留美奈はついでのように、
「高麗は……いつも通りの服装だな」
「うっへえ、はいほもにふひはうんはへンほーはっはんはほ!(うっせえ、買い物に付き合うのがメンドーだったんだよ)」
「喋るんか食うんかどっちかにせんかい」
シエルは自分のお皿の中のお肉が消失しているのに気づいて驚愕する。
「あっ、高麗ズルいよ! あ~あっ、一人で全部食べちゃってる!」
ごっくり。
口の中のものを一気に飲み込んで高麗は笑う。
「ふっふっふっ。食事は男性優先ってもんだぜ、シエル」
「うう~、おへそ出してっ。電気ショックで吐かせるから」
「絶対出さなーいッ」
「うーん。そだ、シャルマ、帰りにお肉買ってよっ」
「ウチを破産させるつもりかァおのれはッ!」
「はいはいあんたら、料理の追加よっ!」
台所の方からチェルシーの声が聞こえてきた。やがて料理組の三人が中庭の方へ歩いてくる。両手のお盆に追加のお肉や、ほかほかと湯気立つ大量の料理を乗っけて!
「待ってたぜェ金髪……」
「僕は、別にお腹が減っているわけではないけど……」
ぐるるるるる~。
二名の食べ盛りが餓狼のような腹の虫を宿しながら亡者のごとく擦り寄ってくる。
「はいはい分かったわよ。でも私の分もちゃんと残しとくのよっ?」
「おう!」
「わかっているよチェルシー」
ガツガツと明らかに残らないペースで減っていく。
「まったく。エロジジイのヘソクリを丁度発見したから良かったものの……それがなかったら今頃シャルマのこと笑えなくなってるわっ」
「ワッ、ワシの年金を食ってたのかお前たちィ――ッ?」
「わっ。この下から声が聞こえたよッ?」
シエルはチェルシーの足元――廊下の床を指差す。
板と板がはめこまれた隙間に、不自然に小さい穴が開いている。
一同、特に女子たち、スカートを押えながら静まり返って様子を見た(シエルはスカートではないが)。
穴の中の主は叫ぶ。
「これが浅葱流奥義! 『無風』! 凪のように存在感を消し! 誰にも気づかれぬように忍ぶ! 最高にして最終奥義じゃ! わっはっはっはっはっは~っ」
「あら~、できたてほやほやのスープをこぼしちゃったわ~」
チェルシーはいきなり穴にスープを注ぎ始めた。
「ホアアアァァ――――――――――――――――ッ!」
叫び声が聞こえた。
「おっとシエルに渡すつもりの肉汁たっぷり焼きたて牛肉が穴にすいこまれてしもうたわ」
シャルマがお肉を穴に落とし、
「熱いッ! ちょっと白内障! ワシ最近白内障じゃから、これ以上の刺激は、」
「よーしっ、じゃあ私が鉄串で刺して取ってきてあげるね? あっ、なんかこの鉄串、誘電性っぽくて私の雷の能力が勝手に引き出されちゃうよォ~ッ!」
シエルが。
ぶすり。
ばちばちばちばちばちん。
チェルシーは首をかしげる。
「……さっき、何か声が聞こえたみたいだけど気のせいだったわね?」
「せやな」
シャルマは頷いた。
「ルミナの家族じゃないのかい、あれ」
テイルが訊ねても留美奈はさほど心配してないふうにメシを食いながら、
「大丈夫だよ。何度でも蘇るから」
それでテイルは得心がいった。
「ああ……おじいさんからの遺伝だったんだね」
二人に餌を与えたチェルシーが、次に向かったのはシエルと高麗のところだった。
「はいチビっこたち、焼肉の取り合いなんか止めやめ。二人があんたたちのために料理作ってきてくれたわよ?」
チェルシーの長身の背後から、04とルリがにゅっと顔を出す。その手にはやはりお皿。
その瞬間、高麗はさっと顔をそらした。
「どっ、どうして変身してるんだよ04ッ?」
「不本意だが……この姿にならないと、台所に背丈が届かなかったんだ」
と自分の手足を眺めながら04は言う。四肢はすらりと長くなっており、ちんちくりんだった体は、隣にいるチェルシーと比べても見劣りしないプロポーションへと変化していた。
しかし高麗はこちらを見ようとしない。あまり顔に気持ちを出さない04だが、今は翼のように変化した大きな耳がしょんぼりとうなだれる。
「すまない高麗、すぐ元の姿に戻ろう……」
「いや戻さなくていい!」
慌てて止める。
「そっ、そうか? なら、私から目をそらさないでほしい。ちゃんと私のことを見て話してほしい」
高麗は――ぎく、しゃく、と04の方へ顔を向けた。
「ブッ」
あまりの衝撃に吹き出してしまう。
「ん? どうした高麗」
「いッ、いやっ、なんでもない」
――どうした、じゃねぇってば!
