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その日の夕方。銀之助は制服から正装に着替え、ネクタイをぎゅっと締めてから、浅葱家の庭に臨んだ。だだっ広い空き地のようなところへ、発明品紹介用の台まで持ってきて、えらい力の入れようだった。ちなみに長い髪を結ぶ紐も、今回は「勝負用」にしてある。
あらかじめ用意された椅子に、三名の客はすでに座っている。
シルク製の真っさらなナプキンで覆った発明品を手に、いざ――
とさっ。
台に発明品を丁重に置き、
「レディース、アン、ジェントルメーン。今日は僕の発明品発表会にお越しいただき誠に、」
「前置きはいいからさっさとしろー」
「そうよ。タイムセールを諦めてまであんたらのお遊びに付き合ってやってるんだから」
「ううっ、ひどいよルミナたち、せっかく僕が活躍できる唯一の見せ場なのに……」
厳かな雰囲気は一瞬にして壊れた。
「そうよチェルシー。銀之助さんにきちんと協力してあげなきゃ」
「ああー、やっぱりルリさんはやさしいなあっ」
銀之助はだばーっと感涙する。
「わたし、なぜか銀之助さんのことがほうっておけなくって。とにかく、ちゃんと聞いてあげよう、チェルシー?」
――ハッ。
そのとき、乱暴者二名の頭の中に一筋の電撃が走った。
次の瞬間、留美奈は高速で移動し、銀之助のネクタイを締め上げる。
「クソー、銀之助ッ。お前いつの間にルリのハートを射止めてやがったんだーっ!」
「ぎゅわぁぁぁあっ、僕そんなこと知らないよ~っ」
「やめなさいルミナ」
叱りつけるような口調でチェルシーが言った。
「やめなさい。そして、メガネ君の話をちゃんと聞いてあげるの」
真剣な眼光で留美奈を突き刺す。
「きゅっ、急にどうしたんだよ……」
「あの、僕はメガネ君ではなく五十鈴銀之助という名前がちゃんとありましてね……」
チェルシーは留美奈の耳をぎゅっとつまんで引き寄せた。
こそこそと話をし始める。
「バカッ、考えてみればすぐに分かるでしょっ」
「だからなにがだよ……?」
銀之助は蚊帳の外で一人、
「あの、話聞いてます?」
「ルリ様とメガネ君の固い絆の正体よっ」
「固い絆ッ!? ウソだろ……あいつらいつの間に……」
「絆っていうのはそういうことじゃなくッ……あーもー、共通点っていえばいいのかしら」
銀之助とルリは蚊帳の外で二人、
「あのー銀之助さん、二人はいったい何の話をしてるんでしょう?」
「わー、やっぱりルリさんは僕のこと名前で呼んでくれる~っ」
「共通点共通点……ハッ!」
ショキメンバーナノニデバンガスクナイ。
「うへー、限りなくどうでもいいんだが……」
「でもここはルリ様の意見をくみ取ってあげましょう」
パッ。
と二人は席に座りなおす。
「悪かったよ銀之助。今からはちゃんと話聞くからさ、堂々と発表しろよ」
「ごめんなさいルリ様。せっかくのタイムセールだったものでつい……」
「いいえ。分かってくれればそれでいいの」
「やったーッ、よく分からないけど改心してくれたんだね二人ともっ!」
銀之助が元気を取り戻して、再びメンバーの前に立つ。
傾きかけた太陽のやわらかい陽射しの下。頬をなでるくらいの風が植木の葉を揺らし、女の子たちの髪をやさしくなびかせる。ただそれだけの呑気な時間が過ぎてゆく平和な庵光寺の境内で、銀之助はナプキンの端を軽くつまんだ。
「よーしっ、じゃあそろそろ発表しますよっ。これが僕の新発明、その名も『UMラジオ』です!」
見た目は、なんの変哲もないラジカセである。
「で、そのラジカセがどうやったら爆発するんだよ」
「なんで爆発するのさッ?」
「まず私の能力で耐久性を確かめないと」
「なんでラジカセの耐久性を確かめてみる必要があるんですッ? 二人とも僕の発明をとにかく壊そうとしてないッ?」
「わー面白そうな機械ですねっ。このボタン押してみてもいいですか?」
「……やめてくださいルリさん」
一通りツッコみ終えると、銀之助はアンテナを立て、周波数のダイヤルをいじったあと、腕時計を確認する。
