にも、熱が伝わった。