高麗は歓喜とも悲鳴ともつかない叫びを心の内に吐き出した。
チビ時に着ていた柔らかいブラウンのセーターが、変身したことによってギリギリまで伸びきり――完成されたプロポーションが余すところなくくっきり浮かび上がっているのである。手のひらを隠すほど長かった袖は八分袖ほどになり、持ち上がった裾からくびれやおヘソがちらりと見えている。特に胸のあたりの膨らみなんてすさまじい。セーターの柔らかい生地が双丘のかたちにぴったりと密着していて、決して直視してはいけない状態だった。
「さあ、ちょっとこっちへ来てくれ。味見をしてほしいんだ」
「えっ!? 更に近寄るのかッ?」
「わたしは靴を玄関に置いてきたままだからな。そちらの机に置くには、わざわざ靴をとってこないといけない。それは時間がかかるから、高麗がこちらに来てくれないか? 多少行儀は悪いが、このお皿を廊下の床に置かせてもらう。そうしなきゃ食べれないだろう?」
「そりゃあ、そうだな。じゃあ、しかたないよなーっ」
チェルシーやシエルのじとっとした視線と、ルリの微笑ましいものでも見るような視線を浴びながら、カチコチと歩いていく。
デニムスカートから太ももまでむき出しになった美脚を折り曲げ、04はかがみ込み廊下にお皿を置いた。料理は鶏肉のそぼろをとじ込んだ卵焼きだ。等間隔に分けられた切れ目から、アツアツの湯気が立ち上っていた。
「美味しそうっ。これ、04が作ったのかっ?」
高麗はさっきまでの煩悩を忘れ、素直に驚いた。
「ああ。チェルシーに教わって、本格的な料理はおそらく生まれて初めて作った。これからもお前たち兄弟の世話になる以上、いつまでも頼ってばかりいてはいけないだろうしな。ただ、ちゃんと食べられるものができているかどうか、心配なんだ」
04の声や表情に、ほんのすこしだけ不安が混じる。それだけ熱心に作られた卵焼きなのだ。
「04が作る料理なんだから美味いに決まってるぜ」
高麗は料理に添えられていたフォークを手に取った。
すると。
じーっ。
さっそくいただこうとした高麗だったが、視線を感じてピタリと止まる。
見れば04が、自分の顔をじっとのぞきこんでいた。
獣の前足のように床に手をついて、ぐぐっ、とこちらへ首を伸ばすような姿勢で。
「気になって食べれないんだけど……」
「すまん。こちらも、高麗の反応が気になって」
04は多少、首を引っ込める。
気を取り直して食べようとするが、
「04……」
再び首が伸びていた。
「すまない。どうしても気になるんだ。心配で……」
目と鼻の先で弱々しい表情をされる。
「大丈夫だって! たとえ美味しくなくたって、また練習すればいいだろっ? そんなことで俺は、04のことを嫌ったりしない。むしろ、俺たちのために頑張ってくれる04のことを、もっと好きになるはずだぜ? だから、心配しないでくれよっ」
恥ずかしくて顔を赤らめたが、ここは高麗も男を見せた。
「ありがとう、高麗……でも、それはわかってるんだ。どうしてか、緊張してしまって。そうだ、いいことをひらめいた」
04は高麗からフォークを奪い取る。
そして卵焼きの一切れを、先端に突き刺した。
「……自分が、食べさせてあげよう」
「えっ?」
「これなら、自分はより集中して高麗の顔を見ることができる。違うか?」
「いや、前提がいろいろと違うぞッ。食べる時に顔をじっと見ようとするなって言ってるんだ!」
「それは無理な相談だ。すまないが、承諾してくれ」
無理やり押し通してきた。言葉だけではあまりそうは聞こえないが、これが04なりの、わがまま、ってやつなのかもしれない。04に限ってこういったことは、そういえば初めてな気がした。
――ドキ。
「しゃ、しゃーねぇなあ。じゃあ一口だけ、だからなっ?」
「ん? どうした、顔が赤くなっているが……」
「なっ、なんでもないってばっ!」
首をかしげる。それから、フォークをゆっくり、持ち上げた。
「口を大きく開けろ」
「んがぁ、」
卵焼きが近づいてくる。その向こうでは相変わらず、
じ――――っ。
04が、大口を開けた自分をじっと見つめている。猫のように丸いその瞳で。何も考えていないような表情で。ぽかりと開いた口からは特徴的な八重歯が見える。なんというか、自分をおもちゃに遊んでいるような無邪気さがあった。
こんな表情もするんだな――
可愛らしい一面を垣間見た高麗の目に、
「……ッ!」
ものすごいものが飛び込んできた。
セーターの、押し広げられて肩までむき出しになりそうな襟穴から、むっちりと密着して谷間を作る、二つの白いマシュマロガ―――――ッ!