「ほんとは内容を発表してから実験を開始するつもりだったんですが……あと20秒待ってください。これから始める実験で、だいたいの内容は分かるはずです」
「お前にしては、結構大掛かりなんだな?」
「そりゃあそうですよ。これはもしかしたら地上と地下世界を結ぶ……おっと、口がすべりましたね。あと13秒です」
「ちょっと。地上と地下世界を結ぶって? 地下世界の存在を、地上に公表するつもりッ?」
チェルシーの語気が少し強くなる。
「いえ、そんなに大したことじゃないんです。ただほんの少しだけ、僕らの日常が変わるかもしれません。というか、『僕たちのための発明』になるはずなんです、これは。あと5秒」
銀之助が電源スイッチに指をかける。
「地下世界」。突然飛び出した思わぬワードに期待と不安が混ざりあい、空気が張り詰める。
「3」
「2」
メンバーの誰もが押し黙っている。
ラジカセを見つめて。
「1」
パチュン――。
両方のスピーカーから静かなノイズが漏れ始める。
銀之助はダイヤルとアンテナを操作し、たまに音声らしきものの混じるノイズを慎重な手つきでかき分けた。
『ぁ、――ぇる、ザッ、』
「おっ、」
一瞬どこかの電波と同調し、留美奈が声をあげる。その感触を頼りに銀之助はダイヤルを微調節した。
『あーあー、ズズッこちらローレッザザッンクラブラジオですー。ただいま試験放送中。ただいま試験放送中――』
「この声……?」
チェルシーの言葉に、銀之助はニヤリとした。
『こらっ、そんな番組を勝手に放送するなァ! ウチは本当に地下世界を改善したいと思っている反対勢力(レジスタンス)のためのアナーキー放送局なんだ! 僕が独自に研究した公司本部攻略術を公表したりレジスタンス同士で情報交換したりですね、』
『そんなこと関係ないですわッ! 私はただローレック様の声が聞ければッ! アーアーアーっ! ローレック様ァ、私の声聞こえてますかーッ!?』
『ローレック様ぁ、聞こえてますかぁー?』
『もうっ全ッ然反応ないじゃないッ、これで何回目よッ、ちゃんと働きなさいこのポンコツメカァーッ!』
『やめろ――ッ、君たちが思っている以上にこの機械は設定がデリケートなのですよア――――ッそのレバーはダメ絶対ダメいじっちゃ動かすな! ダメッレバーだけは絶対に、』
「おい銀、これって……」
ようやく留美奈が口を開いた。
「録音なんかじゃありませんよ? 地下世界から出る日、翠先生と約束したんです。一時間に一回、地下から電波を発信してくださいと。それを僕が、いつか受信してみせるから」
音声に耳を傾けながら言う銀之助は、横顔ながら誰の目にも勇ましく、抑えきれぬ歓喜に満ちあふれた表情(かお)をしていた。
「そしてもちろん、受信だけができるわけじゃありません」
ポケットからマイク端末を取り出すと、スイッチを入れた。それに反応してラジオカセットの第二ランプも青く灯る。
「翠先生っ、翠先生ッ!」
銀之助がマイクに向かって吹き込んだ数瞬後、
『ん……今誰かが僕を呼んだような?』
「翠先生っ! 僕です、銀之助です!」
更に数瞬後――
『……ついに開発したんだね、銀之助君』
「はいッ。お久しぶりです翠先生。先生の声も、ばっちり聞こえてますッ」
『先生、か。そう呼ばれるのも随分久しぶりな気がして照れるなあ。ところで銀君、そっちは君一人だけなのかい? もしそうなら呼んできてほしい人がいるんだけど』
「ええっ!? 僕は先生に、募る話がたくさんあるんですがっ?」
『いや僕だって、銀君が開発したその装置についていろいろと聞きたいことはあるんだけど、外野が少し騒がしすぎ……ホントのこと言うと今、煉氣銃をこめかみに突きつけられて脅されてるんだよォ~っ』
「センセエ~ッ!」
『というわけで銀君、聞こえますぅ?』
音声が女性の声にすり変わる。先程も聞こえた二人の女性の声のうち、穏やかで優しげな方の声だ。
「エミリーさんッ? 何をしようとしてるんですっ?」
『そうッ! 簡潔に言うわっ。私たちはメガネ君の声なんてどーでもいいのよッ! はやくローレック様を出しなさいッ? さもなくばあんたの師匠の命の保証はないですわよッ?』
キンキンと高い声の方――これは言うまでもなくジルハーツだ。
『ないですよ~』
と再びエミリアが穏やかな声で告げ、
『ヒェ―――――――――ッ! あっ、そっ、それはまだテスト中の重力弾ッ、まだ威力調節がフジューブンでッ、ブラックホールじみたものが出てくる超絶危険なッ、だっ、だめだ装填しちゃっ、あ、安全装置まで外されてるっ? 何かの間違いで発射されたらどーするッ!?』
『何かの間違い、ですって? 私たちが本気じゃないとでも思ってるの?』
とジルハーツ、
『そうですよ翠さーん? 忘れていらっしゃるようですが、あなたは公司の敵なんですっ。たとえ私たちがあなたの命を奪ったとして、それの何がイケナイんですか?』
とエミリア、
『たすけてヘキサァ――――ッぐががぐがあ~?』
何かで口を塞がれたようだった。
『うるさい人にはこう、ですっ。ねえ銀君、銃口をおクチのなかに突っ込んでブラックホールを打ったら果たして人体はどうなってしまうんでしょう?』
『ちなみに頼みの綱のヘキサさんは私たちの後ろでニコニコしていらっしゃるわ?』
『ごめんなさい翠。タウン特産品の数々で買収されちゃったわ。特に地下魂の辛口(日本酒)はレアだから……えへへ』
とおとなしそうだけど嬉しそうなこの声はヘキサである。
『えぐがァ(ヘキサ)―――――――――――――ッ!』
「ううっ、ひどいひどすぎるぅッ。師弟せっかくの再会をちょっとぐらい祝福してくれたっていいじゃないかァ~」
「お疲れ様……」
あまりにも不憫すぎる銀之助に、さすがのチェルシーも同情してしまう。ポンと肩に手を置いたあと、差し出されたマイク端末を受け取った。
「お待たせあんたたち。私がご指名のチェルシー・ローレックよ……」
『きゃあああああああッローレックローレックローレック様よォ――ッ! エミリーちゃんと録音してるッ?』
『そんなのとっくに録音中ですジル先輩ッ!』
「あっ、相変わらず元気そうでなりよりだわ……」
『全然元気などではありませんでしたのよローレック様。気力体力希望や勇気何もかも失い、何度も何度もヤケ酒に走ったこの数ヶ月!』
『龍(ロン)の復活未遂のあと私たちがせっかく救出したというのに、突然地上へ行ってしまうだなんて……ちょっとヒドいです!』
「それはしかたないじゃない! 私だって護衛の任務がまだ、」
『そんなにッ! そんなにあの男のことが良いのですかッ?』
チェルシーの言い訳をジルハは遮る。
「はッ!?」
『こんなにも尽くしに尽くし筆舌に尽くしがたいほど尽くしッ、公司(カンパニー)の内部組織の中でアブない橋を渡り続けッ! ついには公司のNO.3今では実質トップの崇神(スイジェン)様にさえ目をつけられてしまった私よりッ、ただ感情の赴くままに粗野な武器を振るい続けただけのあの男の元へと走ってしまわれるのですかッ? 人の愛は性別を超えられないとでもいうのですか――――ッ!?』
『ちょっ、ちょっとジル先輩ッ? 翠さんやヘキサさんが変な目で見てますってッ!』
「ちょっとッ? あんたものすごい誤解をしてるわよッ? 私が地上に行ったのはあくまでルリ様の護衛のためであってっ、ツンツン頭に会いたかったからではけして、」
『わーッローレック様ツンツン頭って言いましたァ――ッ! 私はただ、男、とだけしか言ってないのにっ、粗野な武器を振るってたのはメガネ君も同じでしたのに、ローレック様はツンツン頭とッ、たしかにその凛々しいお声が告げましたちゃんと録音もされましたーッ!』
「ちっ、ち、ち、ち、ち、ち、ち、ち、」
チェルシーはなぜか顔を真っ赤にして、美しく青い瞳も今は混乱でぐるぐる回転している。
「チェルシー……?」
ルリは問いかけるような視線でチェルシーを見つめる。
「ちちちちちち違うんですよルリ様ッ? こいつらが言ってるのはただのジョーダンで……」
「だ――ッ!」
ガマンの限界だった留美奈がチェルシーからマイクを奪い、
「てめェらこれ以上根も葉もないコト言ってるとタダじゃすまねえぞッ? 俺とチェルシーはだなァ、一緒にルリを救おうと決めたただの同志だッ。それ以上でも以下でもねェよ!」
『この声は脳みそツンツンの暴力ばかりのにっくきアンニャローッ!