あふれんばかりだった。というか、この状態で見えるはずの下着がない。当たり前だ、変身前の04はまだそこまで成長していないのだから。それに最近は暖かい。だから裸の上にそのままセーターを着たのだろうか。そしてたっぷりとしたその弾力は、前かがみにより廊下の床に軽く接地、
ふにゅ。
やわらかく変形している。
正直、自ら衣類をはだけて、誘っているようにしか見えない。あの04が、こんな無邪気な顔をしている女の子が、そんなことをするわけがないのだが。
どーん。
しかしその可憐さに反し、重々しくもみずみずしく実をつけるそれは、セーターの襟をまだまだ押し広げ、その先端が見えそうで見えない状態になっており、というかぷっくりとしたものが床にちゅっと軽いキスをするように接しているのが隙間から見え
ぶっ。
卵焼きが口に入るか入らないかのうちに、高麗は鼻血を吹き出し気絶した。
「こっ、高麗ッ? どうしたッ? そんなっ、私の料理がそんなにまずかったのかッ……?」
チェルシーたちはこいつらをあえて放置していた。
「まったく、ヒトの家でいちゃいちゃと見せつけちゃってくれるわねェ……」
「二人はそーしそーあい、だからねっ」
「素敵ですっ」
「で、ルリねーちゃんは何を作ってきてくれたの?」
シエルは訊ねる。ルリが持つ皿の上には、ボウルに取っ手がついたような覆いがかぶせられていた。
「私、まだまだ料理は習いたてで、簡単なものしか作れなかったの。だからおにぎりを作ってみたんだけど」
自信なさげに言う。でもシエルはわくわくしていた。ルリは外見からしてどこか料理が上手そうなのだ。こんな美人さんが、まずい料理を作るわけがないと思う。
「おにぎりかぁ……ねーちゃんが握ってくれただけで美味しそう」
「そういってくれると嬉しいわ。それでね、赤いおにぎりと、赤くないおにぎりがあるんだけど、どっちがいい?」
「えっ……?」
シエルは少し耳を疑った。でも、よく考えてみる。
「ああそうか。赤いおにぎりって、お赤飯のことだよね?」
「いいえ、違うわ」
満面の笑みで即答された。
赤飯ではない、赤いおにぎり。それはちょっと、不気味な気がした。
「う~ん。じゃあ、赤くない方がいいかなァ?」
「じゃあシエルにはこのホタル色のおにぎりをあげるわ」
とんでもないものがでてきた。
ジョーカーはこっちだった。
緑色に蛍光していた。
本能が命の危険を告げる。
「あ、あのねルリねーちゃん、わたしやっぱりお腹がいっぱいというか」
「ねぇシエル」
チェルシーの長身が、ゆっくり屈みこんできてシエルと同じこども目線になる。
「ルリ様の手料理、食べてあげて? シエルに久しぶりに会えて、ルリ様がはりきって作ってくれたのよ……?」
「……ッ!」
チェルシーがこんなに柔らかい口調で人に頼みごとをするわけがない。母のような笑顔を向けられているのに、シエルは生命の危機を感じた。
「シエル、もうお腹いっぱいだったら無理に食べなくてもいいから……」
ルリが優しい言葉をかけてくれる。だけど悲しげな声は隠しきれていなかった。
せっかくの再会なのに、悲しい顔をさせてしまっている。
ルリねーちゃんを喜ばせてあげなきゃ!
「ねーちゃん、わたし、食べるよ」
シエルは震える声を留めて言った。
「大丈夫? お腹、痛くなったりしない?」
ルリの優しさが覚悟の邪魔をする。間違いなくお腹は痛くなるだろう。
「大丈夫だよ。ねーちゃんのお料理は別腹だもん」
その痛みは別腹とやらにも浸潤して全身に広がるだろう。
「ありがとう、シエル。じゃあ、半分でもいいから食べてみて?」
一口で死ぬと思う。
けれど目の前ではパッと笑顔が花開く。どんな感想がもらえるのかワクワクしているようだった。その笑顔が見れただけでも、自分の命は決して無駄ではなかった。シエルは緑色に輝く米粒の塊に口をつける前に、
「……おねえちゃん、ひとつだけ聞いていい?」
「なあに?」
「どうして、おにぎりをこういう色にしたのかな?」
「へ? だって、カラフルなほうがいいでしょう?」
何の迷いも気のてらいもなく、そう言ってのけるのだった。
たしかにカラフルなのはいい。
でもセンスが、センスがあまりにも常識はずれだっただけなのだ――。
「そっか。じゃあ、いただきますっ!」
何も気づいていない子供のように無垢な声でおにぎり全部をほおばった。
周りの皆が出征前の兵士を見送るような視線を向けていたとおり、もちろんシエルは気絶した。しかしルリだけは予想できていなかったようで、
「きゃあっ、どうしたのシエルッ?」
驚くルリに、再びチェルシーが優しく、
「ルリ様、人はあまりにも美味しいものを食べると、気を失ってしまうのです」
「じゃあシエルは……」
二人は白目を剥いて廊下に倒れ込んでいるシエルを見つめる。
「そう。シエルは今、ルリ様のおにぎりを堪能していることでしょう」
「生命の巫女にちょっと甘過ぎはしないかいチェルシー……」
テイルの声が虚しく響いた。
「甘すぎ? たしかに、ちょっとガムシロップの量が多かったかなあって思ってたんですけど」
「いや巫女様、そういうことではなく」
「ってかおにぎりにガムシロップって、ルリ……」
これには留美奈でさえ戦慄せずにはいられなかったのだった。