あなたせっかくチェルシー様にそこまで迫っておいて、手を出そうともしないなんて一体どういうことですのッ? 根も葉もないなんてどの口が言うのカシラッ! その余裕ブッコいたような物言いがますますクキュゥゥゥゥッ! ぐうゥっ、そんな中途ハンパな態度でいられるよりはッ、いっそッ、いっそ爽やかに奪われてしまったほうがこちらも諦めがつくというものォオ~ンっ』
『ごめんなさいルミナさんっ。私たち今日も昼からお酒ばっかりで、テンションや人格がブチ支離滅裂になっちゃってるんです。かく言う私も、さっき翠さんにトンデモナイことしちゃったみたいでっ……』
「もうだめだコイツラ……」
「ルミナさん貸してください」
「あ、ルリ?」
思わぬ人物がマイクを欲求したので、ルミナはついルリにそれを手渡してしまった。
「はじめまして。元生命の巫女、ルリ・サラサです」
『ハヘッ? みっ、みこサマ!?』
これにはジルハーツの酔いも覚める。
「先ほどの『根と葉』の件、具体的にどのようなことがあったのか、是非私に教えてくれませんでしょうか?」
「ルっ、ルリ様ッ!?」
チェルシーが叫ぶ。ラジオの向こう側の声は察する。
『ハッ……そうだったのですね巫女様。尊いあなたのようなお方でもローレック様の魅力は万人共通の真理としてそして禁断の感情として……主従関係に芽生えた禁断愛イイワッ実にイイッ! では僭越ながらわたくしめが、あのにっくきツンツンが地下街(スラム)で巻き起こしたローレック様への不敬の数々、お披露目致しましょうッ。その代わり巫女様もRFCの名誉会長になって、我々のさらなる地位向上のため公司にご進言いただけないでしょうか?』
「ハイッ。わたしにできることならなんでもやりますっ」
「ごめんなさいルリ様~ッ、ちょっと返してもらいますよ~っ!」
チェルシーが強引にマイクを取り戻した。
「私とツンツン頭の関係は、本当にさっきアイツが言った通りよッ。勘違いしないでっ」
『私がいうのもなんですが実際かなりムリがあるのでは~?』
とエミリア。
「うるさいっ!」
「返す言葉がなくなってますよチェル」
ゴスっ。
口をはさんだ銀之助は殴られる。
『じゃあッ! じゃあせめて償いをッ、勝手に地下世界から消えてしまった償いをもらえませんでしょうかッ?』
ジルハーツの声は涙に潤んでいた。
「そっ、それは、ごめん……」
『謝るだけじゃ許してあげませんっ。ほらほら、ジル先輩がもう、涙に暮れて暮れて……』
「もうっ。じゃあいいわッ! なんでもっ、なんでもやってあげるから、私にさせたいこと何か一つ言いなさいよッ!」
少しの沈黙のあとジルハーツ、
『……じゃあ、愛してる、って言ってください』
「ハァッ? どーしてそんな恋人みたいなことあんたにしなきゃいけないのよォッ!」
『ううゥっ、なんでもしてくれるんじゃなかったのですかっ? それともローレック様は、約束を破るようなお人だったのですかっ?』
「うぐっ……わかったわよ、言ってやるわよ」
『ちゃんと名前をつけてお願いします』
「わかったわよ! 言ってやるわよ!」
沈黙。
チェルシーの顔は林檎のように苺のごとく真っ赤っ赤だ。
五秒かかった。
「……………………ジルハーツ、あなたのこと、あ、愛してる……」
ぷっ。
奇妙な音で突然通話が途切れる。そのあとエミリアが告げる、
『ジル先輩。鼻血出して気絶しちゃいました』
「そ、そう……」
チェルシー、ゼーハーと疲弊しつつの返答だった。
『ついでに私にも言ってくださいっ』
「……エミリーも、愛してるわよ」
『キャッ。ケータイの着信音にしちゃいますっ』
「あぁ――……」
チェルシーはマイクを手にしたまま空を見上げぼーっとする。
「平和がどれほど尊いのか身にしみて分かった気がするわ」
「いいのか。こんなことで平和が分かって……」
「チェルシーさん、ルミナ。どうやら僕らに平和はまだやって来ないみたいだよ?」
銀之助が苦笑いで言いながら、視線で自分の背後を差した。それは庵光寺本堂側の入口の門にあった。
二人は一瞬、自分の目を疑う。ラジオの声を聴いたとき、耳を疑ったのと同じように。
一見しただけではただの珍妙な集団だった。髪型がバラエティに富んでいて、どこぞのコスプレ集団かと思ってしまう。しかも全員外国人。街で歩いていると相当目立つだろう。
「シエル……?」
最初に反応したのは、意外なことにルリだった。
「シエル、シエルなの……?」
「ルリねーちゃんっ!」